No.217451

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

YTAさん

 どうも、御無沙汰しています。YTAです。
 例の震災以降、中々、纏まった執筆の時間が取れず、また、時間が出来ても筆が進まずで、長い事更新が出来ていませんでした。
 楽しみにして下さっていた方がいたら、本当に申し訳ないです。
 久し振りの投稿なので、読みづらい点もあるかも知れませんが、御容赦下さい。

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2011-05-18 22:50:48 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:3880   閲覧ユーザー数:3223

                        真・恋姫†無双 皇龍剣風譚

 

                       第九話 コンディション・グリーン

 

 

 

 

 

 

「ホホゥ。アレガ『救世ノ者』カ。成程、黒狼ヲ一太刀デ組ミ伏セタト言ウ話ハ、満更デマカセデハ無イ様ダナ」天牛蟲(かみきりむし)はそう呟いて、先程一刀に弾かれた直槍を、柄の半ばまで突き刺さった地面から引き抜いた。慌てる必要など無い事は、既に分かっている。

 相手が『救世の者』であるならば、自分たちを放置して逃げ出す様な真似は、絶対にしないだろう。

 いや。正確には、“出来ない”と言う方が正しい。何故なら、『救世の者』というのは本来、“そういう在り様の存在”だからだ。自分が守るべきものに害成す存在を無視する事など、そもそも出来はしないのである。

 

 程なくして天牛蟲は、瞬く間にこちらに向かって近づいて来る馬蹄の響きを耳にして、自分の推察が当たっていた事を確信した。天牛蟲は、その禍々しい大顎を震わせてほくそ笑むと、黒い鎧の怪物たちに警戒する様に命じて自分も直槍を構え直し、馬蹄の方向に神経を集中させる。

『救世の者』は、馬岱を安全な場所に避難させ、一人で向かって来ている筈だ。となれば、天牛蟲の真の任務である、“救世の者の戦闘能力の記録”と、“実験体たちによる連携行動の試験運用”を同時に、且つ高いレベルで行う事が出来るだろう。

 

「来タカ―――何!!?」

 屋根の上から大鐘楼のある広場の上空に舞い上がった白馬の背から颯爽と飛び下りた影の正体は、『救世の者』北郷一刀ではなかった。

「馬岱ダト!?」天牛蟲はそう叫ぶと、自分の後ろに控えている実験体たちの近くに着地した蒲公英の方を振り向いた。

 その刹那。

 

「凱装ッ―――!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ナッ―――!?」天牛蟲が、自分の後ろで起こった白い光の炸裂に気が付いて視線を戻そうとした直後、金色の塊が凄まじい勢いで天牛蟲の身体に衝突し、大鐘楼の遥か数百メートルの彼方まで吹き飛ばした。天牛蟲が、空中で己の腹部に衝突したモノに目を遣ると、果たしてそれは、黄金の鎧に身を包んだ魔人であった。

 魔人は、天牛蟲が地に脚を着いて勢いを殺したのと同時に、力を入れて踏ん張っているその両膝を踏み台にして舞い上がり、空中で華麗に回転しながら、絶妙の間を切って着地した。

 

「貴様―――。貴様ガ……」

 天牛蟲が、鈍く痛む腹部を庇いながらそう言って槍を構え直すと、魔人は腰に佩びた純白の鞘から鋭い輝きを放つ刃を振り抜き、右八双に構える。

 

「蒼天よりの使者、皇龍王―――見参!!」

 

 高らかに響く名乗りの声と共に、龍王千里鏡の奥にある双眸が輝き、黄龍凱の節々から、ヒヒイロカネと膨大な氣を練り合わせた際に発生した余剰エネルギーが、白い煌めきを含んだ蒸気として噴出する。

それら全ての事象が、四神の頂点に君臨する皇(すめら)ぎなる龍の王が顕現した事を、天牛蟲に知らしめた。

 

「フン、大層ナ見得ヲ切ルデハナイカ―――。ソノ“力”、如何ホドノ物カ、コノ天牛蟲ガ見定メテクレルワ!!」

「泥に還る覚悟は出来たか?天牛蟲!!」

 一刀は、高速で放たれる黒槍の乱撃を鎬で受け流しながら天牛蟲の間合いの内側に踏み込み、打ち下ろした刃で黒槍の太刀打ちを地面に押し込んだ。

「天牛蟲!あの怪物たちの正体は何だ!」一刀は愛刀『神刃』の下で、それを弾こうと暴れる黒槍の力を押さえつけながら、間近でこちらを睨む天牛蟲に向かって叫んだ。

「ホホゥ、何ノ事カナ?」

「惚けるな!貴様たち罵苦は、死ねば泥に還る筈だ!だが、奴等はそうなっていない。それに―――どうして奴等の血は“赤い”んだ!」

 

 

 

 

 

 一刀は、蒲公英を助けに行く際に切り捨てた怪物の血痕の付着した神刃の刃に、チラリと目線を走らせた。そこには、今は乾いて赤黒く変色した“赤い血”が、確かにこびり付いている。

 罵苦の血であれば、死した後に還る泥と同じ、黒でなければならない筈なのだ。

 つまり、あの怪物は『罵苦ではない何か』と言う事になる。

「……サァナ。私ハタダ、私ノ主ニ命ジラレタ通リ、奴等を遊バセテイタニ過ギヌ。奴等ノ正体ニナド―――興味ハ無イワ!」

「!!?」天牛蟲が言い終わるのと同時に、その両脇の下から鋭い“何か”が、一刀の顔と心臓めがけて放たれた。一刀は、寸での所で身を捻りながら後ろに跳んでそれを躱すと、神刃の切っ先をするりと下げ、下段に構え直す。

「危ねぇモン持ってるじゃねえか。そういう事は早く言えよな……!」

 一刀が愚痴る様にそう言って見遣ったのは、再び天牛蟲の脇の下から背中に戻った、二本の『触角』だった。天牛蟲は、その鋭い触覚を手に持った黒槍の穂先と同じ様に“突き出した”のである。

 

「フッ……。自分ノ奥ノ手ヲ態々(わざわざ)晒ス事モアルマイ?」

「そりゃそうだ―――まぁ、いい。知らないって言うなら、もう訊く事は無いな……!!」

  一刀がそう言い放ちながら駆け出すと、天牛蟲は、嬉しそうに大顎を鳴らす。

「元ヨリ!!」

  黒槍の穂先と神刃の刃が、盛大な火花を上げながら、再び交差した―――。

 

 

 

 

 

 

「むん!!」

 高順こと誠心は、裂帛の気合と共に突き出した自身の直剣を怪物の腹に突き立てると、一瞬、前屈みになった怪物の首に上から腕を回し、渾身の力を込めて締め上げた。怪物が尚も暴れ、その拘束を振り解こうとしていたのはほんの僅かの間―――誠心の剛腕が、鈍い音と共にその頸部を粉々に捻じり砕くまでの事だった。

 

誠心が無造作に怪物の身体を地面に投げ捨て、その腹から剣を引き抜いた時、軽やかな足音と共に、呂布こと恋、陳宮こと音々音、馬超こと翠の三人が、小路を曲がって誠心の元に駆けつけて来くるのが見えた。

 

 

 

 

 

「おう、御三方。こちらも、ようやっと片付きましたぞ」誠心が朗らかに微笑んで、剣を鞘に納めながらそう言うと、駆け寄って来た翠が、地面に転がっている二体の怪物を見遣りながら笑った。

「流石は飛将軍の片腕だな。それぞれ一太刀かよ」

「なに、地の利のがあったればこそです。この細長い道のお陰で、一度に相手をせずに済みましたから。それに、馬超殿も恋様も、それぞれ既に片づけられたのでしょう?」誠心はそう言って、二人の得物に付いた血糊を見た。

 

「まぁな。でも、苦労したぜ。あいつら、手錬れの士官並みの連携使うんだもんなぁ。お陰で、一張羅が台無しだよ」翠はそう言って、服の二の腕辺りに出来た裂け跡を指差した。しかし、その下から除く白い肌には擦り傷一つ見当たらない事こそが、翠の『錦馬超』たる所以であろう。

 

「こちらは一体だけだったので、連携なんて見ていないのですよ。まぁ、仮に何体出て来ようとも、恋殿の敵ではありませんが!」音々音が “ふふん”と腰に手を当てて恋の武勇を我が事の様に自慢すると、翠と誠心は、いつもの如く、目配せをして肩を竦めて苦笑する。

「はいはい。そりゃあそうだろうよ―――ん?どうしたんだ、恋?」

 

 翠は音々音の頭をぐりぐりと撫でながら、無表情に怪物の骸を見つめる恋に、そう問いかけた。

「やっぱり、変……」

「変……て、何が?」恋は、翠に向けていた視線を音々音に移して言った。

「ねねなら、解るでしょ……?」

「ほぇ!?」音々音は、恋の唐突な問い掛けに一瞬、面喰らった様な顔をしたものの、すぐに誠心の斬り捨てた怪物達の骸に目を落とし、それを見つめながら腕を組んで考え込んだ。

 

「あ!そう言えば、さっきの奴もこいつらも、“溶けて”いないのです!」

「おう、そう言われれば……」

「おいおい、勝手にみんなで納得するなよ。結局、どう言う事なんだ?」暫く考え込んでいた音々音が上げた大声に誠心が同意して頷くと、翠は一人怪訝な顔をして、二人を見て言った。

「罵苦は、死ぬと泥の様になって溶けてしまうのです。しかし、こやつらは消えずに残っている。恋様は、その事を言っておいでなのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 誠心が端的にそう説明すると、翠は漸く得心がいったと言う顔で頷いた。

「あぁ、なるほどな。あたしは罵苦と直接やり合うのは初めてだから、全然気付かなかったよ」

「罵苦の概要を書いた報告書には、デカデカと載っている筈なのですよ、翠……」音々音が蒲鉾の様な目でそう言うと、翠はあたふたと両手を振りながら大声を出した。

「うぇ!?いや、それはほら―――ここんとこ、忙しかったからさ!なかなか事務仕事にまで手が回らなくて……」

「罵苦が泥になる事を記した報告書は、二年も前に出ているのです!」

「うぅ……ごめん。完全にド忘れしてた……」翠は、音々音の容赦ないツッコミに項垂れて、ボソリと呟く様に言った。

 

「まったく、最初から素直にそう言えばいいのですよ。仕方がない将軍ですの~」音々音がやれやれと言うように肩を竦めて溜め息を吐くと、黙っていた恋が再び口を開いた。

「それだけじゃ、ない……」

「え、まだ何かあるのかよ?」翠のその問い掛けに、音々音が恋に代わって答えた。

「それこそ、翠は今日初めて罵苦を斬ったから実感が無いかも知れませんが、罵苦の血は、もっと黒いのです……。でも、こいつらの血は、人間のものと変わらず赤いのですよ」

 

「ん?それって、つまり、どう言う事だ?」

「卵から産まれる犬は、居ない……。それは、犬に見えても犬じゃない……」恋が、腕を組んで頭を捻る翠にそう言うと、翠は顔が逆さまになってしまうのではないかと言う程、更に首を捻った。

「うぅ……。更に訳が分かんないぞ、恋」

「まぁ、つまりですな、馬超殿。恋様は、この怪物たちは、確かに怪物には違いないが、罵苦ではないのではないか、と、仰っておられるのですよ」誠心が笑いを堪えて助け舟を出すと、翠は「あぁ、なるほど」と言って、くるりと顔を元に戻した。

 

「それならそうと、最初から言ってくれよな、恋」

「ごめん……。こっちの方が、分かりやすいと、思った……」

「い、いや、あたし、馬鹿だからさ!恋が悪い訳じゃないぞ、うん!」 

翠は、シュンと触角を垂らして、申し訳なさそうな顔をしている恋を抱きしめたい衝動に駆られながらも、何とかそれを押し止め、ブンブンと手を振って言った。

「そうなのです、恋殿!恋殿が謝る事など何も……!!?」

 音々音が、いつもの如く恋にそう言いかけた瞬間、大鐘楼の方角で金色の光が爆発し、一瞬、夕日の赤を世界から喰らい尽くした。

 

 

 

「な、なんだ!?」

「ご主人様が、戦ってる。翠、急ぐ……!」恋は、驚く翠の横でそう呟くと同時に音々音の首根っこを引っ掴んで跳躍し、眼の前の建物を飛び越えた。

「“ご主人様が”って―――おい、待てよ、恋!!」

 翠がそう叫びながら恋の後を追って行き、一人残された誠心は、屋根の向こうから聞こえて来た音々音の絶叫に肩を竦めて、「やれやれ。ねね殿は、今日は厄日であられるな」と、ひとりごちた。

 

 

 

 

 

 

 蒲公英は、滴る汗を拭いもせずに、全神経を自分の周囲に張り巡らせていた。

その範囲は、大凡(おおよそ)十三尺。愛槍“影閃”の全長と、同等の距離である。

 最早、槍を握り続ける握力も殆ど残っていない満身創痍の蒲公英にとって、この空間を支配し、自分の望み通りに相手を防ぎ、招き入れるたった一度の好機を作り出す事。それこそが全てだからだ。

 

 蒲公英は、目の前に居る一体と、左右の斜め後ろに居る二体との間合いを、じりじりと、相手を刺激しない程度に、僅かずつ整えていた。「(お願いだから、勘付かないでよね)」と、念じながら。

 幸い、怪物たちは、蒲公英が自分達の動きに気を配り、隙を見せていない事を悟って、無理に斬り込んで来る気配はない。僅かずつ動いているのも、あくまでも自分たちの隙を“突こう”としているのだと考えているのだろう。

 つまり蒲公英が『先に必ず動く』と思っていて、その際に出来た隙を逆に突こうと言う魂胆なのだ。

 

 相手がそう思ってくれている内は、この勝負は蒲公英の手の内にあった。だが、もしも相手の気が変わり、蒲公英の“準備”が整わぬ間に、力任せに彼女の体勢を崩そうと突進して来られたら、その時点で蒲公英の死は、ほぼ確定だろう。

 縦(よ)しんば命を長らえたとしても、腕か脚は失う事になるのは確実だ。そうなれば、この戦力差では、王手をかけられたのと大して変わりはない。

 ただ、ほんの数分、多く息をしていられると言う、それだけの話。

 

 蒲公英は、自分の心に湧きあがる焦りを叱り飛ばし、永劫とも思える残り数寸の距離を、スニーカーの裏で地面を這う様に、ゆっくりと、静かに移動し続けた。

 数秒か、数十分か―――時間の感覚が麻痺した蒲公英は、漸く理想の位置まで辿り着くと、鼻からゆっくりと息を吐いて、『ほっと一息』の代わりとした。

 

 

 だが、まだ終わりでは、勿論ない。蒲公英は、「(これで上手く行けばおめでとう、だよねぇ)」と、内心でひとりごちると、意識して背中の筋肉を大きく動かして背後の二体に隙を見せるのと同時に、重心を思い切り落とし、大きな野兎の様な格好で、正面の怪物に向かって疾駆した。

 小柄な身体が、禍々しく隆起した怪物の身体に肉薄し、影閃の穂先が前方の怪物の同に触れんとした刹那、三方向から迫った柳葉刀が、殆ど同時に、蒲公英の頭上に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

「チィ……!!」

 一刀は舌打ちをして、下方からボディーブローの様な軌跡で鳩尾に迫って来た天牛蟲(かみきりむし)の鋭利な触角を神刃の柄頭で弾き返し、後方に跳び退いた。

 槍と言う武器の特性上、懐に潜り込まれた時点で、余程実力に開きがあるのでもない限り、剣に敵う道理はない。何故なら、それは自分の刃の“内側”に入り込まれると言う事であり、突きの動作に十分な距離が得られない為に、攻撃に角度を加えにくくなるからだ。

 

 だから、本来であれば、柄を使った薙ぎの動作に移行し、打撃を主にして戦うか、牽制して間合いを取り直すしかない。しかも、この場合、頑強な鎧で全身を包んでいる一刀に対しては、本来、天牛蟲には後者の選択しかないのである。

 しかし、天牛蟲は二本の鋭利な触角を巧みに操り、一刀が間合いを詰める度に、両脇からそれを突き出して、一刀の急所を狙って来る。その為に一刀は、天牛蟲の他に、その後ろの絶妙な位置に陣取っている二人の槍兵を同時に相手させられているに等しかった。

 それによって一刀は、何度も天牛蟲の懐に入り込みながらも、その度に後退を余儀なくされているのだある。

 

「ドウシタ、皇龍王。モット打チ込ンデ来テモ良イノダゾ?」天牛蟲は、一刀の置かれている状況を知り尽くした上で、大顎を震わせてニタリと嗤い、あからさまに一刀を挑発した。

「ふん。言ってくれるよ―――まぁ、大体分かった事だし、そろそろ本気で攻めさせてもらうぞ」一刀がそう言って、神刃を左手に持ち替えた瞬間、光に包まれた神刃は、その姿を変えていた。

 

「ム……。鎌ダト?」

「惜しい」一刀は、天牛蟲の怪訝そうな言葉に小さな呟きで返すと、右の掌を、鎌の柄頭に空いている穴に宛がった。すると、そこから“天縛鎖”が射出されて穴を通り、同時に、先端をいつものアンカー状から、八角形の分銅に変化させる。

 

 

「これは、“鎖鎌”さ……!」一刀がそう言って手首を回し始めると、最初は小さな竜巻の様に撓っていた鎖が、瞬く間に満月の如き真円に変化した。

 地上に現れた小さな満月は、一刀の氣を受けてその姿に白金の光を纏い、天上の月の如き輝きを放つ。

「往くぞ、天牛蟲!!」一刀がそう言うのと同時に、満月は一閃の光の矢となって、天牛蟲の額を割らんと唸りを上げた。

「ヌォォ―――!?」天牛蟲は、音速で飛来した光の矢が頬を掠めるのを感じながらも辛うじてそれを躱すと、一気に間合いを詰める為に、両脚に力を込めた。

 

 あの一撃は確かに強力だが、一度放ってしまえば、それを引き戻すまでの間、使い手に残されるのは、左手の鎌一振りだけ。剣を相手にするよりも、遥かに容易だからである。

「甘カッタナ、皇龍王!!」勝利を確信した言葉と同時に跳躍した天牛蟲を前に、皇龍王は微動だにせず、仮面の奥から静かに天牛蟲の複眼を見返した。

 

「そう思うか?」

「ナニ!!?」天牛蟲は、一刀の不敵な呟きを耳にして、その複眼で改めて皇龍王を観察した。

 すると、微動だにしていないと思われたその姿の一ヵ所が、確かに動いている。

「鎖―――シマッタ!!」天牛蟲が、一刀の真意を悟って空中で身体を仰け反らせると、今まで天牛蟲の頭のあった場所を、高速で“巻き戻された”鎖の先端に付いた分銅が、空を斬り裂いて通り過ぎて行った。

 その鎖を“巻き取る”動作は、余りに高速、且つ滑らかに行われていた為に、一見して“動いていない”様に見えていたのだ。これまでの事は、天牛蟲が大地を蹴ってから、僅か数秒に満たない間の出来事である。

 

 空中で失速した天牛蟲は、しかし、まだ諦めてはいなかった。鎖鎌のもう一つの弱点、即ち、攻撃を行うまでに要する予備動作(再び鎖に勢いを付け、狙いを定める)にかかる時間よりも、自分が再び地を蹴って、一刀を射程範囲内に捉える方が早いと踏んだからだ。

 だが、再び跳躍を試みようとした天牛蟲は、二度、自身の目論見が破れた事を知った。一刀は、自分の元に戻って来た鎖を、勢いを殺して受け止める事はせず、渾身の力を込めた右足で“蹴り返した”のである。

 

 それは、本来の鎖鎌を用いた戦闘では考えられない事だった。放った速度そのままに分銅を引き戻すのは勿論、高速で戻って来た分銅を正確に捉え、蹴る事によって再攻撃とするなどという事は。

 

 

 なぜなら、分銅を正確に捉えるというだけでも超人的な動体視力と反射神経を必要とする事は言わずもがな、相手を仕留めるつもりで放った自分の攻撃を、爪先で受け止めるに等しいからだ。

 天牛蟲の最大の失策は、鎖鎌と言うトリッキーな武器にのみ気を取られ、それを用いる一刀が、常人以上の身体能力を持っている事を忘れて、“常人が鎖鎌を用いた時と同じように”対処しようとしてしまった事であろう。

 一刀は、天牛蟲の肩を外骨格ごと抉り取った鎖を再び引き戻すと、今度は蹴り返す事はせず、神刃を再び刀に変えるのと同時に右手に収納して、瞬時に右八双に神刃を構えた。

「光・刃・剣!」一刀は、必殺の意思を込めた言霊を発すると同時に、天牛蟲に向かって稲妻の如く吶喊した。

 

「(取ッタ!!)」天牛蟲は、白金に輝く刃が自分に迫るのを感じながら、それでも勝利を確信していた。例え体勢を崩されようと、槍を持ち上げる事が出来無かろうと、彼の最大の武器が“触角”である事に変わりは無い。皇龍王は、自分の体勢を崩した事を決定的な隙だと見たのだろうが、触角は、あらゆる体勢から、あらゆる角度に突き出す事が可能なのだから。

 

 しかし、避ける事が不可能な、絶妙のタイミングで放たれた筈の二本の触角が、眼前の敵を貫く事はなかった。その先端の40cm程が、消失していたからだ。

「ナッ!!?」『何故?』天牛蟲は、そう口に出そうとして、全てを悟った。敵は、自分が“体勢を崩す”事で隙が出来たから吶喊したのではない事に。

 

 敵は、ふてぶてしくも『龍の王』を名乗るこの敵は、天牛蟲から全ての武器を奪い取り、後は命を絶つだけだと確信したからこそ、守りを捨てて吶喊して来たのだと。

「コンナ……コノ、私ガ―――」

 

「雲耀の極み、その身で受けろ!チェストォォォォ!!」

 

 一刀の、裂帛の気合と共に振り下ろされた光の刃が、天牛蟲の身体を縦一文字の光の軌跡を描いて引き裂くのと同時に、爆音と熱風が、周囲を席巻した―――。

 

 

 

 

 

 

 

                              あとがき

 

 

 

 さて、今回のお話、いかがでしたか?

 随分と御無沙汰してしまったので、忘れ去られていないかと不安で一杯です……。

 今回の作品は、地震以降、周囲が落ち着いて来てから再び書き始めたのですが、中々キリの良い所までたどり着かず、難儀いたしました。

 本当は、この回で蒲公英メインを終わらせようかと思ったのですが、次回まで持ち越させて頂きます。

 なにせ、戦闘描写が……。自分の頭の中のキャラの動きを言葉にするのが、もう難しくて……orz

 三次元での生活との折り合いもあり、一ページ書くのに数日かかるのなんてザラで、ホントもうね、文才欲しい……。

 何はともあれ、上手く行けば、次々回くらいには成都到着、それ以降に全員集合編が書けるかも……です。

 

 

 

 今回のサブタイの元ネタは、『機動警察パトレイバー』後期OP

 

 コンディション・グリーン/笠原弘子

 

でした。

 歌詞の内容が、何となく蒲公英っぽい気がしたので。

 蒲公英って、何だかんだで一刀が困ってると助けてくれるイメージがあるんですよね(主に翠と焔耶絡みで)。

 

 では、また次回、お会いしましょう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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