― 一刀Side ―
「どうもどうも、遠い所からわざわざお越しくださいました」
李の牙門旗が立つ陣営へと案内された。
そこに居たのは・・・・・。
「お初にお目にかかります・・・・わたくし、姓は李、字は儒、名は文優と申します・・・・以後お見知りおきを『北郷』殿」
「姓は北郷、名は一刀。・・・・・わざわざ出迎えていただき感謝する」
「姓は孫、名は策、字は伯符。出迎え感謝するわ」
「いやいや、江東の小覇王と称される貴殿にお会いできてわたくしも嬉しゅうございます」
「・・・・・・そんな世辞よりも早く洛陽に案内してくれないかしら。私達長旅で疲れてるのよね」
雪蓮の機嫌がやけに悪い。
まぁ、しかたがないか・・・・・。
目の前に居る人物・・・『李儒文優』
年齢は・・・・20代後半・・・・と言ったところか。
見た目は何処にでも居そうな文官と大差ない。
体格も痩せ型でいかにも軍師って感じの男だ。
だが、薄っすらと開かれている目からは、何ともいえない嫌な感覚がどろどろとあふれ出ている気がした。
こいつは何かしら腹に一物を抱えている・・・・・。
そんな風に思ってしまうのは俺の頭の中にある『天の知識』があるからかもしれない。
『李儒文優』正史では何時から居たのか謎だけど引退した皇帝を毒殺したと記載がある人物。
そして演義でも董卓に色々と策を授けていた人物だ。
どちらにしても良い印象がない人物だ。
俺の知っている歴史と違うとは言え、本人を目の前にした今、警戒せざるを得ない人物だという事ははっきりした。
影を先に潜り込ませたのは間違いではなかったと内心思わざるをえない。
何か掴んでいてくれるといいけど・・・・・。
「いやはや、気が利かずに申し訳ありません・・・・・それでは、案内いたしましょう」
「ほら、一刀行くわよ」
「っちょ、わかったからそんなに引っ付かなくても」
雪蓮は俺の腕に自らの腕を回し・・・・・って言うか体全体を使って俺の腕にしがみつくようにして俺を引っ張る。
雪蓮のそんな行動に戸惑いながらも陣外で待つ亞莎に伝令を飛ばし俺達も洛陽に足を進める。
「・・・・・よ」
「え?なんか言った?」
雪蓮が何かを囁く様に告げる。
「あの男は危険よ」
「・・・・・・・・そう思うか?」
「えぇ。私の勘がそう言ってるわ」
「勘?」
「冥琳から聞いてるでしょ?私の勘は当たるのよ・・・・・(一刀にはまったく働かないけど・・・)」
最後の方はよく聞き取れなかった。
そう言えば・・・・・。
いつだか冥琳が愚痴をこぼしていた気がする。
雪蓮の勘のせいで自分達軍師の仕事がなくなるとかどうとか・・・・。
その時は笑って済ませたが・・・・・・。
「あれは絶対何かしでかすわ。・・・・一刀、ちゃっちゃと終わらせてさっさと帰るわよ」
「・・・・・・あぁ」
普段のおちゃらけた態度とは違い、雪蓮はいつになく真剣な顔で前方を進んでいるであろう一人の男を見据えながらそう呟いていた。
「で、そろそろ離れてもいいんじゃない・・・・かな?流石に兵達の視線が痛いんだけど・・・・」
「?・・・・・・ぇ?・・・ぁ・・・・っあ!?」
毎度のごとく凄い勢いで俺から距離を取る雪蓮。
あ、目が合った・・・・。
ってそんなに勢いよく逸らさなくてもいいじゃないか・・・・・。
雪蓮が考えている事はわからないがその態度は少し凹むぞ・・・・・。
そんな感じで多少落ち込んでいると亞莎が話しかけてくる。
「一刀様、す、少しお聞きしたいのですが」
「ん?さっきの話の続き?」
「い、いえ・・・先ほどの雪蓮様と一刀様の事で・・・・・・」
え?さっきの!?
二人してべったり引っ付いて歩いてたことか!?
「っち、違う違う!!別に俺は雪蓮とそんな関係なんかじゃ・・・・」
あれ?視界の端で雪蓮が落ち込んでるのが見えた気が・・・・・。
「え?・・・あ!っち違います!・・・・えっと、今はその事ではなくて・・・・・先ほどお会いになられたという人物の事に関してです・・・。
あの方に何かあるのですか?」
「まだ詳しい事はわからない・・・・としか言えない。けど、あの男は危険だとは言える」
「・・・・・・わかりました。一刀様、今後どう動くのですか?」
へぇ・・・・・。
やっぱり冥琳が見込んだだけはある。
亞莎はこの先、必ず孫家にとって重要な人間になる。
なんて、俺がこんな事言える立場じゃないんだけどね。
俺が危険だと言った瞬間、普段の何気ない会話をしている時とはうって変わったあの表情は間違いないと思う。
今、亞莎の頭の中では物凄い速さで色んな知識が駆け巡っているのかもしれない。
それならば・・・・・。
「亞莎、向こうに着いたら詳しく話す。とりあえず洛陽に着くまでは兵達の指揮権は亞莎に渡すから練習だと思って好きに動かすといいよ」
「え?は、っはひ!」
洛陽で何が起こるかわからない以上亞莎には少しでも兵の指揮になれていて欲しい。
後は洛陽に着いてからだ。
(影、なんでも良い。情報を掴んでいてくれよ・・・・・)
― 孫権Side ―
「はぁ~・・・・・・・」
「どうかなされましたか蓮華様」
「っえ?な、なんでもないわ」
側に思春が居る事も忘れて溜息をついてしまったわ。
一刀が洛陽へと出立してからもう1週間。
姉様に亞莎・・・・二人ともずるい。
三人で旅をしているのかと思うとついつい溜息が出てしまう。
そんな事を考えている暇はない・・・・今は忙しい時期なのだから・・・・・。
今、私達孫家は袁術から引き継いだ寿春、そして今まで美羽が治めていた地を平定する為に必死に動き回っている。
冥琳なんかはやり甲斐のある仕事だと張り切っている。
良くも悪くも一刀が行った事のお陰で大した反抗もなく順調に進んでいる。
武官・・・・特に祭達宿将組みは出番が余りないと嘆いていたほど。
この楊州全て・・・・とは行かないけど私達孫家は着実に力をつけているのは間違いないと思う。
そんな中で一番驚いた事がある・・・・。
「っふ!・・・・・はぁあ!!」
丁度その時、中庭から母様の声が聞こえる。
一刀が洛陽に行く少し前・・・・・会議のあった次の日から母様が鍛錬を始めた。
『なぜ?』
そう思ってしまうのは普通なはず。
母様の右腕はもう動かないと聞いた。
その所為かどうかはわからないけど久しぶりに会う事の出来た母様は、昔とは違いとても穏やかな雰囲気をまとっていた。
昔は余り笑顔を見せるような人ではなかったしあんなに穏やかな口調で話す人でもなかった。
戦いから開放されたからなのか、それとも王という重責から解放されたからなのか・・・・・。
最初はそんな母様に戸惑いもしたけど不思議と嫌だとは思わなかったし何故かそれが嬉しかった。
穏やかで優しい本当の母様。
私の足は自然と声の聞こえた方へと向いていた。
「・・・・・・ふぅ。片手だけじゃ・・・・・・・・あら、蓮華じゃない」
「母様・・・・・」
「どうしたの?そんな辛気臭い顔をして」
「母様、聞きたい事があります」
「ん?なにかしら?」
母様は手ぬぐいで汗をぬぐいながら私のほうへと歩いてくる。
「母様、なぜまた剣を取ったのですか?母様は右腕を・・・・・・・もう戦わなくてもいいはずでは?」
「なんだ、そんな事?・・・・・簡単な事よ」
「簡単?」
「それはね・・・・」
「それは?」
「若い子達には負けてられないからよ♪」
「「は!?」」
え、えーと・・・・・。
母様が言った事がよく理解できなくて思春に助けを求めるつもりで振り向くと思春は驚きの表情から苦悶の表情へと変わったところだった。
私はそれがどう言う事かわからずにもう一度母様に問いかける。
「だから、若い子達には負けられないからよ。もちろん蓮華や雪蓮にもね」
「私達にも!?いったいどう言う・・・・「蓮華様」・・・・思春?」
思春にしては珍しく、母様の会話に割って入る形で私の言葉を止める。
「蓮華様、美蓮様はこう仰りたいのです・・・・・・『一刀殿に惚れた、だから私達に負けたくない』・・・・・・ですよね?」
「あら、思春よくわかったわね」
「いえ、私とて・・・その女ですから・・・・・」
「それに比べて蓮華は相変わらず頭硬いわねぇ。いったい誰に似ちゃったのかしら・・・・・」
え、えーと・・・・・。
ちょっと頭を整理しなくちゃいけないわね・・・・・。
母様は私達姉妹の母親。
私は・・・・たぶん思春を筆頭にだろうけど一刀の嫁候補。
母様は私達に負けられないと言った。
思春の考えによると、私達に負けたくないと言う事は嫁候補に負けたくないと言う事になる。
そして、母様はそれを肯定したという事は・・・・・・・。
「蓮華?・・・・・あら、固まっちゃったわよ思春」
「いつもの事です・・・・・・」
「まったく・・・・・・「ぇ」・・・あ、動いた」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?」
「きゅ、急にどうしたの!?」
「か、か、か、かかかかかかか母様が一刀を!?い、いや、まさか・・・・・でも・・・・・」
一刀は母様の息子のような存在じゃなかったの!?
あ、でも一刀は母様の実の子供ではないわけだから問題ないのよね・・・・・・・・。
ってそうじゃなくて!!!!
「はぁ・・・ちょっと落ち着きなさい蓮華」
「だって母様が!!」
「誰も私が独り占めするとは言ってないでしょうに」
「で、でも!!」
「蓮華、それに思春も・・・・貴方達はあの一件で一刀を見てどう思ったかしら?」
「あの一件・・・・・」
「私は胸が震えました」
思春は悩みもせずにそう答えた。
あの時の一刀・・・・・そうね、思春の言うとおりあの気持ちは胸が震えたとしか言えないのかも知れない。
「私もよ」
「でしょうね。あの場所に居た孫家の臣達は皆そうだったと断言できるわ」
「皆・・・・・」
「そうよ、私も含めてね。私は一刀は可愛い息子だとばかり思ってたわ。
だけど違った・・・・・。
あれは『男』よ・・・・・それも飛びっきりのね♪
私は、こんな世界に一刀を巻き込んだ責任もあるわ・・・・・・だからこそ私はまた剣を取ったのよ。
将としてではなく、母としてでもなく、『北郷一刀』と言う『男』を守るためにね・・・・・」
「母様・・・・・・」
「そ・れ・に、帰ってきてからずっと動いてなくて太っちゃったし?そんな体を一刀に見せられないじゃない♪」
「「・・・・・・・・・」」
これはもう、何を言っても無駄だと確信した。
母様は本気なのだ。
あの目をした母様は姉様と一緒で誰にも止められない。
母様がそのつもりなら私だって負けていられない!!
「母様には絶対渡しません!!」
「蓮華様・・・・・」
「あら、私は別に独り占めするつもりはないと言わなかったかしら?」
「あ、そう言えば・・・・でも!」
「二人とも私が一刀をどう例えたか聞いた事あるかしら?」
「はい、一刀殿の事を獅子と例えたとか」
「冥琳がそう言っていたわね」
「知っているかしら?獅子とは遠い異国の地では百獣の王と称されているらしいわ。
そしてその獅子は・・・・・・」
「「獅子は?」」
私と思春は二人して母様が口を開くのを待つ。
百獣の王・・・・・いったいどんな物か想像もつかないのだけれど百獣と言う言葉だけでもその凄さが判る気がする。
「雄は自分だけで、後は全て雌だけで群れを構成しているらしいわよ?」
「「・・・・・・え?」」
「だから、群れの中に雄は自分一匹のみで後は雌・・・・簡単に言えば男一人でそれ以外は全て女のみで構成されている群れなのよ。
普段は雌に任せっぱなしで獲物も取らず、寝てばかりに見えるらしいけど、いざ危機となると自身の群を守るために百獣の王の名に相応しく鋭い牙と爪を剥くらしいわ。
うんうん、我ながらいい例えだと思う・・・・・・」
「え?いや、だから・・・・・・」
「なるほど・・・・・」
「って思春!?どこに納得する要素が!?」
「蓮華様、私達は獅子の雌と言う事です。
美蓮さまの話からするに獅子の雄はそれこそ多数の雌を従えるほどの度量を持ち合わせているという事ではないでしょうか?
そして一刀殿はその度量を持ち合わせていると言う事・・・・・しいて言えば、私達は『北郷一刀』殿という雄獅子につがう雌獅子と言う事・・・」
確かに一刀はそのくらいの度量は持っているでしょうけど・・・・・。
だけど・・・・・。
「まだ納得いかないようね・・・・ホントに頭の硬い子ねぇ。
蓮華、私はね唯の雌になるつもりはないわ」
「え?」
「私は虎よ。過去、この大陸に名が響いたほどの虎。
虎は群を作ったりしないでしょ?
でも、私は虎のまま獅子の群に入るつもりよ。
だって孫家の獅子は虎すらも従えるほどに強い獅子だから。
だからこそ虎は爪と牙を磨く・・・・・他の雌に負けないように。
そして他の群からその獅子を奪われてしまう事がないようにね・・・・・。
貴方はどうするのかしら蓮華・・・・」
虎のまま獅子の群に・・・・・・・。
口調こそ変わらないがそう言った母様の目は『江東の虎』と称された頃の母様の目だった。
今の私は唯の孫家の娘でしかない。
姉様みたいに王として責務を背負っているわけではない。
母様のように大陸に響き渡るほどの武勇も持っていない。
本当に唯の娘・・・。
だけど・・・・・・だけど!!
私だって一刀に惚れてるわ!!
その気持ちだけは誰にも負けるはずがない!!
「わかりました母様。私も・・・・・いいえ、私だって孫家の血を継ぐ者!!
母様が虎だというのなら私は一刀と同じ獅子としてその傍らに立つわ!!」
「よく言った蓮華!!それでこそ私の娘よ・・・・・・。
だ・け・ど、一刀の子を産むのは私が先よ♪」
「っな!?いいえ!私が先に生むわ!!」
「私が先に生ませていただきます」
「思春!?」
「あら、思春も言うわね・・・・・蓮華、心得ておきなさい。
獅子の群は主従の関係は通用しないわよ?」
「っ!?わ、わかったわ・・・・・・思春!私はまだ貴方に追いつくことは出来ていないけど一刀の事だけは絶対に負けないわ!!」
「っふ・・・その挑戦受けてたちましょう」
絶対に負けられない!!
この戦い負けてなるものですか!!
あとがきっぽいもの
ちょっと美蓮さんはっちゃけすぎやない?獅子丸です。
まぁ・・・・・あの雪蓮達の親ですし・・・・・。
獅子のくだりですが随分前の話でも出てきました。
ずっとこれが言いたかったw
正直な所獅子に関しては作者の趣味丸出しです。
獅子丸の名前からわかるとおりライオン生き物が大好きで・・・・・。
某黄金闘士の獅子も大好きですし何を隠そう獅子丸は獅子座・・・・。
そして見づらいですがアイコンも獅子(実は手書きのトライバルの獅子です)
まぁ、そんなどうでもいいことはさておき本編に触れますか・・・・・。
洛陽関係者初接触となる『李儒文優』。
まぁ読んでわかる通り悪役ですが・・・・・。
正史では詳しい事が余りわからない人物であり尚且つ演義では董卓に悪知恵を与えていた人物でもあります。
この話でも黒さ全開です。
このSSはココからが本編の始まりと言っても過言じゃないかもしれませんw
今後この話にどう関ってくるのか!?いったいどんな背後があるのか!?
それは今後のお楽しみと言う事でb
そして蓮華のお話・・・・・。
何も言いますまい。
きっと彼女は今後凄く成長してくれる・・・・・はず。
いろんな意味で(ぇ
美蓮さんは徐々に原作の雪蓮に近づいてきた気が・・・・・。
思春さんは・・・・・・もう原作なんて知ったこっちゃない状態ですね・・・・・・。
っていうか洛陽メンバーよりも蓮華の話が長いのは何で?
メインはあくまで洛陽メンバーの方な筈なのに・・・・・・。
つ、次は頑張って話をもっと進めますんで今回はこの辺で!!
では毎度の一言
次回も
生温い目でお読みいただけると幸いです。
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第二十七話。
なんだろう・・・・。
洛陽編なはずなのに居残り組みの話が長くなった・・・・・。
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