時は少し遡り―――
「ねぇねぇ、早く殺しに行こうよー」
「…ちょっとぐらい待とうよ」
ここは砦の前。螢と嵐の二人は、姿も隠さずに堂々と歩いていた。
そして、案の定門番に見つかってしまう。
「おい! てめぇら、ここに何の用だ! 死にてぇのか!?」
門番の一人が、螢達に怒鳴る。
その言葉が、人生最後の言葉だとは思いもせずに。
「何って…ねぇ?」
「ねー…えい♪」
ドシュッ!
嵐の無邪気としか言いようがない掛け声と共に、門番の首が胴体とお別れする。
「なっ!」
「ま、こう言う事だから」
ザンッ!
「ぐぁぁーー!! あ、足がぁぁーー!」
軽く答えた螢の言葉と共に、こちらは両足が膝下からおさらばする。
「…行こうか、嵐」
のたうち回る門番を尻目に、螢と嵐は砦の中へと足を踏み入れる。
「もー、何で殺さないの? 態々生かしておく必要なんか無いのに」
「いいんだよ。あんまり殺しなんかしたくないし」
「さっすが螢。優しいね♪」
そう満面の笑みで微笑み、螢へと抱きつく嵐。
「こら。身動きできなくなるだろ」
「いいのいいの。螢の代わりに、私がみーんな殺してあげるから」
楽しそうに言う嵐。
その目線の先には、怒号をあげながら群がる賊達。
「…みーんな、殺してあげる♪」
そこからは、彼女の名前『嵐』の名の通り、嵐が現れたようだった。
両手に持つ斧で、竜巻のように敵を切り刻み、遠くの敵には斧を投げ飛ばす。
まさに、鬼神の名に相応しい闘いである。
否。鬼神と言うにはあまりにも足りない。
嵐が通り去った後の生き物は、その身に生と言う単語が見つからないほどに切られ、潰され、貫かれていた。
「あら? もう終わっちゃった? あっけなーい、あははは♪」
愉快に、本当に楽しそうに笑う嵐。
その様は正に『死神』だった。
「ふぅ…。嵐、もう少し落ち着け」
ため息を吐きながら、剣に着いた血糊を払っている螢。
落ち着いた表情の螢だが、その後ろには嵐以上の死体の山が築かれていた。
「ぶー。また負けたー」
「勝ち負けなんかじゃないよ。ただ、俺の剣じゃ二~三人纏めて切っちゃうからさ」
そう言って自らの両刃の長剣『朧月夜(おぼろづきや)』を掲げる螢。
それを見て、嵐も自らの戦斧『双頭龍・顎(そうとうりゅう・あぎと)』を掲げる。
「だよねー。ま、別に気にしてないんだけどね。ただ、いつまでも負けてるのはちょっと…」
悔しそうに、その手に握った戦斧を弄ぶ嵐。
「と言うか、こんな話なんてしてる暇無いって」
「あ、そうか。まだ殺せるんだった。たった二~三百人しか殺ってないもん♪」
「そう言うこと。だから……」
悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべると、目を閉じて意識を集中させる螢。
その螢の動きに、嵐は目を輝かせながら見守る。
そして、不意に瞑想していた螢が、ある地点を指差す。
「……そこ。嵐の右斜め辺り…」
螢が指差したのは、なにもないただの壁。
だが、そんな言葉を嵐は素早く理解し、斧を構える。
そして、自らの意識を武器のみに集中させていく。
見つめるのは、前。螢が指差した壁を、ただ睨み付ける。
「じゃあ……。どーーん!!」
武器を大きく振りかぶると、力をためて一気に降り下ろす。
嵐の放った一撃は、紅い気の刃となり、地面を抉りながら壁に迫る。
ドガン!
壁に気の刃が衝突し、轟音と共に壁が消し飛ぶ。
「な、なんだぁ!?」
「おー、いるよいるよ。…クズどもが」
「あは♪ どうやって殺してあげよっかなー♪」
土煙の晴れた後、螢は心底ウザそうに、嵐は心底楽しそうに立っていた。
「さて…。死ぬ覚悟は、できてるか?」
頭と思われる禿頭の男に、剣を突きつける。
「くそ…。おい、おめぇら殺っちまえ!」
螢の気配に怯える頭であったが、すぐに気を取り直して手下に命令する。
その言葉により、頭の後ろに控えていたであろう男達が、螢と嵐に襲いかかる。
襲い来る人の波をかわすため、二人は一旦外へと逃げる。
「ふっ!」
「やっ!」
追ってくる人の波を螢は剣を真横に一閃させて切り裂き、嵐は二本の斧を回転させて投げ飛ばして粉砕する。
その攻撃によって、中央辺りの敵が百人ほど吹き飛んだ。
中央が陥没した人の波は、統制を失って流れていくが、素早く両翼から二人を追い抜き、反転して二人を取り囲む。
「あら? 囲まれちゃったよ? 螢?」
「分かってる。…よく訓練されてるよな。ただの賊だとは思えないよ…」
周囲を敵に囲まれ、背中を合わせながら思案する。
すると、敵の少しだけ空いた隙間から、頭の余裕の表情が覗いた。
それを見た螢は、納得の表情を浮かべる。
「あー、なるほど。あの禿げ頭、多分どっかの軍上がりだよ」
「え? じゃあ、たいして成績よくなくて、しかも敵前逃亡とかしちゃった人?」
少し話が飛躍しすぎている気がするが、嵐が補足を入れる。
「さぁ? そこまでは知らないよ。でも、この状況……どうする?」
話している間にも、敵はじわじわとその距離を縮めてくる。
だが、二人の表情は曇らなかった。
むしろ、獰猛な笑みを浮かべて楽しんでいる。
「ねぇねぇ、どっちが多く殺せるか勝負しない?」
「お。いいな、それ。なら、負けたら飯を奢ると言うことで」
「いいよー。じゃ、行くよ!」
一気に嵐が駆け出す。
一転突破のようで、目の前の一人を刺し殺した後、斧を抜かずに器用に盾にしながら突っ込んでいく。
円から抜け出した後、追ってくる賊に向かって死体を投げつける。
「ぐぁ!」
「ま、前が!」
混乱する賊の声をよそに、自分の両脇にいる敵に斧を三本立て続けに投げる。そして、手元に残った最後の一本を握りしめ
、再度突進していく。
「てやぁぁーー!!」
加速した体を捻り、砲弾のように突っ込んでいく嵐。その動きについていけなかった賊は、胴から真っ二つにされていた。
「あっははは! まだまだいくよー!」
楽しそうに笑う嵐。
殺戮の宴は、まだ始まったばかりだった。
「おー、張り切ってるなー、嵐の奴」
嵐が円の外に飛び出した後、螢はまだ動きを見せないでいた。ただ、手に持った剣を揺らしながら賊を睨み付けている。
「てめぇら! 何やってる! さっさとぶっ殺せ!!」
中々動きを見せない手下達に、苛立ちのこもった声で怒鳴る頭。その怒号に呼応して一気に円が狭まり、中にいる螢を潰そ
うとする。
「…はぁ!」
ドウッ!
気合一声。
声と共に振り上げられた剣が、擬似的な竜巻となって賊を蹴散らす。
その異常なまでの剣速に巻き上げられた体は、無数の裂傷を体に刻みながら舞い上がる。
そして、竜巻の目となった螢は、そのまま移動を開始する。ゆっくりと歩きながらだが、その刃は確実に賊を捉え、屠って
いく。
「っ!」
そんな単調とも取れる動きをしていた螢の頬を、一本の矢が掠める。頬からは一筋の血が流れ、見るからに痛々しい雰囲気
を醸し出す。
だが、螢は痛みなど感じていないように、矢の出所を確認した後、剣を腰だめに構え直す。
動きの止まった螢に、容赦のない矢の雨が降り注ぐ。
「せいっ!」
腰だめの構えから、溜めていた力を解放させるように、一気に剣を振り抜く。
蒼の軌跡を残す気の刃は、螢に向かう矢を一掃し、そのまま矢を放った者達の首を刈り取る。
そして、剣を新たな構えへと構え直す。今までの脇に剣を引き寄せた構え方から、地面すれすれになるまで剣先を落とした
構え方に。
「嵐の奴が張り切ってやってるんだ。俺も頑張んないとな!」
横目に嵐の活躍ぶりを見ながら、眼前の敵に向かって殺気を滲ませる。小さいが濃密な殺気に、賊達の体は萎縮して動けな
くなった。
そして、賊達に生まれた僅かな隙に、すかさず螢は動く。
動けなくなった賊達の間を駆け抜ける速さは、神速。ただの一介の賊が見切れるものではなかった。
螢が駆け抜けた後に残るのは、体の一部がなくなった骸達。その数の多さが、螢の強さを物語っていた。
「ふぅ…。嵐の方も終わったみたいだな」
螢が敵を一掃し嵐の方を見ると、ちょうど最後の一人の首が飛んだ所だった。
「螢ー、こっち終わったよー」
「うん。こっちも終わって、後は…」
チャキッ
「ひぃっ!」
「…この禿げ頭だけ」
逃げようとする頭の男に剣先を突きつけ、逃げられないように脅しをかける。
「手下が死んだら何もできないの? 滑稽だねー」
「ねぇー、さっさと殺しちゃおうよー」
手に持つ斧をくるくると回しながら、嵐は螢に許可を得ようとする。
「んー。ま、それもそうか。あ、嵐。先に双頭龍取ってきなよ。後からだと抜けにくくなるよ?」
「あ、それもそうだね」
剣を油断なく向けながら、螢は嵐に向かって指示する。
その指示を受けた嵐は、トトトと言う擬音がぴったりの歩き方で自らの得物を回収しに行った。
「さて…。お前にちょっと質問がある」
先程までの雰囲気とは一変。冷たい印象を与える目をしながら螢は問い詰める。
「な、なんだ?」
「お前らの服装で共通して、どこかに黄色い布を着けていたな? これはつい最近にも他の賊の一団でも着けていたんだ。
…何か関係あるのか?」
「し、知らねぇよ。俺らはただ、仕事がなくてこんな野党紛いの事をしてるだけだよ」
「ふーん…」
頭の言葉に、何か引っ掛かるものがあったらしく、顔を少し歪ませる螢。
「は、話はそれだけか? なら…」
「螢ー! 斧が刺さって抜けなーい! 手伝ってー!」
頭の男が何か言おうとした所に、嵐の悲鳴にも似た声が上がる。
よく見ると、刺さった部分をグリグリと抉っているため、新たな血が流れて滑る悪循環になっている。
「はぁ…。分かったよ、今行くからー」
頭に手を当てながら、やれやれと言った風に答える螢。
「じ、じゃあ俺はこれで…」
「うん、いいよ。…ばいばい」
口では優しいことを言いながらも、その手に持った剣で頭の首を飛ばしていた。
「うー…えいやっ!」
ズボッ!
頭の首を飛ばした後、螢が嵐の所に向かうとちょうど斧が死体から抜けた所だった。
そして、斧に付いた血を払ってから螢の元へと向かう嵐。
「螢、禿げ頭の人殺しちゃったの?」
「うん。聞きたいことも聞けたし、用がなくなったからね」
「そっか。これからどうするの? また歩くの?」
「そうなるかなー。同じ街に何度も行くつもりはないし…」
次の行動を決めるため、顎に手を添えながら思案する。
「ま、とりあえずこんな血生臭い所からは出ようか」
「そうだね。服に匂いが付いちゃうよ」
二人は同意すると、砦からそそくさと脱出する。
砦から出てしばらくすると、嵐が唐突にこんな事を喋り出した。
「そういえばさ、前にいた町で変な噂が流れてたんだけど…」
「噂? どういう類のやつ?」
「なんかね? 『天の御使い』がどうこうって言う噂。ものすごーく腰の曲がった御祖母ちゃんが言ってたよ?」
「あー、なんか聞いたことあるな。『天の御使いがこの地に舞い降りる時、乱世は終結し人々に平安が訪れるだろう。その
者、太陽のごとく輝く衣を纏い、限りない優しさで世を照らす光となるだろう』だっけ?」
「んー? 多分そうだったんじゃないかな?」
「まあ、こんな腐った時代じゃ噂なんてものに縋りたくなる気持ちも分かるけどね」
漢王朝の力は衰退し、帝も名ばかりの存在となりつつある現在。噂と言うものに縋るものはたくさんいる。
先ほどのような賊も増え、連鎖的に乱も起こる。そうなれば、民草たちや力のない者たちはそういうものに縋るものなので
ある。
さらに、その『天の御使い』の噂については、大陸一(自称)の占い師、管路が予言したこともあって大変な人気を誇ってい
るのだ。
「でもさー、そんな人が現れるんだったら、見てみたい気持ちもあるなー」
「ま、良く分からないさ。今の時代、神輿にして終わり、って話も簡単だからさ」
肩をすくめて、嵐の意見を一蹴する螢。
螢の言う通り、そういう類の噂を利用する輩はたくさんいる。
理由としては、単純に扱いやすいからだ。『天の御使い』も利用しやすい。名乗ればそれで終わりのようなものでは簡単す
ぎるが、使いやすい。まあ、ばれた場合は死が待ってはいるが。
「というか、螢。どっちが多く殺したの?」
「ん? あー、そう言えば数えてないや。とは言っても、俺の場合ほとんど真っ二つにしちゃってるし」
「えー、じゃあご飯はどうするのよー」
頬を膨らませ、不満顔をあらわにする嵐。そんな嵐を見て、螢は嵐の額を突く。
「いいじゃんか、どっちが勝ってもさ。それに、嵐も数え切れてないだろ?」
「うー。私は三百ぐらいまでは数えてたもん!」
「『までは』だろ? …はぁ。飯ぐらいなら奢ってやるからさ」
「ほんと!? わーい!」
両手を挙げて大喜びする嵐。そんな嵐を見て、螢は苦笑しながらも温かい目で見守っていた。
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どうも
次回作投稿です
今までの自分のスピードからしたら考えられないです…
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