No.215229

恋姫異聞録110 -画龍編-

絶影さん

だんだん戦況が大きく動き出してきました

皆さんの予想を超えるものであればと思っています

GWがようやく明日から始まるので、前回のコメンと

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2011-05-05 23:20:03 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8178   閲覧ユーザー数:6372

朝日が昇る中、まばゆい光を受けながら護衛の兵士と共に江夏へと帰る

奪った砦を稟に任せ、一人帰ろうとしたところで稟の連れてきた虎士に両脇を掴まれ

連行されるように船に乗せられた

 

おそらく俺が一人で帰ると言い出すのを見越してだろう

やれやれと虎士達に引かれるまま船に乗り、そのまま日の光を受けながら寝そべって空を見ていた

 

「一人で此処まで来たんだ、別に帰りも一人で構わんだろう」

 

「昭様、夜とは違います。それに敵も御一人であれば必ずやお命を狙ってきます」

 

「その時はその時だ、巧く逃げるさ」

 

「あまり困らせないでください。我らが郭嘉様に叱られます」

 

青空に浮かぶ雲を眼で追いながら稟に怒られると口にする兵に疑問を覚えた

一人で砦に行けと言った本人が何故怒ると

 

聞いてみれば朝になり、砦から敵兵が逃げ出す様を見ながら自分たちは郭嘉様の策の成功と

無様に逃げ出す連合軍を嘲笑していたのだが、一人郭嘉様だけは敵が引いたと同時に

目付きが鋭くなりピリピリとした空気を纏い始めたという

 

稟が連れてきた兵は三千名。後続の兵を待ち、無傷の砦で反転した敵を迎え撃つには十分の兵数

を連れて来たのにもかかわらず。彼女は上陸すると共に兵士に全速力で走らせ

己自身も走って砦まで来たようだった

 

「きっと昭様の身を案じて居らっしゃったのでしょう。策が成った時が一番気を抜いてはいけない時ですから」

 

「・・・そうか、ならば大人しく聞くほか無いな」

 

そう言って俺は寝転んだまま空を見ていた

稟が心配か、前回も一人で連合の中を突っ込んだあの時も稟は心配していたのだろうな

風が側に居ないからきっと誰も気がついては居ない所で一人で

 

船に揺られるまま俺は眠気に襲われる

 

・・・眠い、船の揺れはイカンな。揺り篭にでも乗っているようだ

人が漕いでいるから余計か。温かい日の光もあいまって

 

「駄目だ、眠い」

 

俺は江夏につけば春蘭か秋蘭がいるか、とそのまま気にせず眠りに落ちた

 

「昭様、昭様?駄目だ、寝ちまってる」

 

「本当だ、しかし本当に凄い人だな。敵陣に一人潜入したり、何時敵に襲われるか解からんというのに寝ちまうとは」

 

静かに寝息を立てる男に驚き、一人の兵士が声を掛けるが完全に寝てしまった男に他の兵士も唖然としてしまう

「肝が太すぎる」「怖い物など無いのではないか?」と兵士は口々に、大の字で船の床に寝てしまう

男の大胆さに呆れ、真似は出来んなと心服していた

 

 

 

ぴたぴたと頬を優しく撫でられる感触

其れはとても気持ちの良いもので、過去の記憶、反芻される天の地での生活

まるで井戸の奥底に落ちたような幸せな祖父母や友人達との記憶の中で生活する俺を優しく引き上げてくれる

きっと夢の中は争いがなく、とても幸福な生活だからだろう、大切な人に起こされなければ

俺はずっとこの夢のなかで生活する事を望んでしまう

 

夢から引き上げられ瞼を開こうとするが、頬を撫でられる感触が気持よくついもう少しだけこうしていようかと

思ってしまう

 

「フフッ、仕方がないな」

 

聞き慣れた優しく柔らかい声が聞こえると頬に手のひらとは違う感触が触る

柔らかい、少し湿ったような感触が頬に触れ、良く知るその感触に俺は一気に微睡みから引き上げられる

 

「う・・・・・・」

 

「起きたか、まったく私が居るからと気を抜き過ぎだ。襲われたらどうするつもりだ」

 

瞼を開ければ直ぐ側に秋蘭の顔。少し怒ったような顔をする秋蘭が何かを言っているようだが

俺には起きたばかりでそばにいる大好きな人の優しい顔の前に一つも頭に入って来ることは無かった

だがとりあえず怒っているようなので体を起こし「すまない」と言えば

俺少々寝ぼけている事に気がついた秋蘭は小さく笑って「仕方がないな」と頬をもう一度撫でてくれた

 

「華琳様が報告をお待ちだ。伝令から聞くよりも昭から直接聞きたいと」

 

「解った。先行した稟へ後続の兵は?」

 

「詠が凪達と既に準備を終えている。私と姉者、霞は季衣達と共に後から行くことになるだろうな」

 

「そうか、なら俺が直ぐにもう一度向かうようだな」

 

辺りを見まわし、船着場の船に積み込まれる荷をみながら頭に浮かぶのは今後の戦の展開

砦で一当て来るか?時間稼ぎはうまくいかなかっただろう、それとも此れは想定内のことか?

小賢しい考えをまとめているだろうな諸葛亮よ、何を隠し持って砦に向かうのか

 

「・・・」

 

「どうした秋蘭?」

 

船から視線を砦へと向け思案していた男の横顔を見ながら、秋蘭は何故か心がざわつき

気がつけば男の首に腕を回して抱きしめていた

「どうした?」との言葉に自分自身でも無意識の行動に驚いたのだろう、小さく声を漏らし

離れようとしたが心の中で何か声がする「手を離すな」と

 

声に従うように、一旦は離そうとした手を先刻よりもきつく男の外套を握り締めていた

 

「いやだ・・・違う、何かが違う。何があった?」

 

「何も無いよ。秋蘭こそどうしたんだ」

 

「何も無い筈はない。そうだ、何故私が頬に触れたとき何時もと違う顔を」

 

秋蘭が気がついた何時もと違う男の表情。頬へ落とした愛する者への口付は

何時もの顔を赤く、照れたような表情をする事無くただ落ち着いた穏やかな表情で

 

思えば思うほど体は震え、抱きしめる手は強く強く外套を握り締めていた

 

「・・・歳を取り過ぎるとちょっとの事じゃ動じなくなるってのは本当だな。精神的に歳をとり過ぎた」

 

「私には教えられないことなのか?」

 

今にも泣き出しそうな顔を男に見せまいと肩口に顔を埋め、震える言葉で男に問うと

男は少しだけ困ったような顔をして、急に真顔に変わると辺りを見まわし耳を澄ます

あらゆる人影、そして兵士さえ全ての存在を把握するように

 

そして辺りに気配を感じることが無いと確信した男はそれでも唇から言葉を読み取られぬよう

口元を秋蘭の肩口に押し付けて隠し秋蘭の聞こえるギリギリの声で問に答えた

 

「・・・・・・」

 

「・・・っ!」

 

怒り、憎悪、身を引き裂くような殺意に声を上げそうになる秋蘭の口元を

包帯の巻かれた指でそっと塞ぐと、ニッコリ笑って指先を離し次に何時もと同じように優しく頭を撫でていた

 

あふれた激情は目元に少しだけ涙という形であとを残し、撫でられるまま頭をそのまま胸元へ押し込まれていた

 

「私は負けたくない、この様な事は許せるものではない。だがお前が強くあるならば、支える私も強くあろう

私はお前が、華琳様が負けるとは思っていない。王と我が夫を私は信じている」

 

「十分さ、これほど心強いものは無い。秋蘭が信じてくれるなら、俺は何処までも強くなれる」

 

立ち上がった秋蘭は俺の手を引き、俺は手に引かれるまま立ち上がる

そして俺の全身を見て、襟を正し稟から預かったと四本の内の一振り青紅の剣を俺へと手渡し

隣に立って指を絡める秋蘭

 

「途中まで一緒に行こう、食事は報告が終わったら取らせてやる」

 

「そうか、楽しみだ。今日は何を用意してくれたんだ?」

 

其れは後の楽しみだと言われ俺は期待に胸を膨らませるが

華琳の顔を思い出し、急に気分が重くなる

 

そういえばまんまと矢を敵に奪われていたんだと

 

まいったなと額に手を当てる俺を秋蘭はどうした?と覗き込んでくるが何でもないと首を振る

砦の奪取と的盧のことで差し引き無しとしてはくれんだろうな

アイツは信賞必罰とか言って、よっぽどでは無い限り帳消しってのはしない奴だ

俺が困る顔が楽しいのだろうな、まったく

 

気が重いまま秋蘭に手を引かれ政庁へと向かう

 

ああ、一人で砦に向かうよりも気が重い

 

政庁へと着けば、秋蘭は名残り惜しそうに俺の手のひらを触ってから自分の仕事へと向かい

俺はそのまま軍議の行われた中庭へと脚を進めた

 

「お帰りなさい、傷も何も無いところを見ると無事成功したようね」

 

「只今戻りました王よ。報告を致します。軍師郭嘉の策により砦は無傷で奪取することに成功いたしました

また、敵は情報が錯乱しているようで、張飛は公安へと戻っております」

 

椅子に座り、茶を口にする華琳の前で膝まずき報告をする俺にチラリとだけ視線を向けて

再度茶を口元へ寄せる

 

「フフッ、本当に一人でしかも砦まで無傷で手に入れるとはね」

 

「は、軍師郭嘉の力は想像以上かと」

 

「そうね、所で何故そんな話し方をするの?」

 

楽しそうに笑う華琳に俺は解っているだろうと苦笑いを返すが、何のことかしらととぼける華琳

やはり俺の困る姿を楽しんでいるようだ

 

「追加の報告があります」

 

「追加?」

 

「ええ、厩で的盧を見つけ餌を与えたところ絶影、爪黄飛電に勝とも劣らぬ豪脚を見せてくれました

あれは一馬と組ませれば必ずや王の力となることでしょう」

 

的盧と言われ直ぐに解ったのだろう凶馬、的盧であると。しかし華琳は直ぐにその的盧を見たいと言ってきた

彼女もまた同じなのだろう。馬如きに人の生死を左右することなど出来はしないと

新しい玩具を見つけたかのように眼を輝かせる華琳に俺はそういえば最近こんな顔を見ていないと

心の中で思い、的盧を見つけた事は違う意味でも良かったのかも知れないと思った

 

「では厩に参りましょう」

 

「ええ、その前にその喋り方を戻しなさい。それでは不臣の礼を取らせた意味が無いし

そんな話方をしても矢の事は後で罰するわよ」

 

「はぁ、わかったよ。出来ることなら罰は早めに終わらせたいんだが」

 

嫌な事は早く終わらせたいと言う俺に「それは無理ね」と返す華琳

どうやら戦が終わってからゆっくり楽しむと言うことらしい

 

勘弁してくれ、一体俺に何をするつもりなんだ。前は気絶するまで頬を張られたし

昔は竹の鞭で何度か叩かれた。買い物にも付き合わされたし、一日給仕係なんかもさせられた

戻った時に変な事を言い出さなければ良いが

 

等と頭を抱えつつ、早く馬を見たいのだろう足早に厩へと向かう華琳

 

厩舎に着けば、一馬と番をする兵士一名が華琳の突然の訪問に驚いていた

 

 

 

 

「華琳様、それに兄者。どうなさいました?」

 

「華琳が的盧を見たいと言ってな」

 

「そうでしたか、丁度良かった。見てください兄者、一晩で体が此れほどしっかりしたものに」

 

嬉々として的盧を見せる一馬。どうやら相当気に入ったようだ、しかし一晩で此れほど逞しく

馬体が膨れるとは。毛艶も陽の光で艶やかにひかり、土をかく蹄は力強い

 

華琳の方を見れば、絶影や爪黄飛電と違った力強さに眼を輝かせていた

当然だ、絶影はしなやかな速さとその賢さで名馬と言える馬だし

俺の飛電は雷のような末脚と一馬を一日で遠くまで運んだ無尽蔵の体力の馬

 

豪脚の馬など始めてだろう。コイツはどうみても戦闘用の馬だ

あの脚に蹴られた人間など木っ端のように吹き飛ばされるだろう

 

気に入ったのか、華琳は的盧へと近づくが番をする兵士はお辞め下さいと止めていた

俺の話を聞いてもやはり王を乗せるのは心配なのか必死に止めていた

 

「あっ」

 

一馬が少しだけ声を漏らすが、華琳は気にすること無くまた止める兵の言葉も聞かず

体の膨れた的盧へと跨ってしまう

 

そんな姿を見ながら俺は恐れ知らずなのは俺では無く華琳だろうと思ってしまう

科学の進んだ時代なら迷信などと言ってしまう事が出来るが、この時代の人間は違う

神を恐れ、闇を恐れ、呪いを恐れる。その決定的な存在が天子様だろう

何と言っても天を冠する人間なのだから

 

だが彼女は恐れない、現実を直視するその性質のせいか。まるで仏壇に灰を投げつけた信長だな

 

繋がれた縄を外させ、手綱を掴み少しだけ走らせると華琳は楽しそうに笑っていた

大地を削るような脚の感覚が楽しいのだろう。地面を見れば他の馬よりも蹴った後の土が

多く飛び散り、蹄の痕をくっきりと残していた

 

「一馬はもう乗ったのか?」

 

「いえ、もう少し馬体が安定してからと思っていたのですが、想像よりも丈夫な馬のようですね」

 

一馬に言わせれば、急に体が太くなったのでもう少し太くなるのか様子を見ようとしていたらしい

だが華琳の操る様子を見て、此れが的盧の本来の体躯であると直感したようだ

 

気の済むまで的盧の感触を楽しんだ華琳は俺の元へと的盧を寄せて肩で息をしていた

 

「此れは良いわね。私には力が強すぎて操るだけでも随分と力を使うけど貴方なら此れを巧く操る事が出来るでしょう」

 

一馬の方を向き、手応えが十分だったことと手綱から伝わる感触が面白かったのだろう

土を削る感触など味わったことは無いだろうし、そう考えると俺も少し乗りたくなってきてしまう

 

「は、必ずや乗りこなし共に戦場を駆けてご覧に入れます」

 

「期待してるわ。昭、後でこの名馬に会う鞍を用意させる。良い馬を見つけてくれたわね」

 

鞍まで用意してくれるのか、これはたまに的盧に乗せろと言い出すだろうな

自分に屈服させたのだろう、馬に体力を奪われるなど納得がいかないのだろうな負けず嫌いだな本当に

だが、本当に楽しそうだ。戦が終わったら久しぶりに華琳と遠乗りにでも出かけるかな

 

「良かったな一馬、赤壁の戦に間に合いそうか?」

 

「ええ、問題は無いでしょう」

 

「砦には秋蘭達と来るか?的盧ももう少し時間が欲しいだろう」

 

「いいえ、何度か乗る機会が欲しいだけで華琳様の騎乗を見たところ今でも十分に活躍できます」

 

ならば一馬を砦につれていくことが出来るな。砦は俺の軍で固め、後から来る主力を迎え入れる

と言った形が良いだろう。一当てしてくるなら俺達が巧く捌き、主力を無傷で赤壁の戦いへと送り込めるように

したほうが良い

 

軍が多過ぎる障害だな、一気に全ての兵を移動できない。兵数が少なければ荷も少なく糧食もす少なく済むが

多ければ比例してそれらも多い、船を停泊させる場所の確保も必要だし多量の矢も馬も分けて移動させなければならない

砦に一気に移動と言った訳にはいかないからな、砦だって城とは違う城でさえ全ての兵を城内に入れる事が

出来ないのに、規模の小さい砦なら余計にだ

 

的盧から降りる華琳から手綱を受け取る一馬は背に乗せてあるボロボロの鞍を外し裸馬のままで跨り

少し慣らしますと華琳と俺に礼をするとそのまま厩から駆けていってしまう

 

的盧の体を見ながら一馬も我慢していたのだろう、直ぐに戻ってくるだろうが

まさか裸馬で騎乗するとは、アイツの騎乗能力には相変わらず驚かされる

 

「昭、砦には私も行くわよ」

 

「本隊は無傷の方が良いんじゃないのか?」

 

「本隊は連れていかない、私だけよ。恐らくは一当てしてくるでしょうし、来るのは呉の軍。

そこには必ず孫策も居るはず」

 

「まぁ砦を抑えたんだ。奴らが合流するまでに此方に当ててくるのは当然だな、しかし呉だけで孫策殿

を連れてくるとはな。斥候からの報告か?」

 

「其れもあるけど。向こうは必ず此方の士気を下げにかかるわ」

 

舌戦か、となれば確かに蜀は来ないだろう。もし目の前で負ければ漢帝国復興を掲げる蜀は戦うも何も無い

呉が来るのは筋が通っているかもしれん。此方は大義と言うものが今ひとつぼやけてしまっているし

漢帝国に、天子様に牙を向く不届き者などと言ってもよいがそれは直ぐに言い返される

 

向こうは此方を叩くための要因が多い。美羽に許靖、しかも俺が二つとも騙したという事で

話が進んでいるはずだ。此れをどうひっくり返すのか、其れが一番の問題となってくる

俺が関羽殿に言ったことなど信憑性の無い話だからな

 

「これは貴方の失態でもあるけれど、貴方の失態はあなた自身の徳と積み重ねに必ず助けられる」

 

「どういう事だ?」

 

「重積徳則無不克」

 

隣に立つ華琳は老子を口にすると目線を真っ直ぐに厩の外へと向ける

目線の先には桂花が厩へと脚を踏み入れる姿、そしてその後ろに続く人物の姿に驚き、言葉を無くしてしまった

 

俺の目の前に立ち、此方に気がついた人物は軽く笑顔を見せる

その姿は後漢の時代を思わせる細かい鱗のような鉄の板を何枚も貼りつけた銀の鎧に身を包み

戦場に相応しい肉厚の峰に九つの輪が通された九環刀を腰に

手には槍、まっすぐな穂が切っ先には鋭い刃を持つ棹刀を持ち何をそんなに驚くのかと首をかしげた

 

驚くに決まっている、この人物はこんな場所に来て良い人物ではない、むしろ何故居るのか理解が出来無い

 

俺の顔を見て桂花は勝ち誇ったようにニヤリと口の端を釣り上げた

 

「頭が高いわよ、きちんと礼を取りなさいよ」

 

桂花の言葉に隣を見れば、既に華琳はその人物へ礼を取り番をする兵は体を震わせ、地面に額をこすり付け

俺一人がこの場で失礼な態度を取ってしまっていた

 

「あ、ああ。申し訳ありません」

 

直ぐ様、身を正し礼を取る俺に「構わん」と一言。俺の驚く顔と取り乱す姿がよほど面白かったのだろう

「貴重なものを見れたと」笑っていらっしゃった

 

「ようこそおいで下さいました。劉弁様」

 

「ああ、桂花から言われてな。状況は耳にしている、呉を騙したそうだな慧眼」

 

「はい、では私が関羽殿に言った言葉も?」

 

「報告を受けている。一人で敵軍犇めく中、城の中に入った事もな。陛下は眼を輝かせ報告を聞いていたぞ」

 

その場で巧く言葉を作り上げ、天子様の考えであると言った事を上品に笑っていた

まさか劉弁様をこの場に呼び寄せるとは、勅命をもらってくるだけという訳では無かったのか

 

こんなに驚くとは思っていなかったのだろう、桂花はようやく俺よりも優位に立てたとご満悦と言ったところか

心底嬉しそうに手に持つ布に覆われた棒をしっかりと握り勅と書かれた箱を胸元に寄せていた

 

「それで、此方にいらっしゃったのはやはり天子様からの勅命を届けに?」

 

「ふむ、桂花からは何も聞いてい居ないのか。それほど驚いていたのだから当たり前か」

 

礼を取り、跪く俺の隣で同じように跪く華琳に向かい、桂花から布に巻かれた棒を受け取り

勅と書かれた箱を差し出す。受け取った華琳は中身を確認し、更に布に包まれた棒を渡される

 

箱を俺が預かり、華琳は受けっ取った布に包まれる棒を見て口元に笑を浮かべた

 

「感謝いたします。戦装束でいらっしゃったということは」

 

「そうだ、私が直接砦で勅命を読み上げ連合の出鼻を挫いてやろう。なんなら私が少々戦を手伝っても良い」

 

腰に携えた九環刀を握り、九つの輪がシャンッと音を立てると口元を笑に変える

独孤九剣を其の身に其の身に修め、涼州の半分を禁軍だけで治めていた劉弁様が戦うなら

それだけで士気は上がるだろうが、さすがに其れはさせられない。万が一ということもあり得るのだし

 

劉弁様を戦に出して死なせた等と言う話が広まれば其れこそ華琳の風評が悪くなる

 

華琳が変な事を言い出す前に、申し訳ありませんがと断れば劉弁様は「つまらん」と一言

棹刀を風切音を立て一回転させると地面にヘコミが出来るほどにドスンと石突を叩きつけた

 

軽くやったつもりなんだろうが、玄鉄剣を軽く振るえる力があるだけに音だけでも十分に威力が伝わる

 

桂花は近くにいたせいか、振動で体が少しだけ浮き眼をぱちくりさせて驚いていた

 

しかし此れは本当に有り難い事だ、丞相である華琳も勅命を出せるが今の状態で華琳が

勅命を出したところで意味など無い、陛下の姉君であるなら相国とも言える地位だ

彼女が天子様からの勅命だと読み上げれば此れほど効果のあるモノは無い

 

妹であらせられる陛下がいらっしゃれば逆にこんな場所に陛下を連れ出すとはと

余計に華琳への風当たりが強くなると共にやはり騙し、脅し、操っているではないかと思われかねん

 

「華琳が言った言葉はこう言うことか」

 

「ええ、だけどコレだけではないわ。貴方の積んだ物は協様の信頼としてこの手にある」

 

手の中にある棒を俺に見せる華琳。だが俺には其れがなんなのか全く解らなかった

協様の信頼、其の証となるものらしいが布に包まれたその棒はいったいなんなのか全く予想がつかなかった

 

「劉弁様、砦までは夏候昭と私、曹操が護衛いたしましょう」

 

「護衛か、数は少ないが禁軍を少々連れてきた必要は無いぞ。と言いたいが、曹操と慧眼、二人と話しながら

赴くのも良いな」

 

まるで散策に行くような雰囲気の劉弁様は褐色の肌に映える白髪を揺らして笑顔をみせていた

前に謁見させていただいた時と随分と雰囲気が違う。どうやら妹の前では無いということと

俺達の、というよりも兵達の士気を少しでも上げようと思ってくださっているのだろう

 

この方は聡明な方だ、戦で人が死ぬということが解っていながら其れを表情に出さず

笑顔と気丈な姿で兵の士気を少しでも上げようとおもってくれているようだ

 

「有り難い事だ」

 

「そうね、では行きましょう。私が劉弁様をご案内するから貴方は食事を済ませて来なさい、秋蘭が用意して

居たはずよ」

 

「ああ、すまないな。桂花、礼を言うよ有難う」

 

礼を言えば珍しく桂花は別に構わないわよと言っていた。少し柔らかくなったように感じるのは俺の気のせいだろうか

その後、劉弁様のお姿が見えなくなるまで見送りをした後、輜重隊の炊き出し場に行けば秋蘭が待っていてくれた

ようで、大量と言う訳ではないが多めの食事を取ることが出来た

 

 

 

 

「これだけしか用意は出来ないが許してくれ。帰ったら好きなだけ食べさせてやる」

 

「十分だよ。俺は秋蘭の作った物が食べられれば何だって良い」

 

そんな会話をしていれば、迎えに来た詠に相変わらずねと言われたが開き直り「良いだろう」と言ってやった

詠は呆れて「なんでそんなに余裕があるんだか」と言っていた。どうやら今まで見てきた他の将は

戦争前にこんなに余裕がある奴なんか居なかったと俺のおかずを横から掠めとっていた

 

「さっさと行くわよ。反転してきた兵なんかは稟がいれば十分だけどあとから来る奴らが襲いかかってきたら

一溜まりも無いんだから」

 

「解ったよ、後一皿で食べ終わる。所で一馬は?」

 

「僕が先に言っておいたわ。それよりも砦に行ったこと後でちゃんと話しておきなさいよ。心配するから言わなかった

けど一馬、ずっと馬の世話をしていて気がついてないんだから」

 

「ああ、ちゃんと話すよ。流石に二回目だ、あの時話したら剣を向けてでも止めただろうからな」

 

兄思いのイイヤツじゃない。と言って箸の止まった俺の最後の皿を詠は断りも無く食べていた

コイツは本当に俺には遠慮がない、腹がへったのならくれと言えば良いのに

 

文句を言えば食べないから要らないと思ったとか言うんだろうな

後で月が作った料理を横取りしてやろう、そうすれば如何に大切な人から作ってもらったものを

横取りされるのが悲しいか理解できるだろう

 

きっと喧嘩になるだろうが、それもまた面白い

 

詠がモゴモゴと食べなが想像し笑う俺を見て「何笑ってるのよ」と言ってきたが

俺は「食べながら喋るな」と呆れ顔を返してやった

 

「秋蘭、先に砦で待っている。春蘭と霞、桂花と一緒に本隊を頼む」

 

「ああ、華琳様を頼む。船と騎馬を乗せ次第すぐに追いかける」

 

皿を置き、手をあわせてご馳走様と一言いうと俺と詠は華琳と劉弁様の待つ船へと歩を進め

秋蘭はまだやることがあると俺の姿が見えなくなるまでその場で見送ってくれた

 

さて、此処からが本番だ。砦での一戦が終われば即座に赤壁へと移行するだろう

敵は一体何を仕込んでくるのか、稟が生きていることで戦がどのように変化するのか

 

「しかし、まさか野戦をさせてくれるとはね。此方の野戦の強さを知らないわけでは無いでしょう

本隊では無いとは言え、雲の軍を甘く見えてもらっては困るわ。合流される前に削れるだけ削ってやる」

 

「・・・あまり気を抜くなよ」

 

俺の言葉に解っていると頷く詠。詠も俺が秋蘭に言った事を解っているはずだが

劉弁様がいらっしゃっていることで高揚しているのかもしれない

変な所でいいところを見せよう等と思わなければいいが

 

等と考えながら港の船着場へ行けば、一馬が既に的盧を船へと載せていた

船に乗り込み、船室で一馬に昨夜の事を話せば怒られると思っていたのだが

意外に一馬は笑顔を見せてくれただけ

 

「其れが上策なのでしょう?私が止めても兄者は行ったはず。ならば私は兄者を信じるだけです」

 

「そうだな、すまない」

 

「だけど今度からはきちんと話して下さい。兄者が私を本当の弟だと思ってくれているように

私は兄者を本当の兄と思っています」

 

どうやら俺が一馬を大事な肉親と思うように、一馬もまた俺を兄だと思ってくれていたようだ

 

「本当は、仕事だと言った兄者を探しに行ってあの桟橋での出来事を見て稟さんを斬ってでも兄者を止めようと

思ったのですが。兄者は言ったでしょう?俺を信じられないかと」

 

そういうと顔を赤くして照れ隠しに頬を掻いて笑っていた

あの夜、一馬の元を去った後、夜中の仕事というのが気になって追ってきたらしい

桟橋で輝く気弾を見つけモメる凪達と稟に近づき話を聞いてしまったようで

凪さんに出来ぬのならば、己が稟さんを斬ってでも兄者を止めると覚悟を決めたようだ

 

だが俺が凪の前に立ち、俺が信じるものを信じられないかとの言葉で我に返ったらしい

 

「恥ずかしかったです。私は自分の兄を信じる事が出来ないのかと、私は姉弟の末弟

ならば尚更、他の誰よりも兄を信じる事が出来なくてどうすると」

 

「いや、俺もお前を信じてやれなかったようだ。許してくれ、弟よ」

 

「いいえ、兄者は私を信じてくれていました。きっと私が剣を向けてでも止める。身を案じると

信じてくれていたのでしょう。ですから謝らないでください」

 

謝罪する俺に一馬は首を振り凪達から渡されたのであろう剣を俺に手渡してくれた

俺は剣を三つ腰に差すと何時ものように弟の頭を少々乱暴にぐしぐしと撫でてやれば

何時もと同じ笑を俺に向けてくれた。本当に出来た弟を持ったものだ。あの時、華琳の言うとおり

一馬を弟にして本当に良かった

 

「終わった?行くわよ、忘れ物は無いわね?」

 

「ああ、終わった。が、お前は忙しない奴だな」

 

「時間が無いって言ってるじゃない。凪達は用意終わってるし、アンタはさっさと劉弁様の所に行きなさいよ」

 

「解ったよ。一馬、此処からが本番だ俺と共に生き残るぞ」

 

元気の良い返事をする弟の頭をもう一度撫で、船室から出ると既に船は港から動き出していた

船着場を見れば秋蘭が鎧に身を包み、軽く此方に手を振っていた

 

俺は手を振って返し、船を操舵する百人長に前と同じように中央の劉弁様の乗る船へと近づけてくれと言えば

銅鑼を鳴らし、船を一直線に並べ俺は船の間を軽く飛んで移動していく

 

俺が劉弁様の待つ船へと移動する姿を見て劉弁様は心底感心していた

まさか此処まで練度が高まっているとは思っても居なかったのだろう

 

華琳が驚かないのはきっと模擬戦をしていたのをちゃんと見て把握していたのだろうな

 

中央の船へと着くと敵の攻撃があるかと懸念される為、船室へ招かれると思ったのだが

劉弁様はあえて船室に行こうとせず、その姿を兵達に見せるため船首へと槍を持ち佇んでいた

 

槍を振るうたびに兵の間からは声が上がり、天子様の姉君の銀の鎧に身を包む美しき御姿に

溜息と歓声、否が応にも上がる士気

 

「こんなもので良いか、さて少々退屈しのぎに話に付き合ってもらうぞ二人とも」

 

「はい、喜んで」

 

皆は天子様と大義は我等にあると思った事だろう。心強いものだと思いながら

俺は劉弁様が楽しそうに話す妹の失敗談や報告で聞いた俺達の戦の話、華琳は協様の話ばかりではと

俺の失敗や恥ずかしい話を散々暴露していた。他の者なら怒りもするだろうが

いい加減、慣れたもので苦笑いと溜息で返していた

 

「慧眼、お前は曹操が何を言っても温かい眼で見ているのだな。お前は曹操の兄なのか?」

 

「いいえ、妹ならばもう少し兄に対し殊勝で御座いましょう」

 

「フフッ、確かに。だが肉親のようにも見える。違うというのなら絆の問題か」

 

笑みをこぼす劉弁様に俺は頷いた。確かにその通りだろう、思い出すのは俺が華琳に俺が臣下として

礼を取ったあの日の出来事、俺を守るために華琳が俺を臣下にした事が鮮明に蘇る

 

「慧眼が此の様な顔をするならば、何かあるのだろう。曹操」

 

「はい、今回の戦が終わり次第、機会が御座いましたらお話いたします」

 

「そうか、無理やり聞くのは気が引けると思ったのだが話してくれるなら有り難い」

 

「いえ、霊帝様にも関係がある事ですから。無理に勅命を頂いたこともありますので」

 

どうやら俺が始めて臣下として礼を取った日のことを話すらしい、随分と前のことだがよく覚えている

俺に不臣の礼をとらせるまでずっと引っかかっていたことのようだからな

 

先代の皇帝の父の名を出され、少しだけ記憶を探る様子の劉弁様

だがおそらく彼女の記憶には無いだろう、全く関係の無いところ

どちらかと言えば彼女の伯母、何進将軍と霊帝様の話であるのだから

 

予想がつかなかったのか楽しみにしているとだけ口にして華琳は頷き

俺の失態話のお口直しにとばかりに船室ではなく、表へ卓を用意して茶などどうかと誘っていた

劉弁様は此れを快く受け、俺達は砦に着くまで劉弁様との茶を楽しんでいた

 

敵に攻められることもなく砦へと船を進め船を陸に着けて約六万の兵を砦へと進めた

工作兵とも合流し、総勢二十万以上の魏兵のなかで雲の兵と呼ばれる軍の総数は九万

内三万は新城で警備隊と共に本拠地を守っている

 

砦へと到着すれば、出てきた時は無傷であった砦に幾つかの矢が刺さっており、蜀の兵があの後

反転し攻撃を仕掛けてきた事が伺えたが、流石は諸葛亮の作った砦といったところか

それとも稟の指揮の素晴らしさか、砦内の兵はその数を一人として減らしては居なかった

 

「良くやったわね稟、此方の被害は?」

 

「は、兵で言えば有りません。其れ以外ならば矢を少々」

 

そういって俺をみて笑う。稟まで矢を奪われた事を言うのか?

隣を見れば華琳が楽しそうに笑っていた。その様子をみると、華琳を楽しませるために

わざと言ったようだ。稟も桂花同様そうとう華琳に入れ込んでいるな

 

厳重な警戒の元、劉弁様を中央の天幕へと迎え入れ砦へ入ることの出来ない兵を砦の外へと陣形を予め布陣して

待機させる。勿論この場での指揮は詠だ、予想通り布陣前に劉弁様から直接お言葉をいただき

少々興奮気味だったがきちんと待ち構える鶴翼の陣を張って、呉が来るであろう東方向の斥候を放っていた

 

「では呉を迎え撃つ軍師は詠に、稟は砦内で劉弁様の護衛を、昭は私の隣に居なさい」

 

「御意」

 

「勅は向こうが出てきた時に読み上げれば良いな?孫策は前に立ち言葉を放つだろうからな」

 

「はい、劉弁様は終わりましたら中央の天幕へお戻りください」

 

敵の総数が此方の半分の三万であることと接近まで時間があると報告を受けた俺達は劉弁様の

居られる中央の天幕で軍議を行い、ある程度やることを理解しているのだろう

劉弁様は華琳の言葉に頷き軍師たちは各持ち場へと散る

 

俺と華琳は劉弁様に礼を取り、華琳に呼ばれるまま中央の天幕から出ると東側の見張り台へと登った

兵が四人、各方向を見張っていたが俺達が変わると言うと驚き、そんな事は出来ませんと

言っていたが、華琳が「慧眼が居るのだから大丈夫よ」と言って兵達を見張り台から下ろしてしまった

 

そんな事を言ってはいるが、正直なところ真正面の見張り台は陣を構える正面でもあるし

特に意味のある場所でもない。左右から来るならば左右の見張り台があるわけだから

陣を張るならばこの位置の見張り台は意味が余り無いのだ

 

「凪達は?」

 

「鶴翼の陣に配置してる。右翼に無徒、左翼に真桜、中央が凪、砦の中は沙和が居る」

 

「一馬は伏兵ね、詠は敵を騙したりするのが好きね」

 

「釣り野伏せを作り出したんだ伏兵は得意だよ。あとはいきなり目の前で反転してみせたり

狼顎と言ってたな。鶴翼で突撃中に中央がいきなり反転して両翼で噛砕くような戦い方、変則的なんだよアイツは」

 

「それも信頼する仲間がいるからでしょう?仲間に加わってくれて良かったわ」

 

見張り台には二人だけ、戦場には似合わない蒼天の元やさしい風が頬を撫でる

華琳は胡座をかいて座る俺の背中に何時ものように背中を合わせ、体重を全て預けてくる

屈んでしまえば左右の見張り台の兵からも見えないからだろう

 

「見張りは良いのか?」

 

「貴方が前を見ていて、敵が来たら教えて頂戴」

 

「随分と余裕なことだ」

 

「貴方のせいよ、前よりもずっと・・・楽なんだもの」

 

そう言うと背中から寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまっているようだ

緊張で疲れているのか?他人の事を言えはしないが、敵が来るというのにコイツもそうとう肝がすわっているものだ

等と考えながら、望遠鏡を片手に遠くを見渡す

 

迫り来る呉との戦を想像するが、俺の心は全く揺れるものは無かった

今でも諸葛亮の事は許せるものでは無いだろうだがその怒りでさえも俺は飲み込んでしまえている

内包した民の怒り、其れすら超えるものがあるのだから

 

 

 


 
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