No.221036

SEASON 10.決別の季節(1/?)

にゃぱさん

冬の公園でボールを投げ合う俺と拓郎。
懐かしい思いで話に華をさかすけど……



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2011-06-06 00:37:12 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:383   閲覧ユーザー数:382

冬休みも最終日、俺は拓郎からメールで呼び出され、未だ雪も溶けていない公園でキャッチボールをしている。

何故、キャッチボールをしているのかは拓郎の心の中に収まったままなのだが白球を投げあっていた。

 

 

「慶ち~ん、次、内角低めにいくよ」

 

「バッターは右か?それとも左か?」

 

「そうだね、竜祈だと右だね……慶ちんでも右か……よし、ここは仮想僕で左バッターって事で。よっ」

拓郎の左手から放たれたボールは一直線に仮想拓郎の膝元を通過した。

 

 

「相変わらずコントロールはいいけどボール1個分ずれてるな」

 

「それは日本の審判の場合でしょ?僕の場合はアメリカンスタイルだから入ってるよ」

 

「それなら仮想拓郎は見逃しで三振だな。ゲームセット!残念だけど仮想拓路は優勝を逃したな」

 

「やっぱり日本式でいいよ。ツーワンか、さて次の球種は何にしようかな?」

 

 

仮想拓郎は優勝を逃したけど実在する拓郎は優勝したんだから良かったんじゃないのか?そんな事を思ったけど次は開幕戦だとか言い出して結局キャッチボールは続くんだから言わないでおこう。でも、これだけは言っておきたい。

 

 

「牽制の真似はしなくていいからな。それと、汗全然かいてないんだから拭う素振りもしなくていいだろ」

 

「いやいや慶ちん、こういうのはガチでやるから楽しいんじゃん。雰囲気を楽しんでこそキャッチボールさ!」

 

ボールを握った手を突き出して大きく公言する拓郎。確かにこの寒空で楽しんでいるのは凄く伝わってくる。

 

 

「あっ、ボーク。ついでに雰囲気がボークで二者生還、逆転でお前、優勝を逃したな」

 

「雰囲気がボークって何さ?ちゃんとタイム取ってるからボークは無効だよ。そうだ、タイムついでに聞いとこうかな。クリスマスってあの後どうなったの?僕がいないおかげで盛り上がっちゃったとか?」

 

「拓郎がいなくてどうやって盛り上がるだよ。お前が帰ってすぐにみんな帰っちまったよ」

 

「そうなんだ、みんな帰っちゃたんだ。それはそれは1人になって寂しかったでしょ?」

 

「いや、その後が大変でさ、ほら、唯に抱きつかれてただろ?竜祈達が帰る前にそのまま唯を泊めてやれよって言い出して布団敷いてさあ寝ろって。おかげで唯とそのまま寝て朝起きたら悲鳴あげてビンタじゃなくてグーで殴られた」

頬をさする俺を見ながら拓郎は苦い笑いを浮かべながら肩をぐるぐると回し始めた。

 

 

「それはそれはおいしくて痛い思いしたね。んじゃ、これとどっちが痛いかな?よっ」

 

 

さっきよりダイナミックになったフォームから繰り出されたボールは仮想拓郎の胸元を突いた。

グラブから伝わる衝撃はかじかんだ手に予想以上の痛みを生み出す。

 

 

「どうよ、慶ちん?インハイぎりぎりでしょ」

 

俺を指差しニカッと笑う拓郎からはインハイに入った喜びより苦痛で歪む俺の顔を見て笑っているようにしか見えない。

同じ痛みを味あわせてやろうと力一杯投げ返すが、そこまで速くないボールを拓郎はグローブの先っぽで取ってしまった。

 

 

「へへっ、その手は受けないよ。でも、こうやってキャッチボールするのは久しぶりだね。いつぶりかな?」

 

「夏前ぐらいじゃないか?球技大会で竜祈に野球で勝つために練習するって言ってやって以来だからな」

 

「そっかそっか、1年の時にバレーに出たけど竜祈のクラスに負けて悔しくて練習したんだっけ。確か慶ちんも1年の時は竜祈のクラスに負けたんだよね?」

 

「あぁ、決勝でな」

1年の球技大会、俺は野球、バレー、そしてバスケの中で出場する種目を迷って結局はバレーを選んだ。

 

 

やる気になる訳もなく一回戦で負けて早く終わらないかと思っていたら、試合が始まってしまうと真剣にやっている自分がいた。

周囲の人間と勝った喜びを分かち合う事もなく試合が終わればすぐに1人で体育館を後にして試合の時間になれば体育館に行って誰よりも真剣に戦った。

 

 

気付けば決勝、相手は竜祈のクラス……っというより独裁者・竜祈と怯えた国民達との試合。

 

 

本人は仲良くなるチャンスだと思っているだろうけど、その気合いが逆に周りを委縮させているだけなのだが国民はそんな風には捉えていない様子だ。

 

 

「よう、慶斗。よく決勝まで残ってたな。俺から見たら全然チームがまとまってないから決勝までくるとは思ってもいなかったぜ。それに比べてうちのクラスのまとまりは最高だぜ、優勝はもらったな」

 

「どう見てもお前は浮いてるようにしか見えないぞ。まとまってないのはそっちじゃないのか?」

 

「そっ、そんなことないだろ。完璧にまとまってるって……おっと、成程、試合前に動揺を誘って勝とうって魂胆か。その手にはのらねぇぞ」

 

「いや、竜祈、お前めちゃくちゃ動揺してるじゃないか。足ガクガク震えてるぞ」

 

「こここここっ、これは、むむむむ武者ぶるいだ。気にするな」

 

「俺はまったく気にしてないけど」

 

「気になってくれよ、寂しいじゃねぇか。誰も応援してくれないしよ」

 

「唯と拓郎はどうしてるんだ?」

 

「後ろを見ろよ。誰を応援してるかすぐにわかるぜ」

 

 

後ろを振り返ると壇上に頑張れ!慶ちん!と書かれた横断幕を持った拓郎と唯がいた。

 

 

隅の方には小さく負けちまえ!竜祈!とも書いてある。

俺の顔を見た拓郎と唯は小さく手を振っていたが竜祈の顔見た途端、拓郎は親指を下に向けブーイングをぶつける。

 

 

よっぽど悔しかったんだろうなと思えるのがブーイング以外にも俺の応援に唯を誘った事で余計にわかる。

 

 

本来なら中立の立場でどっちの応援もする唯をこっち側に付ける事で竜祈への応援をなくしささやかな復讐をしたかったんだ。

 

 

「応援なんかなくても俺のクラスが優勝させてもらうけどな。こっちには金剛寺君がいるし万全の体制だぜ」

 

「誰だよ?金剛寺君って?」

 

「なぁに?金剛寺君を知らないだと?中学の時にセッターをやっていた金剛寺君を知らないだと?」

 

「知らないな?同じ中学なのか?」

 

「いや、違う中学だ。そんな話を聞いただけだ。まっ、秘密兵器だから教えないけどな。なっ、金剛寺君?」

俺達の話を聞いていたのかぼ~っとした雰囲気の顔をした男子生徒が小さく頷いた。

 

 

「めちゃくちゃ中学の時セッターをしてたって言ってるし、顔もわかちゃったし全然秘密になってないぞ」

 

「なぁ~~~、はめられた。卑怯だ、卑怯だぞ!慶斗!」

 

「お前が勝手に話してるだけじゃないか。そろそろ始まるみたいだから整列しようぜ」

 

「ああ、目一杯いくから覚悟しとけよ、慶斗」

こうして始まったバレーの決勝は竜祈のクラスの一方的な攻勢で進んでいく。

 

誰がレシーブをし、そのボールをどんな体勢でもトスを上げ、竜祈が強烈なスパイクを決めていく。

 

 

でかい体が高く宙を舞い、高い打点から勢い良くボールを打ちおろしてくる。

そのボールをレシーブできる奴はいない、相手のミスを祈るしかなかった。

 

 

竜祈のクラスが2セットを連取し、このセットを取られたらうちのクラスの敗北が決定するセット。何故か竜祈からのスパイクは俺にだけ飛んでくるようになった。

 

 

「この野郎!自分だけ応援されない腹いせかよ!」

 

「当り前だ!てめぇだけ応援がありやがって!ぜってぇに許さねぇ!」

 

「それは俺に言うな!拓郎に言ってくれ!」

 

「おっと、それもそうだな。んじゃ、見とけよ、俺のサーブを!」

ボールを持った竜祈はエンドラインの奥へと向かい一呼吸つくと高くボールを放り投げた。

 

 

高く飛び上がった竜祈から放たれたサーブは一直線に横断幕を持った拓郎へと飛んでいく。

 

 

今まで受けたスパイクよりも速く、且つ拓郎の顔面にコントロールされたサーブは間違いなく当たると思った。

が、顔面に当たる寸前で片手でボールをセーブする。

 

 

「竜祈、君の狙いはわかっているのだよ!ミスって唯に当たってたらどうするつもりだ!」

拓郎のもっともらしい意見に体育館内に静寂が生まれた。

 

 

「だから、慶ちんを狙いなよ!竜祈!」

 

「いやっ、ちょっと待て!」

 

「さあ、いけ竜祈!決勝まで残った慶ちんが悪いんだ!」

 

「いや、だからなんでそうなるんだ?」

 

「おっと、それもそうだな。んじゃ、そういう事だから慶斗、いくぞ!」

 

 

なんでこんな簡単に言いくるめられるかわからないまま竜祈のスパイクを受けるはめになってしまった。

でも、スパイクが俺にしか来ないのは利用できる。タイミング、くる位置さえわかっていれば捉える事もできないわけではないはず。

この後からスパイクでタイミングを掴んでいくとなんとかレシーブできるようになっていったが腕に広がる痛みだけは辛かった。

レシーブができるようになった俺に性懲りもなく竜祈はスパイクを打ち続けたおかげでうちのクラスもなんとか連取し、最終セットまで持ち込むことができたのだ。

 

 

しかし、何回もスパイクを受けた腕は真っ赤になり震えだし上げる事も辛くなってきた。

そのせいでうまくレシーブできなくなり、遂に竜祈のクラスはマッチポイントをむかえてしまった。

 

 

「くそっ、これじゃ、俺のせいで負けた事になっちまうじゃないか。なんとかしないと」

感覚がなくなってきた腕でどこまでできるかわからないがやるしかない、やるしかないけどサーブを打つ準備をしているのは最悪にも竜祈、確実に俺を狙ってくる。

 

 

「こいつで終わりだ、慶斗!うらぁ!」

勢い良く飛んでくるサーブを上手くレシーブできない、そう諦めた瞬間

 

 

「け~~~~い!」

唯の声援が力となってサーブに腕を合わせて行く、が、勢いを殺せていない。

 

 

 

ボールは無情にも竜祈のクラスのコートに飛んでいく。

 

 

レシーブ、金剛寺君のトス、そしてさっきのサーブより最悪な竜祈のバックアタック。十分な助走とタイミングが今まで受けたスパイクを凌駕するのはすぐにわかった。

 

 

俺は重心を低くしてこのスパイクに耐える覚悟をした。

 

 

「こいつで終わりだ!」

強烈なスパイクが放たれ俺の腕を弾き竜祈のクラスが優勝、っと体育館にいるみんなが思ったことだろう。

 

 

しかし、現実はネットをゆっくりとボールが通過しコートに落ちたのだ。

 

 

この光景に体育館内は唖然とし、はしゃいでいたのは竜祈のみ、誰もが理解できていない。

 

 

「ちょっ、竜祈、目一杯くるんじゃなかったのか?」

 

「んっ?ちゃんといったじゃねぇか。何か不服か?」

 

「不服も不服だろ、みんなもぽかんとしてるぞ。最後にフワッとくるとは思わないだろ、目一杯いくって言ってたし」

 

「だから、ちゃんと目一杯いったじゃねぇか、勝ちによ。まだまだだな、慶斗!」

俺は勘違いしていた、いや、誰でも勘違いする。っというよりはあそこまでやったら最後はスパイクだと思う。誰もがそれが竜祈の目一杯だと思う。

 

 

あいつは最初から勝つためにスパイクを打ち続けていたんだ。勝負にも心理戦にも負けた、それが1年の時の球技大会だった。

「あの後、竜祈の事暫く卑怯者呼ばわりしてたら家に来なくなったな」

 

「名前が卑怯者に変わるぐらい言っちゃったもんね。いや~、竜祈なだめるのも大変だったね、何につけても『あん?いいんだよ、俺は卑怯者だからな』って話聞いてくれないんだもん」

 

「最終的には卑怯者って言わなくなっても自分から言い出してたからな。まっ、ほっといたら何も言わなくなったから良かったけどな」

 

「長引くとずっと引きずるからね。うぅ、寒っ、そろそろ始めますか!さっきのインハイはタイム中だからツーワンからだね?よしっ、慶ちん、変化球も交らすから気をつけてよ」

 

「投げる前に言ってくれれば大丈夫だよ、前に散々捕球したんだから球筋はわかってる」

 

「それもそうだね、それじゃまず……」

 

 

 

 

 

2年の球技大会前、打倒竜祈に燃える拓郎に俺は公園に呼び出された。

 

 

理由は今のままでは竜祈を抑え込む事は出来ないとのこと、だから投球練習に付き合えとキャッチャーミットを用意してまで本格的にやろうと言い出す。プロテクタまで用意したかったけど無理だったと嘆いていたが俺としては良かったと内心ほっとした。

大勢の人がいる公園でガッチガチのキャッチャー姿になるのは恥ずかしすぎる。

 

 

もし、ここにプロテクタが存在していたら拓郎は嫌がる俺に無理やりにでも着させていただろうな。

 

 

「むぅ、残念だけどしょうがないっか。よし、肩慣らしから始めようか?」

拓郎がボールを投げるとある事に気付いた。

 

 

「お前、左利きだったんだな」

 

「えっ?慶ちん、今頃気付いたの?1年も一緒にご飯食べてたのに……冗談でしょ?」

 

「いや、今初めて気付いた。みんなと何か違うなとは思っていたけどこれだったのか」

 

「はぁ、慶ちんらしいって言えば慶ちんらしいけど、もう少し興味を持ってもらおうかな」

 

 

ボールと共に左側に誰かいると落ち着かないとかファミレスに行ったら左端に座らないと右利きの人と腕がぶるかるんじゃないかと落ち着かないとか、左利きあるあるも投げてくる。

 

 

「因みに右でも投げられるんだよ」

そう言って拓郎は右でも投げてくる。左で投げるよりは球速もコントロールも劣るけど普通キャッチボールをするならなんの問題はない。

 

 

負けてられないと思い、こっちもバスケでならした左手で投げ返す。バスケは両手を使えてやっと一人前、利き手じゃない手で投げるのはお手の物である。

 

 

「へ~、慶ちんもなかなかやるじゃん、よし、肩も温まったから強めに投げるからね」

そういうと拓郎はワインドアップから力強くボールを放った。俺が思っていた以上のスピードで飛んでくるボールに恐怖を覚えながらもしっかりと捕球する。

 

 

「速いなら速いって言えよ!思わず避けるところだっただろ。バッティングセンターで見た最速と変わらないじゃないか」

 

「ごめんごめん、慶ちんとキャッチボールするの初めてだったね。前に竜祈とハマって良くやってたからそのままの感覚で投げちゃったよ」

 

「ったく、肝心な事を忘れるなよ。俺が避けて他の人に当たったらどうするんだよ」

 

「その辺は意地でも慶ちんは避けないと思うから大丈夫さ、次は変化球投げてもいい?」

 

「球種言ってから投げろよ。このスピードで変化されたら反応できなかもしれないからな」

 

「オッケー、それじゃ、スライダーからいくよ!うりゃ!」

 

「おお、結構曲がるんだな。でも投げてからすぐ変化してるからあんまり効果ないんじゃないか?」

 

「ん~、それが難点なんだよね。打ちとれなくても打ち気をそらすぐらいには使えるんじゃないかな?よし、次いくよ!」

この後、拓郎から投げられた変化球から拓郎が持つ球種は大きく曲がるスライダー、ストレートとあまり球速が変わらない手元で少し曲がるカットボールの様なもの、シュート、縦に割れるカーブ、そして異様だったのが拓郎が命名したナックルフォークだった。

 

 

このナックルフォークの異様さは、投げ始めていた時はフォークだと思っていたが、時々ブレながら飛んできて手前で落ち始めたり、変化量が大きい時はスライダーの様に曲がってからシンカーのように曲がりながら落ちる時があるのだ。

 

 

投げた当人でもどう変化するかは投げてみないとわかないと言う。でも間違いなく最後は落ちる、故にナックルとフォークを足したような球だからナックルフォークと命名された。

 

 

「この球速と球種があればそう簡単に打たれる事はなさそうだな。ってことは打たないと負ける事はないにしろ勝てないな。竜祈はピッチャーで出るんだろ?同じぐらい投げれるのか?」

 

「……竜祈の球、僕より速いよ。それにコントロールもいいし、変化球の投げ方はスライダーを教えただけなんだけど速いし、僕よりももっとバッター寄りで変化するよ」

 

「……打てないな」

 

「なんとかなるさ、なんたってうちのクラスには野球部が4人もいるんだから」

 

「でも、それを捻じ伏せるのも竜祈だからな。試合はやってみないとわからないか、今できるのは」

 

「確実に点数を取られないように練習するだけだね。練習続けるよ~」

こうして拓郎とキャッチボールを続けたおかげで今では球種さえ言われれば怯えることなく難なく捕球する事ができるようになった。

たまに飛んでくるすっぽ抜けさえなければの話ではあるが。

 

 

「結局、大事なところですっぽ抜けて特大のホームランを打たれたんだっけな。それはもう見事に」

 

「インコースのカットで詰まらせて打ちとれると思ったんだけどね、あれはまいったね」

 

「俺達が点を取れてればもう少し違う攻め方もあったんだろうけどな」

 

「しょうがないさ、あの日の竜祈は絶好調だったもん。なんたって里優ちゃんの応援があったからね」

 

 

 

 

 

球技大会当日、俺達のクラスは順当に勝ち上がり決勝を迎えていた。もちろん相手は竜祈のクラスだ。

 

 

「へっへ~、去年の雪辱は晴らさせてもらうからね、竜祈」

 

「んっ?なんで拓郎が晴らすんだ?晴らすのは慶斗だろ?」

 

「僕だって準決勝で竜祈のクラスに負けたんだよ!覚えてないの?」

 

「覚えてないな、それぐらい余裕で勝ちまったんだな、きっと。それはいいとして慶斗、今年は唯は完全にそっちの応援にまわってるけど俺には里優がついてるから五分だな。後は実力で叩き潰してやるぜ」

 

「いや、去年勝ってるのは竜祈だから俺達が胸を借りる立場だぞ。お前の言い方だと挑戦者みたいに聞こえるけど」

 

「それなんだけど、優勝したのに祝勝会とかなかったし、みんなささっと帰っちまうし。慶斗の家に行けば卑怯者って言われるしよ、応援も無かったから負けた気分だったんだよ!」

 

「それは残念だったな、同情するよ」

 

「同情なんていらねぇよ!今年は完膚無きまでに潰してやるぜ!里優以外にも相方がいるからな」

 

「なになに?竜祈、浮気してるの?僕、里優ちゃんに言ってやろうかな」

 

「なっ、つぁ、そんなじゃねぇ。良く見ろ!あそこにいるプロテクタを付けた御仁を!小学校の時に少年野球でキャッチャーをやっていた金剛寺君を!俺の球を取れるのは彼しかいない!まっ、秘密兵器だから教えないけどな。なっ、金剛寺君?」

俺達の話を聞いていたのか相変わらずぼ~っとした雰囲気の顔をしたプロテクタをつけた金剛寺君が小さく頷いた。

 

 

「ねぇ、慶ちん。このやりとり去年も聞いたけど一応突っ込んだ方がいいのかな?それともわざと?」

拓郎が耳打ちをしてくる内容は確かに去年も聞いた覚えがある。

 

「多分、素で忘れてるし、これもわざとボケてるわけじゃないと思うな。去年に引き続いて俺が突っ込んどくよ」

拓郎に耳打ちで返すと残念な顔を浮かべ竜祈の方へ掌を向けどうぞ突っ込んで下さいと言わんばかりだ。

 

 

「なんだ?2人でごにょごにょして、もしかして怖気づいてるのか?この秘密兵器に」

 

 

秘密が全然守られていない金剛寺君の肩をバンバンと叩き笑い出す竜祈。

言っていいものなのか正直迷ったけど、もう言わずにはいらない。

 

 

「めちゃくちゃ小学校の時キャッチャーをしてたって言ってるし、顔も去年から知ってるし秘密兵器だって前面に押し出してるし全然秘密になってないぞ」

 

「なぁ~~~、はめられた。卑怯だ、卑怯だぞ!慶斗!あと、拓郎」

 

「それにしても金剛寺君も色んな事が出来るんだな」

 

「そうだよね、小学生の時にやってたって言っても竜祈の球速で目の前でバット振られたら捕れなさそうだもん」

 

 

俺と拓郎は竜祈の話をそっちのけで金剛寺君のポテンシャルに驚きを隠せなかった。

まじまじと見ている俺達に嫉妬したのか竜祈は金剛寺君を抱き寄せて俺達を睨み始めたと思えば

 

 

「金剛寺君は俺のものだからな。絶対にお前らなんかにやらないからな」

と理解し難い罵声を俺達に飛ばし始めた。

 

 

「そろそろ始まるみたいだな、それじゃ、金剛寺君、また後で」

 

「今度僕の球も受けてよ、全力で投げるからさ」

 

 

俺達は金剛寺君と握手を交わし手を振りながらベンチに向かった。

その俺達の背中に竜祈は集合がかけられるまで罵声を飛ばし続けたのは言うまでもない。

試合が始まると予想通りの投手戦となった。

 

 

先攻の竜祈のクラスは拓郎の球速と球種の多さ、それに現役野球部のキャッチャーの巧みな配球術で翻弄し、野球部で固めた内野陣の守備でヒットを許さない。もちろん竜祈は全てアウトコースに投げフォアボールになってもいい構えだ。

後攻のうちのクラス、1番の拓郎は竜祈とキャッチボールをしていたせいか球は見えているみたいだがなかなかミートできず内野ゴロで終わり、期待していた野球部は荒れている竜祈の球に驚き打てずにいた。塁に出れる時があったがたまたまボールがバットに当たって相手がエラーをしてくれた時だけだった。

 

 

「なあ、結構荒れてるけど竜祈ってコントロールいいんじゃなかったのか?」

 

「あれは荒れてるようにコントロールして投げてるんだよ。それを知ってるから僕は腰が引けずに済んでるけど、知らない人は無理だよね」

 

「それを言ってやれば野球部の奴らも打てるようになるんじゃないか?」

 

「言っても無理じゃないかな?試しに慶ちんが打席に立ってヒット打ったらそうするよ」

まるで俺が打てないと言わんばかり拓郎は言うが実際に打席に立った俺は球威に怯えへっぴり腰のまま三振で終わってしまった

 

 

「ねっ、こういう結果になるんだよ。でも、野球部もプライドがあるだろうし、仕掛けるのは今じゃないよ。局面は絶対にくるさ」

 

 

その局面がいつくるのかと考えてみるが俺はこのまま投手戦が続き、そんな場面は訪れないと思っていた。

が、最終回、拓郎は急に制球を乱し始めた。

 

 

それは当然の結果なんだ。1回戦からずっと投げ続けていて体力はもう尽きかけているのだから。

ツーアウトまでとってから3連続フォアボールで満塁。そして次のバッターは竜祈。

 

 

タイムを取りチーム全員が拓郎が待つマウンドへと駆け寄った。

 

 

「あっあの、五十嵐君、もう交代した方がいいんじゃないかな?構えたところにボール来てないし球威も落ちてるよ」

 

「そっ、そうだよ、ピッチャーできる奴もいるから橋爪君は歩かせて押し出しで1点は入るけど次は抑えられるから」

 

心配してくれている野球部は交代を進言するが膝に手を付いてうなだれてる拓郎は首を横に振る

 

 

「拓郎、野球部の奴もこう言ってくれてるし交代しようぜ。このままだと1点ですまなかもしれないし最悪負けるぞ。だkらこう……ムガッ」

拓郎は交代させようとする俺の口をグローブで抑えつけ息を切らしながら顔を上げた。

 

 

「慶ちん、交代はないよ。今まで竜祈の打席は勝つために逃げたピッチングしてたんだ。チームに迷惑をかけるのはわかるけど最後ぐらい勝負させてくれないかな?」

 

「バカッ、お前今まで勝つためにそうしてきたのに今更止めるのかよ。意味ないだろ」

 

「へへっ、生憎僕は馬鹿なんだよ。それに見てよ、唯が一生懸命応援してるだろ?最後まで逃げて勝ちたくはないさ。慶ちん、局面が今来てるんだよ。僕が竜祈をビシッと抑えて勢いをつけるから。野球部のみんなは2打席で少しは竜祈の球に慣れてきたはず、そこで荒れてる理由をちゃんと言えば食いつけると思うんだ。裏の攻撃でサヨナラといこうよ。これって野球の醍醐味でもあると思ってるのは僕だけかな」

 

 

疲れ果てた顔をしながらも目は死んではいない、その拓郎の言葉に心を動かされたのは野球部のみんなだった。

グローブで拓郎の肩を軽く叩きそれぞれポジションに戻って行く。

 

 

「ったく、物好きなやつらばっかりだな、ちゃんと抑えろよ」

 

「オッケー、去年の雪辱を晴らすには最高の舞台だからね。まあ見ててよ」

 

どこから出てきているかわからない自信が今の拓郎を奮い立たせているのが良く分かる。

その自信と唯からの声援は拓郎の力になり投げ込むボールに力が戻っていた。

威力が戻ったボールはインコ―ス、アウトコースに投げわけられ、変化球もキレを増していく。

 

 

それまでどこか余裕があった竜祈も必死にボールに食いついてくる、くさい球も全てカット、粘りに粘られた挙句、決めにいくために体全体を使ったカットボールは大量にかいた汗で滑りすっぽ抜けてど真ん中へ。

 

 

 

これを竜祈が見逃さずにフルスイング、打球を追うことなく拓郎はマウンドに膝から崩れ落ちた。

 

 

 

次の打者を交代したピッチャーが抑えて追加点を許さなかったが、4点ビハインドは拓郎が言った理想から遠くかけ離れてチームに諦めを突き付けている。

 

 

1点を取るだけでもどうすればいいかわからないのに最悪でも4点は取らないと負けてしまう、体力が余っている竜祈が拓郎みたいに制球を乱す事は考えられない。

 

 

「くそっ、どうする事もできないのかよ。このまま拓郎を負け投手にさせるなんて」

策を講じられないいらつきを隠せない俺の背後から背中を叩く者がいた。

 

 

「あの、神林君、五十嵐君が言ってた橋爪君の球が荒れてる理由って知ってるかな?この状況じゃ五十嵐君に聞けなくて……もしかしたら聞いてないかな?」

 

「野球部としても一矢報いないとプライドが許さないし、何よりもここまで頑張って投げてくれた五十嵐君に申し訳ないからね」

 

 

野球部全員が竜祈攻略の糸口を求めてきた。全員が全打席いいように竜祈に抑えられた事で傷つけられたプライドを取り返す為であり、1点も取れなかった事の拓郎への償い。

 

 

「ありがとう、今の言葉、拓郎が聞いてたらうざいぐらい喜んでたと思うよ。拓郎から聞いてたのは荒れてるって印象付けるようにちゃんとコントロールして投げてるらしいんだ」

 

「そうなんだ、だからデッドボールになりそうな球がないのか」

 

「それに追い込んでからはコースぎりぎりに決まる球を投げ込んでくるもんな」

 

 

「でも、甘い球がないわけじゃないから、それを叩くしかないよな。あっちは守備は良くないし、しっかりミートして速い打球を飛ばせばなんとかなりそうだな」

 

「うし、調度俺達から打順が回るな。4連打で1点もぎとろうぜ」

 

 

野球部は円陣を組んでから最初の打者を送りだした。

 

 

3番から6番を野球部の連中で固めておいて良かった。全員がシングルヒットでも1点入ってまだ満塁、7番の俺がホームランでも打てればサヨナラだ。

 

 

でも、ここまで全打席三振の俺にそんなことができるのだろうか?でも、拓郎のためにも打ってやりたい。

 

 

頭にタオルをかけたまま俯いている拓郎の隣で野球部の打席をそんな理想を抱きながら見ていた。

 

 

バットを短く持った野球部は食らいつき、何度もファールを打ち続け、甘い球を待ち続ける。

 

 

甘い球が来れば打ちあげないように叩きつけ、甘い球が来なければフォアボールを選び遂に満塁までこぎつけた。

 

 

否が応にもクラスのみんなの期待は高まってきたが、首をひねって何かを考えてからワインドアップから剛速球を投げ込む竜祈によってかき消されようとした。

 

 

「さっきより速い、今まで本気じゃなかったのか?」

 

「慶ちん、竜祈がそんな器用な事できるわけないじゃん。ずっと本気で投げてたよ……ってなんで満塁になってるの?そうか、1点もやりたくない気持ちが球速を上げてるんだ。慶ちんだってバスケやってたんだからわかるでしょ?」

 

 

ベンチから乗り出した俺に対して、いつの間にかタオルを取った拓郎が冷静に分析していた。

 

 

「まあ、わからないでもないけど、気持ちで球速上がるって反則じゃないか、毎日練習してる奴が可哀相だろ」

 

「まあ、そこは竜祈だからってことで納得してよ。でも、これで点を取るのは難しくなっちゃったね。いくら野球部でも打てないと思うし」

 

 

拓郎の言う通り甘いコースでも当てるのに精一杯で前にボールが飛んで行かない。

 

 

それでも粘る野球部員は食らいつく事に必死になり過ぎて高めのつり球に手を出してしまった。

出したバットは空を来たが、それが思わぬプレーを生み出した。

 

 

高めのボールを取ろうと立ち上がった金剛寺君の目線をバットが通過、今まで完璧に捕球してきた金剛寺君が見失い後逸したのだ。

 

 

これを見た三塁走者は躊躇せずにスタートを切った。カバーに入った竜祈とクロスプレーになり吹っ飛んでしまったが審判の手は横に伸びた。

 

 

歓喜の声が鳴り響くなか生還したランナーをハイタッチで迎え入れバッターボックスへと向かう。

 

 

狙い球は決めてあるしタイミングもあってるはず……前の打席で2球ファールにすることができたから打ち返す事も出来る。

 

 

それと竜祈には癖があった。それは拓郎も知らなかった癖だ。

 

 

スライダーを投げる時はストレートを投げる時に比べて僅かに左足を外に踏み出す。

 

 

準備は万端、それを今か今かと待ち続けていたらあっという間に追い込まれていた。

 

 

その後は内角に2球続けてストレートを投げ込んできて慌ててカットする。

 

 

続いて5球目、遂に左足が外に踏み出された、打ちにいこうとしたが前のバッターが空振りしたぐらいの高さで飛んでくる。

出かかったバットを無理やり止めようとするが一度打つ気で出したバットは簡単には止まらない。

 

 

「くっそ、当たれ!」

止まらないなら止めない、無理やりで止まらないなら無理やり当てるしかない。

 

 

ボールにバットが当たりカキ―ンと音が鳴ったが上っ面でとらえたボールはふらふらと飛んでくだけだった。

 

 

悔しさでバットを叩きつけ、一応一塁へ走ってはみたが完全にセカンドフライだ。

 

 

諦めながらも打球を追うと意外と伸びていた。セカンドが下がり、センターが前進してくる。

 

 

「落ちろ~!」

ベンチから拓郎の大声が飛ぶ、その想いが通じたのがセカンドとセンターの間にポテンとボールが落ちた。

 

 

アウトになると思っていたランナーが一斉に走り出し、サードランナーがホームを駆け抜けた。

 

 

クラスのみんなが歓声を上げ、俺はベンチにいる拓郎に小さくガッツポーズをした。

 

 

拓郎もそれに応え小さくガッツポーズを返してくれた。

グラウンドが逆転するんじゃないかとざわめき始めた、しかし、竜祈は次のバッターのために体力を残しているかのように8番、9番と難なく打ちとる。

 

 

タイムをとり、水分補給、汗を拭う。最終回、ツーアウト満塁、バッターは拓郎。

 

 

試合の行方を観客は固唾を飲んで見守る中、1球目が投げられた。

 

 

拓郎は狙っていたかフルスイング打ち返す、ボールはグングン伸びてホームランになると思われたが、手前で曲がり始めファールになってしまった。

 

 

後から聞いた話では、竜祈の1球目は球速でごまかされているが、実は甘いコース。拓郎は試合を見て気付いたらしい、みんなに言わなかったのはここ1番で打つためで他のバッターが手を出したら投げてこなくなる可能性を配慮していた。

 

 

そのボールを一発で仕留めにかかったのにファールになってしまった。

 

 

竜祈は安堵の表情を浮かべ、拓郎は落胆の表情を浮かべる。

 

 

もう打つ手は絶たれた、その想いが拓郎のスイングを鈍らせてしまった。

 

 

次の球も1球目ほどではないけど、甘いコースに投げ込まれたが中途半端なスイングでは前には飛ばない。

 

 

拓郎は自分を落ち着かせる為にタイムをとり打席を外して屈伸を始めた。

 

 

それでも落ち着かないのか審判に注意されるまでに打席に入らない、周りはざわつき始め、俺も心配になってきた。

 

 

タイムがかかっているならと拓郎の元に駆け寄ろうとした時、拓郎の元に唯が駆け付けた。

 

 

「何を固くなってるの?悪いイメージしか浮かばないならこうすれば吹き飛ぶわよ」

唯は拓郎の背中を両手でバンバンと叩き始めた。

 

 

「オッケー、見ててよ、でかいの打って優勝もぎ取ってくるからさ」

拓郎は立ち上がりバッターボックスへ意気揚々と向かっていく。

 

 

その姿を見送ると唯はベンチに入り、逆転を信じて試合を見始めた。

逆転のランナーである俺も拓郎が打ってくれるのを信じていつでもスタートを切る準備をする。

 

 

それからファールが何球も続く、竜祈と拓郎の意地がぶつかりあっている。

 

 

竜祈がその気になれば拓郎を歩かせ次のバッターを打ちとり試合を終わらせる事だってできたはず。

 

 

それを打たれるかもしれない拓郎と勝負するのは竜祈らしい。

 

 

後から竜祈から聞いた話では、クラスの勝利を優先するか、拓郎を打ちとって勝つという個人的な感情を優先するかで迷っていたという。

 

 

そして、マウンド上で迷いながら投げに投げて出した結果が、両方を優先するに至った。

 

 

最後の1球は誰も予測ができなかった球種、何故なら決勝まで、いや、最後まで1回も投げなかったのだからそんな球種を持ってるなんて誰も知らない。

 

 

「球が……来ない……」

 

 

竜祈が投げた球種はチェンジアップ、今まで投げていた剛速球に比べると遥かに遅い。

 

 

拓郎もストレートにタイミングを合わせスイングを始動させている、バットが止まるはずがない。

 

 

金剛寺君のミットにボールが納まり、竜祈のクラスの優勝が決まった。

「いや~、秘密で練習してたなんてね。あれは完全にやられたよ」

 

「誰も予測してなかったからな、竜祈は緩い球で勝ったらまた卑怯者って言われるから封印しときたかったみたいだけど」

 

「ならなんで練習したんだろうね?投げる予定が無いのに練習って僕には理解できないけど」

 

「最初は投げる予定だったんだろ、俺達との試合になって思い出したらしい」

 

「野球ならブーブー言わないのに。でも里優ちゃんに男らしくないって言われてへこんでたっけ」

 

「俺達が慰めるよりは早く立ち直ったけどな」

 

「僕達より竜祈の事知ってるからね。それにしても2年生は色んな事があったなぁ、慶ちんと唯とは同じクラスになれたし、竜祈は里優ちゃんと付き合う事になったし、円と仲良くなって喧嘩するようになったし、去年より楽しかった」

 

 

 

さっきまで熱気をたぎらせて投げていた拓郎だったが昔の事を思い出すうちにすっかりと物思いにふけ、悲しげな表情を見せる。

 

 

 

「そんな悲しい顔しても過去は戻って来ないぞ。それに楽しい事ならこの先だってまだあるだろう?もう3年になって受験とかで忙しくなるけど遊んだりできるはずだしさ」

 

「そんな顔してた?別にそんなつもりじゃなかったんだけどね。よし、未来の話でもしようか。慶ちんはもう進路とか決めてるの?決めてるよね?過去を振り返らない男なんだもんね?えっ、もしかして決めてないの?」

 

 

 

意地悪に笑う拓郎に少し腹が立ったがこの男の言う通り、まったくこの先の生き方なんて決めていない。

というよりは先の事なんて考えつかないし、なるべく考えたくない。考えようと思う事はたまにあるがまあいいか、なるようになると思い止めてしまう。

 

 

「そういう拓郎はどうなんだ?そこまで言うなら決まってるんだろ?」

 

「う~ん、僕も決まってないかな。やっぱり若者は先を生きるより今を生きないとね。今日を生きての明日なんだから。っと言う事で慶ちん!日が暮れるまでキャッチボールだ!」

 

 

拓郎が言う今日を生きるっていうのはなんとなくわかるけど、それならキャッチボールをしてないでちゃんと今考えないと駄目なんじゃないかと思わされる。

 

 

でも、こんなに楽しそうにキャッチボールをする拓郎には言いづらくて結局、日が暮れるまで続けるはめになってしまった。

 

 

しかも、そろそろ止めようと催促しなければ電灯があるところまで移動して続ける予定でいたという、恐るべし、拓郎の今日を生きる力。

やっと解放された俺は1人、冷たい風が吹く夜道を星を見ながらこの先の進路を考えながら歩く。

 

 

一体自分は何になりたいのかという事、どんな事をしたいのかという事。

 

 

それがわからなくてずっと考える事を拒絶していた。

 

 

でも、そろそろちゃんと考えないといけない時期がきているんだと実感している。

 

 

拓郎と昔話をして今いる位置が明確になったからだ。

 

 

拓郎はまだ決めていないと言っていたのが自分だけじゃなかったんだと内心ほっとしたけど、今のままでは駄目なんだとも思わせてくれた。

 

 

今日はしっかりと考えることにしよう、そう思ったけど……飯を食べて風呂に入ってベッドに横になった途端に強烈な睡魔に襲われる。

 

 

「今日を生きる……か,今日はしっかりと寝るのを優先しよう」

いつもと変わらないのも大事だと自己暗示をかけ電気を消して、俺は今日を終わらす事にした。

 


 
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