No.222424

『机上探偵ファンタジア』その4

安楽椅子探偵を目指して書いてみました。


どうしてこうなった……。

2011-06-13 00:31:33 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:378   閲覧ユーザー数:377

   *

 

「おー、まだいたのか?」

 

 そんな言葉を掛けられ木城正明は振り返った。

 

「なんすか、先生」

 

 学校の廊下で正明に声を掛けてきたのは、数学担当の秋山教諭であった。

 今日も授業を受けた顔なじみの先生である。ただ、授業を受けたといってもその授業中も正明はミステリ小説を読んでいた。

 それが気に入らないで注意の為に声を掛けてきたのかと思ったが、どうやらそうではない様子だ。

 

「いや、お前が教室に残っているのは珍しいなとな」

 

 確かに秋山の言う通り、正明が放課後に教室に残っているなど珍しい。

 小説を読む為にさっさと帰宅するか、ミステリ研究会に顔を出して小説を読みふけるか。大体はそんな行動パターンが多い。

 それなのにホームルームの終わった教室に居残り、そしてやっとにして下校しようと下足室に向かったところで秋山が見かけ、声を掛けたのだ。無論、正明の手には今もミステリ小説が握られている。

 

「今日は九路州の所に行かないのか?」

 

 九路州の所とは、言わずと知れたミステリ研究会だ。空き教室を無断で占拠しているのにもかかわらず、その存在は教師達にも知れ渡っている。

 

「ええ、今日はちょっと」

 

「そうか。ところで妃藤のこと、知らないか?」

 

 その言葉に心臓を鷲掴みにされる。普段感情の起伏を表に出さない正明の頬が大きく引きつった。

 

「……菖蒲がどうかしたんですか?」

 

 苦々しく秋山に聞き返す。

 彼は正明の学年の数学教師でもあり、妃藤菖蒲のクラスの担任でもあることを正明は思い出した。

 

「そうか、午後の授業からいなくなってな。保健室にもいないみたいだから、木城なら知っているかと思ったが……」

 

「俺、別に菖蒲の保護者じゃありません」

 

「そう言うな。お前ら仲いいだろ」

 

「さぁ、どうなんでしょうね。仲いいんでしょうか」

 

 そんなつれない正明の態度に、秋山は「まったく……」と愚痴のような言葉をこぼす。

 

「それじゃ、俺もう行きます」

 

 厄介事に巻き込まれたくないとでも言いたげに、正明は秋山の話題を打ち切った。秋山も、さてどうしたものかと、頭を掻いて

「ああ、気を付けて帰れよ」

 と言った。

 

 パタパタと学校指定の上履きサンダルを鳴らしてその場を後にする正明。その歩みがぴたりと止まる。

 

「先生」

 

 その声に秋山が顔を上げれば、去ろうとしていた正明が首だけで振り返っていた。

 

「連絡待つなら職員室の方がいいですよ」

 

 それだけ言うと正明は向き直り、再び廊下をどこかへと去っていく。

 

「やっぱり妃藤の行方知ってるのか?」

 

 秋山がその後ろ姿に声を掛けても、正明は振り返りすらしない。

 ただ、彼の足取りはミステリ小説を読みながらふらりと帰るものから、力強い目的を持った歩みに変わっていた。

 無言でミステリ小説に目を走らせる彼が心中何を思っているのか、それを見送る秋山教諭には、てんで見当が付かなかった。

 

 

 

 そんな会話が行われていた小一時間後、当の本人、妃藤菖蒲はパトカーの中に乗せられていた。

 

「うわぁ、パトカーって久しぶりだ~」

 

 そんな場違いに明るい声を上げ、菖蒲は車内で警察官達に囲まれていた。

 

 そこは、連日『有頼町OL首切り殺人』とマスコミを賑わせている事件現場の直ぐ脇。事件捜査の為、立入が禁止されている区域内に停められたパトカーの後部座席。

 

「どうして事件現場を覗いていた?」

 

 まるで恫喝のような警察官の詰問にも、菖蒲は全く動じた様子がなかった。それこそ観光にでも来たような、輝いた目をして車内をくまなく観察していた。

 

「マスコミに頼まれたか? おい、ちゃんと返事をしろ!」

 

「そんな耳元で怒鳴らなくても~。ちょっとうるさい」

 

 まるで高校生同士で喋るみたいに、不平の言葉を口にする菖蒲。その口調は警察官を逆撫でにするものだった。

 

「ふざけるな!」

 

 警察に世話になっているのに反省の欠片もない態度に、警察官は興奮に見る見る顔を赤くする。

 

「ふざけてませ~ん。うるさい人をうるさい言って何が悪い~」

 

「貴様、いい加減にっ!」

 

 相手が女子高生のようだから、多少の遠慮はあったのだろう、しかしそれも菖蒲の軽薄な態度に打ち砕かれた。

 この躾のなっていない子供をどうしてやろう、警察官はそんなぎらついた目をした。

 

「ああっ! もういい!」

 

 見るに見かねたのだろう。それまでパトカーの助手席で菖蒲と警察官のやりとりを聞いていた女性が声を上げた。女刑事の貴槍朝だった。彼女の冷ややかな視線が菖蒲に突き刺さる。

 

「その子の対応は私がする。お前達は持ち場に戻れ」

 

「しかし……。何も、主任の手を煩わせなくても……」

 

「いいから、さっさと行け。責任は私が持つ」

 

 菖蒲を挟んで後部座席に座っていた二人の警察官は、そう言われ顔を見合わせた。

 しかし、やり手と噂の貴槍が責任を持つと言うのだ、渋々にパトカーを降りていく。それを菖蒲は舌を出してあかんべをして追い払った。

 

 空いた後部座席には、助手席から貴槍が移ってきた。

 パトカーの車内には妃藤菖蒲と貴槍朝の女性二人だけ。何を聞かれるのかと身構えた菖蒲だったが、一向に貴槍は口を開かなかった。

 

「……何? 何も聞かないの?」

 

「聞いても、何も答える気がないのだろ?」

 

 図星だったのか菖蒲が頬を膨らませた。そして「そんなことないもん」と不機嫌に漏らす。

 

「だったら、真面目に答えてもらおうか。最悪、不法侵入か公務執行妨害で逮捕しないといけなくなる」

 

「えっ。逮捕してくれるの?」

 

 菖蒲の口から出た言葉に、貴槍は憮然とした。その言葉は冗談で言われたものに聞こえなかった。ましてや興味本位でもない。

 

 今まで幾度となく聞き込みをし、幾多の容疑者を取り調べてきた貴槍だからわかる。

 目の前の女子高生は『逮捕』という言葉を全く怖がっていない。それどころか、むしろ受け入れている。

 開き直りとはまた違う異質の空気を、高校生の菖蒲から感じ取ったのだ。その気色の悪さは千万無量のものがある。

 

「お前、名前は?」

 

 貴槍の質問に、菖蒲は再び押し黙った。

 顔を伏せ、じっと自分の手元を見つめる。

 

「……名前、言えないのか?

 その制服、西加茂高だな。問い合わせれば直ぐにわかるぞ」

 

「やりたければやれば」

 

 その菖蒲の態度に貴槍はやはり違和感を覚えた。

 それは警察という権力に反抗しているわけでもなければ、自棄になったものでもない。学校に警察から連絡が行くという非常事態を完全に受け入れていた。

 明らかに普通ではない。女子高生としては規格外と言っていい。

 

「お前、この事件の関係者ではないな?」

 

 貴槍はその言葉に自信があった。この娘は『OL首切り殺人』とは直接の関係性がない。そう刑事の勘が告げている。

 

 ならばなぜ、事件現場に現れたのか。それが貴槍の正常な思考を妨げる。

 事件解決に全勢力を注ぎ込もうとする貴槍にとって、事件に関係ない者は邪魔以外の何物でもない。

 

 やはり、黙ったままの菖蒲。

 そんなとき、パトカーの窓ガラスがノックされる。麻家刑事だった。

 

「どうした?」

 

 窓を開けた貴槍が聞いた。

 

「いえ、何だか変な学生が現れまして」

 

「変な学生?」

 

 貴槍は菖蒲に目をやった。

 変な学生と言われれば、真っ先に思い付くのが、今、隣に座っている女子高生だった。

 

「いえ、あの。多分その子を引き取りに来たとか、そんなことを言ってまして」

 

 どうやら麻家自身もよくわかっていないのだろう。何やら自信なさげだった。

 

「……来たんだ」

 

 その小さな呟きを貴槍は聞き逃さなかった。その声を漏らした菖蒲に貴槍は鋭い眼光を向ける。

 

「知り合いか?」

 

 やはり押し黙る菖蒲。その頑なな態度に貴槍は目を細めた。

 

「なるほどな。最近の高校生は変わり者ばかりか。

 麻家、その迎えに来たという奴はどこにいる?」

 

「マスコミに嗅ぎ付けられないよう、離れて待っています」

 

「ほう、麻家にしてはいい判断だ。よし、そいつの所に行くぞ。麻家運転しろ」

 

 現場から離れて待つと言ったのは、当の学生の方だと言い出せない麻家刑事は慌ててパトカーの運転席に乗った。

 

「せ、先輩。この車、所轄のですよ」

 

「そんなものは事後承諾だ。麻家、借用の連絡しておけ」

 

「そんな~」

 と情けない声を出しながら、麻家は車を走らせ始めた。そして言われた通り、車内無線でパトカー使用の連絡を入れる。

 規則違反で渋る旨の返答が来たが、貴槍の名前を出した途端、使用許可が下りた。

 麻家は改めて貴槍の影響力を痛感する。後部座席でふんぞり返っている女刑事はそれだけの捜査手腕と現場からの人望がある。

 

 事件現場から角を曲がり、マスコミの影が完全に途絶えた路地に、一人の学生服が立っていた。手には文庫本が握られ、それを暇潰しに読んでいたようだ。

 

「あれか?」

 

「はい」

 

 麻家は減速し、その学生の前に車を止めた。

 

「どうも。ご苦労様です」

 

 そうパトカーに声をかけ、文庫本をしまった学生の態度に、貴槍はまた苦々しい視線を向けた。

 

 この学生も警察という存在を怖がっていない。明らかに普通ではない少年。そう感じ、貴槍は不敵な笑みをこぼした。

 

「お前か、この子を迎えに来たのは?」

 

「ええ、一応」

 

 貴槍はしばらくその少年を観察した。

 

 短髪でブレザーの制服を着た少年。貴槍の記憶にある通りの西加茂高校の制服だ。

 髪も染めておらずピアスなどのアクセサリー系も全くない。実に飾りっ気のない物静かな雰囲気を感じる。

 

 少年はその貴槍の視線にも全く動じていない。むしろ冷めた表情で落ち着いている。

 落ち着き過ぎている。それが木城正明と貴槍朝の出会いだった。

 

「乗れ」

 

 現れた学生の俗世離れした空気に少しの逡巡があったが、貴槍は首で助手席を指してパトカーに乗るように促した。

 その指示に文句の一つも言わず、正明はパトカーに乗り込んだ。全くいい度胸だと貴槍は感心するしかない。

 

「西加茂高校まで送ろう。それでいいか?」

 

「ええ、お願いします」

 

 助手席でシートベルトを締めた正明は落ち着いた返事をする。

 

「あれ? 私を逮捕しないんですか?」

 

「警察も暇じゃないよ。高々、事件現場を覗いたぐらいで逮捕なんかしないさ」

 

 運転をする麻家の言葉に菖蒲が噛みついた。

 

「私が犯人だったらどうするんですか? 犯人は現場に戻って来るっていうでしょ?

 だからちゃんと私を調べないと」

 

 その見当外れな必死の訴えに、麻家刑事は訳もわからずたじろいだ。

 

「菖蒲。俺ならともかく警察の人に絡むなよ。

 この人達は真面目に仕事をしているんだ」

 

 助手席から車外の風景を眺める正明の言葉を貴槍は見逃さなかった。

 

「アヤメ。へぇ、お前はアヤメというのか。こいつ、自分の名前すら言わなかったんだ。私もどうしたものかと考えていたところだ」

 

 首を軽く左右に振り、貴槍は困ったものだと、わざと頬を緩めてみせた。

 

 それは頑なに何も言わぬ菖蒲を知らず、名前を漏らしてしまった少年に対する嘲りにもとれた。

 しかし、助手席に乗る彼には貴槍の表情は見えなかったのだろう、苦情の代わりに口に出たのは少女に向けた言葉だった。

 

「菖蒲、意趣変えか?」

 

「違うよ。なんとなく、刑事さん恐かったし」

 

 バックミラー越しに麻家が失笑を漏らす。

 

「麻家、今の笑いは何だ?」

 

「何でもありません」

 

 後輩のその返答に、脅しの視線を向けたが、貴槍は何も言わなかった。

 

「ところで菖蒲、今日は何したんだ?」

 

 その正明の言葉に貴槍は違和感を覚えた。

 

 なぜ何をしたのか知らずに迎えに来たのか。

 なぜ彼女が警察に捕まったのをどこにも連絡していないのに、少年が迎えに来たのか。

 いくつも不可思議な点がある。

 そんな疑問を感じているのは貴槍だけなのか、菖蒲は後部座席から前に乗り出すように運転席と助手席の間に顔を出す。

 

「そうよ、ちょっと聞いてよ。この運転手、私のお尻触ったんだよ! ちょっと信じらんない」

 

 歯を剥き出しにして、その白い歯と同じく麻家に敵意剥き出しの菖蒲。それを正明は「後で痴漢の被害届でも出せばいいさ」と軽く流した。

 

「麻家、強制わいせつの告発だ。頑張れよ」

 

「せ、先輩。横で見てましたよね。証人になってください。

 あれは不可抗力ですよね。職務上の事故ですよね。僕が別に痴漢をしたわけじゃ」

 

 本気で慌てふためく麻家。車のハンドリングも怪しくなる。

 

「私は知らん。自分で処理しろ」

 

「そんな~。先輩~」

 

 新米刑事の情けない声が車内に響く。

 菖蒲も本気で被害届を出す気はないので、にこやかに笑っている。

 いや、菖蒲なら本当に出すかも、と正明は密かに思い直した。

 

「それで菖蒲。今日はその刑事を痴漢に仕立て上げる為に来たんじゃないだろ」

 

「うん。そうそう。マスコミの人にも色々聞けたし、結構、情報増えたよ~」

 

 一瞬で空気が変わった。菖蒲の言葉の意味を理解した刑事の二人に自然と緊張が走る。

 

「えっとね。殺害現場の部屋は凄かったよ~。部屋中血だらけで、ほんとその場で首切ったって感じ。

 よくそんな重労働するなって犯人の気が知れないよ~。

 首を切った凶器は胸への致命傷と同じで部屋にあった包丁だって。

 死因は失血死ぃ。

 だけど、肺に穴が空いたから悲鳴があげれなかったんじゃないかって言ってたよ。

 部屋の中や周辺から、今のところ犯人らしき指紋や足跡は見かってないって。

 ニュースでやってた被害者の男性関係で怪しいのが三人いるらしいけど、二人は月曜の日中はアリバイあり。もう一人は身元不明。

 遺体を発見した同僚さんも実は被害者にふられてたらしいよ~。

 ってことは容疑者に仲間入りだね。

 あと、被害者を最後に目撃したのはアパートの向かいに住んでる無職の男性で、いつもゴミの出し方で揉めてたらしい。

 それでゴミの日は月曜なのに、日曜の夕方にゴミ出してどこかに出掛けようとしたのに文句を言ったけど無視されたんだって。

 いっつもと同じ派手な服装で出かけたからどうせ男の所にでも行ったんだろう、

 ってそのおじさんが言ってたよ。

 それが被害者の最後の目撃情報。

 ああ、そうそう。被害者の部屋が密室って件だけど、壁伝いにいけば、二階のベランダからも入れそうな感じ。

 裏手は家に囲まれて道から死角だったし~。

 ただ、私だと身長足りなかった。でも普通の男性なら上れるよ。多分」

 

 ぺらぺらと事件の情報を並べていく菖蒲に、刑事二人は呆気にとられた。

 

「おい、麻家」

 

「は、はい」

 

「捜査情報が筒抜けじゃないか!」

 

 貴槍が怒鳴るのも無理はない。菖蒲が口にした情報は、まだマスコミに発表していないものも含まれていた。

 警察関係者が漏らしたか、警官が話していた言葉がどこかで盗み聞きしていたことになる。

 

「し、知らないですよ。この子、何なんですか? 番記者より情報早いですよ」

 

「だからどうしてだと聞いている?」

 

「僕に聞かれても……」

 

 それは麻家刑事の言う通りで、麻家が事情を知っているはずがない。

 貴槍は改めて横に座っている菖蒲を睨み付けた。

 

「お前。お前は何者だ?」

 

 ある種の脅威を覚えての貴槍の言葉だった。

 見た目、少し崩して制服を着こなすだけの普通の女子高生が、どうしてここまで事件に詳しいのか理解に苦しむ。

 

「私? 私は妃藤菖蒲だよ。女子高生」

 

 それはとても軽い口調だった。

 先程は全く名を名乗ろうとしなかった少女が、今度は簡単に口にする。

 迎えに来た少年がいるという安心感がそうさせたのか、彼女は明るい笑みをたたえている。

 

「ヒトウ?」

 

 菖蒲のフルネームを聞いた瞬間、貴槍朝が眉をひそめた。

 明らかに心当たりがある様子。

 

「どうかしましたか、先輩?」

 

「いえ、まさか、楊貴妃のヒに、花のフジで『妃藤』って書くんじゃないだろうな」

 

「そう。その『妃藤』だよ」

 

 それを簡単に肯定する菖蒲。聞いた側である貴槍の方が、一瞬、表情を失った。

 

「……そう」

 

 そう呟くだけで、貴槍はらしくない態度だった。

 

「先輩? 何かあるんですか?」

 

 ちらりとバックミラーを覗き込んで、貴槍を窺う麻家には事情がまだわかっていない。

 

「署に帰ってから調べなさい」

 

「ヒトウ、ヒトウ……。あっ、御山の洋館の!」

 

 今度は菖蒲が表情を失う番だった。顔色が真っ青に変わり、目が虚ろになる。

 横で同じく後部座席に座っていた貴槍はその変化に驚きを隠せない。

 

「麻家……、それ以上はやめておけ」

 

「はい? 何ですか、先輩?」

 

 何事かわかっていない麻家刑事。それでも後部座席のただならぬ空気を読みとったのか、それ以上は何も言わなかった。

 

「で、お前は?」

 

 今度は菖蒲を迎えに来た正明に貴槍が聞いた。

 

「名前なら木城正明ですよ。警察の方ならご存じかもしれませんね」

 

「何? まさか、あのキジョウ探偵だというのか? お前が?」

 

「さぁ。俺は自分で探偵とは名乗ったことはないですけど、まぁ警察の捜査に関わったことはありますよ。

 不本意ながら……」

 

「先輩、知ってるんですか? 妃藤さん絡みですか?」

 

「いや別件だ。世和会の連続失踪事件の捜査を手伝った探偵がいると聞いた。

 他にも数件、噂がある。警察が捜査に苦慮している事件を尽く解決に導いたとか、そんな馬鹿げた噂を」

 

「そんなんじゃないですよ。ただちょっと口出ししただけです」

 

 それはまるで、クラスメイトの相談事を解決した程度に聞こえる、軽い言い口だった。

 

「ふん。謙遜しているのか? それとも嫌みか?」

 

 言葉の端々から敵意が溢れている。

 貴槍は探偵と聞いて、明らかに正明を邪険にしていた。

 

「先輩~。こんなところでケンカしないでくださいね。そういう探偵とかいう人種を先輩が毛嫌いしているのは知ってますけど……」

 

「ケンカなんかするか。こいつらとそんなことをしても何の価値もない」

 

 そう言い切った貴槍の目がぎらつく。本当に探偵という存在を忌み嫌っているようだ。

 麻家もそれを重々承知しているのだろう。冷や汗を垂らし困った顔をしていた。

 

「俺は自分を探偵だなんて思ったことはないです。ただの一般市民と自覚してます。

 俺も思いますよ。ほんと探偵なんか、実際ろくでもない人間だって」

 

「しかし、お前が彼女に事件を捜査させていたのだろう、違うのか?」

 

 菖蒲が今回の事件の捜査情報を集めていた黒幕を正明だと思ったのだろう。強い口調で聞く貴槍に、正明は深い溜息を吐き出した。

 

「違います。俺は指示なんかしてません。逆にこうして止めに来たぐらいです」

 

 その言葉の真偽を見極めようというのだろう、貴槍は後部座席から正明の横顔を見つめていた。

 何とも言えない気まずい空気が車内に漂う。

 

 車外を流れる風景は、いつの間にか見覚えのあるものになっていた。どうやら正明達の通う西加茂高校が近付いているようだった。

 そんな車内の沈黙を破ったのは菖蒲だった。

 

「違うよ。正明は指示なんかしない」

 

 それは確信だった淀みのない言葉。さっきまで表情を失っていた菖蒲の顔は、気が付けば普段通りの笑顔に戻っていた。

 

「うん。私が勝手にやっているだけ~。って、正明、私を止めに来たの?」

 

「まぁ、止めに来たというか……。いや、止めに来たでいいか」

 

「何それ~。ハッキリしない~」

 

 正明と菖蒲の会話は、まるで学校の休み時間にされる会話のように気軽な声だった。

 一瞬、そこが警察車両の中だと忘れてしまいそうなほど。

 

「……お前ら、本当に何なんだ?」

 

 当然の疑問だった。普通の人間なら貴槍と同じことを感じるだろう。それだけ、目前の二人の学生には、ただならぬ何かを感じさせるものがあった。

 

「気にしないでください。変わり者の高校生が二人いた。それでいいじゃないですか」

 

 正明がそう言い終わるのと同時にパトカーが止まった。そこは西加茂高校の裏手だった。

 

 わざわざ人目の少ない場所に車を止めたのは麻家の配慮だ。それは先程、貴槍に自身がしてはいない配慮を誉められたから思い付いた気遣いだった。普段の彼ではそこまで気は回らない。

 

「それじゃあ、刑事さん。失礼します。

 今日の彼女の行動に問題があれば、ご一報を」

 

「え~。正明、何勝手に言ってるのよ~」

 

 そう言って、正明と菖蒲はパトカーを降りていく。貴槍刑事も車外に降りて二人を見送った。

 

 彼女は二人に何か声をかけようとしたが、なかなか適当な言葉が見つからずに、人知れず眉をひそめるだけだった。

 

「今日何事もなく帰してもらえることに、お礼でも言うんだな」

 

「うう~」

 

 通用門に向かいながら、そんな気さくな声を掛け合う正明達は、今更になって普通の高校生に見えてしまう。

 

「もう、探偵の真似事なんかするなよ」

 

 遠巻きに貴槍が注意の声を掛けた。

 

「菖蒲に言ってください。俺は実際に事件に関わるなんて、元々ご免です」

 

「え~。なんでよ~。猟奇っぽくていいじゃない。犯人の手掛かりもほとんどないし~。

 何より切られた首が見付からないところがいいじゃない」

 

「そんなことを言うのは菖蒲だけさ。首なんてどうせ今頃は燃やされてるんだから」

 

「え~。正明は夢ない~」

 

「殺人事件に何が夢だ」

 

「うぅ~。正明のケチ~」

 

 そんな仲がいいのか悪いのかわからない会話をしながら二人は学校の敷地に消えていった。

 その二人の背を、貴槍はじっと静かに見つめていた。

 

「本当に変わった二人ですね」

 

 麻家も運転席の窓から身を乗り出して、正明達が立ち去る様子を見守っていた。

 しかし、声を掛けたのに返事をしない先輩刑事に気付いた。

 

「先輩。どうしました?」

 

「……麻家。あの木城とやらのことを調べろ」

 

「えぇ、どうしてですか? 今回の事件には関係ないんじゃないんですか?」

 

「ああ、関係はないだろうな。それから、至急、手の空いている捜査員を集めろ」

 

「手の空いてる暇人なんて警察にいるわけないですよ。どこも人手と予算不足で」

 

「ごたごた言わず集めるんだ」

 

 有無を言わさぬ命令で声を荒げると、貴槍は乱暴に助手席に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

(「机上探偵ファンタジア」その5につづく)


 
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