No.221883

真・恋姫†無双~恋と共に~ 番外編 そのに

一郎太さん

反省。番外編その2

2011-06-10 22:03:51 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:11830   閲覧ユーザー数:7455

 

 

番外編 そのに

 

 

冥琳から受けた傷もとうの昔には癒え、俺は一人、雪蓮の城の中庭に佇んでいた。恋は明命と一緒に猫と戯れに街へと出かけ、風は冥琳や穏と智略や政について論議を交わしているのを、先ほど食堂の前を通った時に見かけた。香は祭さんと甘寧に連れられて、2対1の鍛錬と称したリベンジを受けているらしい。

で、俺はというと――――――。

 

「はっ!………ふっ!」

 

独り中庭で、野太刀を構えては振り、構えを変えては振りを繰り返していた。

 

「………なかなか難しいものだな」

「何が?」

 

俺の独白に返ってくる声。そのきれいな声は背後から聞こえてきたが、振り返るまでもない。

 

「―――雪蓮か」

 

後ろに立っていたのは城の主その人・孫伯符であった。その手には酒の徳利と2つの杯が握られ、どうやら飲む相手を探していたらしい事が窺える。

 

「鍛錬……にしては悩んでいたようだけど、何か問題でもあるのかしら?」

「あぁ…少し行き詰っていてね………」

 

俺が弱音を吐くのも珍しいのか、その言葉に雪蓮は意外そうな顔をし、次いで格好の獲物を見つけたかのようにニンマリと笑うと、俺の首に腕を回してきた。

 

「あらあら、一刀ったら。何を悩んでいるの?お姉さんに相談してみない?」

「ちょっ、苦しい!息できないからっ!」

 

俺の顔はその巨大な双丘に埋もれ、満足に息を吸う事もできない。どうして呉の女性はこうデカイのばかりなのだろうか。そんな思考が頭をよぎったが、考えてみれば、明命とか亞莎とかはそうでもないな。酸素の欠乏により清廉潔白公明正大な俺の脳は、普段と別の方向に思考を流し………そしてようやく解放される。

 

「あー…空気って美味いんだな………」

「何言ってるのよ。それで、何を悩んでいたの?」

「あぁ。その事なんだけど―――」

 

俺はひと呼吸おいて、口を再度開いた。

 

「―――俺にも奥義みたいなの、ないかなぁ、って」

 

 

 

 

 

 

俺の言葉に雪蓮は再度意外そうな顔をする。

 

「一刀がやっている剣術って、そういうのないの?」

「いや、なくはなんだけど………」

 

俺は雪蓮の質問に答える為に、庭の片隅にある腰くらいまでの高さの岩へと向かう。

重心を低くし、左に野太刀を構え、右手は軽く開いて柄にあて、そして―――

 

「―――はぁっ!」

 

―――思い切り振り抜いた。

 

ズ…ズズ………ズズズゥゥン………………

 

重たい音と共に、その岩の上半分が地面へとずり落ちた。

 

「この程度しかできないんだよなぁ………って、どうした、雪蓮?」

 

振り返れば、雪蓮は口をぽかんと開き、目を真ん丸に見開いていた。何度か彼女の顔の前で手を振っていると、ようやく彼女の意識が戻ってくる。

 

「え、何、いまの………?」

「居合いだよ。剣速を極限まで高めて、物体を斬る。昔の達人だと、相手は斬られた事にも気付かないとか」

「ちょっと、何よそれ!?なんでこんなに斬り口がきれいなの?あたしや祭にだって岩を破壊する事はできるけど、それでも叩き割るくらいよ」

 

考えてみればそうだ。こちらの武将が使う武器は日本刀とは異なり、斬るというよりは、叩き割ったり、押し潰したりすることに特化している。一番近いのが明命の魂切だが、一度見せてもらった限りでは、日本刀ほどの切れ味はないようだった。

 

「まぁ、これは武器の違いもあるからな。でも………この程度じゃ駄目なんだよ」

 

俺の言葉に、何故か雪蓮は優しげな笑みを浮かべた。

 

「そう…貴方が目指す高みは、この程度じゃないって事ね。あたし達よりもずっと高い場所に立っているというのに、貴方が見据えているのはさらにその先………。勝てる気がしないわね、まったく」

 

そう言って苦笑する彼女に、俺は言葉を返す。

 

「あぁ、その通りだ。この程度じゃ全然駄目なんだよ」

「流石ね………やっぱり、一刀って――――――」

「俺は………俺はもっとこう、ドカーンと派手な必殺技が欲しいんだよ!!」

「一刀って―――って………はぁ?」

 

苦笑していたと思ったら、今度はまた眼を丸くしている。なかなか忙しい女だな、雪蓮も。

 

 

 

 

 

 

「だからさぁ、皆みたいな奥義が欲しいわけ。例えば雪蓮の『孫呉の大号令』とか冥琳の『赤壁の大火炎』みたいなアレだよ。ゲージを溜めれば一気に2万とか3万とか兵を倒せる必殺技がさぁ!だいたい―――」

「ちょ、待って待って!?貴方いきなり何言いだしてるのよ!何よ、『孫呉の大号令』って!?」

「なんだ、知らないのか?あれか?一から説明しないと駄目なのか?」

「………#」

 

無知な女だ。だがこんなのでも俺の友達だからな。仕方がない。

 

「いいか?『孫呉の大号令』ってのは、雪蓮の必殺技なんだよ。これを使えば敵の3割近くを倒せるうえに味方の攻撃力は上がり、なおかつしばらくは一度に通常の倍の敵を倒せるんだ」

「………マジ?」

「マジマジ!本気と書いてマジ!今度やってみなよ。かなり爽快だからさぁ」

「それを早く教えなさいよ!そんな事ができるんなら、袁術ちゃんからの独立ももっと早くに出来るかもしれないのに!」

「わかったわかった。じゃぁ、雪蓮の奥義の使い方を教えるから」

「待ってました!」

 

目がマジな雪蓮に若干ひきながらも、俺は彼女の奥義の発動方法を教えてやる。

 

「いいか?『孫呉の大号令』というからには、呉の兵すべてがいつも以上の気概を見せる必要がある」

「ふむふむ」

 

雪蓮は胸元から取り出した筆の先をペロリと舐めて湿らせると、同じく胸元から出した通常のものより小さめの竹簡にメモを取る。後で手を突っ込んでみよう。

 

「つまりは、それだけの動機が必要なわけだ。もちろん彼らにとって独立の為という理由は十分な動機にはなるが、それだけではいつもと変わらない」

「そうよね」

「で、ここで重要になってくるのが『孫呉の』という部分だ」

「えぇ」

「孫呉の支柱は、言うまでもなく雪蓮だ。だから雪蓮がその発動のキー………重要なカギになるのはわかるな?」

「そうね」

「で、ここからが本番だ。雪蓮が最終奥義を使う為の条件は一つ。それは………」

「………それは?」

「それは、雪蓮が毒矢を受け、戦が終われば死んでしまうという状況が必要なんだ」

「………………は?」

「自分たちが忠誠を誓った主が死んでしまう。その敵を滅ぼさんが為に、兵達は義と憤怒に駆られ、いつも以上の士気を得るわけだ」

「………………」

 

気付けば雪蓮の返事が聞こえない。なるほど。どうやら自分の可能性を知り、感動に打ち震えているに違いない。

 

「どうだ?やってみたくなる―――」

「ふんっ!」

「―――だばぁっ!?」

 

俺の言葉が最後まで発せられることはなかった。薄れゆく視界の中で、雪蓮が肩を怒らせて宮中へと戻っていく後ろ姿が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、食堂にて―――。

 

にゅふふ、今度は風の番です。番外編に入ってからおにーさんはキャラが崩壊してしまいましたから、風が頑張らなければー。

という訳で、ただいま風は食堂にて冥琳さんと穏さんと一緒に話に華を咲かせています。あぁ、真名は先日交換いたしました。さすがおにーさんと恋ちゃんのお友達なだけあります。皆気概もよく、また軍師の方々に至ってはその智は稟ちゃんや桂花ちゃん、それに詠ちゃんに勝るとも劣らない実力の持ち主ですから。………ま、風には勝てないでしょうけどー。胸にばかり栄養がいっているおっぱいお化けさんには負けるつもりはありませんので。………え、ねねちゃんですか?ねねちゃんは全体的に栄養が足りてないので論外です。

 

「それでぇ、前々から聞こうと思ったのですが―――」

 

おっと、人の独白に割り込むとはやはり少し栄養が足りていないようですねー、この巨乳魔人さんは。でも風は優しいので、そんな事はおくびにも出さずに穏ちゃんに返事をするのです。

 

「はいはい、なんですか?」

「前に一刀さん達がいた時は恋ちゃんと恋仲だったのですが、風ちゃんとはどうなのですかぁ?」

 

おっと、風の傷を抉るようなこの質問。ですが負けません。

 

「これ、穏。そのような事を聞くのはいささか礼を失するのではないか?」

「まぁまぁ、冥琳さん………穏ちゃん、聞きたいですか?」

「はい~」

 

そして冥琳さんも素直ではありませんねー。興味津々だという事がまるわかりですよ。

 

「にゅふふ。恋ちゃんが正室で、風は側室第一号なのですよー」

「なっ!?」

 

やはり冥琳さんが先に反応するのですね。そのようでは、軍師は務まりませんよ?

 

「でもでも~、一刀さんは恋ちゃん一筋でしたし、本当なんですかぁ?」

「恋ちゃんに聞いてくださってもかまいませんのでー。にゅふふ、どうやらお二人よりも風の方が先んじているようです」

 

穏ちゃんは食い下がってきますねー。普段からのほほんとしてますが、戦でもこんな感じなのでしょうか?でも冥琳さんの表情には影が落ちているのでよしとしましょう。………ブツブツ言っている姿は少し気味が悪いですが。

まぁ、こんな冥琳さんは放っておくとして、入り口のところでこちらをじっと窺っている女の子に声でもかけましょうか。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、それはいいとして………そこのお嬢ちゃんは何をしているのでしょー?」

「あの、穏様に頼まれていた資料を…部屋にいらっしゃらなかったので、その……………」

 

入ってきたのは亞莎ちゃんでした。

 

「あららぁ、すっかり忘れてしまっていました~」

「穏様ぁぁ……」

 

悪びれもせずに言う穏ちゃん。やはりおっぱいに栄養が行き過ぎではないでしょうか。

 

「その…先ほどお部屋に伺えばいらっしゃらなかったですし、机の上にはまだ手付かずの竹簡がありました。もしかしてさぼっていらっしゃるのですか?」

 

おっと、亞莎ちゃんの声音が少しずつ低くなっていますね。これはよくない兆しです。

 

「あ、あはは……そろそろ休憩も終えようと思っていたんですよ………」

「………本当ですか?」

 

相変わらず真面目ちゃんですねー。先日おにーさんに虐められていたのが嘘のようです。

 

「勿論じゃないですかぁ。さっ、それじゃお先に失礼しますね。冥琳様、風ちゃん」

「ごゆっくりー」

 

風と冥琳さんに見送られて、穏ちゃんが亞莎ちゃんに引っ張られて出て行っちゃいました。ちょっと怖かったですねー。

そんな風に怯えを隠して飴を舐めていると、冥琳さんが声をかけてきました。

 

 

 

 

 

 

「さて、話は変わるのだが………」

「はい、なんでしょー?」

 

おっと、どうやら真面目な内容をするみたいです。冥琳さんは眼鏡を直し、口を開きます。

 

「………風は、この国の行く末をどう見る?」

「冥琳さんの言う国がどちらを指すのかわかりませんね」

 

果たして呉の事か、あるいは漢か………予想はつきますけど。

 

「無論、漢王朝だ」

 

お、はっきり言いますね。さて、何と答えればいいのやら。

 

「大きく分けて、2通りの未来が待っていると思います」

「ほぅ……?」

 

真面目な冥琳さんは少し怖いです。ですが風も怯えたりなんてしてあげません。

 

「まずは、このまま漢王朝として続く場合です。雪蓮さんや華琳さん………曹操さんです。それに董卓さんがご存命のうちは、上手く治まるでしょう」

「………」

「袁紹さんや袁術さんが少し心配ですが、おにーさんの影響もあってか、少しずつ噂も変わってきています」

「………それは実感している。袁術の無茶な要請が減ったどころか、南陽の街もだいぶ落ち着いて来たらしい」

 

その通りです。

 

「ですが、その治世の能臣が上手く政を行ったとしても、次代がそうとは限りません」

「いずれは、黄巾の乱のような事が起きる………という訳か」

「でしょうねー。まぁ、風は死んでしまうその時までゆっくりお昼寝でもして過ごせればいいので、どうなろうが知った事ではありませんがー」

 

ちょっとカマをかけてみました。さて、冥琳さんの返答や如何に。

 

「………嘘だな」

 

あらら、バレバレのようですね。

 

「嘘という根拠は?」

「短い付き合いだが、風の人間も少しはわかってきた。反董卓連合の時に、お前の策も嫌という程味わっているしな」

「………参考までに、冥琳さんから見た風は、どのような人間なのでしょうか?」

「簡単な事だよ。ひねくれ者で、嘘吐きで………それでいて、一途な女だ」

「なかなか酷い事を言いますね、このおねーさんは」

 

風ほど正直な人間もいないというのに。あれですよ?風は近所でも『あの子の正直さの右に出る者はいない』と評判だった女の子なのですよ?

 

「そうむくれるな。だが…当たらずとも遠からず、ではないか?」

「………今回は冥琳さんに華を持たせてあげます。それで、先ほどの嘘というのは?」

「簡単な事だ。ひょっとしたら、本当に風はどうでもいいと思っているのかもしれないが………あいつに関しては違うだろう?」

 

さて、冥琳さんの言う『あいつ』とはいったいどなたの事でしょう。

 

「お前なら、そうだな………100年後にこの国がどうなっていようが関係はないが、あいつの功績を残してやりたい、とは思うのではないか?」

「………………」

「『天の御遣い』としてこの大陸に降り立ち、万夫不当の武を持ち、またその智も優れた傑物。そんな存在が、100年先の未来で霞んでしまう事を是としない………違うか?」

 

ふむ…どうやら風は、冥琳さんを見誤っていたみたいです。

 

「………風は優しいので、否定はしないであげるのですよー」

「そうか。お前も案外わかりやすいな」

「………………」

 

一言多いです。あれですか。持たざる者への優越というあれですか。

 

「だからむくれるな。それで、先にお前が言った2つ目の未来はどうなんだ?」

「………………風が優しいのは1度だけなのですよー。そんなに頭がいい冥琳さんなら、わかると思いますが」

「くくっ、そうだな。そういう事にしておこうか」

 

やはり呉の筆頭軍師の名は伊達じゃないです。さて、どこまで風の考えと重なっているのやら。

 

 

 

 

 

 

さて、俺のターンに戻ろうか。

 

雪蓮たちと再会してから2日後、俺はひとり街を歩いていた。恋は昨日の祭さんとの勝負の報酬で、昼飯を奢ってもらているらしい。風は穏と将棋をしていたのをさきほど四阿で見かけ、その四阿の面した中庭では、香が甘寧と明命を相手に鍛錬をしていた。

城にいたら冥琳や雪蓮に捕まる事は眼に見えていたので、俺はこうして逃げ出したわけだ。

 

「それにしても、俺が前にいた頃よりずいぶん変わっているな………」

 

長沙の街に戻ってきたその日にも感じた事だが、以前恋と2人で訪れていた時と比べて、その街並みは一変していた。前は少し狭いように感じた通りは主要な通りのいくつかだけではあるが、しっかりと整備されていたし、また冥琳に教えた警備兵の詰所も等間隔で設けられている。

 

近くの店で肉まんをいくつか手に入れた俺は、そのまま目的地を設定することもなく、街を歩いていた。食事処だけでなく服や装飾品の店も結構見受けられた。嗜好品が売られているという事は、それだけ街の経済が活発だという事だ。冥琳や穏の功績を内心湛えながら歩いていると、ふと、見知った後ろ姿を見つけた。

 

「あれは確か………」

 

初日にストーカー容疑で逮捕された少女が、そこにはいた。あの時は俺達の勢いに飲まれておどおどしっ放しだったが、意外と真面目な性格らしい。

 

「………暇だし後をつけてみるか」

 

同じ容疑で逮捕した癖に、この発言である。ギャグパートだから気にしないでくれ。

 

俺は、通りを歩いていく亞莎の後を、こっそりと追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

「おっ、本屋に入るのか………」

 

さすが軍師見習いなだけある。武官あがりな分、まだ乏しい経験を勉強で補おうつもりなのだろう。

 

「ま、いっか」

 

そんな細かい事はどうでもいい。とにかく俺は暇なのだ。俺は気配を殺しつつ、彼女の後を追って本屋に足を踏み入れた。

 

 

「さて、やはり兵法書とか買うのか?」

「―――♪―――♪♪」

 

よほど本が好きらしい。彼女の鼻歌がこちらまで聞こえてくる。

だがしかし、亞莎は俺の予想を裏切って兵法書や歴史書の棚をまっすぐ通り過ぎ、一番奥まったところにある棚の前で立ち止まった。

 

「……ですね………おっ、これは………………」

「何を読んでいるんだ?」

 

僅かに届く声には、ここからでも分かるくらい喜びが滲み出ている。これ以上観察しても詰まらない。俺は意を決して、彼女に話しかけた。

 

「よっ、何読んでるんだ?」

「ひぅっ………ほ、一刀様っ!?」

 

そんなに驚かせたか?

 

「おいおい、そんなに驚かなくてもいいだろう?で、何読んで――――――」

 

言葉が詰まる。………なんだこれは?

 

「あの、そのっ、これは違うんです!そうじゃないんですぅ………」

 

はたしてそこに陳列されていたのは………。

 

『本邦初公開!いま流行りの房中術』

『気になる殿方の落とし方~夜伽編~』

『夜の一騎打ち百選~☆彼の武器は偃月刀☆~』

 

ふむ。どうやら以前風が読んでいたアレと同類の書らしい。………まぁ、彼女も年頃の女性だし、こういう事に興味が湧くのもわかる。そこまで慌てなくてもいいのにな。今後とも彼女と友好を続けていくうえで、一歩引いた態度を見せるのも悪いだろう。俺は顔を真っ赤にしたままの少女の頭を撫でてやった。

 

「はわっ!?」

「そんなにビクビクするな。城の皆には秘密にしておいてやるから」

「………へ?」

「亞莎年頃の女の子だもんな。こういう事に興味を持つのは悪い事じゃない。しっかり勉強して、いつか必要になった時に役立たせればいいさ」

「うぅぅ……一刀様ぁ………………」

「でも皆にはバレないようにしろよ?」

 

そう言って笑いかけてやると、亞莎は心底ほっとした顔でありがとうございますと返してくる。どうやらこの対応で正解だったらしい。

 

「それにしても、こういう書って人気があるんだな。店の一角を丸々占めてるなんて」

「そうですね。でもやはり、女性が力を持っている事に関係してくるのだと思います」

「へぇ?」

 

おっと、彼女の琴線に触れてしまったらしい。軍師というのは皆、考察が好きなのだろう。

 

「智にしても武にしても男性より優れている女性ですが、やはりその…夜伽の方は殿方に攻められるというのが通説です。力を持つという事は、それだけ自尊心も高いという事ですから、どのように対応すればわからない人も大勢いるのではないでしょうか?」

「どういう事だ?」

「はい。普段は男性を従えている女性ですが、夜は自分の弱さを出すわけです。それだけ緊張してしまうものなのではないでしょうか」

「なるほど………」

 

おもしろい解釈だ。女性の感度は男の数倍と聞いた事がある。よほど特殊な性癖でない限り、夜は男が女を負かせてしまう事も多いのだろう。そんな風に考えた事はなかったよ。

 

「なかなか面白い推察だな。それで、亞莎はどんな本を読んでいるんだ?」

「あっ!?」

 

俺は彼女が開いていた本を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

『あ…兄上、そこは駄目じゃ………』

『どうして?』

『そこは………ひぅっ!?』

 『―――男は少女の柔肌に舌を這わせる。少女はいまだ女性と表現するには抵抗のある身体つきだが、本能には抗えない』

『ほら、ここなんてどうだ?』

『ぁっ、ぁに、兄上っ、変なのじゃ………身体が、熱くて………ひぁっ!』

『いいんだよ。そのまま身を任せて………』

 『少女の中に、かつて存在しえなかった感覚が沸き起こる。混乱する頭の中で、それが嫌悪感を催すものではない事だけが理解できる』

『兄上……』

『違うだろ?いまは義兄妹じゃなくて、ただの男と女だ。なんて呼べばいいんだった?』

『………か、かずとぉ』

 『少女の名を呼ぶ声に、男はニヤリと口角を上げると、ついにはその禁断の扉を――――――』

 

「なんじゃこりゃぁぁああああっ!?」

「ひゃぁっ!?」

 

俺の叫びに店内の視線が集中するが、そんな事は気にならない。そんな事より、なんだこれ!?なんで俺の名前が出てるんだ!?いや待てっ、ただ登場人物の名前が同じなだけの官能小説かも知れない。

俺は亞莎から本を奪い取り、その表紙に目を追わせた。

 

『御遣いと天子~禁断の愛~』

 

「………………」

「………あの、一刀様?」

 

亞莎が怯えながらも、俺の顔色を窺う。だが、俺の視線は、タイトル………ではなく、その作者に釘づけだった。

 

『御遣いと天子~禁断の愛~ 著:つくよみ』

 

「………つく、よみ」

「あの………」

「………つくよみ」

「大丈夫、ですか…?」

「月、詠み………」

「北郷さん?」

「月、詠………」

「あのぉ………」

「あいつらかぁぁぁぁあああああぁあぁあああっ!!」

 

再度、俺の叫びが店内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

俺は亞莎が立っている棚の書物のタイトル目を通す。

 

『御遣いと天子~出会い~』

『御遣いと天子~凌辱編』

『御遣いと天子~月が詠うは泥の愛~』

『御遣いと天子~雄々しき華の略奪~』

 

何やってんだ、あいつらは。こんな本を書く暇があれば仕事をしやがれ。大体なんだ、3冊目のサブタイトルは!?文字から察するに、月と詠が混じってきてるぞ?てか4冊目なんて略奪愛になってるし!?

 

「亞莎は………」

「はひっ……何でしょう………?」

「亞莎は、この本好きなのか?」

「………………………………………………………………………はい」

 

俺の問いに、彼女は真っ赤になって返す。

 

「でも、あの、気を落とさないでくださいっ!」

「………なんで?」

「この本だけは城の皆にも人気なんです。侍女もほとんどの人がこの連作を読んでますし、城の重鎮の方々にも愛読されている方が大勢いらっしゃいますので!」

「………マジ?」

「はい、大マジです。だから、北郷さんは皆の人気者なんですよ!だから、そう気を落とさないでください」

 

いや、それは慰めになってないから………って待て。

 

「城の重鎮も、って言ったか?」

「はい、言いましたが………」

「………ちなみに、誰?」

「えぇと…本が嫌いな雪蓮様は読んでらっしゃいませんが、文官だと冥琳様に穏様ですね。武官だと、祭様も先日借りに来ました。あと本人はバレてないと思っているようですが、思春様も好んで読まれてます」

「………ほとんどじゃねぇか!」

 

なんてこった。あの城のほとんどの人間は、脳内に虫が湧いているらしい。そろそろこの街も出ようかな………。

 

「………それにしても、こんな書物を書いて国家反逆罪とかで捕まったりしないのか?」

 

俺はひとりごちて何気なく手に持った本を裏返す。はたしてそこには――――――。

 

『監修・すかい』

 

「………す、か…い?」

 

その時、俺に電流が走る。………ではなくて。そういえばこんな事もあったな。

 

 

それはまだ遷都の準備中の出来事だった。義兄妹の契りを交わしてから毎日、一刀は時間を見つけては空の部屋を訪れていた。天の国の話や一刀の昔話など、語られる事はたくさんあったが、その中で空が好むのは、言葉の話題だった。

 

「実際に五胡や鮮卑は言葉が違ってくるからの。それを学ぶのもまた、私は好きじゃ」

「そうか。空は勉強家だな」

 

そう言って義妹の頭を撫でてやると、いつものように目を細めてそれを享受する。

 

「俺の時代にも、やっぱりたくさんの言葉があってね。同じものを指すにしても、まったく違う言い方をするんだ」

「それは興味深いのぅ。例えばどんなのがあるのじゃ?」

「例えば、そうだなぁ………空の名前とか」

「むっ?人の名前を別の言い方で呼ぶのか?」

 

失礼な奴らじゃ!と少女は頬を膨らませる。

 

「そういう意味じゃないよ。空という字が意味するのは天、あるいは「そら」だろう?別の言語だと、例えば、空を指してskyなんて言う言語もあるんだ」

「…すかい?」

「あぁ。他にもたくさん呼び方があるんだよ」

「もっと聞かせてたも!」

「はいはい」

 

身を乗り出して話をせがむ義妹に、義兄は優しく話を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう事もあったな………」

 

そうか。空のやつ、ちゃんと俺との会話の内容を覚えてくれているんだな。小さな小さな義妹の成長が嬉しくて、思わず頬が緩む。

 

「………………て、アホかっ!!」

「ひぁあっ!!」

「え?なんで帝自ら監修しくさってんの!?百歩譲って俺とあいつがするのはいいとして、なんで寝取られてんの?帝が寝取られていいの!?」

「あの……その、えぇと…………」

 

もうやだ、この国………。

 

「………そう言えば、さっき孫権の名前が出て来なかったけど、彼女はこういう本を読まないの?」

「あぁ、蓮華様はどちらかというとコッチ系ですね」

 

俺の問いに、亞莎は棚の隅にあった本を引き出して渡してきた。

 

「なになに?………『新約・御遣いと天子』?さっきのとは違うのか?」

「読めばわかりますよ」

 

作者は相変わらず『月詠』だ。彼女の言葉に、俺は背筋に嫌な汗が流れるのを感じながらも本を開いた。

 

『ぁ、兄上、そんなのは駄目じゃ………』

『そんな事を言っても、ココはこんなに大きくなっているぞ?』

『ふぁっ……』

 『―――男は自分のそれと比べるとだいぶ小さな、それでいてしっかりと自己主張をするソレを握ると、優しく愛撫し始める』

『あ、ダメじゃ!兄上、朕たちは………』

『駄目だ………ほら、こうすると、気持ちいいだろう?』

 『弟の抵抗をいとも容易く抑え返すと、少年の背に覆いかぶさり―――』

 

「………………亞莎、さん?」

「なんでしょう?」

「孫権様は、こういう系が好きなのでしょうか?」

「はい。ご本人は隠していらっしゃるようですが、バレバレです」

「………………………」

 

すでにお気づきの方もいらっしゃると思うが、俺は孫権を真名では呼んでいない。たんにそこまで仲良くなっていないという訳ではなく、それどころか彼女とまともに会話もしていないからだ。廊下でばったり出会えば顔を赤くして逃げ出し、甘寧に頼まれて鍛錬に付き合おうとすればまったく集中していない。

実はものすごく嫌われているかとも思っていたが、ようやく合点がいった。おそらくだが、彼女は俺と会う度にこの本の内容を思い出し、俺を視姦し、脳内で凌辱の限りを尽くしているのだ。

 

「………………」

「………一刀様?」

 

亞莎が困ったように顔を覗きこむ。

 

「………亞莎」

「は、はいっ!」

 

おっと、思ったよりも声に殺気が籠っていたようだ。俺の声に彼女はビクっと震えると、わずかに後ずさりながら答えた。

 

「………城の皆によろしく言っておいてくれ」

「はいっ!?」

「悪いが、このような喪女の巣窟にこれ以上いたくない。俺はまた旅に出る事にする………」

「え、えぇぇええぇえっ!?」

「………じゃぁな」

 

俺はフラフラと覚束ない足取りで本屋を出ると、そのまま真っ直ぐ城に戻った。

 

 

 

 

 

 

「あ、おい、一刀っ!?ここの支払いは――――――」

「恋、行くぞ」

「……?………ん」

 

途中、祭さんと食事をしている恋を拾い――――――

 

「あ、一刀さん!お帰りなさい」

「おぉ、北郷か。ちょうどよかった。少し指南をしてもらいたい―――」

「―――はっ!」

「ぐ…がはっ…………」

「し、思春殿っ!?」

「香、行くぞ………」

「へ、え?えぇっ!?」

 

鍛錬を申し込んできた甘寧を一撃のもとに平伏させ――――――

 

「おや、おにーさんじゃないですか。風が恋しくなりましたか?」

「一刀か。ちょうど風との勝負が終わったところだ。お前も一局どうだ?」

「………………」

 

30分ほどかけて冥琳の本陣を極限まで追い込み―――――

 

「………………ありません」

「………風、来い」

「はいはいー」

 

ボロボロになった冥琳を放置して風を背中にしがみつかせ――――――

 

「あら、一刀じゃない。皆揃ってどうしたの?」

「雪蓮か。君だけがこの城での俺の友達だよ」

「へっ?なーに言ってるの…って、かかかかずとっ!?」

 

お酒を飲んでいた雪蓮を、涙を流しながら抱き締めると――――――

 

「世話になったよ。またいつか会おうな」

「おや、もう旅に戻るのですね。雪蓮さん、お世話になりましたー」

「えぇと、えぇと!えぇええっ!?」

「………雪蓮、また会う」

「………は?…ちょ、どういうこと!?」

 

――――――俺は3人を引き連れて、長沙の街を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

すみません。

書き直させていただきました。

 

とある方に指摘されて、内容を変えさせていただきました。

おそらくご想像の通りだと思います。

とはいえ、完全に一郎太に非がある為、このようにさせてもらいました。

 

大変申し訳ございませんでした。

 

 


 
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