No.225159

恋姫異聞録116 -画龍編-

絶影さん

ええ~今回は雛里がちょっと違う方向に行ってます

次回はある人物が無双します。多分w

何時も読んでくださる皆様ありがとうございます><

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2011-06-28 00:11:12 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8612   閲覧ユーザー数:6595

 

 

治療が終わり鳳雛を元気付けるように涙を拭ってやると天幕から出て外で立つ真桜に後から来た兵との面会を願い出る

その申し出に真桜は頷き、砦の門まで黄蓋と鳳雛を引き連れ赴けば、黄蓋の目に映る

兵達の怯えた表情。未だかつて此の様に怯える自分の兵を見たことがない

 

外から声が聴こえた時にある程度は想像が付いていたのだが瞳に映るのは想像以上

例え大軍から囲まれるとしても自分の率いる精鋭がこれほどまで怯える意味が解らなかった

 

どうしたことかと辺りを見渡せば目に映るのは呉の兵達の前に立つ一人の女性

紅い衣装に身を包む体からは心を容易くへし折る程の殺気が眼前の兵に向かって真っ直ぐ放たれていた

 

「これが夏侯惇か、怒りを身に収めることもせぬとは。昭殿とは真逆の人間と見える」

 

「ちゃう、隊長と華琳様の代わりに怒っとるだけや。普段はもっと優しくて、ちょーっと抜けてるとこもあるけど

兵にはめちゃくちゃ優しい人や」

 

言葉を否定する真桜に黄蓋は一度視線を向け、また前へと向ければ全身が焼かれる様な熱い殺気は収まり

背を向けて砦の中へと脚をすすめる

 

「下手な真似をすれば斬ると言うことか?」

 

「好きにしろ、ただ私の愛する者に手を出せば麟桜で肉片にしてやる」

 

すれ違う春蘭に黄蓋が言葉を向ければ鉛のように重い声で答え、腰の薄紅色の大剣が同時に金属音を立てる

その姿に黄蓋は笑みを浮かべ、迫る戦場が楽しみだと心の中で呟いた

 

「それで、華琳様に話は伝えるけどコイツらどうするんや?」

 

「儂からは何も無い、そちらの指示に従おう」

 

「解った。ほんなら全員の数と装備、乗ってきた船を調べさせてもらうで。その後は全員、前線の船着場で待機」

 

「賢明じゃな」

 

全てに従うと言う黄蓋に真桜は頷き、近くの兵に黄蓋の兵を調べろと指示をし、黄蓋は兵に従うようにと伝える

周りを固めていた魏の兵は次々と呉の兵の装備を確かめるため近づくがその手には武器はなく

逆に武器を持つ呉の兵が驚く事になっていた

 

「それで、一応は此方の戦力と装備を見せてもらってもよいか?耳にはしているが、実際に目で見る事が出来ねば

連携を合わせることも出来ん」

 

「・・・そんなん許すと思うか?いくら手の内ばれとるからって未だ信用もしとらん奴に

はい、そうですかって見せる訳ないやろ」

 

馬鹿な事を言うなとばかりに両手を天秤のようにしてため息混じりに呆れる真桜

だが・・・

 

「と、言いたい所やけどエエで。隊長が礼を尽くしたんや、それに見せても構わんて華琳様から言われとる」

 

意外な言葉に驚くのは鳳雛。だが表情を見られるのはまずいと思ったのか、黄蓋の後ろに隠れ帽子を目深に被り

表情を隠す。これで戻った後に敵の動きも装備も更に頭に入れて戦うことができると

 

「ほんなら此方や、装備が見たいんやろ?後は船か?ついでや、アンタらが連れてきた兵と一緒にいこか」

 

「すまんな。だがその前にここまでしてくれた華琳殿と昭殿に直接礼を言いたいのだが」

 

「ああ~華琳様は今はダメや。軍議中やし、隊長は・・・・・・隊長はアンタのせいで駄目や」

 

儂のせい?と疑問の表情の後、言ってることが直ぐに理解できたのか大笑いをする黄蓋

真桜も同じように笑い、意味が解らないと二人の顔を交互に見る鳳雛に黄蓋が耳元で理由を言えば

鳳雛は顔を赤くして俯いてしまっていた

 

「ほんなら行くで、あんまり彷徨かれても困るからな」

 

螺旋槍を肩に担ぎ、二人を引き連れ船着場へと向かう

 

そのころ、とある天幕では秋蘭は膝を抱えて拗ねていた

男は心底困り果て、何を言えば良いのか解らず正面に座って頬を掻いていた

 

「・・・」

 

「あー・・・・・・悪かったよ」

 

「悪くないのに謝るな」

 

「気分を悪くさせたんだ、十分悪いよ」

 

謝罪をすれば顔を膝に埋めてしまう秋蘭にどうしたものかと思案していると

顔を上げぬ秋蘭から手が伸ばされ、袖をしっかりと掴まれる

そして耳まで真赤にして少し顔を上げると眼を潤ませ男を睨んでいた

 

「悪いのは私だ。仕方がないと解っているのに・・・なぜだか解らないが、最近余裕が無いのだ」

 

「大きな戦が目の前だから仕方がない」

 

「兵の前で言ったように素直になりたいのだが、性分だな巧くいかない」

 

「巧くされては俺は何時も顔を赤くしているようだな」

 

眼が合えば眼を逸らし、また顔を膝に埋もれさせる秋蘭に男は優しく笑みを向け袖を握る手を優しく包む

 

「そうやって何時も私を甘やかす。最近は歯止めがきかない、そんな自分が嫌になる」

 

「俺は素直に話をしてくれるのが嬉しいよ」

 

「・・・すまない。何時も私が甘えてる、支えると言ったのに」

 

「十分だよ。支えてくれてありがとう、秋蘭が居なければ俺は黄蓋殿に斬りかかっていたと思うよ」

 

本当か?と問い顔を上げる秋蘭の手を引いて自分の方へと引き寄せて抱きしめると秋蘭は一瞬驚き

後は顔をそのまま顔を男の胸の中へと埋めていた

 

「今は秋蘭が居るから耐えられる。まだ・・・まだ俺は落ち着いて居られる。引き絞った弓の弦から手を放すのは

秋蘭の役目だ。来るべき時が来たら、矢を撃ち放ってくれ」

 

左手は優しく秋蘭の背を撫で、右手は男の心を表すように固く握り締められブチブチと音を立てて千切れる包帯

秋蘭は撫でられながら男の右手に軽く手を添えれば固く握られた手は開かれ、掌からちぎれた包帯が落ちる

 

「ああ、解っている。その時、私は雷光の名の通りに雲と共に有る」

 

「心強いよ。だからその時まで俺をしっかり掴んで居てくれ」

 

頷く秋蘭は答えるように開かれた右手を握り、自分の胸元へと寄せ笑顔を見せた

 

まだ俺は耐えられる。解き放てるのは秋蘭の言葉だけだ、俺は矢で秋蘭は弓なのだから

 

「そう言えば外から兵が来ているのは大丈夫だったのか?」

 

「大丈夫、春蘭が睨みをきかせに行くって言ってた。今頃敵は悲鳴を上げてるんじゃ無いか?」

 

「フフッ、確かにそうかもしれんな・・・」

 

笑みを漏らす秋蘭の表情が急に何かを思い出したような表情に変わり男は首を傾げる

何か不安なことを思い出したのだろうかと

 

「どうした?」

 

「いや、外というので思い出してな。この地方では船に鎖を着けて繋げるのが普通なのか?」

 

疑問のある顔で男を見つめる秋蘭は男の表情が変わり、笑みになっていることに気が付き

不思議そうに男の瞳を覗き込んでいた。自分が行った言葉に何か引っかかるものがあったのだろうかと

 

「来たか・・・」

 

事前の仕込みが始まったか、やはりあの娘は?統で間違いない。鳳雛と言う名はやはりそのままだ

この地方で船を鎖で繋げるのが普通なのかって?そんなわけ無いじゃないか、鎖で船をつなげて安定はするが

漁をするのに自由が利かないことが目に見えて解ることだ。だが新しい物好きな華琳は其れを受け入れるとそこまで

計算しているのだろう?情報は漏れてる、ならば華琳の性格も把握している筈だ

 

「どうした?」

 

「いや、何でもない。それよりも今からやることは有るのか?」

 

「軍議は軍師とだけでやるとの事だから私は参加しない、備えも済ませた。後は船着場の兵に船を慣らす練兵を

少しするくらいか。中にはこれほど大きな河を見たことも無い人間も居る」

 

「そうか、なら俺も手伝うよ。そうそう、一馬が魚を釣って来てくれるはずだ。夜の食事は楽しみにしておいてくれ」

 

俺の言葉が嬉しかったのか、顔をうずめた胸から離して眼を大きく見開き本当か?と言う表情を見せる秋蘭に笑みを向け

頷けば嬉しいとばかりに再度胸に顔を埋めて居た

 

さて、此処からどうやって華琳に話を持って行くんだ?今から話を持っていくことはしないだろう

なにせ軍議をしているのだから。そして俺に話すこともしないだろう、眼は使えずとも俺が呉で見せた

周瑜との交渉で、ある程度交渉術というものがあると理解し警戒しているだろうからな

 

行くならば夜、そして俺が居ない華琳だけの時を狙うはず。

ならば俺は逆に夜に華琳の元へと居ることにしよう、まさか俺が居るとは思わないだろう

先を知っているからこそ出来る事だ、だからこそ十分に知識を使わせてもらう

 

男は秋蘭を優しく抱きしめながら、張り巡らされ始めた策をあざ笑うように顔を恐ろしい笑みに変えていた

 

外では黄蓋に付き従う兵が魏の兵から点呼と装備の点検、そして船に怪しい物を載せて居ないかの検査をされ

丁度前線の見張りをしていた凪もそれに参加していた。もし何かあった時には真桜一人ではと考えたのだろう

 

だが三隻の船を隅から隅まで調べるが何一つ出てくることはなく

僅か五百の呉の兵は黄蓋が近くに居るというだけで春蘭に折られた心を強く立て直していた

 

 

 

 

将一人でこれほど変わるのかと真桜が関心す入れば、黄蓋は「そちらの昭殿には敵わんな」と呟き

「世辞は要らない」と凪が答えれば黄蓋は「世辞ではない」と返し、凪と真桜はまるで自分のことのように

男が褒められたことを喜んでいた

 

「どうした?何か良いことでもあったのか?」

 

「フフッ、夏侯淵との痴話喧嘩は終わったのか?」

 

喜ぶ真桜と凪の頭を撫でる男は、黄蓋の言葉に「お陰さまで」と笑みを崩さず返すと

反応が予想と違ったのかそれは詰まらないと腰に手を当て口を尖らせていた

 

「ご期待に添えず申し訳ない」

 

「全くだ。其れよりもどうして此処に?儂が何かせぬか監視に来たということでもなさそうじゃが」

 

「ええ、妻の手伝いですよ。今から訓練です、未だ開戦と言うわけではないですから」

 

「うむ、呉と蜀は合流したばかり。歩調を合わせるため早くても明日以降であろうな」

 

儂も参加しようと自分についてきた兵を引き連れ船に乗り、河へと漕ぎ出そうとする黄蓋

監視されている立場であるというのに全く気にすること無く、まるで自分の陣営のように振舞う黄蓋に

驚く真桜と凪は「勝手な事をするな」と怒鳴るが、男は二人の頭を再度撫でる

 

「手合わせしてこい、指揮は凪が取ってみろ。真桜は補佐だ」

 

「えっ!?わ、私がですかっ!!」

 

「ああ、いい機会だ。孫呉の宿将である黄蓋殿から学んで来るといい。凪はもっと成長できる」

 

「・・・・・・はいっ!!」

 

男の言葉に一度口を開けたまま固まり、即座に顔を強いものに変える。

嬉しかったのだ、自分の信頼する人にまだまだ大きく、強くなれると言われたことが

だから喜びと、笑みで返すのではなく。強い表情で、見ていてくださいとその瞳で語り

拳を掌に思い切り叩きつけ礼を取ると目の前に泊まる船へと飛び乗る

 

「真桜は」

 

「言わんでエエよ、解っとる。凪は戦いで、ウチはこれや!ほんなら行ってきます」

 

言いたい事は解っているとばかりに自分の才知の結晶、螺旋槍を見せてニカっと笑うと

凪と同じ船に飛び乗る

 

即座に兵達は別れ、凪と真桜が率いる兵と黄蓋の後ろから現れる秋蘭率いる虎士

どうやらこの機会に流琉と季衣の兵を鍛えておこうと言う腹らしい、華琳の近くを守るものが

練度が低い事など許されるわけは無いのだから、判断としては先に親衛隊を鍛えるのは普通だろう

 

「訓練だと気を抜けば死ぬことになるぞ、儂を止めてみせよ」

 

不敵に笑う黄蓋に凪と真桜は顔を引き締め、秋蘭は巧く素早い動きを水の上で見せる呉の兵に合わせていた

男はそんな訓練をする四人を見ながら戦いを見るわけでもなく隣に取り残された鳳雛とたわいも無いことを話していた

 

「あの、見なくても宜しいのですか?」

 

「構わないよ、どっちにしろ黄蓋殿の考えは読めないし、動きを見ても思考と食い違いが多くて混乱するだけだから」

 

「へっ?あの、良いのですか私にそのような事を話しても」

 

「変な事を聞くね、黄蓋殿の弟子とか娘みたいなモノなんだろう?」

 

「はい。ですが、普通は私が黄蓋様の元を離れて呉と蜀に行くことも考えて何も話さないか拘束をすると思うのですが」

 

「ん?行くの?」

 

腰を降ろし、鳳雛の隣に座る男の目線は鳳雛より少し下に

自分の弱点をさらけ出すような事をサラリと言ってしまう男に驚かされる鳳雛

しかも動揺をさとられぬよう予測できる事を口にすれば、逆に行くの?等と質問され混乱してしまうのは

逆に鳳雛の方であった

 

「そんなの良いから何か話をしよう。呉ではどんな生活をしていたんだい?」

 

「えっ?!あの、あわわわわ・・・」

 

と、更に生活をしたこともない呉の生活を聞かれ、また娘のようなと言われるほどだから黄蓋殿の事を

教えてくれと言われ、更に驚き混乱するが其れは一瞬。帽子のツバを握り締め表情を一度隠すと

落ち着いた、平静を保つ為の仮面を被る

 

「実は此方に来たのはつい最近なんです。其れまでは漢中の水鏡先生の元に居ました」

 

「水鏡先生、司馬徽殿か。話は聞いているよ、人物鑑定に優れ人に物を教えることが得意で博識な人だと」

 

「私も文麒様の事は耳にしたことがあります。慧眼の御使、三夏の慧眼、舞王。たくさんの呼び名を持っていますよね」

 

「俺も、君の事は聞いたことがある。鳳雛という名は司馬徽殿が付けたものだろう?我が元に鳳凰の雛鳥有りと

水鏡先生が言っていた。華琳の元に迎えてはどうかと人物鑑定に来ていた人に教えてもらったよ」

 

男の口から司馬徽の名が出ると少しだけ、ほんの僅かだけ肩をピクリと震わせるが表情は変わらない

何も知らぬ人物が見れば、見知った人の名を言われ反応しただけにしか過ぎない肩の震えは男に取って

全く違うものに見えた

 

鳳雛は男の眼を誤魔化すために、顔を赤くして照れるように顔を帽子で隠す

鳳凰の雛鳥等と、私には過ぎた名前ですとばかりに

 

「私もご一緒させて貰ってもよろしですか?」

 

「稟、軍議は終わったのか?」

 

「ええ、滞り無く。方針も決まりましたし、少々早く終わったので時間が空いてしまいました」

 

後ろから急に声を掛けられ振り向けば、眼鏡の位置を指先で直す仕草をしながら此方に歩み寄る稟の姿

どうやら軍議は予定よりも早く終わったようで、空いた時間に兵の訓練を見に来たのだろう

だが来てみれば男と鳳雛の姿に稟の興味は訓練よりも鳳雛の方に向いたようだった

 

「郭嘉様ですね?お噂は耳にしています」

 

「私の噂、ですか?呉の市井ではどのように私の事が評されているのか興味が有りますね。宜しければ聞いても?」

 

「ええ、魏の策略家郭嘉。其の智謀は敵の力を削ぎ落とし、城にありながら無力な木偶に仕立て上げると」

 

「策略家。なるほど、それは嬉しいことです。では貴女の眼にはどのように映っていますか?」

 

丁度空いている男と鳳雛の間に腰を下ろすと男と同じように鳳雛を見上げて話す

其の瞳はキツメの瞳を持つ稟には珍しく柔らかく笑みに近い瞳で、男はその横瞳から漏れる

感情に気が付き鳳雛の仕草を探り始めた

 

「私の評価・・・ですか?」

 

「ええ、黄蓋殿ほどの宿将に娘とまで言わせる人物の眼から私はどのように見えるのか是非知っておきたいと」

 

「あ、あの。私の評価などより此方には慧眼の文麒様が」

 

「既に聞いています。私は王を知る者と言う評価を頂いていますが、他国の人間からはどのように映っているのか

知るのも策略に使えるのですよ。相手が自分をどのように思っているか、そこから相手を誘導し自分の思惑に嵌める。

なんて事が出来ますからね」

 

あえて神機妙算という評価を言わず、王を知る者という二つ目の評価を口にしたのみで表情を崩さず再度問う

稟に鳳雛は何を狙っているのか、何を聞き出そうとしているのか理解は出来なかった

想像の中でも彼女は唯の策略家。今から策略を起こすには既に時は遅く、情報の無いであろう自分の評価を

口にした所で何も変わることもないかと、鳳雛は自分の思ったままの評価を口にする

黄蓋の娘、弟子に相応しい答えを

 

「私も同じように、話を聞いていると素晴らしい策略家であると。特に武都攻略や荊州の攻略では事前に破壊工作

や陽動を用いて、更には内部の兵との内通までして。豪族とは搦手を使い交渉し殆ど戦う事無く領土を手にしたと

聞いています」

 

「なるほど、そのように聞いていますか。確かに貴女の言うとおりの事をして来たので評価もそれに準ずるといった

所なのですね」

 

自信なく頷く鳳雛に稟は「ありがとうございます」と礼を言い、そこからは他愛無い話をし始めた

司馬徽殿の所で学んでいたのかとか、そこではどのような学問を習ったのか等。特に今回の戦に関係の

無いことばかり話しだす。俺は稟の意図が完全には読めず、取り敢えず表情に出さないように話に混ざり

頷いていた

 

世間話はいい具合に盛り上がり、気がつけば訓練が終わって船が次々に船着場へと帰って来ていた

 

一番に帰ってきた黄蓋殿は俺達の話が盛り上がっているのに気が付き、少々不思議な顔をしていたが

陸に上がり、話を聞けば何だそんなことかと笑っていたが、鳳雛の表情にかすかな曇りが見えたようで

 

「見慣れぬ者に囲まれ少々疲れてしまったようだ、先に失礼する」

 

と鳳雛を連れて天幕へとこの場を後にし男と稟は二人を見送ると稟に振り向く

 

「何を見せたかったんだ?」

 

「最初の質問ですが、彼女の仕草で嘘か真実か分かりますか?」

 

「評価の部分か?」

 

「ええ、そこが最も重要です」

 

「・・・真実だろうな。策略家であると偽りなく思っているだろう、表情の変化は無かったし

見た感じ自分の表情や心を立て直すのに帽子を握るようだがそれも無かった」

 

「そうですか、上々です。ありがとうございます」

 

俺の方を見て嬉しそうに笑顔を見せる稟に「正し、風の真名のせいで正確さは保証できん」と言えば

「十分です」と礼を言ってきた。どうやら稟の求める答えが得られたようだが俺には今ひとつ理解できない

首を傾げ、どういう事をさせたんだと聞こうと思えば稟は人差し指を口元に当てて、踵を返して行ってしまった

 

「何の話だ?」

 

「良く解らん。だが稟の事だ、何かあるんだろう。それよりももうすぐ日が暮れる、一馬が釣った魚でも食うとしよう」

 

稟の考えが解らぬまま、俺は秋蘭達の後片付けを手伝いそのまま食事へと向かった

食事が終わり次第、俺は華琳の天幕へと赴くか。

 

それよりも、今は一馬が魚を釣っているかが問題だな。秋蘭の機嫌は治ったとは言え、先刻一馬が釣ってくると

言ったんだ。もし釣れて無かったら今夜、華琳の元へは行けないかもしれない・・・・・・

取り敢えず、俺は一馬が魚を釣っていることを願い食事の用意をする兵士達の輪の中へ秋蘭と共に入っていった

 

 

 

―天幕―

 

 

「何を話しておった?」

 

「他愛もない話を、呉での暮らしなどですが適当にごまかしておきました」

 

「そうか、何か聞き出そうとしていたのではないか?あの場に居たのは郭嘉という軍師であろう?」

 

「はい、ですが私に聞いてきたのは己の評価。本当に策略家と言う名に相応しい人だと返しておきました」

 

用意された天幕に入り、周りの気配を確かめ小さな声量で話を始める二人は先程の

敵の連れてきた娘と将、軍師の三人で話す妙な光景について話していた

 

「策略家か、ならばあの郭嘉と言う人物はそれほど戦で役には立たぬと?」

 

「そうですね、今手にしている情報通りならば彼女は戦前に準備し、此方を削ってくるはず。ですがそれは

舞王さんが呉と交渉をする。という事で出来なかった」

 

「ふむ、下手に動けば呉との交渉を最初から壊しかねんということか」

 

「相手をおとしいれるのが策略家ですから。戦場での戦術家としては少々力不足かと思います

今までの戦歴を見る限り、殆ど戦闘では夏侯惇さんや張遼さんに頼り切りですから」

 

なるほど、と頷く黄蓋に鳳雛は「それよりも・・・」と口にし帽子のつばを握り考えを巡らせていた

その様子に黄蓋は何か有るのかと問えば、鳳雛は一つ頷き周りを見渡し、誰も居ないことを確認する

 

「舞王さんの事ですが、恐らくは軍師に最も必要な想像力が有るようにおもえます」

 

「想像力?」

 

「はい、軍師に最も必要なのは想像力。したこともない策を頭の中だけで実行し得られる情報でそれを現実に近づける」

 

「軍師にとって想像力とはそれほど大事なものなのか?」

 

「大事です。机上の空論であろうとそれを切っ掛けとして生まれる策は、実行したことが無い物ばかり

だからこそまずは想像の中だけで実行させ、実用可能なものになるまで練り上げます」

 

鳳雛の言葉に耳を傾ける黄蓋。鳳雛の言いたいこととはこうだ

水鏡先生と言う名で直ぐに司馬徽の名が出てきた。しかも鳳雛とう名まで

それほど大陸で知られてもいないのに、そこまでの情報が彼の頭の中には有る

彼の頭に入れ込んだ膨大な情報そこから導きだされる答えでまるで先のことを予見しているかのように行動していると

 

「前に定軍山で戦った私達の将である紫苑さんが言ってました。【まるで思い出したかのような行動をとった】と」

 

「思い出したかのようにじゃと?」

 

「はい、定軍山では此方の動きは決して漏れて居なかった。ならばどうやって答えを出したのか

それは多くの人との交流で得た膨大な知識とあの龍佐の眼から此方の将を本質を見抜き

導き出した答えを元に、此方の動きを想像した」

 

「・・・なるほど。それで先を読んでいるかの錯覚したということか」

 

「天の御使と呼ばれる所以はそこに有るかと思います。恐ろしいまでの想像力と知識、情報でまるで

先を予見するかの如く答えを出せる。私にはとても出来無いことです」

 

司馬徽に鳳雛とまで言われる少女に出来ないと言わせる事を容易くしてしまう舞王という人物に恐ろしさを感じながら

それでも笑みを見せる鳳雛に黄蓋は頼もしさを感じる。この少女はそんな強大な相手にも負けないと言っているのだ

 

「私の中には化物が住んでいます。この知識の化物は私の想像力と知識を食べて大きくなる。今まで与え続け

育てた化物は舞王さんにも、曹操さんにも負けません」

 

「頼もしいことよ。想像力か、ならばそれで儂に着いて来てここにいるという訳じゃな」

 

「柴桑で話してくれた三十四計、敗戦計。そこから導きだされる行動を想像し予想し私の策を乗せるためにきました」

 

「では敵の予想に儂の策は無いと?」

 

「はい、黄蓋さんと周瑜さんの阿吽の呼吸によって創りだされた偽装を予測出来る人は居ません

私と朱里ちゃんには敗戦計という言葉があったから気がつけたんですから」

 

ニコリと笑顔で答える鳳雛に黄蓋は笑う。何とも小さいながらも頼もしい軍師だと

そして徐に立ち上がり、鳳雛に手を差し伸べる。我等を勝利に導く策を始めようかと

 

頷く鳳雛は差し伸べられる手を取り、共に天幕の外へと出ると待機する真桜に「曹操殿に用がある」と告げた

 

 

 

 

―砦内部―

 

 

天幕の間を歩く男の目指す場所は一つ、華琳の居る天幕

食事の終わった男は何処か雰囲気の違う男を心配そうに見つめる秋蘭の頬を撫でて安心させ

「頃合いを見て、軍師のみんなを連れてきてくれ」と言うとそのまま真っ直ぐ華琳の居る天幕へと脚を向けた

 

天幕に入れば華琳は一人、食事も終えて茶を優雅に飲んでいた

 

「あら、珍しいわね。秋蘭と一緒に居なくても良いの?」

 

「ああ。それよりも面白いことが始まる。此処に黄蓋殿が来るだろう」

 

「・・・やはり裏切るのね。いえ、裏切るというのはおかしいわね」

 

「だな、外で漁師が船を鎖で繋いでいた。それが何を意味するか・・・」

 

そこまで言ったところで天幕の外から声が聞こえる。黄蓋殿の声だ

俺は来たか、と華琳の隣に座り天幕の入り口に映る影を見据えた

 

隣に座る俺に華琳はチラリとだけ目線を送ると、後は何事も無いかのように茶の残りに口を付けた

 

「華琳殿。華琳殿はいらっしゃるか?」

 

「・・・・・・黄蓋?ここよ」

 

「おお、こちらにおいでか。少々話をしたいのだが・・・・・・構わんか?」

 

そう言って天幕に入ってくる黄蓋殿と鳳雛。黄蓋殿の手には酒が・・・・・・何処から持ってきた

巧いこと真桜に言って手に入れたか?仕方がないやつだ、まぁ機嫌を損ねたらとでも思ったのか

しかし、その酒を見て少々眉根を寄せる華琳

 

「酒の相手ならお断りよ。悪いけど、今日はそういう気分ではないの」

 

断る華琳にとてもとても残念そうな顔をして項垂れる黄蓋殿。しかも神農大帝がどうとか

良く解らん話をしてくる。華琳も聞いたことが無いようだ、というか俺も知らん

しかし相変わらず鳳雛は気が小さいのだろう、オドオドとしっぱなしだ

 

「酒席に誘いに来ただけなのかしら?」

 

「いや、昼に少々練兵に混ざったのだが。少々気になったことがあっての」

 

「何かしら?」

 

「その前に、少々人払いを頼めんか?」

 

そう言って俺の方を見る黄蓋殿。天幕に入ってくるときに俺が居たことに少し驚いていたように見えたからな

鳳雛も同じだ。こんな夜更けに俺がいた事がよほど予想外だったのだろう

 

「昭は良いのよ。元々昭は部下などでは無く曹家の者。気にすることはないわ」

 

「曹家の、そう言えばそうであった。元は曹昭殿であったな」

 

「姉弟に等しい者を近くに置いておくのが不都合?」

 

「いや、戦争前に親密な者と語り合っていたわけじゃな。これは間の悪い事をしたものだ」

 

戦争前に感傷に浸っていたと言ったところで捉えてくれたようだ

誤解、ともいえんから構わないが。俺達に感傷に浸る暇など無いのだがな

 

「分かったのなら、早く要件を済ませてくれる?」

 

「そうよの。ならば、手短に。今日の練兵、短い期間で驚くほどの練度であると言えるが儂の目からすればまだまだ

江東、江南の兵は何れも河出の戦に慣れておる」

 

黄蓋殿は昼での訓練を言っていた。動きや正確さは眼を見張るほどの練度に達しているが未だ自分たちの呉

と比べれば劣っていると。時間があれば自分が教練してもいいのだが時間がないし、付け焼刃では何の役にも立たないと

 

俺は心の中で笑う。黄蓋殿が出ると分かった時に凪が指揮をするように言ったのは勿論凪の成長の為でもあるが

軍師が指揮するよりも目に見えてまだまだであると言えるからだ

これが詠や桂花が動かしていれば黄蓋殿は何とケチをつけて来たのだろうか

 

「でしょうね。何か秘策でも有るのかしら?」

 

「うむ。実はそのために、こ奴を連れてきた」

 

黄蓋殿に紹介された少女は頭を下げて、華琳の前に立つことに緊張しているのだろうか顔を強ばらせていた

突然現れる少女、そう言えば最初からいて娘か弟子のような存在として紹介された少女の顔を眺め

次に目線を俺に向ける

 

「大丈夫だ、水鏡先生に鳳雛と言われた人物だ」

 

「水鏡先生に・・・いいでしょう、聞かせてもらえるかしら」

 

「うむ。鳳雛、説明してくれるか?」

 

水鏡先生という名に興味を示したのか、少しだけ表情が柔らかくなる華琳

何時もの事だ、才を見つけどのような物か品定めするような眼をしている

こんな時だと言うのに少し楽しいのだろうな

 

「はい、この辺りの漁師達は船酔いや小さな船を大きく使う技法賭して。船同士を鎖で結ぶ方法を使っています」

 

「秋蘭も言っていたな。そういう漁をしている船を見たと。それを利用するのか?」

 

「はい、船同士を繋げば、船の安定が増しますから船に酔うこともなくなりますし、兵は陸と同じように

動くことが出来るようにもなります」

 

いかにもな理由だな。船の安定と陸と同じような動き。これは船酔いよりもずっと手にしたいものである

陸と同じ動きが出来るなら魏の精兵ほど強い兵など居ない

 

華琳の強い目線に体をビクビクと震わせながら一生懸命に話す鳳雛はなかなかに面白いが

相変わらず思考は読めない。だから実際は怖がっているのかなんなのか良く解らんな

 

「・・・けれど、火計には弱くなるわね」

 

「この季節、風は川上から吹いてます。此方の失火や川上からの奇襲が有るならともかく、川下から来る敵陣が

火計を使う事はありえません」

 

「なるほど・・・。それで、その鎖は直ぐに準備出来るものなの?」

 

「このあたりで普通に使われている方法ですから鍛冶屋に言えば簡単に調達出来るはずです」

 

巧く事が進んだ、これで連環の計は成る。ならば俺達はそれを崩せば・・・

 

男は急に隣に座る華琳を抱き寄せ膝に乗せる。後ろから抱きしめられる華琳は一瞬だけ驚くが何かに気が付き

体を男にもたれかけた

 

その行動に鳳雛は「あわ・・・」と顔を真赤にして俯き、黄蓋は何かを察したのか笑っていた

 

「親密な姉弟というのはそういう事か、どうやら長く邪魔をしすぎたようだ」

 

「事前交渉は任せるわ。黄蓋、貴女が指揮を取って頂戴。細やかな指揮は軍師の誰かを代わりによこしましょう・・・」

 

「すまないな、黄蓋殿。妻以外には俺は見向きもしないが。姉弟の、王の望みなら俺は従うほか無い」

 

左手で華琳の腰に腕を回し抱き寄せると益々顔を赤らめる鳳雛

これ以上居るのは無粋以外の無いものでもないかと、それになすべきことは成したと言うことだろうか

鳳雛の手を取る

 

「英雄色を好むと言うが、此処には英雄が二人。惹きあうのも当然の事、夜はまだ長い、存分に愉しんでくれ」

 

大きく笑いながらこの場を後にする黄蓋と鳳雛。二人の姿が見えなくなり、気配が遠くになった瞬間

華琳は顔を青ざめて振り向き、男の上着を剥ぎ取る

 

華琳の瞳に映るのは右半身が消えてなくなった男の体。地面には右手に巻かれた包帯が地に落ちていた

 

「大丈夫だ、もうすぐ戻る」

 

「前より範囲が大きくなっている。もうすぐ戻る、ということは原因が分かったの?」

 

「・・・・・・多分、誰かが見ているんだろう」

 

「誰かが、見ている?」

 

「ああ、何時も感じるんだ。体が消えるとき、誰かの存在を感じる」

 

黄蓋殿が居なくなったのを見計らい、天幕に入ってきた秋蘭は両手を頬に当て

走り出し、男の腕をその瞳から大粒の涙を零しながら必死にすがるようにしがみつき

華琳もまた、消える男の体に悲痛な顔をするが、男は二人を安心させるように優しく微笑んでいた

 

 


 
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