― 甘寧Side ―
建業に帰還して一月。
酒宴に始まり戦と曲阿にいた頃より随分と忙しくなった。
『北郷一刀』
あれはいい男だ。
武もあり知もそれなりにあると冥琳様が褒めていただけはある。
報告の為に建業に訪れた時に何度か姿を見ていた。
(あれが孫堅様の命を救った男か・・・・・案外普通だ)
最初に感じたのはそれだけ。
二度目は建業の街中で見かけた。
民達と当たり前のように打ち解けているのを見てかなり驚いた。
『天の御使い』
と言う大層な肩書きを持っていると言うのに本人はその事をまったく気にしていないそぶり。
その時の私は曲阿での生活に思っていた以上に退屈していたのかもしれない。
自身の内に芽生えた好奇心に駆られついつい一刀様の後をつけた。
(いったい何人と話し続ける気だ?)
後をつけた・・・・・・筈だったのだが数歩も進まない内に別の人間に声をかけられていた。
そのたび律儀に話し込んで居た。
根っからのお人よしなのか、ただの馬鹿なのか。
その時、丁度同じ通りで何か起こったようだった。
それに気づいた一刀様は近くを通りかかった警備兵に事情を聞き騒ぎが起こっている方向とは別の方向へと駆け出した。
(何をする気だ?・・・・まさか、巻き込まれないように逃げた?)
なんて最低な男だ・・・・・その時の私はそう思ったが後にそれが間違いだった事に気づかされた。
私は騒ぎのの現場に駆けつける。
そこには賊らしき男が子供を人質に取り何やらわめいていた。
警備兵も人質の所為で手が出せない状況だったようで遠巻きに囲んでいる状況。
しかし、私はそこで違和感に気づく。
子供に危害が加わる可能性が高く手が出せない状況にもかかわらず警備兵達は苦い顔すらしていなかったのだ。
それを不思議に思いながら私は子供を救出する為に賊の死角へと移動する。
隙を突こうとしたその時、視界の片隅に光る物が映る。
(天の御使い?そこで一体何を!?)
視界に映った光は城壁の上に立つ一刀様が構えていた武器に光が反射した物だった。
一刀様は、ただ賊のみをその視界に入れて武器を構えていた。
その刹那一刀様の左腕が僅かに動いたと同時に賊は蛙がつぶれたような声を出してこちら側へ倒れこんできた。
賊が倒れると同時に囲んでいた警備兵達は一斉に動き人質を保護している。
私は何が起こったのかと思い、賊の立っていた周囲に視線を移すとそこに落ちていたのは一本の矢。
鏃は無く、その代わりに小さな丸い木製の玉がついていた。
私は驚きを隠せなかった。
矢で敵を射った事ではなく、その距離に。
通りから一刀様の居た城壁までの距離は遠い。
建業は楊州最大の都市であり、街の大きさは他の街と比べても遥かに大きいのだ。
通りから城壁まで、ゆうに千尺はあった。(注:この小説では一尺30cm、一里500mと定義しています)
その距離から一刀様は賊の頭を射たと言う事実に私は驚くほか無かった。
その場は警備兵が対処しているのを見て私は一刀様のところに急いで向かった。
城壁から少し離れた通りで一刀様を見つける。
そこに居た一刀様は何事も無かったかのように民達と話している。
一刀様を探して駆けつけた警備兵が礼を言って頭を下げる兵に戸惑っていたが、すぐに肩に腕を回し笑いあっていた。
(なんて男なんだ・・・・・)
その時の私はそう思ってた。
その後曲阿に戻った私は一刀様の事が何故か気になって悶々とした日々を過ごす事になる。
招集の話を聞きこれでもう一度会えると思うと胸の鼓動が突然激しくなった感覚は記憶に新しい。
建業に戻り王の間で一刀様を近くで見た時は周囲に聞こえているのではないかと気が気でなかった程だ。
その時気づいたのだが蓮華様の様子が少しおかしかった。
宴会での余興として一刀様の立会いを見た時は弓での立ち振る舞いに目を奪われ、
嵩殿との立ち合いではその武器捌きに胸がより一層高鳴った。
その後の宴会で孫堅様のお言葉で私は胸の高鳴りの原因に気づいてしまう。
胸の高鳴りに気づいた私はその言葉に飛びつきかけた・・・・・しかし、一刀様は孫堅様の命をお救いになり、更には孫家の婿である。
そんな一刀様である以上、主を差し置いて名乗りを上げていい筈は無いと思っていた。
だがその時、隣に居た蓮華様の様子に気づいた。
(あぁ、蓮華様もあの男に引かれているのか。!・・・・・・それならば・・・・・)
そして私は直ぐ行動に移す。
『蓮華様、今を逃す手はありません』
我ながら策士だ。
蓮華様の行動は早かった。
蓮華様は一度決めた事は必ず行動に移す真面目なお方だ。
しっかりと孫堅様に確認を取り一刀様に宣言した。
(これで私も・・・・・・・)
『蓮華様がそう仰るのなら私も』
・・・・・・・・。
あの言い方は少し卑怯だったかもしれん・・・・・・・申し訳ありません蓮華様。
「あれ?思春こんな所で何してんの?」
「っか!一刀様!?」
「ぅお!?お、驚かしたみたいでごめん・・・・って言うか様付けはやめてって何度も言ってるじゃん」
「いえ、孫堅様を救ってくれた御方であり、さらに孫家の為に尽力して頂いている御方を呼び捨てなど出来ません。
所で一刀様、どうしてこんな場所に?」
こんな場所・・・・此処は長江が直ぐ側に流れる建業に隣接して作られた港。
私はここで水兵の訓練を見ていた。
「いや、この国の船が気になってさ。・・・・・へぇ~思ったよりも小さいんだなぁ」
「あれでも大きい方なのですが・・・・・・」
「え?そうなの!?う~む・・・・・あのさ、提案があるんだけど」
「提案ですか?・・・・・聞きましょう」
「あのさ、船の構造なんだけど・・・・・・・・・」
一刀様が提案してくれると言うのだ、聞かないはずが無い。
と言うか、私は一刀様の接点が余り無い。
だからこそ、こう言う機会を上手く生かさなければ!
思えば私と一刀様、初めて二人きりで会話をしているのではないか?
この日の事は絶対に忘れよないようにしなければいけない・・・・・。
恥ずかしい話だが、その時聞いた一刀様の提案の凄さに後の私は大いに驚く事になるのだが、
この時はそれにまったく気づいていなかった・・・・・。
― 周瑜Side ―
「久しぶりね冥琳」
「あぁ、久しぶりだな」
「この間此処に来ていたのになんで顔を出しえくれなかったのかしら?」
「この間は色々とあってな・・・・・」
「え?あれ?・・・・・あの時の店員さん?・・・・・・え~と、二人は知り合いだったの?」
「あぁ、すまない。旧知の仲だったのだ」
「お久しぶりです、やはり覚えていてくれましたね・・・・・天の御使い様」
「「!!」」
やはり気づいていたか。
北郷の話を聞いてもしやとは思っていたが当たりだった様だな。
「いつ気づいた?いや・・・・いつから知っていた?」
「そうね、孫堅様が戻って来た頃からかしらね」
「なんだと!?」
「冥琳、あなた私の仕事忘れたわけじゃないでしょう?」
「そうだった・・・・・・・迂闊だったな」
「私達商人や民の口を完璧に塞ぐなんてどうやっても無理ってものよ」
こうは言っているが北郷の容姿まで知っているとは流石と言うほかないか・・・・・。
相変わらず曲者ぶりは変わりなさそうだ・・・・・・。
さて、どう攻めたものかな・・・・・・。
「あの~、そろそろ紹介してもらっていいでしょうか?」
「すまん、忘れていた。こいつは・・・・・」
「自分で名乗るわよ冥琳、姓は魯、名は粛、字は子敬よ。よろしく、北郷一刀さん」
「俺の本名まで知ってるのか・・・・・って言うかその名前を聞いて納得したよ。
それでは改めて、姓は北郷、名は一刀、字は無い。こちらこそよろしく魯粛さん」
天の知識・・・・・・か。
私の思ったとおり、こいつも大物になると言う事なのだろう。
それならば尚更我ら孫家の力になってもらわねば。
「お互いの名も知れたし・・・・・冥琳、事前に文を寄越したって事は何か重要な話でもあるんでしょ?」
「あぁ、隠しても仕方がないから率直に言おう。藍(ラン)、我らが孫家の力になってはくれないか?」
「それは前にも・・・・・・いえ、そうね。いいわよ冥琳」
「本当か!?」
いや待て。
藍がそう簡単に承諾するはずがない。
何かしら裏があるはずだ・・・・・・・。
「ただし条件があるわ」
ほら見ろ。
やはり一筋縄ではいかない。
条件か・・・・・一体どんな難題を吹っかけてくるつもりだ?
「条件?それってどんなの?」
「北郷、こいつの突きつけてくる条件は碌でもない事ばかりだぞ・・・・・・」
「せっかちは身を滅ぼすわよ北郷さん。
まぁ、勿体つける物でもないか・・・・・・そんなに難しい事じゃないわ、
この寿春から・・・・・・」
「「から?」」
『袁術ちゃんを追い出して頂戴♪』
・・・・・・・・・・。
は?
今なんと言った?
「すまん、もう一度言ってくれないか?」
「だから~、袁術ちゃんを追い出してくれれば孫家に仕えてもいいわよって事」
「・・・・・フフ、何冗談を言ってるんだ藍。そんなこと出来る訳が・・・・・・「できちゃったりして・・・・・・」・・・・・」
「「は?」」
いや、何を言っているのだ北郷?
藍、なんでお前まで驚いているんだ?
やはり出来ないと思って言ったのか・・・・・。
「ちょ、ちょっと待って良くわからなかったからもう一度言ってくれない?」
「だから、できちゃったりして・・・・・・」
「「・・・・・・・・・」」
で、できるだと?
いったいどうやって?・・・・・・いや、今の孫家は各地に散った将、それに兵も揃っている今の袁術の持つ兵力ならば数こそ劣るが何とかなるかもしれないな・・・・・・・。
以前の孫家ならば時期尚早と断っていたが北郷のおかげで殆どの問題は解決しているのだ。
「そうだな、今の孫家ならば勝てるだろう・・・・・」
「いや、兵は一切使わなくていいと思う。と言うか、既に向こうから文だけど、接触してきてるんだよ」
「「!?」」
「北郷君、どういう事か説明してくれないかな?」
「私は聞いていないぞ北郷!!」
「いや、まだ本物か確認できてなかったから調べてる途中なんだ。
今はその結果待「もう待たなくていいぜ一刀様」・・・・・・だってさ、どうだった?」
天井から声が聞こえてきた。
なるほど、影を潜伏させていたのか。
細作を欲しがっただけあってもう使いこなしているようだな。
「あの文は本物で確定だ。本人に直接聞いてきたからな」
「なるほど・・・・・って、直接話したの!?」
「あぁ、寿春に一刀様が来たことを事前に把握していたらしくてな、
こちらとしては一人になる所を狙って脅して聞くつもりで部屋に潜んでいたんだが、
『隠れていなくても良いですよぉ~。居るのはわかってますからねぇ~』
なんて言うもんだからな」
突然張勲の声が聞こえ、嵌められたのかと思い周囲を見渡す。
・・・・がよくよく考えれば聞こえてきたのは上からで・・・・・・。
「っていうか似すぎだろ!?・・・・・まぁそのことは置いといて、本人が書いたって事で間違いはなかったんだな?
それじゃ七乃に俺の返事も伝えたって事だよな?」
「あぁ、間違いなく本人の口から直接聞いた。んで、一刀様の伝言に対する答えだ・・・・・オホン!あ、あ~・・・・
『あと一月くらいなら大丈夫そうなんですけど、なるべく早くお願いしますねぇ~。そろそろ動きがあると思いますので~』
だとよ」
「だから真似しなくていいって!・・・・・・・・と言う訳だ冥琳、一応策は考えてるけど乗ってみる?」
さっき七乃と言わなかったか?
なぜ張勲の真名を知っているのだ?
「その前に北郷・・・・・正直に答えろ。・・・・・・お前袁術と手を組んでいるんじゃないだろうな?」
「まさか!?確かに七乃から文は届いたけど皆を裏切るような事は何もしていない!!」
「では何故張勲の真名を呼んでいるのだ!!」
「あぁ~、その事か。前に一度此処に来たときだよ。帰る寸前皆が退出した時に受け取った。
誓って言うよ、俺は孫家の皆を裏切る事は絶対無いから。
って言うか、もしそうだとしたら少し前まで周瑜が使っていた細作をつかってこんな事しないし」
「む、そう言われてしまうと何も言い返すことができんが・・・・・。だが北郷、今後はこういうことは事前に報告してくれ。
でないと北郷を疑ってしまう事になる・・・・・・・・・私だって北郷を疑いたくなんてないのだから・・・・・・」
「ごめんな冥琳・・・・・・次からはちゃんと報告する・・・・・」
「はい、雰囲気を作るのは其処までにしてくれないかしら?
で、どうなのこの条件うけるの?」
オ、オホン。
私としたことが・・・・・・。
しかし、北郷の言う『策』がわからないことには・・・・・・。
「北郷、その『策』と言うのは一体どういったものなのだ?」
「ん~準備に少し時間がかかるんだけど1ヶ月は大丈夫って言うしこの次期なら丁度いいはずだから何とかなると思う。
まぁ、少しでも出来さえすれば後は待つだけだからね。
一応道具はもう大量に作ってもらってるから後は良さそうな場所を見つけるだけだしそれも俺の『耳』の方にお願いしてる」
「へぇ、北郷さんって意外にやるのね・・・・・・。どういう策か聞かせてもらってもいいかしら?」
「いや、いくら冥琳の知り合いでもそれはお断りします。何より此処は敵陣の真っ只中に居るようなもんだし」
「むぅ・・・・・仕方ないわね。確かに私でも同じこと言うと思うし・・・・・・」
「私には教えてくれるのだろう?」
「教えるよ。さっき冥琳には隠し事しないって約束したからね」
「北郷・・・・・・」
「はい!そこまで!!私の家で雰囲気出す事は禁止します!!
で、どうするの?受けるの?受けないの?」
ま、またやってしまった・・・・・・。
どうも、北郷と話していると調子が狂う事が多い・・・・・・。
「・・・・・・・北郷、その策の確実性はどうなんだ?」
「ん~、確実に、とは言えないかな。もう少し時間があれば・・・・・こう言っちゃうとなんか可哀想だけど、間違いなくいけると思う。
・・・・・・・でもまぁ、七乃が振ってきた話だから手は貸してくれるだろうし何とかなると思うよ」
「ふむ、いざとなれば・・・・・」
「・・・・・・まぁ、そうならない様にするよ。出来る事なら避けたいしね」
「わかった、とりあえずは北郷に任せるとしよう。だが、孫家の軍師としては最悪を見越して動かさせてもらう」
「・・・・・・了解。策の内容はあっちに戻ってから説明するよ。ってわけで早く準備したいし早速戻ろう」
「そうだな。では藍、結果を楽しみにしておいてくれ」
「はいはい。本当に上手く行ったのなら必ず約束守るわ」
はたしてどんな策を考えているのやら。
兵の血が流れないのならそれに越した事はないが今のこの世の中はそう簡単に行く筈もない。
どちらにしろ袁術から独立しなければ孫家復興の道はないのだ。
客将のままでは我等の夢をかなえる事は到底出来ないのだから・・・・・・。
北郷の策が上手く行く行かないにかかわらず血が流れる事筈だ。
ならばそれを出来る限り少なくする為に私は策を練らなくてはいけない。
北郷には悪いが戻ったら直ぐに雪蓮に話し準備に取り掛かるとするか。
こんな所で北郷を・・・・・一刀を死なせぬ為にも手を打っておかねば行けないからな・・・・・・。
あとがきっぽいもの
獅子丸にSSを書くことを進めた友人から爆笑されました獅子丸です。
いやね、久々に連絡きたと思ったら今すぐランキング見てみろと言われ見ると・・・・・・
なんとランクインしてました!!!
ギリギリの20位でw
って言ってもどういう仕組みで何故ランクインしたのかわかりませんがw
でもこの作品を読んでくださる方達のおかげだと言う事はわかります。
こんなつたない作品ですが読んでいただけて大変嬉しく思います。
あとがきでは失礼だと思いますがお礼を述べさせていただきます。
『応援していただき大変ありがとうございます』
最近はコメントしていただける事も多くなりお気に入り登録してくれる方もグッと増えまして
獅子丸としては嬉しいやら怖いやらでw
嬉しい反面期待を裏切ってしまったらどうしようと戦々恐々しています。
ですが、ビビってばっかりじゃ書けませんので何時も通り書くんですけどねw
読んでよかったと思っていただけるように何時も通り頑張りますb
ってわけでオリキャラがまた登場。
みんな待ってた魯粛子敬!!
詳しい設定は先送りさせてもらいます(ぁ
次の登場時までお待ちくださいw
獅子丸の中では三国志で五指に入るほど好きな武将です。
演技での扱いと某横山志での扱いはかなり酷いもんですが・・・・・。
ですが正史では意外に凄い人なんですよ?
孫権が物凄く信頼していた人であり、呉が貸し与えていた荊州に居座り動こうとしない関羽を口で打ち負かして退散させた人でもあります。
かの赤壁の戦いを孫権に決意させたのも魯粛です。
そんな凄い人なのに何故か演技では関羽に馬で引き擦りまわされ、横山志では呉蜀同盟の為に使いっ走りにされ
諸葛亮には馬鹿にされた挙句、魯粛を必死に説得して呉に引き入れたはずの周瑜にすら駄目な子扱いされる可哀想な人にされています。
で、という訳ではないですが先に発表しておこうかと思います。
今後この作品はアンチ蜀に分類される事になると思いますので蜀ファンの人はお気をつけください。
先に書いておこうかと思ったのですがどの時点で明かす事がいいのかわからず此処まで来てしまった事、心からお詫びします。
獅子丸は蜀の全てが嫌いという訳ではありません。ですがあの思想だけはどうしても受け入れる事が出来ない捻くれものみたいです(ぁ
キャラはいいんだけどなぁ・・・・・・特に紫苑とか桔梗とか(ぇ
とまぁ、それは置いておいて。
ですので、蜀ファンの方には嫌がられる展開もあると思いますのでご注意ください。
今回はこの辺で
それでは毎度の一言。
次回も
生温い目でお読みいただけると幸いです。
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第十七話。
いや、驚きました。
詳細はあとがきでw
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