「・・・積もる話はあるけど、先に、子龍さんとも話をしないと。いいかな、風」
「はい。風は久し振りにお兄さんの温もりと匂いを味わいましたし~。細かな話は些細な事です~」
二人で泣き疲れるまで泣いて、華琳も巻き込んで、三人でお互いの温もりを抱きしめ合って。
細かいすり合わせはまだだけど、お互いの記憶がハッキリしているだけでも十分な気がした。
「ごめんね、子龍さん。なんか、待ちぼうけ食らわせたみたいで」
「いえいえ。風があんなに、感情を表に出して泣くのは初めて見ました。それだけ、貴方が大きな存在だという事。
さすがに無粋は出来ませぬよ。さて、稟も戻ってきたようだ。続きと参りましょう」
どこか呆けた表情で、卓の端に腰を下ろす稟。もしかすると、風と俺のやり取りをある程度見ているのかもしれなかった。
俺や、華琳を見る目に、どこか熱を感じるのは、気のせいじゃないと思える。
「星ちゃんの既視感。それを解き明かす答えを、お兄さんは持っているのですか?」
「知識だけでいえば、私も持っているわ、風。だけど、想いを含めて、伝えられるのは、一刀だけ」
星には、小細工は通用しない。俺は、自分の素直な気持ちをぶつけるだけだ。
「俺は、この大陸に降り立つのが四度目になる」
そう、これが四回目。奇しくも、爺ちゃんと同じ回数、外史を巡ることになった。
「これまでは、その度に何かしら大きな躓きを繰り返して、
この大陸から強制的に弾き出されて、強制的に記憶を失って、また躓いて。そんな繰り返しだったんだ。
今回ばかりは、今までの記憶を持っていられたから、こういう話が出来るわけなんだ」
華琳との結びつきがもたらしてくれた、前回までとの最大の違い。
繰り返した外史での記憶、想い。とても、重みのあるものであるけれど、
背負えないものではなく、また、喜んで背負っていこうと思えるもので。
「そんな中でなんとなく判るのは、管輅のお告げについてはよく判らないんだけど、
俺は『天の御遣い』として祭り上げやすい風貌をしているらしい。
俺自身はそんなつもりはないけど、施政者から見ると、神輿としては便利みたいだね」
「御遣いではないが、御遣いを演じるのは吝かでないと?」
「俺を求めてくれた人達の信頼や期待に応えようと思ったら、そうなってた。
俺には、圧倒的な武も、知も無い。出来ることを考えたら、それぐらいしかなかったからね」
苦笑い。返せるものが、本当にそういう形しかなかったんだけど、ちょっと情けなくなる。
「それでいいのだと思いますよ。北郷殿に求められるものは、力でも、知でもありますまい。
貴方は、英傑たちを照らす、光や道標でありましょう。
時に人は、負の感情に囚われ、道を外しかける時もある。そんな時に、手を取り、正しい道に導いてくれる。
貴方は、たぶん、そういう存在だ」
「・・・俺は、そんな大したもんじゃないよ」
「では、歴史を垣間見てきた、御遣い殿にお伺い致しましょう。
貴方が舞い降りた群雄たちの中で、滅んだ勢力がありましたかな? 天下に届かなかった国はありましたかな?」
「・・・それは」
「私は、貴方を目にしてから、貴方の声を聞いてから、
今まで感じたことの無かった、記憶の渦が、感情の波が急に溢れ出てきた。
混乱も致しましたが、なにより、心地よかったのですよ。その記憶の中にある貴方の姿が」
「星ちゃん・・・」
「白日夢かとも思いましたが、風も稟も何かを感じ取っていた。そして、夢と振り払うには、
あまりに・・・眩しすぎた。将として、女として、最高の充足を得ている私の姿がありましたからな。
さぁ、お呼び下され。この眩しい記憶と、今の私を一つにしっかりと繋ぐ為に!」
何を呼ぶ? 決まっている。ただ、想いを込めて。
俺はそっと彼女の手を取り、自身の両手で包み込むように握り締めた。
「・・・星、ただいま。もう一度、その力を、俺に貸してくれないだろうか」
「ふふ、主に名を呼ばれ、手に触れられるだけで、これほどまでに身が震えるとは。
相変わらず、罪なお人だ。戸惑いも綺麗に消えてしまいましたぞ。
・・・この趙子龍、既に魂も、愛も、武も全て、主に預けております。どうぞ、ご自由にお使い下され」
優雅に拝礼をしてみせる星。ちょっと格好つけてみせる癖は、どうやら相変わらずのようで。
「普段、そんな形式ばったことをしないのに、ちゃんとサマになるんだもんなぁ」
「礼節をちゃんと修めているということよ。さすがは趙子龍といったところね」
「さて、天女たる蘭樹殿にもお伺いしたい」
「なにかしら?」
「私の取り戻した記憶が確かなら、貴女は何故ここにおられる?」
「・・・今の私は、天の御遣いの半身『安蘭樹』。この大陸の理から、既に外れた者よ。過去は、どうあれ、ね」
「覇王の二つ名は捨てられた、と?」
「私の髪色が変化したのがいい証拠ではなくて? 風、この大陸に『曹孟徳』は既に存在しているのでしょう」
「はい~。今はこの辺りを賊の制圧で駆けまわっておられる時期ではないでしょうか~」
「では、曹孟徳の役割は、任せておけばいいのよ。過去の異名にこだわりは無い。私は、一刀とともに、自ら信ずる道を歩む」
変な力みも、重圧もなにもない、晴れやかな顔で微笑む華琳は、身震いが走るほど『綺麗』だった。
「では、私も同志というわけですな。私の真名・・・『星』、どうか受け取って頂こう」
「喜んで受け取りましょう。我が真名は『華琳』。・・・まぁ、人前では名乗りにくい真名になるけれど」
「普段は『蘭樹』殿と呼ぶゆえ、問題ないな」
「ええ、星。そうしてちょうだい。風も、いいわね?」
「はい~。本当の意味で、心を許した者だけが呼べる『真名』になりましたね~」
「皮肉なものだわ。一刀、貴方も気をつけてね?」
「うん、わかった・・・って、あの、一人蚊帳の外だけど、いいのかな」
飯店の隅で、壁に向かって三角座りをして、哀愁を漂わせる、稟の姿。
「ふふ・・・私など、所詮、鼻血だけが取り柄の・・・不憫きゃら・・・」
なんだが黒いどんよりとした空気を背負っているように見えるのは、本当に幻覚なのだろうか。
「あちゃー。あれは深刻ですね~」
「うむ、あえて放置し過ぎたか・・・」
「やっぱり、故意犯だったのね、貴女たち・・・」
こういう時に確信犯、っていうのは典型的な誤用らしい。華琳に教えてもらった俺も情けないよね。
勉強不足ってのが露呈して、本当に恥ずかしかった覚えがある。
「お兄さん、真名呼んじゃって下さい」
「うむ、呼んでしまえば早いだろう」
「君たち、本当に容赦ないね! どこまで思い出しているのか、第一判らないだろ!」
「じゃあ、華琳様。言葉で嬲ってあげて下さい。たぶん、悦びのあまりに全て思い出すと思いますので~」
「いや、俺が行くよ・・・。但し、華琳も付いてきて」
これじゃ、稟が本当に救われない。感動的な再会もへったくれも何もない。
鼻血拭いて、ある程度記憶取り戻して、なし崩し的に今まで通りって、俺なら呪って出るレベルだよ。
この二人のコンビって、ある意味ひどいよね・・・。
「(どうするつもり?)」
「(さすがに真名をいきなり呼んでも、なぁ。だから・・・)」
簡単に打合せを終え、俺と華琳は、稟の左右に分かれて膝をつき、彼女の視線の高さに合わせる。
「え・・・あ、あぁぁぁぁ?!」
「はいはい、動揺しないの。ちゃんと鼻も抑えるのよ」
「ここで倒れられても困るからね。ちゃんと俺達を感じてもらわないと」
稟は動揺する。あたふたして、俺と華琳の顔を首を振って、交互に必死に見る。
俺と華琳に左右から抱き締められる格好だから、ある意味無理もないかな。
やることが大胆ですねー、という外野の声はもちろん聞こえない振りで。
「拒否しないということは、覚えているのね、稟」
「しまらないとは思いますが、先程、目覚めると、大体思い出していました。
最初に、御遣いの衣装に身を包んだ華琳さまを見た時は、混乱と興奮のあまりに大量に鼻血を吹きだしてしまいまして・・・」
「身体が先に思い出したみたいなもんか」
「よくよく考えれば、黒髪の華琳さまに疑問を持つべきところが、本能が華琳さまを察知したといいますか・・・」
「私への愛情は変わらないのね、嬉しいわ」
「はうっ!・・・ふがふが」
「こうやって、噴き出すのを止めるのも懐かしいなー。ただいま、稟。華琳が俺を取り戻しに来てくれたよ」
「一刀殿・・・貴方がいなくなって、どれだけ皆が塞ぎこんだか・・・本当に、困った人です・・・」
「華琳から、話は聞いたよ。役目を終えた御遣いは、天に帰るのを避けられない。それを判った上で、もう一度ここにきた。
だから、今度は出来る限り、幅広く、浅く動こうと思っていたんだけど・・・」
「・・・一刀殿の性格では無理ですね。
第一、私達のように、かつての記憶を持ち合わす者も ─ 程度の差はありましょうが ─ 存在すると推測されます。
むしろ、役目を終えれば帰ることを公言した上で、行動するのが上策では無いでしょうか」
「わかったよ、稟。では、改めて、宜しく頼むね」
抱きしめていた腕を離し、ちゃんと正面を向き合って、握手の手を伸ばす。
彼女の手袋に覆われた細い手折れそうな手は、しっかりと、意外なほど力強く、俺の手を握り返してくれた。
「ふむ。主は、役目を終えれば天の世界に帰るのですな」
「強制送還、に近いと思う」
華琳を天の世界に引き込んだ代償。それを払いに来たようなもんだから。
三国平定がなれば、すぐにこの外史から弾き出されるだろう。
「一刀や、私の意志も関係なく、ね」
「おろろ? その話し方だと、華琳様も強制的に・・・」
「ええ。今の私の立ち位置は、天の世界の住人でしょうね」
「なんと! お兄さんとずっと一緒にいられる確約を得ているというのですか・・・!」
あれー、なんで風さん、そんな険しい目になってるんでしょうか?
星さんもその意味深な笑みはやめて!?
「なに、心配あるまい。終戦が近くなったら、主か、華琳殿の傍を常に離れないことだ。
強制送還される際に、くっ付いていけば良いのだから」
「・・・この世界を捨てる覚悟があれば、ですけど」
「その覚悟はとっくに出来てるよな、風」
「もちろんですよ、宝譿。お兄さんが天界でまとめて面倒を見てくれれば問題ありませんし~」
腹話術でさらっと覚悟完了済みって公言してるよ、風。
生まれ育った世界捨てるって、そんな簡単なもんじゃないはずだよね? それとも、俺が間違ってる?
どちらにせよ、OH・・・カオスな風景しか目に浮かばないぜ・・・。
あ、華琳も同じこと考えたな。頭に手をついてガックリきてるや・・・。
「華琳・・・」
「帰ってから考えましょう、その方が幸せよ。どの道、お爺様、お婆様にも迷惑をかけることになるわ・・・」
「だよなぁ・・・」
爺ちゃん、帰る頃には大所帯になっているかもしれません・・・。
さて、お互いの絆を確かめ合ったタイミングを計るかのごとく、次の問題が差し迫っていた。
「・・・主、『蘭樹』殿、厄介な気配がすぐ傍まで来ていますぞ」
星の警告に、俺と華琳は即座にスイッチを入れ替える。この気配、読み間違うことはない。
「・・・来たな」
「なるほど、こんな雰囲気を纏っているわけね、我ながら面倒なものだわ」
飯店の入口に立つ、小柄ながらに全てを圧する威を放つ、金髪の覇王。付き従うは、魏武の大剣と魏武の閃光。
慣れているこの身とはいえ、その威を正面から受ければ、相変わらず嫌な汗が浮かんでくる。
「へぇ・・・私の覇気を真に受けて平然と立っている男は初めてよ」
「平然と見せているだけで、冷や汗は出ているさ」
「貴様! その口の聞き方は無礼であろう!」
「やめなさい、春蘭。・・・貴方が、噂の天の御遣いかしら?」
「どうだろ。珍しい恰好はしてると思うけど、御遣いを自称することの愚かさは判るつもりだ」
本当に、無知だからゆえに、前回はあんな口がきけたんだな、俺。
ほんと、身体が冷え切っていくような感覚だ。全ての熱を奪われるような。
「ふむ・・・それに、私は双子ではないのだけど、髪色を除けば、ほぼ瓜二つの風貌の女。まるで妖術ね」
実際には、こっちの華琳は若干身長も伸びているし、うん、胸囲も順調に成長しておりまして。
正直、身体的にはすごく魅惑的に成長しておられます、はい。程よい大きさといいますか。
「あら、貴女に比べれば、発育はいいのだけど。瓜二つとは心外ね」
ぎゃーーーーーーーーーーーーー! 華琳さん、いきなり、なんで煽るんですかぁあああああああああああ!!!!
「だって、腹が立つでしょ。違うのは髪の色だけじゃないって、知らしめてやらないとね」
瞳から真意を読み取るのは結構ですが! この局面で煽る必要性を感じませぬゥウううううう!!!
「黒髪の偽物。どうやらその男の妖術ではないようね・・・いい度胸をしているわ。覚悟はいいわね?」
「本当のことを言ったまで。なぜ覚悟が必要なのか、さっぱり判らないわね」
殺気と覇気がぶつかり合い、空気に亀裂が入る。絶対入ってる。
「しゅ、しゅーらーん。なぜ華琳様と華琳様が睨み合っているのだ?」
「いや、一方は華琳様では無いのだが・・・ただ、本当に似ているゆえ、そう見えるのも無理はないか・・・」
春蘭、当たりだよ、正解なんだ・・・。
「これは面白いことになった」
「えぇ、これは見ものですね~」
「え、ちょっと星、風! この二人がぶつかり合えば、この邑自体が吹き飛びかねませんよ!?」
見物を決め込む二人はともかく、稟の言う通りで。ここは秋蘭の協力を得て、なんとか移動させないと・・・。
「あの、すいません・・・」
「・・・なんだ?」
「もう止められないと思うんです」
一瞬、目が点になって。すぐに合点がいったと、憂い目になる秋蘭。うん、相変わらず苦労してるね・・・。
「・・・あぁ、それには同意する。ああなった華琳様は、もう止めようがない」
「こちらの蘭樹さんも一緒でして・・・せめて、邑の建物に被害が出ないように、移動させたいと」
「確かにな。しかし、どうする?」
「俺が、間に入ります」
「・・・死ぬかも知れんぞ」
「民が苦しむなんて、二人とも望まないはずです」
「・・・わかった、後方支援は引き受けよう。武運を祈る」
「はい、ありがとうございます」
「無事、誘導出来たら、名前を聞かせてもらおう」
「祈ってて下さい、では」
二人の覇王に向き直り、俺は開口一番、精一杯の怒気を放つ。
「いい加減にしろ! 二人とも!」
『なんですって・・・!?』
うん、二倍の殺気がこっちを向いたね。気絶できない、それなりに鍛えられた俺の身体、プライスレス。
「こんなところでぶつかり合えば、君たちの覇気、武威を思えば! 邑の建物はぐちゃぐちゃになる!
民を巻き込む私闘が、君たちの望みかっ!」
「・・・この曹孟徳に向かい、舐めた口を聞くわね。覚悟は出来ているのかしら?」
「大陸に覇を唱えようとする者が、私怨に囚われ、民を顧みぬ愚か者になるぐらいだったら、
いくらでも大口でも減らず口でも叩いてやる!・・・それで目を覚ましてくれるなら、儲けものだろ?」
『・・・・・・』
「蘭樹も頭を冷やしてくれ・・・せめて、場所を移そうよ」
黒髪の少女がそっと目を伏せ、金髪の覇王は、さっきの怒気はどこへやら、目をきょとんとしている。
と次の瞬間、破顔一笑して、こう言った。
「ふ、ふははははは! 面白いわ、この曹孟徳に向かい、真正面から諫言を行う男は初めてよ!
いいでしょう、場所を移して、その女と闘ってあげる。但し、私が勝てば、貴方は私が飼うわ」
「・・・え?」
「なら、私が勝てば、貴方の側近二人を頂こうかしら」
「あら、あの二人は私の一部よ。そう易々と揺らぎはしないわ」
「ふふ、どうかしらね・・・」
目的はとりあえず果たした、果たしたけど・・・また変な方向に話が進んでいく。
こっちの華琳にも変に気に入られてしまったようだし・・・。
「華琳さまと華琳さまが私の取り合いを・・・ふへへへへへ・・・」
「しっかりしろ、姉者・・・! 華琳さま、とにかく邑の外まで移動を」
「こちらも行くよ、蘭樹、星、稟、風」
かくして、俺や春蘭、秋蘭の運命は、二人の華琳に託される形になった。
うん、星はどこからかメンマや酒を調達してきて、見物を決め込んでいるようだね、ハハハ・・・。
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一度築かれた絆は、外史を超えても、どこかに残っているものです。
それが魂の記憶であったり、体験した事の無い想い出だったりするわけですが。
さて、三日ほどは動画作りに専念するので、更新は無いかと思います。うん、こっちは息抜きのハズダッタノニオカシイナ?