こんにちは、智樹です。
前回、前々回と続いたある神様とのお話ですが、楽しんでもらえたでしょうか?
読んでいない方は家にアマ公という変な犬が住み着いている時のお話程度に思ってもらえれば結構です。
さて、皆さんは上記の本編において一言も発言する事が無かったヒロインがいた事にお気づきでしょうか?
そう、僕の幼馴染である見月そはらです。
なぜ彼女がそういった待遇だったのか? 話の都合? 作者の力量不足? いいえ、違います。
実は彼女にものっぴきらない事情があったのです。今回はそれを覗いてみましょう。
「ふぅ。平和よねぇ」
その日、私は朝日が差す教室でまったりと過ごしていました。この台詞を智ちゃんが言うといわゆる『フラグ』になってしまいますが、私なら何のも問題ありません。
「そうだな、平和だな」
しかし同意してくれる智ちゃんはどこかソワソワしています。また何かエッチな事でも企んでいるんでしょうか? だとしたら、いつも通りにお仕置きをしなければなりません。それも日常の一コマであり平和の一部ですから。
「おっはよ~! ギリギリセーフ!」
私がそんな事を考えていると、アストレアさんが元気に挨拶しながら教室に入ってきました。ちなみに、セーフと言ってますがもう一時間目の授業は終わってますからアウトです。もっとも、アストレアさんを含めイカロスさんとニンフさんに進級の心配はありません。なにしろ最初から不当入学ですから。
あれ? アストレアさんの後ろに何かいるような…?
「こら! やっぱり連れて来やがったな!」
「別にいいじゃない。アマ公だって家に一人じゃ寂しいでしょ」
「ワンッ」
そう言ったアストレアさんの背後から飛び出してきた『それ』は智ちゃんに飛びついて顔を舐め始めました。
「うわっ! 分かった! 分かったから離れろ!」
智ちゃんにじゃれつく大きくて真っ白な犬。
大きくて、真っ白な、犬。
何アレ可愛い。
~いぬのかえるうち 番外編~
「はぁ、とにかく問題は起こすなよ!」
「は~い」
「ワウッ!」
やだあの犬、すっごく可愛い。毛むくじゃらで触ったら気持ちよさそう。それにポァっとしてそうな表情が保護欲をそそる! ああ、なでたい! お腹とかすっごくなでなでしたい!
「アマ公、マスターの言う通りに大人しくしていて」
「ワンッ!」
ああっ、なんて事! イカロスさんがそのお腹をなでてるっ!
「やっぱり来たんだアマ公。じゃあさっそくモフモフさせなさい~」
ああ、ニンフさんがモフモフしてる。いいなぁ、気持ちよさそうだなぁ。ううー、私もモフモフしたい! 思う存分フカフカな毛に頬ずりしたい!
「ん? どうしたそはら?」
「え? う、ううん! なんでもない!」
智ちゃんの声でとっさに我に帰る私。いけない、いけない。
私はこれでもクラスじゃ常識派で通ってる。そんな私がいきなり不審な犬に抱きついて頬ずりとかイメージ崩壊もいいところ。ここはアストレアさん達をたしなめつつ世話を申し出て、それとなくなでてあげる。うん、実に自然。オールオッケー。
「もう、そんなになでまわしちゃその犬…アマ公だっけ。その子も迷惑だよ? ここは私が面倒を―」
「大丈夫ですよー。アマ公ってなでられるの大好きですし、今は私が飼い主ですから!」
「そ、そう? なら、いいんだけど…」
作戦失敗。アストレアさんの眩い笑顔に押されて最後まで言いきれなかった。
それにしても、アストレアさんに生き物を飼わせるなんてよく智ちゃんが許したなぁ。
「じゃ、じゃあ少しだけ触らせて…」
「よーし、始めるぞー」
数学の竹原先生が来て二時間目の授業が始まります。
結局、その日はアマ公に触る事ができませんでした。
あれから、私は何とかアマ公をなでたいと思っているんですが。
「お邪魔しま~す。智ちゃん、アマ公いる?」
「いるけど今はちょっと、な」
「アストレア、アマ公、待ちなさい」
「いやぁぁぁぁ! 待ったら死ぬうぅぅ!」
「キャインキャイン!」
「…何があったの?」
「アマ公がまたイカロスのスイカ畑を荒らしてな…」
「あー…」
それはイカロスさんが戦闘モードで追いまわすには十分な理由です。アマ公をなでなでしたけど、そうしたらイカロスさんの攻撃の余波で間違いなく死んでしまいます。
こんな感じでどうにもうまくいきません。私はまだ一回もアマ公をなでていないのです。五月田根会長や守形部長でさえ触ったりなでたりしてるのにっ! 私だけっ! 一度もっ!
「えーと、ソハラ。お茶でも飲んでく? とりあえず落ち着いて、ね?」
ニンフさんはおかしな事を言う。別に私は興奮なんかしていない。実に冷静だ。クールなのだ。
「…智ちゃん。また、来るね」
「あ、ああ」
智ちゃんの私を見る目もいつもと違う気がする。きっと私のがっかりした内面を見抜いたからだろう。やっぱり智ちゃんは私の心情を分かってくれているんだと思うと嬉しい反面、少し腹が立つ。察しているならそれとなく便宜してくれればいいのに。
「なんかそはらの奴、最近おかしくね?」
「それくらい気付いてあげなさいよ、鈍感トモキ」
なんかニンフさんとこそこそ話しているけど、きっと近いうちにアマ公を触らせてくれる相談に違いない。もう、私に内密で進めるなんて智ちゃんってば照れ屋なんだから。
「………」
「わ、わー。見てアルファー、あのお店に可愛い服があるわよ」
「…うん、可愛い」
「買わないからな! 絶対に買わないからな!」
今日はアマ公の飼い主を捜しに都会にまで足を延ばしてきました。ちなみにアストレアさんとアマ公は別行動中です。
そう、アマ公の飼い主捜しなんです。だからニンフさんの言動はKYなんです。どこぞの空気の読めない次期頭首みたいな発言なんです。何故か悪い雰囲気を取り繕おうという演技をしてまで智ちゃんに甘えたいんです。なんとなく本当に場の雰囲気が悪いかなーとか思う時もありますけど、きっと私の気のせいです。
「…トモキ、ソハラはもう限界よ。いい加減に察してあげなさいよ」
「察するって何をだ? それにしても最近のそはら、暗いよなぁ」
またニンフさんとこそこそ話しているけど、きっとニンフさんのKY発言を注意しているからでしょう。
いつもの私ならニンフさんみたいに智ちゃんとのお出かけを楽しんでいたでしょう。でも今はそんな気分になれないんです。
「…そはらさん」
「え、なにイカロスさん?」
「最近のそはらさんは元気がありません。私でよければ相談に乗ります」
「え? だ、大丈夫だよ。大した事じゃないから」
言えない。ただアマ公をなでなでしてモフモフしてすりすりしたいだけなんて、そんな情けない事言えない。言えばイカロスさんの私を見る目が変わると思う。間違いなく悪い方に。どうやら自分で思っている以上に顔に出てしまっているらしい。これ以上怪しまれる前に何とかしないと。
「ね、ねえ智ちゃん。アストレアさんとアマ公だけだと不安だと思うんだ。ほら、都会って危ない事もあるし」
「うーん、確かにそうかもなぁ」
よし、ここで私が様子を見に行くって言えば実に自然だ。今度こそいける!
「じゃあ俺が様子みてくるわ。イカロスとニンフを頼むな、あいつらもまだ時々変なこと始めるし」
「…あー、うん」
うん、分かってた。多分そうなるんじゃないかなーって思ってた。
これはもう神様が私の事を嫌いなんでしょう。きっとそうに違いありません。
「あー…」
私がアマ公に会ってから十日が経ちました。
「もう駄目、もう限界」
そう言いながら自分の部屋のベッドにうずくまる私。もう色々と限界でした。欲求不満でどうにかなりそうです。
「明日はもう強引に行こう。うんそうしよう」
もう恥とか外聞とか気にしてられません。多分これ以上は自分の精神が危ないですから。
「ん…?」
その時、私の携帯からメールの着信音がしました。
「はっ! はっ!」
私は息を切らせながら、大桜のふもとにある小さな祠に来ていました。
「見月さん待ってたわ~」
祠の前で私を迎えてくれたのは会長でした。
「詳しく教えてください。智ちゃんとアマ公が危ないってどういう事ですか?」
「残念だけど、詳しく説明してる暇はないのよね~。とにかく見月さんにはアマ公ちゃんを助けて欲しいの、それが桜井くんを助ける事にもつながるハズよ~」
「私が、ですか?」
「ええ、こっちに降りてきて」
祠はどうやら地下があるらしく、そこへ私を誘う会長。ここまで来たら引き返す余地はありませんでした。
「ここは…」
「きたか、見月」
「部長!?」
地下で私を待っていたのは守形部長と会長の若い衆、そして―
「………なんですか、これ」
地面に出鱈目に書いたような文字におどろおどろしい小物、そして中央にある巨大なテーブル。なんというか、悪魔召喚の儀式でも行いそうな雰囲気なんですけど。
「さっそくここに寝てくれ」
「えーと、何でですか?」
このまま流されると何か酷い目に会いそうな気がするから質問します。私の嫌な予感センサーもビンビン訴えていました。
「アマ公、本当の名はアマテラスというが、どうもあれは神の一種らしい」
「は? あの、部長?」
部長の新大陸への情熱を始めとするオカルト紛いの趣味は知ってるけど、今回はまたずいぶんとぶっ飛んで…もとい、極端な話だと思う。
「だが今のあれは人間の信仰心を失い大半の神通力を失っているのだろう。今はそれ一時的にでも取り戻させる必要がある」
「それが智ちゃんを助ける事になるんですか?」
「ああ、どうも鳳凰院邸で起こっている騒動に智樹達が巻き込まれているらしい。事態は急を要する、頼む見月」
「えーっと、智ちゃんを助けられるなら協力しますけど…」
「なにか問題があるのか?」
「いえ、これ絶対に神様を信仰する儀式じゃありませんよね?」
私達が話してる間に会長達が準備を進めている儀式ってどうみても悪魔を呼び出しそうな代物なわけで。
「大丈夫だ、そもそも荒神への儀式には生贄の使用も行われていたハズだ。大差は無い」
「有り過ぎですよ! というか今生贄って言いましたよね!?」
「そうか、引き受けてくれるか。流石は見月だな」
「さあ、こっちよ~。大丈夫、ちょっとトリップしてもらうだけだから~」
「スルーですか!? 人権侵害ですか!? 嫌ですってば!!」
私の抗議を無視して魔法陣の中央にあるテーブルへ私を運んで行く会長とその若い衆。
拙い! これじゃあ本当に先輩達の娯楽の生贄にされる!
「これ以上おかしな事したら舌噛みますからね! 本気ですからね!」
「アマ公ちゃんを助けたら、なで放題モフモフし放題なんじゃないかしらね~? ほら、恩人の特権的な意味で~」
「やりますっ! 私が生贄になりますっ!」
私って、ホント馬鹿。
『ワンワンッ!』
あ、アマ公だ~。
『ワフッ!』
えへへ、もふもふ~。
『ワンッ!』
すりすり。あー、可愛いなぁ。気持ちいいなぁ~。
『ワン!』
もう、駄目だよそんなところ舐めちゃ~。
「うふふ~…」
「…美香子。本当に見月は大丈夫なのか? 明らかに重度の幻覚を見ている様だが」
「大丈夫よ~。………多分」
「………トモキ」
「…なんだ」
「私ね、そろそろソハラを何とかしてあげるべきだと思うの」
「そうだな。俺もそう思ってた」
ニンフの提案に頷く僕。それくらい今のそはらは見ていて痛々しい有様でした。
「しくしくしく…」
アマ公が我が家を去ってから数日。その間そはらはずっと教室の机に突っ伏して泣いていた。
まさかあいつがそんなにアマ公を可愛がりたいと思っていたとは知りませんでした。
「やっとイカロスが調子を取り戻したってのになぁ」
「アルファーは前より気合い入ってるくらいだけどね」
イカロスは今回の事件で自分が僕を守れなかった事に責任を感じていたらしく、かなり落ち込んでいたのです。ニンフと一緒になってようやく元気を取り戻させる事ができたのですが、今度はアマ公より強くなるとか言い出して日々アストレアと特訓しています。正直、アストレアが大空に笑顔でキメる回数が増えただけですが。
「そはらさん」
「イカロスさん? ふふふ…こんな馬鹿な女を笑って、お願いだから」
話しかけるイカロスにまで自虐するとは、本当に重症だなぁ。
「大丈夫です、アマ公はちゃんと帰ってきます」
「…本当?」
「はい、アストレアはそう言ってました。私もそれを信じています」
…そうだったのか。イカロスもアマ公に帰って来て欲しいんだな。あいつも家族ってものを無意識にでも感じ始めているのかもしれないな。
「そっか、そうしたら―」
「はい、そうしたら―」
「思う存分ナデナデモフモフスリスリできるのね!」
「思う存分リベンジ、です」
「………ニンフ、イカロスを頼む。俺はそはらを言い含めておく」
「…うん、りょーかい」
せっかくアマ公が帰って来てもこの二人をなんとかしないと惨劇しか起きません。
「おいお前ら、少し落ち付け」
いつか帰ってくるあいつの為にも、僕はそはらの気を静める事に尽力するのでした。
~いぬのかえるうち そはらファンの方ごめんなさい編 了~
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『そらのおとしもの』の二次創作になります。
今回は以前書いた物の番外編です。とはいえ、今回の某お犬様は完全に脇役なのですが。
前編 http://www.tinami.com/view/211298
後編 http://www.tinami.com/view/215028