No.222214

祭さんは一刀のオバ――げふんっ! げふんっ! そんな現代外史

藤林 雅さん

久しぶりにTINAMIに投稿してみました。
以前頂いた桂花と星がお姉ちゃんというリクエストの許に作っていた筈なのに、何でかこんな作品になってしまいました。まさかの祭さんがヒロイン!?

短いけど少しでも楽しんで頂ければ嬉しく思います。
リクエストもちゃんと考えていますのでお待ち下さいませorz

2011-06-12 06:58:39 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:7078   閲覧ユーザー数:5663

 

 

 

「ただいまー ……って、今日はじいちゃんの法事で父さんも母さんもいないんだっけ」

 

 そう呟きながら家の鍵を制服のポケットに入れた少年こと北郷一刀は玄関先で腰を降ろし、その横に先程まで中学の部活で使っていた剣道具一式を置いて靴を脱ぎ始める。

 

 そんな彼の許に程なくして廊下に電話の呼び出し音が鳴り響いてきた。

 

「んっ? 電話か? 珍しいな」

 

 現代日本に於いて携帯電話の普及に伴い、すっかりセールスの勧誘や留守録が主な役目になっていた家庭用電話の呼び出し音が鳴り響いた事に一刀は首を少し傾げた。

 

 そして、靴を脱ぎ、少し早足で受話器を取った一刀に聞き覚えの無い男性の声が受話器から漏れる。

 

『もしもし。北郷さんお宅ですか?』

 

「はい。そうですが」

 

『失礼ながら息子さんですかな?』

 

「ええ」

 

 男性のどこかしら陰を感じる声に一刀はセールスの勧誘ではなさそうだと判断しながらも、少しだけイヤな気持ちを感じていた。

 

『――そうですか。私は鹿児島にある○○署の○○と申す警察官です。実は――』

 

 警察と名乗る男性からもたらされた話に一刀は、目を見開きながら衝撃を受けた。

 

 

 

 

 ―― 一刀の両親は鹿児島から空港に向かう途中、トラックと衝突事故を起こして交通事故に遭い還らぬ人になったと。

 

 両親が亡くなったという事実に まだ中学生になったばかりの一刀は、ただ放心するしかなかった――

 

 

 

 数日後。

 

 一刀の家では、通夜が行われていた。

 

 生前に父親の持っていた黒色のスーツを仕立て直し、それを着て喪主を務める一刀。

 

 だが、そこに彼の親族はだれも現れず、近所の人達の協力を得て通夜をなんとか取り仕切っていた。

 

 弔問に訪れる人達も近所づきあいのあった人達や両親の勤め先の上司や同僚が中心であった。

 

 一刀が生前の両親から時折、聞かされていた父と母のかけおちの話が、まんざら嘘でなかった事がこのような形で証明されてしまったのである。

 

 母方の親族はそのような経緯から、断絶しており、父方も父がひとり息子だった為、祖父母が他界している事もあり、一刀は半ば孤独になっていた。

 

 しかしながら、近所づきあいのある人達から暖かく声を掛けられ、一刀の心は救われていた。

 

 だが、それと同時に未成年である一刀に両親以外の誰も保護者がつかないという現実はこの先、住み慣れたこの地を離れ孤児院で暮らすようになるかもしれないという問題が浮上していた。

 

 そんな中、商店街で中華料理屋を営む劉夫妻から一刀は『娘をやるからウチの息子にならないか?』と誘われた。

 

 一刀は幼馴染みとはいえ、彼女達の人権も尊重すべきだし何より自分自身は中学生でいちばん末っ子の鈴々にいたっては小学生である。突拍子もない話だと即座に丁重に断ると『三人ともあげるからそんな事いわないでくれ!』 と懇願されてしまった。

 

 とりあえずおじさんとおばさんの好意若しくは厚意を一刀は世間体を盾にかわした。だが、彼は気付いていない。それは『問題を先延ばしにした』だけであるという事実に。

 

 両親が亡くなった悲しさや寂しさを劉夫妻が和らげてくれた事に一刀は感謝し、喪主を懸命に努めた。

 

 そして、弔問に訪れる人達もまばらになり、後、一〇分ばかりで通夜の定刻を迎えようとしていたその時、ひとりの若い女性が一刀の許に現れた。

 

 会場となっている和室の中を足音をドカドカと立てながら両親の眠る棺の前に辿り着いた褐色の肌をした女性は美しく整った顔立ちの眉を顰める。

 

 そして、凍るように冷ややかな眼差しでじっと眠る両親の顔を見て「はぁ」と溜め息を吐いた。

 

 一刀は女性の所作に怒りを感じる前に呆気にとられ驚きを感じていた。

 

 女性は手を合わせ頭を下げる。

 

 その動作ひとつひとつに粗野な印象を受けるが女性の喪服を着ていても隠せない艶やかなスタイルと美しい顔立ちに誰もが目を奪われていた。

 

 そして、女性はおもむろに一刀に視線を向ける。

 

 正座をしている一刀は、女性から見下ろされる形で冷ややかな視線を向けられて背筋に冷や汗を感じていた。

 

 女性はそんな一刀をよそに腰を降ろし胡座をかく。

 

 ストッキングとスカートが顕わとなった状態も気にせず、一刀をじっと見つめていた女性は口をゆっくりと口を開いた。

 

「――お前が、一刀か?」

 

「は、はい」

 

 一刀が緊張した声音で答えると、女性は今までの態度を一八〇度変えて、人懐っこい笑顔を浮かべた。

 

「儂は、祭という。お前の母の妹じゃ」

 

「――は?」

 

 一刀は祭と名乗る女性の言葉に驚きの表情になる。

 

「ふむ、無理も無い。前に儂と会った時は、お前はまだ姉の腹の中にいたからのぅ」

 

「……」

 

 一刀は父とかけおちした為、実家から勘当されて疎遠になっている母方の親戚、しかも叔母にあたる祭という存在よりも母親とのギャップに驚いていた。

 

 母は年の割には童顔でしかも小柄であった為、年齢よりかなり幼く見え、一刀の姉と間違われるほどであったからだ。

 

 今、目の前に居る辺りに色香を醸し出している祭とは似ても似つかない。

 

「一刀よ。さぞ辛かったっであろうな。しかし心配するでない。これから先は儂がお前の面倒を見てやる」

 

「――え?」

 

 一刀の言葉と態度に祭は口を少し尖らして不満げな表情を浮かべた。

 

「なんじゃ。何か不服でもあるのか?」

 

「い、いえ。俺に叔母――「祭さん」……祭さん――がいるなんて知らなかったから。それにいきなり俺の保護者になってくれるだなんて」

 

 『叔母』という単語に狼のような視線を向けた祭に恐怖し、すぐさま言い直す一刀。

 

「ははは。実のところ、実家にはこの件で無視を決め込む者達に絶縁状叩き付けてきたからの。儂も帰るところがないのじゃ」 

 

 とんでもない事を笑いながら言う祭に一刀は先程から驚くばかりである。

 

「まぁ、これでも儂はここから近い聖フランチェスカ学園で教師をやっておっての。そういった意味でも世間的な保護者にはうってつけであろう」

 

 微笑みながら一刀に向かって手を差し出す祭。

 

 一刀は、その微笑みがどこかしら母に似ているように思えた。

 

 だから、差し出された手にゆっくりとだが、躊躇することなく自分の手を重ねたのである。

 

「うむ。これで今日から儂と一刀は家族じゃな。よろしくたのむぞ」

 

 色々と破天荒な所があるが、まだ自分は孤独じゃないという事実に一刀は救われた。

 

 ――こうして、一刀と祭のちょっと奇妙な関係の家族生活が幕を開くのであった。

 

 

 

 あれから五年の歳月が過ぎた。

 

 一刀は祭の薦めもあり、中学を卒業した後は聖フランチェスカ学園に通う身になり、学園生活を彼なりに謳歌していた。

 

 実際、二人の家族としての共同生活は、一刀にとって驚きの連続であった。

 

 教職という身であり社会的に見れば保護者として申し分のない祭であったが、その実はかなり困った人物であったのである。

 

 炊事洗濯に難があるというわけではなく、むしろ料理の腕は申し分ない。

 

 だが、無類の酒好きであり、ザルのように呑む事が日常であった。

 

 酔った身体では、自分自身はおろか一刀の身の回りの世話が出来ないでいたのである。

 

 故に一刀は自然と自炊、洗濯、掃除など主夫スキルが上がっていくのであった。

 

 一刀自身、そういった状況に不満は無い。ただ、底なしとは言え、アルコールを過剰摂取する祭に苦言を漏らす事が日常と化していた。

 

 さすがに甥っ子に健康面について諭されるとニ、三日は自重はするが、ほとぼりが醒めると飲み出す祭であったが――

 

 

「かずとーあたまがいたいのじゃ~」

 

「まだ週末じゃないのに桔梗先生とあれだけお酒を飲むからだ」

 

「――うむぅ。ワシとした事が不覚であった。酒量を見誤るとは」

 

 北郷家のリビングの床にカラになった数十本の酒ビンが無造作に転がっており、ソファーで頭を抱える祭とその同僚である桔梗。

 

「ほらほら、祭さんも桔梗さんも仕事に行く前にシャワー浴びて来てよ。学園の教師としてみんなに恥ずかしいそんな姿を見せられないだろ」

 

 白を基調とした聖フランチェスカ学園の制服の上にエプロンを着けた一刀はキッチンで三人分のベーコンエッグを作りながら、祭と桔梗を促す。

 

 が、突如祭が朝食の用意に励む一刀の抱きついて彼の背中にのし掛かってきた。

 

「おわっ!」

 

「かずとーみずがほしいのじゃー」

 

 二日酔いながらも豊満な身体で密着しながら甘えた声を出す祭。

 

 並みの男性ならこれで悩殺されていたであろう。

 

「――酒くさっ!」

 

 だが、一刀の反応は辛辣な言葉であった。

 

 しかも、本当に迷惑そうな表情で「邪魔」と言い放つ。

 

「ふふふ。ざまあないの祭。二日酔いを盾に愛しの甥っ子にここぞとばかりに甘えても邪険にされるとは」

 

「うるさいわっ! お主は、はようシャワーを浴びてこい!」

 

 桔梗に己の心中を見透かされた祭は、照れ隠し半分に彼女に噛み付く。

 

「はいはい。ほどほどにしとかんと一刀に嫌われるぞ?」

 

「一刀が儂を嫌うなど天地がひっくり返ってもありえんわ!」

 

 祭の言葉に桔梗は何も答えず、手をヒラヒラと振って風呂場へと去っていくのであった。

 

「う~あやつめ」

 

 一刀を背中から抱きしめたままの格好で祭は呻く。

 

 そんな子供っぽい態度をまったく改めないから桔梗にからかわれる事実に気付いていない叔母に一刀は「はぁ」と溜め息を吐く。

 

「何じゃ! 一刀、貴様まで! 桔梗の肩を持つというのか!?」

 

 矛先が一刀に向いてしまう。

 

「い、いやそうじゃなくて――「問答無用じゃ! 家族よりも他人に同意をするとは! やはり、あやつの胸か!? あのけしからん桔梗の胸に惑わされているのか!?」 ……」

 

 確かに桔梗は年頃の男性を虜にする魔性の身体をしてはいるが、胸の大きさに関しては祭とて同じ事であり、一刀は、叔母の見当違いにガックリと項垂れる。

 

 彼としては、二人の酒豪ぶりと酒乱ぶりにいつも振り回され、さらには二人の共通の同僚である紫苑に一刀の大学の先輩である孫三姉妹の長女雪蓮が混ざった時の宴会の際は、一刀にとって正に阿鼻叫喚の地獄である。

 

 故に紫苑の愛娘である璃々ちゃんの素直さにとても癒やされ、酔った雪蓮を迎えに来る一刀のクラスメイトである孫三姉妹の次女蓮華や雪蓮の親友である冥琳と同じ悩みを共有しているのは、一刀の秘密事項である。だって、ばれたらあの四人に何されるかわかったもんじゃない。

 

「うぬっ! 若くてかわいいこの儂を無視するとは許すまじ――喰らえっ!」

 

 祭の怒りと共に放たれたのは――禁断のアルコール・ポイズン・ブレス。

 

「ギャースッ――!」

 

 一刀の絶叫が、朝の住宅街に響き渡るのであった――

 

 ちなみにご近所のみなさんの反応は「いつもの事か」若しくは「仲が良くてうらやましいねぇ」がほとんどをしめているのは余談である。

 

 

 

 聖フランチェスカ学園の保健室。

 

 時間は過ぎ、学園の昼休み。

 

 ここの主は癒しの聖母として学園に通う生徒達に信頼がおかれている保険医紫苑の仕事場である。

 

「おひるっ! おひるっ! お昼は一刀の愛甥(あいおい)弁当ー♪」

 

 訳のわからん歌を口ずさんでいるのは祭であり、保健室の椅子を引っ張り出して昼食の準備を勝手にはじめていた。

 

「あら、桔梗も今日はお弁当?」

 

 白衣を身に纏った姿の紫苑がお茶を淹れる手を止め、もうひとりの来訪者である桔梗の手の中にある弁当箱に気が付き、少し驚きの声をあげた。

 

「うむ。昨日は祭と飲み明かしての。一刀が朝持たせてくれたのだ」

 

「もう。二人して一刀君にあまり迷惑をかけちゃだめよ」

 

「反省はしておる。が、助かったのも事実」

 

 紫苑の言葉に反省しながら憮然とそう述べる桔梗。

 

「そうじゃな。昨日は酒造のオヤジさんに良い日本酒が入る聞いてちと、金をつぎ込んでしもうたからの」

 

 笑顔のまま弁当包みを開ける祭の言葉に桔梗も同意するように頷く。

 

「良い酒は悪酔いはせんのだが――調子に乗ってウォッカやウイスキーのボトルを次々と空けてしまったからのう」

 

「アレは、一刀のが作った酒のつまみが悪いんじゃ」

 

「……祭は反省しないのね」

 

「だって、儂は一刀のかわいいかわいい叔母じゃもん」

 

(( ――叔母というよりは、手の掛かる大きな娘といったところね(じゃな) ))

 

 まったく反省の色を見せない祭に紫苑と桔梗は、心の中でツッコミを入れるのであった。

 

 紫苑の入れてくれたお茶で昼食をとる三人。

 

 一刀の作った弁当をみんなでつまみながらそれぞれのおかずを品評しあう。

 

 そんな風に過ごしていると、桔梗がふと何かに気付いた表情を浮かべた。

 

「? どうかしたの桔梗」

 

 紫苑の問い掛けに桔梗は「うむ」とだけ答え、クイッと首を僅かに動かし、窓の外を見ろとジェスチャーをする。

 

 それに従い紫苑は後ろを振り向き、箸を口に入れたままの祭も窓の外を見る。

 

 三人の視線に映ったのは、学園の庭に植えてある桜の木の傍で立っている一組の男女で、共に聖フランチェスカ学園の制服を身に纏っている学生であった。

 

 男子生徒は少し恥ずかしそうに後ろ髪に手を添えて頭を少し掻き、女の子は俯いてモジモジとしている。

 

 誰が見てもそれは、学園生活における生徒達の大イベントのひとつである告白タイムの一幕であった。

 

「あらあら」

 

 紫苑はふたりの生徒を教諭として暖かく見守り、対して祭はピクリと不機嫌そうに眉を顰める。

 

 何故なら、問題の男子生徒が自分の甥である一刀であったからだ。

 

「……」

 

 桔梗は何も言わず、既に視線を弁当箱に戻し、食事を再開していた。

 

 まるで、結果など興味が無い――いや、知っていると言わんばかりの態度である。

 

 学園の教諭達から見られているとも気付かず、一刀と女子生徒は何やら会話を続けていた。

 

 もちろん会話の内容は祭達には届かない。だが、女子の態度を見れば、一刀に好意を持っている事が窺い知れた。

 

 そして、女の子が手紙を一刀にズイッと差し出したのである。

 

「ふんっ」

 

 祭はそれ以上、見ていられないとばかりに不機嫌な表情で弁当を凄い勢いで胃の中にかきこむのであった。

 

「まったくしょうがない人ね。どっちが保護者なんだが――」

 

「なんか言うたか紫苑っ!」

 

 口に入れたごはんをすこし飛ばしながら、子供のように癇癪を起こす祭。

 

 そんな同僚達を横目に桔梗は、熱いお茶を「ズズッ」と啜る。

 

(……祭の機嫌がここまでナナメとなると――今夜は昨日より大変じゃぞ一刀)

 

 同僚の甥に心の中で同情する桔梗であった。

 

 

 

 部活を終えて家に戻った一刀は、後から帰って来るであろう祭の為に風呂を準備し、夕食の支度を手早く整えた。何だかんだで祭の笑顔が大好きな一刀は、少しでも叔母に喜んで貰う為についつい頑張ってしまうのである。

 

 家事を一通り終えてから自分の部屋で学園から出された課題の後に明日の予習をしている時に祭が帰った来た。

 

 二階から降りて玄関に向かうと祭の背中が見えた。

 

「おかえり祭さん」

 

「――うむ。今、帰ったぞ」

 

「お風呂とごはんは、どうする?」

 

「……酒が飲みたい」

 

「ええっ!」

 

 祭の言葉に一刀は驚きの声をあげる。

 

「昨日もあれだけ、桔梗さんと飲んだばかりじゃないか」

 

 一刀の窘めるような口調にハイヒールを脱ぎ、彼に向き直った祭はまるで子供のような表情で拗ねる。

 

「だって、仕事で疲れたんじゃもん」

 

「疲れたんじゃもんって――はぁ」

 

 どこかしら不機嫌そうな祭の態度に折れ、一刀は渋々台所に向かう。

 

 とりあえず、準備していた夕飯を温め直していると待ちきれないのか祭がひょっこりと顔を出してきた。

 

「まずは、少しでもごはんを食べて。お酒はそれから――って、祭さんそれは調理酒だって!」

 

「む? 匂いが同じじゃから――お、おい何をするんじゃ!」

 

 一刀はそのまま祭を台所から追い出す。

 

「すぐに持っていくから大人しく待っててよ!」

 

 程なくして、一刀は祭の許へ温め直した夕食を運び、彼女の要望通り純米大吟醸の日本酒を用意した。

 

「おっ! さすが一刀。わかっとるの~」

 

 何となく祭の機嫌が優れない事を察した一刀は家に現在ある中で良い日本酒を選んだのである。

 

 まあ、実際の所、祭のお金で買ったものなので一刀の懐は傷まないのだが。

 

「明日に支障が出でも困るから今日はこれだけだよ祭さん」

 

「うむ、うむ。わかっておる」

 

 コップを上機嫌で差し出してくる祭に一刀は溜め息を吐きながらも酌をする。

 

 そして、一刀の用意した夕食も食べ、一刀に注いで貰いながら残りの酒を飲んでいる中、祭は少し口ごもりながらも一刀に話し掛けた。

 

「あーなんじゃ、その一刀」

 

「ん?言っとくけど本当にこれ以上は駄目だよ」

 

「そうか、やっぱり――酒の話ではないわっ!」

 

 一刀に機先を制された上、流されかけた祭は、半ば叫ぶ形で思い留まる。

 

 コホン。と咳払いを一つして祭は再び一刀に向き直る。

 

「その、あれだ。お主、今日の昼休みに女子から手紙を貰っておっただろう?」

 

 祭の思いがけない言葉に一刀は自分の飲んでいたジュースを吐きそうになる。

 

「――って、祭さん。なんでそれを知っているの!?」

 

 慌てた様子の一刀を少し不満げに感じながら祭は手で発言を制す。

 

「で、どう返事したのじゃ? 考えてみれば一刀も年頃。儂の中では、いずれ劉三姉妹の誰かとくっつくと思うとったが――」

 

 実は昼休みが終わる前に桔梗と紫苑に釘を刺され、祭は動揺しまくって午後の授業に支障が出るほどに気になっていたのであるが。

 

 少し目を細めてじっと甥の反応を見る祭。

 

「あの子の告白なら断ったよ。まあ、可愛い子だったから少しもったいないかなと思ったけど」

 

 一刀の口から意外な答えが出た事に目を丸くして驚く祭。

 

 そんな祭に一刀は何も答えず苦笑を少し浮かべて、酒ビンを持ち彼女に差し出す。

 

 一刀の酌を受ける祭。

 

 酒に口を付けながら祭は、心の中で一刀の答えを落ち着いて反芻し、自分の心が落ち着くのを感じていた。

 

(桔梗と紫苑が言っておった通り、儂は一刀が他人にとられるのを嫉妬していたのじゃな)

 

 そう考えながら祭は愛しい甥の横顔を見る。

 

(……何れ一刀も大人になり儂の許を離れるであろう。それが自然。そしてこの『家族ごっこ』は終わる)

 

 祭は、そこまで思考を巡らせて数年後の未来を想像して寂しさを感じていた。

 

「―― 一刀」

 

「ん?」

 

 祭は酒の残っているコップを机の上に置き一刀に対してこっち来いと手招いた。

 

「どうかしたの――」

 

 素直に近付いてきた一刀の腕をとり強引に自分の胸の中に抱き寄せる祭。

 

「さ、祭さん!?」

 

 一刀は突然、祭に抱き寄せられた事に驚きと恥ずかしさで顔を真っ赤にさせる。

 

「――こうしてお主を母代わりとして抱きしめてやれるのは何時までになるかの?」

 

 そしてさらにギュッと一刀を抱きしめる祭。

 

「……祭さん」

 

 いつもと様子が違う祭に一刀は戸惑いながらも、久方振りに祭に甘えて身を委ねた。

 

 両親が亡くなった後に突如現れて、自分の為に親族と縁を切ってまで、家族としての温もりを与えてくれた。

 

 そして、今もこうして自分を抱いてくれて、良い香りと包み込んでくれる暖かい身体。そして、アルコールの匂いを纏ったもうひとりの母親。 それが一刀にとっての祭である。

 

「大丈夫だよ。祭さん――俺達はこれからさきもずっと家族だから。て言うか、祭さんと離れるなんて考えられない」

 

「―― 一刀」

 

 祭の表情が驚きへと変わる。

 

「――だってこんな飲んだくれで、行き遅れ確実の祭さんの面倒が見れるの俺しかいないしね」

 

 まあ、ここで恥ずかしがって素直になれず、冗談を言うあたりが、まだまだ経験が足りない一刀である。

 

「お主という奴は――よかろう! 儂の女としての魅力をその身でたっぷりと堪能させてお主を儂の色香でメロメロやるわっ!」

 

「ちょっ! 祭さん! 俺は貴女の甥っ子だからそれは色々とマズイって!」

 

「問答無用じゃ! この馬鹿モンが――!」

 

「ギャースッ――!」   

 

 この日二度目の一刀の断末魔が夜の住宅街に響き渡るのであった――

 

 

 

 終劇

 

 
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