―――これが、正しいんだ。
学院の教室棟に、その人物は佇んでいた。
ソレを取り囲むように、個性的な石膏像が並んでいる。
―――呪わしくても、導き出されるべき結果なんだ。
石膏像たちはソレを見ている。
表情には一様な意匠が施されていた。
脅威。驚愕。恐怖。
なんだそれはそんなはずはないこんなのありえない。
ソレにとって見知った顔の、見知らぬ滑稽な表情。
脈動する彼らは、石膏像になっていた。
鑑賞するソレもまた、滑稽な表情をしていた。
恐れながら、美酒に酔いしれている。
恐れる? 何に? 馬鹿な。
これが正しいんだ。そうだ……正しいのだ。
これが摂理だ。新たな、摂理だ……!
哄笑を噛み殺して、ソレはくつくつと笑う。
明日からまた、ソレは日常に回帰するだろう。
なぜならソレは、ソレだけが特別ではないと仮定した。
だが果たして、回帰した先は日常だろうか?
ソレの得た物の正体、使途。ソレだけが得たモノか。
歪みは、広がっていた。
―――そして日が昇り、事件は発覚した。
「……っと。こんなもんでいいかね? 『彼女』の物語のプロローグは」
安楽椅子に座った女性が、ぐぐっと伸びをする。
女性は、後ろに佇んでいた男が肩を揉むと至福の表情を浮かべた。
「よろしいかと思います。……凝っていますね」
「ああ、凝りに凝ったぞ。物語は始めが肝心というしな」
「いえ、肩が」
女性の得意げな表情が、すっかり消沈した。
淹れられた茶も湯気を慎む、書斎の朝。
「このハジマリですが……『彼女』はまだ登場していないですね」
「ああ。だが伝播の始点……特異点はこいつだ」
新たに淹れられた紅茶を嗅ぎ、女性は一息ついた。
傍らの男は、その様を見て微笑みながら、特異点たるソレを回想する。
「不憫な方でしたね……あれもまた摂理なのでしょうか」
「あの場合は認識された時点でな。ぬか喜びさ」
香ばしいスコーンに塗った嘲笑のジャムは、女性には格別の味だった。
「この特異点があったからこそ、『彼女』は気付いた」
「『彼女』は……なかなかに濃いですからね。自覚されていなかったようですが」
「ああ、この間の人肉を嗜む女といい勝負だな」
女性は無邪気に笑んだ。幾百幾千の会偶を想って。
「まあ、これは『彼女』の物語だ。私達は裏方に徹しよう」
「そうですね。あまり私たちが出張っても良くないですね」
「そういうことだ。……さあて、書くか」
女性はもう一度伸びをして、机上のペンを握った。
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これが正しいんだ。
これが導き出されるべき結末なんだ。
それがわかっていても、ただ……哀しかった。
鉄の味が広がるほどに、構造を呪わずにはいられなかった。
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