No.220672

『夢のマウンド』第一章 第六話

鳴海 匡さん

今シーズンは、東北楽天イーグルスに頑張って欲しいですね。

2011-06-04 18:10:56 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:976   閲覧ユーザー数:922

「あんまり時間、かからなかったね」

僅かな間とは言え、お世話になったマンションの管理人に鍵を返し、一言二言言葉をかわして車に乗りこんだ勇斗へ、拍子抜けした様子で舞が尋ねた。

「まぁな。どうせすぐに親父と母さんが帰ってくると思ってたから、荷物はまとめてアメリカに置いてきたんだ」

「でも、おじ様もおば様も今はフランスよね? となると、これから送られてくるのかな」

「たぶん、親父たちが一緒に持っていくんじゃないかな。だから必要になったら連絡して、送ってもらうよ。それに、大切なものは手許にあるから問題は無いんだ」

事実、勇斗の荷物と言えば野球道具に学用品、制服に私服と、あとは最低限の生活用品くらいしか無かった。

 

だが、ここでまたも一悶着あったことを付け加えておこう。

玄関を開け、勇斗を中へ通した際、彼が「お邪魔します」と言った言葉に反応した唯は、その美しい細い指で勇斗の上唇を押さえた。

そして――

「こぉら、勇君。『お邪魔します』じゃないでしょ?」

「???」

「これからは『ただいま』と言って、入ってきてね♪」

自分と同い年の娘を持つとはとても思えないような愛くるしい上目遣いで言われて肯かないほど、勇斗は女性に慣れている訳ではない。

唇に当てられた指先をそのままに、真っ赤になって何度も首を縦に振る。

そんな勇斗を、ニッコリと嬉しそうに微笑みながら見詰める唯。

まるで恋人同士の作り出す雰囲気(片方は自分の母親だが)に、舞は胸の奥がムカムカする感覚に襲われた。そして、いつまでも真っ赤な顔をしている勇斗に、その矛先は向けられた。

数分後――

 

「勇君、生きてる?」

「な、なんとか……」

「もう、舞ったら。いきなり木刀で勇斗君を殴るなんてどう言うこと?」

「自業自得よ! 何よ、お母さんをいやらしい目で見ちゃって。信じられない!」

「お、オレは別に……」

だが、未だ唇に残る唯の指先の感覚にドキドキしているため、強く否定できないでいる勇斗。

「あ~らら、舞ったらもしかしてヤキモチ~?」

「なっ、何言ってるのよ。どうして私がお母さんに!? いい加減年を考えてよ!!」

「ひ、酷いわ。幾らなんでもそこまで言わなくたって……ヨヨヨヨヨ~~(涙)」

「は、はは……」

母娘の遣り取りにさすがに着いて行けなかった勇斗は、ただただ苦笑するばかりであった。

ゴールデンウィークを過ぎてからは、迫り来る夏の大会に向けてのレギュラー争いを誰もが意識し、嫌が応にもピリピリとした雰囲気を発せざるを得なかった。

特に今年で最後となる三年生の気合は他の学年を圧倒しており、そんな中でも勇斗は徐々にその本領を発揮。

ピッチングの他に、硬軟織り交ぜたバッティングや守備におけるフットワークの軽さを見せつけ、ピッチャー以外の上級生にとっても、頼れる一年であると同時に、自分のポジションを脅かす存在となっていた。

そんな彼の存在に、同級生たちも奮起し、先輩からポジションを奪取せんと意気を高める。それに負けじと、二年、三年も上級生の意地を見せる。

それを頼もしく見守るのが、大波久パワフル高校野球部監督。

毎年、あかつき大付属高校と戦い、勝利しての甲子園出場を目標としていたが、近年は公式戦での対戦もままならない状態が続いていた。

が、今年は近年にない戦力の充実振りに、いつにない手応えを感じていた。

そんな彼の視線の先には、ピッチング練習に励む勇斗と、忙しなく部員のサポートに奔走する舞の姿があった。

彼はかつて、球速150キロを誇るパワ高のエースとして、勇斗の父・晋作と舞の父・豊らとともに、甲子園準優勝を果たしたパワ高黄金時代の一人であった。

それぞれの事情から、晋作、豊と同様にプロ入りを断念した彼は、指導者の道を選ぶ。そして母校の監督になったものの、未だ甲子園出場の夢は叶っていない。

そんな彼の前に現われた、かつて自分たちを甲子園へと誘ってくれた、チームメイトの子どもたち。運命論者ではない大波であったが、それでも何かを感じずにはいられなかった。

(晋作、豊……あの時、お前たちと一緒に出場した甲子園。今年こそ、果たして見せるぞ)

「なぁ、舞」

「どうしたの、勇君?」

「いや、なんか、妙な視線を感じるんだが……何かこう、生暖かいような、纏わりつくような」

「え、勇君も!? 実は、私も……」

「お前もか。何だよ、ストーカーとか言うんじゃないだろうな」

「ちょっと勇君~、やだよ~怖い事言わないでよ~」

「ああ、悪い悪い。でも、やっぱ気持ち悪いよな……まぁ、オレも注意するけど、同じ女同士の方が話しやすかったりもするだろうし、先輩に聞いてみたらどうだ? 何かいいアドバイスとかもらえるかもしれないし」

「う~ん……うん、そうする。でも、帰りとかはお願いだよ、勇君」

「ああ、任せろ。何があっても、舞はオレが守ってやるから」

「エヘヘ(///)、アリガト、勇君♪」

練習後、部室前にて。

「今日もお疲れ様、優希ちゃん、舞ちゃん」

「いや~、ホント、お疲れさまですよ。梓先輩」

「最近は蒸し暑くなってきましたからね。髪とか肌が、すぐベタベタになっちゃいます」

そう言って苦笑を浮かべる舞に、ニマニマと笑みを浮かべる優希。

「そうよね~、あんまり汗とかかいて、い・と・しの杉村君に嫌われたくないものね~。『舞、結構汗っかきなんだね』なぁんて。あ、それともぉ~、彼ってそういうのが好きだったり? 『舞のにおい、オレ、好きだよ』みたいな~♪」

「ちょ、ちょっと優希先輩!? 何ですか、そのあらぬ妄想は!! だ、大体私と勇君はただの幼馴染みで、そ、そういう関係とは違いますからっ!!」

「で、本当はどうなの?(ワクワク)」

「梓先輩まで!? しかも口で『ワクワク』とか言わないで下さい!! ホントに、何でも無いんです、信じてください~」

そんなやり取りをしている所に、軽快なメロディが流れる。

それが自分のメール着信音だと気付いた舞は、「チャンス!」とばかりに携帯電話を取り出す。

あからさまにほっとする舞に対し、如何にして追及の手を伸ばすか、ニヤニヤと思案を凝らす。

と、そこに通りかかるのが、グラウンド整備を終えた一年生たち。

その中で、矢部を含めた数人のメンバーと雑談をする勇斗の姿もあった。

「あ、勇君。ちょっと、いいかな」

そう言って、可愛く手を合わせて「お願い」のポーズを取る舞に、メンバーから囃し立てる声が挙がる。

「うるさい、お前ら!!」と、少し頬を赤くして部員を部室に放り込むと、小走りに彼女の元に寄って来る。

「ったく、アイツらは……」

「アハハ、ご、ごめんね」

「いや、舞は気にする事は無い。で、どした?」

「うん。さっき、お母さんからメールがあって、お醤油が切れそうだから、帰りに買って来てって。他にも、ついでにちょこちょこっと。で、遅くなりそうだから、勇君は先に帰ってて」

「あ? 何でだよ。荷物があるなら、男手があったほうがいいだろ。それにホラ、昼間の、何か気持悪い視線の件もあるし」

「うぅ、思い出させないでよぅ……そうなんだけど、でも、勇君も練習で疲れてるでしょ? それに、ウチとスーパーって反対方向だし。それに、普段から買い物くらい、一人でしてるから大丈夫だよ」

「それだって、昼間だろ? それに、先に帰って、心配して落ち着かないでいるくらいなら、一緒の方がずっとマシだ。言ったろ、舞はオレが守るって。だから、心配すんな。じゃ、パパッと着替えてくるから、待っててくれな」

そう言って舞の頭をポンポンと撫で、その手を軽く振りながら、駆け足で部室の中に消えて行く勇斗。それを見送る舞の表情は、嬉しさと気恥ずかしさで、いっそみっともない程に相好を崩していた。

「ねぇ、先輩?」

「なぁに、優希ちゃん」

「先輩方を差し置いて、苦々しいほどにスウィートな空気を醸し出す後輩には、お仕置きが必要ですよね」

「そうね。それと、杉村君とは、どうやら幼馴染み以上の関係みたいだし。その辺りもつついて見ましょう」

「はぁ、でもそれは、何だか地雷のような気も……」

「優希ちゃん。女にはね、分かっていても、踏まずにはいられないものがあるのよ」

「そう、ですよね。私たちには、知る権利がありますよね。イロイロと」

「あるわよね~、イロイロと」

そう言って妖しい笑みを浮かべつつ、背後から迫り来る二匹の獣の姿に、だが脳内ピンク色で染まった舞は、残念ながら気付くことが出来なかった。

そして始まった、「話し合い」と言う名の尋問。

そこで思わず発してしまった、「勇君とはただの同居人」のセリフ。

ますますヒートアップの女傑二人に、最早羞恥の極みに達した舞の鉄拳が唸る。

余談ながらその内容は、着替え終って部室から出てきた、勇斗を除く野球部員の耳にも届いていた。

可愛くて、明るく、何事にも一所懸命。そんな舞に憧れる野球部員は、決して少なくない。その人気は、部員以外にもいるほどで、それだけに「幼馴染み」と言う望んでも得られないポジションを持つ勇斗は嫉妬の対象であった。

それでも今までは、両親から離れ一人暮らしという事で、多少の同情心からプラマイゼロと言った所だった。が、この瞬間、その方程式は完全に崩れ去った。

彼らは目線を交わし、無言で肯き合うと、静々と部室へと戻って行った。

その後、部室で何があったかは、明記しない。


 
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