No.215221

赤ずきん(レッド・フード)

フードというかドリンクというか。
自分で書いといてアレですが、こういうのは好きじゃないです。

2011-05-05 22:24:40 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:600   閲覧ユーザー数:594

「行ってきます、お母さん」

木造の家を出たのは、木カゴを持った一人の少女。彼女は今日もお母さんからのおつかいで、おばあさんのもとへ荷物を届けに行きます。

「おはよう、赤ずきん」

「おはようございます、ハンナおばさん」

鼻筋はスッと通り、お目めはぱっちり、実年齢よりまだあどけない顔立ちを残す彼女は村人から『村で一番の美しい娘』と持て囃されるほどの人気者です。

「今日もおつかいかい?赤ずきんは偉いねえ」

「おはようございます、ダンおじさん」

おつかいの際には赤いずきんを頭にすっぽりと被っているところから、彼女は皆に『赤ずきん』と呼ばれています。

「あら、赤ずきん」

「おはようございます、マリーおばあさん」

「森は狼が出て物騒だからね。気をつけるんだよ」

肩まであるサラサラのブロンドヘアとその表情をずきんで隠し、彼女は今日も早足でおばあさんの家へと急ぎます。

 

森に入ってしばらく歩いた赤ずきんはようやくずきんを取って顔を見せます。

けれど、どうしたことでしょう。

ぱっちりお目めは細く釣り上がり、眉間には皺が寄っていて、ずきんから現れたその顔はとても同じ赤ずきんの顔とは思えないほどに変わり果てています。

赤ずきんは深く息を吸い込むと、大きな声で言いました「なんて不公平なのかしら」

「この世界はなんて不公平に出来ているのかしら。斜向かいのバーバラには両親がいて、不自由しないくらいのお金がある。私はといえば、足の悪い母親と意地の悪い老いぼればあさんだけ。これが不公平と言わずに、他に何と言い表せられるというのかしら」

赤ずきんは三本入ったバケットのうち一本をカゴから取り出すと、その頭にかぶりつきました。

「村の女の子たちが楽しくおしゃれをして、楽しくおしゃべりをしている間に私はワインとパンを届けるために片道一時間もかけてばあさんの家へ。無理やり話し相手をさせられ、やっと解放されたと思えば、その頃にはもう日が西へと傾いている」

先の欠けたバケットを振り振り、木々の合間から顔を出す太陽を睨みます。

「せっかくこの顔に生まれてきたというのに、私は恋も遊びも経験出来ない。私より容姿の劣るバーバラやローズやエミリーは恋も遊びも知っているというのに。あのばあさんがお金さえ持っていなければ、あのばあさんのお金が必要なければ、私の時間を浪費しないで済むのに」

赤ずきんは立ち止まり、近くの大きな木に寄り添うようにして咲いている花を憎らしげに見下ろします。

「花の命は短い。それなら、美しい花であるうちに花として生きていたいわ。栄養不足で萎れてしまうなんて絶対に嫌よ」

赤ずきんはずきんを被ると、おばあさんの家に向かって再び歩き始めました。

○●○●

 

「行ってきます、お母さん」

木造の家を出たのは、木カゴを持った一人の少女。彼女は今日もお母さんからのおつかいで、おばあさんのもとへ荷物を届けに行きます。

「おはよう、赤ずきん」

「おはようございます、ハンナおばさん。今日も良い天気ね」

鼻筋はスッと通り、お目めはぱっちり、実年齢よりまだあどけない顔立ちを残す彼女は村人から『村で一番の美しい娘』と持て囃されるほどの人気者です。

「今日もおつかいかい?赤ずきんは偉いねえ」

「偉いだなんて、そんな。ありがとうございます、ダンおじさん」

おつかいの際には赤いずきんを頭にすっぽりと被っているところから、彼女は皆に『赤ずきん』と呼ばれています。

「あら、赤ずきん」

「おはようございます、マリーおばあさん」

「森は狼が出て物騒だからね。気をつけるんだよ」

「まぁ、それは恐ろしいわ。ご忠告ありがとうございます」

肩まであるサラサラのブロンドヘアとその表情をずきんで隠し、彼女は今日も早足でおばあさんの家へと急ぎます。

 

森に入ってしばらく歩いた赤ずきんはようやくずきんを取って顔を見せます。

けれど、どうしたことでしょう。

その顔は昨日までは見せなかったような晴れ晴れしい笑顔でした。美しい赤ずきんに似合いの美しい笑顔です。

赤ずきんは深く息を吸い込むと、大きな声で言いました「なんて素晴らしいのかしら」

「恋がこんなにも素晴らしいものだなんて。昨日まで退屈で仕方なかった世界が、こんなに清々しく映えるなんて。やはり私は今まで損をしていたのね」

赤ずきんは三本入ったバケットのうち一本をカゴから取り出すと、いつものようにその頭にかぶりつきました。

「彼は私に釣り合うほどの若々しい美貌の持ち主。おまけに私が使っても使い切れないほどの大金持ち。非の打ちどころがないわ」

彼というのは、隣村に住んでいる青年ハンスのことです。いつだったか赤ずきんがおばあさんの家から帰る途中に、趣味の狩猟に出かけていたハンスと偶然出会いました。若い二人はお互いを一目見て、すぐに恋に落ちたのです。

しかし、ハンスのお父さんは貧しい赤ずきんとの恋を許しませんでした。ハンスはお父さんを時間をかけてでも説得してみせると赤ずきんに言い、二人は赤ずきんのおつかいが終わる夕方から夜の間に、人目を盗んで会うようになりました。

「一秒でも早く彼に会いたい。一秒でも永く彼と同じ時を過ごしたい。こんなおつかいがなければ、今すぐにでも彼のもとへ飛んで行くのに。あのばあさんさえいなければ」

先の欠けたバケットを振り振り、木々の合間から顔を出す太陽を見上げます。

「そうよ。ばあさんがいなければ、こんなことをしなくても済む。お金なら彼が掃いて捨てるほど持っているわ。もう私がばあさんのために私の時間を使う理由なんてないのよ。私は私のために時間を使えるのよ」

赤ずきんは立ち止まり、近くの大きな木に寄り添うようにして咲いている花を冷ややかな眼差しで見下ろします。

「花の命は短い。美しい花であるうちは、陽の光も水も求めるのよ。より多く。より強く」

赤ずきんはずきんを被ると、おばあさんの家に向かって再び歩き始めました。

●○●○

 

森に入ってしばらく歩いた赤ずきんは、いつものようにずきんを取って顔を見せました。けれど赤ずきんは、いつものようにバケットを取り出そうとはしません。

一体どうしたというのでしょうか。

「今日が最後よ。ワインにもパンにもアカアシバナの毒を染み込ませた。これで一口でも口にしたら、終わりよ。ばあさんもおつかいも。これでやっと私の本当の人生が始まるのね」

赤ずきんは優しく微笑んで、右手でゆっくりとカゴを撫でました。

「そうですか。それなら、見過ごすわけにはいきませんね」

赤ずきんが驚いて振り返ると、そこには腕を組むようにして前足を組んだ狼が、残った二本の後ろ足を支えにして立っていました。どこからどう見ても姿は狼そのものでしたが、他の動物にはない理知的なその風貌はどこか人間を思わせます。

「ああ、赤ずきん、貴女は何を血迷ったのか。貴女は目先の幸せを得るために、自分の祖母を殺めようとしているのですよ。そのような愚行はお止めなさい。その毒入りパンとワインを捨てて、すぐにでも家に引き返しなさい。そして新しいパンとワインを持って祖母の家を訪ねるのです」

急に現れた狼が偉そうに説教を始めたのです。赤ずきんが黙って聞いていられるはずがありません。

「あなたに何がわかるというの。私はこれまで嫌というほど我慢に我慢を重ねてきた。巡ってきた好機を今こそ掴まなければ、私は元通りの退屈でくだらない生き方しか出来なくなる。意地の悪い好機の女神の、前髪を掴んでやるのよ。だから関係のない、私の気持ちが分からないあなたに口を挟まれる謂われなんてないわ。獣は獣らしくその汚らしい口を閉じて、残り二本の足も加えた四本の足で地べたを這いずりなさい」

「貴女が望むなら喜んでそうしましょう。貴女が行動を改めるなら私も貴女の前から消え失せましょう。けれど、私は貴女を止めなければならない。ここで黙って行かせてしまえば、私は貴女を一生後悔させてしまうことになる。それは決して許されないことなのです。獣の私でもそのくらいは分かります。分からないのは貴女のその衝動です。私たち愚かな獣でさえ、自分の肉親を手に掛けようなどとは考えもしないというのに。ああ、赤ずきんよ、私の知っている貴女は例えようのないほど美しかった。何が貴女をそうさせたというのです。私たち獣よりも愚かで醜い動物に誰が変えたというのです」

「お黙りなさい。私が愚かで醜いですって。平気な顔してよくもそんな出鱈目が言えたことね。良いかしら、狼さん。今の私は誰よりも美しいのよ。けれど、その美しさがいつまでも続かないことを私は知っている。この退屈でくだらない人生の先には、さらに退屈でくだらない枯れ果てた老いしか待っていないのよ。私は私が誰よりも美しいうちに、私の人生を謳歌したいの。この退屈でくだらない人生に終止符を打つの。そうすれば美しい花であるうちに、私は美しい花として生きられる。私の人生だもの。誰にも邪魔なんてさせないわ」

「ああ、赤ずきん、赤ずきんよ。荒野に咲いた可憐な花よ。私はいつでも貴女を見ていました。貴女が祖母の家に通う姿を毎日見ていました。貴女が凶暴な獣に襲われないよう、この広い森から私の仲間が離れてからもずっと貴女を見守ってきました。それは貴女が何よりも美しかったです。暗い夜道を煌々と照らす月よりも、朝露に輝くどんな花よりも貴女が美しかったからです。だのに、貴女はまだ求めるというのですか。誰よりも何よりも、陽の光や清らかな水を。多分に求めてしまった結果、花としての命を縮めることになるとしても」

赤ずきんは身を堅くしましたが、その瞳は決して怯えの色で染まりはしませんでした。相手がどんなにそれらしいことを言おうと、初めて会った相手に言われる筋合いはないと考えていたからです。だから狼の訴えは赤ずきんに欠片さえも届きませんでした。

狼もそんな赤ずきんの考えが感じ取れたようです。

「結構です。貴女の決意が固いのなら、私は枯れてしまう前に摘み取るまでです。美しい花として、美しいままに散らせるのみです」

赤ずきんは森中に響くくらいに喉が張り裂けるような悲鳴を上げましたが、狼は構わずにその大きな口を目一杯に開き、赤ずきんを頭から一飲みしてしまいました。

辺りに静寂が戻ると狼は両膝を突き、木々で大半を隠されている天を仰ぎました。

「ああ、赤ずきんよ。愚かな私を許してください。こうすることしか思いつかなかった愚かな獣である私を。私が貴女と同じ人間なら、他の方法もいくらでも思いついただろうに。どうか許してください。どうか」

そのとき、銃声が轟いたと同時に狼の体が跳ね、そのまま地面に倒れてしまいました。

赤ずきんは胃袋の中とは違う温もりを感じ、ゆっくりと目を開きました。目の前には愛するハンスの姿が。

「大丈夫かい、赤ずきん」

「ああ、私はとうとう死んでしまったのね。ここにいるはずもない貴方が見える。もう、幻でも良いわ。私を抱いて、力強く抱いて」

ハンスは赤ずきんの口を自分の唇で塞ぎ、赤ずきんは驚きで目を大きく見開きましたが、すぐにハンスに身を委ねました。

やがて唇と唇が離れると、ハンスがにっこりと微笑みかけます。

「これでも幻だなんて言うのかい、赤ずきん」

「ハンス、来てくれたのねハンス。ああ、なんてこと。狼に食べられてしまう時にまで、私は貴方のことを考えていたのよ。それがまさか、本当に助けに来てくれただなんて」

「僕もだよ。いつものように狩りに出かけても、君のことばかり頭の中で考えていた。すると君の叫び声が聞こえてきただろう。急いで駆けつけてみれば、腹の膨らんだ狼が一匹だけ。君が食べられたなんて考えたくはなかったけれど、万が一ということがある。そう思ったら体が先に動いていたよ。撃ち殺した狼の腹を裂いて君が現れたときには、腰を抜かしてしまうところだった。とにかく、君が無事で良かったよ」

「ハンス」

目の前にハンスの大きな手が現れました。その指は小さな銀の指輪を抓んでいます。

「本当は君が帰る頃に渡しに行くつもりだったんだ。やっと親父を説得することが出来た。一緒に住むことが出来るんだ。もちろん、君のお母さんとおばあさんともだよ。これでもう、一人で森の中を歩くような危険な真似はしなくて済む」

「ハンス」

指にリングが嵌ると、赤ずきんもハンスのように微笑みました。それはこれまでに赤ずきんが見せた中で、一番美しい表情でした。

「結婚してくれるかい」

「もちろんよ」

二人はもう一度、今度は深く口づけます。舌と舌が絡み合い、お互いの唾液がどちらのものか分からなくなった頃、ハンスから唇を離しました。

赤ずきんは不思議そうにハンスを見上げます。

「ああ、そうだ。君に謝らなくちゃあいけないことがあるんだ」

「謝りたいこと?」

「喉が渇いてしまってね。君の持っていたワインをもらったよ。なあに、心配はいらないよ。これから二人で僕の家へ新しいワインを取りに帰ろう。そしてそのワインを持って、君のおばあさんに挨拶しよう。新しい孫として、挨拶を……」

赤ずきんの顔が引きつります。ハンスの唇の端から赤いものが流れたからです。赤ずきんの鮮やかな赤いずきんよりも、暗い赤色の液体。

赤ずきんは自分の喉の奥へと指を突っ込み、胃の中のものを全て吐きだしました。

朝食のパンとスープ、胃液、そしてどちらのものか分からなくなった唾液も。

空っぽになるまで何度も。

カゴの中身がハンスの暗い赤色で染まりきった後も、何度も何度も。

○●○●

 

「行ってきます、お母さん」

木造の家を出たのは、木カゴを持った一人の女性。彼女は今日もお母さんからのおつかいで、おばあさんのもとへ荷物を届けに行きます。

「おはよう、赤ずきん」

「おはようございます、ハンナおばさん」

鼻筋はスッと通り、お目めはぱっちり、実年齢よりまだあどけない顔立ちを残していた頃の彼女は村人から『村で一番の美しい娘』と持て囃されるほどの人気者でした。

「今日もおつかいかい?赤ずきんは偉いねえ」

「おはようございます、ダンおじさん」

おつかいの際には赤いずきんを頭にすっぽりと被っているところから、昔から彼女は皆に『赤ずきん』と呼ばれています。

「あら、赤ずきん」

「おはようございます、マリーおばあさん」

「森は狼が出て物騒だからね。気をつけるんだよ」

肩まであるサラサラのブロンドヘアとその表情をずきんで隠し「マリーおばあさん」

「狼はもう出て来ないのよ」

彼女は今日も早足でおばあさんの家へと急ぎます。

花畑に咲く一輪の花として、退屈でくだらない人生を送るために。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択