まだ熱が全身に帯びている。馬騰を筆頭に凄まじい勢いをみせた西涼の騎馬隊との一戦によるものだ。馬騰と韓遂の一撃、一撃がまだ脳裏に焼き付いている。あれは化け物だ。思い出すだけで身震いする。
「その二人に勝ったお前は大魔王様か?」
敗北者とは思えないほどに馬騰は嬉しそうに笑った。
「あくまで軍隊同士での勝利さ。あのまま手合せしていたら俺が負けていたさ」
ぎりぎりの攻防だった。西涼軍の兵士は確かに一人ひとりの力は精強だが、戦はそれだけ勝敗は決まらない。兵を纏められる指揮官に戦略を組み立てる軍師、そしてそれに答えられる兵士たち。三位一体で初めて軍として機能する。明軍には俺と壬に七乃と紅。バランスが良い編成となっている。
西涼軍は特化した軍師は存在しない。これまでは馬騰や韓遂の歴戦の経験で補っていた。馬超と馬岱、そして鳳徳はまだ若くそこまでの経験がない。自分の軍を指揮するだけで手一杯だった。それを瞬時に見抜いた七乃と紅は俺に馬騰と韓遂を引き付けるように命令を下した。その隙に壬が大黒柱をなくした西涼軍を攻めたのだ。
「それで同盟の件は?」
「受けよう。こちらとしても異民族の侵略には手を焼いていたところでな、猫の手を借りたいほどに切羽詰まっている」
「そこまで激しいのか?」
「個々の戦闘能力が高い上に数が多い」
力のある人海戦術ということか。確かにたちが悪い。大陸の太平も大事だが、今後の憂いを無くすには異民族の侵攻を防ぐ手も考えるべきか。やることが多すぎる。
「それより貴殿の命は蝕まれているのか?」
「いつから気づいていた?」
「貴殿と手合せしたときに。たまに動きが鈍くなるときがあったゆえにな」
あの緊迫した戦況の中で感じ取るか。大した洞察力だよ、本当に。
同盟は手筈通りの条件で交わされた。余談だが今回の戦で自分の無力に気付いた馬超と馬岱は武者修行の旅で出たらしい。異民族を抑える勢力が弱まるのは心配だが、あの三人でも十分に防衛は可能だろう。
明国に帰還した俺は自室で休息していた。五感の感度を確認する為、いろいろと動作する。視界はぼやけ、鳥の囀りも遠くに聞こえる。筆を握るが感覚が軽い。先ほど食堂から持ち出してきた調味料の味見と匂いを嗅ぐ。激辛とうがらしに何の違和感を覚えない。
「五感のほとんどが機能停止に近いか………。時期尚早だが、段階を速める必要がありそうだな」
背を椅子に預けて頭で描いていた未来図を縮小させていった。
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終息への道へと進みだす翡翠