No.218521

真・恋姫無双 呉・外伝 『孫先生の一日』

狭乃 狼さん

今回のこの作品は、siriusさまのお描きになられたオリジナルキャラ、孫皎叔朗の壁紙タイトルを、ご本人許諾の下、ssとして書かせていただいたものです。

彼女の設定をちゃんと活かせていればいいのですが、正直不安でもあります。

他の人のオリキャラをメインにしたssなんて初めてなものでw

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2011-05-24 18:47:03 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:19238   閲覧ユーザー数:15059

 【AM 5:00】

 

 ちゅんちゅんちゅん……。

 

 「う、う~ん……」

 鳥たちのさえずりと、閉じられた窓の隙間から差し込む、朝日の光。彼女の一日は、それらによって始まる。

 「……あふ」

 寝台の上で上体を起こし、ん~、と、軽く背伸びをする。寝ぼけまなこのまま、寝台からゆっくりと降り、窓のほうへとあくびをこらえつつ歩く。

 「……っと」

 キィ、と音を立てて、閉じられていた窓が開け放たれる。室内に、一気に差し込んでくる陽の光。そして、流れ込んでくる新鮮な空気と潮騒の香りを、その胸一杯に大きく吸い込み、ゆっくりと吐いていく。

 「……はぁ~。今日もいい天気ですね……。さて、と」

 ぱちぱちと、自身の両頬を軽く叩き、身にまとっていた寝着を脱いで、それを寝台の上に丁寧にたたむ。美しいその褐色の肌をさらし、白い清楚な下着姿となった彼女は、足取り軽く衣装棚へと近づき、中から一着の服を取り出す。

 「~~♪」

 鼻歌交じりに、その少々面積の少ない、彼女の一族独特ともいえる、かなり大胆な衣装を身に着けていく。まあ正直いって、それを着ている本人たちは、あまりそのあたりの事を意識したことがない。彼女らの住まうこの地では、気候の温暖さも手伝って、このくらいの衣装は普通なほうである……と、そう思っているからだ。

 「さて、と。今日は何を持っていこうかしら」

 衣服を身に着け終わった彼女は、今度は衣装棚の隣にある、別の棚へとその手を伸ばす。ぎ、と開け放たれたそこに入っていたのは、大小様々な大きさ、そしていろいろな形をした“武器”の数々だった。

 「ん~……。昨日は普通の長剣だったし、その前は鞭だったわよね……。ん、今日はこれにしますか」

 大小の剣やら槍やら、弓などの入った棚から彼女が取り出したのは、一対の短剣であった。それを腰の帯に差し、つかつかと部屋の扉へと近づく。扉の近くにかけてあった、長めの白いコートをその手に取り、ふわりとはおる。

 かちゃりと、扉を開けて部屋を出たところで、女中の一人とばったり出くわす。

 「あら、おはよう。今朝もご苦労様」

 「これはおはようございます。……今朝も鍛錬でございますか?」

 「ええ。毎日の習慣は、欠かさずに続ける事が、何より大事ですからね、ふふ」

 「では、お食事の支度はいつも通りにいたしておきます。冷めないうちに、お戻りくださいませ、孫皎(そんこう)さま」

 「ええ、わかってるわ。それじゃね」

 恭しく頭を下げる女中に、その手を振って別れを告げる彼女。

 

 姓は孫、名は皎、字(あざな)は叔朗。

 

 大陸は江東の地において、その名をよく知られた、孫策ら孫家の三姉妹。その従姉妹にあたる彼女。これは、そんな彼女の、とある一日を追った、その記録である。

 

 題して。 

 

 

 

 

 【AM 6:00】

 

 孫皎の一日は、日課である早朝の鍛錬から始まる。 

 「ふぅぅぅぅ……ふっ!」

 ヒュンヒュン、と。刃が空を切る音が、彼女の腕の動きに合わせて鳴る。

 「シッ!」

 その、舞ともいえる華麗な動作で、用意しておいた練習用の木人を、次々と斬り倒していく。なお、彼女が今朝使用しているその武器は短剣であるが、それは毎日同じものとは限らない。時に長剣であったり、時に槍であったり、また、弓を使うときもある。得物を選ばず、どんな武器でも使いこなすのが、彼女のスタイルなのである。

 「ふぅ。……今朝はこれくらいかしらね」

 斬り倒した二十体あまりの木人の中央で、大きく息を吐いて気を抜く孫皎。そこに、

 「いやいやいや。さすがは皎殿。相も変らぬ見事なお手並みですな」

 孫皎に対し、そう言葉をかけながら、妙齢の女性がその姿をあらわす。

 「ふふ、ありがとう。今朝はずいぶん早いのね。……二日酔いはしていないのかしら?祭」

 「それは少々心外ですな。いかなわしとて、そういつもいつも飲んでばかりというわけではありませんぞ?」

 と、言葉こそむくれた感じではあるものの、その顔は微笑んだ状態で、孫皎にそう言葉を返すその女性。

 

 黄蓋、字を公覆。

 

 孫皎の叔母で、前・孫家の家長であった、今は亡き孫堅文台。その彼女の代より孫家に仕える、孫家にとってなくてはならない宿将である。

 「それはごめんなさいね。……ところで祭?前から言ってるけど、私のことは真名か、せめて殿はなしで呼んでと、そういつもお願いしてるはずだけど?」

 「なに。これはわしの自己満足のようなものです。……孫家に仕えるものとして、孫家の方に敬意を払うというこのわしの、の」

 「……ほんと、頑固なんだから。……いいわ。じゃ、私は朝食を済ませて、朝の報告会に出るわ。……祭、貴女は?」

 「そうですな。昼の交代まで特に何もありませぬし、朝ざ「ん?」……というわけにも参りませぬゆえ、街でもぶらついてまいりますよ」

 朝から酒盛りといいかけたところで、自身に向けられた孫皎のその鋭い視線から目をそらし、あわてて言い繕う黄蓋。

 「……そう。それじゃあ祭、またあとでね」

 「は」

 くすくすと、笑いをこらえつつ、ばつの悪そうな感じの黄蓋とその場で別れ、朝食のために食堂へと向かう孫皎であった。

 

 

 

 朝食後、街の運営に関する報告会に出席。各種作業の進捗状況を、担当の各内政官から順次聞き取り、それを竹簡にまとめていく。

 「報告は以上で終わりかしら?……それじゃあ穏(のん)、これを冥琳に届けておいて頂戴」

 「は~い。かしこまりました~、蕈華(しぇんふぁ)さま~」

 少々間延びした調子で、はちきれんばかりのその胸を揺らしながら、孫皎から竹簡の束を受け取る、めがねをかけたその女性。

 

 陸遜、字を伯言といい、孫家では新鋭に入る軍師の一人である。

 

 ちなみに、彼女らが互いに呼び合っている、姓名とも字とも違う“それ”は、“真名”という彼女たちのもう一つの名である。

 真の名、と書くように、真名とはその者の魂の本質を示す、聖なるもの。親兄弟や親族以外は、本人に許された者しか決して呼んではならない。許しなく呼べば、その瞬間に殺されても文句の言えない、大切なものである。

 

 「それじゃあ後はよろしくね、穏。また夜に」

 「は~い。蕈華さまも新兵訓練、がんばってくださいね~」

 自身に声をかける陸遜に手を振って返し、孫皎は朝居た練兵場へと、再びその足を向けた。

 

 【AM9:00~11:00】

 

 「そこ!もっと踏み込みを強く!地面をえぐるくらいのつもりで力を入れなさい!」

 練兵場に響き渡る、その場に集められた新兵たちを、強く叱咤しながら指導をつける、孫皎のその透き通った声。

 「鍛錬が厳しいと思う者は、その頭に大切な人の顔を思い描きなさい!自分が何のために兵となったのか、それをしっかりと思い出しなさい!」

 孫皎のその声に励まされ、鍛錬に励む兵士たち。その彼らをさらに叱咤、もしくは激励しながら、孫皎は指導を続ける。

 「やっておりますな、皎殿」

 「ご苦労様です、蕈華さま」

 「祭、それに思春も。……もう交代の時間かしら?」

 練兵場にその姿を現し、孫皎に声をかけてきた黄蓋と、その背後に立つ一人の少女。一見無感情にも見える表情の少女は、姓名を甘寧、字を興覇、真名を思春という。孫家の親衛隊隊長を務める、鈴の音の甘寧と呼ばれる武人である。

 「もうそろそろ昼時ですぞ?わしらはすでに昼を済ませましたゆえ、後のことははお任せあれ」

 「そうね。……なら、街にでも出てみるわ。たまには外食もいいでしょうし。祭、思春、後はお願いね」

 『御意』

 調練の続きを二人に任せ、笑顔でそれに答える黄蓋と甘寧の二人に見送られ、孫皎はその場を後にした。

 

 

 【PM12:30~16:00】

 

 昼食を終えた孫皎は、これも毎日の恒例となっている、街の子供たちへの勉強会へと向かうべく、街中を一人歩いている。そんな彼女に対し、通りのあちこちから、街の人々が気さくに声をかけてくる。

 「孫先生、こんにちわ」

 「はい、こんにちわ」

 「孫先生!今日上がったばかりの新鮮な魚だよ!一匹どうです!?」

 「あら、これまた活きがいいわね。じゃあ、後で誰かに取りに来させるわ」

 「孫先生!うちの新作饅頭、食べてってくださいよ!」

 「新作ですか?それじゃあ、子供たちのお土産にいただこうかしら」

 などなど。

 

 ほぼ毎日といっていいほど、彼女は子供たちに勉強を教え、しかもそれがまたとても分かりやすいということで、子供たちはもちろんのこと、多くの人々から尊敬と敬愛を向けられている。そして、人々は彼女のことを、親しみを込めてこう呼んでいる。

 

 『孫先生』

 

 と。

  

 そんな人々に、彼女も逐一声を返し、笑顔でもって応対をしている。ちなみに、彼女自身は知らないが、ひそかな信奉者が大勢いて、彼女の“ふぁんくらぶ”なるものまで存在しているそうである。……ファンクラブという言葉が、どこから生まれたものかは分からないが。

 

 それはともかく、そうして街中を歩いていた彼女は、その視界に見知った後姿を捉えた。

 「……小蓮?なにやってるの、貴女?」

 「(びくっ!!)……しぇ、蕈華ねえさ、ま?」

 通りにある一軒の茶屋。そこで団子を頬張っていたのは、孫皎にとっての従姉妹の一人。孫尚香こと、その真名を小蓮(しゃおれん)であった。

 「小蓮?確かあなた、今はお勉強の時間じゃなかったかしら?」

 「う……そ、その。き、気分転換よ、気分転換!ちょっとだけお勉強がいやになって穏のところから逃げてきたとか、そういうのじゃないからね!」

 「……そう。それじゃあ、もう十分気分転換も済んだでしょう?……お城に戻りましょうか?」

 「うう……せっかく脱出してきたのに~……」

 しょぼん、と。孫皎の、その有無を言わさぬ笑顔に押され、がっくりとうなだれる孫尚香。そこに。

 「あー!孫先生だー!」

 「ほんとだー!せんせー!!」

 『せんせー!!』

 『……え?』

 どどどどどど!!と、二人のところにかけてくる、子供たちの大軍団。

 「せんせー!あそぼー!」

 「ねえねえせんせー!この間のおてだま、もう一回教えてー!」

 せんせー、せんせー、と。わらわらと彼女にすがりつく、満面の笑顔を浮かべた子供たち。

 「……蕈華姉様、相変わらずすごい人気だね」

 「……ま、ね。……しょうがないわね。みんな、お勉強の時間まで、ちょっとだけ遊びましょうか」

 『やったあーー!!』

 「小蓮、貴女も一緒にこの子達と遊んでくれる?」

 「いいの!?お城に戻らなくて!?」

 てっきり自分だけは城に戻らされ、勉強の続きをしろと言われると思っていた彼女は、驚きと喜びを一度に表現した顔をして、目の前で子供たちに群がられている従姉妹に、そう問うた。

 「ええ。……その代わり、後でこの子達と一緒に、私がお勉強を見てあげるから♪」

 「え~!!……わかったわよ~……。こうなったらちびっこども!この孫尚香さまが、たっぷり相手してあげるわよ!遠慮なくどんと来なさい!!」

 

 そうして、従姉妹を交えてしばらくの間子供たちと遊んだ後、往生際悪くぐずる従姉妹とともに、子供たちの勉強会を行った孫先生でありました。

 

 

 

 【PM17:00】

 

 「ふう~。今日もなかなか大変でした、と。小蓮も一緒だったから、なかなか授業が進まなくて参ったわね……」

 城内の孫皎私室。子供たち(あと従姉妹の尚香)との勉強会が終わり、彼女は自室へと戻ってきていた。そして現在、机に向かってとある作業を行っている。

 「え~っと。今日は孫氏の一番基本のところをちょっと教えたから、明日は儒教について教えようかしら……あふ」

 さらさらと。自身の持ち物である兵法書などから、一番簡単な部分を抜き出して、竹簡に書き写していく。明日の勉強会で、子供たちに出す課題を、彼女はこうして毎日、自分の手で作成しているのである。もちろん、緊急事態が何も起きなければの話であるが。

 しかし、子供と遊ぶことは、相当な運動量なもので、その上に勉強まで教えているのであるから、その疲労の蓄積は相当なもの。だから、自然とこうなる。

 「……す~……」

 机に座ったまま、竹簡を枕に眠ってしまう孫皎。

 「……しゃ~お~。もっとまじめにききなさ~い……むにゃ」

 ……どうやら、夢の中でも、彼女は可愛い従姉妹に苦戦中のようである(笑)。

 

 【PM19:00~20:00】

 

 「……でありますから、北側の城壁は、明日にでも修復が完了するかとおもわれます」

 「そう。それは何よりだわ。報告ありがとう。……今日は以上で終わりかしら?」

 会議室に集まった、文官一同を見渡す孫皎。あの後、すっかり寝落ちしてしまっていたのに気づいた彼女は、大慌てで夜の報告会に出席。……遅刻という事態は何とか免れ、定刻どおりに開始された、その報告会に参加した。

 「……では、今日はここまでね。皆さんご苦労様。解散といたします」

 『はい、孫皎さま』

 彼女に礼をして、室内から退去していく文官たち。それを一人見送ってから、彼女もまた竹簡を抱えて部屋を出る。

 

 その後、報告をまとめた竹簡を、孫家の筆頭軍師である周瑜、字を公瑾に渡して、少し遅めの夕食を二人で済ますことになった。

 「……それで冥琳?雪蓮は今日も?」

 「ええ。……あのお子様のわがままに付き合わされているわ」

 「そっか。……伯母様が亡くなられていこう、その手のことはみんなあの子に任せちゃってるわね。……少しぐらい、替わってあげたいところだけど、ね」

 雪蓮、とは。孫皎の従姉妹のうちの一人であり、現在、孫家の家長の座にいる孫策、字を伯符のことである。現在の孫家は、一応江東の地に領地を持ってこそいるものの、その実態は、南陽の地を治める袁術という人物の庇護下-もっとはっきり言えば、その手下も同然の地位に甘んじている。

 「……文台さまが亡くなられた後、われらに手を貸してくれたのは袁術、その事実に変わりはない。例えそのために、無茶なことばかり言いつけられたとしても、ね」

 「そうね……」

 今の自分たちにできる事。それは、例え他人の支配下にあろうとも、父祖よりの地であるこの江東を、安寧なままにしておくこと。いつかはきっと、己が足で立てる日を信じて。

 

 そんな会話も交えつつ、二人は久方ぶりにひざを突き合わせての食事を済ませ、それぞれに私室へと戻る。その途中、孫皎はあることを思い出す。

 「……そういえば、今日はお風呂の日だったわね」

 湯船にたっぷりの湯を沸かし、全身で浸かることのできる風呂は、この時代ではかなりの贅沢なこと。それゆえこの城でも、月に数回ほどしか風呂に入れる日はない。そして今日がその貴重な日だったのを思い出し、彼女はいそいそと風呂場へと向かった。

 

 

 

 【PM20:30】

 

 孫家の、いや、大陸の至宝と呼ばれる、そのすらりと伸びた褐色の脚。それが、湯船の底に二本並んで伸びている。その至宝から上には、大きさこそ普通なれど、美しい椀の形をした二つのふくらみ。その全体像はまさに、ミロのヴィーナスさながらの、黄金比率によってかたどられた、美しき肢体。

 

 ……映像をお届けできなくて、本当にすいません。

 

 「……いい気持ち。疲れが一気に抜けていくわね……」

 湯にその体を預け、ぼんやりと天井を見つめる孫皎。そうしているうちに、彼女の脳裏にはあることが浮かんでくる。

 「……こうやって、お湯に浸かれる私たちは、とても恵まれているのよね……」

 そう。世に住まう多くの人々は、こうやって沢山の湯につかるどころか、その日を生きるのに事欠く者だっている。そのことを考えたとき、彼女はいつも、自問自答をする。自分には一体、これから何が出来るのだろう、と。

 「……その答えが出たとき、私たちに待っているものは何かしらね……」

 

 そうしてしばらく、彼女は一人、湯の中で思考を巡らせ続けた。……気がつけば、そのまま湯の中ですっ裸で眠っていて、そうと知らずに風呂に来た黄蓋に、慌ててたたき起こされていた。

 

 【PM21:00】

 

 「……のぼせた……」

 風呂場にて、思いっきり寝落ちしていたところを黄蓋に発見された孫皎は、その黄蓋の手で自室に運ばれた。

 「疲れておるのはわかりますが、もう少し気をつけてくだされよ?風呂場で溺れ死んだなどとあっては、孫叔朗の名が泣きますぞ?」

 「……ごめんなさいね、祭。迷惑かけちゃって」

 「なに。策殿にかけられる迷惑に比べれば、この位なんでもないことですよ」

 はっはっは、と。孫皎のその謝罪の言葉に対し、爽やかな笑いでもって返す黄蓋。

 「では、わしはここらでお暇させていただくとしよう。ゆっくり休んでいなされよ、皎殿」

 「ええ。……ありがとう、祭」

 退室していく黄蓋の背に、再び感謝の言葉をかけて、彼女を見送る。

 「……はあ。知らずに寝落ちしちゃうこの癖、何とかなおさないと。……そのうち、ほんとに情けない死に方しそうだわ」

 大きくため息をつき、寝台の上に寝転がる。天蓋つきの寝台、その屋根をじっと見つめてそうつぶやいた、そのときだった。

 「……あの、蕈華さま?起きておいででしょうか?」

 「?……その声は明命(みんめい)?大丈夫、起きてるわ。どうしたの?何かあった?」

 「……その、少しご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」

 「亞沙(あーしぇ)もいるの?……いいわ、お入りなさいな」

 扉の外から聞こえた声の主たちに、中に入ってくるよう促す孫皎。

 『失礼します』

 そういって室内に入ってきたのは、二人の少女。一人は片方だけの眼鏡…要するにモノクルというやつをかけた、腕の裾がかなりゆったりとした服を着た少女。姓名を呂蒙、字を子明。真名を亞沙といい、孫家の新鋭軍師の一人。

 もう一人は、背中に日本刀のような剣を背負った、一見忍者のような格好をした少女。姓名は周泰、字を幼平。真名を明命という、孫家においては右に出るもののいない、間諜のスペシャリストである。

 「で、いったいどうしたのかしら?二人そろって私に相談って」

 「そ、その、ですね」

 「えっと、あの、その……」

 言いにくそうに口ごもる二人。

 「ん?なに?」

 『……あの!蕈華様みたいになるためにはどうしたらよいのでしょうか?!』

 「……え?」

 思わぬその質問に、孫皎の思考が一瞬止まった。

 「蕈華様の様に、魅力的な体形になるには、いったいどのようにすればよいでしょうか?!」

 「あ、あの、亞沙?」

 「蕈華様のその、他者を惹きつけて止まない理想的な大人の女性になりたいんです!!」

 「ちょっと明命落ち着いて!……私がそんな魅力的な女性だなんて、そんなことないでしょう?それだったら冥琳のほうがよっぽど」

 『そんなことは無いです!!蕈華様は私たちの理想のお方なのです!!』

 「そ、そう……。あ、ありがとう……あ、はは、は」

 二人のその迫力に圧され、口の端を引きつらせながら、孫皎は二人のその言葉に例を言う。だが、正直言えば、彼女は二人のその問いへの答えに窮していた。なぜなら、彼女自身は、微塵たりともそうは思っていないからだ。

 (私が理想の女性だなんて、どうして二人ともそう思うのかしら?私より魅力にあふれた人なら、他にもごまんといるでしょうに)

 そう。それはまごうことなき彼女の本心。いやそれ以前に、彼女は自身が世の人々…特に男性陣には異常に支持されていることも、ましてや熱烈なファンがいることすら知らないのである。それゆえ、こういった質問にどう答えていいのか、ぜんぜん分からない。だから、いつも適当にお茶を濁して、ありきたりな事を答えてきた。

 「……三食きちんと採って、睡眠をしっかりととる。それだけよ」

 と。

 

 

 それから小一時間ほどの間、孫皎は呂蒙と周泰の二人に質問攻めを受け、二人がようやく帰った時には、夜中の十時を過ぎていた。

 「……参った。二人の気持ちも分かる分、あんまり無碍にもできないし。……疲れた」

 知らないこと、答えようの無いことを人に説いて聞かせる。それは彼女にとってかなりの労である。

 「……ちょっと早いけど、もう寝ちゃおうかしら」

 そう思って着替えをしようとしたとき、いきなり部屋の扉が開かれた。

 「蕈華ちゃ~ん。いっしょにのみましょ~!……ひっく」

 「しぇ、雪蓮?!あ、貴女いったいどうしてここに!袁術の所にいたんじゃ」

 「む~?……あのうっとおしいお子ちゃまなんか知らないわよ。……こっそり逃げてきちゃった♪」

 「逃げてきちゃった……って。あのねえ」

 酒瓶を片手に、すっかり出来上がった状態のその女性。孫皎と同じ褐色の肌に、同じ髪の色をしたその人物。姓名を孫策、字を伯符という。その真名を雪蓮といい、孫皎の従姉妹のうちの一人であり、現在の孫家家長である。

 「姉様!ちょっと待ってくださいといっているでしょう!ごめんなさい蕈華姉様!この酔っ払い、すぐに連れて行きますから!」

 「あによ~蓮華ってば……。いいじゃないちょっとぐらい抜け出してきたってさ~。……毎日あんなお子ちゃまに付き合ってんだから、たまにはいいじゃないの。親愛なる従姉妹殿とお酒を酌み交わしたってさ」

 孫策の後から部屋に現れた、もう一人のその少女-孫策の妹であり、孫皎にとっての従姉妹三姉妹の最後の一人。姓名を孫権。字を仲謀。真名を蓮華という-に、思いっきり顔をしかめて愚痴をこぼす孫策。

 「……気持ちは分かりますけど、このことが冥琳の耳に入ったらどうする気です?雪蓮姉様」

 「……蓮華」

 「え?あ、はい。何でしょう蕈華姉様」

 「たまには従姉妹同士、一緒にお酒を飲むのもいいわ。雪蓮、杯は三人分あるの?」

 「蕈華姉様?!」

 「あはっ♪流石はわが従姉妹殿!話が分っかる~♪」

 「でもほどほどにね。……明日の朝一で、南陽に戻らなきゃ駄目よ、雪蓮?」

 「分かってる分かってる♪さ、蓮華も座って座って」

 「で、ですが……はあ。しょうがないですね。少しだけですよ?」

 といった感じで、孫策・孫権・そして孫皎の、従姉妹同士のみによる、小さな酒席が開かれた。

 

 

 

 それから少しして。

 「ですから~、雪蓮姉様はもう少し、家長としての自覚をですね~…聞いてますか~?姉様~?」

 「聞いてる聞いてる~。……ほら、蕈華ちゃ~ん、もっと飲みなさいって~」

 「飲んでるわよ。それより雪蓮?私のことはちゃん付けで呼ばないでってあれほど」

 「いいじゃな~い♪そのほうが可愛くて♪あはははー」

 「……も~」

 ちょっとだけ。酒の席においてそれで済んだ事など、古今東西あるはずも無く。もともと出来上がっていた孫策に加え、孫権すらもすでに前後不覚な状態に陥って、半分ほどろれつの回らない状態で、えんえん姉に説教を始めていた。……もっとも、言われている本人はまったく気にしていないし、言っている本人も自分が何をしゃべっているのか、理解しているかも疑わしいが。

 「そんなんじゃあ、亡くなった母様が泣かれますよ?……すぅ」

 「あら?蓮華ってば寝ちゃったの?」

 「……しょうの無い子ね。……ね、雪蓮?」

 「……な~に~?」

 くー、と。杯の酒をあおりながら、従姉妹の声にこたえる孫策。

 「……戦って、いつになったら、しなくてよくなるのかしらね」

 「……そう、ね……」

 ことり、と。杯を置いて一息吐き、少しの間天井を見上げる孫策。

 「……ねえ、蕈華。貴女、あの噂は知ってる?」

 「うわさ?」

 「そ。……白き衣を纏いし天の御遣い。かの者流星とともに大陸に降り、乱世を鎮める者となるであろう……っていうやつ」

 「……管輅とかいう、あの占い師のやつね。……それがどうかした?」

 ととと、と。空になった孫策の杯に、白濁とした酒を新しく注ぎながら、その質問の意図を問う孫皎。

 「……もし本当に、天の御遣いとやらが現れて、この地に降り立ってくれたら、戦の無い世を創ることも、不可能じゃないかもね」

 「雪蓮……?」

 ぐっ、と。孫皎が注いだ酒を一気に飲み干し、孫策は真面目な表情で従姉妹を見つめる。

 「天の血。もしそれを我が孫家に入れることができれば、私たちにとって何よりの大義となるわ。孫家には天の加護があり、それを阻むことは天に背くことだと、世間に訴えることができる。そして」

 「……独立し、自分たちだけの国を、興すことも可能となる……と?」

 「そう。私たちの国を、『呉』の国を、ね」

 「『呉』……『孫呉』の国、か」

 「ん」

 沈黙が、室内に訪れる。それっきり、二人は何も話すことなく、静かに酒席は終了。孫策は、酔いつぶれた孫権を担いで、孫皎の部屋を出て行った。

 

 時刻は、まもなく日付の変わる時間になろうとしていた。

 

 

 「……とにもかくにも、今日という一日は無事、こうして終わりを告げました、と」

 寝台の上、寝着に着替えた孫皎は、誰に言うとでもなく、一人そうつぶやいた。

 「……天の御遣い、か……。そんな眉唾なものですら、今の私たちは当てにせざるを得ないのね……」

 先の酒宴の席において、孫策が語った天の御遣いについての噂。もし、それが本当であるならば、彼女の策-天の血を孫家にいれ、独立のための大義名分とする-が、俄然現実味を帯びてくる。しかし、彼女はもう一つ納得がいっていなかった。

 「……天の血を孫家にいれる。それはつまり、その天の御遣いとやらの子供を、私たちが生むということになるわよね……。で、つまりそれは、私たちがその、天の御遣いとかいうどこの馬の骨ともわからない人間と、その、あ、“あれ”をするってことよね……」

 もちろん、その天の御遣いが、男性だとは限らない。とはいえ、そのあたりのことに、彼女はどことなく抵抗というか、今ひとつそんな気分になれなかった。

 「……まあ、私のほうはともかく、どこの誰が、私みたいな面白くもない女に、そんなきゅ、求愛なんかしてくるんだか」

 事実、今の年まで、男性から求愛を受けたこともないのに、と。そんなことを思わずその口からもらす。しかし、彼女は気づいていない。周りの男たちから見て、孫叔朗という女性は、あまりにも高嶺の花過ぎるのだと。そう思われていることなど。

 「……ま、起こるかどうかもわからないことに、不安を抱えていても仕方ない、か」

 ばさ、と。それ以上考えるのは止めにして、布団を胸元まで引き上げる。

 「明日もまた、今日と同じく、平穏無事に、一日を終えられますように。……そして願わくば、われら孫家に、呉の民に、大陸中の人々に、幸多き日でありますよう……」

 

 そんな祈りを、目を閉じつつして、彼女はまどろみの中へと落ちていった。

 

 現在時刻、AM0:00。

 

 こうして、孫皎の一日は幕を閉じた。

 

 とはいえ、これはあくまで、彼女の、これから先長く続く、その人生のわずか一日に過ぎない。そして、彼女と孫家にとって、もっとも重要なファクターたる天の御遣いこと、北郷一刀がいまだ天より降り立っていない状況でのことである。

 

 

 

 そして、北郷一刀との出会いが、彼女と彼女の一族、そして、呉の面々の運命を大きく変えることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 以上、今回の講釈はこれまで。

 

 

 ……またいつか、いずれかの外史にて、お目にかからん日が来ることを切に願い、これにて締めとさせて頂きます。

 

  

 永遠の美少女こと、菅輅のナレーションでお送りしました。

 

 

 それでは皆様。

 

 

 再見~♪

 

 

                               ~孫先生の一日~

 

                                 ~劇終~ 

 

 

 といった感じで、お送りしました『孫先生の一日』。いかがでございましたでしょうか。とくに、ss書きをお許しくださったsiriusさま、ご満足いただける内容になっていましたでしょうか?

 

 蕈華の口調などで、おかしなところ、もしくは違うぞというところがありましたら、ご指摘とご一報をくださいませ。すぐに修正いたしますので。

 

 

 siriusさんから彼女の一日の大まかなスケジュールをいただいて、それに沿って書きましたが、まあ、多少変更したところがないとは言えなくもないですw

 

 物語の設定としては、一刀がまだ呉に降り立つ前として書きました。なんでかって?

 

 いやまあ。最初は確かに絡めようとしたんですけど、彼女の一刀に対する想いが、もう一つ沸いてこなかったんです。蕈華がどんな感情を、一刀に対して持っているかが、僕の中でどうしてもまとまらなかったんです。

 

 まあぶっちゃけ、一刀を出さないほうが書きやすかったっていうのもあるんですけどねw

 

 それはともかく。

 

 一応ここで言っておきますが、この話は続きませんのでw

 

 ・・・連載三本もかかえられるかーい!

 

 そういうわけですので、続きは誰か他の人に任せますw

 

 じゃ、そういうことで。今度はTINAMI同人恋姫祭りにてお会いしましょう。

 

 それでは。


 
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