No.219540

恋姫異聞録 夏の番外編其の弐

絶影さん

第1回同人恋姫祭り参加作品です

夏侯の夏ということでこんなん書きました

そうそう、私のSSの紹介書き忘れていたので書いておきます

続きを表示

2011-05-30 00:30:29 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:12495   閲覧ユーザー数:9331

―夏―

 

 

 

目の前に立つ一風変わった建物。周りの建物とは全く違う、床は地面より高い位置にあるし

屋根は瓦で覆われていて、雨戸を外し戸を開ければ外から室内が丸見えで

壁があまりなく、しっかりとした柱が家を支える

 

家の裏手には入り口が有り、入れば土間が広がり竈が置かれ、隣には囲炉裏部屋

近くには大きめの風呂が作られていた

 

屋根も少々高い位置に作られていて、なにより眼を引くのは床にきっちりと隙間なく

敷かれたい草を織り込んで作られた畳である

 

「これが、昭が天の国で住んでいた家か」

 

「うん・・・・・・職人さんて凄いな」

 

真夏の新城、男と肩に乗る娘、そして春蘭と秋蘭の目の前にはボロボロだった屋敷が

呉へと出かけている間に綺麗に作り直されていた

 

出発前に職人達からどのように屋敷を直しますかと問われ、秋蘭が

 

「天の国の建物とはどんなモノだったのだ?」

 

と言ったのが発端。男から詳細を聞き、よほど天の国の家と言うのに興味が沸いたのだろう

想像を広げボロボロの屋敷を取り壊し基礎から大勢で一気に作り上げていたのだ

 

「うむ、では中に入ってみるか」

 

「春蘭。入る前に靴を脱いでから入ってくれ」

 

「靴を?そんな事をしたら敵襲があった時に裸足で逃げるようになるではないか」

 

「まぁそうなんだが、靴のまま入るとせっかくの畳と床板が駄目になってしまうんだ」

 

玄関から入り、そのまま部屋に上がろうとする春蘭を俺は慌てて止めた

確かに春蘭の言うとおりなんだが、俺が説明すると「不便なものだ」と靴を脱いで放りなげ

俺はそれを苦笑しながら丁寧に靴箱にしまいこんだ

 

・・・・・・というか、靴箱まで有るのか。本当に職人さんて凄いんだなぁ

 

中に入り、居間へ移動すれば広がる畳、干したい草の柔らかくも良い匂い

俺は懐かしくなって顔がほころんでしまった。涼風も気に入ったのか眼を輝かせて俺の背から降り

畳の上に寝転んでいた

 

「畳といったか、足触りもよいし匂いも良い。座るのも楽そうだ」

 

「うん、子供の頃から味わっていた感触や匂いだから、凄く懐かしいよ」

 

寝転ぶ涼風の隣に腰を下ろす秋蘭は「良かったな」と一言いってくれた

俺は頷き、同じように腰を下ろして畳を手で触り感触を思い出す

 

職人の想像で作られた畳は少々眼が荒く、指に引っかかるものがあるが子供の頃から慣れ親しんだ

感触と変わらないものがそこにはある

 

「おお、この家は随分と涼しいのだな」

 

あちこち部屋を覗いていた春蘭が居間へと来ると、涼風の隣に寝転んで頭を俺の胡座に乗せる

 

「それにこうやって何処でも寝転べるのが良い。何時もの家では部屋で寝転ぶと言うのはあまり出来無いからな」

 

確かに、今までは寝室でさえ寝台に乗ってから寝転んでいた

靴を家の中ではかないというのは生活においての衛生面というやつがとても良いのだろうな

外で何を踏んで居るか解らない土足で室内を歩くと言うのはやはりあまりいいものでは無いと寝転ぶ姿を見て改めて思う

 

「隊長ー!家できたんやて?」

 

「わー!スゴイのー!!何処から入ればいいのかな」

 

「此方からですか?二人とも、あそこで靴を脱いでから入るらしいぞ」

 

それから、新築の家に凪達が立ち寄りこの家は涼しいと知ったからだろうか、ほぼ毎日のように立ち寄っては

居間で寝転んでいた。話を聞きつけた霞は一馬が居ない間、一馬の為に作った部屋を占領し

季衣は縁側の廊下で腹を出したまま昼寝をし、土間では何故か流琉が秋蘭と食事を作ったりしていた

 

それから数日・・・・・・

 

 

 

 

「ただいま」

 

玄関の戸を開けて靴を脱ぎ、下駄箱に靴を入れるのは華琳

 

小脇に竹簡を抱えそのまま真っ直ぐ居間へと進み、居間に置かれた長机へ座布団を敷いて座る

 

「・・・・・・あのな、此処は避暑地の別荘じゃないぞ」

 

「良いじゃない、城は暑くて仕事にならないのよ」

 

いつの間にか春蘭の部屋に住み着いた華琳は、まるで家主のように居間の机に仕事道具を置き

正面に呆れ顔で座る男など気にする様子もなく硯に置いた筆を取り、仕事を始めた

 

「華琳様ーっ!城から新しい竹簡をお持ちしました」

 

満面の笑みで縁側の廊下をバタバタと走り、居間に入ってこようとする桂花を俺は必死で止めた

 

「靴を脱いでくれ。何回言ったら解るんだ、この家は違うんだよ」

 

「うるさいわね、何で私がアンタの言う事聞かなきゃならないのよ。だいたい面倒なのよ家に入るたびに靴を脱いで」

 

土足で上がりこみ、足あとがくっきり残る廊下を指差し

 

「家主は俺だ、従ってもらえないと困る」

 

と言えば桂花はその小さな背をいっぱいに伸ばして俺に食って掛かる。勘弁してくれ何度この問答を繰り返せば

解ってくれるんだ

 

「華琳様がこの場所に居る以上、私は華琳様のお仕事が滞り無く進むよう城に行き来しなければならないの!

邪魔しないで」

 

「桂花、昭に従いなさい。此処の家主は彼よ」

 

俺に殴りかかるかのような勢いで話す桂花に華琳の鶴の一声がかかる

すると「ぐぬぬぬぬ」と歯ぎしりと怨念の篭った眼を俺に向けてくるが、俺は溜息を一つ

そして雑巾を差し出だした

 

「廊下が駄目になる。ふいといてくれ」

 

「何で私がっ!」

 

「桂花」

 

仕事が進まないわ、とばかりに桂花を少しだけきつい瞳を向ける華琳。すると桂花は悲しい顔になり

次に俺に「覚えてなさいよ」と恨みがましい声で靴を脱ぎ、ドタドタと竈の方に引いてある用水路へと走っていった

恐らく桶に水を汲んでくるのだろう

 

というか、家主が華琳になってないか?

 

「あのな、此処はお前の職場じゃ無いだろう」

 

「邪魔しないで、此処はマシな方だけど暑いのには変りないし、仕事も進まないの」

 

「あー俺が言ってるの理解してるか?」

 

机の対面で腰を降ろし、話しかければ聞いてない。というか聞く気が無いのだろう

 

・・・もういい、諦めた。と俺は寝転び体を伸ばすと暑い夏の日差しが部屋に挿し込み

華琳は眩しそうに竹簡を睨んでいた

 

仕方ない、簾を掛けるか。俺はそう思い、廊下に出て簾を調節しながら華琳が日陰に入るように広げる

 

「華琳様、暑いんですかー?」

 

その様子を庭で春蘭と遊んでいた涼風が見て、廊下から身を乗り出して華琳に問う

涼風の眼は輝いていて、どうやらアレをやりたいらしい

 

「涼風、そうね少し。でも大丈夫よ、昭が日陰を作ってくれたから」

 

華琳が筆を置き、笑で返すと涼風は「じゃあもっと涼しくしてあげるー!」と家の裏手へと走る

その様子を見て華琳は首を傾げたが、また筆を手に取り竹簡を睨む

 

まだ日も高いわけでも無く、朝食を取って少ししか立って居ないというのに外は暑く

風も吹かぬまま、じっとりと汗が流れるがそれも気にすること無く筆をすすめる華琳

次第に暑さに負けてつい溜息を一つ吐いた時、頬を涼しい風が抜けた

 

「どうですかー!?」

 

吹き抜ける涼しい風と共に聞こえる涼風の声、視線を向ければそこには春蘭と一緒に打ち水

つまり庭に水を柄杓で撒いている姿が目に映る。と言っても水を柄杓に汲んで涼風を春蘭が抱き上げ

振り回すという豪快な撒き方だ。まるでスプリンクラーだなあれは

 

「どういう事?」

 

「うーん、アレは打ち水っていって道端や庭の埃を押さえるのと、撒いた場所の熱を取る

俺の国の涼の取り方だよ。後は確か神聖な意味もあって、来客への心遣いって意味もあったはずだったな」

 

俺の説明に涼しい風が吹く理由が無く、不満げだったが「河と同じだろう」と言えば一応の納得をしてくれた

後で美羽に聞いておこう。きっと理由を調べて教えてくれるはずだ

 

まったく、素晴らしい娘を持つと色々と特だな

 

近くに居ると、また色々と質問攻めに合いそうだったのでその場から離れ廊下で腰を降ろし娘と姉を見る

別に答えるのは良いのだが、後で時間を取られたと仕事が遅れた事で攻められても困る

 

日差しが強いが俺はそれほど気にならず、肌が日焼けで黒くなる娘と日焼けを気にしない姉は相変わらず

庭で声を上げて遊びまわっていた。今日は良い日だ、こういう日が何時までも続くと良いのだが

 

 

 

 

「どうぞ、冷たい御茶です」

 

「あら、有難う秋蘭。冷茶?しかもこんなに冷たいなんて」

 

「はい、せめてこれくらいは冷たい物をと城から氷を取ってきました」

 

土間から秋蘭が華琳に差し出した物は、城の地下室に有る氷室兼食料庫の氷を使った冷茶

華琳は冷たく心地良い芳香を放つ翡翠の液体を啜ると恍惚の溜息を吐く

 

よほど美味かったのだろう、筆の進みが先刻よりも倍の速さで竹簡に書かれたモノの手直し注意書きなどをしていく

 

華琳の様子を見て良かったと胸を撫で下ろし、俺の隣に座り華琳に差し出したモノと同じ冷茶を俺に渡してくれた

茶器を掴めば茶器も冷やして置いたのだろう、手にひんやりとした冷たさが伝わり其れだけでも十分に

涼を感じることが出来る

 

「なぁ昭」

 

「ん?どうした」

 

「我侭を言ってもよいか?」

 

「良いよ、何をして欲しい」

 

「前と同じように、何か涼を取れるものを用意出来ないか?」

 

少し我侭が過ぎると思って居るのだろう、秋蘭は控えめに指先で俺の手を握り顔色を窺うように聞いてくる

 

全く、何を言うかと思えば我侭だって?そんな事の何処が我侭だと言うんだろうか

我侭って言うのは先刻土足で入ってきた桂花や、まるで家主のように振舞う華琳の事を言うのだ

こんな控えめに、我侭とも言えないようなことを言うことが我侭だという秋蘭が愛おしいと思ってしまう

愛する人が願うなら俺のできること、いや出来ないことだろうが何だってやってみせるさ

 

「良いよ、秋蘭はもっと我侭を言ってくれて良いんだからな」

 

「ああ、有難う」

 

ほっとしたように呟き、笑顔をみせてくれる

それだけで報酬の前払いを貰ったような気持ちになってしまう俺はきっと馬鹿なのだろう

だが馬鹿でも良いこの人の笑顔が見れるなら

 

さて、それでは何を用意しようか。そう思い周りを見渡し何があるか確かめる

目に入ったのは外で走り回る姉者と娘、廊下を拭く桂花は除外で目の前に居る秋蘭と城から持ってきた氷・・・

 

時間はまだまだある。昼食まで余裕だな

うん、何度か我が家では作っているしアレにしよう

確か美羽が美味いと採ってきた山菜とアレもある、俺の会心の作もある。さてまた楽しくなってきたぞ

 

「秋蘭手伝ってくれ、涼風ー、春蘭ー!手伝ってくれ」

 

急に皆を呼び寄せる男、だが華琳は仕事に集中しているのか顔も上げずに落款をタンッタンッとリズミカルに押していき

山積みになった竹簡を次々に捌いていく

 

男は集まったみなの前でパンパンと手を叩くと

 

「はーい、今日は何時ものアレを作ります。春蘭と涼風は」

 

「おお、解っている!行くぞ涼風、早く用意してくれ昭」

 

「解った解った。じゃあ秋蘭は」

 

「昆布と醤油はある。氷も使うのだな」

 

何時ものアレと言うだけで解ってしまうほど我が家では定番の物となっているそれは、作る過程も楽しく

人気があり、味も良いものだと皆が揃うたびに食べている物だ

 

だから皆、何をすれば良いのか直ぐに理解してくれるから有り難い

 

というわけで、俺は華琳と掃除する桂花を残し土間へと移動

 

秋蘭は早速乾いた青州産の昆布を布で綺麗に拭き取り水を貼った鍋に入れる

 

俺は大きな机を綺麗に拭いて、春蘭が持ってきた小麦を挽いた小麦粉

涼風は塩を器に入れそれを水に溶いて食塩水を作り

 

大きな器に小麦粉、食塩水を入れて水回しをする。つまりは混ぜあわせる

乾いた場所がないように、涼風に食塩水を入れてもらいながら揉むように小麦粉をこねていく

 

グニグニと良くこね回し、其れを今か今かと待つ春蘭と涼風は二人とも大きめの手ぬぐいをその手に持っていた

 

「よし、良いぞ。俺は裏の畑から大根とかを取ってくるから頼んだぞ」

 

「任せておけ、行くぞ涼風」

 

「はーい♪」

 

こね終わった小麦粉を適当な大きさに切り、涼風と春蘭の持つ布にくるませると

二人はバタバタと華琳の横を通り廊下に出る

 

「おい、早く終わらせろ」

 

「何よ煩いわね、何でこんなに廊下が長いのよ」

 

「ん?何だコレは、水浸しではないか!やり直せっ!!」

 

「知らないわよ、綺麗になったんだから良いじゃない」

 

「駄目だ、このままだと昭が怒るぞ。怒ると怖いのだ、知っているだろう」

 

叱られた事を思い出し口をへの字に曲げる春蘭。その姿に男が誰かを叱った所を思い出したのだろうか

身震いを一つ。そしてブツクサと言いながら雑巾を絞って手早く眼につきやすい春蘭が立つ場所を終わらせ

玄関へとやり直しに走る

 

廊下が綺麗になると二人は手に持つ布にくるまれた小麦粉を廊下において踏み始めた

踏み伸ばしては折り返し、踏み伸ばしては折り返し

 

華琳は仕事に熱中しながらも、暑さで集中が途切れるのか、額の汗をぬぐってふと顔を上げると

目の前の廊下には民謡を歌う二人の姿

 

「きれいな茉莉花♪きれいな茉莉花♪」

 

「庭中に咲いたどの花も~♪その香りにはかなわない~♪」

 

陽の光に照らされ紅い衣装の女性と蒼い衣装の少女がまるで舞踏のように民謡を口ずさみながら足元の布を踏む姿

 

その姿にふと眼を奪われ、手を繋ぎ交代にその布を踏んでいく様子をしばらく眺め

また筆を取って走らせる。二人が歌う歌にあわせて軽やかに

 

二人の歌をBGMに次々と竹簡を崩していけば二人の歌が終わった頃には仕事が終わっていた

 

「ちょっと失礼して確かめますよー・・・つんつん、ぷにぷに~っとうん、おねえちゃん丁度いいよー」

 

「よし、次は寝かせるぞ!昭ーっ」

 

踏んでいた布をめくり、中から覗く小麦粉の固まりを指でぷにぷにと押して硬さを確かめる涼風

満足のいく硬さだったのか、笑顔で報告すると春蘭は涼風と一緒に布を拾い上げ土間へと走っていく

 

華琳は二人のおかげで捗ったと最後の竹簡にざっと目を通し、筆と硯を片付け始めた

 

「終わったか、風呂沸いてるから入ってこい。汗だらけだろ」

 

「お風呂?でもこんな暑い日に昼間から湯浴みだなんて茹で上がってしまうわ」

 

「大丈夫だ、昼も近いし美味いものを食わせてやるから入ってこい」

 

土間から姿を表した男は着替えを手渡す。此処に寝泊りしているおかげで着替えに困ることはなく

男の言うことも気になった華琳はまた何か企んでいて、自分を楽しませてくれるのだろうと

素直に着替えを受け取って風呂へと向かう

 

「桂花、湯浴みをするわ。付いて来なさい」

 

「ええっ!?は、はいっ喜んでっ!!」

 

少し大きな声で呼ばれた桂花は廊下から顔を出すと嬉々として飛び出してくるが、華琳に近づくところで

頭を男に鷲掴みにされ、さらにはそのまま持ち上げられて宙吊り状態

 

「何触ってるのよっ!はなしなさいよっ・・・・・・はっ」

 

ジタバタと脚を振り、腕を振り回して男の手から逃れようとするが逃れられず、批難の眼を男に向けると

夏の汗が滲む季節だというのに凍りついたように固まる桂花

 

「・・・まだ掃除が済んでませんので、後から参上いたします」

 

断ることが出来ず、丁寧に遅れることを伝えると男の手は桂花の頭から離れ、桂花はカタカタと体を震わせて廊下へと

戻っていった。何を見たのか想像の付く華琳は呆れ顔に、そして悪いことをしたと思ったのだろう

「待っているから早く済ませなさい」と声をかけていた

 

 

 

 

「ああ、春蘭と秋蘭、涼風も入るからな。こういう時、風呂を大きく作っておいて良かったと思うな」

 

「お風呂が分かれているのよね、少人数に入る時用と大人数用。職人も手間がかかったでしょうに」

 

「そこは俺が手伝ってもらって作ったんだ。水が多いと薪を多く使う、だから二つあれば人数が少ないときは

小さいほうに入れば良い」

 

薪代、水の消費等の事も考え風呂を二つ作ったのだけど。正直キツかった・・・石を運んで組んで

水を通して湯を沸かせる釜を着けて、やっと出来るって時に春蘭が我侭言って、洗面台まで石削って

正直思い出したくもない。呉に出発する前にある程度作ったが、夏前で良かった

 

この暑い日に風呂なんぞ作っていたら暑くて死んでいた

 

等と少し前の事を思い出し、うんざりしていると華琳は竹簡を片付け座布団に座り残りの茶を啜っていた

 

「それで今度は何を作って喜ばせてくれるの?」

 

「後のお楽しみだ」

 

期待の眼で俺を見るが、俺は教えない。教えると楽しみが半減してしまうからな

さて、俺は大根を摩り下ろして、揚げ物を作って・・・

昆布はそろそろ火にかけてアレもまだ時間がかかる、夏だから一時間ってとこかな

華琳達が風呂入っている間に終わるだろう

 

仕事が終わり、肩の力を抜いて茶を啜りながら涼しい風を楽しむ華琳

俺は華琳を横目に土間へ脚を向ければ既にその場には春蘭と涼風は居らず、秋蘭が麺棒と打粉を用意してくれていた

 

「後は頼む、大根はおろしておいた。出汁は今火にかけたところだ」

 

「ああ、任せておけ。風呂を出たら手伝い頼むよ」

 

土間にある突っ掛けをはき、手渡された麺棒をクルリと回し、頭には手ぬぐいを巻いて気合を入れると

秋蘭は俺を見てクスクスと笑っていた

 

何というか、面白いとか楽しいとかではなく、このゆったりとした時間が嬉しいらしい

戦場には程遠い、家庭という日々を感じさせるこの瞬間が感謝という言葉では語れないほどに

心地良く嬉しい物であると、他人には見せない満面の笑みと目の端に滲む涙が俺にそう語っていた

 

ひとしきりその空気を楽しんだ後、秋蘭は俺の頬に自分の頬を寄せて着けると手を軽く振ってとなりの風呂へと

この場を後にした。秋蘭が居なくなり、さて始めようかと言うところで華琳と頬を染めて大喜びの桂花が風呂へと

土間の前を通って行き、華琳は俺の手に持つ麺棒と春蘭と涼風の踏んだ後に丸めた小麦粉を見て

期待を込めた笑顔を向ける。桂花は逆に今にも噛み付きそうな野犬の様な眼で俺を見ていた

 

「そのうち俺刺されるんじゃないか?」

 

相変わらずな桂花に溜息を吐きつつ、俺は手渡された麺棒で肩をトントンと叩きながら

火にかけられ煮立つ鍋を見てアクを取りつつ竈の薪を取り出し火を弱める

そして暫く弱火のまま煮詰め、ぬめりなどが出ないうちに昆布を取り出しさらに煮込みながらアクを取る

本当は鰹節も入れたいが、あるわけないし味が薄いのにも慣れた今ならこれでも十分美味い

 

出来上がっただし汁に酒と醤油を垂らし、濃い目に作って一煮立ち。味を確かめ鍋から陶器の器に移して蓋をかぶせ

用水路の流水で冷やし、ついでに器も人数分冷やしておく

 

「うん、味はバッチリ。次はコイツだ」

 

用水路から土間へと戻り、大きめの机と麺棒を綺麗に拭いて打粉を振りまき

小春蘭と涼風のこねた小麦粉の硬さを指で確かめ麺棒で引き伸ばしていく

 

「涼風式どろっぷきっく」

 

「やったな!びゅーてぃふるくれいもあ春蘭のばっくどろっぷを喰らえっ!」

 

急に風呂場から聞こえる声に何をしているか容易に想像のついた俺は少しだけ後悔した

変な事を教えるなと秋蘭にきっと怒られるだろう・・・

 

等と思っていれば、涼風と春蘭の悲鳴と秋蘭の冷たい声が聞こえ、取り敢えず俺は心を保つため

聞かなかった事にして作業を進めた。きっと後で華琳からも何を言われるか解らない

 

「さ・・・さぁ次はコイツを畳んで切るぞ~!」

 

引き伸ばした小麦粉の固まりを畳んで板を置いて切る。専用の包丁なんかはないので中華包丁だ

形が似ているしまぁ問題は無い。というか使い慣れたせいか逆に今は此方のが使いやすいだろう

 

全てを細く切り終えると、予め煮立たせた大量のお湯に一気に入れ、美羽が採ってきた

山菜をさっと洗い、残った小麦粉を卵と水に溶いて天ぷらやかき揚げを作る

 

そうこうしている間に風呂場からは声が聞こえる。どうやら全員上がったようだ

俺は用意していた人数分の手ぬぐいを用水路の水で絞り、風呂場から出てきた順に手渡す

華琳は初め暑いのにも関わらず余計に暑くなったといった顔をしていたが、手渡された手ぬぐいに首を傾げ

涼風がそれをみて自分の濡れ手ぬぐいを華琳の頬に当て「ひゃっ!」と声を上げ

 

手ぬぐいの意味が解ったのか、頬や首筋を拭って気持良さそうにしていた

 

「よし、みな器を持ってそこに並べ」

 

秋蘭が用水路から持ってきた器を全員に手渡し、俺は麺を一気に引き上げ用水路から汲んできた水で

ぬめりを落とし、引き締め水を切ると首に手ぬぐいをかけて待つ華琳達の器に乗せていく

そして秋蘭は上に大根おろし、保存しておいた葱を細かく切った物を乗せ、戸棚から俺の会心作

なめたけをどっさりと乗せていく。普通に生えているエノキなので椎茸のような大きさだから

細かく切って調理したものだがこれが美味い!

 

あっという間に出来上がる料理

さらに此処に用水路で冷やした麺汁をかければ夏侯家特製の【ぶっかけうどん】の完成だ

 

「縁側で食べるぞ、箸を持って行け。天ぷらは俺が持っていく」

 

おまけとばかりに秋蘭が取ってきた氷を皆の器にちょんちょんと乗せれば早く食べたいと俺を待つ

俺は天ぷらを竹籠に取り、皆と縁側行けば春蘭と涼風は「いただきます!」と美味そうに食べていた

 

隣で座る華琳は手を合わせ、箸を取り初めて見る食べ物にわくわくしているのか麺と大根おろしナメタケを絡め口に運ぶ

 

「・・・・・・おいしぃ」

 

顔がへにゃっと緩み、ナメタケの歯ごたえと大根おろしの辛味が気に入ったのかもぐもぐと咀嚼しながら楽しんでいた

 

「昭の教えてくれた拉麺とは違う、太い麺に腰があってつるつるとした麺は喉越しが最高。麺だけじゃなくてこのエノキも一手間加えてあるのに食感は残って歯を楽しませ、大根おろしの辛味が食べた後の後口を爽やかに

何よりもこの出汁が素晴らしいわ、大根や麺で薄まってしまうのをあえて濃く作ることで補い、濃い出汁は

山菜の揚げ物に対して十分なタレとなってる」

 

用意した山菜の天ぷらを汁につけながらサクサクと笑顔で食べる華琳

 

なにやら十分な評価を得たようで、作った俺としては十分に満足の良く結果だ

隣を見れば秋蘭は「ありがとう」と俺に微笑みの報酬を惜しげもなく与えてくれた

もうこれだけで十分だと思えるほどだ

 

視線を華琳に戻せば華琳の隣で桂花が一言も発さず黙々とうどんを貪り食べていた。よほどお気に召したのだろう

 

「ところで貴方は何を食べてるの?」

 

俺が食べるうどんが気になったのか、手を止めて俺の器を覗き見る華琳

大根おろしが無く、その他は似ているが汁には大根おろしに似たものが少量入っている

 

「これか?美味いぞこれも、食べてみるか?」

 

差し出され、怪訝な顔をしながら一口くちに入れる華琳

 

次の瞬間眼を見開き、指で鼻を摘むと眼を思い切り瞑って涙を少し滲ませる

そして口の中のものを飲み込み「ぷはっ」と息を吐き出すと俺を睨む

 

「これ何っ!?」

 

「辛いだろ、でも華琳の嫌いな辛さじゃ無いんじゃないか?」

 

華琳の反応が分かりきっていた俺は落ち着いた口調で聞けばあれっ?と疑問いっぱいの顔をして

顎に手を当てて悩むと、恐る恐るもう一口。今度はその刺激に慣れたのか、もぐもぐと咀嚼し飲み込んで

新たな刺激に感動していた

 

「これ何?辛いけど直ぐに消える辛さなんて初めて」

 

「ホースラディッシュ、西洋ワサビって言ってな。ホントはちょっと違うんだけど、俺の国で良く食べられる香辛料だ」

 

同じ言葉を口にする華琳に少し笑ってしまった。美羽の採ってきたアレとはワサビのこと

東ヨーロッパ、つまりはローマの方から流れてきた物。これも美羽が育てたもので、まさか此処でワサビが食えると

思わなかったから感動したもんだ。味は成分がたしか同じだから同じ、香りは大根に似ているから気にもならないし

 

辛いのは嫌いだが、後に残らない辛さと鼻を通る爽やかさがクセになったのか俺のだと言うのも忘れて

しっかりと完食していた。というか俺の昼飯は?

 

ならば華琳が先刻まで食べていたのをもらおうかと手を伸ばせば、華琳は珍しく其れも食べ始めていた

 

「おい、俺のは?」

 

「また作れば良いじゃない、其れよりもこの料理。春蘭も秋蘭も涼風も知っているのに何故私は知らないの?」

 

器をしっかりと手に持ち、俺には渡さないと態度でしめしながら俺を睨む眼は少し怒りがこもっていたので

仲間はずれのように感じたのだなと理解し、俺は「悪かった」と降参したかのように両手のひらを上げる

 

「そうよ、悪いわよ。明日もこれがいいわ」

 

「明日も来るのか」

 

「ええ、嫌とは言わせないわよ」

 

「言うわけ無いだろ、みんな家族だ」

 

頭を下げ、後ろに寄りかかるように手をついて空を見上げれば、華琳は隣で笑っていた

秋蘭も微笑み、俺も笑みが溢れる

 

「昭っ!」

 

「お父さんっ!」

 

【おかわりーっ!!】

 

陽が高く登る晴天の真夏。娘と姉の声が重なり響く

 

さて、明日はどうやってこの夏を楽しもうか、陶器の風鈴でも作るか?

 

娘と姉に空の器を差し出されながら、汗ばむ日差しと頬を撫でる涼しい風を味わい

ゆっくりと流れる夏休みの様な家族の時間を楽しんでいた

 

 

 


 
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