No.226402

少女の航跡 第2章「到来」 27節「アンジェロの影」

何とかアガメムノンを脱出したブラダマンテ達。しかしアンジェロと呼ばれる者たちは彼女たちを逃そうとはしないのでした

2011-07-05 06:35:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:331   閲覧ユーザー数:299

 

 ディオクレアヌは、半ば強引に黒いドラゴンに運ばれていた。突如、鋭いかぎ爪で掴まれてい

たのだ。

 

 確かに、あのまま『フェティーネ騎士団』に連れ去られるよりはましだっただろう。あのまま連

行されていけば、反逆者の汚名を着せられ、処刑されるだけだ。

 

 多分、あの者達の差し金だ。このドラゴンは、あの者達が差し向けたものだ。

 

 つまり、あの者達は、まだ自分を見捨てたわけではないようだ。

 

 ディオクレアヌはそのまま連れ去られ、《アガメムノン》の上層階へと持って行かれた。あの、

ハデスがいる所だ。

 

 ドラゴンから解放され、ディオクレアヌはバルコニーに投げ出された。

 

 それは、支配者としての彼の誇りを酷く傷つける行為だった。

 

 このおれを、まるで物のように扱うとは…!

 

「ええいッ! 貴様ッ! この事は覚えておけよッ!」

 

 ドラゴンに向ってディオクレアヌは声を上げる。しかし、相手は黒い色をしたドラゴンで、ディオ

クレアヌが知っている、前に見たドラゴンの、おおよそ5倍の身体の大きさがあった。

 

 声を上げた後で、ディオクレアヌは、自分の行為を後悔した。

 

 巨大な息遣いが、自分の目の前で鳴り響いている。見上げなければ、その全貌が分からな

いほどの巨大な身体が目の前にある。言葉も発さず、ただ目の前に顔を向け、そして、息だけ

を吹きかけている。感情のようなものはあるのか。全く考えも読めない。

 

こんな巨大な存在に顔を向けられていては、ディオクレアヌは、自分がいかに小さな存在に過

ぎないかを思い知らされずにはいられなかった。

 

「戻ったか?」

 

 突然、背後から聞えてきた声に、ディオクレアヌは驚き振り返る。

 

 建物からバルコニーにやって来たのは、あのハデスだった。革命軍の本拠地が酷い有様に

なっているというのに、この男は、まるでまだ余裕があるかのような表情をこちらへと向けてき

ている。

 

 ディオクレアヌは戸惑いを隠せなかったが、ハデスに向って言い放った。

 

「お…、おのれ…! おれは革命軍の盟主なのだぞ…、なのに、何だ? この扱いは…!」

 

 だが、ハデスは怒り狂っているディオクレアヌの有様が、逆に面白い事であるかのように余裕

の笑みを見せて言うのだった。

 

「だから貴様を取り戻してやっただろう? われらが元へ」

 

 それは、ディオクレアヌの感情を逆撫でした。

 

「こ、この有様は何だ!? 簡単に奴らを潜入させおって! この地には、いずれ奴らが大挙

を成して攻め込んでくるぞ!」

 

 しかしハデスは、あくまで余裕を崩さない。

 

「だから、お前はどんと構えていれば良いのだ。何も心配はいらんし、我々に従っていればそ

れで良いのだ…」

 

「何だと…! その気ならば、この場で貴様を殺してやりたいわ…!」

 

 と、ハデスに向って言い放つディオクレアヌ。だがそこへ、

 

「騒がしいぞディオクレアヌ。貴様、一体、誰に口を利いているのだと思っているのだ?」

 

 地の底から響き渡り、身体の奥底にまで染み渡りそうな声が、ディオクレアヌへと向けられ

た。

 

 声の主は初め、姿を見せなかった。

 

だが、やがて、ディオクレアヌ達のいるバルコニーに大きな影が現れた。

 

 それは、巨大な黒い翼を持つ影だった。

 

「…、ぬ、う、う…、そ、それは…」

 

 ディオクレアヌは、その巨大な影の主にうろたえた。

 

 こいつが出てくると、急に自分の存在が小さく感じられる。こいつの前では言葉を上手く口に

する事さえできなくなり、相手の言うがままにされてしまう。

 

 ディオクレアヌが決して逆らう事のできない者だった。

 

 黒い翼を持つ者は、更に続けた。

 

「安心しろ、ディオクレアヌ…、全ては計画通りなのだ…。いや、むしろ完成されて来ているのだ

…」

 

 こいつらの考えている事は、さっぱり理解できない。ディオクレアヌは思った。

 

 全ては計画通り。全ては我々の思うとおり。と、常にディオクレアヌには理解できない計画を

ちらつかせ、彼を言い負かす。

 

 彼らと手を組んでからと言うもの、その立場は変わらなかった。

 

 それに、大体、彼らが望んでいるものは、自分などではないのだ。

 

「き…、貴様らが欲しているのは、あの小娘だろう? おれの事など、貴様らはどうだって良い

のだろう?」

 

 ディオクレアヌはその話をちらつかせた。この者達が欲している力は、ディオクレアヌの権力

などではなく、あのたかだか18歳の小娘、フォルトゥーナのカテリーナなのだ。

 

 しかも彼らが、彼ら同士で話し合いを始めると、ディオクレアヌは出て行く立場すらないようだ

った。

 

「ところで、ジェイドよ…、あの娘はどうであった? お前が直に刃を交えた感想としては…?」

 

 また、訳の分からない事を言っている。ディオクレアヌの前に立ちはだかっていた、巨大な黒

い翼は、ディオクレアヌの更に背後にいる誰かに話しかけている。彼の背後には、黒いドラゴン

しかいなかったはずだが、

 

 ディオクレアヌがはっとして背後を振り返ると、そこには、黒衣を纏った一人の男が佇んでい

た。

 

 確かそこには、黒いドラゴンしかいなかったはずだが。

 

 一体何が起こったのか、ディオクレアヌはうろたえた。あのドラゴンはどこへ行ったのだ?

 

 

 

 

 

 黒い翼は、人の姿へと戻った黒いドラゴンに向って尋ねた。ジェイドと呼ばれる、黒いドラゴン

は、主である黒い翼に向って跪き、恭しく答える。

 

「人の娘にしては、上出来かと。ですが、我が、仕留めようと思えばできましたが…?」

 

 だが黒い翼はそれをとがめた。

 

「いや、あのオーランドの娘を消してしまっては、本来の目的である、カテリーナを我々に協力

させにくくなる。

 

 オーランドが、あのカテリーナに近付いたのは、偶然とも必然とも言えるが、あの2人の娘は

使えそうだ…。

 

 それに、あのブラダマンテとかいう娘は、まだ自分の中に流れているジュエラの血について、

気付いていないようだからな…」

 

 黒い翼は、ジェイドとハデスに後姿を向けたまま、そう言うのだった。

 

 今度は人の姿をしたジェイドが答える番だった。

 

「しかし…、ジュエラの…、しかもフォノンの力を有する者は、我らにとっても大きな障害となる

かと…」

 

 だが、黒い翼は、

 

「構わぬ。所詮は小娘。消そうと思えばいつでも消せる…。それよりも問題はカテリーナの方だ

な…」

 

 そう静かに言うのだった。

 

「残念ながら、あの娘は、自分の使命に気付いていないばかりか、我らの存在を敵だとまでみ

なしているようで…」

 

 と、ハデス。

 

「神の啓示にも動かぬ娘…、か。まあ良い。前例が無いわけでもないしな…。直接説得に行く

のが最良だろう…」

 

「では我が…」

 

 ジェイドがそう言い、その腰を上げようとしたが、黒い翼はそれを咎めた。

 

「いいや、この私が赴く事にしよう。彼女への礼儀に反するし、いい加減そろそろ、全てを明か

さねばなるまい…」

 

 ジェイドとハデスは、黙って黒い翼を見つめた。

 

 やがてハデスは口を開く。

 

「分かりました。ゼウス様。あなたにお任せします…」

 

 

 

 

 

 どうやら、自分の手の届かぬ所で、全ては進んでいる。

 

 このまま彼らに利用されるぐらいだったら、自分で行動して行かなければなるまい。ディオク

レアヌはそう思うのだった。

 

 

 

 

 

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