No.226401

少女の航跡 第2章「到来」 26節「黒き竜」

からくもアガメムノンからの脱出を図る一行。そんな中、ブラダマンテは突然現れた敵と戦わなければならなくなるのでした。

2011-07-05 06:33:54 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:317   閲覧ユーザー数:283

 

「よし、上手く脱出できたな…」

 

 上空へとシレーナによって運ばれて行く、私とカテリーナは、地上で起こっている大逃走劇に

目が離せないでいた。

 

 手の届かない場所で起こっている出来事に、一体どうなってしまうのかと、私達は気が気でな

かったが、ルージェラ達は敵の包囲網を脱出する事ができたようだ。

 

 だが、彼女達の前には、見通しの良い橋が立ちはだかっている。敵の砲台からの砲撃を浴

びながら、あの橋を渡る事など、彼女達にできるのだろうか。

 

 何とか暴れ馬達を止める事ができたルージェラは、ほぼ、板切れ同然のようになってしまっ

た馬車を乗り捨て、その2頭の馬に、自分と、ロベルトとフレアーとシルアとナジェーニカ、そし

てディオクレアヌを無理矢理乗せていた。

 

 一頭の馬に、3人もの者が乗ると、その姿はかなり不恰好だった。普通の馬ならできない事

だろう。

 

 ただ、ディオクレアヌ革命軍の育て上げた暴れ馬なら体力も体躯もあって、それができるらし

かった。

 

「しっかりと、捕まっていて下さいね…」

 

 私の体を空へと吊り上げている、シレーナのデーラが私に言った。私は彼女のかぎ爪になっ

ている脚に掴まっているので、少しの事で振り落とされてしまいそうだった。

 

 と、下に目を下ろせば、ルージェラ達が行ってしまった後の橋を、あのガルガトン達が再び出

現し、追跡して行こうとしているではないか。

 

 前のガルガトンは、ロベルトの起こした爆発で吹き飛んでしまっていたから、今度現れたのは

別のガルガトンだったのだが。

 

 3体の戦車が、2頭の馬で橋の上を逃げるルージェラ達を追い始めた。

 

 その時、

 

「おいッ! 気をつけろッ!」

 

 カテリーナがデーラと私に叫んだ。

 

 私達は、ルージェラ達の方で起こっている事に気を取られ、気が付いていなかったのだが、

一発の砲弾が飛んできて、デーラはそれをぎりぎりの所でかわした。

 

 どうやらこちらが気付かぬ間に、砲台を操っていた者達に、私達が空にいるという事が見つ

かってしまっていたらしい。

 

「しっかり、しっかり掴まっていて下さいね!」

 

 そうデーラが言うものの、次々と飛んできた砲弾を彼女が避けるたび、掴まっていた私は振り

落とされそうになる。

 

 私の掴まっている力が限界に達した時、私はデーラの脚から手を離してしまった。

 

「ブラダマンテ!」

 

 カテリーナが叫ぶ。だが彼女の方も、次々に飛ばされてくる砲弾を避ける為、シレーナのポロ

ネーゼが必死だった。

 

 デーラの脚から落ちてしまった私だったが、落下先は、切り立った山々の崖の下ではなく、ル

ージェラ達が逃げていった橋の上だった。

 

 しかも何の因果か、落ちたのは橋の上の、それも、ルージェラ達を追跡しようとするガルガト

ンの上だったのだ。

 

 冷たい金属の質感。黒くごつごつとした、いびつな形の金属の上に、私は落下していた。

 

 馬に乗るのよりも酷い揺れだった。橋は整備されているようだったが、ガルガトンは無理矢理

に速度を叩き出し、ルージェラ達を追跡しているらしい。

 

 それと、この“生きた戦車”は、私がその上に乗っている事に気が付いていないようだった。

 

 そもそも、生きているのかさえも分からない。何かの機関で動いているだけのものにしか見え

なかった。

 

 上空では、落下した私を救出しようと、シレーナ達が降下して来ようとしているが、次々と飛ん

でくる砲弾で上手くいかないようだった。

 

 と、そこへ。

 

 どこから現れたのだろうか。私と同じガルガトンの上へ、一人の人物が現れた。

 

 ほとんど気配も無く音も無く、突然、一人の男が現れたのだ。

 黒衣を纏った、影のような姿の男だった。とりあえず、体型で男だろうという事は分かる。顔

は半分以上その黒衣で覆われており、前が見えているのかさえも分からない。人の形こそして

いたが、人かどうかすらも分からないような男。

 

 その男は、手を前にかざす。すると、握り締めた手の甲側から、獣の爪を鋭利に、長くしたか

のような刃が3本出現した。更にもう片方の手も出すと、そこからも3本の刃が出現する。

 

 明らかな敵意。この男も、革命軍の一員に違いない。直感した私は思わず身構えた。

 

 しかし、疾走するガルガトンの上では、とにかく体勢を保ちにくい。私一人で戦えるとでも言う

のだろうか。

 

 とにかく剣を構え、相手の攻撃に備えた。

 

 黒衣の男は、一言も発さず、私に襲い掛かってきた。両手に仕込んだ刃を使い、それを獣が

やるかのように、ただ、洗練された動きで、目にも留まらぬような速さで攻撃を仕掛けてきた。

 

 こんなに速い動きをする者となど、戦った事が無い。私は相手の攻撃を剣で防御していくの

がやっとだった。

 

 黒衣の男。まるで影が残像を残しながら、次々に乱撃して来ているかのようだった。

 

 男は、素早い動きで、爪だけではなく、蹴りも突き出してきた。流れるような動きの中での回し

蹴りに私は気付かず、その場から後ろへと突き飛ばされる。

 

 尻餅をついた私だったが、更にそこへと繰り出されてくる次なる男の攻撃、とっさに、剣を前

に突き出したものの、男の刃は私の方へと届いていたらしく、いつの間にか頬と腕を斬り付け

られていた。

 

 私は剣を素早く突き出し、今度は反撃に出ようとする。しかし男は、そんな私の剣の攻撃を、

手に付けた爪のような刃で受けた。

 

 足場のガルガトンが激しく揺れる。すると私の足元はふらついた。黒衣の男はというと、瞬間

的に飛び上がり、揺れの影響を受けない。

 

 そして落下の速度も合わせて、私へと攻撃を繰り出して来た。

 

 私は後方へと飛び退る。男の攻撃は、ガルガトンの一部を打ち砕いた。天井部の一部を破

壊されても、この生きた戦車は何も感じないようだった。

 

 だが、次に繰り出されてきた蹴りを、私は防御する暇もなく、ガルガトンの屋根から思い切り

突き飛ばされてしまった。

 

 放り出された先は、ガルガトンの前方。

 

 私は橋の上を転がりながら、猛烈な勢いで迫って来るガルガトンの、目の前に投げ出されて

しまっていた。

 

「ブラダマンテッ!」

 

 そんな私の元に、何かと思って見上げれば、上空からカテリーナが飛び降りてくるではない

か。

 

 そして私のすぐ目の前に着地する。

 

 一方、黒衣の男は、私達に迫って来るガルガトンの上で、異様な気配を漂わせ始めていた。

 

 彼の、どこからやって来るのだろうか、突然、一言も発さぬその男の存在が、極端の大きく感

じられた。まるで、巨大な存在が迫って来ているかのような錯覚に陥らせられる。

 

 次の瞬間、ガルガトンの上で、男は、異様な変貌を遂げ始めていた。

 

 体が変形していき、背中からは、巨大なコウモリのような翼が現れる。そして肉体も急激に巨

大化し、ごつごつとした、トカゲのような存在に。漆黒の色の巨大な生物、そう、ドラゴンへと変

貌したのだ。

 

 ガルガトンの上に現れた、漆黒の色のドラゴンは、足場にしているガルガトンが小さく見えて

しまうほど、巨大な存在に見えた。

 

 以前に私達が《インフェルノ峡谷》で遭遇したドラゴンよりも、数倍は巨大なドラゴンだ。こんな

存在が、今まで人の形に収まっていたなんて。

 

 私は、こんな存在と剣を交えていたのか。

 

 ガルガトンが迫って来ているという事も忘れてしまうほどの迫力だった。唖然としている私を

引きつれ、カテリーナは素早く橋から飛び出した。

 

 橋の下になど何も無い。深い峡谷があるだけだ。だが、カテリーナは何のためらいもせず

に、橋から飛び出した。

 

 橋から峡谷の底へと落下して行く私達。橋の上では、そんな私達を追い立てるかのように、

漆黒のドラゴンが、何やら口の中に黒色の炎のようなものを溜め込み始めた。

 

 そして、その炎は橋に向けて一気に放たれる。

 

 ドラゴンの炎が橋へと炸裂すると、大地を揺るがすような轟音と共に大爆発が起こるのだっ

た。

 

 橋も、ガルガトンをも吹き飛ばす爆発。私達はそれに煽られ、崖下へと落下して行こうとす

る。

 

 しかし、そんな私達二人の体を、上空から舞い降りてきたシレーナが掴み取った。それはデ

ーラだった。

 

 吹き飛んでくる橋の破片をかわしながら、デーラは私達をその場から救い出すのだった。

 

 黒いドラゴンの炎を受けた橋も、一気に崩壊して行く。ドラゴンは、そのまま私達の方を追跡

してくるのかと思った。

 

 だが違った。ドラゴンはそのまま橋の上を滑空するかのように飛んで行き、目指したのはル

ージェラ達のいる方だった。

 

 ルージェラ達は暴れ馬に跨り、もうすぐ橋を渡りきって、この革命軍のアジトから脱出しようと

いう所だった。

 

 もうほんの少し、30メートルも無い所で背後からドラゴンに襲いかかられる。

 

 フレアーとシルアの悲鳴がこだまする中、ドラゴンは真っ直ぐにルージェラの乗った馬を目指

していた。

 

 ルージェラは馬を奮い立たせ、更に速度を上げようと必死だった。しかし、もう暴れ馬であっ

ても、全速の状態だった。

 

 黒いドラゴンがルージェラ達に襲い掛かる。幾ら彼女であっても、あんな巨大なドラゴンに襲

いかかられては…、そう思ったが、ドラゴンの狙いは別にあった。

 

 黒く、巨大なドラゴンは、ルージェラ達に襲い掛かるのではなく、ほんの少しその位置を掠め

るだけだった。

 

 それだけでドラゴンは向きを変え、峡谷へと飛び去っていく。

 

「しまったッ!」

 

 ルージェラの声が響き渡る。

 

「ディ、ディオクレアヌを持っていかれた~!」

 

 フレアーが唖然として叫んだ。

 

 今の一瞬の合間に、ドラゴンはディオクレアヌの体を持ち去っていたのだ。ルージェラは急い

で馬をドラゴンの方に向けようとするが、

 

「やめておけ。あんなドラゴンから、またディオクレアヌを取り戻せると思うか」

 

 ロベルトが彼女らを制止した。

 

「だけど、あたし達はあいつを捕まえるためにここまで来たんだよッ!」

 

 と、ルージェラ。

 

「もうすぐ奴らが大挙を成してやってくる。それよりも前にこの地から脱出するのだな…」

 

 そうロベルトに言われ、ルージェラ達は、これ以上どうする事もできず、橋から革命軍の本拠

地を脱出する事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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27.アンジェロの影


 
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