Scene3 地面に落ちる四つの影
私、春流美ちゃん、冬莉ちゃんの三人は――
「どんだけ広いんだよっ、この学校はー!」
――校舎裏の道をとぼとぼと歩いていた。
叫んだ冬莉ちゃんはそのままガックリと腰を落として校舎の壁によりかかり、ゼーハーと肩を上下させていた。私達も足を止めて一息つく。さすがに、疲れた。
椚木さんがどこにいるかなんて心当たりのない私達。どこを探そうにも昨日椚木さんと出会った場所しか思い当たらず、とにかくそこに向かった。だけど世の中そんなに甘くないみたいで、当然のように椚木さんは見つからない。しょうがなくその辺りを手当たり次第走り回ってみたのだけど。
「ほんと。十数分走っているのに裏道を半分も回り切れないなんて、何を考えてこんなに敷地広げたのかしら」
春流美ちゃんも珍しく疲れた様子で溜息をついた。簡単に見つかると思って調子に乗って走りっぱなしだったからね。かくいう私も、もう限界。
そもそもこの高校はおかしいのだ。ここ県立月ヶ丘高等学校は、私たちは普通科なのだけど、色んな学科を揃えた結果、全校生徒は二〇〇〇人強を誇り、それだけの人数がいるというのに普通の高校よりも余裕を持って収めているのだからその広大さは想像するに簡単。さらにそんな中でもカリキュラムを全う出来るように施設も豊富で、例えば体育館なんてバレーボールコートを六面張れる程大きいのが二棟も建っている。……うん、変な学校だ。しかもそれで県立だなんて。
「だから、探検のしがいがあるんだけどね」
「今はそれがまるっきり仇になってるのだけど」
「ううっ」
だいぶ落ち着きを取り戻した春流美ちゃんが、痛い所を突いてきた。それを言うのは卑怯だよぉ。
「それにしても、これからどうする? 仲良くなろうにも、本人に会えないと話が始まらないよ」
「そうなんだよね」
昼休みの喧騒からほど遠い位置にあるこの裏道に、誰かがやって来るような気配は感じない。その誰かに、目的の彼女も含まれてしまうわけで。唯一の手がかりだというのに、最も可能性の薄い場所を探している気がしてもどかしい。
にゃー。
「……はぁ」
溜息が聞こえたけど、もう誰のかも分からない。私かもしれないし、違うかもしれない、その判断がつかないくらいに私達は意気消沈していた。
にゃっ、にゃ。
――さっきから、にゃーにゃーって聞こえる猫っぽい鳴き真似を誰がしているのかってことも。
「……え? 猫?」
今更気付くのも変な話だけど、猫の鳴き真似を私はもちろん二人がするわけがない。となれば、本物の猫がそこにはいるはず。
そう思って目を向けると、土の地面の上を三匹の猫が互いの行く先なんてお構いなしにジグザグに歩いていた。その猫たちの他には、さらに一匹の猫を抱いて、足元の猫たちの動きに注意しながら慎重に歩を進める女の子が……、
『――って、いるしっ!』
「っ!?」
春流美ちゃんも冬莉ちゃんも気付いていたみたいで、三人揃って声を大にして叫んでいた。
目的の探し人、椚木秋さんがそこにいた。表情は読みづらいけど私達の叫び声に少しびっくりしていて、不安そうな瞳でこっちをじっと見ている。心中を和らげるためか、抱いた猫を胸元に押し付けているような気がする。
どうでもいいことだけど、思い返すと恥かしいくらいの大声だったのに、四匹の猫は慌てることなく平然としている。足元の一匹は毛づくろいしているぐらいだし。
――この猫たち、大丈夫なのかなぁ?
ううん、今は椚木さんの事が先。やっと、見つけられたんだもん。警戒心の欠片もない野に生きる猫たちの事も気になるけど、それは後。
「く、椚木さんは今何してるの?」
……他に何か良い話題は無かったのだろうか。とりあえず喋りたいと思った気持ちが先走って、私は勢いだけで話しかけてしまった。
「えっ、う、……私は教室に帰る所だけど?」
呆れられると思った予想に反して、なぜか椚木さんは驚いたような慌てたような、そんな色んな風に取れる口調でどもっていた。
そんなに変だったかな、って私が不思議に思っていると、椚木さんが抱いていた猫が手足をジタバタさせて、苦しそうに鳴き声を上げた。
「あっ、ごめん。ぶっそうげ」
慌てて緩めた腕から零れ落ちるように抜けだしたぶっそうげと呼ばれたトラ猫は、空中でくるりと身を翻して難なく着地した。おおう、すごい。
それにしても、ぶっそうげ、ってやっぱりあの猫の名前なのかなぁ? 漢字で、えっと、……物騒気? うーん、最早名前の由来がさっぱり分かんないよ。
またも逸れかけた思考を元に戻す。猫たちと向かい合うように、椚木さんは膝を曲げて、
「うん。ほ……」
四匹の猫に話しかける椚木さんは途中で言葉を切った。ちらりと私達の方に目線を向けてから、改めて口を開いた。
「じゃあ、またね」
なんで私達の方に注意を向けたのか分からない程に、変わらない口調だった。猫たちは口々に鳴いて返すと、元来た道や茂みの中、足元を通り過ぎて私達の後ろの道と散り散りに駆けて行った。
気付けば椚木さんも、私達の横をすり抜けるように歩いていた。
――ここで逃がすわけにはいかない!
たぶん、この時三人が三人ともこう思ったに違いない。その中で、最も早くその方法を思いついて、さらに最初に実行に移ったのは――
「くーぬーぎー、さんっ!」
「ひゃっ!?」
――大胆にも椚木さんに抱きついて動きを封じることにした冬莉ちゃんだった。椚木さんは可愛らしい声で短く悲鳴を上げてうろたえていた。
あぁ、懐かしいな。どうやら冬莉ちゃんはハグ癖があるらしく、気にいったものには抱きつくみたいで、私も春流美ちゃんも入学初日にいきなり抱きつかれて慌ててたなぁ。懐かしむ私の横で見守る春流美ちゃんは、面白そうに目を細めている。
そんな事情を全く知らない椚木さんは、わたわたと手を振って振り解こうとしていた。が、一向に腕の束縛が外れる気配は無い。冬莉ちゃんは上手い具合に椚木さんの動きをコントロールしていた。
「ちょっ、あの」
「ん、ボク? ボクは芙蓉冬莉だよ」
椚木さんの心中なんてお構い無しに冬莉ちゃんは自己紹介していた。
「し、知ってます」
かろうじて抜け出した椚木さんは、肩で息をする。その後ろで冬莉ちゃんはきょとんとしていた。どうやら冬莉ちゃんの注意が薄れたから逃れられたようだ。
「ボクの名前知ってるの?」
不思議そうに尋ねる冬莉ちゃんに、椚木さんは無表情のまま呟くように言う。
「……同じクラスだから」
続けて春流美ちゃんも訊く。
「ねえ、ならわたしの名前も?」
「あせび、さん」
特に悩む事もなく答えた椚木さんを見て、私達は、何て言うか安心した。気付かないうちに私達は若干の懸念を抱いてたみたい。でも、殆ど教室にいないのに、話した事なんて全然無いのに、彼女は私達の名前を覚えていてくれた。
――他の人に興味無いなんて事は無かったんだ。
「……えっ、なんでみんな近づいてくるん?」
「えへへ~」
嬉しくてつい私達はにこやかな笑顔で椚木さんに接近したわけだけど、怖がる椚木さんの目には不気味に映っているのかも。
まあ、そんなの気にしないけどね。椚木さんは私たちから逃げるように歩き始めた。追いかけると、さらに早足で逃げるから、それに合わせて私達もスピードを上げる。何度かそんな事を繰り返していると、諦めたのか疲れたのか椚木さんは歩みを緩めた。
授業までそれほど時間が残っていなかったから、私達は歩きながら椚木さんに話しかける。たいていは冬莉ちゃんと私が騒いで、春流美ちゃんが諫めるといった感じだった。椚木さんは表情をずっと変えず、前だけ向いて黙っていた。口を開いたのは数えるほど。でも――
「そしたらね」
「へえ~」
「ふふっ」
「……うん」
――それでも、今はそれだけでも、言葉を交わせたことが大きな前進であると、すごく嬉しく思う。
放課後、さらに仲良くなろうと椚木さんを探したんだけど、またしてもいつの間にか姿を消した彼女を、今度は見つけることは出来なかった。
校舎裏を探してみても今度は見つけられなかった。湿った風だけが私の頬を撫でる。見上げると太陽の光を遮るように、分厚い雲が空を覆おうとしていた。
……明日は、雨かな?
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続き~。オリジナルもの。折り返し地点です。
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