「よくも華琳お姉ちゃんを……!!」
立ち上がったボクは迷いもなくその矢の糸を引っ張った。
そして、憎んだ。
自分の無力さを……
華琳お姉ちゃんを守ることができなかった自分への呪いを込めて……
「うわぁあああああ!!!」
プチッっ!!
「………え?」
一瞬、管路は自分の目の前に起こったことが理解できなかった。
「何を……」
「……これがボクの答えだよ」
目の前にあるのは、自分の矢に撃たれて倒れた曹孟徳、そして、自分を殺すはずの矢を射ていた弓を、
へし折ってしまった北郷一刀の姿。
「なんてことをしてくれたのですかぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
管路は絶叫した。
「ようやく……ようやくわたくしめの最期を……ここで切れるとおもっていましたのに……こんな…こんなことが…!!」
絶望がそこに訪れる。
予言は外れた
ああ、これで管路自身はまた永久に続く物語の中を一人で生き続かなければならなくなった。
だが、
「ボクは皆を守るためにここに居るよ……それが例え敵の人だとしても、不幸せにすることなんてできない」
「……わたくしめの幸せは死にこそありました!」
「死には何もないよ、お姉ちゃん……幸せも不幸せも生きている時にしかないよ」
「っ!」
「……不幸せに死んだ人は死んでも不幸せだよ」
北郷一刀は淡々を語る。
「幸せじゃないから死にたい…ボクもそう思ったことがあった。でも、どうしても死ぬことなんて出来なかったし、死のうとしつづける度にどんどん自分が不幸だと思ってしまった。……だから、きっと人が死んだところで幸せになるはずがないよ」
「………それでも、わたくしめは死を求めていましたわ。生きることが……何千年も生きることが……どれだけ辛いことがあなたにわかるのですか?」
「……わからない」
子供の一刀は素直に頭を振る。
「だけど、きっと死に幸せなんてないよ……あるとしたら……」
「……?」
「きっと明後日の方向に向かって行った方がいい」
「………」
「明日はちょっと近いかな。ボクの経験上では。だから明後日ぐらいがちょうどいいや」
「………はぁ……」
管路は苦しさが滲み出ていた顔が呆れた顔に変わり、ため息をついた。
「今直ぐ曹操殿を連れて西涼の戦場に戻ってくださいませ。場所は黄河の直ぐ南のほうですわ」
「え?」
「早く行けば孟節が間に合いましょう」
「!」
それを聞いた一刀は迷いなく倒れている曹操の手を握った。
「ぁぁ……」
「もうちょっと我慢して華琳お姉ちゃん、今直ぐ助けてあげるから…!」
「二十四時間ですわ」
「……!」
「…それが、あなたに残った時間…それこそは天命…変えることは出来ません」
「………<<こくっ>>ありがとう」
「感謝されるようなことはしておりません故……」
「……」
「早く行かなければあぶないですわ」
「!」
それを聞いた一刀は、その場から曹操を連れて消え去った。
「……共を殺し、敵を殺し……ようやく手にしようとした休みを……こんなに簡単に破られてしまうとは……」
北郷一刀が消え去った後、管路は一人でつぶやく。
「愛していた左慈を失って………あなたに始めて会った時…そう、左慈もあなたを知る前のその時わたくしめは見ましたわ。あなたがわたくしめを殺す未来を……それを見た時、わたくしは本当に久しぶりに幸せという感情を感じていましたの……あの人が居ないつまらない世界に、もう未練はなかったのですから…」
管路は死んだ于吉が座っていた椅子に座って、テーブルにまだ残っている象棋盤を見た。
そして、残っていた自分の駒を全て盤から離して、握り潰す。
粉になった駒は、五胡の地の風とともに消えていった。
「これで終わりですわね………あなたの勝ちですわ…左慈…」
――いいえ、僕も負けよ」
姿は見えない、が、管路以外にも…もう一人がそこに居た。
詳しくは、管路自身と一緖に居た。
「最初に撃たれた時から気づいていました。あなたの魂は、わたくしの魂を傷つけることなく、最初からわたくしの体の中に溶けこんで、時を待っていたのです。北郷一刀の心が確かなものに成る時を…わたくしめが負けを認める時を」
――………
「そして今この瞬間、溶け込んでいたあなたの魂が表に出ると二つの魂を背負うことのできないこの体は破滅し、二人とも共滅……それが、あなたが最後にやろうとしたことでしょう」
――まぁ、そのつもりだったんですけどね。といっても、あんなことを言われては、いくらあなたを憎む僕でも、あなたを殺すなんてできないわ
「………あなたもわたくしめを見捨てるのですか?」
――……あなたこそ…そんなこと僕には一言も言ったことないじゃない
「それは………そんな未来は見たことがありませんから」
――………
「あなたと幸せになれる未来なんて……見たことがありませんから……」
――………馬鹿ね…一刀が聞いた言葉、あなたにも返してあげるわ
「?」
――あなたの意思で幸せも不幸もつかむことができるわ。これからは……定められている枠に囚われている必要なんてない
「あ」
――じゃあ、僕は行くから
「あなたは優しすぎるのですよ、左慈」
――………何のことやら…僕ほど外道な管理者もいませんわよ
「嘘ですわね。いえ、嘘ではないか…あなたは、自分が思っているよりもずっと前から優しい人だったのですから」
――…どういうこと?
「孟節のことです」
――……!
「あなたは自分が変わった理由が死を経験し、性格が変わったからと思い込んでいるようですけど、それは違うのです。実際、あなたは昔でもこのように人を助けたことがありました。あなたは、あなたが思っているよりもずっと優しい人だったのです」
・・・
――管路、あなたはこれからどうするつもりです?
「そうですわね。外史への破滅的な干渉、そして于吉を殺したこと……戻って貂蝉に会えば少なくも50年はあなたのように捕縛されるでしょうね」
――……あなたさえ良ければ、こっち側に来てもいいよ。
「あら、わたくしめにあなたの側室になれとおっしゃいますの?」
――何故そうなる。
「じゃあ、行く理由なんてありませんわよ。わたくしめはこのまま帰ります故に……」
――ちょっと待って!
「……何ですか?」
――……もう一度、僕と賭けをしよう。
「………」
スッ!
「!」
ここは……たしかに管路のお姉ちゃんが言ったところに来たのに、誰もいないけど……」
「うぅぅ……」
「!」
早くしないと華琳お姉ちゃんが…!
「誰か!!誰も居ないのー?!」
タッ
「!」
気配を感じて後を向くと、
五胡の兵の群れが迫ってきていた。もう近い!
「!!」
弓を……ってない!
早く他のところに……!
サシュッ!
「……!」
突然、五胡の兵が倒れる。
どこからか矢が飛んできた。
そして、
サシュッ!
サシュッ!サシュッ!サシュッ!サシュッ!サシュッ!サシュッ!サシュッ!サシュッ!サシュッ!
「撃ちまくれ!残った矢を全て打ち込め!」
「!」
魏の弓隊がそこにあった。
そして、号令を放っているのは…
「秋蘭お姉ちゃん!」
「北郷!早くこっちに来い!」
「!」
「馬鹿!なんでそんなところに居るのよ!」
そして、その横を見ると、桂花お姉ちゃんが居た。
「早くこっちに来なさい!そこは直ぐに水没するわよ!」
「へっ!?」
水没!?
「!北郷、後!」
「!」
後を向けば、矢に撃たれてもまだ壊れきれてない土の兵が剣を上げていた。
「っしゃあーーー!!」
「てやあああああっ!!!」
ドカーン!!
「!」
「遅いぞ、北郷!しっかりしないか!」
「もう待ちくたびれたわ、一刀!
「春蘭お姉ちゃん、霞お姉ちゃん!」
ボクを護り来てくれた春蘭お姉ちゃんの剣に土人形は形を崩してしまった。
「ちょっと、あんたたち!何勝手に降りて言ってんのよ!」
「うるさい!北郷と華琳さまが危ないのに、そんな遠くで観ていられるか!」
丘の上で叫ぶ桂花お姉ちゃんに向かって春蘭お姉ちゃんが怒鳴る。
「いいから、姉者。早く北郷と華琳さまを連れて上がってきてくれ!霞も!」
「わかった」「りょーかい!」
「!そうだ!」
華琳お姉ちゃんが……
「早く華琳お姉ちゃんを結以お姉ちゃんのところに行かせないといけない!あそこで毒矢に撃たれたの!」
「何っ!」
「「!!」」
四人の顔が青くなる。
くぐぐぐぐぐーーーー!!!
「!」
「あかん、もう来るで」
「北郷、取り敢えず早くこっちに上がってこい!」
「!分かったよ!霞お姉ちゃん、春蘭お姉ちゃん!」
「ああ」「わかった」
スッ
黄河の水源にて、孔明と呉から戻ってきた凪が戻ってきてまた集まった魏の三羽烏水攻めの最期の作戦を行おうとしていた。
「今です!水を流してください!」
「今や!爆発させるでー!」
「わかった、火薬に火を付ける者以外には直ぐに退避!」
「火薬に火を付けて直ぐに後にさがるのー!」
ドガーン!!!
しゃあああーーーーーー!!!
「よっしゃあ!」
「やったのー!」
水を止めていた柵が壊れた途端、凄まじい量の水が流れ始める。
何日も道を塞がれて底を尽きていた黄河の水が一気に流れこむ。
そして、この先には、五胡の土人形たちがある。
「これでいいのですか、孔明殿」
「はい、向こうで雛里ちゃんと皆がうまくやってくれましたから、これで水攻めは成功するはずです」
「せやけど、これで終わりなんちゃうやろ。まだ向こうにはたくさん残ったるで」
「はい、ですけど、数が減っている今のうちに敵の中心部まで突っ込む時間を稼ぐことができるはずです。郭嘉さんが言っていた通りですと、あそこにこの兵たちを操っている妖術師がいるはずですから」
「うーん……」
「妖術使いなんて怖いのー」
「はい、これほどのことを起こすような者ですから…きっととんでもない人だろうと思います…でも、私たちも勝たなければなりませんから」
「せやな。で、これからどうするん?一旦戻る?」
「いいえ、このままにしておくと、黄河下流で水が氾濫して凄いことになりかねないので、後片付けもしなければなりません」
「え、じゃあ、ウチらはずっとここで待機」
「やったー、やっと一休みできるの」
「あぁ……はぁ…もう疲れたわー」
「ほんとなのーー」
二人はそのまま背中を合わせて座り込んでしまう。
「………」
「…あれ?凪ちゃん、何もゆうへんの?」
「今回の二人の苦労は知っているつもりだからな。特別にだ」
「おお、やったのー、これで凪ちゃんしばらく公認でサボれるのー!」
「ちょっ!そこまでは言ってないぞ!」
事実、于禁と李典二人は生涯通してここ一週間一番働いていたという。
「申し上げます!!」
「うん?」
「伝令はやっ!」
「どうしたのですか?本隊で何かあったのですか?」
「それが……曹操さまがお戻りになりました!」
「「「!!」」」
その言葉を聞いた魏の二人はパッと立ち上がる。
もちろん凪も耳を立てる。
「大将が帰ってきたって言うことは……一刀ちゃんも!」
「一刀は?!居るの!」
「は、はっ!御使い殿もご一緒に戻られました」
「…よし!真桜と沙和はここで休んでろ。私はこのまま本隊に戻る!」
「ちょっと待て―!」
「凪ちゃん、ずるいのー!沙和もいくのー!」
「皆行ってしまっては、孔明殿一人で大変であろう!」
「はわわ……こ、ここなら私だけでも平気ですから…」
「だって!ほら、早ういくでー!」
「遠慮しないでさっさといくのー!」
孔明の許可がでたとたんに、真桜と沙和は走りだす。
「ちょっ!……ありがとうございます、孔明殿」
「いえ、それより、早く行ってやってください……遅れてしまっては、後で永遠に後悔するかもしれませんから…」
「……はい、…待てお前ら!!」
孔明の最期の言葉に疑問を浮かぶこともあっという間、早く一刀に会いたい気持ちに、凪は二人が行った後を追った。
「水攻め……?」
「ああ、紗江が最初から準備していたそうで…蜀の孔明殿の提案で三国が全て敵をここまで引き寄せて水没させるという作戦になったのだ」
「土で出来ているから水にも弱いしね……にしても紗江の奴、とんだ策を考えてくれたものよ」
「………紗江お姉ちゃんは?」
「……誰も見た奴があらへん…多分……」
「そっか……」
最期まで、皆のために頑張ってくれたんだね……。
「……で、だ。北郷」
「うん?」
ガーン!
「きゃあぁぁぁ゛ああ゛」
剣の広いところで打たれたー!
「痛いよーーぅ」
「当たり前だ!これで済んでよかったと思え」
「まぁ、姉者としては軽いな」
「そうね。春蘭としてはすごい手加減してくれたわね」
「ウチがやったならここでおしりペンペンしていたわ」
他のお姉ちゃんたちも容赦ない!特に霞お姉ちゃん!
「北郷が居なくなった上で華琳さままで消えたという。我々がどれだけ心配したか言うまでもなかろう」
「まったくよ。しかも華琳さまはあんな風になっているし、頃よく孟節がいてくれなかったらもうなったことか……」
治療のために建てられた蜀軍の衛生部隊の天幕の中、華琳お姉ちゃんを連れて結以お姉ちゃんはその更に奥にある天幕に入って華琳お姉ちゃんの治療をしていた。
結以お姉ちゃんの言葉ではまだ十分間に合っていて、治療するに問題はないって言ってた。
「うぅぅ……」
というか誰か、誰かボクの見方は?ないの?ないよね。もう泣いてもいいよね。
「よかったわ。無事に帰ってきて……」
ギュー
「あ」
桂花お姉ちゃん
「あんたは人の心配かけるのだけは才能あるんだから……ここに来てあなたが居ないことを知って私と凪たちがどれだけ驚いたか分かってる」
「……ごめんなさい……ごめんなさい…」
「馬鹿…謝るようなこと最初からするんじゃないわよ……」
「………」
「北郷」
しばらく桂花お姉ちゃんに抱かれていたら、今度は秋蘭お姉ちゃん。
「何故そんなことをしたんだ」
「………ごめんなさい。…でも、あの時はこの戦いを早く終わらせなければならないという考えで頭が一杯で……ボクがしたことが皆にどれだけ心配かけるようなことか気づいてなかった」
「……無事で帰ってきてくれてよかった」
「………あの、それなんだけどね」
ボクはあの管路お姉ちゃんに言われたことを言おうとした。
けど、
「華琳さまが毒矢に撃たれたというのは本当ですか!」
「稟お姉ちゃん」
「稟ちゃん、少し落ち着きましょう。いくら状況がまとまったと行っても軍師が全ていなくなるのは他の国から如何なものに見られるか、風は心配です」
「風お姉ちゃん!」
稟お姉ちゃんがはしって入ってきて、風お姉ちゃんもゆっくりと天幕に入ってきた。
「何を言うのですか、風!華琳さまが重傷をもって戻られたのですよ!もしあの方があのまま……!」
「あの、落ち着いて、稟お姉ちゃん…」
「っ!」
「ひっ!」
なんとか落ち着かせようとしたボクを睨みつける稟お姉ちゃんを見て、ボクはビビって黙った。
「稟、大人気がないぞ。華琳さまの部下であれば、こういう時でももう少し落ち着いた行動を見せろ」
「「「姉者(あんた)(春蘭お姉ちゃん)が言うな」」」
「なんだと!?」
三人で突っ込んでも足りないぐらい。
「華琳さまは中で孟節殿が見てくれている。明るい顔で入っていたからきっと大丈夫だろう」
「そうですか……」
「とはいえ…一刀君の突発した行動には一言言わざるを得ませんね<<ギロッ>>」
「うっ」
またこのバターン。
「このクソガキがよ~。何勝手に出まわりやがって…やってくれたじゃねーか」
「……ごめんなさい<<ぐすん>>」
風お姉ちゃんにクソガキって言われた……
「こら、宝譿、いくらなんでも言い過ぎですよ」
「まったくあんた、子供に言う言葉を少し選びなさいよ。一刀、こっちにおいで」
「桂花おねえちゃーん(涙)」
「むぅっ……少しいいすぎてしまいました」
「よしよしー」
「わー、桂花お姉ちゃん大好きー」
もうボクの逃げ道ここしかないやー。
ちくちく
「わるかったですよー、ほら、飴あげますから、機嫌なおしてください」
「うぅぅ………」
「ちなみにさっき一刀君が来たを聞いて驚いてポカーンと口が開けた時地面に一度落としたものです」
「うわーん、桂花お姉ちゃん!」
「あんた……本当は嫌われたいんでしょう」
「ぐぅー」
あ、寝た。
「誰もあいつ起こさないでよ、一刀が泣くから」
「「「わかった」」」
「………ぐすん」
「一刀ちゃん!!」「一刀君!」
あ、また来た。
「季衣お姉ちゃん、流琉お姉…ぶぉっ!」
ドッカーーン
「一刀ちゃん!よかった!よかったよー!!」
「あがっ!息…!死ぬ!」
季衣お姉ちゃんがものすごい勢いで抱きつけてきてボクはそのまま季衣お姉ちゃんと一緖に天幕の端っこまで飛ばされた。
「ちょっと、季衣ー!」
「あ、ごめん」
「……はぁ…ありがとう、流琉お姉ちゃん」
死ぬかと思った。
「ごめんね、一刀ちゃん。いきなり……」
「ううん、いいよ。ボクが心配かけちゃったせいだから……ボクがごめんね」
「一刀君、大丈夫?」
流琉お姉ちゃんも心配そうにボクの様子を見た。
「うん、大丈夫だよ。……無事でよかった。お姉ちゃんたちも…」
「……」
ギュー
流琉お姉ちゃんも、季衣お姉ちゃんに負けないぐらいボクを強く抱きしめたけど、取り敢えず文句言わずに居た。
「……呉に居た時、急に一刀ちゃんが居なくなったと知った時から、ボクも凪ちゃんたちも皆心配してたんだよ」
季衣お姉ちゃんが言った。
「…うん。あの時も、御免。あの時は……ちょっと悪い夢を見ちゃって……」
「………」
「夢を見てたの。皆……華琳お姉ちゃんだけ残って皆が戦いで死んでしまう夢を見たの」
それを聞いて季衣お姉ちゃんと流琉お姉ちゃんだけでなくそこに居る皆が注目した。
「前に連合軍の時でも、あの時春蘭お姉ちゃんの目に矢が刺さる夢を見て、それが本当に起きるかと思ってボクが騒いだせいで居なくなったりもしたけど…でも、あの夢は怖すぎた……華琳お姉ちゃんの周りに誰も居なかったよ。皆が倒れてしまって、華琳お姉ちゃんを守ることができなくなってしまって……」
「一刀ちゃん……」
「………」
……言う?
……言わないと……言う機会がもうない。
「…皆に話すことがあるよ」
「??」
「流琉お姉ちゃん、ちょっと……」
「あ、うん」
流琉お姉ちゃんから解放されて、ボクは皆が見る前で立ち上がった。
「もう直ぐ戦いも終わるし、……これで大陸は平和になれるよ。華琳お姉ちゃんも大丈夫だろうし、これで乱世は終わったよ。そうだよね?」
「………まだ、やることはたくさん残ってますけどね」
寝ていた風お姉ちゃんが目を開けて言った。
「まだ三国の間の立場も整理しなくてはなりませんし、この戦後処理や…なにより西涼の復興作業はこれからです」
「そうね、それが終わってもまだ皆が幸せになれるには当分遠いわ」
稟お姉ちゃんと桂花お姉ちゃんも言うけど、
「それでも……もう戦は終わったよ。もう…同じ人達の間で自分たちの幸せを得るために他の人たちを不幸にさせたりしなくても済む……そこに議論はないよね?」
「「………」」
「…ええ、そうよ。…もう血で血を争う戦は終わったわ」
「……ありがとう、桂花お姉ちゃん、その言葉が聞きたかったの」
これで……一番大きい壁は凌げた…というわけになるかな。
「北郷、一体何が言いたいんだ?」
「皆、あれ覚えてる?ボクってさ、皆に迷惑もかけたし、あまり真面目なところもなかったんだけどさ……天の御使いだったでしょ?それで…乱世を鎮めるのが天の御使いの使命だった……そう皆に伝わってたじゃない」
「………!」
「それで……もうここでボクはすることが終わったよ……もうボクはここに居られない」
「「「「「!!!!」」」」」
ほぼ皆がボクの話を理解して驚いた顔を見せた。
「つまり……どういうことなのだ?」
「北郷……嘘だろ?」
「秋蘭、北郷は何を言ってる…」
「少しだまっていてくれ、姉者」
秋蘭お姉ちゃんが春蘭お姉ちゃんに酷いことを言ってボクに近づいてきた。
「嘘だと言ってくれ、北郷……」
「………」
「これからじゃないか。もうお前がそんなに嫌っていた戦いも終わるのだぞ。これからは幸せに向かう一歩だけだ。なのに………」
「…ボクは…」
……言わなきゃ。
今言わないと、後で皆がもっと悲しむことになっちゃう。
そしたらこれからも、皆不幸のままに……皆が幸せになってもここに居る、ボクがもっとも大事にしている人たちは不幸のままになってしまう。
「ボクはもう死ぬよ」
「そんなの嘘なの!」
「!!」
「一刀ちゃん!」「一刀!」
凪、真桜、沙和お姉ちゃん……
「あんたたち、孔明は…」
「今それどころかい!」
真桜お姉ちゃんが桂花お姉ちゃんに怒鳴って…
「一刀!」
凪お姉ちゃんがボクの肩を掴んでくる。
「嘘だよな!一刀が死ぬはずがないだろ!」
「……凪お姉ちゃん……ごめんなさい」
「謝らないで嘘だって言ってよ!」
「………ごめんなさい」
「……っ…」
「!凪お姉ちゃん!」
「おっと!」
倒れる凪お姉ちゃんを支えようとしたら防具が重くて一緖に倒れそうだった。
霞お姉ちゃんが急いで来てくれてやっと地面に凪お姉ちゃんが倒れずに済んだ。
「気をうしなっちまったか…無理もないな」
「凪お姉ちゃん……」
「一刀ちゃん」
それで、また横を見ると他の二人のお姉ちゃんたちがこっちを見ていた。
「……お姉ちゃんたちは倒れないでボクの話聞いてくれる?」
「「……<<コクッ>>」」
二人まだ倒れちゃうとボクも一緖に倒れてかねないから勘弁して欲しいな。
「始めてお姉ちゃんたちに会った時三人とも竹の籠を売っていたよね」
「……せやったな。あの時一刀ちゃんのおかげでウチは籠全部売れたし…」
「…あの時凪お姉ちゃんの傷を見てボクが自分の傷を見せたの覚えてる?」
「………うん」
「……ボクはいつでも痛かったよ。あの時も、その前も…今でも…」
「「!」」
「この傷跡が出来た事故に会ったときボクは一年間ずっと寝たままだったよ。医者たちはボクが永遠に目覚めないだろうと言ってたけど……ボクが目覚めてからは死ぬこの痛みが続くと言っていたよ」
他のお姉ちゃんたちも沈黙しながらボクの話を聞いていた。
今まで、一部の人たち以外にはこんなこと…ボクの辛いところなんて自分の口で言ったことなんてなかったから……
それは逆に言うと…自分に聞かせないためだったのだろうと思う。
自分の辛さを実感することが嫌だったから。だからずっと逃げていた。ずっと後に立っている何かちゃんとしてない物体がいつもいつもうろついていて……それが何か知ろうとしなかった。
それを振り向くことが今やっと築き上げた自分の世界を崩す何かだと分かっていたから…
「痛いってぐらいじゃなかった。ただね。夜に一人になるとね、何も居ない、誰も居ない時になると、余計に痛みが増してきて…寝られなかったの。だからいつも誰かの部屋で寝たいと駄々を言ったり、昼の時でも静かに居るよりは余計に街を出回りながらお姉ちゃんたちが警邏をしているのを邪魔したりもした」
「一刀ちゃん……」
「……今までボクと一緖に遊んでくれてありがとう。ボクのせいで凪お姉ちゃんにたくさん怒られたりもしたでしょ?」
「…ううん、私は一刀ちゃんが居てくれてむしろよかったの。いつも凪ちゃんに言い訳して一緖に服を観に行ったり…お菓子食べに行ったりもしたんだし…」
「ウチも……いつも一刀ちゃんが居たから楽しかったで。からくりとか作る時も一緖に居てくれたし……おかげで色んなもん作れたし…」
「……ありがとう、真桜お姉ちゃん、沙和お姉ちゃん」
「…でも、だからってこれはないやろ」
真桜お姉ちゃんがボクの目線に合わせて言った。
「分かってるよ」
「じゃあ、どうして…」
「ボクがしたくてこうするんじゃないよ……」
今度はこっちから抱きしめてみる。
「ありがとう。お姉ちゃんたちが居なかったらもうとっくに壊れていたかも知れない…」
「……っ!」
ギュー
あ、いいな、これ。
この抱きつけられ方がいい。
安らかで……心が落ち着くような感じが……
ちょうど……
「…………ぅん?」
「目が覚めたかしら」
「……華琳お姉ちゃん…?」
気がついたらボクは医療用の天幕の寝台の中に居た。
「もう体は大丈夫?」
「ええ、結以のおかげでもう大丈夫よ」
「……よかった」
「それよりも真桜に抱きつかれたまま気を失ったって?」
「そうだったの……?よく覚えてない」
「じゃあ、皆にあなたが死ぬと言ったのも覚えてないのかしら」
「……ううん、それは覚えてる」
「………」
華琳お姉ちゃんが黙ってボクを怒った顔で見下ろしている。
やっぱり、いろいろと怒ってるだろうね、華琳お姉ちゃんも。
「あなたは死なないわよ」
「………」
「あなたは死なせない」
「……ボクが死なないと、また管路お姉ちゃんみたいな人が出てくるかも知れないよ」
「来るなら来てみなさい。あなただけは渡さないわ。それが例え地獄の使者だとしても……あなたは渡さない……」
華琳お姉ちゃん………
「冗談じゃないわ……どんなにしてあなたとここまで来たっていうのに……」
「……」
「一緖に笑って……泣いて……ある時は一緖に寝て一緖にご飯を食べて一緖に戦って同じ目標を見て走ってきてやっとここまで辿り着いたのに……私を置いてあなたは逝くというの?」
「華琳お姉ちゃん」
「これからも一緖にしたいことがたくさんあるのよ。一緖に見ることも……一緖に平和を楽しみながら……あなたに……幸せを感じさせてあげたいわ」
「ボクは十分幸せだったよ」
「足りないわ!」
「……っ」
「足りないじゃない……まだ……終わりにするには早過ぎるわよ」
まだあなたとやりたいことがたくさんあるわ。
「あなたは……まだ小さいじゃない。まだ見たいものもたくさんあるでしょ?」
みせてあげたい。私たちの姿を……私たちがこれから創り上げる…あなたがそれほど望んでいた幸せが満ち溢れる世界を…あなたを一緖に行きたい。
「なのに、ここまで来て居なくなってしまうと……」
私がどうして、何のためにそんなことをしなければならないの?
「そんな……遠い道を…私一人で行けと?」
まだ先が長いわ。ここまで来るのにかかった時間よりももっと長く……もっと難しいことが待ち構えているでしょうに……私だけでやって行けって言うの?
「華琳お姉ちゃんは一人じゃないよ」
「……」
「秋蘭お姉ちゃんや桂花お姉ちゃん皆もいるし……それにこれからは、蜀や呉のお姉ちゃんたちも皆一緖に頑張ってくれるんでしょ?」
「……」
「だから、これからはもっとうまくいくよ……ボクなんか、華琳お姉ちゃんの邪魔にしかならなかったじゃない……これからは……ボクじゃなくてもっとたくさんの人たちと一緖にやっていけるじゃない……」
「……あなたは…居ないじゃないの……」
「……………」
「あなたが居ない天下に……何の意味が居るのよ」
「華琳お姉ちゃん…そんなこと言わないで」
「……っ!」
一刀を抱きしめる。
まだ体がちょっと丈夫じゃないけど…それぐらいの力は残っている。
「夜に長安に戻ってお祝いの宴を仕上げるわよ」
「そんなに早く?準備できるの?」
「紗江が準備していたわ。あの娘、戦途中でとんでもないことばかりしていたわ。まったく……」
「そっか……紗江お姉ちゃんはきっと信じていたんだね。華琳お姉ちゃんが勝つって……ボクと一緖に帰ってくるって」
「ええ、そうね……」
「……他の国の人たちも」
「皆が一緖に集まって…祝いの場で……大陸の平和を宣言するわ…」
「……きっと皆喜ぶよ」
「…そうね」
だけど、本当に喜んでくれるのかしらね。
少なくとも私たち魏は……代わりに一番大切なものを失うことになるのに………
「そんな顔しないで、華琳お姉ちゃん」
一刀が私の頬に自分の頬を摺りつけながら言う。
「私の顔なんて見てないじゃない」
「ううん、きっと華琳お姉ちゃんまたみっともない顔してる」
「また、って何よ、あんた。調子に乗りすぎよ」
「……全部ボクだと思って」
「……?」
「魏に、大陸に住んでいる人たちの一人一人が全部ボクだって…あの人たちの笑顔がボクの笑顔で、あの人たちの苦しみがボクの苦しみだって……ボクの代わりに、この世の中の皆が笑顔で、幸せで居られる世界にして……」
「………」
私は答えない。
ただ、摺りつけてくるあの子の頬の感触を感じながら……あの子が見えないように顔をあの子の背中に託して静かに涙を流すだけ……
・・・
・・
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