「さて、遅くなったけれど、改めて、自己紹介といこうか」
近くの村に辿り着いた俺達は、診察を終えて、
医療所みたいなところで休んでいる稟を除き、小さな飯店に入っていた。
「そうですね~。どうせ、また鼻血を吹き出しかねない稟ちゃんが目を覚ます前に、
お話をちゃんとしておきたいですし~」
「(さらっとひどいよ、風・・・)
では、まず俺から。姓は『北郷』、名は『一刀』。字は無いんだ。
北郷でも、一刀でも好きなように呼んでくれ」
「私は、姓を『安(アン)』、名は『蘭樹(ランジュ)』。字は同じく無しね。蘭樹、と呼んでくれたらいいわ」
華琳の仮名紹介も慣れてきたもので、すらすらと出てくる。
命名は爺ちゃんだったんだよな・・・。
「一刀、華琳。編入の手続きが終わったぞ」
華琳が俺たちの世界で暮らし始めて、一週間。
爺ちゃんと華琳はすぐ親しくなって、呼び方に多少の変化が生まれていた。
「本当なの、お爺様?」
「無論じゃ、華琳。さすがに我が家の蔵書を読み耽る日々にも飽きる頃じゃろ」
「まぁ、そろそろ読み終わる頃だったのだけど・・・
まさか、許昌の書庫並みの蔵書量というのは、嬉しい誤算だったわ。
お婆様が付きっ切りで、向こうの世界との言語の相違点も教えて頂けたし」
うん、爺ちゃん婆ちゃんが本好きとは知っていたけど、ここまでとは俺も知らなかったよ。
俺も閲覧にすら困る高価な書籍をたくさん持ってるなぁ、とは思っていたんだが。
一週間で、日本語をほぼマスターする華琳も含めて、ほんと何か補正かかってない?
「本当にフランチェスカへ編入させるなんて、爺ちゃん何やったんだよ・・・」
「蛇の道はなんとやらじゃな。恩は売っておくもんじゃ」
戸籍が無い状態の華琳が動きやすいように、手を回すといっていたけど・・・。
いや、聞くまい。先日、学園長が俺を見て、怯えた目をしていたのもきっと気のせいだよ、うん。
「とはいえ、いくつか制約はある」
「制約?」
「華琳の髪色は、ワシらの住む日本人の黒髪とは違うゆえな。留学生という扱いにしておる」
「アメリカ人と中国人のハーフみたいなもん?
髪や顔立ちはアメリカで、日本語が達者なのは中国系のお陰みたいな」
「珍しく冴えとるな。そんなところじゃ。あと、留学生だと、編入試験も省けるじゃろ」
「助かるわ。実際に、こちらの『学校』で少しでも早く学んでみたかったの」
「あとで、婆さんが華琳用の制服も持ってくるゆえ、寸法が狂っていないか、確認するようにな」
「『天の御遣い』の服を、私が着る、か。なんというか、天意とは因果なものだわ」
「あとは、曹孟徳の名の著名さと、真名の重大性を鑑みると、偽名を名乗ってもらわねばならんわい」
「あー、うん。『曹操』の名は歴史上の偉人だもんな」
「ともあれ、あまりに突拍子もない、名前ではな。そこでじゃ・・・」
「・・・あ、安蘭樹です。宜しくお願い致します」
数日後。俺の所属するクラスの教壇で、先生の隣で、皆に自己紹介する『天の御遣い』姿の華琳がいた。
この制服って、金髪に映えるんだな。いや、眼福眼福。
タータン・チェック模様のプリーツスカートも本当に良く似合っている。
ちなみに、安蘭樹は杏露酒で知られるカリンの別名。華琳の真名を別呼びすると、こうなるってことだ。
爺ちゃんと婆ちゃん、一生懸命考えたらしい。将来の孫の為うんぬん・・・とか言っていたけど、あえて触れない。
「照れてるー、かわいぃー!」
「安さん、彼氏いるのー?」
華琳は、まだ偽名を言い慣れていないだけで。照れから噛んだわけじゃないんだよな・・・。
あ、頬が紅潮してきた。こういう煽り耐性は、あんまり無いはず。
(後でコロス・・・)
(え? なんで俺!?)
瞳で意思疎通できる自分がこんな時だけは嫌になる。分からなければ幸せだったのに・・・。
八つ当たりもいいところだけど、級友達に怒りをぶつけずにいてくれる華琳に感謝の念もあり。
甘んじて受けようと覚悟を決めた俺に、先生の追撃がかかる。
「はいはい。安さんは北郷君の所の道場の有段者だそうよ? 下手に煽って痛い目に遭うからやめなさいー」
『なん・・・だと・・・』
クラスの男子の目線に殺気が灯る。あぁぁ、揉め事が向こうから飛び込んできたよ・・・。
『北郷っ! 話を後で聞かせてもらうぞ!?』
『一人だけいい想いは許さんっ!!!!』
面倒なことになりそうだ、と思いながら。女子の目線も痛いのはなんでだろう、とも思う。
「安さん、競争率は高いから、頑張ってね」
「ありがとうございます、先生。しかし、ここでも鈍感なのね、あの男は・・・」
おおぅ、華琳の自己紹介から、約一年前の悲劇を思い出してしまった・・・。
なんで、男子女子問わず、クラス全員にふるぼっこにされないといけなかったのか。理不尽だ。
「二文字の姓とは珍しいですね~。おまけに字も無しとは・・・。
あ、風は、姓を程、名を立、字を仲徳と・・・って、お兄さん~? また遠い目をしていますが、大丈夫ですか~?」
「う、うん。大丈夫だよ、程い・・・立さん」
「おぅおぅ、兄ちゃん。可愛い少女が目の前にいるからって、見惚れすぎると幼女趣味って思われるぜ?」
「誰が幼女趣味だよ!」
宝譿の突っ込みに即反応。こんなやり取りすら嬉しく思う、俺は感傷に浸りすぎかもしれない。
「否定できるの?」
「全力で否定させて頂きます!」
「ふむ、老若関係なくいける口であれば、問題ないと思いますぞ?」
「煽らないで!?」
「いや、すみませぬ。御遣い殿の弄り易さについつい・・・。
さて、私は、姓を趙、名を雲、字を子龍と申す。どうぞお見知りおきを」
やっとのことで自己紹介が終わった。煽って、掻き回すのが好きな二人が組むと、やはり洒落にならないよ。
って、あれ? 星も風も真剣な顔してどうしたんだ?
「ところで、改めて伺いますけど、
お兄さんと蘭樹さんは、御使いさんと天女さん、ということでいいんでしょうか」
「この大陸と別のところから来たのは確かよ。ただ、御遣いか、天女かと聞かれてもね・・・」
「自称する方がよっぽど怪しいと思う。まぁ、この格好は確かにこの大陸の製法には無いんだろうけど」
「・・・私たちと出会ったことはありませぬか?」
「無いわ。・・・妙なことを聞くのね」
「・・・既視感が消えないのですよ。私も、風も。おそらく、稟も」
星さんの搾り出したような言葉に、俺は言うべき答えを考える。
別の外史の記憶が、この世界の彼女たちに宿っているのか。それとも、俺の思い込みなのか。
「あ、先に言っておきますけど~。稟ちゃんが最大級の鼻血を吹き上げたのは、憧れの存在の許昌太守である、
曹操さまにお姿が瓜二つの蘭樹さんが天界の服を着ているのを見て、興奮と妄想が頂点に達したからですので~。
寝言で『髪色が金髪だったら完璧だった、ふがふが』って言ってました~」
「えっと、ごめん。鼻血拭いた人の名前、聞いても大丈夫かな」
「おぉ、失念しておりました」
風がじっと俺を見上げる。その瞳から、俺は答えを探す。君は覚えているの?
「稟ちゃんは、戯志才と名乗っています」
「・・・うん」
「お兄さん、風の言いたい事、わかりますか?」
瞑目。そして、深呼吸。
勘違いなら、それでいい。全力で謝って、後でこっそり泣き笑えばいい。
そう思える、覚悟の時間の為に。
「華琳、ごめんな」
「・・・好きになさい。私もこの甘ったるい考えを、どこかで信じたいと思っているから」
華琳がこう言ってくれるなら、何を恐れる必要がある、北郷一刀。
「彼女は、郭奉孝。曹孟徳の覇業を支えるべく、仕官の道を探っている。
そして・・・日輪を掲げる夢は、今でも見るのかい・・・? 程昱、いや、風・・・」
許されていない者が真名を呼ぶ禁忌。
今度は自分の意志で、あえてその一線を踏み越えた。あとは、静かに裁決を待つのみ。
「真名を、呼びましたね?」
「うん」
「風は、二刻程前にお兄さんに出会ってから、まだ真名を許してませんね?」
「・・・あぁ」
「なのに、どうして、そんなに辛そうに、風を呼ぶのですか・・・?」
「涙をこぼしながら、言う事じゃないよ、風・・・」
「お兄さんも、泣いてます」
腕を伸ばし、抱き締める。風は、抗わなかった。
「ただいま・・・。本当に寂しい思いをさせて、ごめんな」
「ふぇぇぇ・・・お兄さん、お兄さんっ・・・!」
もう言葉にならなくて。
俺と風は、抱き合って、お互いに咽び泣くことしか出来なかったんだ・・・。
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一刀と華琳の星は巡り、優しい風が二人を包んでいきます。