洛陽城内の中庭。いつもは穏やかな日差しの中、鳥が2、3羽ほど木に止まっている風景がお馴染みであるのどかな中庭。だが、そこは今
霞「一刀!行くでぇぇぇぇ!!!!」
一刀「上等だぁぁぁ!!!」
殺伐とした空気が立ち込める、戦場だった。
中庭の中心で、霞の堰月刀が一刀に向かって振り下ろされる。一方の一刀はバックステップでそれを躱した。しかし目は逸らさずに霞の一挙一動を見続ける。神速の張文遠。それが彼女、霞の異名だ。その異名を体現するかのようにバックステップで距離をとった一刀に、再び堰月刀が迫る。しかも連撃だ。だが一刀もそれを受ける気は無い。というか
当たったら死ぬ。
一刀「流石は霞、本気だな?」
霞「そらそうや。本気やないと楽しみも半減やから…なっ!」
一刀「うおっと!」
明らかに首を狙った一撃を、一刀はすれすれで躱す。そんな霞の連撃を避けながら一刀は、なんでこんな状況になったんだっけ?と、朝の出来事を振り返っていた。
一刀「試合?」
背中から発っせられた単語に、一刀がきょとんとした表情になる。
霞「だって凪と惇ちゃんと試合したやろ?うちとだけやってへんのって不公平やん」
背中に覆い被さってきた霞が、口を尖らせながら言う。
一刀「試合ねぇ……」
正直、一刀は乗り気じゃなかった。警備隊の仕事やら、さらにその始末書や報告書の作成。それに、もうすぐ呉と蜀の武将達が招待を受けて魏に訪れるため、その関係の書類も任されていた。その仕事がやっと終わり、今日一日はフリーなのだ。だから今日は一日ゆっくりと体を休めようと思っていたのだが─
一刀「…休む暇は無いってことかね」
霞「ん?なんか言うた?」
一刀「いや、なんでもない。やるか?試合」
霞「おー!ほんまに?うち、断られる思っとったで~」
一刀「それじゃあ武器取ってくるから、中庭で待っててくれ」
霞「わかった。先行ってるから手早く頼むで~!」
試合をオーケーしてから十秒と経たずに、嬉しそうな声を上げた霞は中庭の方へ消えていった。
一刀「…やれやれ。休日出勤みたいなもんだな、これ」
そう言いながらも自分の部屋向かって歩いていく一刀の表情は、とても楽しそうだった。
一刀「さて…と」
武器を携えて中庭に降りた一刀。既に少し離れた場所に臨戦態勢の霞がいた。
霞「お、その…え~と…刀やったっけ?直ったんやな~!」
一刀「あぁ、真桜に頼んだら快く直してくれたよ。だけど、錬成方法もうろ覚えだったし、期間も短かったからあんまり質は良くないかな?」
霞「へぇ~………そうなんか。でも一刀、負けた時に刀のせいにしたら駄目やで?」
霞が悪戯っぽく笑う。
一刀もそんなことは承知の上だった。
一刀「わかってるよ。武器の強度には元々期待してないからな。それに─」
一刀は急ごしらえの鞘から刀を抜く。おそらくない手入れがしっかりしてあるのだろう。もちろん新品ということも理由のひとつだが、刀には一点の曇りも無かった。今の一刀の心と同じように。
一刀「3年前の俺だったら考えられないことだったけど、爺ちゃんのとこで修行してから少し…価値観が変わった。今なら、霞達の気持ちも分かる気がする。なんていうかさ…強い奴と戦いたいって思うようになった。女の子だから、とか関係なしに俺は今─」
鞘から抜いた刀を一刀は正眼に構え
一刀「純粋に…霞と戦いたい。だから言い訳なんてしないよ。…絶対に勝つ。そのつもりでやるから」
そう言って、その刀の先を霞に向けた。ブレる事もなければ、曲がることもない。ただ、真っ直ぐに。
霞は自分の身体ゾクリと震えるのが分かった。例えるなら他の武人と相対した時に感じる感覚。愛する人が自分に刀を向けているにもかかわらず、霞の胸中は嬉しさで満たされていた。
霞「…いいでぇ…一刀…!最っ高や…!」
一刀「よし………行くぞ霞!」
霞「負けても文句は無しやでぇぇ!!」
こうして二人の武人は刃を交えるに至った。
刀は強度に重点をおいた武器ではない。たたき斬るのではなく、斬り裂くのに特化した武器だ。そのため、戦法は自然と限られてくる。
霞「避けてるだけじゃ勝てへんでぇ!!」
そう。相手の得物にもよるが、基本的に刀は打ち合わせることにはむいていない武器。同じ刀ならともかく、刃の厚い堰月刀の相手は不得手。しかも一刀の使っている刀は本物とは似ても似つかない劣化品。おそらく数合も打ち合わないうちに折れてしまうだろう。
一刀(正直なところ避けるしかないってのは悔しいな……)
そう思いつつも一刀の顔には笑みが浮かんでいた。
それもそのはず。避けられるということは見えているということに他ならない。特に、その攻撃が神速と謳われる霞の攻撃なのだから、笑いたくもなるだろう。
戦いの中で、一刀は祖父との修行を思い出す。
祖父「ほぅ……一刀。おめぇ、この攻撃が避けれんのか。こりゃあたまげたな」
一刀「……俺は爺ちゃんがこんなスピードで攻撃できることにびっくりだよ……!」
祖父の槍を使っての突きを、一刀は紙一重で避け続ける。
時折、蹴りや足払いも繰り出してくるのでホントに質が悪い。
一刀(というか70歳の爺さんが…!なんで…!こんな…!スピードで…!)
祖父「おら、足下がお留守だぞ」
一刀「いづっ…!」
少し注意が逸れたのを見逃さずに、祖父に足払いを掛けられる一刀。かろうじて反応し、踏ん張ったので払われはしなかったものの、70歳の爺さんの蹴りとは思えないほどの威力に顔をしかめ、一旦動きが止まる。次の瞬間には一刀の首元に槍の穂先が突き付けられていた。
祖父「ったく……。まぁ…でも最後のを抜きににすりゃあ及第点だな」
一刀「……そりゃどうも」
自分の首から引かれる穂先を見ながら、一刀はその場にへたりこむ。もう一時間近くも攻撃を避けつづけ、最後に足へダメージを受けたのだから当然といえよう。
祖父「それにしてもあの攻撃を避けるたぁ………結構な修羅場くぐってるみたいじゃねぇか?」
一刀「修羅場…ね。はは……」
当たらずとも遠からずといった祖父の言葉に一刀は笑うしかなかった。……いろんな意味で。
祖父「ま、事情は聞かねぇがな。避けれるってことは、見えてんだろ?槍の軌跡が」
一刀「ん?あぁ、一応見えてる」
祖父「敵の攻撃が見えるってのは重要だ。しかも槍の突きが見えるんなら、鍛えりゃそれなりのもんになるだろうよ」
そう言って祖父は、地面にへたりこんでいる一刀に模造刀を投げ渡す。
一刀「へ?」
祖父「おら、早く立て。婆さんが呼びに来るまで続けるぞ」
事実上の死刑宣告
一刀「婆ちゃんが呼びにくるまで…って。はぁ!?まだ6時間以上あるじゃねぇか!」
祖父「おう!その通りだ!」
一刀「“その通りだ!”じゃねぇよ!孫を少しは労ろうって気持ちはないのかよ!?」
祖父「おめぇこそ爺ちゃんを労れぃ!」
一刀「こんなパワフルな爺ちゃん労れるかぁ!鬼か!?悪魔か!?」
祖父「鬼!?なんでおめぇが俺の異名を知ってるんでぃ!」
一刀「異名!?」
祖父「そうよ!俺は昔、“鬼島津の再来”と呼ばれていてなぁ……」
一刀「んな昔話なんか知るかこのくそじじい!」
先ほど自分に向かって投げられた模造刀を拾い、一刀は再び祖父に向かっていった。
祖父「誰がくそじじいだ!くそ孫!」
祖父の方も負けじと声を張り上げる。
一刀「くそ孫ってなんだよ!?聞いたことないっての!」
祖父「うるさいわ!文句は勝ってからにせい!」
罵りあいながらも祖父と孫の表情は、少年のように輝いていた。
一刀「……ははっ」
そんな辛くも楽しい出来事を思い出しながらも、目は霞から外さない。
祖父。自分の師からお墨付きの動体視力を駆使して、霞の突きを避け続ける。もちろんただ避けるだけではなく、パターンを読んで勝機を見出だすために。
霞は正直、一刀の動きに舌を巻いていた。本気を出しているはずの自分の攻撃がことごとく避けられる。かろうじてという表情ではなく、少し余裕すら見える表情だ。一刀が強くなったのか、それとも自分が手を抜いているのか──
いや。それだけはあり得ない。自分が手を抜く理由など無い。いくら相手が自分の愛する人でも、真剣勝負。しかも、他ならぬ相手が望んでくれた真剣勝負に手を抜くほど、自分は礼儀知らずではないはずだと霞は自分に言い聞かせる。
霞(うちは本気を出しとるはずや………ならやっぱり…)
一刀「なぁ霞」
珍しく戦いの最中に頭を悩ませていた霞に声がかかる。
霞「なんや?降参か?」
一刀「はは……違うって。ただ戦うだけじゃつまらないから、負けた方が勝ったほうの言うことをひとつだけ聞くってのはどうだと思ってさ?」
神速と謳われる霞を相手にしながらも、まだ少し余裕が見える一刀。一刀は霞の連撃を避けながら、そんな提案をした。
霞「うちと戦ってるのに話しかける余裕があるんやな~!舐めたらあかんで!でもその提案は有りやな。うちが勝ったら一刀は今日一日うちのもんや!」
そう言った霞の連撃がさらに精度と速度を増す。目の前に餌を吊られた動物のようだ。
一刀「獲らぬ狸の皮算用は感心しないなっ…と!」
霞「わわっ!」
一刀の刀が連撃の隙間を縫って霞に迫る。だが霞はその攻撃を堰月刀の長さを生かし、阻む。
一刀「ちいっ…!」
霞の対処に慌てて一刀は刀を引こうとするが
霞「甘いで一刀!」
霞は刀とともに伸ばされた一刀の右腕の上を通るように堰月刀を突き出す。狙いは、首
しかし、一刀も動く。伸ばした右腕はそのままに、上半身を左にひねった。一刀の耳の脇すれすれを堰月刀が通りすぎる。一刀は上半身に続き、下半身もひねった。そして右手で掴んでいた刀を離す。そのまま体を回転させ、刀が落ちる前に─
左手──逆手で刀を掴み、上方へと斬り上げた。
霞の前面を狙って。
下から両腕の間を通って目の前に斬り上げられてきた刀を視認した霞の動きが、一瞬止まる。
一刀にはその一瞬で十分だった。
目の前に現れた白刃のきらめきに反応が遅れた霞。彼女が足に鈍い痛みを感じた時、自分の目に写る景色は真っ青な空だけだった。
この間、僅か10秒足らず。
背中に地面の感触が伝わってくる。自分の上には一刀が刀を構えて馬乗りになり──
一刀「…俺の勝ちだ、霞」
静かに、勝利宣言をした。
霞「うん……うちの負けや、一刀」
彼女は負けたにもかかわらず、自分が妙に清々しい気持ちになっているのに気付いて、ちょっと笑った。
一刀「はい、霞」
霞「ん」
一刀から手渡された水を、芝の上に寝転がる霞が受け取る。
水を渡した一刀は、霞の隣に腰を下ろした。
霞「あー!負けてしもたー!」
一刀「俺自身も霞に勝てるなんてびっくりだよ」
霞のどことなく嬉しそうな嘆きの声に、一刀は自らの胸中を素直に語る。
霞は魏のナンバー2と言っても過言ではない将。それに模擬試合とはいえ勝ってしまったのだ。そりゃびっくりもするだろう。
霞「悔しいけど負けは負けや!言うこと一個だけ聞いたる」
一刀「う~ん………そうだな……」
霞(一刀と一緒に過ごせへんのは寂しいけど、負けたんやからしゃあないな………)
霞は空を仰ぎ見ながらそんなことを思っていた。
一刀「よし、決めた」
霞(……でも痛いのは嫌やな~。一刀ってあっちは凄いし…)
一刀「霞?」
霞「ん?決まったんか?」
一刀「あぁ、決まった。霞」
霞「なんでもええで?約束やからな」
霞がそう言って目をつぶった数秒後
一刀「ローマ、行かないか?」
霞にとって予想外の台詞が一刀の口から飛び出した。
霞「………へ?」
一刀「あ、いや…。2年前の約束破っちゃったろ?だから今すぐは無理かもしれないけど……」
一刀は本当に申し訳なさそうな表情をして頬を掻いていた。
霞「………………」
そんな一刀の顔がおかしくて
霞「………ははっ!」
彼女は笑った。
一刀「えっと…霞…さん?」
一刀もこの反応は予想外だったのか、霞に対する呼称が敬語になってしまった。
霞「あぁ、ごめんごめん。別におかしなったわけやないよ?う~ん……せやな………うん……止めとくわ」
一刀「……やっぱり怒ってるよな」
霞「ちゃうちゃう!もう怒ってへんよ。でもな?うち、気づいてん。一刀が消えたあの日。あぁ…うちは羅馬に行きたかったんやない。一刀の傍やったら、一刀と一緒にいれるんならどこでもよかったんやな~って」
一刀「霞……」
霞「気付いた時には大切なもんは両手から零れ落ちとる言うけど、あれほんまやな。うちは大切なもん零れ落ちるのに気ぃつかんかった。でも一刀は戻ってきてくれた。うちはそれで充分や」
霞は心の底から、太陽さえ霞んでしまいそうな明るい笑顔でそう言った。
一刀「霞………ありがとう」
霞「お礼なんてええよ。それよりうち、お腹空いたで~」
霞がそう言うと同時に二人とも腹の音が鳴った。
一刀「あ~………それじゃ飯、食べに行くか?」
霞「足痛いからおぶってってくれへん?」
一刀「わかりましたよお姫様。さぁ、どうぞ」
霞「さすが一刀や!優しいなぁ~」
一刀はそんな霞をおぶって歩きだした。霞の足が痛くないのは百も承知だが
一刀(ま、こんなのもたまにはいいかな……)
なんて思いながら、背中に愛しい人の温もりを感じていると
霞「─────」
霞が背中で何かを呟いた。
一刀「ん?霞、なんか言った?」
霞「いーや、なんも言うてへんよ?」
今日の朝、背中にくっついてきた時と同じように悪戯っぽい笑顔でそう言った。
うちは理想が高いんや。
うちが最初に条件として出したんは、うちより強い男。
正直諦めとったけど─
見つけたで?うちより強い
─大切な人─
<あとがき>
今回は霞編ということでしたが・・・・すいません。あきらかに手抜きですね。
霞と一刀くん以外出てきませんでした。
次回は他の二国の人物を出そうと思っています。お楽しみに。
ここでお知らせです。
真・恋姫†無双~正義の在り方~ですが、改めて見直すと修正部分が多々あり、先行きが不安定なので、一旦削除します。水面下で修正と追加を加えますので、またいつか日の目を見る日が来ると思います。そのときはどうぞよろしく。
代わりといってはなんですが、前に書いてほっぽり投げていた呉のオリキャラストーリーを投稿したいと思います。くれぐれもご理解のほど、よろしくお願い致します。
それでは、また。十六夜でした。
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霞拠点?です。
駄作ですがどうぞ見てやってください。