― 孫権Side ―
ここは寿春の東から五里ほど先に築かれた孫家の天幕。
孫家は今、全戦力を持って出陣してきている。
遠くに見える寿春の城壁。
あそこに一刀がいるらしい。
姉様や冥琳に聞いても理由は教えてくれなかった。
この進軍は独立への第一歩なのか、それとも一刀を救出する為なのか。
ここ最近の姉様はおかしかった。
いつもはさぼる政務も一人黙々こなしていたり、かと思えばただ外を見つめて呆けていたり・・・・・。
冥琳も様子が変だった。
何処にいてもその眉間には皺が寄り、時折見せるやさしい表情は一切見られなかった。
思春も同様。
私の護衛の任から外れる事が多くなり、側にいることが少なくなった。
そして、一刀。
ここ一月の間、建業の街で一刀を見かける事がなかった。
屋敷でも街中でも・・・・・。
穏が教えてくれたのだけど、本郷隊所属の兵の一部も建業には居なかったらしい。
一刀、一体何をしているの?
― 孫策Side ―
冥琳と今後の動きについて話をしている所に伝令の兵が来た。
私と冥琳の間に緊張が走る。
「通していいわよ」
そして現れたのは予想とは違う人物。
「北郷隊副隊長、凌統公績。一刀様に代わって報告に上がりました」
思春がこない。
私達の予想は悪い方に転がったと取らざるを得なかった・・・・・。
思春に与えた任務は一刀の監視。
影がここに来たという事は一刀の監視で思春が動けない状況であると言うこと。
「さて、堅苦しい口調はここまでにさせて貰いますか」
「・・・・・・最悪の状況なの?」
「まぁ・・・・ある意味そうかもしれないな」
「っ!?・・・・・・・・そう、わかったわ」
「雪蓮!?」
最初からこうなるって思ってた。
あんな策上手く行きっこない。
袁術を上手く騙せたとしてもそれ以外の者が許すはずがないのだから。
「冥琳、動けるまでどれくらいかかる?」
「そうだな、一刻・・・・いや、半刻ほどで動かせるだろう・・・・・・いいのか?」
「・・・・・・・・他に手段なんてないわ」
「んじゃ俺は戻るとしますか・・・・・・」
「休んでいいわよ影」
「残念ながらまだやる事が残ってるんでね」
「・・・・・・・そう」
「んじゃ、またな」
そう言って影は天幕から出て行った。
「雪蓮・・・・・・・・」
「何を言っても無駄よ。私は王なんだから・・・・・・・・」
「私と二人の時くらいは唯の雪蓮にもどれないの?」
「・・・・・・・今は無理」
「そう・・・・」
「報告!出立の準備整いました!」
「わかった・・・・・・・雪蓮」
行き場のない感情の所為か、手に力がこもる。
躊躇してはいけない。
孫家のため、そして民の為にも・・・・・・・。
私は天幕を出て整列した兵達の前に立つ。
「全軍!今から寿春へと向かう!各隊警戒を怠るな!!」
「「「「応」」」」
寿春へと進軍を開始して城壁まであと2里といった所で私は異変に気づいた。
私達が目指していた東門の付近に何かが並べられている。
そして東以外の門から大勢の商人達があわてて逃げ出していると言う報告。
「どう言う事?・・・・・・明命!」
「っは!」
「思春からの報告は?」
「ありません。唯私の隊の者からの報告によると街中に店を出していた商人達が慌てて家財をかき集め逃げ出していると言うことと、
寿春の民が何やら落ち着かない様子との事です」
「一体何があったのだ・・・・・・」
「そ、それともう一つ・・・・・・」
「言ってみなさい」
「各門の外に首が並べられているようです。・・・・・・それも100近い数らしいです」
「首!?一体誰の・・・・・・・・まさか!!」
一刀に対しては私の勘は働かない。
だけど嫌な考えだけは勘の在る無しにかかわらず湧き出てくるものなのだ。
「冥琳!!出るわよ!!!」
「ま、待て雪蓮!!!!!」
東門を目指して全速力で馬を駆けさせる。
門の両脇に並べられた物が徐々に近づいてくる。
そして自分の目ではっきりと確認できる距離まで近づいた私は馬を止めた・・・・・・。
「雪蓮!!・・・・・・っ!・・・・これはどう言う事だ・・・・・・・」
追いついてきた冥琳も気づいたのだろう。
私は言葉を発する事もできないで居る・・・・・・。
目の前に並べられた物。
それは見た事のある者の首。
寿春で袁術に仕えていた文官武官の首。
さっき影が私の問いの答えを思い出す。
『ある意味そうかもしれないな』
私は唇をかみ締めた。
口の端から暖かい物が伝っていく。
手は痛いほど握りこまれ、それでも足りないのか全身に力がこもる。
これは私達の仕事よ一刀・・・・・・・。
一刀がする必要なんてなかったのよ・・・・・・。
これは王である私が背負う物であって一刀が背負う物じゃない。
これが此処に在るという事は一刀の策が成功したと言う事でしょ?
だけど、いくら成功したからって此処までする必要はなかった・・・・・・。
策を成功させたならそこで終わって良かったはずなのに・・・・・・・・・。
でも一刀はそこで終わる事を良しとしなかった。
こんな優しさなんて欲しくない。
この事で一刀は良くも悪くもこの大陸に名が知れ渡る事になるはず。
一方では、民の為に悪官を討った正義の者として。
一方では、官を討ち、首を晒し者にした悪漢として。
「お待ちしておりました孫策殿。寿春太守、北郷一刀様がお待ちです」
いつの間にか門の前に立ち、恭しく礼をする影からそう告げられる。
事情を聞こうと影の名を呼ぼうとする私を冥琳が肩をつかんで止め、首を横に振る。
「お出迎え感謝する。北郷殿はどちらに?」
「大広間にてお待ちになっております」
「わかった。直ぐにうかがわせて貰おう」
「明命!兵達をその場で待機させておけ。それと各将を此処に」
「御意」
私は唯立ち尽くしていた。
冥琳が指示を飛ばしているのを横目に一刀がいるであろう寿春の城を見つめて。
一刀・・・・・・一刀から見て私はそんなに頼りないの?
この状況は全部私達に汚名がかかるのを防ぐ為に仕組んだ事なんでしょう?
袁術から寿春の統治権を奪い。
袁家の権力を傘に悪事を働いていた者達への粛清。
そして、今目の前に居る影の態度もそう・・・・・。
私達孫家の為にどうしてそこまでするの?
ねぇ、どうして?
私は、心の中で一刀へ問いかけながら寿春の大広間に足を運ぶ。
私と冥琳以外は一刀の策を知らない。
皆は何が起こっているのかわからないという感じで多少の動揺が見て取れた。
城に入る前、冥琳が将達にある忠告をしていた。
『何があろうとも決して声を出さずに驚いた表情も見せてはならない』
冥琳もこれから何が起こるかわかってるんでしょうね・・・・・・。
広間の戸が衛兵により開けられ中へと進む。
やっぱりそう言うことなのね。
広間に入って最初に目に入ってきたのは玉座に座る一刀。
冥琳に言われていなければ、みな声を出していたと思う。
私は一刀の前に行き、うやうやしく礼をする。
「ようこそ寿春へ・・・・・孫策殿」
一刀の口から漏れたのは他人行儀な言葉。
「いえ、突然軍を率いて来たと言うのに城に御招き頂いてありがたく思います」
一刀、これでいいのよね?
「さて、前置きは無しにしましょう。孫策殿、何ゆえ軍を率いてこられた」
「建業で、袁術様の身が危ういとの噂を聞き、客将ではありますが、袁術殿の力になれないかと思い馳せ参じた次第です」
「そうですか、それはご苦労でした。衛兵、袁術殿を・・・・・・・」
そう言って一刀は袁術ちゃんを広間に招き入れた。
「一刀、わらわに何か用かの?・・・・・おぉ孫策、どうしたのじゃ?」
そう言いながら袁術ちゃんは王座に座っている一刀の膝上に腰掛ける。
・・・・・・・・袁術ちゃん、ちょっと一刀にべたべたしすぎじゃない?
「美羽、孫策殿は美羽が危ないと思って助けに来てくれたんだそうだ」
「美羽が危ないじゃと?なんでじゃ?」
「そう言う噂があったそうなんだ」
「そうなのか!?わらわはまったく知らなかったのじゃ・・・・・・孫策、ありがとうなのじゃ!!」
「いえ、客将であればこのくらい・・・・・」
「ところで美羽、・・・・・・掃除も終わって城は綺麗になったぞ」
「そうなのか?早いのぉ・・・・・・一刀は掃除が得意なのかや?」
「いや、得意ではないけどな・・・・・・」
心臓がずきりと痛む。
間近で一刀の顔を見て気づいた。
うっすらと青みがかったような顔色。
いつもに比べて目も腫れている様に見える。
そんな一刀を見て、一刀は自らの手であれを行ったのだとわかった。
人が死ぬのを心底嫌がっていた一人の青年。
一刀は天の国では、自ら人を殺めた事はなかったと聞いた。
この世界に来て、始めて人を殺めた一刀。
そして一刀は、その事をずっと後悔している様に見えた。
そんな一刀を見て、私は心のどこかで『甘えるな』と思っていたと思う。
私達はずっとそう言う世界で生きてきた。
悪く言えば慣れてしまってる。
人の命を奪う事に慣れていいはずなんてない。
だけど此処ではそうしないと生きていけない。
でも、そうしなければ民達や皆を守る事ができないから・・・・・・。
そんな世の中は間違っているとわかっている。
だから私達孫家は戦っているのだ。
民に平和を・・・・・。
皆が笑って暮らせる国を作る為に・・・・・。
「でだ、俺は政治の事なんてわからないから孫策殿に寿春を統治してもらおうと思うんだがいいか?」
「わらわも政治の事なんてわからんのじゃ・・・・だから七乃にやってもらっておったしのぉ。
一刀もわからないなら誰かにやってもらうといいのじゃ!」
「やっぱりそれが一番だな。と言うわけだ孫策殿、私は孫策殿に寿春の統治を任そうと思うのだが・・・・・どうだろう?」
やっぱりこう言う事だったのね。
一刀の目を見つめる。
一刀の目はまっすぐと私を見ている。
二人の間に流れる長い沈黙。
そして私は答える。
「謹んでお受けいたします」
すると、一刀は袁術を膝から降ろして部屋に戻るように促し私と同じ地面に立つ。
そしてその手から寿春統治の勅と印を手渡された。
私は一刀の顔を見る。
一刀は私を見つめ何時もと変わらぬ笑顔を浮かべた。
「では太守殿、寿春のことは任せました。さて太守殿、・・・・・・・・俺は孫家に世話になっていたが、寿春の武官文官の悪行が許せずに自身の勝手で動き、それを罰した。
俺にはそれを行う為の権利や地位もない、俺のやった事は唯の私怨であり、そして虐殺と変わりない。
罰はいかように受けるつもりだ」
そう言って一刀は私の前に両膝を着きその首を差し出すように頭を下げた。
その時、私達の居る広間は、沈黙に支配されていた。
あとがきっぽいもの
すいません。今日は寝ないと明日からまた仕事です!獅子丸です。
と言うわけで寝ないとやばい時間なんで今回は短めに!
どう言った策だったのか詳しく書こうと思っていたのですが、
先に書いておくべきことを忘れていたので次に持越しです。
書いておくべきことは前回の話の続き。
策の最後の仕上げです。
こんな一刀を見て雪蓮はどう思ったのか、蓮華は何を思うのか・・・・・。
そして一刀の命運はいかに!?
ってなわけで今回はこの辺で・・・・・
次回も
生温い目でお読み頂ければ幸いです。
あ、前回のコメントへの返信は明日しますのでご容赦ください!
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第二十話。
策の詳細書くつもりだったのですが先に書いておくべき事があったので次に持ち込みます。
では、今回も
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