黒剣王 ~Sword king of the darkness~』
第一章 -聖杯戦争-
第二話 -始動-
「教会へ行くわよ、衛宮君」
客間から帰り、襖を閉めた士郎を見て遠坂が言った。
「・・・随分といきなりだな、遠坂」
「教会で参加の意思表示をしないと参加した事にはならないのよ」
「それは知ってるよ」
遠坂が座っている場所と反対側の席に士郎は座ると、目の前に置いてあったお茶をひとくち口に含んだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「・・・それ、絶対行かないと駄目か?」
「何を渋ってるのよ」
「いや、教会に行きたくない理由が二つある」
「理由って何なのよ?」
「その一つ目、美綴の存在だ。このまま放っておくわけにはいかない。
とりあえず今は寝かせているが一人残していくわけにはいかないだろ?」
ちらっと自分の後ろにある襖の方へと目線を向けて士郎は言った。
「まあ、確かにそうね」
「二つ目、これが一番の理由なんだが・・・」
ごくりと誰かの喉が鳴る音が聞こえた気がした。
それほど場に緊張感が漂っていたのだ。
「俺は教会が嫌いだ!」
ふんと胸を張り堂々と宣言する士郎。
その言葉に辺りにいた全員が呆れてた顔で士郎に目線を向けた。
「あんたね、そんな理由で渋ってたの?」
「いや、重要だろ!俺は教会が嫌いなの」
「さぁ、良いから行くわよ」
「人の話を聞けよ!」
士郎の叫びはむなしく居間に響いた。
彼のその叫びに耳を傾けるものなどその場には一人としていなかった。
「さてと、綾子はどうしようかしら?」
士郎の二つ目の理由はどうでも良いとして一つ目の理由である美綴綾子の事は重大である。
魔術で記憶を消すにしろ、それ以外の方法をとるにしろとりあえず今は寝かしておくしかない。
一人で残しておいたら何が起こるか分からない。
つまり、少なくとも一人は残らないといけないという事だ。
「とりあえず、私とアーチャー、衛宮くんとセイバーは行くとして・・・キャスターが残ればいいかしら?」
「教会に行く途中で他のマスターに遭わないとも限らないからそっちにも戦力がいるでしょうし、
私はここでみんなが帰ってくるのを待ちましょう。でもその前に」
すっと立ち上がったキャスターがセイバーを見る。
何故かその瞳にセイバーは嫌な予感を感じた。
「その格好で行くのは目立つわよね?」
「え、ええ、確かに目立ちますね」
「・・・?霊体になっていけばいいじゃない」
「セイバーは霊体になれないのよ」
「なっ!?」
「うぅぅぅ、確かに霊体にはなれません・・・」
「じゃあ、どうすんのよ?鎧着たままじゃ目立ってしょうがないじゃない!」
セイバーは正規の英霊ではないため、霊体というものが存在しない。
だから、実体としてしか行動ができない。
ただでさえ金髪で美人の外国人であるセイバーは目立つ。
それどころか鎧という今の時代に全く合っていないものを身につけている。
夜中に鎧を着た外国人が歩いているのを目撃されれば大騒ぎになる。
今だけではなく、今後も外で行動するために何らかの対処法を設けなければならないのだ。
「ふふふふ、こんな事もあろうかと」
ババーンという音が聞こえてきそうな感じでキャスターは自分の背中に隠していた物を取り出す。
「なななっ、何ですか?それは!」
「えーっと、これは確か・・・ゴスロリ?」
キャスターが取り出したのはゴスロリと呼ばれる服。
その服を手に笑顔でキャスターはセイバーに近づいていく。
非常に不気味な表情で・・・。
「何で私がこれを着ないといけないのですか!?」
「大丈夫、鎧を出す時は破けずに瞬時に入れ替わるようになってるから。
何ならセーラー○ーンの変身のようなにしてあげても良いわよ?」
キラッと星が出そうなウインクをしながら自慢げに語るキャスター。
「そんなサービスいりません!というか何でこんな物を作ってるんですかっ!?」
「ふふふ、セイバーが召喚された時用にと私が作っておいたのよ!」
「何ですかその気遣いは!どうせ作るなら普通のを作ってください!」
「あら、良いじゃない。似合うと思うわよ?」
「リ、リン?これが私に似合うと?」
「ええ、似合うわよ。衛宮くんもそう思うわよね?」
「うぇ!?」
急に話が振られて吃驚したのか士郎が変な声を上げた。
士郎の反応をみんなが待つ。
それぞれが自分の意見通りの発言を行ってほしそうな目で士郎を見ていた。
内一つは【似合うと言え】という命令の眼差しではあったが・・・。
「あ、あぁ、似合うとは思うけど・・・」
「思うけど?」
「目立つ事には変わりないから別のにしてもらえないか?」
「・・・しょうがないわね。"今回は"[記憶]の中で着ていたこの服にしましょう」
渋々と言った感じでキャスターは別の服を取り出す。
「シロウ、ありがとうございます!」
襖の奥に消えていくキャスターを背にセイバーは士郎に礼を言う。
不吉な言葉に気づかずに・・・。
「さて、教会に行く前に用心をしておかねばならないことがある」
先ほどまで黙りを決め込んでいたアーチャーが玄関にそろったメンバーに語りかける。
「なんかあるの?」
「ふむ、教会の神父だが実はマスターだ」
「なっ、なんですって?」
「ええ、それも2騎のサーヴァントをもつマスターです」
「先ほどランサー、そして『前回』のアーチャー」
「うそっ、だってあいつは前回早々の敗退しているはず・・・」
「奴がそう言っていたのなら、その言葉を信用すべきではない。奴を関わりが一番深い君なら分かるだろう?」
「とりあえず、神父は警戒すべきではあるけど、おそらくランサーのマスターは別だ」
「・・・何故、断言できるのだ?衛宮士郎」
はっきりと断言する士郎を訝しげに見ながら、アーチャーは言った。
「ランサーの口ぶりではマスターは別にいるようだった。
神父を『危険な神父』と呼び、マスターは『マスター』と呼んでいた。
ランサーも[記憶]を持っているから、マスターと神父が接触しないように注意していたのかもしれない」
「なるほど、だがやはり注意すべきだろう。サーヴァントが居ようと居まいと警戒すべき人間だからな」
「・・・そうよね、あれはそれだけ危険だものね」
神父を一番よく理解している凜がそう言う。
彼女にとってその神父はサーヴァントが居ようと居まいと関係なく警戒するべき人間であるのだ。
「じゃあ、そろそろ出発するか。この時間帯だから人はいないとは思うけど用心はするべきだよな」
カチャカチャッと腕にブレスレットを付けながら士郎が言う。
「あら、衛宮君。ブレスレットを付けるのね。
何度か学校で見かけたけど、学校ではブレスレットを付けていなかったわよね?」
「あぁ、本当は学校にも付けていきたいんだけど、学校には校則違反だし、いつもはポケットに入れてるんだよ」
「・・・へぇ」
(なに、あのブレスレット。金属でできてる感じでもないし、プラスチックでもない。一体、何かしら?)
彼の腕で怪しく光るそのブレスレットを見つめながら、遠坂はそれの正体について様々なことを考え始めた。
『聖杯破壊』という目的で協力関係にあるが、この少年のことを彼女は何も知らない。
彼の言った『聖杯破壊』と言う目的は本当のことだろう。だが、彼の正体は依然として謎である。
聖杯戦争に参加しているマスターとしてではなく、冬木市の管理者として彼女は彼の正体をしっかりと把握しておかねばならない。
そう言う考えを頭の中で巡らせながら彼女は必死に士郎を観察した。
その彼女の視線を知ってか知らずか、士郎は出発準備が終わったのか玄関の方へと歩いていった。
深夜、誰もが寝静まった町を歩く。
静寂の中に響く靴音が余計に静けさを加速させていく。
橋を渡り、新都の方へと歩いていく。
いつもは賑やかな駅前を通り過ぎ、郊外の丘の方へと目を向ける。
「なぁ、やっぱり教会へは行くべきなのか?」
教会の建つ丘が見えてきた頃、沈黙を破り士郎が言葉を発した。
「・・・衛宮くん、そんなに教会が嫌いなの?」
「ちょっと、教会は苦手で・・・。あと、あそこの教会の神父も・・・」
「あぁ、確かにあいつは一筋縄にはいかないわね・・・。というか衛宮くん、綺礼にあったことがあるのね」
腕を組み眉間にしわと寄せながら遠坂は呟く。
どうやらこの教会の神父は一筋縄ではいかない様だ。
「一度だけ、この聖杯戦争について調べる時に会いに行ったんだよ」
「なるほどね、わかるけど折角ここまで来たんだもの、顔出し位しておきましょう」
「・・・わかった」
納得いかないような顔をしながら士郎は頷く。
やがて四人の目に目的の教会が入ってくる。
目指していた高台のほとんどをその教会が敷地にしており、教会は夜の帳の中で怪しく佇んでいた。
あまり大きくない教会であるのに、それは人に重圧をあたえる可能の聳え立っていた。
「では、私はここにいますね。シロウ、分かっていると思いますがあのマスターには細心の注意を」
教会前の広場に立ち、教会を見上げながらセイバーがそう告げる。
「わかった、早々に終わらせてくるよ」
そう言い、士郎は教会の方へと歩いていく。
その後を無言で遠坂が追いかける。
「綺礼、いる?」
教会へと入り、凜がそう呟く。
教会の中は広く、荘厳な礼拝堂となっている。
遠坂の言葉が聞こえたのか祭壇の裏側から一人の人物がやってきた。
「これは意外な人物が訪れたものだ。直接会うのは久しぶりだな、凛」
「ホントは来たくなかったけど、一応最後のサーヴァントが召喚されたことを報告しておこうと思って。
衛宮君、コレが言峰綺礼。この教会の神父をしているわ。で、私の父さんの教え子で、十年以上の腐れ縁」
「ずいぶんと酷い言い方だが、まぁいい。
なるほど、彼が最後のサーヴァントを召喚したマスターと言うことになるわけだ」
怪しい雰囲気を周りに振りまきながら、その人物の瞳が士郎をとらえる。
「君が最後のサーヴァントを召喚したのかね?」
士郎を見ながら、彼はそう呟いた。
「あぁ、俺が七騎目のサーヴァントを召喚した衛宮士郎だ」
士郎は彼を視線から一時も離さぬ様にしながらそう言う。
「なるほど、君はどうやらマスターとなる覚悟ある様だな。
君を"セイバー及びキャスターのマスター"と認めよう。この瞬間に今回の聖杯戦争が受理された。
――――これよりマスターが残り一人になるまで、この町における魔術戦を許可する。
おのおのが自信の誇りに従い、存分に競い合え」
重苦しい神父の言葉を聞き届けたのはたった二人の人物だけであったが、その宣言はその町において何が起こるか分からなくなると言うことであった。
もしかしたら、明日誰かが死ぬかもしれない。そう言うことがたった二人の前で宣言された。
「さて、綺礼。あんた、監視役なんだから他のマスターの情報くらい知ってるんでしょ。
せめて他にどんなサーヴァントが召喚されたかぐらい教えなさい」
重苦しい空気を断ち切って遠坂が神父に声をかける。
「・・・ふむ。呼び出されたのは順番にバーサーカー、キャスター、アサシン、ライダー、ランサー、アーチャー、そしてセイバーだ。
今より正式に聖杯戦争が開始された。
凛、聖杯戦争が終わるまでこの教会に足を運ぶことは許されない。許されるとしたら・・・」
「自分のサーヴァントを失って保護を求める時」
黙り込んでいた士郎が綺礼をにらみつけながら口を開く。
「それじゃあ、俺は帰る。もう二度とここに来ることはないだろう」
そう言うと士郎は入り口の方へと早歩きで歩いていった。
「あっ!待ちなさい、衛宮君」
士郎の後を追いかける様に走り出す。
「―――――喜べ、少年。君の願いは、ようやく叶う」
入り口近くの士郎に聞こえるか聞こえないか位の声で綺礼が呟いた。
その声が聞こえたのか士郎は急に立ち止まりまるで人形の様に立ちつくした。
「ちょっ、ちょっと、衛宮君?」
急に立ち止まった士郎にぶつかりそうになった遠坂が声を上げて抗議する。
遠坂の言葉が聞こえないのか士郎は振り返ると綺礼を睨み付ける。
「君が待ちに待ったこの時が、君が"13年間"待ち続けたこの時がようやく目の前までさしかかったのだ。
さぞ嬉しいのではないか?」
その言葉を受けてなお、一言も言葉を発することなく士郎は綺礼を睨み付けるだけであった。
ほんのわずかな時間であろうが、嫌な汗が流れるのを遠坂は感じた。
やがて士郎が無言で入り口の方へと再び歩みを始めた時、遠坂は無意識に安堵のため息を漏らした。
教会前の広場で士郎達の帰りを待っていたセイバー達は帰ってきた二人の雰囲気がどことなく悪くなっていることに気がついた。
「シロウ、話は終わりましたか」
雰囲気が悪くなっているのはあの神父が原因出ると言うことは明確であり、[記憶]のなかでもあの神父は余計な一言を言っていた。
そういうことが分かっているためセイバーはわざと何事もなかったかの様に話しかけた。
「・・・あぁ、終わったよ」
そう言うと士郎は黙り込んで何かしら考え込んでしまった。
その雰囲気に呑まれたのはその場にいた誰もが沈黙を守り、静寂当たりを支配した。
「やれやれ、家にシロウの気配がしないと思ったらこんな所にいたのか」
静寂が流れる中、その声は突然低く、力強く辺りに響いた。
その場にいた誰もが見た身構えた。
たった今聖杯戦争の開始が宣言されたのだ。
つまり、ここからは一分一秒の油断が死に繋がる。
歴戦戦士たる英霊はもちろんそのマスターである遠坂や士郎もまた、その心得は分かっていた。
「その様子だとどうやら聖杯戦争とやらが始まったようだな」
その声のする方へと目を向けるが誰にもその声の主の影は見えない。
まるで、そこには誰もいないかの様に木々が揺れ動いただけであった。
「・・・アーチャー、誰か居るのかしら?」
声のする方向へ視線を向けたまま、自分のサーヴァントに出来るだけ小さな声で遠坂は問う。
アーチャーもまた視線を変えずに静かに彼女の問いに答えた。
「いや、人影は全く見えんな。更に言えば、サーヴァントの気配もない。
もしこの声の主がサーヴァントだとしたら、ここまで気配を消せるのはアサシンくらいだろう」
「ですが、アサシンだとしたら随分と余裕ですね。
こちらの誰もが気配に気づいていない状態―――つまり、ねらうには絶好の機会。
それを逃すとは何かしら策があると言うことでしょう。シロウ、油断せずに行きましょう」
三人が三人ともその声の主に警戒の色を強めている中、沈黙守っていた士郎が急に声を上げた。
「・・・もしかして、ダークか?」
「っ!?シ、シロウ?」
その声のする方へと少しずつ歩み出した士郎に驚いたセイバーは走り止めようとした・・・。
その瞬間
「やれやれ、自分の使い魔くらい見極めてくれ。
何で、俺がお前の使い魔をやってるのか、わかんなくなっちまうだろうが」
ガサガサッと目の前の茂みが動き一匹の黒猫が飛び出してきた。
まるで辺りの闇とけ込む様な毛色の黒猫は士郎の方へとゆっくりと近づいていった。
「おぉ、ダーク、一年ぶり。お前は気配消すのうまいから見極めるの難しいって」
目の前までやってきた黒猫をひょいっと肩に乗せると士郎はその猫と話し始めた。
その後、肩に黒猫を乗せた士郎がゆっくりと遠坂達の方へと歩いていく。
「紹介するよ、こいつはダーク。一応、俺の使い魔的存在だ」
「おい、使い魔的存在って何だよ。俺はちゃんと使い魔のつもりだぞ?」
「いや、使い魔ってよりは友達って感じだからなぁ」
先ほどまでの緊張感が嘘の様にその一人と一匹は和やかに話を続けた。
「・・・はぁ、衛宮君。なんか、あなたがどんどん分からなくなってきたわ。
その肩に乗ってる黒猫はあなたの使い魔なのね?」
「ん?そうだけど・・・、どうかしたか?」
指でダークの頭を撫でながら、士郎は答える。
「シロウ、良い機会だから聞きますが、あなたは一体何体の使い魔が居るのですか?」
「あ、あぁ。えーっと、セイバーとキャスター、そしてダークを除くと、あと・・・三人だな」
指折り数えながらそう言う士郎をその場にいた全員が変なものを見る目で士郎を見つめた。
「な、なんだよ。みんなして、そんな目で」
「衛宮君、あなた今言った意味分かってる?
二騎のサーヴァントを従えてなおかつ他に四体の使い魔が居るとか、魔力量的にあり得ない事よ。
一騎サーヴァントを維持しているだけでもどれだけの魔力量がいると思ってるの?
これから聖杯戦争が始めるんだから、更に魔力消費が増えてくるのよ、わかってるのかしら?」
ジト目で士郎を睨みながら、事の重大さを語り始める遠坂。
サーヴァント一騎だけでも維持するのには相当な魔力がいる。
それが二騎となり更に他に使い魔が四体もいれば、このままでは魔力不足による戦闘不能状態となってしまう。
協力関係にある以上、その状態だけは避けねばならない。
「それはわかってるって」
「いーえ、絶対分かってない!」
「そうです、シロウ。今は万全の状態で大丈夫かもしれませんが、今後どんどん魔力を消費していきます。
日がたつにつれてどんどん不利になっていきます。長期戦では不利ですよ」
「あの、その、えーっと・・・」
二人に責め立てられながら士郎はしどろもどろになり困惑し始めた。
「やれやれ、シロウはあれをまだ見せてないのか」
士郎の肩から顔を出しながら、困惑している士郎を見ながらダークは話しかける。
「いや、でも、あれはなぁ」
頬をポリポリとかきながら、士郎はダークの問いに答える。
「・・・あら~、衛宮君は協力関係にある仲間に隠し事をしているのかしら?」
にこやかに笑いながら遠坂は士郎ににじり寄る。
その姿に何故か士郎は恐怖を感じて遠坂から距離を取る様に後ろへと下がっていった。
「い、一応キャスターの話の中に出てきたから良いかなぁっと」
「キャスターの話?・・・そう言えば、マナがどうたらって話をしてたわね。
なるほど、魔力は既に超蔵していたから用心はしてあると言いたいワケね。
でも、ものすごく貯蔵しておかないと聖杯戦争ではすぐに無くなってしまうわよ」
「そうです、シロウ。確かにあなたの魔力量を考えると平時なら生活に問題なく過ごせるでしょう。
ですが、宝具の真名開放や戦闘でたくさんの魔力を消費していきます。貯蔵していても意味はありませんよ」
「ふむ、あまり貴様に助言をしたくはないが、マスターの協定相手。勝手に倒れてもらっては困る。
まさか、貴様、危険になったら誰かが助けてくれるなどとは思ってはおるまい?
だとしたら協定相手であろうとも足手まといになると判断してここで切り捨てる」
方々から非難の声を受けて当惑してしまった士郎は三人のその疑問に答えることが出来きなかった。
その様子の士郎を見ながらダークはため息をつくと、三人に声をかけた。
「おいおい、その問いには俺が答えてやるから、シロウを問い詰めるのはやめてくれねぇかい。
そんなに一遍に鬼の形相で問い詰められちゃあ、こいつでなくても困惑するぜ」
「誰の顔が鬼なのよ!」
「まぁ、気にすんな。
で、さっきの問いの答えだが、シロウが貯蔵した魔力量はちょっとやそっとって量じゃねえぜ。
その量はなんとシロウ20人分。ざっと、成熟した魔術師400人分の魔力量だ」
「よ、400人分!?」
「なん・・・だと・・・」
そのばかげた量に驚きを隠せず、三人は間抜けにも口を開きながら士郎の方へと目を向ける。
「あー、ほら、俺普段魔力使わずに日常生活送ってるから定期的に魔力貯蔵してたら・・・」
「貯蔵してたら・・・、じゃないわよ!ああっ、もう!何なのこいつ、すっごく非常識ーっ!」
「・・・まぁ、魔力の問題はこれで解決したって事で、・・・いいんでしょうか?」
「・・・ふむ、まぁ、その辺りの確認は戻ってからすればいい。一応解決と言うことで良いのではないか」
何かしら納得のいかない感覚が三人を支配し、その様子を見て士郎は苦笑いしかすることが出来なかった。
「・・・とりあえず今後どうするか、ね」
先ほどのことで緊張の糸が切れてしまったこの場を何とか繕う様に遠坂は話題を切り出した。
「そうだな、遠坂はこの後どうする。俺はとりあえず美綴が心配だから家に帰るけど」
黙り込んでいた士郎の顔を上げると、遠坂を見ながらそう言った。
「そうね、私も美綴が心配だから言っても良いかしら?」
「ああ、問題ないよ。というか遠坂は聖杯破壊と言うことで協力関係にあるし、気にしなくて良いぞ」
「―――――あら、随分仲が良いのね」
幼い声が夜に響く。
まるで歌う様に響いたその声はその場にいた全員の視線を教会の入り口へと導いた。
いつの間にか月が雲間から明るく地を照らしていた。
まるでスポットライトに当たっているかの様に月の光に照らされたその人物は圧倒的な存在感で佇んでいた。
そこには存在感に似合わない背丈の少女が立ち、士郎達を見つめていた。
「・・・だれよ、あれ?」
その少女から瞳をそらさずに遠坂が誰に向かってでもなく訪ねた。
「こんばんはお兄ちゃん、直接会うのは初めてね。そして初めまして、リン。
わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。長いから、イリヤって呼んでね」
まるで令嬢の様に少女はスカートの裾を持ち上げて少女は礼儀正しく、挨拶をした。
その場に全くあっていない挨拶は異様な空間をそこに生み出し、更にその場の緊張感を高めていく。
「アインツベルン―――――」
その名を聞き、驚愕し目を見開き、目の前の少女を遠坂は見つめた。
その反応を気に入ったのか、少女は嬉しそうに笑みをこぼした。
「―――――イリヤ」
目の前の少女に目を向けて士郎は言葉をこぼす。
その言葉を受けて目の前の少女は顔から表情が消えて士郎の目を見つめ返した。
「・・・何かしら?」
「親父―――切嗣からの伝言がある。聞いてくれないかい?」
「―――――いや」
「イリヤ・・・」
「いや、聞きたくない。私とお母さんのこと捨てたキリツグの言葉なんて聞きたくない」
少女から放たれるその声は静寂の中に消えてしまうのではないかと言うほどの弱々しかた。
「・・・イリヤ」
「いや、そんなの聞きたくない。聞きたくない・・・。聞きたく・・・ないよぉ・・・」
只でさえ弱々しい声は更に弱々しくなっていき、その場にいた誰にも聞こえないほどの声となった。
俯く彼女の顔から一滴の滴が落ちていき、滴は一滴から二滴、そして三滴と増えていった。
空を見上げると先ほどまで見えていた月を隠す様に、今にも降り出しそうな雨雲が覆い尽くしていた。
誰もその状況で話すことは出来ず、ただ時間だけが過ぎていった。
どれほど時間が過ぎただろう。
耳が痛くなるほどの沈黙が場を支配し、誰も声を出すどころか動くことすら出来なかった。
「―――――いいわ、聞いてあげる」
その瞳に涙を浮かべながらイリヤは顔を上げて士郎の方を見た。
あまりにも痛々しいその姿を見て士郎は視線を外しそうになるが、何とか表情を笑顔にしてイリヤの顔を見た。
「そうか」
「でも、条件があるわ」
「あぁ、条件を言ってくれ。どんな条件も満たそう」
力強く放たれたその言葉はイリヤに向かってと言うよりは自分に向かっていっている様であった。
「・・・じゃあ、バーサーカーを一回殺してみて。私のバーサーカーは最強よ、絶対に倒せないわ」
涙を指でぬぐい去り、胸を張りながら言うその姿には先ほどまでの雰囲気は一切無かった。
「あぁ・・・、分かった」
そう言うと士郎はダークを肩から下ろすと遠坂達の方へと歩んでいった。
「みんな、悪いんだけど・・・」
「大丈夫です、シロウ。全身全霊をもって当たっていきます」
「凛、我々も参加するのという事でいいか。流石にあのバーサーカーが相手では二人では分が悪い」
「えぇ、別に良いけど。イリヤ、質問して良い?」
何かを考え込んでいる遠坂に向かってアーチャーが話しかける。
その声を聞き、考え終わったのか遠坂はイリヤに向かって声をかけた。
「何かしら、リン。あぁ、もちろん参加して良いわよ。
私のバーサーカーは最強だからあなたたちでは勝てないわよ」
「いや、そうじゃなくて、あなた今『バーサーカーを一回殺してみて』って言ったわよね?
なんか、何回も生き返るって言ってるみたいだなって思って」
「・・・は?」
こいつは何を言ってるんだという目でイリヤは遠坂を見る。
「えっ?なに、私、変なこと言った?」
その目を受けて、遠坂は困惑して周りの三人を見渡す。
見渡し見てると三人それぞれが目をそらしていた。
「あのさ、イリヤ。アーチャーは[記憶]が与えられてないから遠坂はバーサーカーのことを知らないんだ」
「あら、そうなの。でも、他のサーヴァントは[記憶]を与えられているって事は知ってるのよね?
じゃあ、何故バーサーカーのことを教えなかったのかしら?」
イリヤの疑問は尤もである。
今回の聖杯戦争は[記憶]を与えられているため、他のサーヴァントについての情報は筒抜けである。
例え、[記憶]を与えられてないサーヴァントを召喚したり、サーヴァントが話さなかったりしても隠し事が出来ない士郎やセイバーと協力している以上知らないはずがないのだ。
しかし、知らなかったということは・・・。
「ま、まさか・・・」
そう呟くと遠坂は士郎の方へと顔を向ける。
「ねえ、衛宮くん?バーサーカーのこと、教えるの忘れてたわね?」
黒い何かを背負いながら迫り来る遠坂を目線に入れまいと士郎は必死に目をそらす。
「い、いや、忘れたワケじゃないよ。ほ、ほら、聞かれなかったから」
「そうですよ。決して忘れていたわけではありません」
「ふむ、衛宮士郎の言うとおりだ。[記憶]を与えられていると言われた時点で聞けば良かったのだ」
「うぐっ」
そう言われると遠坂にとっては非常にいたい。
[記憶]を与えられていると言われた時点で、他のサーヴァントについて聞いていればこのような状態にはならなかった。
しかし・・・
「聞くの忘れていたとしても、出会う可能性があるサーヴァントについて教えてくれるものじゃなぁい?
協力関係にあるんだし」
そう、聞くのを忘れた遠坂も悪いが、教えなかった士郎達も悪い。
「まあ、あれだ。お互い、悪かったことで良いんじゃないか?」
「そうですね、お互い悪かったということで」
「あなた達ね~」
「はははっ、お前らおもしろいなぁ」
士郎達が逃げてそれを追いかける遠坂、それを見ながら笑うダーク。
まるで、コントの様な景色がそこにはあった。
「―――――バーサーカー」
イリヤがそう呟くと、彼女の後ろに巨人が現れた。
その異様な様相は一目でそれが化け物と分からせ、ズンッと辺りの雰囲気が重くした。
コントの様なことをしていた四人もそれを感じて身構える。
「先ほどの質問に答えるわね、リン。
私のサーヴァントはバーサーカー。正体はギリシア神話の大英雄ヘラクレス。
宝具は『十二の試練(ゴッド・ハンド)』。
能力はBランクに満たない宝具による攻撃を無効化し、十一回まで自動蘇生するわ。
じゃあ、頑張ってね、お兄ちゃん」
そう言うとイリヤは右手を挙げて、振り下ろす・・・その瞬間。
「ちょっと待ってくれ、イリヤ」
勢いを急に止められて、危うくイリヤは前に倒れそうになった。
何とか持ちこたえるとイリヤは士郎に目線を向けた。
「どうかしたの、お兄ちゃん?あ、もう諦めちゃった?」
「いや、そうじゃない。少し、時間をくれるか?」
「まあ、あげても良いけど、早くしてね?」
その言葉を聞き、士郎は遠坂達から少し離れた。
「衛宮君、あれ、やばいわね。ギリシア神話の大英雄ヘラクレスとか反則級の英霊よ」
「勢いを殺したと考えると先ほどの言葉は良かったかもしれないな。・・・何かしら作戦がある様だな、衛宮士郎」
「作戦があるのですか、士郎?万全な今の状態ではバーサーカーといえども遅れを取るつもりはありません。
しかし、被害を最小限に収めるために、作戦は非常に重要です。話してもらえませんか、その作戦」
士郎にそれぞれ言葉をかけると三人は視線を彼の顔へと向けた。
「・・・ダーク」
三人の言葉が聞こえないかの様に彼は遠坂達の足下にいるダークに向かって言葉を発した。
「おう、“黒鉄格子(ブラックボックス)”」
ダークから黒い何かが現れ士郎とイリヤ、そしてその後ろにいたバーサーを包んだ。
やがてそれが動きを止めるとおよそ5m四方の大きさの黒い箱となった。
外から中の様子が見えるらしく中には士郎とバーサーカーの姿しかなかった。
「ホントに、悪い。バーサーカーとは俺一人で戦う」
士郎の口から放たれた耳を疑う様な言葉に三人は驚いた。
「な、何を言ってるのよ。あんなのにあんた一人で勝てるわけ無いじゃない」
「そうです、シロウ。いくら何でも一人であのバーサーカーと戦うなんて無茶です。これを開けてくださいっ!」
「この状況で一人で戦うとは自殺するつもりか!?」
三人がそれぞれ非難の声を上げて、中に入ろうとそれに近づく。
しかし、まるでそれは何もないかの様に素通りするだけで、中に入ることはできなかった。
「俺の“黒鉄格子(ブラックボックス)”は中と外は擬似的に別空間となっている。干渉なんてできねぇよ。
ま、術者である俺なら解除できるがね」
「ならこれを解除してください。今の状況がどれだけ危険か分かるでしょう?
何故自分のマスターを危険な目に遭わせようとするのですか!?」
「そうよ。確かに衛宮君は学校でランサーと互角に戦ったわよ。でも、それはあくまで時間稼ぎと目くらまし。
あーヴァンとと殺し合うなんて無理よ」
声を荒げて迫ってくる二人を一度瞳に映した後、ダークはまるで何事もなかったかの様に再び目線を士郎方に戻した。
「俺はここにいる奴らの中で一番こいつを分かってる。
あんたらがいくら何か言おうが、俺はこいつを開けないぜ」
その瞳は遠坂達に向けることなくダークは答えた。
答えが気に入らなかったのか、その態度が気に入らなかったのか遠坂達はまだ抗議の声を上げ続けていた
サーヴァントを相手に人間が戦うことは出来るかもしれないが、倒すということは出来ないと言っても良い。
英雄としてその名を轟かせていた時代、彼らは確実に最強であった。
そして英霊としてこの世に召喚された更にその力は上がっている。
最早、人にサーヴァントが倒せる道理がないのだ。
なのに目の前にいるこの猫はそのサーヴァントと自分の主を戦わせようとしている。
誰が聞いても気が狂っているとしか言いようがない。
「お兄ちゃん、何がしたいの?」
遠坂達の居る側の反対からイリヤが現れ、士郎に向かって話しかけた。
「イリヤ、俺は君が切嗣を恨むのは無理もないと思ってるんだ。
そして君が俺を恨むのも無理ないと思ってるんだ。
だから、君に切嗣の言葉を伝えるには俺が頑張らないとって思ってるんだ。」
まるで世間話をするかの様に気軽な感じで士郎はイリヤに向かって理由を話した。
「お兄ちゃん、バーサーカーの事、分かってるわよね?なのに一対一で戦うと言うの?」
「ああ、衛宮士郎の全力を持ってバーサーカーに挑む」
士郎の瞳は真剣そのものであり、彼の中でその思いは絶対なものであることを物語っていた。
「わかった。お兄ちゃん、行くよ」
先ほどまで抗議の声を上げていた遠坂達もその声を聞き、大慌てでイリヤの方へと駆けだした。
よくよく考えてみればこれは好機である。
目の前のマスターはサーヴァントと完全に隔離されており、攻撃し放題であり、どう見てもひ弱な少女でだ。
サーヴァントをこの世に結びつけているのはマスター。
つまり、士郎の目の前にいるバーサーカーはイリヤさえ倒してしまえば、消えざるをえないのだ。
バーサーカーが消えるまでにかかる時間が一分か、一時間か、一日かは分からない。
しかし、このまま戦うよりかは遙かに生存率が上がる。
ただし、イリヤにはバーサーカーを自分のもとへと呼ぶ方法がある。
令呪と呼ばれるものを使う方法だ。
令呪とはマスターはサーヴァントを従わせる時に使用するもので使用制限付き絶対命令権である。
回数制限付きだが通常は不可能な現象も起こすことが出来る。
例えば、通常以上の戦闘力を持たせてみたり、空間をゆがめてサーヴァントを召喚することも出来る。
令呪を使わせれば少なからず戦闘能力軽減となり、士郎の目の前からバーサーカーが消える。
とりあえず、ここはイリヤを襲いに行くことこそが最善の選択。
「“黒鉄格子(ブラックボックス)”」
その言葉と同時にイリヤに向かって走っていた遠坂、アーチャー、セイバー、そしてその先にいるイリヤを黒い何かが包む。
そして、彼らの前に黒い箱の中に入ったイリヤが現れた。
「やれやれ、お前ら、この勝負の邪魔すんな」
後ろから聞こえてきたその声に文句を言おうと遠坂達は振り返った、その時。
ゾワッと何かが彼らを包んだ。
「衛宮士郎が全身全霊を賭けて戦うんだ。この勝負邪魔する奴は俺が排除する」
ダークが放つ雰囲気がガラリと変わり、三人はヘビに睨まれたカエルの様に動けなくなってしまった。
「これでそっちの身の保障は出来たぜ。存分に全力で戦ってくれ」
瞳を三人からバーサーカーの方へと向けて、彼はバーサーカーの目を見つめて言葉を放った。
「・・・行くよ。お兄ちゃん、覚悟はいい?」
「――――投影・開始(トレース・オン)」
士郎の口から紡がれた呪文が空に解けた瞬間、何もなかったはずのその手に一本の西洋剣が握られていた。
「あぁ、いつでもいいよ」
いつの間にかつぶっていた両目を開き、士郎は目の前にいる巨大な物体に視線を送る。
「―――やっちゃえ、バーサーカー」
その言葉を合図に、闘いの火蓋が切られた。
少女の放った言葉を受け、まるで彫刻の様に雄々しく立っていたその巨像が動き出す。
「■■■――――」
フシューッ、フシューッっと音を立てて、言葉ではないかの様な奇妙な音を放ちながらそれは士郎の方へと近づいていった。
「――――同調・開始(トレース・オン)。 全種(オール)、 八重強化(オクテット)」
まるでロボットの様に動いていた巨人が、動きを止めて士郎を睨んだ。
士郎が放つ雰囲気が変わったのだ。
先ほどまでの一般人が放つ程度の雰囲気が英雄のそれと同格となった。
それは確実にランサー戦で纏ってものを上回っていた。
「行くぞ、ヘラクレス」
その言葉を放つが早いか士郎は地を蹴り、バーサーカーへとぶつかる様に剣を叩きつけた。
ギイイィイィィィィイン
辺りに音が響く。
その音はとても肉体と剣がぶつかり合ったものとは思えないほど低く、大きく響いた。
バーサーカーは一瞬体勢を崩しそうになるが、次の瞬間自分にぶつかってきた士郎めがけて手に持つ巨大な石斧を振り下ろした。
「―――っ!」
ビュン
なんとか危機一髪でそれを避けた士郎は後ろに飛ぶと自分たちを包む黒い箱に片足を押しつけると、そこから上に向かって飛んだ。
「シロウ、空中は危険です。逃げ場がありません」
空中へと飛んだ士郎を見上げながらセイバーが騒ぐ。
これを好機と受け取ったバーサーカーは石斧を空へと飛んだ士郎に向けて振りかぶった。
「■■■――――」
バーサーカーの振りかぶった石斧が士郎目掛けて振り下ろされようとしたその瞬間、士郎は剣を自分の体ごと空からバーサーカーへとぶつけていた。
「軌道を変えた?」
遠坂は目の前で起こっていることに呆気にとられた。
バーサーカーの放った石斧よりも速く、士郎がバーサーカーに攻撃を当てていた。
その攻撃の軌道は起こるはずである放物線ではなく、鋭角の軌道を描いた。
「あれは箱だ。つまり―――」
「天井がある、と言うことかしら」
その目をバーサーカーと士郎の戦いから離すことなく遠坂はダーク言うはずであった言葉を先に言った。
「その通りだ」
「この箱―――つまり、立方体を利用して縦横無尽に戦えば、有利に戦いを運べるという事ね」
「だが、戦いはそんな単純行くものではない」
「―――アーチャーの言うとおりですね。残念ながらバーサーカーはこの戦法は効いていません。
そして、この戦法の弱点を見抜いてしまっているようです」
拳を握りしめてセイバーはアーチャーの言った言葉に同意する。
「■■■――――」
バーサーカーは立方体の中心に立ち、先ほどまで士郎目掛けてふっていた石斧をメチャクチャに振り始めた。
「狭い立方体内だと軌道をすぐに変られ、敵の攻撃から逃れながら攻撃が出来る。
だが、狭いが故にバーサーカー並の巨体の持ち主を相手にする場合、ただ速く、メチャクチャに武器を振るうだけで通れる軌道が限られてしまう。
更に、立方体であるため遮蔽物がなく隠れるところも逃げれるところもない。
一撃でも入れば大ダメージは必死の衛宮士郎に比べて、奴の持つ武器ではバーサーカーへのダメージは期待できないだろう」
先程まで立方体の中を走り回っていた士郎がスタッと地面に降りると後ろに飛びバーサーカーとの距離を取った。
「ふん、ここまでのようだな」
大口を叩いたのに情けない、とでも言う様にアーチャーは言葉を放った。
「いや、これから本番だ」
「・・・何?」
「始まるぜ。衛宮士郎の本気が」
嬉しそうな声でダークが言いはなった言葉をそこにいる者達は理解できなかった。
ダークの言い放った言葉にバーサーカーですら、警戒を強めて士郎を観察し始めた。
「――――同調・開始(トレース・オン)。 全種(オール)、 超多重強化(オーケストラ)」
まるで冷水中にお湯を注ぎ込まれたかの様に辺りの気配が変わった。
空気は重くなり、呼吸をすることだけでも体力をどんどん消費していくかの様であった。
「更に・・・、強化した?」
驚きで目を見開き、アーチャーは士郎を見た。
「さ、さっきから衛宮君がしてるはなんなのよ、本当に強化?」
「一応な。あれは強化した状態のまま更に強化を重ねる強化法―――『重奏強化(ユニゾン)』だ」
「強化を重ねる・・・?」
「なによ、それ!体への負担が尋常じゃないわよ」
事の重大さが理解できないセイバーに対して、どれほど危険な事なのかに気がついた遠坂は声を荒げてダークに詰め寄っていく。
「負担に耐えるために体を改造し、更に特異体質も相まって、せいぜい一日意識を失うくらいだろう。
だが、もし体を全く改造していなければ骨は粉々に砕け、内臓は破裂し死に至るだろうな」
多く強化をかければそれだけ強力な強化ができる。
しかし、多く強化をかければかけるほど体の負担も増えていく。
研究職である魔術師が研究のためや身を守るために人体を改造することは良くあることである。
しかし、そんな彼らでもそこまではしないだろう。
「確かに、ここまで強化した奴の力も速さも異常だ。
だが、あの力と速さであったとしてもバーサーカーの体に傷を付けることができるわけではない」
アーチャーの言うことは正しく、どんなに力があってもバーサーカーには意味がない。
彼の持つ宝具の能力でBランクに満たない宝具による攻撃は無効化してしまう。
攻撃が無効化されてしまっては、何日、何年やってもバーサーカーは殺せない。
つまり、目的が達成されることはなく、士郎の体力切れを待つしかない。
「確かに、攻撃は通っていない。しかし、あれだけ攻撃をし、意識を頭上に集めることができれば」
ドゴォォォォオオォオン
急に何か大きな物体が倒れる音がして四人は音の方に振り返った。
「バ、バーサーカーが倒れてる」
「意識を頭上に集め足下がお留守になった時に、足を攻撃してバランスを崩す。そして―――」
「――――投影・開始(トレース・オン)。」
士郎は思い描く。
この場に尤も適した剣を。
バーサーカーを倒すことができる剣を。
探す、探す、探す。
「倒すことでできた、ほんの少しの時間さえあれば・・・」
(見つけた!) 「■■■――――」
バランスを崩した巨体を起こし、士郎の方へと向かっていく。
「――――投影・完了(トレース・オフ)。」
士郎の手に先程持っていた西洋とは明らかに違うくず鉄の塊の様な者ものが現れた。
「十分だ」
我が骨子は神を切り裂く アメノヲハバリ
「――――I am the bone of my sword.『火の神切り裂く大蛇の刀』」
「さっき、そこの男が言ったが立方体の中は防御に使える物はなく、隠れるところもない。
つまり、真名が開放された宝具を防ぐことも回避することもできない。
その身に受けるが良いギリシア神話の大英雄よ。神を切り裂いた刀の威力を」
士郎が持つ剣から放たれたその光により辺りが明るく照らされた。
「イリヤ、俺は条件を守ったぜ。だから、伝言聞いてくれるか?」
まだ、明かりが消えきらぬ中、その声は優しく少女を包み込んだ。
「・・・えぇ、しょうがないわ。約束だもん」
“黒鉄格子(ブラックボックス)”がいつの間にか解除されていたらしく、二人はお互いがふれあえる距離にいた。
「『迎えに行けなくてゴメン』だって。
切嗣は俺を養子にして半年もたたずに寝込んで、一年後に死んじまったんだ。
だから迎えに行きたくても迎えに行けなかったんだ。
イリヤ、切嗣を許してくれるか?」
「・・・・・・しょうがないわね。切嗣はどうしようもないんだから」
彼女の頬に一筋の涙が伝った。
いつの間にか空を覆い尽くしていた雲はどこかへと飛んでいったらしく、輝く真円の月が明るく二人を照らしていた。
「おやおや、随分とほほえましい風景が見えますよ、言峰」
教会前にある広場で起きたゴタゴタ事件を、フードを来た人物が除いている。
どういう訳かフードの中は全く見ない。
しかし、声から男性であることが分かる。
「全く、こんな夜中に教会の前で事件とは・・・」
その人物の後ろでその風景を見ようとすらせずに、綺礼が呟く。
「ふふっ、よいではないですか。祝福するのが、神父の役目でしょう?」
フードの男は外の人物達に気づかれない様に静かに戸を閉めると綺礼の方へと歩きながら言った。
「それだけが神父の仕事というわけではない。・・・ところで」
明後日の方向を見ていたかと思った綺礼は急に目線をフードの人物へと向けると何か白を呟いた。
「おや、協力してくれるのですかな?」
「ふっ、先程貴様が言ったことだろう?祝福するのが、神父の役目。生まれ来るものを祝福しようではないか」
そう言うと綺礼は教会の明かりを消して、奥の方へと歩いて消えていった。
「やれやれ、本当におかしな人物ですね」
一寸先すら見えない暗い闇の中、男は呟くと闇に溶け込む様に消えていった。
不気味な笑い声をその場に残しながら・・・。
後書き及び言い訳コーナー
この前の更新で26~27日の間で更新できるだろうと書いておきながら
更新したのは28日とは・・・。
本当に申し訳ございません。
今後、一月に一話ペースで頑張っていこうと思っておりますので
温かく見守っていてください。
アドバイスなどをしていただけると助かります。
また、誤字、脱字、変な文などの指摘も受け付けております。
武器説明
『火の神切り裂く大蛇の刀(アメノヲハバリ)』
日本神話の『国産み・神産み』期に登場する十拳剣と呼ばれる種類の剣。
日本列島を作った伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美(いざなみ)夫婦に関連する剣である。
伊邪那美は迦具土(かぐづち)を産んだ時に陰部を火傷し死んでしまった。
それに怒った伊邪那岐が迦具土を切り裂いた時に使用した剣。
そのため神性が高ければ高いほど殺傷能力が上がり、火の特性を持つと更に上がる。
という武器です。
迦具土を切り裂いたのがこの武器の力なのか、
それとも伊邪那岐後からなのかが分からなかったので武器の力と言うことにしました。
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一年以上ぶりの更新となりました第四作目です。
書く時間がなくてかけなかったので、続きを書くことができて嬉しいです。
これから一ヶ月に一回はペースで更新しようと思っておりますので、よろしくお願いします。
※注意事項
Fate/stay nightの二次創作です。
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