No.21391

Skylove 第1話

BlueGarudaさん

「俺は絶対に飛んでやる!あの大空を俺の力で・・・!」
ドライブは拳を天に突き上げ、心に強く誓ったのだった。
そんなドライブに従う一頭のドラゴン・ラグーン。
『食への欲求は本能だ。仕方あるまい』食欲(特に高級ジャーキー)に忠実で、心強いパートナー。
二人(+そのほか色んな人々)が織り成すコメディ&シリアスファンタジー。

2008-07-23 21:42:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:745   閲覧ユーザー数:703

第1話 風と出会った少年

 

暗く、深い森の中。雲の切れ間からのぞくわずかな光だけが頼りだった。

そこは誰も立ち寄らない森。危険なモンスターたちが夜を飾る危険な場所。近くの住人でも決して立ち入らない森である。

今夜も、冷たく、緊張が張りつめられた森の中。

しかし、一つだけ違ったのは――――――

『お主は誰か。我が命を狙うものか」

誰もいないはずの森で、かすかに声が聞こえる。低い、くぐもった重い声。

「違う・・・僕は・・・・・・・・・」

しかし、もう一方の声は対照的に幼く、高い声だった。姿を見ずとも、それが幼い子供であると推測できる。

その幼い子供―――――まだあどけない表情の少年は、目の前の光景に立ち尽くしていた。

釘付けの視線の先には重い声の主がいた。

地に伏し、鮮血に汚れた巨大なドラゴンが。動けないでいるのか、頭だけをもたげ、少年を見下ろしている。

『では何用か。小さなお前が私に何が出来る?』

「・・・・・・」

ドラゴンが問う。しかし、少年は答えなかった。

月の明かりがわずかに強くなる。それと同時に、ドラゴンをほんの少し明るく照らし出した。

先ほどよりもはっきりと見えるその惨劇に少年は息を呑んだ。

美しい青緑のうろこは、赤い血で染められ、そして、大きな口の大きな牙には鮮血が滴っていたのだ。

大空を羽ばたいていたであろう翼は無残にも釘で地面に打たれ、体には見たこともないほどの大きな鎖がそのドラゴンを封じていた。

地面も赤く染められ、小さなくぼみには血の池が出来ていた。

何故、こんな状態になっているのかはわからない。

その光景を目の当たりにして立ち尽くす少年。

本来ならばドラゴンを目の前にすぐに逃げ出すはずなのに、動こうとはしなかった。

「なんで、ここにいるの?どうしてそんなに血が出ているの?」

疑問に思っていることを口にする。無垢な眼差しを向ける少年に、ドラゴンは馬鹿にしたように鼻で笑った。

『竜狩りだよ・・・少年。我が翼は人間の打った巨大な矢によって貫かれた。不幸にも翼の付け根だ。それでも力を振り絞り、私は飛んだ・・・だが、ついに羽ばたく力を失った翼は、私を堅い地面に叩きつけたのだ・・・』

目をゆっくりと閉じてドラゴンは語った。

まるでその表情は人間のようだ。そもそもドラゴンといったモンスターはしゃべるのか?

恐怖を感じないわけではない。だが、この人語を解し、話す、このドラゴンに少しずつ興味が湧いてきたらしい。

恐怖心よりも、好奇心がこの少年を突き動かす。

『動けなくなった私を人間どもはいたぶった。うろこをはぎ、火で攻め、空の翼は大地に縛られた。ご丁寧に私が術を使えぬようにと封印の札まで貼っていきおったわ』

言われて気づく。ドラゴンの周囲には何枚かの紙が落ちていた。

手近な一枚を手に取ってみる。

『取るな少年。札をはぎ、封印の効果を解けば、お前が人間にやられる番ぞ』

ドラゴンはそういった。

札をはがされることを望んでいないのだろうか。

「でも、僕・・・」

死を覚悟しているドラゴンに、少年はしかられたような気がして困惑した。札を手に持ったままうつむく。

『ここにいても仕方なかろう。我はここで朽ちるのだ。そして大地に還る・・・大空を飛んだ我が地に帰るのもおかしなものだが、それも自然の摂理だ』

少年は黙っていた。

顔を上げ、ドラゴンの大きな瞳をじっと見て放さない。

「ねえ、これからどうするの?」

死を待つばかりのものに訊くようなことではないだろうと、そう思いつつも、ドラゴンは重い口を開いた。

『どうするだと?そうさな・・・・・・このままゆっくり目を閉じて、そのまま死を迎えることにする・・・。なに、一週間も放置されれば傷口から腐り落ちてやがて死ぬだろう』

なぜかやわらかくそう言う。

「どうして死ぬの?一人ぽっちで寂しくないの?」

『―――――― 少年よ。帰るがいい。家族があろう?おぬしを待っておるぞ』

一瞬の沈黙の後、答える。ドラゴンは懸命な少年をいとおしそうに見た。

「だってドラゴンが・・・」

『そう、我はドラゴンだ。人間などではない。強大な力を持ち、全ての生き物を恐怖に陥れる魔の使い。去れ、少年!ここはお前のいるべきところではない』

急に口調を戻す。ずしんとくる声の重みに、恐怖し、身震いする――――― はずだった。

「いやだよ・・・そんなの。悲しいよ・・・!」

叫ぶように言う。

「だめだよ、独りだなんて!」

驚いたのがドラゴンだ。閉じかけた目を見開く。

「ぜったい独りはだめなんだ!」

そう叫ぶと、少年はドラゴンの腹に近づいた。

――――――― 助けたい・・・このドラゴンを助けたい・・・!

恐怖心はもはや無かった。孤独で、死を待っているドラゴンがあまりにも可哀想だった。あまりにも悲しすぎた。

「僕、助けたいんだ!」

その言葉にドラゴンは目を細めた。

少年は涙と鼻水でぐずぐずになりながら、ドラゴンの力を封じているという封印の札を取り外す。

少年の行動をドラゴンは目で追っていた。

『残念ながら少年。おぬしでは我を助けることは出来ぬ。この傷はあまりにも深すぎる・・・』

札もはがれ、封印も解かれたというのに、ドラゴンは相変わらず死に前向きだった。それが少年に更なる行動を起こす。

「死んじゃだめなんだ!」

一番出血が激しい場所。不自然に肉が殺げている場所。

少年は何事かぶつぶつつぶやき、そして、両手のひらを傷に押し付けた。

ぐおぉぉぉぉぉっ!!!

激痛にドラゴンが咆哮する。大量の血に少年の手が染まり、腕を伝って服を紅くする。

「僕の力の全てをこのドラゴンに!!」

叫ぶと同時に手のひらから光が漏れる。

とても温かい光。どんな痛みもやわらげてくれるような優しい光。

その光がドラゴンの傷、全体を包み込んでいる。くすぐったいような、だが、久しくなかった心地よさに、ドラゴンは低くうなった。

少年はずっとそうしていた。そうしていれば、ドラゴンの傷はふさがっていくはずだから。

怪我が治ったら、このドラゴンは元気になって、また大空を飛ぶことが出来る。

無我夢中で手を傷口に押し当てる。ずいぶん長い間そうしていたように思えた。少年の体力と精神力が急速に奪われ、ドラゴンに注がれていく。

なのに・・・

「傷が・・・ふさがらない・・・」

ようやく手を放す。それと同時に光も潰えた。目を凝らして傷を見るも、まるで治っているようには見えない。

『おぬしの力では無理だ。諦めよ。おぬしにそこまでする義理は無かろう』

荒い息の少年にドラゴンが言い放つ。

『なにがそこまでお前を駆り立てる?』

「寂しいのは嫌だから・・・・・・」

『私を解放してどうする?』

「空を・・・・・・一緒に飛ぼう・・・。僕頑張って空を飛べるようになるから・・・だから、一緒に・・・・・・」

『共に、空を飛ぶ・・・?笑止!この我がお前などと共に空を飛ぶだと?人間ごときに軽々しくかようなことを言われるとは、我も堕ちたものだ!』

ドラゴンが嘲笑する。

『それとも何か?助けた恩に、我の翼を駆って、空を支配するのか?空は我が一族の聖域。人間などにやすやすと渡しはせん!』

なおも続けるドラゴンだが、少年は立ち上がり、もう一度手をかざした。

もう一度"術"を放って、傷をふさごうとしているようだ。

『やめよ、少年!おぬしが命を落とすぞ!術は精神力があってこそ。無理に力を発動すれば廃人になるぞ!』

慌てたように叫ぶ。しかし、当の本人は首を振って言うことを聞こうとはしなかった。

「空に返してあげるよ。・・・・・・僕は空を飛ぶことは出来ないけど、ドラゴンを空に返すことくらいはできるから」

笑みを浮かべて答えた。

「僕じゃだめだけど・・・・・・でも、これからは独りじゃないといいね。一緒に空を飛ぶ仲間が出来るといいね」

表情が真剣なものに変わる。一つ深呼吸をすると、再び術を発動した。

弱弱しい光が傷口をほんの少しだけ明るく照らし出す。

牙をむき出しにし、嘲け笑っていたドラゴンの表情が不意に変化した。

ひたむきな少年をじっと見つめる。

『・・・・・・人間とは実に酔狂なものだ。狩るものあれば助けるものもある。我には人間が何を考えているのかまったくわからんよ・・・』

笑うように言う。すると首をめいっぱい伸ばし、少年の服をつかんだ。そのまま自分の前に持って来ようと、思い切り引っ張る。

「うあっ」

力技でドラゴンの目の前に持っていかれた少年は驚いたようにドラゴンを見た。

相変わらず口からは血を流してはいるが、その表情は先ほどのまがまがしさはなかった。

『さて・・・少年よ。おぬしが今一番望んでいることは何か?』

「―――――― ドラゴンを空に返すこと・・・」

その答えにドラゴンは首を振った。

『もっと別なことだ。何が望みだ?』

「空を・・・大空を飛ぶ力が欲しい・・・!ドラゴンと一緒に飛べる力が!」

力強く答えた少年に、ドラゴンは満足そうにうなずいた。

『いいだろう、その望み、我が力を持って叶えよう!』

ぐおぉぉぉぉっ!

先ほどよりも大きく咆哮する。目を大きく見開き、地面に打ち付けられた翼に力を入れる。

バキッミシッ

不快音が響き渡る。そして、ドラゴンの体からはさらに赤い血が流れ出た。

ジャラッ

前足に力をいれ、体を起こす。ドラゴンを縛っていた大きな鎖が音を立ててしなった。

苦痛に歯を食いしばると、先ほどとは比べ物にならないくらいの血が地面に落ちた。

『少年よ。礼を言うぞ』

目の前で唖然としている少年にドラゴンが言う。

その目には生気があふれていた。死を覚悟していたドラゴンとは思えない力強さだ。

『我が、真の力を見せてやろう!』

言葉に反応するようにドラゴンの体全体が輝き始める。

カッ

その体が強い光を放ったその後・・・

「あ・・・」

何がなんだかわからない少年はしりもちをついたまま声を上げた。

音もなく崩れていく木の杭や大きな鎖。光に浸食されるように消えてなくなってしまった。

光が失われ、元の静けさが戻った時。ドラゴンは少年の目の前で巨大な翼を広げていた。

鮮血はまだ流れ出ている。けれど、それさえも美しいと思える威厳たる肢体。地面にはいつくばっていた姿とはまるで違う。

『封印の札さえ外れれば、拘束具など意味を持たぬわ』

締め付けられていた体を大きく伸ばす。そして大きな翼をたたんでしまった。

『命助けられた代償にしては小さいが―――――― 契約を交わそうぞ』

「契約・・・?」

『我が翼をおぬしが空を飛ぶ力となそう。我が翼を持って空を飛ぶが良い』

契約とはなんなのかよくわからないが、少年はうなずいた。

『恐れずともいい。我ら一族の契約は固い。何があろうとも我が力はおぬしのためにある。契約が切れるまで我が力を求めよ』

またよくわからないが、少年はうなずいた。

『――――――― 契約期間は、おぬしが自分の力で空を手に入れる・・・そのときまでだ』

 

 

そして、時は流れた。

 

 

「おっしゃぁっ!卒業~!!」

温かな風が優しく吹き行く春。一人の青年が大声を上げて町を走っていた。

手に黒い筒を持ち、赤にも似た色の髪を振り乱しながら細い路地を過ぎていく。軽やかに高い壁を乗り越えると、芝生の庭を横切り、今度は柵を飛び越えると石畳の階段を駆け上った。

やがて黒い門が見えてくる。門を開ければいいのに、青年はさらに勢いつけると、地面を強く蹴って門を飛び越えてしまった。

タンッ

慣れたように綺麗に着地すると、次のジャンプで玄関に到着した。

かなり乱れまくった髪を手で押さえつけると、もったいぶったように扉を開けた。

「ただいまっ!」

大きな声で言う。すると、家の奥からぱたぱたと急いでやってくる足音が聞こえた。

「ドライブ、お帰りなさい。おめでとう!」

たっぷりした長い髪を後ろでゆるく結んだ母親らしき女が、ドライブと呼ばれた青年を軽く抱きしめた。

続いて別の部屋からやってきた青年。鮮やかなグリーンの髪が目を引く。

「お帰りなさい。おめでとうございます」

嬉しそうに笑みを浮かべ、その青年は言った。

「ああ。お前のおかげだよ、ラグーン!」

この時期。まさに卒業シーズンだったのだ。今日、ようやく五年間の過程を経て、ドライブは術士の師範として与えられるライセンスを取得したのだ。

彼らが住んでいる国には術というものがあった。

術とは、己の頭の中の意思を意志力を持って制御、そして精神力を持って具現化するものである。

「ドライブ、久々に行きませんか?」

ラグーンに誘われ、ドライブはうなずいた。

「気をつけるのよ」

母親が広い庭先に出た二人に手を振る。

「ドライブ、いつものお願いします」

「オーケー!・・・ダークヘミスフィア!」

ドライブの声に反応して、ラグーンを包むように黒い半球の壁が出現した。

しばらくして・・・

バリンッ

その半球体を突き破るようにして広げられた大きな翼。鋭い歯がびっしり並んだ口を広げ、長い尻尾を振った。

ドラゴン――――――モンスターと呼ばれる生物の中で最頂点に君臨するといわれる獰猛なモンスター。知能が高く、口から高温のブレスを吐くという。通常ならば人間を襲う立場にあるのだが・・・

『乗れ、我が契約者・・・ドライブよ』

突如出現したドラゴンが威圧的な声で言う。黒い半球はなくなってしまったが、さっきその中に閉じ込められたあの青年の姿はない。

「いつも悪いな!」

慣れたようにドラゴンの背中にまたがる。

「じゃあ・・・いつもの場所へ頼むぜ、ラグーン!」

ドライブの声に、ドラゴンの巨大な翼は羽ばたき始めた。

ブォンッ

うなるような風の音の後、ドライブを乗せたドラゴン・・・ラグーンは天高く舞い上がったのだった。

町の上空を飛ぶラグーン。町に落ちたその巨大な影が過ぎていく。

「ほら、またドライブのやつだぜ」

一人が空を指差す。

「だな。いいよなあ、あいつは空を飛べてさ・・・」

もう一人がうらやましそうにつぶやいた。彼ら二人の手にも同じく黒い筒が握られている。

ドラゴンが過ぎていってしまったのを見届けると、二人ともどこかに行ってしまった。

 

 

あの衝撃的な出会いからだいぶ時がたっていた。

六歳だった少年も、今ではドラゴンを駆る立派な大人へと成長した。そして、契約を交わした緑のドラゴン。

彼はまだ契約を遂行していた。今も契約者、ドライブを乗せ、空を飛んでいる。

普段は丁寧語を話す人間の姿をしているが、ドラゴンに戻ればその口調は威圧的なものに変わり、ドラゴンとしての威厳を見せてくれる。

彼はドラゴンの中でも飛びぬけた飛行能力を持つ種族で、知能も戦闘能力も高い。

「だいぶ暖かくなったよなー。寒いからってお前嫌がってたけど、この時期なら飛び時だろ?」

背に乗って風を楽しんでいるドライブが言う。

『寒いのは好きではない。かといって暑いのも考え物だがな』

「わがままなやつー」

フォンッ

町をどんどん過ぎていく。やがて森ばかりの景色に変化が訪れた。

「やっほーっ!見えたぜー、海海~!」

視界のはるか向こうに見える青い筋にドライブが歓喜する。するとラグーンはため息をついた。

『おぬしいつまでたっても変わらぬな。少しは大人になったらどうだ?』

「余計なお世話だ!いいじゃないか別に。少年の心を持った大人ってそういないだろう?」

――――――――だから早く大人になれと忠告しておるのにこの人間は・・・

いつも思っていることだった。ラグーンはドライブを思って言っているつもりだが、本人は聞く耳持たないらしい。物事に一喜一憂し、そして後で疲れるのだ。

『海か・・・久しいな。ドライブ、ちゃんとつかまれよ』

そう言うと、ラグーンは大きな翼を大きく一振り。海に向かってスピードを上げたのだった。

やがて白い砂浜が見えた頃、ラグーンは降下を始めた。

そして、着地するかしないかというときにドライブは背中から勢いよく飛び降りた。

「到着!」

ざざっ

少し先で着地したラグーンが振り返り、ドライブを恨めしそうに見た。

「そう怒るなよ!俺だっていい加減着地上手くなったんだからさ」

『"猿も木から落ちる"という言葉を知っておるか?着地に失敗してみよ。それこそ大惨事だ。母殿にしかられるのは我なのだぞ!』

「小さい頃の話だろ?大丈夫だって・・・」

怒っているラグーンにドライブは笑いながら言った。

それはだいぶ昔のことだが、調子に乗ってラグーンの背中から飛び降りたドライブが着地に失敗し、骨折したことがあったのだ。

そのとき二人とも母親からこっぴどくしかられたのだが、ラグーンはそのことを根に持っているらしい。

相当怖かったのだろうか。

「ほら、これやるから」

そういってドライブが差し出したのは高級ジャーキーだった。

『うぐっ、そ、それは・・・!』

「ほーらほら、欲しいだろ~?これやるから今日のことは黙っとけ」

ちらつかせていたジャーキーをほいっと投げるとラグーンは見事にキャッチし、美味しそうに平らげてしまった。

高級ジャーキーはラグーンの弱点なのだ。

「綺麗な空だ・・・」

白い雲が漂う空を眺めていた時だ。一色の青の中にきらめく物体を発見する。

「飛空挺・・・」

つぶやくように言う。

『人間の飛び道具か』

ラグーンが面白くなさそうに言った。

「遊び道具でも何でもいいさ。でも、俺は絶対あの機体を手に入れる。そして、大空を制覇するんだ!お前の力じゃない、自分の力でこの空を飛んでやるんだ!」

握りこぶしを天に掲げて宣言する。

それがドライブの夢だった。

小さい頃から空にあこがれていた。ドライブの父親は航空会社に勤務していた。ようやく普及し始めた飛空挺の機長に抜擢された逸材。

『父殿もあの飛び道具に乗っておったのか?』

「ああ。それが俺の誇りだよ。だからいつか、俺も・・・」

遠めに見えていた飛空挺もどこかに消えてしまった。ようやく視線を海に戻す。

「なあ、ラグーン。空を飛ぶってどんな感じだ?」

思いがけない質問にラグーンは首をかしげた。

『・・・・・・風と会話しているような感じだ。この気流に乗ればさらに加速できる・・・とか、この風は危険だから乗ってはならないとか・・・風は様々な情報をくれる。我ら一族は風を操る種族だからな』

最後のほうを自慢げに言った。

「へぇ、"風の便り"とはよく言ったものだよな」

『うむ。人間にしては上手く表現した一句だ』

「俺もお前みたいに飛べたらいいんだけどな・・・」

『不可能ではないぞ』

「できるのか!?」

『術を使えば可能だ。飛行術というものがあろう?それならば自由に飛べるはずだ』

ラグーンの言葉にドライブはため息をついた。

「そんなの伝説のようなものじゃないか。いまどき飛行術を修得してるやつなんてどこにもいないよ」

『そうか?我はその飛行術を持った人間を見たことあるが・・・』

「昔の話だろ?お前いくつだよ」

落胆したように座り込むと指で砂浜に落書きを始めた。

『おぬし、少しは字を綺麗に書いてはどうだ?そんなミミズでは読めぬぞ』

「ドラゴンに言われたくないよ!」

覗き込んだラグーンにドライブは叫んだ。そして、すねたようにラグーンに背を向けて再び地面に落書きを始めた。

『すねることなかろうに・・・』

ラグーンは照りつける太陽をまぶしそうに見た。まだ春先だが、照りつける太陽は暑い。

ラグーンはドライブから少し離れると、前足と後ろ足を使って砂浜を掘り始めた。少し掘ったところで、ラグーンは腹を押し付けるようにその場に伏せた。

「お前、何やってるんだ?」

ラグーンの行動に気づいたドライブが怪しいものを見るような目で訊く。

『腹が暑いのだ。砂浜に照りつける太陽が反射してな・・・おぬしらのように服を着ていないから妨げるものがないのだ』

気持ちよさそうに翼を広げて寝そべっている。

「人間に戻れば?」

『人間は汗をかくからこのままでよい・・・。それに戻るのではない、人間に変身するのだ・・・』

そういうと、うとうとしてきたのかそのまま目を閉じてしまった。

「寝ちゃったよ・・・」

ドライブは立ち上がるとその辺に落ちていた木の棒をつかんで地面に何か書き始めた。

寝そべっているラグーンを取り囲むように円を書く。そして、その中に描けるだけ縦と横に線を引っ張っていく。仕上げに円の外側に"取って"を描いた。

「ドラゴンの網焼き」

ぼそっとつぶやく。

『・・・・・・・・』

しかし、反応してくれるはずの唯一のドラゴンも気づいてはくれなかった。

―――――――少しは大人になったらどうだ?

先ほどのラグーンの言葉が頭に響く。

「わかってるよ、俺だって」

ふてた様にボソッと言う。ラグーンの頭の横に座り、なでてやる。

「お前も、俺に束縛されて可哀想なやつだよな」

このドラゴン、ラグーンはドライブがどこに行っても着いてきた。着いて来るなと言っても"契約者だから"といって聞かなかった。

修学旅行にも飛んでついてきたくらいだ。おかげで周囲には"ドライブはラグーンとセット"というように認知されている。学校の先生さえ、ラグーンがついてくるのを許可したのだ。

この町の人間にはドラゴンという存在がとても興味深く思えたのかもしれない。

「でも、俺は絶対にお前を自由にしてやるよ」

ぽんっと、ラグーンの頭を一つ叩いて立ち上がる。

「俺は絶対に飛んでやる!あの大空を俺の力で・・・!」

もう一度こぶしを突き上げ、ドライブは何よりも強い意志で叫んだのだった。

 


 
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