記憶は、薄れていく
時間が経つにつれ
日々が過ぎていく中で
段々と、その姿を失っていくものだ
だが、そんな中でも・・・一つだけ
たった一つだけ、変わらないものがあった
色褪せず、幼かった頃のまま
光り輝く“思い出”があった
幼い頃、毎日のように追っていた・・・夢が
『のう、遵よ・・・お主は、真夜中の虹に何を願うのじゃ?』
確かに、まだ残っていたのだ
≪遥か彼方、蒼天の向こうへ-真†魏伝-≫
第一章 二十一話【真夜中の虹】
“ポタリ”と・・・地面に落ちた“雫”
それが自身が刺した男の腹部から流れ出た血だと気付いたのは、聞き覚えのある声が聞こえてきてからだった
「あぁ・・・美しくなったな、“白蘭”」
「お父・・・さん?」
向けた、視線の先
そこには、彼女のよく知る“瞳”があった
温かく優しい、“父”の瞳が・・・そこにはあったのだ
「お父さん・・・」
もう一度、小さな声で呟く
その呟きに男は・・・馬遵は彼女の手をソッと握りしめることで答えた
「白蘭・・・よくぞ、ここまで強くなったものだ」
「お父さんっ!!」
その声を
その温もりを
彼女は、確かに知っていた
もう何年も前に失ったはずの“温もり”が
目の前に・・・確かに在るのだ
「よくやったな・・・白蘭よ」
「はい・・・はい・・・・・・・っ!」
男の言葉
彼女は・・・涙を流し、その体を抱き締める
そんな彼女のことを、男はソッと受け止めたのだ
“親子”
数年前に失ったはずの光景が・・・確かに、そこには在った
「これで・・・よかった?」
『ああ・・・これで、いいんだ』
そんな二人の姿を見つめながら、“2人”は微笑んでいた
ボロボロになった体も
ズキズキと痛む傷も
この光景を見る為のものだったのだと、そう思えば気にはならない
そう思い、彼は笑う
まだぎこちない・・・だがしかし、確かな“面影”のある笑顔を浮かべながら
「姜維・・・“嬉しそう”」
『ふふ、そうだな』
言って、見あげた空
雨は、あがっていた
いや・・・それどころか、先ほどまでの雨雲は嘘のように消え
変わりに、美しい星空が広がっていた
「綺麗・・・」
そんな空を見上げながら、彼は小さく呟いた
彼の言うとおりである
そう思い、彼女もまた笑っていたのだ
それから、静かに呟いた
『行こう、一刀・・・まだ、“終わっていない”』
「ん・・・」
頷き、彼は歩み出す
向かうのは、未だ抱き合う二人のもと
まもなく訪れる“別れ”を、見届ける為に・・・
ーーーー†ーーーー
「五胡が・・・五胡が、退いていく?」
夕の呟き
それにつられ、皆が見つめた先
五胡の兵たちが、慌てて兵を退いていく姿が見えた
「勝った・・・のか?」
その様子に、祭は小さく声を漏らす
“勝った”
“戦”のことについて言えば、自分たちは間違いなく勝ったのだろう
周りの兵たちも、そのことに関しては理解していた
勿論、夕たち四人もそのことはわかっている
だがそれと同時に感じたのは・・・
「白蘭・・・」
“終わり”だった
「なんだ・・・あの光は?」
一人の兵の呟きに、集まっていく視線
その視線の先・・・子供のように泣きじゃくる姜維と、そんな彼女を抱き締める馬遵の姿があった
その馬遵の体が、淡く光を放っていたのだ
「行こう・・・皆」
夕の言葉
頷き、祭と七乃・・・そして、美羽は歩き出した
向かう先、未だに姜維は涙を流している
「そして・・・見届けよう」
“見届ける”
一人の父と、一人の娘
失ったはずの、大切な家族
その・・・“物語”の終わりを
ーーーー†ーーーー
「着きましたよ・・・お父さん」
「・・・あぁ」
震える彼女の言葉
男は今にも掻き消えてしまいそうな声で、ゆっくりと頷きながら答えた
その視線の先には、未だ僅かに黒煙のあがる天水の街並みが広がっていた
「あぁ・・・ここからの景色も、久しいな」
言いながら、馬遵は手を伸ばす
その手が、微かに透けている
“もう・・・時間がない”
言わずとも、知らずとも
皆は理解していたのだ
故に、“何も言わない”
「本当に、懐かしい・・・」
『最期に・・・連れて行ってほしい場所がある』
そう言ったのは、もう間もなく迎えるであろう終わりを受け入れた一人の父親
その願いを姜維は・・・そして、一刀達は聞き入れた
そしてやって来たのは、あの丘だった
いつの日か・・・姜維に案内され、みんなでピクニックに来た
彼女の“思い出の場所”
ここで、終わりを迎えたいと
男は、笑いながら言ったのだ
「覚えているか、白蘭
昔、儂がここで話したことを?」
「“真夜中の虹の伝説”・・・ですよね?」
“ああ”と、姜維の言葉に彼は頷いた
それから向けたのは・・・空
先ほどまでの雨が嘘のように星々が輝く、美しい夜空
「“真夜中の虹”
その虹を見た者の願いは、何でも叶うという・・・どこにでもある、夢物語だ
子供の頃は、その話をずっと信じておってな
親にばれぬ様、よく夜更かしをしたものだ」
言って、彼は“クッ”と小さく笑いを零す
その瞳には、見あげていた夜空は映っていない
あるのは・・・“懐かしき日々”
「結局、見ることは叶わなかったがな」
「お父さん・・・」
“叶わなかった”と、言ったその表情が
少しだけ、悲しそうで
ほんの少しだけ、寂しそうで
彼女は、その瞳を揺らす
「そんな顔をするな、白蘭・・・折角の美人が、台無しだぞ?」
「あ、あはは・・・ごめんなさい」
言って、彼女は笑った
だが、それでも・・・こぼれ出る“雫”
それを拭って、また笑う
だがすぐにまた、彼女の瞳からは“想い”が溢れ出るのだ
「お父さん・・・」
もう、止まらない
そう思い、彼女は拭うのを諦めた
もう間もなく訪れる“別れ”が
もう間もなく訪れる“終わり”が
唯々、悲しくて・・・寂しくて
そんな時だったのだ・・・
「びゃ、白蘭!?
空を、夜空をみるのじゃ!!」
彼女を呼ぶ、美羽の慌てた声が聞こえてきたのは・・・
「“虹”・・・」
呟き、彼女は言葉を失ってしまった
その光景が
その景色が
彼女の・・・そして、“男”の視線を奪ったのだ
「は、はは・・・ははははははっ!」
やがて、響いたのは笑い声
まもなく消えるであろう男の、本当に嬉しそうな笑い声だった
「まさか・・・まさか、本当に見れるとな
なぁ・・・“真夜中の虹”よ」
言って、彼が見つめる先
“橋が架かっていた”
美しい星空
七色の架け橋が・・・“真夜中の虹”が
「凄い・・・」
そう呟いたのは、七乃だった
だがしかし、皆同じことを思っているであろう
それは、本当に美しくて
唯々、幻想的で
皆の心の奥、温かな想いを広げていくのだ
「白蘭・・・」
そんな中、男は姜維の名を呼んだ
呼ばれ、彼女が見つめた先
男は・・・微笑を浮かべながら、こう言ったのだ
「聞かせてくれ、白蘭・・・お前ならこの“虹”に、何を願う?」
“何を願う?”
そう言われて思い出すのは、まだ“私”が幼かった頃
お父さんから、あの虹の伝説の話を聞いた後のこと
もし、真夜中の虹を見ることができたなら・・・
そう思い、毎日のように考えていたことだった
「お父さん・・・」
勉強をしながら
眠る前に、寝台の中で
ずっと、考えていたことがあったんです
私の、お願い
真夜中の虹に願う、叶えたい願い
「私の、願いは・・・」
~私は・・・私の、願いは・・・・・・~
「“笑顔”を・・・」
“ポツリ”と、零れ出た言葉
そして・・・“涙”
「この街に、この大陸に、この世界に
そして・・・」
そこまで言って、彼女は強く唇を噛み締める
震える自分に、“頑張れ”と
そう言っている気がした
それから見つめた先・・・微笑む父に
彼女は、“微笑んだ”
「“お父さん”、貴方に・・・終わることのない・・・笑顔を・・・・・・」
“笑顔を”
その一言に、男は僅かに驚いたあと
再び、先ほどのように微笑を浮かべたのだ
そして、“思い出していた”
今はもう、霞んでしまった記憶達の中
それでも思い出せる・・・大切な“記憶”
『のう、遵よ・・・お主は、真夜中の虹に何を願うのじゃ?』
まだ、自分が幼かった頃
毎晩のように夜更かしをして、夢を追っていた日々を
『“笑顔”だよ
この街に、この大陸に、この世界に
そして・・・』
≪おじいちゃん、それからお母さんもお父さんも・・・皆に、いつまでも続く笑顔をくださいってさ≫
「あぁ・・・そうか」
呟き、彼は再び手を伸ばす
視線の先
もう幾らも見えない視界の中
それでも・・・鮮明に瞳に映る、あの“真夜中の虹”へと
「その願い・・・叶うと、いいな・・・・・・」
「は、い・・・」
穏やかな笑顔で、馬遵は言った
その笑顔を、涙でグシャグシャになった顔で
それでも、精一杯に笑顔を浮かべながら
彼女は見つめ、頷いたのいだ
「叶えて、みせます・・・」
“叶えてみせる”
その言葉に、馬遵は満足そうに頷いていた
「それでこそ、儂の・・・自慢の娘だ」
「は、い・・・」
馬遵の言葉に、泣きながらも力強く頷く姜維
彼はそれを見届けると、その視線を微かに動かした
その瞳に映ったのは、一人の青年だった
「御遣い殿・・・済まなかったな
そして、礼を言わせてほしい
お主のおかげで、儂は・・・“夢を見れた”
本当に、良い夢を・・・」
「ん・・・」
言って、彼は手を伸ばす
その手に何かを感じたのか、一刀はその手をソッと握った
瞬間、その手が淡く光を発したのだ
「これは・・・?」
「“欠片”だ・・・散っていった、お主の“記憶”
この“欠片”の力が、儂をこの大陸に甦らせた」
「“欠片”・・・」
光りはやがて、ゆっくりと一刀の手の中
そして“心の中”
染み込んでいく
「確かに返したぞ・・・御遣い殿」
「ん・・・」
頷き、その手を離す
馬遵はそれからまた、その手を夜空に架かった“虹”へと伸ばした
そして・・・微笑を浮かべたのだ
「どれ・・・儂は、そろそろ・・・帰るとしようか」
今までで一番、優しげで
それでいて・・・“幼い笑顔”を
“夢を追う、一人の少年の笑顔を”
「幼き頃、夢を追いかけていた・・・あの、懐かしき日々へと」
伸ばした手の先
虹は・・・真夜中の虹は、何処までも続いている
遥か彼方
この世界の果て
そして、きっと・・・
≪遥か昔、願った・・・“大切な想い”が眠る場所まで≫
★あとがき★
二十一話、公開です
ついに、馬遵戦終了
いやぁ、いかがだったでしょうか?
物語全体で言えば、“前哨戦”だったわけですが
少しでも、胸が熱くなっていただければ嬉しいです
戦いの後、訪れた休息
そして・・・
『やぁ・・・また、会えたね』
新たな“旅立ちの予感”
~次回
≪遥か彼方、蒼天の向こうへ-真†魏伝-≫
第一章 二十二話【次なる欠片】~
『約束、する・・・必ず、皆を迎えに行くって』
それでは、またお会いしましょう♪
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二十一話、公開します
戦いの終わり
それは・・・ある、一人の男の物語の終わりでもあった
そして、少女は願ったのだ
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