No.224087

私の義妹たちがこんなに可愛いわけがない 黒猫ハーレム

pixivからの転載。
黒猫さん物語の一応の完結編に当たる作品でしょうかね。
この話から原作8巻を読んで書いています。多少性格や設定が前作と変わった部分もありますがご愛嬌。
オチが8巻依存のネタなので、原作を読んでない方は”神猫”で検索しておくと理解度が上がります。

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2011-06-21 23:58:52 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4173   閲覧ユーザー数:3743

私の義妹たちがこんなに可愛いわけがない 黒猫ハーレム

 

 

 5月も終わり頃が近づいてきた日曜日。

 今日も今日とて私は先輩のお部屋にお邪魔してまったりと休日を謳歌していた。

 その先輩はこだわりのパック麦茶を求めて東京まで出かけて今は不在。

 何でも先輩愛用のパック麦茶は千葉県では販売されなくなってしまったのだという。

 パック麦茶を買いにわざわざ東京まで出るのはどうなのかしらと思わないでもない。

 けれど、そんな先輩をちょっとだけ愛らしく感じている私がいる。

 ほんと私も1年前とは大きく変わったものだと思う。

「くんかくんかほ~むほむ」

 いつものように、ベッドの上で布団を頭からかぶって枕を抱きしめて瞑想にふける。

 先輩エキスは私の生きる力の源。

 けれど、逆に考えて先輩にとって私はどうなのかしら?

 生きていく上で元気を与えられているのかしら?

 等価交換の原則を守ってハンカチ(先輩のパンツ)の代わりに入れておいた私のパンツとブラは先輩を元気にしてくれているかしら?

 でも、元気にって、その、そういうワケじゃないのよ!

 私の下着で体の特定の一部分だけを元気にするってワケじゃないのよ!

 だって、先輩の特定の一部分を元気にするのは、下着じゃなくて私自身で元気になって欲しいのだからっ!

 ……って、だから私は一体何を考えているのよ!?

 フェイスタオル(先輩のシャツ)を顔にかぶせて頭を落ち着かせる。

 ただでさえ暑いのに、黒ゴスロリで布団をかぶっている熱さのせいで頭が熱膨張でも起こしてしまっているのかもしれない。

「髪を乱さないようにしないと先輩に笑われてしまうわね」

 ハンカチ(先輩のパンツ)を後頭部にかぶって布団でくせが付くのを防ぐ。

 所帯じみてはいるけれど、私だって恋する乙女。

 好きな人の前ではいつだって綺麗でいたい。

 私はこの熱さに耐えながら、くんかくんかほ~むほむしながら愛しい先輩の帰りを待つ。

 

「……ねえ、ルリ姉。もの凄いキモいんだけど」

 私の静寂を破ったのは実妹の蔑んだ瞳と冷え切った声だった。

「いつから見ていたの?」

 フェイスタオルとハンカチ、ついでに布団を剥ぎ取って日向と向き合う。

「いつから見ていたのも何も、あたしたち、一緒に高坂くんの家に来たじゃん」

 そうだった。

 私は今日、妹たちと一緒に先輩の家にお邪魔したのだった。

 妹たちは先輩を気に入ってしまい、連れて行けと毎日うるさい。

 そして先輩は日向たちを義理の妹としてみなし、お兄ちゃんパワー全開で甘やかす。

 だから連れて行かないと妹たちも先輩もうるさい。

 先輩の家にデートでお邪魔しているはずなのに、2人きりになった記憶が最近ない。

 どうしてこんなことになってしまったのかしら?

 わけがわからないわ。

「ルリ姉、何を現実逃避して嘆いているのか知らないけれど、珠希もドン引きだから」

「えっ?」

 部屋の隅を見ると、下の妹の珠希が体を縮め込ませて震えていた。

「姉さま、怖いですぅ」

「こっ、これは、違うのよっ!」

 しまった。

 くんかくんかほ~むほむは小学生には早すぎたのだわ。

 スイーツビッチを基準にしたのが間違いだった。

 あんなビッチと可愛い珠希を同一視したのは私の人生史上でも5本の指に入る失態。

「おにぃちゃん……助けてください~っ」

 先輩に助けを求める珠希。

 実の妹、しかも従順な方に怖がられるなんて大きなショック。

 そして珠希は瞳をトロンと潤ませて恋する乙女の表情で先輩を呼んでいる。

 まだ小学校に入ったばかりだというのに……。

 しかも相手がよりによって先輩だなんて、何て悲劇。

「もぉ、珠希ったら。高坂くんはあたしのなんだから、珠希は助けに来てくれないって」

「何をほざいてるの、日向?」

 そして自信満々にとんでもないことをのたまってくれる日向。

 説明するまでもなくこっちの妹も先輩に惚れている。

 五更家の女は先輩の地味顔に弱いのかもしれない。

 お母さんが先輩に色目を使わないか心配だ。

「おにぃちゃんは珠希のこと可愛いって言ってくれましたもん!」

 珠希が頬を膨らませながら反論する。怒っているのだけどその様は愛らしい。

 でも、先輩は私のだ。

「わかってないね、珠希は。高坂くんみたいなプレイボーイは女を見れば誰だって可愛いって言ってご機嫌取るんだよ」

 微妙に間違ってない解釈に胸がズキッとする。

「そんな高坂くんが本当に可愛いと思っているのは誰か? 目を見ればわかるの。高坂くんの意中の女……それはあたしなの!」

「日向、1度眼科に行って来なさい」

 だから先輩は私のだというのに。

「フッ、ルリルリがいつまでも高坂くんのヒロインの座にいられると思わないでね」

「姉に向かってルリルリ言わないで頂戴」

 あの逝かれスイーツと関わりを持つようになってから日向の言葉には優雅さが欠けるようになった。あのビッチはほんとにろくなことしないわね。

「必ず高坂くんをルリ姉から略奪愛してみせるんだからっ!」

「そういう台詞はランドセルを脱げるようになってから言いなさい」

 ああっ、先輩の部屋にいる時まで安息の時間が取れないようになってしまった。

 こんなの絶対おかしいわ。

 

 

 壊れかけていく私の平穏。

 その決定的な破壊は1人の小うるさい女の登場によってもたらされた。

「ねえねえ、黒いの黒いのっ! 訊きたいことがあるの」

 今回もまたコピペのような言葉を発しながらスイーツ星の使者がバタバタと駆け込んできた。

 先輩が出掛け不在の隙を突いてわざわざ入って来るタイミング。今回もまたよほど2人きりで話したいということなのだろう。

 しかし今日この部屋にいるのは私と桐乃の2人じゃない。

「あっ、ビッチさん。こんにちは」

 日向が右手を軽く挙げながら桐乃に向かって挨拶する。

「日向ちゃん、来てたんだぁ。ゆっくりしていってね。でへへへへぇっ♪」

 対して桐乃は日向を向きながら表情をドロッドロに崩した。完全に犯罪者の顔。

 妹に『ビッチさん』と呼ばれたことはどうでも良いらしい。

 ちなみに、『ビッチさん』という呼び方は、私が桐乃と電話する時に『ビッチ』と連呼している内に妹たちが覚えてしまったもの。

 桐乃が本名を名乗った後も日向は『ビッチさん』と呼び続けている。この辺は私の教育が行き届いている証拠ではないかと自画自賛してみる。

「お姉さま、いらしていたんですね」

 そして桐乃に続いて黒髪の美少女が入って来た。

「貴方も来ていたのね、あやせ」

「はいっ、昨日以来ですね。お姉さま♪」

 モデルのような美少女の名は新垣あやせ。桐乃のクラスメイトで親友でモデル仲間。

 先日のゴールデンウィークに知り合って時に色々あって私は『お姉さま』と呼ばれ懐かれてしまっている。

 私にそういう趣味はないから勘弁して欲しい。けれど、あやせに悪気はないので無碍にも扱えない。思い込みがもの凄く激しい娘。

 そして、先輩のことを密かにまだ狙っている要注意人物でもある。

 

「黒いのとあやせの話も盛り上がっているようね。じゃあ、アタシは一旦自分の部屋に戻ることにするから」

 スイーツ1号が右手をチャっと挙げながら部屋を去ろうとする。

「ちょっと待ちなさい」

「なっ、何かしら、お義姉ちゃん?」

「その左脇に抱えているものを置いていきなさい」

 大慌てで部屋を出て行こうとする腐れスイーツが脇に抱えているもの。

 それは──

「わぁ~高い高いですぅ~」

 珠希だった。

「チッ!」

 ビッチは大きな舌打ちを奏でて珠希を放そうとしない。

「何でよぉっ? お義姉ちゃんには妹が2人もいるじゃない。1人ぐらいアタシにくれたって罰は当たらないでしょうがぁっ!」

「そんなわけないでしょうが!」

 ビッチは妹たちを見ると途端に狂う。

 ビッチだけにビッチな行動は仕方がないのだけど。

「やだやだやだぁっ! 珠希ちゃんはアタシが部屋で飼うのぉっ! 首輪嵌めてネコ耳と尻尾付けてアタシが飼うったら飼うのぉおおおおぉっ!」

 ビッチが地団駄を踏みながらギャーギャーとうるさい。

「珠希、おねぇちゃんに飼われちゃうのですか?」

「そうよぉ~♪ アタシに飼われれば、毎日京介と会うこともできるのよぉ~♪」

「おにぃちゃんと……ポッ」

 頬を赤く染める珠希。

 それを見て私は実力行使に出ることにした。

「ビッチ魔女っ! 変な誘惑をしてないでいい加減に妹を解放しなさいっ!」

「嫌っ! 珠希ちゃんはアタシが飼うのっ!」

 部屋から出て行こうとするビッチの腰を掴む。

 ビッチの部屋には鍵が付いている。

 室内に入られてしまっては、珠希がどうなるかわかったものじゃない。

「お姉さまっ、加勢いたします」

「助かるわ」

 そう言ってあやせが駆けて来た。

 そして──

「って、腰を撫でるのは止めて頂戴っ! 力が抜けてしまうじゃないの」

「お姉さまの細い腰素敵です♪ 加奈子は東京湾にでもコンクリ詰めで沈めておきますから、お姉さまが代わりにモデル事務所に入りませんか?」

「珠希ちゃんでアタシはリアル妹ゲーをするのぉっ!」

「おにぃちゃんと同じ家で生活……ポポッ」

 最近日常と化した大騒ぎへと発展する。

「おっ、ベッドの下から高坂くんのエロ本発見♪」

 けれど日向の声に一斉に動きを止める私たち。

 それは無視できない一言だった。

「どれどれラインナップはっと…………相変わらずメガネ一色だね、高坂くんは」

 小学生少女にエロ本の趣味を苦笑される先輩。

 それはともかくとして、よ。

「何で私という彼女ができた後になってもメガネから離れられないのよ……」

 先輩のエロ本所持、及びその傾向は私にとって大いに不満だった。

 最重要人物にして今後とも出てこなそうなメガネの先輩の顔が脳裏に浮かび上がる。

 私はまだあの人に勝ててないということなの?

 それとも、私が先輩の性癖に合わせてメガネを掛けるべきなの?

 でも、先輩にそんなあからさまで媚びたアプローチを掛けるなんてプライドが許さない。

 私は人間としての誇りを忘れたくないっ!

「ルリ姉っ、あたしメガネが欲しくなったんだけど」

「日向は両目とも視力2.0でしょ?」

「最近受験勉強のし過ぎか目が悪くなっちゃったのよねぇ~。メガネ掛けようかしら?」

「桐乃はスポーツ推薦で高校行くから受験勉強を1度もしたことがないって昨日自慢たらしく言っていたわよね?」

「実はわたし、人の死線がよく見えちゃうです。メガネを掛けて魔眼を封印しないと」

「封印してもあやせのスタンガン牙突は相手を100%葬るわ。だからわざわざメガネを掛ける気遣いは無用よ」

「姉さま……珠希もメガネを掛けたいです」

「珠希にはまだ早いわ」

 この娘たちはほんとにもうっ!

 大きな溜め息が出た。

 

 

 

 先輩は相変わらず帰って来ない。

 東京まで行ったのだからすぐに戻って来られないのはわかっている。

 けれど、彼女である私が麦茶の為に放っておかれるのは寂しい。

 麦茶……侮れない強敵かもしれないわね。

「それにしても、1つの部屋に5人も女の子がいるとほんと華やぐわね」

 6、7畳の男性の部屋に女の子が5人。

 部屋のどこもかしこも女の子女の子女の子。

 可愛い女の子が5人も部屋にいるのだから本当に果報者よね、京介さんは。

「それじゃあ第1回誰が一番お義姉ちゃんと仲が良いのか大会を始めるわよっ!」

 果報者よね、京介さんは……って、えっ? 私っ?

「何なの、その大会はっ!?」

 私が弄り倒されそうな大会が開催されようとしている。

 何としてもやめさせなきゃっ!

「待……っ」

「「「「おおぉっ!!」」」」

 しかし、制止を求める私の声は4人の賛同の声にかき消された。

 そして私は5人の少女に襲い掛かられ、あっという間に縄で縛られて動けなくなってしまった。

「何で縛るのよ?」

「だってお義姉ちゃん、途中で逃げるに決まってるから♪」

 桐乃はとても笑顔で答えた。

「私が逃げ出したくなるような話をするわけ?」

「うん。勿論♪」

 桐乃はとてもとても笑顔で答えた。

 本気で殴りたいわね。縛られている我が身が哀しいわ。

「それじゃあ早速大会を始めるわよぉっ!」

 こうして、私を弄り倒すことが目的としか思えない悪夢の大会が始まった。

「早く助けに来て、京介ぇええええええええぇっ!」

 捕らわれの姫よろしく絶叫してみた。

 勿論、叫んだくらいで離してくれるような可愛い妹たちでないのは言うまでもないのだけれども。

 

「それじゃあトップバッターは珠希ちゃんからいってみよう~」

 桐乃がノリノリで仕切り始めた。興奮しきりで何がそんなに楽しいのだか?

「え~とぉ、珠希は昨日、姉さまと一緒にお風呂に入りました♪」

「黒いのが……珠希ちゃんと一緒にお風呂っ!? …………ブハァッ!」

 桐乃は蛇口を全開にした水道水のような勢いで鼻血を吹きながら後ろによろけた。

「まだ小学生、しかも低学年の女の子と一緒にお風呂だなんて……どこまで鬼畜なら気が済むの? このっ、変態っ! エロ猫っ! 犯罪者っ!」

「何で妹をお風呂に入れてあげただけでそんなこと言われないといけないのよ?」

 ビッチの思考法にはどうしても理解できない面がある。

「だって、だってだってだってぇっ! アタシが珠希ちゃんと一緒にお風呂に入ったら……グッハァアアアアアアァっ!?」

 ビッチは盛大に吐血しながら仰向けに倒れて気絶した。

 だけどその顔は素晴らしいまでに幸福感に満ちていた。

「貴方と珠希を一緒にお風呂に入れさせられないことだけはよくわかったわ」

 さすがはゲーム脳を堂々と肯定する女。

 髄の奥まで妹モノエロゲーに支配されているわね。

 

「だけどまだまだね、珠希ちゃんっ!」

 突然復活したビッチが上体を起こしながらドヤ顔をする。

 永遠に寝ててくれれば良かったのに。

「フッフッフ。アタシなんかねえ、この邪気眼厨二電波女の初めての友達なのよ。黒いのの頭が逝かれてるとしか思えない電波話を1年以上聞いてやってんだから。アタシって超性格いいマジ天使って感じ~♪」

「死ねば良いのに、ビッチ」

 何でこの娘は私との仲の良さを自慢する大会で、私を貶めて自分の自慢をしているのだろう?

「まあ、メルルも理解できない黒いののつまらないオタク話と一番付き合ってあげられるのはアタシ。だからアタシが一番仲良しなのは決まりよね。あっはっはっは」

「……今の私には貴方に対する負の感情しか沸いて来ないのだけど?」

 どこに仲良し要素があると?

 

「フフっ、甘いね。ビッチさん」

 どっかのビッチと同じドヤ顔をして胸を張る日向。

「アタシのどこが甘いって言うの?」

 桐乃が口と目を大きく開いて驚いている。

 この2人、ほんとノリが良いわね。性格似てるんじゃないかしら?

「アタシなんて生まれてこの方11年、毎日ずっとルリ姉の腐れ電波話を聞かされ続けているんだよ。ほんの1年程度の短い時間で大きな顔をしないで欲しいなあ。あっはっは」

「なっ、なんとっ! こんな電波と11年も毎日っ? アタシなら絶対耐えられない…」

 桐乃が大きく驚いている。

 それにしても桐乃だけでなく日向も私の話を電波だと思っていたのね……。

 ちょっとだけ、泣けて来た。

 

「桐乃も日向ちゃんも全然っダメですっ!」

 傷心の私の心を読み取って2人にダメだししたのはあやせだった。

「桐乃も日向ちゃんの話にもお姉さまに対する愛が全く感じられませんっ!」

 まったくあやせの言う通りよ。

 これは私との親密度を示す大会のはず。

 なのに何で聞いていて恥ずかしくなる話じゃなくて、血が沸き立って来る話が続くのかしら?

「そうっ、大事なのはお姉さまに対する愛なのですっ!」

 あれっ? 何故かしら?

 とても嫌な予感がして来たわ。背中が震えて止まらない。

「わたしは、お姉さまを愛していますっ!」

 あやせの熱い告白。ウットリとした瞳で私を見てくる。

 桐乃と日向がジト目で私を見てくる。

 そんな瞳で見ないで欲しい。色々な意味で辛い。

「ちなみにお姉さまの昨夜の入浴時間は20時7分32秒から20時45分15秒の間の37分43秒でした」

「なっ、何でそんなことを知っているのよっ!?」

 時計で確かめたわけではないけれど、私が珠希と入浴したのはそんな時間帯だった。

 自分でも正確には覚えていない行動を家族でもないあやせが知っている。

 これって、まさか……。

「愛の力に決まっていますよ、お姉さま♪」

 あやせはとても澄んだ瞳で私を見ている。

 あまりにも澄みすぎて……病んでいる。

 病んでるわよ、どう見てもっ!

「頑張ってね、お義姉ちゃん♪」

 桐乃がポンッと肩を叩く。にっこにこの笑顔で私を見ている。

「最近さぁ~、以前24時間感じていた正体不明の視線を感じなくなったのよねぇ。どうしてなのかなと思っていたのだけど、アンタに移ったわけだ♪」

「ねえ……それって……」

 冷や汗が止まらない。

「愛ですっ! お姉さまっ!」

 キラキラ……ううん、トロンとし切った瞳であやせが答える。

「ルリ姉、ストーキング受けてるんだね」

「その単語をはっきりと口に出さないで頂戴……」

 思わず泣いてしまいそうだった。

 

 

 私が『誰が一番お義姉ちゃんと仲が良いのか大会』で得た成果。

 

 1 私の話は電波扱いされている

 2 私はあやせにストーキングされている

 3 私は弄られキャラである

 

 ……嬉しいことが何もない。

 知りたくなかった自分のマイナス面を新たに知ってしまった感じ。

「じゃあさ、あやせちゃんはルリ姉と高坂くんのどっちがより好きなの?」

 そして落ち込んでいる私の横で日向が更なる爆弾を投下してくれた。

「わっ、わっ、わた、わたしがお兄さんのことを好きだなんて、愛しているだなんて、結婚したいだなんて日向ちゃんはどうして思うんですかぁっ!?」

 あやせは先ほどとは打って変わって動揺している。

「いや、態度バレバレだし。あやせがツンデレなのはこのアタシが一番よく知ってるし」

「貴方、ゴールデンウィークに会った時に私に先輩が好きだと言ったじゃない」

 そんなあやせを冷ややかな瞳で見る桐乃と私。

 バレてないつもりという脳内仮定の方が恐ろしい。

 というか、そもそも日向は愛しているとも結婚したいとも指摘していない。

 何、その推理サスペンスドラマの終盤並みの自爆は?

「と、とにかく今問題なのは、わたしがお兄さんのことを好きかどうかではなく、お兄さんがわたしを愛してしまっていることなんですっ!」

 『お兄さんがわたしを愛してしまっている』という部分にビクンッと反応する桐乃と私。見れば日向と珠希も目を吊り上げている。

 瞬時に空気が重くなった。

 けれど、テンパッているあやせは私たちの雰囲気の変化に気付かずに話を続ける。

「お兄さんは私の部屋を初めて訪れた時、私にプロポーズしながら激しく迫って来たんですよっ!」

「京介があやせにプロポーズっ!? な、な、何なのよ、それはっ!?」

「先輩があやせの部屋を訪れたですって!?」

 あやせの言葉に更に目を吊り上げる桐乃と私。

 ゴールデンウィークにあやせが先輩にプロポーズされた話は聞いた。

 けれど、先輩があやせの部屋を訪れて迫っていたなんて知らなかった。

 あのケダモノ、後でどうしてくれようかしら?

「へぇ。プロポーズされて迫られて、それでもあやせちゃんは高坂くんのことが好きってことは、高坂くんとあやせちゃんは既に……むふふな仲なのかなぁ、もしかしてぇ?」

「むふふな仲って何ですかぁ?」

 桐乃と私の動きが止まる。

 いや、もしかすると今の瞬間、私たちは心臓すら止まっているのかもしれない。

 それぐらい日向の指摘は恐ろしいものだった。

「そっ、そっ、そんなワケがないじゃないですかぁっ! わたしとお兄さんがむふふな仲なんてことは絶対にありませんよぉっ!」

 あやせが顔を真っ赤にしながら吼える。

 あまりのあやせの過剰な驚きっぷりに私には日向の指摘が事実なのか判断できない。

「お兄さんがわたしの部屋にいる時はいつも手錠をしていますっ! だからわたしとお兄さんがそんな関係になんてなりっこありませんっ!」

「……あやせがアイツと手錠プレイする仲だったなんて」

「あやせがそんな邪悪を秘めていたなんて……計算外よ……」

 先輩は穢れている。

 田村先輩に続いてあやせとまで関係を持っていたなんて……。

 あの節操なしのプレイボーイ。他にも女と関係を持っていないでしょうね?

 まさか、子供までいたりしないでしょうね?

 後でじっくりたっぷり聞きだしてやらないと。

 だけど彼女なのに一向に手を出されない私はそんなに魅力がないのかしら……。

 ちょっとだけ死にたくなった。

 

「フッ、フンッ! 手錠プレイが何だって言うのよっ!」

 落ち込む私の横で気勢を上げた桐乃。目を吊り上げあやせをキッとキツい表情で睨む。

「アタシなんて京介とラブホテルに行った仲なんだからっ!」

「何ですってっ!?」

「あのっ、近親相姦魔のド変態がぁああああぁっ!」

 先ほどと変わって今度はあやせと私が驚きの声を上げる。

 でも、少し考えてみるとどうせいつものオチの付く展開なのだろうと冷静さを取り戻す。

「どうせ貴方の書いている腐れビッチ小説の取材にホテルまで付いてきてもらっただけでしょ?」

「そっ、そんなワケがないじゃない! ちゃ、ちゃんとアタシは京介とデートした締め括りにホテルに入ったんだから!」

 桐乃の目が泳いでいる。

「デート想定の取材で先輩を引っ張り回したのね」

「だから取材じゃないってばっ! 取材だったら、シャワー浴びるなんて真似はしないでしょ?」

「どうせシャワーだけ浴びて帰ったんでしょ?」

 冷ややかな目で桐乃を見る。

「そんなワケないでしょっ! 若い男女がラブホテルに入って何もないワケがないでしょ! エッチしまくりだっての! 京介はケダモノだったんだからっ!」

「若い男女以前に貴方たちは兄妹でしょうが」

 そんなことだろうと思っていたわよ。

「クソォ~っ。こうなったら、アタシと京介の愛の結晶を見せてあげるわっ!」

 桐乃は顔を真っ赤にしてムキになりながらソレを高く高く持ち上げた。

「わぁ~高い高いですぅ~」

 桐乃が持ち上げたソレは珠希だった。

「今までずっと黙っていたけれど……珠希ちゃんはアタシと京介の間にできた子供なのよぉ~っ!」

 沈黙が部屋を支配し、そして──

「バカじゃないの、ビッチ?」

「ビッチさん、それは幾ら何でも無理があるよ」

 冷ややかな瞳でビッチを見る日向と私。

「珠希ちゃんが桐乃とお兄さんの子供だったなんて……嫌ぁあああああああああぁっ!」

 両手で頭を押さえながら絶叫するあやせ。

 えっ? まさか、信じたの?

「おかしいと、思ってたんですよ。毎日桐乃の所に遊びに行くフリをしてお兄さんの部屋に入るといつも珠希ちゃんがいることに。でもまさか、2人の子供だったなんてぇっ!」

 両目を押さえながらワンワンと泣き出すあやせ。

「ごめんね、あやせ。アタシと京介はもうこんなに大きな愛の結晶がいる仲なの」

 シリアス風味に喋ってはいるけれど、ビッチの顔はニヤケきっている。

 というかその説明通りだと、このビッチは何歳の時に子供を生んだ計算になるの?

「そうね。一言だけ忠告しておくと貴方は完全に地雷を踏んだわよ」

「はぁっ?」

 私の忠告の意味がわからず、私をバカにした表情で見るビッチ。

 でも、予想通りにビッチの命運はもう尽きようとしていた。

「仕方ありません……こうなったら、変態鬼畜近親強姦魔のお兄さんを刺して、桐乃も刺してお腹の中に誰もいないか確かめてからNice Boatするしかありませんっ!」

「何でアタシまでぇえええええぇっ!?」

「我・愛・妹の信念が貫けない以上わたしたちはみんな死ぬしかないのよ、桐乃っ!」

 ヤンデレと化したあやせが伝家の宝刀スタンガンを取り出して桐乃に襲い掛かる。

「だから何でアタシまでぇえええぇっ! 嫌ぁあああああああぁっ!?」

 陸上部の脚力を生かして俊敏に逃げ出す桐乃。

 その隙に珠希を取り戻す私。縄は日向に解いてもらった。

 

「怖くなかった?」

「はいっ、です」

 珠希は笑っている。

「桐乃おねぇちゃんもあやせおねぇちゃんもおにぃちゃんのことが大好きなのですね」

「ええっ……そ、そうね」

 大好きっていうか、2人とも好き方がヤンデレの域だけれど。

「珠希もおにぃちゃんのことが大好きです♪」

「そうね」

 妹が自分の彼氏を気に入ってくれるのは嬉しい。

 日向みたいに略奪愛を企まれると迷惑だけど。

「おにぃちゃんに頭を撫でられると姉さまに撫でられている時と同じぐらい気持ちが良いです」

「そう。それは良かったわ」

 珠希の頭を優しく撫でる。

 久しぶりに訪れた心穏やかになれる時間。

 廊下の隅からビッチの断末魔が聞こえた。

 でもそんな些細なことは今の私にはどうでも良かった。

 

 

「じゃあ、全部桐乃の冗談だったのね?」

 30分後、部屋に戻って来たあやせはニコニコしながら桐乃に尋ねた。

「……はい。京介とは小説の取材にホテルに入っただけで破廉恥なことは一切ありませんでした。珠希ちゃんもアタシの子供ではありません」

 頭のてっぺんにスタンガンを突き刺した桐乃が土下座して床に頭を擦り付ける。

「もぉ~♪ 桐乃ったら、わたしがそんなお茶目な冗談で本気で怒るわけがないでしょ♪」

 桐乃は床に頭を擦り付けたままブルブルと体を震わしていた。

「もぉ、ルリ姉もビッチさんもあやせちゃんも高坂くんの部屋で騒いじゃって本当に子供なんだから」

 日向は私たちを前にして大きな溜め息を吐いてみせた。

「騒動の元凶となっている日向に言われたくないわね」

 小学生の妹に子供扱いされて私のプライドはちょっと傷付いている。

「ハァハァ。幼い義理の妹に怒られるアタシ。ハァハァ」

 桐乃は日向と珠希に出会ってから残念な方向に進化してしまったので放っておく。

「大体、ビッチさんは将来あたしの義理の妹になるんだからもっとちゃんとしてくれないと私が恥ずかしいの」

「あっ、アタシが日向ちゃんの義理の妹っ!? と、年下の少女に妹扱いされるなんて何ていう屈辱的かつ魅惑的な倒錯ぅ~っ♪」

 残念な方向に進化してしまった義妹は幸せそうな顔をしながら背を仰け反らせて倒れた。

 

「い、幾ら日向ちゃんがお姉さまの妹とはいえ、お兄さんが振り向くはずがありません」

 代わって日向に吼えたのはあやせだった。

「フッ。高校生のルリ姉は勿論のこと、中学生のあやせちゃんももう高坂くんのストライクゾーンから外れているんだっていい加減気付くべきでしょ」

 そう言って日向は髪留めを外して2つのおさげを解いた。

 そこには5年前の私と瓜二つの日向がいた。

「高坂くんはあたしや珠希に出会って以来段々とU-12の世界に目覚めつつあるの。婆さんは、もう用済みなの。フフフ」

 悪巧みをしている時の私そっくりな表情で不敵な笑みを浮かべる日向。

「先輩を勝手に桐乃と同じロリコン犯罪者にしないで頂戴」

「そうです。お兄さんは中学生が大好きなんです。中学生のわたしが好きなんです!」

 私たちの反論にも関わらず日向は一向に余裕の態度を崩さない。

「フッ」

 それどころか私たちを鼻で笑う態度を見せる。

 うん、これは私が桐乃をバカにする時のポーズ。

 自分がやられるとこんなに腹の立つ仕草だったとは知らなかった。

「高坂くんはね、あたしがこの髪型をするとロリ猫って呼ぶの。それであたしが『お兄ちゃん』って呼ぶと高坂くんは体を震わせながら鼻息が荒くなるの」

「あの犯罪者、後で折檻決定ね」

 けれど日向の言う通りだとすると、先輩は幼い頃の私にも興味があるという話になる。

 今度先輩の家をお邪魔する時はアルバムを持って来る方が良いかもしれない。

 それにしても、仮に先輩が小学5年生頃の私にも愛を示す人だとしたら?

 高校1年生になった現在時点で私はもう既に3人ぐらいの子持ちになっていたのかもしれない。

 ……そんなifルートもちょっとだけ良いかもしれないわね。

 って、私は一体何を倫理に反した破廉恥な妄想を抱いているのよ!

 姉である私がこんなんじゃ妹たちに示しがつかない。

 うん? 破廉恥な妄想?

 ま、まさか……。

「フッフッフ。後はあたしが高坂くんを寝取ってしまえば完璧ね。あたしの完全勝利ね」

「日向ちゃん。そこは、『嫌で嫌でどうしようもありませんけれど、もうそれしか方法が残されてません』って言いながら最高に嬉しそうな表情を浮かべないといつものパターンになりませんよ!」

「あやせ、それはツッコミ所を間違えているわよ」

 あやせのツッコミに私がツッコミを入れる。

「あたしが綿密に計画を立ててスケスケのネグリジェを着て高坂くんのベッドで寝ていると……」

「偶然じゃなくてスケスケのネグリジェを着ているのは破廉恥ですよ」

「あやせ、またツッコム所を間違えているわ」

 偶然すら装わない日向はある意味で潔く、そして破廉恥極まりない。

 ビッチの影響かしら?

「窓から忍び込んで来た高坂くんは、あたしを見て野獣の本性を現すの」

「なるほど。パターンを変えてきましたね」

「先輩には正面から部屋に入って来られない事情でもあるの?」

 いけない。私まで妹の術中に嵌りつつある。

「男の子って若い女の子の方が好きだし。高校生のルリ姉、中学生のあやせちゃんやビッチさんより小学生のあたしの方が高坂くんの情欲を掻き立てちゃうのは仕方ないよ」

「お、お兄さんには倫理なんて最初から存在しないのですね……」

「日向の理論で言うと、先輩の気を最も惹けるのは生まれたばかりの赤ん坊にならない?」

 どうして日向といいあやせといい16歳の私を婆さん扱いしたがるの?

「襲い掛かられたあたしは必死で抵抗しながら高坂くんに留まる様に説得するの。でも、野獣と化した高坂くんには言葉が通じない。弁護士作成の婚約証明書に印鑑を押させるのが精一杯。そして晴れて婚約者同士になったあたしたちは恋人同士の熱い夜を過ごすの。えへへへへぇ」

「一見襲われる体裁を取りながら、婚約者の座と蜜月の夜を勝ち取る。日向ちゃん、なんて恐ろしい子」

「その辺の図々しさは桐乃もあやせも日向も変わらないわよね」

 溜め息が毀れる。

「そしてあたしは生まれて来た日介を抱きしめながらこう話し掛けるの。高坂くんは恋人の妹に手を出す鬼畜パパだけど、ママはあなたのことを全身全霊かけて愛してあげるって」

「小学生が出産なんて許されると思ってるの? 少なくとも私は許さないわよ」

 そんな展開になったら連日ワイドショーに我が家と家族が映し出されてしまう。

「まったく、高坂くんってば鬼畜だよね。あたしが幾らロリ猫だからって♪」

 日向がニヤニヤ艶々した表情を浮かべて気味が悪い。

 ビッチそっくりな顔。

「日向、帰ったらお説教ね」

 大きな溜め息が漏れる。

「えぇ~っ! ブーブー」

 納得いかない様子の日向。

 やはりあのビッチを妹たちに関わらせるんじゃなかった。

「ひ、日向ちゃんまで強力なライバルになってしまった以上、わたしにはお兄さんを悪・即・斬する以外にもう解決策が思いつきません、よ」

 あやせがまたヤンデレと化しそうになっている。

「ハァハァ。日向ちゃん、珠希ちゃん。2人ともアタシが飼ってあげるからねぇ~♪」

 そしてこの忙しい事態にビッチが復活してしまった。

「フッフッフ。時代はビッチさんからルリ姉、そしてあたしという新しいヒロインを求めているのよ」

「何だかよくわかりませんが、珠希もフッフッフです」

 そして日向も、更に日向に悪影響を受けた珠希までが暴走し始めた。

 この事態を収拾してくれるはずの先輩はまだ帰って来ない。

 

 

 やっぱり、ここは私が収めるしかないようね。

「京介さん、私に力をっ!」

 私は持ってきた鞄を掴むと桐乃の部屋へと駆け込む。

 鍵を念入りに閉めてから、鞄の中のコレを取り出して抱える。

「チェーンジっ! 聖天使モードっ!」

 掛け声を上げて気分を出しながら、全身真っ白でピンクのフリルをあしらったゴスロリ風ノースリーブの衣装に着替え始める。

 私特製の聖天使の衣はちょっと懲りすぎてしまって着るのに時間が掛かる。

 背中に縫い付けた白い羽も着替える際にはちょっと邪魔になる。

 スカートの前面は開いており素肌が見えていて穿くのがちょっと恥ずかしい。

 けれど、今の私は堕天聖ではなく聖天使。

 京介さんへのピュアな想いを篭めて作った服なのだから、喜んで着るのが彼女としての当然の務め。

 しあげにオペラ座の怪人のマスクをイメージさせる白いマスク、アレンジとして下半分が欠けたものを顔に装着して着替え終了。

「聖天使“神猫”、闇の眷属から白き天使への転生完了よっ!」

 我ながら見事な変身じゃないかと思う。

 これならみんな、私の神々しさの前に落ち着きを取り戻すに違いないわ。

 私は再び京介さんの部屋へと向かった。

 

 

 

 扉の前に辿り着くと4人が騒いでいる声が扉越しに聞こえた。

「ちょっと貴方たち、いい加減にしなさいっ!」

 勢いよく扉を開けて怒鳴り込む。

 4人の視線が一斉に私を向く。

「「「「えっ?」」」」

 私の新衣装を凝視する妹たち。

 そして、沈黙が生まれた。

 よしっ、狙い通りだわ。

「フフフ。聖天使“神猫”の神々しさにみんな驚いて声も出ないようね」

 4人は黙ったまま体を小刻みに振るわせ始めた。

 そして──

「ごめんなさい、お義姉ちゃん……」

 桐乃は涙を流しながら土下座して頭を下げた。

「えっ? 何で土下座なのよ?」

 桐乃の行動の意味がわからない。

「お義姉ちゃんがそんなに思い詰めていたなんてアタシ、知らなくて。ごめんなさ~い!」

「何で泣くのよ?」

 一体、桐乃に何が起きたと言うの?

「お姉さま」

 あやせが私の肩に手を置いた。

「私は年下でお姉さまから見れば頼りにならない妹かもしれません。けれど、辛いことがあるのならわたしに話してみてください。絶対、力になりますから!」

「どうしてそんなに必死なの、あやせ?」

 あやせの行動の意味も理解できない。

「だって、それはお姉さまが……うっうっ。うわ~~んっ!」

「何故貴方まで泣くの!?」

 あやせは両手で目元を押さえるもボロボロと涙が零れ落ちて止まない。

 一体全体、どうなっているの?

 どう対処したら良いのかわからない。

 困った挙句に妹たちに顔を見る。

「えっ? 珠希っ?」

 珠希は立ったまま気絶していた。

 ほんとに何が起きていると言うの?

「ルリ姉……今まで家事を全部任せっきりにしてごめんね。これからはあたしも料理や洗濯、掃除を積極的に手伝うようにするから」

「それはありがたいわね。でも、何で今のタイミングでそれを言うの?」

 遊ぶことが大好きな日向が家庭内労働の重要性にも目を向けてくれたことは嬉しい。

 けれど、桐乃といいあやせといい珠希といい日向といい、何をそんなに驚いているの?

「だって……ルリ姉が心を病んでいるとしか解釈できない衣装を堂々と披露してくるんだもん……」

 日向は泣きそうな表情で理由を語った。

「心を病んでいるとしか解釈できない衣装って……」

 これ、私の最高傑作のつもりなのだけど?

「ルリ姉に脳内彼氏でも二次元彼氏でもない本物の彼氏ができた。これでルリ姉の毒電波も少しは収まると思ってた。けど、こんな異次元装束を密かに作っていたなんて……。これもみんな、あたしたちがルリ姉に迷惑ばっかり掛けているからだよね……」

「いえっ、その、迷惑ばかり掛けられているのは確かよ。けれど、この聖天使衣装は私の理想を形にしたもので、決して貴方たちの迷惑とは関係がないものよ」

「嘘だよ、そんなの」

「えっ?」

 日向はとても暗い表情で私の言葉を否定した。

「だって心がまともな状態なら、そんな恥ずかしいを通り越して死にたくなるような服を作るわけがないし、着るはずなんてなお更ないもの!」

「死にたくなる衣装って……」

 私の最高傑作は死にたくなる衣装なの?

「これもみんな、あたしがルリ姉に迷惑ばっかり掛けているからだよね。……ごめんなさ~いっ!」

 そしてとうとう日向まで大声を上げながら泣き始めてしまった。

「「ごめんなさ~いっ!」」

 更に日向の涙の謝罪に桐乃とあやせが声を重ねる。

 そんなにまでこの聖天使装束はダメなの?

 何日も何日も徹夜して作ったこの会心の一作が?

「…………着替えてくるわ」

 今はただ、泣き出さないように部屋を出て行くのが精一杯だった。

 

 黒ゴスロリ服に着替えて再び先輩の部屋へと戻る。

 すると──

「今までごめんね、お義姉ちゃ~んっ!」

「お姉さま、もう365日24時間耐久愛の保護観察はやめることにします。すみませんでした~っ!」

「元に戻って良かったですぅ、姉さまぁ~」

「ルリ姉っ、本当にごめんなさいっ!」

 4人の妹たちは一斉に私に抱きついてきた。

 わんわんと大声で泣きながら私にしがみついて離れない。

 袖を握って離さないのは私がこの子たちに愛されている証拠。

 けれど、私の胸中は微妙だった。微妙すぎた。

 

 

「なあ、瑠璃。やっぱりお前は黒猫ハーレムを作るつもりなんじゃないのか?」

 遅すぎた帰還を果たした先輩は私を見ながら呆れ声を出した。

「京介さんがもう少し早く帰って来てくれれば私はこんな大変な目に遭わずに済んだのよ」

 4人の妹たちに抱きつかれながら溜め息を吐く。

「だけど黒猫は本当に桐乃たちと仲良しだな」

「そんなこともないわよ。この子たち全員が恋のライバルだったりして大変なんだから」

「ハァ? 恋のライバルって何だ?」

「鈍感男さんは知らなくて良いことよ」

 先輩は桐乃、あやせ、日向、珠希に想いを寄せられていることに気付いていない。

 ほんとラノベの主人公みたいな鈍感男。

 私も自分から告白していなかったら、きっとこの妹たちと同じで想いに気付いてもらえなかったに違いない。

 あの時勇気を出して本当に良かったと思う。

「でも、この子たちも私にとっての京介さんのように素晴らしい恋人をみつけて幸せになって欲しいわね」

 4人の妹たちの頭を順番に撫でていく。

「だって私の妹たちはこんなに可愛いのだもの」

「そうだな」

 京介さんと目を合わせて微笑む。

「ところで京介さんに見てもらいたい服があるのだけれど?」

 4人の妹たちの体が一斉に震える。

「へぇ。瑠璃の自作なのか?」

「ええ。自信作なのだけど、どうにも妹たちには評判が良くないみたいで」

 妹たちの震えが大きくなる。

「なるほど。じゃあ、瑠璃が着ている姿を実際に俺が見て判断しようか?」

「そうしてくれると助かるわ」

 桐乃の部屋に向かって歩き出そうとする。

 ところが私の進路を4人の妹たちが両手を広げて塞いだ。

「そんなに私の聖天使“神猫”装束は変、かしら? 見せてはダメなものかしら?」

「「「「うんっ」」」」

 一瞬の躊躇もなく頷いてみせる妹たち。

 私のセンスを全否定。

 フッ。面白いじゃないの。

「こうなったら、意地でも“神猫”姿を見せて京介さんに可愛いって言ってもらうわ!」

「「「「絶対無理っ!」」」」

 部屋を出ようとする私と押し留めようとする妹たち。

 妹たちは頑なに私を部屋の外に出そうとしない。

 だけどあの衣装のどこがそんなに変だと言うのかしら?

 わけがわからないわ。

 けれど、私は諦めない。

 だって、あの衣装は京介さんの為に作った衣装。

 “神猫”となった私を見て京介さんが喜んでくれたら私は幸せになれる。

 それはきっと嬉しいなあって思う。

「ボヤいたって仕方ないわ。さあ、行くわよ!」

 こうして先輩に私の新しい“神猫”コスチュームを誉めてもらうという長く苦しい戦いが幕を開けたのだった。

 

 

 

 


 
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