「街の治安改善案か……」
「そうよ、あなたが願っていいた政務の懸案よ。それは下の文官の人から上がってきた初案だけど。あなたにはそれを完成させて欲しいわ」
「………」
チャラチャラと、彼は初案が書かれてある竹簡を見た。
初案と言っても、問題点に付いて述べただけで、詳細な改善策はない。
「<<パラパラ>>実務的な内容。だけど、重要だ。実務に動いている文官だからこそあげられる案たちが多い。将級の人材も有用だが、こういう中間管理職が充実していることもまた内政には良いだろう」
「で、どうかしら」
「何が?」
「その案よ。具体的にできるかしら」
「いや、正気か?」
「はい?」
チャラ
一刀は竹簡を私に返して言った。
「俺は街にちゃんと出てみたこともない。あんな問題点いくつ述べられたところで改善案が出せるはずがない」
「…では、あなたはどうするつもりかしら」
「一週間だ」
「それ以内に案を出せると」
「もし俺がここでいい案を出してくれなかったら、どうする?」
質問に質問で答えることがあまり気にいらなかったけど。
「その時はあなたを追い出すわ」
「………俺が本当にここに残るためにお前のためにいい案を出してあげると思っているんだな」
「……あなたは私に興味を持っているわ。あなたも私の興味答えてくれないと困るもの」
「……曹操孟徳、やはりあなたは中々興味深い人だ。その期待に答えるとしよう」
タッ
彼はそう言ってあの危うい姿勢の座り方からまた見る人を不安にする立ち方に戻った。
「一週間、その間俺がどこにいて何をするか構うな。俺はお前のために働く。それが重要だ」
「いいでしょう。一週間よ」
「一週間」
彼はそう言って私が残っている自分の部屋から姿を消した。
その夜。
「一刀が部屋にもどっていない?」
あいつ何してるのよ。
「城の中には恐らくいないかと。如何しましょう」
「…ほっときなさい。彼がやりたいようにさせればいいわ。どうせ一週間以内に案を出してくれないと、彼の部屋なんてなかったことになるでしょうから」
「それが……」
「…何?」
「彼の部屋の手紙にこういうものがありました」
秋蘭は私に竹簡を渡した。
それを開けてみると、
『帰ってきた時にはもっと広い部屋がいい。今の倍ぐらいで、寝台とかはなくていいから部屋の壁を全て黒板にするように』
「……いい度胸してるじゃない。分かっていたけど……」
「華琳さま、城の者たちの中からは彼について良くない噂も流ているようですが…」
「あら、能力があるものを私が重用することに不満があるというのかしら」
「彼にはまだ実績がありませんから」
「なら、その実績はもう直に出来るわ。これから誰も彼の寄行に文句を言えないほどね」
「はぁ………」
どうやら秋蘭もまた、私が一刀に対して寛大にしていることに不満があるようね。
「秋蘭、明日は街の警邏に回りなさい」
「はい?」
「他の仕事は後でいいわ。明日は警邏だけで構わないから、良く見てきなさい。彼がどういう人物かを…」
「…わかりました」
秋蘭SIDE
「華琳さまの気まぐれだとばかり思っていたが…まさかここまでなるとは思っていなかった」
華琳さまの命令通りに街の警邏を兼ねて北郷を探していたが、朝中回っても彼の姿はまだ見えない。
「こそ泥だーー!!」
「!」
泥棒か。
「ええい、退け退け!」
素早い動きで、泥棒は奪った財布を持って街のあっちこっちをくぐっていく。
街の警備隊が出動したが、あっちこっちに逃げまわる泥棒を捕まるに皆手間取っていた。
なによりも人手が足りなく、警備人たちの動きも鈍い。
あれでは、泥棒の方も余裕をぶってしまうだろう。
「あそこに樽が見えるだろ」
「!」
その時、横から姿を表した者が居た。
「あの樽は魚屋のもので、中には捌いて使わなくなった魚の内蔵や骨などが入ってある。たまに猫たちが落ちて大変なことになることもありそうで、強く封じて店の一隅に置くのだが、今日は何の訳が外にあるな」
「北郷!何故お主がここに居る」
「俺は警備隊に再就職してだな。今はあのこそ泥を捕まるために動いているわけだが……ああ、見えるか。あの屋根の上の猫」
「何を……」
「猫は樽を狙っているんだ。そして、こそ泥もまたあの樽を踏んで屋根の上に上がろうとするだろう。で、結果的には」
シャーーー!!!
「うわぁっ!!」
バカーーん!!
「キャーー!何!」
「うっ、くさっ!何の匂いだ」
「ほら、捕まえたぞ」
「うっ、生くさい。早く連れていけ」
逃げていたこそ泥の顔に運悪く猫が落ちて慌てたこそ泥は前にあった樽にぶつかって倒れて、樽は壊れて中の内蔵や骨が街の道に垂れ流れた。
「街が少しくさくなる問題点はあったが、目的は果たせたな」
「まさか、あの樽をあそこに置いたのが……」
「偶然の産物だ。俺がやったことはただ、あのこそ泥があそこに向かうように兵たちを動かせただけだ」
「何?」
警備隊の人たちが彼の言う事を聞いたというのか?
「俺の言う言葉に従うわけではない。街の道のりを計算して、また警備人たちがどのようにこそ泥を捕まろうとしているかを判断する。それを逆手にとって動くだけでも他の人たちの制限的合理的な判断を操ることが出来る。……兵卒一人が将の判断を紛らわすことが出来ると言ったら、きっとお前は信じないだろうけど、出来る。その兵卒が将よりも優秀であることが前提だがな」
「………一つだけ訊こう」
「なんなりと」
「何故敢えて樽を壊して街の人たちに迷惑になる方法で相手を捕まえたんだ?お前の言う通りなら他にもいい方法で相手を掴まえられたはずだ」
「理由は二つ。まずこの警備人たち、全く練度が低い。街の基本的な図が頭にない連中も多い。そんな状況じゃ、普通な方法では素早い泥棒を捕まえることなんてできない。だから、逆に、泥棒の動きを止める方法が必要だった」
「それで、あんな汚い方法を使ったというのか?」
「そうだ。またもう一つの理由は……」
「…何だ?」
「あの魚屋の人が随分とケチな人間でな。樽の中のものを猫たちに渡そうとしない。それであの辺りの猫たちが随分飢えていてな。それで……」
「…あ」
さっき樽が壊れたところを見ると、猫たちがあっちこっちから現れて魚の頭や内蔵を取っていった。
「猫も生きなくてはな」
彼はそこまで行って自分がやらかした状況をまとめるために他の警備人たちのところに向かった。
「……」
「ずっとこんなことをしていたのか?」
「こういうこと…とは?」
状況が大体まとまった後、私は北郷を呼び寄せてそう聞いた。
「孟徳は街の治安改善案を俺に頼んだ。が、報告書にある内容のみでは情報が少なさ過ぎた。だから、自分の脚で歩きながら情報を得る手段を取った。最初は警備隊の中に保管されてる報告書をすべて読んでみたが、この時代の報告書とやらはどうも俺が欲しがる情報は入ってなかった」
「それで、自分の足で歩きながら現状を探ったということか?」
「半分は合っている」
「半分?」
そこまで言って、彼は来ていた警備隊ようの装備を外した。時は昼過ぎで、一番暑い時期だった。
「たしかに警備隊の現状確認というものもある。が、俺が確かめたかったのは他にあった」
「何だ、それは?」
「この街自体の状況だ」
「?」
彼の言うことが少しわからなかった。
「今この街は、あまり計画的な拡張の仕方をとっていない。その中段々街の道のりが複雑になって、そのため警備のものたちも街の道がどうなっているかをちゃんと知っていなかった。これではいつの日になると、陳留の街は一度入ったら元あった場所に戻れない迷路になってしまうだろう」
「あ」
たしかに、最近華琳さまが治めるこの地域に賊があまりないせいか、人口の移動が激しくなっていた。そのため、街の拡張政策やらが現状に追いつかなくなり、その中街が勝手な形に拡張されたことがある。
とてもじゃないけど、人手がなりなく、それで彼にこの問題を頼んだこともあるが、この短い時間で、彼はその問題は発見したというのか。
「これなら、治安を維持するには、まず人の輸入を止める必要がある。まずはこれ以上人が増えることを止め、段々状況をまとめなければ…」
「それは駄目だ」
「……単に兵を増やすために?」
「………」
たしかにそれもある。
今の私たちの軍の数はまだ少ない。
兵を集めるには、それほどの人口の増加も必要だ。
この時期、陳留に来る人を止めることは、これ以上兵を増やすことが出来なくなることでもある。
「…まぁ、いいだろう」
「何?」
「そういうことは既に予想済みだった。どうせ、君たちは現状を知っていながらもその事のためにこの問題を見逃していたのだろう」
「……」
「だけど、この問題を今解けなければ、出口がない膿はいつか周りまで腐らせる。それを知らない君たちでもまたないと思うが」
「………」
とは言え、このことばかりは、なんとしても言い案が出れるものではなかった。
人を防ぐと言えば話は簡単だが、それではこの乱世の中、華琳さまの夢の叶う道が遠くなってしまう。
それだけは駄目だ。
「私は華琳さまの覇道を支えたい」
「………わかった、妙才」
「!」
「君のその盲目的な考え方は、いつか孟徳の覇道を防ぐことになりかねない」
「なっ!!」
「それもまた、曹孟徳の用兵次第と言ったところだが……こうなるとどうしても曹孟徳に付いてはもっと観察する必要がある」
シャキン!
彼の言葉には関係なく、私は彼の頭に矢を射ていた。
「今の話、訂正してもらう」
「……君のそのような考え方が、いつか孟徳の覇道の邪魔になる」
「まだ言うか!」
「君たちは主人の過ちを正すことが出来ない。故に、孟徳が間違った道を行って足を掬われると、自分の命を賭けて彼女を守るだろう」
「当然のことだ」
「だが、其の次も孟徳が同じ道を行けるとは考えにくい」
「!!」
「まだ孟徳についての情報は少ない。が、人間最初は強く始めるも、仲間を失えばその志は濁ってしまう。その時ただ盲目的に孟徳の志をしたがってばかりだったお前たちが、孟徳を助けることが出来るとは考えにくい」
「………」
「その矢で俺の頭を撃ちぬくことは構わない。でも、君に本当に孟徳を最後まで支えたいという気持ちがあるのなら、もっと柔軟に考えるべきだ。一面彼女の道に邪魔になりそうに見えても、実はその道決して遠回りではない。むしろ、近道にもなれる。それを考えることができないのなら、この先その口から孟徳を支えているとは言えないだろう」
「…………!」
さしゅっ!
矢は、北郷の頭から外れて地面を撃った。
「残った日は後わずかだ。もし結果がでなければ、貴様はこの軍から放り出されるだろう」
「………答える価値を感じないな」
「何?」
最後に俺を通り過ぎながら彼は言った。
「孟徳は俺の才に興味を持っていると言った。もし彼女が俺を放り出すとすれば、それは彼女の言った言葉が嘘だということ。だが、俺が知ってる限り、彼女の才ある者を好むという気持ちは本物だ
君のような家臣が彼女の側にいることがその証拠だ」
一週間後、
「この街ではいくつか興味深い状況が起きていたが、まず問題になるのは使われている警備人たちの質だ。ちゃんとした指揮体系が取られていないし、何よりもちゃんとしたマニュアル、状況に対しての定型化した対処法やらが具現されていない」
「それで、警備の人たちの質を上げる必要があるって」
「もちろん。まず警備人の質が上がらない決定的な理由は金にならないからだ。警備人の仕事は忙しく大変な上に収入が少ない。すくなくも今の倍はあげないと彼らが自らを成長させるアトラクション……彼らの成長を推奨することができない。だけど問題はまだある。この城が信じられないほど貧乏だということだ」
「貴様、華琳さまの街の治めが良くないというつもりか」
「少なくもこれは言える。警備人たちに与える金を増やさないと、街の治安改善なんて夢物語だ」
その後、北郷が出した改善案はとても難しいものであった。
だけど、不可能というものではなかった。
私や華琳さまは、彼の力量を試すために彼にこの政策の発案を頼んだが、こうなってみると本当に力量を試されているのは私たちの方になっていた。
「これより良い策ならいくらでも出せるが、これが現状にて一番の効果があると見た。これもできないとすれば、君たちの軍が俺の期待以下だということだ」
「貴様ー!」
「待ちなさい、春蘭!」
華琳さまは今でも北郷にかかろうとする姉者を止めた。
「秋蘭、北郷の案をどう思うかしら」
そして、私に意見を求めた。
さて、どう答えるべきか。
姉者があのように反対の色をだしている時、私も彼の案を否定的に見れば、この案は通るはずがない。
そして、北郷は軍から放り出されるだろう。
「北郷の案の通りだと、たしかに陳留の街は今よりはるかに発展する上、治安も改善することができると思います。ですが、これほどの政策を進めるにはそれほどいい人材も揃わなければなりません」
「で、私たちの軍では無理だと?」
「いいえ」
「?」
「北郷は我らの軍の先のことも見てこの策を練っています。これから、我が軍には華琳さまの覇道を支える人材たちが集まるでしょう。そうすれば、これほどの案、難しいものでもありません」
「そう……我らの現状だけでなく、この先の私たちの成長ぶりに備えた、長期的な案ということで」
「はい」
ふと、私が北郷を見ると、彼は驚いた顔で私を見ていた。
彼が何かをぶつぶつと言っていたが、聞こえなかった。
「いいでしょう。この案、あなたに任せるから、実行なさい。あなたを警備隊隊長に任ずる」
「了解した」
その後、北郷は正式に我が軍の一員となった。
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