みんな知っているか?
音楽ホールは音響反射板で包まれている。これは舞台上の音楽を効果的に客席に伝えるために欠かせないものだが、舞台の天井に設置されているものは演奏者が音を聞き取りやすくするために設置されているんだ。
演奏者も自分の音色を聞きたいって事さ。
* *
――2011年10月8日 10:03
――学園都市 理系学区 医療学部
――一騎の研究室
「名護。お前、渡君が襲われるのどうやって知ったんだ?」
そう言って一騎は名護と渡の前に紅茶を差し出した。
「彼の兄からの要請だ。世継ぎの話でいざこざがあったらしい」
キングを継げるのは渡の兄と渡自身。継げる人間が二人いるというのは世継ぎ問題を起こさせた。
本来なら二年前の兄弟喧嘩の末に集結した話であった。そこから一年程度は新たな脅威と戦っていたが、それを拠り所としていた以上、終わると分解を始めていたようだ。
「兄さんがそんなことを……」
彼、紅渡は優しい好青年ながら芯が強いというのは感じ取れていた。それはきっと彼が黄金のキバを纏って戦い抜いた証だろう。
ただその優しさは時として付けいる隙を与えてしまう。全体のために一に死ねと言われれば彼はきっと迷い、選択を間違えるかもしれなかった。
「だが君の様子を見ているとキングの地位には全く興味がなさそうだな」
「僕は兄さんを支えて生きていくって決めたので……」
「それがきょうだいの正しいあり方?」
一騎の問いに渡は強く頷いた。渡の強い意志は他には届いていないらしい。
「全く無用な問答だな。無駄なエネルギーをもっと建設的なことに使えんのか」
「きっと糖分が足りてないんだと思います」
「まったくだ!」
「お前はカルシウムが足りない。っていうか砂糖入れすぎだ!罰当たりめ!!紅茶の神様にその命返してこい!!」
* OP:Break the Chain *
第十話 次の世代へ・プレリュード
* *
――2011年10月8日 10:31
――学園都市 理系学区 医療学部
――一騎の研究室
「要するに同じ顔同じ能力の奴を探せってことだろ?」
「ドッペルゲンガーってことですか?」
「いや、答えは簡単だ。まず学園都市に入れる駅や空港には至る所に指紋や声紋、顔認証に至るまでのチェックが入る」
一騎が机の上に出した資料の一番上にはCloneの単語が目立った。
「クローン……ですか」
「しかしクローンは何かと欠点が目立つと聞いている」
「その通りだ。だが奴らが学園都市で好き勝手移動できたのはその恩恵がある」
「指紋などの生体認証を突破されたのか?」
「それは全部後天的なものだ。突破されても不思議じゃない」
そう言いながらキーボードと叩きモニターに学園都市の地図を表示した。
「これが学園都市でクローンを作る事が出来る……遺伝子工学で使われる機械を導入している施設だ」
地図に赤いマークが浮かび上がった。理系学区に大半。文系学区に少数が点在している。
「文系学区にもあるんですね」
「ああ、これ全部当たる」
「全部……」
赤いマークは少なくとも20個近くある。名護の声が消えそうなのも理解できる。
晴彦の電子戦包囲網でいくつかは減るだろうがこれを全部回るのは骨が折れそうだ。
「G-6部隊は固まって査察に入っている。俺達も一つの部隊として査察に入っていく」
「判りました」
「了解だ」
――2011年10月8日 13:02
――学園都市 理系学区 遺伝子工学部
「空振り……か」
学園都市内で強硬査察に入る場合、だいたいの研究所もしくは研究室はそのまま快く受け入れてくれる。
ついさっき査察に入ったトランスジェニックマウスの製造及び研究を行っている研究室ではお茶まで出てきた。
まあ一騎の顔見知りなので仕方ないかもしれないが、肩に力を入れていた渡と名護は取り越し苦労であった。
「次は遺伝子工学部医薬科だ」
「遺伝子工学なのに医薬品ですか?」
渡は肩すかしを食らった者の興味津々であった。ちなみに名護は完全にふて腐れているのかそれとも気合いが抜けきったのか、はたまた興味が完全にないのか下を向いていた。
「ああ。インスリン……糖尿病患者が服薬する医薬品だな。これは遺伝子工学によって作り出されたものだ。あとは……B型肝炎ワクチンが有名だな。まあここも十中八九シロだ」
「シロなら行かなくてもいいじゃないか!先に進みなさい!」
「阿呆。脅されて作ってたらそれこそ、カッコイイポーズをしながら俺達の出番だ。行くぞ」
そう言ってバイクのエンジンを起動する。一騎は基本的に支給された専用のバイクは無く、量産機であるガードチェイサー2010を使用している。
渡と名護もそれぞれマシンキバーとイクサリオンに跨る。
「けど遺伝子工学って結構使われているんですね」
用意する最中の会話。ひょんな渡の質問から一騎の手が止まった。
「ああ。先ほどの遺伝子組み換え医薬。研究用マウス。遺伝子組み換え作物なんかもあるな」
「だから研究している場所がこんなに多いんですね」
「しっかし居心地の悪い場所だな……」
そう言ってキバットバットⅢ世が渡の服から僅かに顔を出す。学園都市であってもその存在は異質であった。
「済まんな、キバット。だが迂闊にそこから出たら捕獲されて実験動物棟にぶち込まれるから注意しろよ」
「ゾッとしないな。気をつけるよ」
キバットバットⅢ世は少し引きつった顔になり渡の服に再び隠れる。
元々は人間より高位な存在だが、学園都市は好奇心旺盛にして戦力強大。一騎の言葉はあながち間違いではないだろう。
そんな一行の元に一つの連絡が入った。一騎のアインツコマンダーに着信が入る。発信者は晴彦だ。
「結果が出たか?」
『D&Pから提供された遺伝子マップからおそらくクローンであると推察されるよ』
「その言い方……"弄られている"のか?」
『ご明察。言い方は悪いけど改造……言い方を変えれば遺伝子工学的処置を施されているね』
「……とうとう現実になるな。優秀な個体による優秀な軍隊が」
『これ以降都市警察はこのタイプの怪人をタイプブラッドと呼称するよ。それとこのタイプブラッドだけど……クローンとしては今の段階では欠陥だね』
「欠陥?」
『外見と頭の中のギャップだよ。大層な体と能力を持っている割には頭の中は赤ん坊ってね』
「ああ、それで何もしゃべらなかったのか」
先日、渡を襲撃したタイプブラッドは言葉を何も発しなかった。スワローテイルファンガイアに至っては馬鹿の一つ覚えのように破壊光線しか繰り出してこなかったもの気にかかっていたところだ。
『一騎。一つ気になる所があるんだ。そこに三人で突撃してくれない?』
「本命ってことか。どこだ?」
『人類基盤史研究所』
「理系学区か。裏はあるのか」
『そこの理事長にして創設者、天王路だけど……見る?資料?』
「そこまで言うなら送ってくれ」
晴彦が送ってきた資料をアインツコマンダーで再生する。その資料を渡と名護も横からのぞき見る。
「うへぇ、真っ黒だな。よく倫理委員会通ったな」
送られてきた資料には資金及び研究内容が記載してある。資金の流れは一部政治家やいわゆる死の商人にも資本が流れているのを確認できる。
そして人類基盤史研究所で研究されているのは……。
「キメラか」
キメラとは同一個体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混じっていることを刺す。
クローンとは違い特に倫理に関してとやかく言われる分野ではなく、実際ヒトキメラも確認されており、血液を通して例えば骨髄移植などでこのキメラになり得る。
「しかしこれだけでは決定的とは言えない。キメラを研究しても人間の技術な神話のようなキメラを作る事は出来ない」
キメラが特に危険な技術であるとは考えにくい。
一騎の言葉をかき消すように晴彦が続けた。
『じゃあ特定の細胞が命令を出せるとしたら?』
「……どういうことだ?」
『心臓って身体に起きた記憶をある程度保存出来るって話聞いたことあるよね。っていうか多分一騎から聞いたと思うんだけど』
「……ああ」
『その記憶を利用して個体全体に命令を出せるとしたらキメラも十二分に危険だよね』
「そんなもので細かな命令を……」
『細かい命令なんか後で良いんだよ。重要なのは憤怒や嫉妬なんかの負の感情。そっちのほうが襲撃の時に都合が良いでしょ』
晴彦の言葉に閉口した。だが的確な推論だ。
ライオンファンガイアは闘争。スワローテイルファンガイアはキングに執着していた。
クローン個体は別で造りその命令を行う組織を移植する。それならばキメラの研究所でも出来ないこともない。
『加えて資金の流れの所にあるPMC、見たことない?』
「……あの駄馬の元所属先だったな」
9月の事件……ちょうどブラストフォーム再実装の日に交戦したタイプスティール・ペガススの変身者。彼はあの後日本と某国の取引で自国に戻っていったが、その彼が所属していた民間軍事企業の名前があったのだ。
『学園都市外の天王路を氷川さんが聴取したらしいんだけど……曰く何か隠しているようだね』
「何か?反倫理かそれとも犯罪行為か……」
『氷川さんは強迫……口封じ……なんてキーワードを連想してたよ』
「上部組織か」
『おそらく。見えてきたんじゃない?敵の正体が』
「学園都市の敵……か。とりあえず今は目の前の敵を片付けよう。俺達の庭で好き勝手はさせない」
『まったくだね。了解』
通信を終えた一騎は渋い顔でため息をついた。
「これは学園都市の責任だな」
「ファンガイア全体の意識の問題もあります。あまり気にしないでください」
「いや、そもそも学園都市の倫理感は最初っから崩壊している」
一騎は脱力し明らかに落ち込んだ様子を見せる。
「そもそも日本にはクローン技術規制法があるが、あんなものはザルだ。古代人などに対する規制はないし、法を作った連中はファンガイアを知らない」
一騎はヘルメットを両手で回したりぽんぽんと叩いたりともてあそぶ。
「日本の法律は事なかれ主義で全てが後手というものその傾向を強くしているかもな」
――2011年10月8日 13:02
――学園都市 理系学区 遺伝子工学部
――人類基盤史研究所
「全員手をあげて」
ドアを蹴り開けて実に格好良く名護が突入した。
「誰もいないですね」
「邪魔だ」
後ろから現れた一騎は名護の頭をひっぱたき施設内に潜入する。施設内には誰もいない。ただ中を支配している圧は明らかに異質であった。
奥から白衣を着た一人の男が現れ、その両端にはライオンファンガイアとスワローテイルファンガイアがひかえている。
「ようこそ、仮面ライダー」
「お前か、一連の事件の実行犯は?」
「ええ。まあいい実験が出来ましたよ。これなら善い軍隊も作れそうですね」
「貴方は判っているんですか!?ファンガイアも命があるんですよ!」
渡が声を荒げた。
別に同胞だからというわけではない。あまりにも生気と悪意のなさが渡の声に怒気を含ませた。
「命なんて軽いものですよ。クローンを使えばどうせ量産できますから」
「貴様!」
名護の声にも怒気が含まれた。
「おやおや、貴方がそれを言えますか?その命、神に返しなさいでしたっけ……」
明らかな嘲笑。狂ったその表情と倫理感は会話する者に悪意と怒気を与えるには十二分だった。
「サイエンティストの風上にも置けない奴だな」
「貴方は自分の生み出した技術が善いことに使われると本気で思っているのですか?」
「ああ?」
一騎には珍しい威嚇するような低い声。思わず渡や名護が驚くほどのプレッシャーが彼から発せられる。
「テクノロジーは倫理的に中立だ。人間がそれを使うときにだけ善悪が宿る。ウィリアム・ギブスン氏の言葉だ」
「人間は悪だよ。だからこそ悪に使うのだよ」
そう言って白衣の男はファンガイアに変身した。もはや問答は無用。
「だから俺が居る」
三人は身構えた。
「仮面ライダーがいる」
一騎はアインツコマンダーにいつものコードを入力しアインツドライバーを召喚する。
「キバット!」
「キバっていくぜ!」
渡はキバットバットⅢ世が呼び出され手の甲に噛みつき渡の頬に魔皇力の紋が発現される。
『レ・ディ・ー』
名護もイクサナックルを取り出し掌で認証を行う。
――変身!!
――変身!!
――変身!!
『EINS』
『フィ・ス・ト・オ・ン』
白い光のリングがアインツドライバーから飛び出し、リングが回転を始める。そのリングが振り払われた時アインツが変身を完了。
渡のベルトにキバットバットⅢ世がぶら下がったときキバに変身終了する。
名護もベルトにイクサナックルを合体させイクサへと変身した。
「さあ、派手にいこう」
途端にスワローテイルファンガイアが破壊光線を放つ。これを見たイクサは二人の前に出て携行武器であるイクサカリバーで弾き返す。
そのまま因縁深いスワローテイルファンガイアに吶喊していく。
「キバ、君の能力でファンガイアの機能を失わせることが出来るんだったよな」
「はい、兄さんから借りてます」
「ルークとビショップはどうする?」
「……どうすればいいでしょう?」
彼らは命として生まれてきたのだろうか。クローンだからといって殺して良いのか。キバはそれを悩んでいた。
「君が正しいと思った行動をしろ。それが重要だ」
そう言ってキバの肩を強く叩き、サムズアップして見せた。
『一騎、イカれたファンガイアはラビットファンガイアだね』
「俺はイカれた奴を叩く。君はルークを頼む」
「……はい!」
その力強い声を聞いたアインツは軽い跳躍から位置エネルギーを加えた拳をラビットファンガイアに向けて放ち、ラビットファンガイアとライオンファンガイアを分断する。
同時にキバもライオンファンガイアの前に立ちふさがった。
アインツとキバはそのままの流れでそれぞれの敵と対峙した。
「おいおい、研究しすぎて体鍛えてないのかよ」
ラビットファンガイアはやや拍子抜けの実力だった。
格下であるのであればやや振りの大きいパンチも使いやすい。相手の攻撃を最低限で避け、重い一撃を的確に打ち込む。
対してキバは少し苦戦しているようだった。一度戦った相手だがその強固な体殻は苦戦させるに充分だった。だが攻撃に当たる気は筆頭無いらしい。投げ技を中心にして徐々に追い込んでいく。
そしてイクサはイクサカリバーの連撃を的確に仕掛けスワローテイルファンガイアを追い詰めていた。
必殺技の頃合いとみたイクサはカリバーフエッスルを読み込み必殺技を発動させる。
――イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ
イクサの後ろに太陽が映し出され、イクサカリバーにエネルギーが集まる。イクサ・ジャッジメントを受けたスワローテイルファンガイアはガラスのように砕けずそのまま動かなくなる。上手く急所を外せたようだ。
「渡君!」
「はい!」
キバが手をかざすと強力な波動が生じスワローテイルファンガイアから光のようなエネルギーを吸収した。ファンガイアに変化するためのライフエナジーだ。
本来キングのみに与えられた特殊能力だ。特別にその能力を譲り受けたキバはさしずめキングの代行者か。
無事に能力を奪うことに成功したキバは二体を相手取っていたアインツの方を見る。2対1の状況だったがアインツは上手く攻撃を受け流していた。頃合いと見たアインツはコマンダーを開く。
「渡!上手く外せよ!」
――ウェイクアップ!
ウェイクアップフエッスルの音色が響き、周囲はより深い闇に包まれ三日月がキバの後ろに現れる。
同時にアインツもアインツコマンダーにコードを入力する。
9――9――9――
「ライダーキック」
『RIDERKICK!!』
ラビットファンガイアの左頬を直撃した。非殺傷のその一撃はそうであってもかなりの衝撃だ。吹き飛ばされ戦闘不能となる。
ほぼ同時にキバの必殺技ダークネスムーンブレイクがライオンファンガイアにヒットした。
本来のダークネスムーンブレイクでは対象の後ろにキバの紋章が浮かび上がるが、手加減したため発現しなかったようだ。
ライオンファンガイアは無事なようだった。
すぐさまキバが手をかざしラビットファンガイアとライオンファンガイアからエネルギーを吸収した。変身能力を失ったファンガイアにとって残酷かもしれないが、それが暴走への抑止力となるのだ。
「……そうするんだな。キバ」
「これからの事、あまり自信がないですけど」
「大丈夫さ」
* *
――2011年10月11日 9:11
――学園都市 理系学区 医療学部
――一騎の研究室
「一騎、渡君からメールが来てるよ」
そう言ったハルのモニターに一騎は視線を落とす。
「……そうか。彼も俺と一緒になるんだな」
内容はファンガイアの抑止力になるといった内容だった。
加えて捕獲したスワローテイルファンガイアとライオンファンガイアはこのまま教育を受け、ファンガイアとして人間と共生していくらしい。時間はかかるだろうがきっと可能だろう。
「教育が洗脳にならなければいいね」
「ブローが聞いたブラックジョークは止めようぜ、ハル。
ま、きっと大丈夫さ。彼がキバで兄がキングであれば……な」
次回予告:
――久しぶりです、雨無さん!
――俺のメダルだ!!
――映司が……オーズ
第十一話 優しさとメダルと学園都市
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この作品について
・この作品は仮面ライダーシリーズの二次創作です。
執筆について
・隔週スペースになると思います。
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