No.218375

生き神少娘(ガール)(Kanonあゆ編)

今構想中の生き神少娘(ガール)とKanonとのクロスオーバー第3弾のあゆ編。
Kanonとのクロスはこれで終わりです。
2021年現在とは設定やキャラクターの特徴、および天使の名前が異なる部分がありますが、
当時の設定も楽しんでいただければ幸いです。

2011-05-23 22:08:37 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:615   閲覧ユーザー数:608

まだ雪が残る3月半ばの事だった。

 

「久々に来たと思ったら、またこれか!?」

「うぐぅ~…、だって…」

 

まだ人も疎ら(まばら)な商店街のとある場所で、ダッフルコートを着た赤いカチューシャの少女が一人の中年男性の説教を喰らっていた。

 

「お金持ってると思ってたんだけど、探してみたらやっぱりなくて…」

「言い訳するんじゃない!!これで何度目だ?」

 

 

少女の名前は月宮あゆ。

説教されているのは、中年男性が営んでいるたい焼き屋で好物のたい焼きを購入しようとしたのだ。が、

所持金がなかったので、仕方なしに代金を払わぬまま商品を抱えて走り出した為である。

(所謂[いわゆる]食い逃げの常習犯であるのだが、当の本人は悪気があってしている訳ではなく、別の時に代金を支払うつもりでいたのだった)

 

 

さて説教されているあゆの隣には、天使の姿をしたツインテールの少女が、不機嫌そうな表情であゆと一緒に説教を喰らっていた。

 

“何で、あたしまで親父の説教を喰らわねばならないんだ…?”

 

 

その少女は天使の使いミクである。

 

 

5分ほど前、地上から自殺志願者(ターゲット)を探していたミクは、たい焼きの袋を抱えて走っていたあゆと激突してした。

 

「うぐぅ~…」

「痛たた…。急に何なんだ…?」

 

突然の出来事に尻餅をついたミクは、痛そうに腰を擦りながら起き上がろうとした矢先にあゆに手を掴まれ、そして引っ張られたのだった。

 

 

「な……!?何なんだ一体…?」

 

この突然の連続に、さすがのミクも状況を掴めなくて思考が混乱し、慌てる事となった。

 

 

“あれ…?そういやどうしてこんな事が…?そして、何でコイツが…?”

 

ミクにとっての不可解な出来事に、あゆに腕を引っ張られながら色々と考えるミクだった。が、

 

「って、ちょっと待て!!何でお前があたしの腕を掴むんだよ?」

 

が、このまま引っ張られてはダメだと踏ん張ってあゆを止めるのだった。

 

 

「うぐっ?」

「何であたしの腕を掴んで走り出すんだよ!?さっさと離せ」

「嫌だよぉ~…、ボクと一緒に逃げてよ~天使さーん…」

「逃げるって何から!!?」

「良いから~…」

 

そんなこんなやり取りが2人がぶつかった地点であり、それがあゆを足止めする形となった。

そのタイムロスはたい焼き屋の店主があゆに追いつくのに十分で、彼に追いつかれるなり、あゆはお叱りを受ける事となり、現在に至る。

 

 

ちなみに、ミクは単なるとばっちりで巻き込まれた為に店主の説教を受ける必要も無いはずなのだが、

説教中もミクの腕をあゆが掴んだまま離してくれなかったので、その場から逃げ出す事は出来なかったのだ。

 

尤も(もっとも)、自殺志願者(ターゲット)以外の者からは神の使いである自分の姿が見えておらず、

当然、たい焼き屋の店主もその姿を確認する事は出来ない。だからあゆの隣でミクがどんな態度をしていようが問題は無く、

その説教を聞き流しても良いし、その説教であゆが凹むところを見て楽しんでも良いのだが…。

「もう二度とするんじゃねえぞ!!?」

「うぐぅ~…」

“やれやれ…、ようやく終わったよ…。っつーか、前に食い逃げされたなら売らないか、金を貰ってから渡すかしとけよな…。

 しかし再犯にもかかわらず、警察じゃなくて説教程度で済ますとは…”

 

15分ほどの説教の後、あゆの持っていたたい焼きの袋を持って、店主は店へと戻っていった。

あゆは説教が堪えたのか涙目で少ししおらしくなっており、ミクは呆れた様子でたい焼き屋の店主の後姿を眺めるのだった。

 

 

「うぐぅ~…、天使さん酷いよ~!!ボクの事を助けてくれても良いじゃないか~…」

「はあ!!?ふざけんなよ!!初対面で食い逃げしてるお前を何で助けなきゃいけないんだよ!?天使だからって、全部がお前の味方になると思うなよ!?」

 

たい焼きを奪われたあゆが涙目で、ミクの胴体をポカポカ叩いて八つ当たりし、

とばっちりで一緒に説教を受ける羽目になったミクもキレてあゆの肩を掴んで、自分から離すのだった。

 

「大体、お前が金払わずに逃げるから、こうなるんだろうが!?え!!?」

「ふふぅ…、ひはひほへんひは~ん…(うぐぅ…、痛いよ天使さ~ん…)」

 

ミクは少し無表情ながら、キレた様子であゆの両頬をつまむと、グッと横に引っ張りながら睨み付け、あゆは痛みから両手をバタつかせる。

 

「はっへほはへほははうふほひへひはんはへほ、ははひへひへほほほひはふほはははんはふへ…」

「何言ってるんだ?離してやるからもう一回言え」

 

あゆの言葉が全然聞き取れなかったので、ミクはあゆの頬から両手を離すことにする。

解放されたあゆは頬を擦りつつ、瞳に涙を潤ませながら再びミクに迫りくるのだった。

 

「だってお金を払うつもりでいたんだけど、探してみてもどこにあるのか分かんなくて、気付いたら…」

「逃げてたって訳か?だったら我慢しろよ」

「だって、あの日から全然たい焼き食べてなくて…。

 いつか祐一君が持ってきてくれるって言ってたんだけど、どうしても我慢できなかったし、何より焼きたてを食べてみたかったから…」

「あー分かった…。お前の気持ちは分かったから、近寄んな!っつーか、周りの視線が痛いから止め!!」

 

 

気が付けば、商店街を通る人々の視線が2人の方に向いていた。

尤も(もっとも)周りの人間にはミクの姿が見えておらず、あゆが1人で1人芝居している様にしか見えないので、

彼女にとってはどうでも良い筈なのだが、あゆへの冷ややかな視線は自分への視線にも思えているので、バツが悪かった。

 

「とりあえず、落ち着け。な…、な…!」

「うぐぅ~…、たい焼き食べたいよ~……。

 

 あ!すごく大きなたい焼きが空を飛んでる!」

 

今まで落ち込んでいたあゆだったが、空を見上げた時に大きなたい焼きを見つけたということで、その表情が途端に明るくなる。

 

「おいおい…、しっかりしろよ…。たい焼きが空を飛んでるなんて……」

 

 

“飛んでたよ!!”

 

あゆに釣られてミクもまた空を見上げるが、その視線の先のありえない光景に思わず固まってしまうミクだった。

 

 

空中には普通のたい焼きの400倍ほどの大きさのたい焼きが、美味しそうな匂いを漂わせながら飛んでおり、

あゆ達の姿を確認すると頭をそちらの方に向け、空中を泳ぐ様に飛びながら次第に近づいてくる。

 

「たい焼き好きなボクの為に来てくれたんだ…」

“んな訳ないっての…。

 しかしあのたい焼き、かなり目立ってるのに商店街にいる連中が、こいつ以外誰一人気付いてないって事は…”

 

瞳をキラキラさせながら嬉しそうにたい焼きを見つめるあゆとは対照的に、何か心当たりがあるのか、無表情ながらミクの顔つきが少し険しくなっていた。

 

「何とか何とか何とか何とかの~…♪」

 

某有名な歌のメロディを口ずさみながら、巨大なたい焼きがあゆの前に着地しようとした、その時、

 

 

“スパァンッ…”

「うぐぅ!!?」

“ベッシャァン…!”

 

不意にミクが持っていたハリセンで巨大なたい焼きツッコミをかました。

その拍子に“うぐぅ”と口走りながら、たい焼きはバランスを崩して着地に失敗し、全身を強打するハメになった。

 

「ゲホッ…。な……、何すんねん…?」

「そうだよ。せっかく大きなたい焼きが…」

「お前は黙ってろ。

 …、で、お前はたい焼きのカッコして、何してるんだ?」

 

たい焼き側に加勢しようとするあゆを制止し、目の前で悶絶しているたい焼きをミクは冷ややかな目で見下ろす。

どうやらたい焼きの中にいる人物と知り合いらしかった。

 

「いや~…、そこの嬢ちゃんがたい焼き食べたがっとったから、こうやって…」

「いらん演出するな!!さっさと出て来い!」

「ヘイヘイっと…」

 

少し面倒くさそうにたい焼きの中にいる人物がたい焼きの胴体部分を引き裂くと、

アンコを模した黒い綿の中から大きな鎌を持った茶髪の腰まであるポニーテールの少女が出てきた。

 

その人物は薄茶色のヒザまでのパンツとロングブーツ、それに焦げ茶色のロングコートとその上に白いケープを羽織っていた。

彼女の正体は、天使の使いであるミクの相方、生き神の使いヌイである。

「生き神少女ヌイ、ただ今…」

「もう良い!!」

 

変身が完了したヒーローの様に、キリッとした表情でポーズをとろうとするヌイにミクは再度ハリセンをかました。

 

「こいつのせいで余計な時間を喰ってしまってな…。とりあえず行くぞ」

「待って」

 

うんざりした様子でミクが空を飛ぼうとしたところ、あゆが咄嗟(とっさ)にミクの服を掴んた為、バランスを崩しし、今度は顔面から転んでしまうミクだった。

 

 

「大丈夫か?ミクちゃん」

「痛たた…。おい…、まだ何かあるのか…?」

 

強打した鼻の部分を手で覆いながら、しかめ面をしてあゆを睨み付けるミク。そんな彼女にあゆは訴えの眼差しを見せていた。

 

「ねえ天使さん…。もう少しボクと一緒にいてくれないかな?」

「はあ!?一緒にたい焼き屋の親父の説教喰らってやっただろうが!!?これ以上お前に付き合う義務なんて何処にも無いだろ!?」

「そうかも知れないけど~…」

「まあまあ。ワイも今まで自殺志願者(ターゲット)探しとったけど、それらしき雰囲気は無かったから、少しくらいエエんちゃう?」

「だったらお前が付き合ってやれよ!!」

「ワイでもエエけど、せっかくミクちゃんをリクエストしてくれとるんやし、ミクちゃんもおった方がエエんちゃう?」

「ありがとう…。だけど天使さんだけってのはダメかな?」

「何でだよ!!?」

 

あゆの申し出を渋るミクに対し、ヌイは即答で快諾する。が、ヌイも一緒にという提案には、あゆも不安そうであった。

ふと、あゆの視線がヌイの持ってる大きな鎌に向いている事に気が付き、どうやら不安の原因がそこにあるのだろうとヌイは察した。

 

 

「ああ、そうか~。このデカイ鎌を見たら誰だって怖がるか~…。しかし心配ご無用ってヤツやで、嬢ちゃん♪」

 

不安そうに竦んで(すくんで)いるあゆに対し、ヌイが笑顔であゆの肩をバンバンと少し強めに叩いて落ち着かせる。

 

「この鎌は人を傷付けるモンじゃないし、ましてや人を殺す為のモンでもないから安心しい♪やろ?ミクちゃん」

「ああ。外見は死神っぽいけど、こいつは死神じゃなくて、人を生かす為の生き神の使いだからな」

「本当に?」

「ウソやないで♪っちゅう事で、嬢ちゃん!他にに何かリクエストはあるか?」

「たい焼き屋の親父をボコッて、食い損ねたたい焼きを奪い返すってのはナシだぞ?」

「うぐぅ、ボクそんな事考えてないよ!」

 

味方の様なヌイの言動に安心したのか、あゆはミクが言った事にムッとした様子で返すまでに落ち着いてきた。

 

「あのね、ボクが天使さんにお願いしたいのはね…」

「うぐぅ~…、天使さんの背中に乗りたかったのに~…」

「つべこべ言うな!空を飛びたいって願いを叶えてやってるだけ、ありがたく思え!!」

「そうだけど~…」

「嬢ちゃんの気持ちは分からんでもないで?けど、こうやって空を飛ぶのも悪うないと思うで!!」

 

あゆの願い…、それは空を飛んで病院に行きたいという事だった。

ミクは即座にその願いを却下したが、ヌイは快諾し、ヌイが普段移動手段として使っている大きな鎌にヌイと2人乗りで、空を飛ぶ事となった。

 

「ワイを空飛ぶ魔法使いと思っときゃエエねん!!違いはデカイ鎌かホウキかってだけや!!

 物足りないんなら、もっとアクロバットに空を飛んだ方がエエかな!!?やったら、しっかり捕まっときいよ」

「うぐぅ~…、そんな事言ってないよ~…」

 

後ろのあゆをよそに、ヌイはあたかも仲間に格好良い所を見せようとする運転手の表情になると、

途端に飛ぶ速度を上げる、宙返りをする、壁や地面擦れ擦れを飛ぶ、等のアクロバティックな飛行を病院に着くまで続けるのだった。

 

 

「も……、もうすぐ着く…、で……。嬢…、ちゃん…」

「ヌ…、ヌイさん…。大丈夫…?」

「ちょ…、ちょっとムリし過ぎたわ……」

“身の程を知らない、バカの典型的な例だな…”

 

アクロバティックな飛行で最初にバテたのは、ヌイだった…。

今にも吐きそうなほどに顔面蒼白で、空を飛ぶスピードも最初よりもかなりガタ落ちだった。

 

「も…、もう少しの…、辛抱…、や…。ほな……、行く…」

「あっ、祐一君だ!!」

 

 

ふと下を向いたあゆの視線の先に、大量のたい焼きを入れた袋を持って病院に向かう相沢祐一の姿が飛び込んできた。

それに釣られて、ヌイもミクも彼の方に視線を向ける。

 

“祐一って…、ありゃ…。あん時、佐祐理さん達と一緒におった少年やないか…”

 

ヌイ達が祐一に学校で会ったのは10日前の事である(正確には、祐一はヌイ達の姿を確認出来ていないので、会ったという表現は正しくないのだが)。

思い返せば自殺志願者(ターゲット)らしき雰囲気を感じて、学校の中に入ったら、突然舞に魔物扱いされたり、佐祐理に舞と間違われたり、

佐祐理が他の生き神の使いに助けられたという話を聞いたり、そして祐一にはスリーサイズを聞かれて答えようとしたものの、

恥ずかしくて舞の腕を使って祐一にツッコミをかまして、舞にキレられてドタバタしあったりと色々とあったものだ。

 

 

「ねえヌイさん。病院に入る前に祐一君とお話ししたいんだけど、降ろしてくれるかな…?」

「そ…、そうやな…。そろそろギブアップしたかったところなんや……。うぐっ…!?」

“だらしないヤツめ…”

 

顔面蒼白のヌイが、あゆのその言葉を聞くなり、待ってましたとばかりに即座に高度を下げて着地する。

着地すると同時に、あゆも祐一の元へ嬉しそうに走っていくのだった。

「祐一く~~~~ん♪」

 

祐一の名を呼びながら、嬉しそうに祐一に抱きつこうとするあゆ。が、祐一にひょいっとかわされ、その勢いでズザッとこけるのだった。

 

「うぐぅ…、酷いよ祐一君…。ボクの事を受け止めてくれたって…」

「あ…?誰が酷いって…?」

 

涙目でぶつけた鼻を擦るあゆに、祐一はイライラした様子でガンつける。

 

「てめえこそ、またそんなカッコして病院抜け出して、挙句の果てには、またたい焼き食い逃げしやがってよ…!!

 俺がたい焼き買ってきてやるって散々言ってたのに、何勝手な事しやがんだよ!!?

 おかげで俺はたい焼き代プラスお前の迷惑料に詫び料まで払わされるハメになったんだ。どうしてくれるんだよ!!?」

「うぐっ…。だ…、だって焼きたてのやつも食べたかったから…」

「知るか~!!たい焼き食える様になっただけ、ありがたく思え!てめえの不始末を片付けてやんのにも限度があるんだよ」

 

自分の悪事を祐一に指摘されて、気まずそうに縮こまって祐一を見つめるあゆだった。

そんな様子をヌイとミクは木の陰から眺めながら、

 

“色々と大変なんやな~、あの少年も”

“とりあえずご愁傷様とだけ言っておこう…”

 

とボソッと呟く(つぶやく)のだった(尤も[もっとも]、祐一からもその姿は確認出来ない為、隠れている必要は無いのだが…)。

 

 

「あっ、そうだ。さっき天使さんに会って、ボクと一緒に怒られてくれたんだよ…!」

 

気まずい雰囲気を変えようと、あゆは先程会った天使の使いであるミクと出会った事に話題を切り替える。

 

“ふざけんなよ!!こちとら、とばっちりで怒られるハメになったんだよ!!”

“まあまあ…、そういう役も悪うないと思うで…”

 

事実を歪曲して伝えられた事にミクはキれて木の陰から飛び出そうとするも、逆にヌイによって宥め(なだめ)られた。

 

「はあ?天使に会っただあ!!?何寝言言って……。

 

 

 あれ…?」

 

一方、話題を振られた祐一は、馬鹿馬鹿しいといった態度で一蹴しようとするも、“天使”という単語を口走った途端、表情が蒼ざめていく。

 

「祐一君?」

「あれ…、俺って天使って単語を口走っただけだよな?意外と使い慣れてる単語のはずだよな~?

 なのに何で、あの思い出したくもない恥ずかしい記憶が蘇ってくるんだ~…?ヤベーよ…。

 近くの木とか壁とか地面とかにヘッドバッドかまして忘れたくなってきたよ~…」

「ゆ…、祐一君…!!?大丈夫?しっかり…」

 

何かトラウマめいたものが彼の中から引き出されたのか、蒼ざめてフラフラと千鳥足になる祐一を慌てて止めるあゆだった。

 

 

“もしかして…、あれのせいか…?”

 

木陰で見ていたミクもピンときて、顔が少し蒼ざめていく。

 

 

思い返せば、ヌイが佐祐理達に会った翌晩――――――――

 

 

「あははは~♪」

「降ろしてくださ~い!!」

「殺してくれ…」

 

ヌイと出会い、かつて自分を助けてくれた生き神の様になりたいと宣言した佐祐理が、その翌晩、

祐一と同じ学校の生徒会長の久瀬を連れて空からパトロールしていた時の事だった。

 

その直後、警察に通報され、佐祐理達は警察の取調べを受ける事となった。

 

 

結果は佐祐理へのお叱りだけで済み、空からのパトロールはその日限りとなったのだ。が、

佐祐理達が空中散歩していたことは町内中に広まるところとなり、巻き込まれただけの祐一も久瀬も当然、噂話の渦中に存在していた。

 

その為、翌日から学校の生徒や近所から色々と噂されたり、冷ややかな視線を送られたり、

“佐祐理さんと一緒で羨ましいぞ”とか“次はいつやるんだ?”といった、からかいの言葉まで浴びせられる事となった。

久瀬に至っては朝礼や校内集会で壇上に立てば、生徒達から一斉にトラウマが蘇る様な言葉を浴びせられて、凹むのを堪えていたものであった。

 

 

それから1週間ほど経つとさすがに噂話は収まり、祐一も久瀬もその出来事を忘れようと共に頑張り、いつしか同志にまでなっていた。

 

尤も(もっとも)、佐祐理はヌイみたく自殺志願者(ターゲット)を探そうとまだ考えており、密かに何かを企て(くわだて)ているところだが…――――――――

 

 

「そっ…、そうだ…!!たい焼き一緒に食べよ?」

 

凹んでいる祐一の気分を変えようと、あゆが祐一の持っている袋からたい焼きを1つ取り出して祐一の口元に持っていく。

が、“今は食いたくねえ…”と覇気のない声であゆに返す祐一だった。

 

「とりあえず俺、先に病室に行ってるわ…。だから、今だけお前が持っててくれ…。俺も後で食うから、全部食うんじゃねえぞ?」

「うん、ありがとう」

「食うにしても、俺が苦労して手に入れてきたたい焼きだからな…!!ちゃんとありがたく味わって食えよ…!!良いな!!?」

「うん、じゃあ後でね」

「おう…」

 

まだ凹んではいるものの、気分を変えようとあゆに持っていたたい焼きの袋を渡すと、祐一は気丈に病院の中に入っていくのだった。

 

 

「お前の彼氏も色々と大変なんだな…」

「あ…、天使さんにヌイさん」

 

祐一と一時別れた後、木陰に隠れていたミクとヌイが再びあゆの前に姿を現した。

 

「とりあえず、これからどうするよ?」

「うん、ボクを屋上に連れてってくれるかな?」

「おっしゃ!ほな行こか」

所変わって、病院の屋上。

そこには手すりに腕をつくヌイとミク、

 

「病院からの眺めもなかなか悪うないもんやな~…」

「ほうはへ、ふひはん(そうだね、ヌイさん)」

「それ美味そうやな~…」

「ふん、はっへほふほはいほうふふはんはほん(うん、だってボクの大好物なんだもん)」

「ワイにも1つエエかな~?」

「はへっ(ダメッ)!!ほうほほひふふはいひ…(もう残り少ないし…)」

「ええ~っ?1つくらいエエやん~」

“いやしんぼめ”

 

そしてその真ん中にたい焼きの袋を持って佇む(たたずむ)あゆの姿があった。

よほど食べたかったのか、あゆは2つを一気に口の中に入れて頬張っている。

 

 

「っと、そうや」

 

ふと、あゆに聞きたい事があったのを思い出したヌイは、質問することにした。

 

「ところで話は変わるんやけど…」

「はあひ(なあに)?」

「あんたは一体…?」

 

「こいつは7年前に登った木の高いところから転落して、それ以降植物状態だった女の子だよ」

「へっ…?どういう事や、ミクちゃん」

 

ヌイがあゆへの質問を言い終わらぬうちに、ミクが彼女に関する謎の答えの解説を始めた。

その指摘に、あゆは口にたい焼きを頬張りながらもシリアスになる。

 

 

「この町で以前話題になってたニュースを思い出したんだ。7年間眠っていた女の子が先日、目を覚ましたってのをね…」

「そうなんか?嬢ちゃん」

「ふん、はひはひほうはほ」

「口ん中を空(から)にしてから話せ」

「……、うん、確かにそうだよ。実を言うと、祐一君がこの町に戻ってきてから、ボクはずっとこの姿で祐一君達に会ってたんだ」

「それを知った時、いくつか感じていた不可解な出来事の理由も自ずと(おのずと)分かってきたって事さ」

「へえ、そうやったんか~」

 

ミク、そしてあゆによって明かされる謎の答えに、ヌイは心から驚くのだった。

 

 

あゆがシリアスな表情のまま話を続ける。

 

「祐一君と一緒に過ごせて、タイムカプセルも見つけられて、ボクはもう満足だった。いつ死んでも構わないって思ってた。

 だけど、やっぱり生きたいって思って、そしたら祐一君が眠ってるボクの元にお見舞いに来てくれて、そうしたら意識が戻ってたんだ。

 まだ入院中の身だし、多分これからも色々と大変な事があると思うけど、これで晴れて祐一君と付き合う事になったし、

 祐一君も他の皆も力を貸してくれるって言ってたから、きっと頑張れると思うんだ」

「そりゃ素晴らしい事やないか~…。ワイは感動したで!!」

 

あゆの話に、堪らず滝の様に涙を流すヌイだった。

 

「まあ、あたしも素晴らしい話だと思ってるよ。たい焼きを食い逃げした事を除けばな!!」

「うぐぅ…、だって焼きたても食べてみたかったし、後でちゃんとお金を払うつもりだったから…」

「ふざけんなよ!!?」

「まあまあ…、嬢ちゃんも反省しとることやし…」

 

そんなこんなやり取りの後、日が沈みかけてきたので、そろそろ別れようという流れになった。

「ねえ天使さーん」

「何だ?」

「ボクね、天使さんを見てから天使さんみたいになりたいなって思ってるんだ…。だからまた会ってくれるかな…」

「嫌だね」

 

ミクはあゆからの願いを即座に却下し、いきなりの事であゆの表情も凍りついた。

 

「うぐぅ…、何で…?」

「あたしは天使の使いっていう肩書きはあるけど、お前が思う様な存在じゃない。主に自殺志願者(ターゲット)を探して助ける事が専門だからな。

 全部が全部同じ結果に結びつく訳じゃないから、当然助けられなくて悔しい思いをした事もあったし、そんな単純な事じゃない」

 

涙目で凍りつくあゆを冷ややかに見ながら、ミクは更に話を続ける。

 

 

「大体、ヌイ(このバカ)やあいつのお守り(おもり)だけでこちとら精一杯だってのに、これ以上増やされちゃたまんないね!!」

「あいつって…?」

「ワイの後輩分の生き神の使いやな…。まあ、ワイはあいつを気に入っとるし、あいつもワイらを慕っとるんやけど、

 実際、ワイもあいつも苦労したところはあったし、 同じくらい悔しい思いとか危ない目とか経験しとるから、

 興味本位でなりたいゆうんはワイもあまりお勧め出来ひんな…。やから嬢ちゃん、その点は諦めた方がエエと思うよ…?」

「うぐぅ…」

 

ヌイはソフトな表現を使いながらも、あゆが自分達と同じになりたいという申し出には反対していた。

しかし諦めきれないのか、あゆが必死でヌイに食い下がろうとする。

 

 

「で…、でも天使さんもヌイさんもその後輩の人も、なりたいって思ってたから、ボクにだって…」

「まあ確かにワイとアイツはなりたい思うて、使いながら生き神にはなったんやけど、ミクちゃんだけは違うんよ…」

「え…?どういう事…?」

「ワイも詳しい事はよく分からんのやけど、ミクちゃんはなりたかったから天使の使いになった訳やないんやって…」

「その辺にしとけ」

 

ミクに関する事情を続けて話そうとするヌイを、ミクはそっと制止する。

無表情ながら、その心の内は相当複雑そうに思える。

 

「ここまで来て今更、後悔もクソもないからな…。

 さて…、日が暮れる前に行くぞ」

「そうやな」

「待って!!」

 

 

改めて出発しようとする2人をあゆは呼び止め、そして持っているたい焼きの袋をミクの前に差し出した。

 

「だったら、せめてこのたい焼きを持ってってくれるかな?ボクからの気持ちとして」

「良いのか?お前の彼氏も食うんじゃなかったのか?」

「ボク達はまたいつでも食べられると思うから大丈夫だよ。だから、受け取って」

「そうか♪やったら遠慮なくいただきまっせ♪」

「行儀が悪い!!」

 

あたかも下心丸出しの子供の様にたい焼きを受け取ろうとしているヌイを、諌める(いさめる)かの様にミクはハリセンでツッコミをかます。

 

たい焼きが受け渡された事を確認すると、

 

「じゃあね。天使さん、ヌイさん。またいつか…」

 

そう言って、あゆは屋上のドアを開け、中へと入っていった(ドアが閉まってからの足音は確認出来ていないが…)。

 

 

あゆの姿が見えなくなった後、ヌイは袋の中のたい焼きを1つ頬張る。

 

「…。美味いな。ミクちゃんも1つ食うか?」

「あたしは良いよ」

「っと…、そうやったな…」

 

ミクからの答えにバツが悪くなったのか、ヌイは残りの尻尾の部分を一気に口の中に放り込むと、“残りはあいつらにでもあげるか”と懐にしまいこんだ。

 

「さて…、そろそろ行くか」

「そうやな。ほな、行こか」

 

そう言うと、2人は同時に飛び立ち、そして夕闇の彼方へと消えていった。

 

 

一方、あゆが入院している病室では…。

 

「てめえ、俺が買ってきたたい焼きの残りをどうしたんだよ!?」

「うぐぅ…、うっかり全部食べちゃったよ」

「ふざけんなよ。俺も食うって言ったろうが!?」

「だって~…」

 

その日の眠りから覚めたあゆと見舞いに来た祐一とのやりとりが、漫才の様に繰り広げられているのだった。

 

「あ!天使さんだ!!」

「ぐああっ…、俺の前でその単語を口にするな~…!!思い出したくもない事が蘇ってくる~…」

 


 
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