No.221410

私の義妹の親友がこんなに可愛いわけがない ガールズトーク(前編)

pixivより転載。
これも8巻読む前に書いた作品です。
きっと引き伸ばしに掛かるだろうと思っていたので、原作ではなさそうな黒猫VSあやせたんのバトルの前編です

魔法少女まどか☆マギカ

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2011-06-08 00:06:31 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4019   閲覧ユーザー数:3583

私の義妹の親友がこんなに可愛いわけがない ガールズトーク(前編)

 

 

「おにいさんは桐乃を裏切り、悲しませ、あまつさえ泣かせました」

 先輩と一緒にスーパーまで出掛けた帰りに休憩にちょっと寄った小さな児童公園。

 その平和なはずの公園のブランコの前で私たちは絶体絶命の危機を迎えていた。

「半端な愛などないに等しいです。口先だけの偽善者の言葉なんて胸くそ悪いだけです」

 先輩があやせと呼んだモデル並に綺麗な少女(桐乃の話に拠れば確か実際にモデルをしているらしいのだけど)は鬼をも殺さんばかりの激しい怒りの眼光で先輩を睨んでいる。

 こんなに憎悪の篭った瞳を見たのは初めてのことかもしれない。人間風情の分際でやるじゃないと強がりたい所だけど私が口を挟める状況じゃない。

「妹のことが大好きだなんて大声で叫び、自己満足のエセ正義をもって私と桐乃の仲を取り持ったくせに……シスコンのおにいさんが彼女を作ってどうして妹を守れるんと言うんですかっ!?」

 あやせという娘は視線だけでなく口調も激しかった。

そしてその発した言葉にはどうしても捨て置けない部分があった。先輩が妹を愛してるってどういうことなのかしら?

 だけど今は先輩を問い詰めている場合じゃなかった。あやせの発する怒気、いいえ、殺気が無視するにはあまりにも危険過ぎた。

「おにいさんは忘れたのですか?」

「な、なな、何を、だ?」

 先輩は初めて口を挟んだ。でも、その口調は明らかに震えていた。歯がガタガタ震える音も隣に立つ私の所にまではっきりと聞こえて来た。先輩は心の奥底からあやせを恐れていた。

 そのあやせはバッグから巨大スタンガンを取り出し両手で構える。どう見ても違法としか思えない大型で重厚なそれは大きな剣の柄を連想させた。

 そしてあやせは一点の曇りもなく純粋に狂気の領域に達した瞳で私たちに言い放った。

「我(ウォー)・愛(アイ)・妹(キリノ)。それが私とおにいさんがただ一つ共有した真の正義だったはずです」

 黒髪の綺麗なモデル少女は元新撰組三番隊組長みたいな信条を口にした。

 でも確か桐乃の話に拠ればあやせはごく一般人でオタ文化の教養はなかったはず。

 すると自力で幕末最強の殺人剣客集団の信条に辿り着いたと言うのかしら?

 ……あの人斬りみたいなヤバい瞳ならそれに辿り着いても不思議はない気がする。

「お、俺はあやせとそんな正義を共有したつもりはない、ぞ……」

 先輩は私とあやせを交互に見ながら懸命に信条の共有を否定する。私への弁明とあやせへの恐れがよくわかる態度。顔なんか引き攣って歪な笑みが張り付いてしまっている。

 私は今まで随分色々な先輩を見てきた。けれど、あやせの前に立ってからの先輩は私の知る高坂京介とはまるで別人だった。

 私の先輩はどんなに格好悪いことをしている時でももっと年上の余裕に溢れていた。わかり易く言えば先輩はいつだって「兄さん」と呼べる態度を見せていた。

 なのにこのあやせという女は私には見せない先輩の別の面を引き出している。

 それが何だか腹立たしい。

 私はあやせに対してずっと抱いていたドロッとした暗い感情の正体にようやく気付きかけていた。

「今のおにいさんをこれ以上見ているのはもはや我慢がなりません」

「……あやせが何と言おうとそれでも俺は黒猫と別れるつもりはないし、桐乃へも今まで通りの接し方を続けるさ」

 先輩はそう言って私の肩に手を乗せた。

 その手は小刻みに震えていた。けれど、とても温かい。先輩の私への想いが感じられた。そして先輩の精一杯の男の意地を私は見た。

「……そうですか」

 あやせは目を瞑り、息を軽く吐いた。

「なら、おにいさんの全てを否定してあげます」

 そして腰を屈めて左手でスタンガンを持って肘を引き、右腕を照準器にするかのように前に伸ばした。

 スタンガンを水平に構えるあの左平刺突(ひらづき)は……牙突(がとつ)?

 人を殺す為に特化した剣術にあの娘は自力で辿り着いてしまったというの?

 でも、今考えるべきはあやせがどうやって牙突を会得したのかなどという問題ではなかった。私はもっと自分の身を守る方策を真剣に練るべきだったのだ。

「ブチ殺してあげますよっ!」

「瑠璃、危ないっ!」

「えっ?」

 あやせが弾丸のような突撃を仕掛けて来るのと先輩が両手で私を突き飛ばしたのはほぼ同時だった。

 私は先輩のおかげであやせの攻撃に巻き込まれることはなかった。

 けれど、先輩は……。

「先、輩……っ!?」

 先輩は、先輩は……

「京介…さん…………? 嫌ぁああああああああああぁっ!?」

 私の悲痛な公園に響き渡った。

 

 

 

私の義妹の親友がこんなに可愛いわけがない 美少女モデルとの遭遇

 

 

 先輩の彼女になって迎える初めてのゴールデンウィーク。

 とはいっても先輩と泊り掛けでどこか遠くに旅行に行ったり遊園地などに行ったりする予定はない。けれど基本的なインドアな私たちは先輩の部屋でまったりと私たちなりの連休を楽しんでいる。

 そして今日は桐乃が陸上部の大会とかで1日いない。先輩の御両親も出掛けていない。

 つまり今この家には私と先輩の2人きり。

 この状況下では恋人同士である先輩との間に何か起きてしまってもおかしくはない。

 いえ、私がそんな破廉恥なことを期待しているはずはない。ただ私は先輩の彼女として何が起きても困らないように準備を怠っていないだけ。先輩に恥を掻かせる訳にはいかないのよ。

そう。私が何かを望んでいるのではなく、先輩の若い劣情を想定して下準備しているに過ぎないのよ。

 朝お風呂でいつもより念入りに体を洗ったのも、いつもより念入りに下着を選んだのも(結局可愛らしさとセクシーさの融合ということで白のレースにした)、念入りに選んだ甘いりんごの香水を脇などに掛けて来たのも下心満載な先輩への対策に過ぎない。私はこれっぽっちも破廉恥なことを望んではいない。

 先輩が直前になって倫理がどうとか気にすることも想定して記載捺印済みの婚姻届も持って来ている。後は先輩が印鑑を押してくれさえすれば私はその瞬間から高坂瑠璃になる。

 正式な夫婦にさえなってしまえばヘタレに定評のある先輩も躊躇はなくなるだろう。

 まったく、彼氏の為にここまでしてあげるなんて私は彼女の鑑なんじゃないかなって自分で思ったりする。フフ。

 千葉の堕天聖と呼ばれた私が人間風情の恋愛にうつつを抜かすなんて変わったものね。

 千葉の堕天聖って呼び方を私以外の人間の口から聞いたことはないのだけど。

「なあ、黒猫……」

「な、何?」

 先輩が真剣な瞳でベッドの上に座っている私の顔を覗き込んで来た。

 これって、もしかして、キス、しようとしているのかしら?

 ど、どうしたら良いの?

 やっぱり、めっ、目を瞑った方が良いのかしら?

 それとも、私をベッドに押し倒してもっと凄いことをしようとしているとか?

 その場合、私はどうしたら良いの?

 まだ早いわって抵抗した方が良いの?

 それとも優しくしてって言いながら手で自分の両目を塞いだ方が良いの?

 もしくは私のことを一生大事にしてくれるか先輩の意思を確かめた方が良いの?

 頭の中は大混乱中。

 マスケラにはこんな場面はなかった。私の好きな他のアニメにもこんなシチュはない。

こんなことならスイーツにエロゲーを借りて勉強しておけば良かった。だけど今そんなことを思っても後の祭。後悔先に立たず。

 こうなったら先輩に全てを任せるしかない。

 身をガチガチにして緊張しながら先輩のアクションを待つ。

 どんな要求が来ても応えられるように心の準備だけはしっかりと整えておきながら。

 そして、先輩の出した答えは──

「昼飯の材料を一緒に買いに行かないか?」

「はぁ~。やっぱり、先輩は所詮先輩よね……」

 色気の欠片もない提案だった。

 思わず大きな溜め息を吐いてしまう。

 期待していたのにガッカリよ。男なら荒々しく唇を奪って押し倒すぐらいの甲斐性を見せてみなさいよ。この、ヘタレっ!

 いえ、決して私は破廉恥な展開を望んでいたワケではないのだけれど。

「そんな不貞腐れた表情してないで一緒にスーパー行こうぜ。で、上手い飯を作って御馳走してくれよ」

 先輩は手を合わせて拝んで来る。でも、そんな態度取られても嬉しくない。

「私は先輩の飯炊き女じゃないわよ」

 あからさまに頬を大きく膨らませて抗議の視線を送った。だけどそんな私に先輩は更に顔を近づけて耳元でそっと囁いた。

「そんなこと言わずに頼むよ……瑠璃」

「……………………もう。わかったわよ」

 先輩はずるい。

 時々不意打ちみたいに私のことを人間の名前で呼んでくる。

 そして私はその名前で呼ばれると恥ずかしくなって何も言い返せなくなってしまう。

 きっと今も私の顔は確認するまでもなく真っ赤になっているに違いない。

「じゃあ出掛けようぜ、瑠璃」

 先輩が私の手をそっと取る。

「はい……京介…さん」

 先輩の手を握り返しながら立ち上がる。

 先輩は本当にずるい。

 私の扱い方をもう熟知してしまっている。

 私の心の奥への踏み込み方を私以上によく知ってしまっている。

 あんまりずるいから悔しくてそっと胸に顔を埋めた。今の私の顔を見せてなんてあげないんだから。

 

 

 私もたまに利用する近所のスーパーでの買い物。

 いつもは食材を揃えるだけの店も先輩と2人で来れば素敵なデートスポットへと早や変わり。

……って、自分で考えておいてちょっとだけ恥ずかしい。

 でも、楽しくて嬉しい。心が温かくて浮き上がってくる。

 スーパーに来てこんな気持ちになったのは初めてのことだった。

 先輩との会話に心が踊る。

「それで何を作ってくれるんだ?」

「私の家は先輩の家みたいなブルジョワではないから口に合うものが作れるかわからないわよ」

「俺の家は沙織の家とは違えよ。ただの一般庶民だよ」

「私から見れば十分にお金持ちよ。それはともかく食べたい物のリクエストはあるの?」

「そうだな。うちはやたらとカレーが多いからカレー以外がいいな」

「じゃあ……カツ丼にでもしてみる?」

「おお。それは良いな。前に麻奈実が来た時に作ってくれたけど、あれは美味かったんだ」

「……別のものにするわ」

 きっと今の私たちはどう見てもバカップルな会話をしているに違いない。

 先輩は相変わらず先輩だったけど。

 でも、どうしてデート中に他の女の名前を平然と出すのかしら?

 しかも田村先輩の名前を出すなんて。私はまだ自分が田村先輩よりも先輩の彼女に相応しいという自信が持てないでいるのに。

 わかっていたことだけど先輩はデリカシーに素敵なほど欠けている。

「先輩の彼女は私、よね?」

 ちょっと拗ねながら訊いてみる。

「何をわかり切ったことを聞くんだ?」

 躊躇も淀みもない返答。

「別に。人間風情が呪いの契約を忘れていないか確かめただけよ」

 首をプイッと横に向ける。

 先輩の言葉を聞いてとても喜んでいる私がいた。

 嬉し過ぎて先輩をまともに見られない。

 我ながら単純すぎる。

 でも、そんな今の自分がちょっとだけ好きだったりする。

「それからお前は一つ勘違いしているぞ」

「何がよ?」

 先輩に目線だけ向ける。

「俺が瑠璃のことを好きなのは呪いの力なんかじゃねえよ。俺自身の意思だ」

「な……っ!」

 先輩が言葉を発した瞬間、店内の客と従業員の視線が一斉に私たちに向けられた。

 先輩の言葉があまりにも恥ずかしくて(でもそれ以上に嬉しいのだけど)、多くの人が注目を浴びてしまっていることが恥ずかしくて私は二重に固まってしまう。

「もしかして俺、またやっちまったか?」

 そして私に遅れること15秒。先輩もようやく自分の爆弾発言に気付いたようだった。

 ニヤニヤとした瞳で内緒話をしている主婦たちが私たちを取り巻いている。

 もしこの場にあの子がいたら私たちはこう言われていただろう。「リア充爆発しろ」と。

 でも、私はそんな先輩を好きになってしまったワケで……

「……もぉ、諦めたわよ」

 力なく溜め息を吐くしかなかった。

 

 やたらおまけしてくれた会計が済んで店外へと出る。

「次ここに来るには勇気がいるな」

「誰のせいだと思っているのよ」

 顔を真っ赤にしたまま自動ドアを抜けていく。

 半歩前を歩く先輩の手にスーパーのビニール袋が提げられているのが見えた。その袋を見て私は急にとある欲求に駆られた。

「半分私が持つわ」

「半分? どうやって?」

 先輩が持っているビニール袋の取っ手の片方を抜いて代わりに私の手の中に入れる。

 先輩と私が2人で1つのビニール袋を持つ。

 先輩、ビニール袋、私の順番に並び、両親とその間で手を繋ぐ子供みたいな構図になっている。

「さすがにこれはちょっと恥ずかしいんだが……」

 先輩は思いっきり赤面している。

「店内であれだけ私に恥ずかしい思いをさせたのだからこれぐらい我慢しなさい」

 私も赤面が止まらないのだけど先輩の提案を却下して歩き出す。

 私が恥ずかしい思いをした分だけ先輩にも恥ずかしさを味わってもらう。

 もう当分の間1人ではこのスーパーには来られなくなってしまったのだし、先輩にも少しぐらいはペナルティーを感じてもらわないと。

「すっごく嬉しそうに見えるのは気のせいか?」

「これは貴方へのペナルティーなのだから私が嬉しがるワケがないでしょ」

 5月の風がとても心地良かった。

 

 5分ほど歩いた所で小さな児童公園が見えて来た。先輩の家はもうすぐそこ。だけど私はせっかく外に出て来たのだからもう少し屋外デートを楽しんでいたいと思った。

「ねえ、少しあの公園で休んでいかない?」

「おお、そうだな」

 先輩も特に深く考えることもなく賛成してくれた。

 2人で公園へと足を踏み入れる。

 この時の私は、自分のこの提案がまさかあんな惨劇を生むことになるとは少しも考えていなかった。

 

 

 

 

 公園に入る。

 ゴールデンウィークということでみんな遠くに出掛けてしまっているのか遊んでいる子供たちの姿は全くなかった。

 今公園にいるのはブランコに座って休憩中らしい、私と同い年ぐらいのロングヘアがよく似合うスタイルも顔も綺麗な少女ぐらいだった。

 とても静寂な空間。

 でも、先輩の呟きがその静寂な空間、ううん、私が静寂だと思っていた空間を壊した。

「あれは…あやせじゃないか」

「あや、せ……!?」

 『あやせ』という名前を聞いて、私は自分の心臓が爆ぜてしまうのではないかと思うぐらいに激しく脈打ったのを感じた。

 桐乃の口から2度3度聞いたことがあるその『あやせ』という少女の名前は私の心を掻き乱して止まない。

 私は慌ててそのモデル級の美少女の顔を改めて凝視した。

 見たことがある顔だった。忘れるはずのない顔だった。忘れられるはずがない顔だった。

 そして私の脳裏に初めて桐乃と行った夏コミの日の帰りの出来事が蘇って来た。

 

『あの人たち桐乃の知り合い?』

『あっ……えっと』

『行きましょ。急いで帰らないと5時のアニメに間に合わないわ』

『何だったんだろ、あの人たち? すごい格好だったよね』

『さあ? 知んないよ、あんなキモい連中』

 

『きりりん氏、本気じゃなかったんだと思うんでござるよ』

『わかってるわ。人間って、不自由な生き物ね』

 

 苦い、とても苦い思い出だった。

 そしてもう1つ、以前桐乃が『あやせ』という娘を説明する時に語っていた内容がフラッシュバックしてきた。

 

『そうそうアイツってばさ、あやせのことマイスイートエンジェルとか呼んじゃって、顔見る度にデレデレ締まりのない顔しちゃってるのよね♪』

 

 先輩が最も好みとする外見を持つ少女。私は先輩の理想のタイプなのではないと強く知らしめる存在。

 別にあやせという娘に何か落ち度がある訳ではない。私に意地悪をした訳でもない。

 たまたま夏コミ最終日にビッグサイトの周辺で遭遇した桐乃の一般人の親友。桐乃はオタ趣味をひた隠しにしているのだから、私や沙織との差異を強調するのは当然のこと。差異を強調しようとした対象があやせだったというだけのこと。

 そして桐乃と同じくモデルをしているというあやせの顔は確かに可愛い。そして綺麗だ。将来は芸能人アイドルと言われても納得する。先輩が彼女の顔を見るだけで取り乱してしまうことも納得する。そしてあやせが美人であることに罪なんか何もない。

 だけど、この2つの事象は私の心を散々に掻き乱す。

 あやせという娘には何の咎もないけれど、あの娘が視界内にいることはそれ自体が苦痛だった。

「先輩、やっぱり帰りましょ……」

 ビニールの袋を引っ張って帰る意思表示を体でも示す。

「いや、せっかくあやせ……知り合いを見かけたんだし、一言ぐらい挨拶をだな」

 先輩は帰る気がないみたい。

 視線はずっとあやせを向いたまま。

 それが私にはどうしようもなくイラッと頭にきた。

「早く帰りましょうよ」

 袋を強く引っ張る。

「おいっ、黒猫。何かお前おかしいぞ」

「おかしいのは先輩の方よ」

 イライラが加速する。

 どうして私の葛藤を読み取ってくれないの?

 帰ろうとする私と留まろうとする先輩。

 2人で同じ袋を持っているので私だけこの公園を去るということもできない。

 私はバカップルみたいな行動を取ったことを後悔し始めていた。

 そしてこの騒動は私にとって更なる災厄を招いた。

「あっ、おにいさんじゃないですか。こんにちはです」

 あやせが私たちの存在に気付いてしまった。

 あやせはブランコから立ち上がると私たち、正確には先輩に向かって駆けて来た。

 もはやこうなった以上、あやせを見なかったことにして帰るという選択肢はなくなってしまった。

 袋を引っ張ろうとする手の力を緩めるしかなかった。

 

 

「お兄さん、こんにちはです」

 あやせは私たちの前に立つと丁寧に頭を下げた。

 思った以上に礼儀正しい娘のようだ。

 それに間近で見るとやっぱりすごい美人。悔しいけれど私なんかよりも断然綺麗な娘。

 先輩があやせに入れ込んでしまう理由もわかる。私じゃなくてあやせに……。

「おうっ、マイスイートエンジェルあやせ。今日も美人だな」

 先輩はそんな私の心中も察せずに笑顔であやせに応える。

 そして本当にマイスイートエンジェルと口にしてくれた。それもごくナチュラルに。普段から言い慣れているに違いない口調だった。

 それに美人だとも述べた。私にはそんな言葉、1度も言ったことがないくせに……。

 心の中に黒ずんだモノが貯まっていく。

「び、美人だなんて急に何を言っているんですかぁ。ブチ殺しちゃいますよ♪」

 誉められて嬉しいらしいあやせは頬を赤く染めている。

 けれど、ブチ殺すだなんてこの娘はもしかして口が悪いのかしら?

 に、しても……

「あやせは美人なんだから美人と正直に言って何が悪いんだ?」

 先輩はあやせを見掛けてからデレデレしっ放し。私への関心もなくなっている。

 見ていて本当にムカムカしてくる。

「もぉ、女の子にあんまりお世辞ばっかり並べてデレデレしているとお姉さんに言いつけますよ。そして本当にブチ殺しちゃいますよ」

「俺はお世辞なんて言わない。全て本当のことさ」

「本当に、困ったおにいさんですねえ」

 何、この雰囲気?

 聞いているだけで「爆発しろ」と呪いたくなる様な甘い空気が漂っている。

 先輩の彼女は私である筈なのに。

 袋を持つ手に力が篭っていく。

 

「それで、あやせはどうしてここに?」

「今朝、この近くで撮影があったんです。思ったより早く終わったので内緒で桐乃を訪ねて驚かせようと思ったのですが、おにいさんの家には誰もいませんでした。それでここで少し休んでから家に帰ろうとしていた所です」

「なるほどな。じゃあ調度俺たちが出掛けた際にあやせが訪ねてきたってことか」

「おにいさんはお買い物ですか?」

 あやせは私たちが手からぶら提げているスーパーの袋を見た。

「ああ、昼食の買い出しにな」

 先輩は袋を僅かに掲げてみせた。

「それで、その、隣にいる女性の方は……?」

 あやせは私に視線を移した。瞼をパチパチと閉じたり開いたりしながら私を見ている。

 どうやら私のことは覚えていないらしい。

 私とあやせは距離が離れていたし、あやせは桐乃と先輩に夢中だった。それに今日の私の服装は白い袖なしチュニックで黒ゴスロリじゃない。

 だからあやせが私のことを覚えていないことは変なことでも何でもなかった。

「ああ、こいつは俺の高校の後輩で……」

 先輩が言葉を止め、困ったように目だけを動かして私を見た。

 私のことをどちらの名で説明しようか迷っているようだった。だからそんな先輩に代わって私が答えた。

「五更瑠璃です。よろしくお願いするわね、新垣あやせさん」

 あやせに対して軽く頭を下げる。

 あやせは一般人でしかもオタク嫌いなのだと聞いている。だったらわざわざ相手の感情を逆撫でしそうな黒猫の名前を使う必要はない。

 私としてはこの娘とあまり関係を持ちたくなかった。挨拶だけ済ませてさっさとこの場を立ち去ってしまいたかった。

「こちらこそよろしくお願いします。って、どうして私の名前を?」

 聞き返されて、しまったと心の中で舌打ちした。

 私はあやせのことを知っているという合図を送ってしまった。これでは会話のキャッチボールを自分から始めてしまったようなもの。

 桐乃の名前を出すべきか、それとも先輩経由にするべきか。しかし、そのどちらを選んでもキャッチボールは続いてしまいそうだった。

 困った私は先ほどとは逆に目配せして先輩に助力を頼んだ。

「あー、何だ。その、お前にもわかる様に説明すると……要はコイツが黒猫なんだ」

 先輩はとても困った表情を浮かべていた。

 話を振ったのは私であるけれど、先輩のこの言い方はどうかと思う。まるで匿っている指名手配犯の正体を明かしたかの言いよう。ちょっと失礼なんじゃないかと思う。

 だけど私はその例えがあながち間違いでなかったことをあやせの反応から知ることになった。

「えぇええぇっ? この方があの、黒猫さん、なのですか?」

 あやせは体を仰け反らせながら驚いていた。その驚き方に私の方が驚かされたぐらいだった。

 

「この人が……黒猫さん…………」

 そして俯きながら表情を暗くした。さっきまでの明るい表情が一変してしまった。

 一体、先輩と桐乃は私に関してこの娘に何をどう吹き込んだと言うの?

「ちょっと、先輩はこのあやせって娘に私のことをどう話してたのよ?」

 先輩のわき腹を肘で突付きながら小声で尋ねる。

「いや、俺の方からは桐乃のオタク趣味友達で、今は高校の後輩だってぐらいしか伝えたことはないぞ」

 先輩は首を横に振りながら必死に己の身の潔白を訴えていた。

「と、すると、桐乃の方ね」

 桐乃とあやせのことをクラスメイトで親友だと言っていた。話す機会も多いに違いない。

 顔を合わせれば喧嘩ばかりして来た私と桐乃のこと。あやせに何を吹き込んでいてもおかしくはない。

 それに桐乃は他人に対する偏った評価を流すことに躊躇いがない。私が田村先輩に初めて出会って思わず仰け反ってしまったのも桐乃情報の偏向性による部分が多かった。

 考えるほどにあやせは酷い私のイメージを抱いているのだと確信せざるを得ない。

「それで、さっきからずっと気になっていたのですが……」

 あやせは俯いたままボソボソとした呟き声で私たちに話し掛けた。

「そのビニール袋、どうして2人で持ってるんですか?」

 あやせの指摘を受けてバカップルみたいな振る舞いをしていたことに再び後悔する。

「えっと、それは……」

「2人でスーパーまで買い物に行った帰りだからだ」

 そうとしか答えられない。

 けれど、そんな曖昧なかわし方ではあやせに続きを聞いてみろと促しているようなものだった。 事実、あやせからの質問が続いた。

「どうして、2人でスーパーに出掛けたのですか?」

「あー、瑠……黒猫に昼食を作ってもらおうと思って一緒に出掛けたわけだ」

「どうして、黒猫さんに昼食を作ってもらうことになったんですかっ!」

 あやせが声を荒げた。

 その苛立ち交じりの声を聞いて先輩と目配せする。

 やはり私たちの関係をぼかしたままではどうにもこの疑いを乗り切れそうになかった。

 先輩に顔を向けながらコクリと頷いて説明をお願いする。

「あー、実は俺たち、付き合っているんだ。だから瑠璃にご飯を作ってもらおうと思って2人で買い物に出掛けたんだ」

「えっ?」

 あやせから予想外という感じの短い驚きの声が漏れ出た。

 

「おにいさん、今、何て……?」

「だから、俺と黒猫……瑠璃は恋人同士なんだよ」

 少し恥ずかしいけれど、聞いていて嬉しくなる先輩の言葉。

 胸の中に発生していた黒いモヤモヤが今の一言でだいぶ浄化された気がする。

 ちょっとだけ誇らしい気分になってくる。

 けれど、その言葉はあやせにとっては少しも嬉しいものではなかったようだった。

「嘘っ、ですよね? おにいさんはわたしをからかっているんですよね?」

 あやせは半笑いを浮かべている。冗談だと言ってくれることを期待している表情。

「いや、嘘じゃないぞ」

 先輩の言葉を聞いてあやせの体が震えだす。

「だって、そんなの嘘ですよ。嘘嘘嘘嘘。嘘に決まってますよっ!」

 あやせは両手で頭を抱えて苦しみ始めた。

「ちょっと、貴方、大丈夫なの?」

 さすがに心配になってあやせに手を伸ばす。

「触らないでくださいっ!」

 けれど、私の伸ばした手はあやせに強く払われてしまった。

 もう私にはこの娘にどう対処したら良いのかわからない。

「おにいさんは知ってますよね? わたしが嘘を吐かれるのが大嫌いだってことを」

「それは骨身に染みてよく知っているが……だから、俺と瑠璃が付き合っているのは嘘じゃないぞ」

「だからそれが嘘だって言ってるんですっ!」

 私と先輩の交際について大声で嘘を繰り返すあやせ。

 私にも先輩にもあやせの豹変の理由がわからない。

「なあ、何が嘘だって言うんだよ?」

 先輩が困り顔と声であやせに尋ねる。私も同じ心境。

「だっておにいさんが……」

 俯いていたあやせが顔を上げる。

「だっておにいさんがわた…桐乃以外の彼女を持つなんてあっちゃいけないんですからぁあああああああぁっ!」

 あやせの絶叫が公園中に響き渡る。

 

 その衝撃の告白に私は心底驚かされた。

「ねえ、モテモテな高坂先輩? 今の新垣さんの言葉ってどういう意味かしら教えてくださる?」

 思わず皮肉を込めて先輩に確かめてみる。

「俺にも全然わかりません。……って、その呼び方はマジでやめてください。心臓にマジで悪いです」

 私としては尚も先輩を追及したかった。けれど、それはできなかった。

「だから、わた…桐乃以外の彼女がいるなんて嘘に決まっているんです!」

 だって、あやせは今にも泣き出してしまいそうな顔を浮かべていたのだから。

 泣く子と地頭には勝てぬという言葉があるけれど、あやせへの対処はどうにも困った。

 何故先輩の彼女が桐乃でないといけないのか全く文脈が掴めない。

 なので先輩に『どういうことなの?』とアイコンタクトで尋ねてみる。

 すると先輩は苦虫を噛み潰したような表情で『話せば長い複雑な事情があるんだよ』と返して来た。

 私にはよくわからないけれど、先輩にはあやせのあの言葉の意味がわかるらしい。

 続けて『じゃあ、どう対処するつもりなの?』と尋ねてみる。

 先輩は『俺たちが恋人同士であることを認めさせるしかないだろ』と返事した。

 先輩はあやせに近付きその肩に手をポンッと乗せる。

「俺が瑠璃と付き合っているのは本当なんだ。頼むからいい加減に信じてくれよ」

「いいえ、信じませんっ!」

 あやせは先輩の言葉をきっぱりと否定する。

「ほらっ、こうやってスーパーの袋も2人で持っちゃうぐらいにラブラブなのだし」

「おにいさんは大嘘吐きな人です。だから、親切な黒猫さんに手伝ってもらっているだけに違いありません。おにいさんはわたしに嘘を吐いているんです!」

 あやせは聞く耳を持ってくれない。何でこんなに頑固なのかしら?

「どうすれば信じてくれるのか……そうだ!」

 先輩は私の空いている手を引いて私の体を引き寄せた。そして私の腰に手を回すと、抱き締めながら私の頬へと……キスをした。

「なぁっ!? 」

 その突然のキスに私は心底驚いた。

 先輩とは確かに彼氏彼女の間柄。けれども恋人らしいことをした経験がほとんどない。しかも、先輩からのアクションとなるとほとんど皆無だった。

 どうせなら唇にして欲しかった。……じゃなくて、公共の場で私に恥ずかしい思いをさせた先輩にその真意を問い質したかった。

「どうだ? これならさすがに俺たちが恋人だと認めるだろう?」

 しかし問い質すまでもなく先輩はその意図を述べていた。

 つまり、今のキスは言ってみればあやせに見せ付ける為のものだったもの。……何か面白くない。

 そして面白くなかったのはあやせも同じようだった。

「……うっく……わたしの、目の前でキスしてみせるなんて……おにいさんは……そんなに女子中学生を苛めて楽しいんですか? そんなに、わたしのことが嫌いなんですか?」

 あやせの瞼に貯まる涙の量はあっという間に増えていき──

「うっ、うっ、うわぁあああああああああああああぁんっ!」

 遂に大泣きを始めてしまった。

「何故泣くんだぁっ!?」

「そんなことよりもまず落ち着かせなさいよ」

 2人であやせを宥めに掛かる。

 そう言えば、桐乃に私たちの交際報告をした時も同じように大泣きされたわねとふと思い出しながら、あやせに泣き止んでもらおうと必死だった。

 

 

「取り乱してしまい、ご迷惑をお掛けしました」

 10分後、ようやく落ち着きを取り戻したあやせは、私が貸したハンカチで目元を拭きながらはっきりした声でそう述べた。

「そう。それは良かったわ」

 あやせに泣かれたままでは私たちの精神状態に良くないし、世間の目も鬱陶しい。泣き止んでくれて本当に助かった。

「それで改めてお聞きしますが、おにいさんはこちらの黒猫さんとお付き合いされているのですよね?」

 あやせの顔には先ほどの様な暗い影は見られなかった。

「ああ、そうだが」

「そういうことになるわね」

 だから私も先輩も素直にそう答えた。

 でも、まさかこの質問とその返答がとてつもない地雷になっていたなんて、その時の私は思ってもみなかった。

「つまり、おにいさんはわた……桐乃を裏切った。そういうこと、ですよね?」

 あやせの表情が再び豹変した。

 怒りと憎悪に満ちた表情で先輩を睨んでいた。

「裏切ったって、そんな大げさ…だろ?」

 先輩の顔は引き攣っている。あやせの今にも呪いだけで人を殺してしまいそうな表情を見せられれば怖いのは誰だってよくわかる。

「全然大げさじゃありませんよ」

 あやせは1歩、2歩と先輩に近付いていく。

「最近、桐乃は学校でも落ち込んでいることが多いんです。隠れて密かに泣いていたことも何回もあります。理由を幾ら尋ねても教えてくれなかったのですが……おにいさんが桐乃を裏切ったから、だったんですね」

 あやせはすぐ付近から先輩の顔を見つめ上げる。

 それは構図だけ見れば上目遣いに違いなかった。けれど、そんなロマンチックや萌えは欠片も感じ取れない。ガンを飛ばしていると言った方が100%正しい。

「いや、確かに桐乃が落ち込んだり泣いたりしたのは俺と瑠璃の交際が原因かもしれないが……」

「では、裏切ったことを認めるのですね」

 女子中学生に凄まれて本気でビビっている男子高校生。この結果だけを文字にすると確かに先輩は情けない。けれど、実際に目の前でこの光景を見せ付けられると先輩のことばかり悪くは言えない。

 あやせという娘は病んでいることを思わせる危険な瞳で先輩を見ていた。あんな瞳に覗き込まれ続けたら今度は先輩がおかしくなってしまう。だから私が助け舟を出そうとした。

「ちょっと、裏切ったという貴方の言い分はあまりにも一方的じゃないかしら?」

「黒猫さんは黙っててくれます? 今、わたしはおにいさんと話しているんです」

 けれど、一言の元に私の介入は拒まれてしまった。あまりにもビシッとした遮断の仕方に私は二の句を告げることができない。

「おにいさんは桐乃を裏切りました。裏切ったでしょ? 裏切りましたよねっ?」

「だから俺と桐乃はそもそも裏切るも裏切らないもそんな関係じゃなくてだな」

「ショックです。わたし、おにいさんのことを誠実な人だと尊敬していたのに。全部、わたしの勘違いだったんですね」

「誠実な人で尊敬って、あやせは疑いの眼差しを向けながらいつも防犯ブザーやスタンガンを俺にちらつかせていたよな?」

 先輩とあやせは一体どういう関係なのだろう?

 とても気になる。

「おにいさんとわたしがどんな関係かなんて今は重要じゃありません。今重要なのはおにいさんが桐乃を裏切って他の女性とお付き合いしていることです」

「だからそれの何が裏切りになるんだよ」

 先輩とあやせの話は平行線を辿ったまま。

 正確にはあやせが先輩の話を拒絶し続けている。

「桐乃のことを大好きだって言ったくせにまだ裏切りを認めないなんて……わたし…桐乃じゃない彼女を持ったくせにまだ裏切りを認めないなんて……もはや、話し合う余地はないようですね」

「話し合いによる合意を一方的に拒絶しているのはあやせの方だろ……」

 もうあやせは何を言っても先輩の言うことに耳を傾けそうになかった。

「ええ。裏切り者の戯言をこれ以上聞くのは耐えられませんから」

 そして、あやせは先輩に対する凶行に及んだのだった……。

 

 

 

「京介さーんっ!」

 姿勢を整え直した私は慌てて先輩の元へと駆け寄る。地面に膝をついて間近で先輩の様子を確かめる。そして地面にうつ伏せ状態で気絶している先輩を見て私はとんでもない事実に気付いてしまった。

「京介さん……下半身が……」

 先輩は下半身丸出しで倒れていた。

 あやせの牙突が先輩のスラックスどころかパンツまで引き裂き奪い去ったに違いなかった。何という絶大な威力。

 先輩の形の良いプリンとしたお尻が太陽光に照らされてしまっている。

 先輩の裸をこんな形で初めて見てしまうことになるなんて思ってもみなかった。部活のプレゼンでつい口走ってしまった羞恥プレイを強要されながら、私が一糸纏わぬ姿を先輩に晒す方が絶対に先だと思っていたのに。

「だけど、今、京介さんを仰向けに寝かせ直してしまえば……」

 気絶してしまっている先輩を少しでも楽にする為に仰向けに寝かせ直す。その行為は救急医療の観点からも奨励される行為のはず。

 けれども、今の状態の京介さんを寝かし返してしまえば、私は未知との遭遇を果たしてしまうことになる。

 それは私にビッグバンにも等しい衝撃を与えてしまうに違いない。

 私は自分が先輩の彼女であり、私たちが健全な男女である以上、その大衝撃を受ける日がそう遠くない未来に訪れるものだとは覚悟している。

 けれども、その未来がこんな形で訪れてしまうなんて。

 でも、先輩を助ける為に私はその未来を歩み出す覚悟を決めないといけない。

 これは私の欲望なんかじゃない。純然たる医療行為なのよ!

 そう。医療行為の結果、先輩の体のどこかが見えてしまってもそれは仕方のないことなのよ。私は少しも邪な気持ちなんか抱いてはいないのよ。だって今の私は白猫なのだから。

「京介さんっ、これは医療行為なのだから勘違いしないでよねっ!」

 先輩の肩を手で掴む。鼻息は荒く、トワイライトゾーンに踏み込む瞬間は今。

「ジー……っ」

 と、そこで私はもう1対の視線が先輩に向けられていることに気付いた。先輩をこんなにした張本人であるあやせのもので間違いなかった。

 その視線を感じ取って私は急に我に返った。そしてハンカチ(先輩のパンツ)を取り出して先輩のお尻の上に乗せて丸見えになっている状態を隠す。

 先輩を仰向けにする作業をやめて、代わりにゆっくりと立ち上がりあやせを睨む。

「貴方、よくも京介さんにこんな酷いことを……っ!」

「裏切ったのはおにいさんの方なのですから、罰を受けるのは当然のことだと思います」

 あやせは何でもない様な口調で反論して来た。それどころか、反抗的な視線は私に対しても向けられていた。

「それにわたしはスタンガンのスイッチを入れませんでした。だからおにいさんは気絶だけで済んでいるのです。感謝されても良いぐらいだと思います」

 あやせはスタンガンの先端に引っ掛かっていた先輩のスラックスとパンツを取り外し鞄にしまいながら澄ました口調でそう続けた。

「貴方ねえっ!」

 あやせの態度がどうしようもなくムカついた。

「大体ですねっ、黒猫さんがおにいさんとお付き合いするような真似をしなければ、わたしはおにいさんを攻撃せずに済んだのですよっ!」

 あやせの苛立ちに満ちた瞳が私を捉える。

 それでようやく私は理解した。

 この娘は私と2人きりで話がしたくて、わざと先輩を気絶させたのだと。

 面白い。そのガールズトーク、乗ってやろうじゃないの。

 先輩の仇は妻であるこの私がきっと討ってみせるわっ!

 

 

後編につづく

 

 

 

 

 


 
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