6日目、昼
蜀の軍勢は無事魏の軍が陣取っている黄河辺りまで辿り着いた。
「…お待ちしておりました」
「………<<パクパクっ>>」
先頭部隊をして来た馬騰と馬超、馬岱を迎えたのは、陣に残っていた唯一の将、紗江と彼女と一緒に彼女の策を築きあげていた鳳統であった。
「……さ…さえ…か」
「お久しぶりです、馬騰さま」
「紗江!!」
紗江を見た瞬間、馬騰は人目を考えず彼女を押し倒した。
押し倒したと言っても、いやらしい意味ではなく、単に力が入りすぎて傷を負っていた紗江の支えが保たなかっただけである。
「あわわ!」
「ちょっ、お母様!」
「叔母様!」
「紗江……儂…儂は……」
「分かっております……少女のことをいつも可愛がってくださってありがとうございました」
「何をいう……儂は…結局お主を守ることが出来なかったのじゃぞ」
「…それは…誰にもできないことでした。それが、少女に定められていた天命というものです」
「…そんな……いや、そんなことはいい!妖とて構わん。こうやってまたお主に触れることが出来たのじゃ。もう二度と放すつもりはおらぬぞ!」
「……大変困ってしまいますが…取り敢えず、人様の目が熱いので少し離れてくださいませ」
「いやじゃ!」
意地を張ってみる馬騰だったが、それ以上我慢出来なかった娘と姪子の手に引きずられてようやく紗江のことを放してくれた。
「皆さん、良く来てくれました。残念ながら、今お迎えができるのが少女一人しかいない状態です。曹操さまや、雛ちゃんと一緒に来てくれた秋蘭さん、流琉ちゃんたちも皆戦線に向かわれました」
「仕方ないだろうな。今まで少ない数で五胡の軍勢を止めていたわけだから…」
「…恐縮ながら……あの、馬超さんでしたね」
彼女もまた五丈原の出来事以来初めてあっていたため、少し緊張せざるを得なかった紗江だったが、馬超の顔は思ったよりも清々しかった。
「ああ…母様から話は大体聞いているよ。あたしも司馬懿のことは昔から聞いていたけど、まさかあれほどとは思っていなかったよ」
「……申し訳ありませんでした」
「いいよ、戦いで負けたのはこっちが悪かったのだから……主に母様が」
「なんじゃと!」
「だって一人で軍ほっといて突っ走ったのは本当だろ!」
「そうだよ!蒲公英はあの時火傷して大変だったんだからね
「うぐぅっ、そ、それは……!」
五丈原での時の記憶を蘇らせながら話合う馬の一家だったが、状況は一刻を競う時だった。
「皆さんにいいお知らせがあります。死から蘇ってここにいるのは、少女一人だけではありません」
「何?」
「どういう意味じゃ」
「五丈原で亡くなられた、皆さんの仲間たちの英霊が西涼の地を取り戻すために戦ってくださっています。現在韓遂さんの指揮で動いてくれてますが、皆さんが加勢すれば更に勢いを増すでしょう」
「………紗江、それは本当か?」
「はい」
「…では…韓遂も生きていると」
「はい…ただ、少女と同様、彼らも元々は死んだ人たち。この戦いが終われば元いた場所に戻らなければなりません」
「……そうか」
旧友をまた会えるという嬉しさで輝いていたその目が少し眩むのもほんの一瞬、馬騰は後の二人を見て言った。
「翠、蒲公英、儂らも直ぐに前線に向かうぞ」
「えぇー!ここまで来るのだけでも疲れたのにー!ちょっと休んでいこうよ」
「弱音を吐くんじゃないよ、蒲公英。西涼の民たちがこの時でも苦しんでいる。一刻も早くあたしたちの地を取り戻さなければ…」
「よう言うた、翠!それでこそ儂の娘よ!」
「……あぁー、もう嫌だ、この脳筋親子!」
心のそこからそう叫ぶ蒲公英だったが、そんな蒲公英の絶叫にも構わず、翠は彼女の襟を引きずって馬の方へ向かう。
「うわぁー…このまま一人で死ぬわけにはいかない!」
「あわわっ!さ、紗江お姉さま、助けてくださいー!」
そんな蒲公英もまた、鳳統の腕を掴んで引っ張った。
馬一家のやりとりを面白そうに見ていた鳳統は、いきなりのことに慌てながら、紗江の方へ助けを求めた。
が、
「頑張ってくださいね、鳳雛」
「あわわー!」
「稟さんだけではあの騎馬隊が全部手に負えませんからね。稟さんと雛里ちゃんならきっといい組み合わせができますわ」
「ひぃー!!」
そんな鳳統を清い顔で手を軽く振りながら送る紗江の姿に裏切られたような気持ちに陥りながら、また馬の上で散々苦労しなければいけないのかと、鳳統は自分が軍師であることを初めて後悔するのであった。
「もう馬は嫌です!せめて後で朱里ちゃんたちと一緖に行かせてください」
「何を言う、鳳士元よ。孔明もお主が前線で一人で活躍する姿を見たいはずじゃ。たまには後であわわがっていないでしゃんとしれ!」
「あわわーあわわーあわわー!!!」
バタバタしながら引きずられて行くその姿を見ればきっと一刀やそれとも結以辺りでもいたら助けてくれただろうけど、残念ながら
「いってらっしゃーい、雛里ちゃん」
今日の紗江は鬼軍師だった。
「あわわーーーー!!!」
馬騰さんが行きます。
敢えてこっちの方を振り向かないところは華琳さまのように強気な方なのが分かります。
だけど、これでいいのです。くだくだ無駄話をしていたところで変わることはありませんから……
「……さて、少女は……」
ガガッ!
「っ!」
腕が……
トスッ
「……あ」
一瞬、何が起こったのかわかりませんでした。
毒矢に打たれたところから変な音がすると思ったら、次の瞬間右腕が地面に落ちていました。
腕があるべき場所には何もありません。
「………」
そっと落ちたその腕を持ち上げてみたら、肩になるところが空っぽになっています。
まるで中に何も入っていない土人形みたいに……
「…なるほど、そういうことですか」
そうですね。灰になった少女の身体がまた戻ってきたはずはないものです。
あの女の人が言っていたのはこういう意味だったのでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「弓隊!夏侯惇隊が引いたところに斉射します!敵は妖術で動く人形!恐れることは何もありません!」
「弓隊、斉射ー!!」
サシュッ!!
副官の復唱と共に何千の矢が丘の下の五胡の軍勢に注がれます。
「…とはいえ、土人形である方が戦うにはよりたちがわるいですね」
人形の彼らは矢に打たれても足だけ健在なら進むことを止めません。普通の人なら痛みで転がったり倒れるはずが、この痛みを知らない人形たちは戦うことしか頭に入っていません」
「だけど、それ故に五胡の軍勢が黄河を渡れず、その速度を失っているところをこうして攻め立てることができるわけですが…それもこの数の暴力でいつまで立つか分かりません。何かもっと効率の良い戦い方を見つけなければなりませんね……」
――あなたですね、わたくしめの可愛い人形たちを虐めているのは…
「!」
サシュッ!
「うっ!」
空中から女の声がするかと思ったら、その次の瞬間、どこから来たのか分からない矢が、私の肩を貫きました。
「司馬懿将軍!」
「っ……少女は……大丈夫です」
副官がその場に座った少女を見ましたが、不思議です。
痛みは感じないです。だけど……なんでしょう。この気持ち悪さは…何かが身体の中から出て行くような喪失感。
「直ぐに手当を……なっ!」
「どうしたんですか?」
「矢が……ありません」
「え?」
肩を見ると、本当に肩を貫いたはずの矢が見当たりません。
――呪いはその身体に確かに染み付かれましたわ。一日も経てば…あなたを守っていた左慈の加護もお仕舞いです。
また先の女の声が聞こえました。
「誰ですか!姿を現せなさい!」
――傀儡に見せる姿などありませんわ。この外史に存在しては行けなかった存在であるあなたなら尚更でしょう。
「何を……」
――司馬仲達、あなたはここに居てはならない存在……そんなあなたを何度も利用した左慈は今その罰を受けていますわ。その身体を粉々にされ、人の姿も保てないまま自分のことを考えずに居る。全てあなたたちのせいです。わたくしめはそんなあなたたちを絶対に許しませんわ。
「………」
――あなたたちが皆消えてしまえば……きっと左慈も絶望し、諦め、わたくしめのことを振り向いてくれるはず。あなたたちには皆この地にて死を迎えるのです!
「…いいえ、少女たちは…負けませんわ。左慈さんも諦めません。この地の民たちの幸せを望むあの子が居る限りは……」
――……そう、あなたの通りですね。だからこそ、あなたのその傷が、あの天の御使いを誘う材料となるでしょう。
「!!」
今の一刀君はとても危うい状況。身近にいる少女が戦いにて負傷したと知れば……!
――既にこの外史の人ではないあなたならわたくしめの手でも殺せますが……なぁに、殺すことより傷を背負った方が、人の怒りをもっと沸かせることができますからね
「あなたは……一体何者ですか」
――ふふふふっ……
妖艶な笑いをしながら、女の声が消えていきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結局、あの女の思惑通りになったのでしょうか。
「……ですが、それこそ左慈さんが狙っていたこと…少女に出来ることは全て成し遂げました。ただひとつだけ、惜しむことがあるとすれば…」
朱里…
あの娘に会えないままこの地を去ることになってしまいました。
せっかくここまで来ましたから…あの娘に謝っておきたかったです。励ましてあげたかったです。
だけど、それができないのなら、それもまた少女の天命でしょう。
「死んだ者にも、まだ天が関わっていればの話ですが……」
「ーーもうしあげます!!」
!
いけませんね。今ここに居る将は少女一人。
最後の最後まで任じられたことをしなければ……
「何事です?蜀本隊が来るにはまだ時間が……」
急いで落ちた腕を隠して伝令に話しました。
「そ、それが……長安から、孫呉の牙門旗が見えてくるとの伝令です!」
「!!!」
ゾクッ…
早い。
いや、というかどうやって今ここに……
蜀の五胡軍が片付いたから孫呉も概ね終わっただろうとは思っていましたが、位置関係を考えると早くてもまだ長江を渡って中原に来ている頃。
何故こんなにも早く……まさか!
「……ふふふっ、まったく、少女の読みが外れるだなんて…こんなのは初めてです」
「司馬懿さま?」
思わず微笑んでしまいます。
面白い方ですね。孫策さんは……
長安、孫呉軍
長安城の前、孫呉軍の大将、孫権は長安に出した伝令が帰ってくるのを待ちながら兵たちを休ませていた。
「蓮華さま」
「思春」
伝令に行っていた甘寧が戻ってきて、孫権の前に膝ま付いた。
「……長安から迎えの者が来ているようですが、如何いたしましょうか」
「そんなのんびりしている暇はなかろう。道だけ開いてもらって、このまま進軍を続ける」
「御意」
「……冥琳」
「なんでしょうか、蓮華さま」
「軍の士気はどう?」
孫権の横に立っていた周瑜は軽く呆れた顔をしながら答えた。
「まだ高ぶっている連中も多いようで…このまま戦場に向かっても構わないでしょう。何せ、孫呉の歴史に延々に残りそうな経験をしたのですから……」
「そうね……まさか、姉さまが来るなんてね」
時間は遡り、孫策が呉郡に来た日。
「( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \ーーー!!×2」
「策殿!少し落ち着いて行かぬか!」
「嫌よ、だって早く皆に会いたいんだもの」
「鈴々も早く暴れるのだー!」
「…儂なら緊張するぞ」
「え?」
相変わらずハイテンションで進軍し続けていた孫策と黄蓋、そして
「姉さま!」
その時、
「…!蓮華ー!」
そこに孫権の姿がいた。
孫策が立っているその姿を見た瞬間、姉上を呼ぶ孫権の目はそのサファイアのような瞳を更に輝かせようかのように潤っていた。
「姉さまー!」
「……蓮華」
「……姉さま……」
妹の前に来た孫策は、何も言えないまま涙がこぼれそうな子猫のような目で何もせず自分を見ている孫権をただ見ていた。
感情が溢れでて目の前の姉を抱きしめることも思うがままできない孫権であったが、ガタガタと震えるその手で孫策を抱きしめた。
「姉さま……雪蓮姉さま……」
「……元気にしてた?蓮華」
「うぅぅ………」
抱かれたまま立っている雪蓮の目に孫権の後に立っていた自分の旧友、周瑜の姿が映った。
「冥琳」
「……幽霊ではないようだな」
「ええ、……まあそう違わないかもしれないけどね」
「どうしてお前がここに居るんだ。そして、あの兵たちは……」
「皆孫呉の兵よ。私と一緖にあなたたちを助けるために、あの世から戻ってきたわ」
「……ふっ、こんな馬鹿なことが…」
「本当にね。でも、本当のことなのよ。これもあの子のおかげね」
「あの子とは……」
「一刀君よ。あの子を助けるためだけに、私とここの皆を死から蘇らせた奴が居るわ」
「軍師としては何もかも信じられないことばかりだが……取り敢えず、一発ぐらい殴らせてもらおう」
「やーね、冥琳ったら、せっかく会えた友たちを殴ろうだなんてそんな物騒なことするわけ<<ペチッ>>痛い!本当に白虎九尾で叩かないでよ!」
鞭に頭を打たれた孫策は痛い顔をするが、衝撃で閉じた目を開けた時は、周瑜はもう白虎九尾を捨てて既に孫策を抱きしめていた孫権の横にきて彼女に抱きついていた。
「いつもお前はこんな風に……勝手に行ってはまた勝手に戻ってくるか……」
「冥琳……」
「……会いたかったわ、雪蓮」
「……私はいつも見ていたけどね。最近頑張りすぎよ、冥琳。いくら早く私に会いに来たくても、蓮華を置いて無責任にあの世に来たら許さないんだからね」
「………」
周瑜もまた、孫策の言葉に答えず、そう彼女をしがみついていた。
彼女に会えたのは良いが、一度死んだ人だ。また戻るということを知っているから彼女の言う言葉に答えることがあまりにも怖かったのだろう。このまままた、友が、姉が行ってしまう姿を見なければいけないってことが二人にもとても悲しかった。
「ちょっと、本当に孫策が復活してるじゃない」
後に着いてきた桂花たちは孫策と孫権、周瑜が互いを抱きしめているのを見てビックリしていた。
「一体どういうことでしょう。何かの妖術にでもかかっているみたいです」
「まぁ、逆にそう思った方が考え易いでしょうねー。でも、これはとても良いことなのですよ」
「ええ、たしかに、妖であれなんであれ、孫策の存在があるということは、孫呉の兵たちには凄い力になるでしょうから」
「そして、ほら、季衣ちゃん、後」
「ほえ?うわっ!」
一番後に居た季衣が驚きながら彼女にぶつかりそうだった、また桃色の髪をした女の子を避ける。
「雪蓮姉さまー!」
「小蓮!」
「姉さまー……うわあああん!」
「もう泣かないの。よしよしー」
そして、孫尚香に続いて、遅れてきた陸遜や呂蒙たちも孫策の前に立つ。
「雪蓮さま……」「雪蓮さまー!」
「穏と亞莎も元気してた?ああ、これ以上は定員超過だから、これ以上抱きつかないでほしいわね」
「えー、酷いです!私も幽霊に触ってみたりしたいですよー」
「いえ、穏さま、それはちょっと違う気が……」
ここに居ない、五胡軍の後にて越軍と一緖に五胡と戦っている思春と明命を除いた呉の全将が、孫策の帰還に涙を流していた。
「これが孫策さんの力というものですね……」
「…………」
桂花や他の二人も風の言葉には同意見だったが、何もいう言葉はなかった。
何せその孫策が死ぬ原因を作ってしまったのは自分たちの軍だったのだから。
孫策が孫呉を助けに来たことは、逆に言うと自分たちが危うい立場に置かれてしまう可能性もあったのだ。
「ねぇ、あなたたち」
「!!」
「はいっ!」
孫策に呼ばれてびっくりする桂花たちだったが、孫策は構わず竹簡ひとつを出して彼女たちに投げた。
投げられた竹簡は正確に手を伸ばしていた風の手に落ちる。
「…これはなんですか?」
「読んでみなさい」
「………」
風はその竹簡を読んで目を鋭くする。
「何と書かれてるの?」
「……『皆の幸せを守ってあげて』と書いてますね…この文字は一刀君のものです」
「何故一刀が書いた書簡をあなたが……」
「陳留であの子に渡されたのよ。あなたたちに見せてあげてって」
「一刀にあったのですか?」
「ええ、良い子だったわ。とても。だけど、だからこそ側に誰かが居てくれないと、きっと壊れるわ、あの子」
「「「!!」」」
一刀のことを言われた魏の四人は嫌な予感がよぎった。
特に風は…
「……風たちがここに残ることにしたのは、間違いかもしれませんね。一刀君を探しに戻るべきだったのかもしれません」
「そうね…でも、今からも遅くないわよ」
「む?」
「……蓮華、冥琳」
「雪蓮?」「姉さま?」
二人の顔を見ながら、雪蓮は微笑みながら言った。
「彼女たちを連れてこのまま長安に行きなさい。ここは私だけ居れば十分よ」
「姉さま!?」
孫権は驚く。
死んだと思った姉に会った喜びもあっという間で、このまままた別れるというのはあんまりだ。
「私は元々ここにいてはいけないのよ。なのにここに来たのは、あなたたちを長安に行かせるためよ。だから…」
「嫌です!」
「蓮華…」
「あの時…私は何もできませんでした……こうしてまた会えたというのに…こんな風に別れるなんて嫌です。せめて最後まで姉さまと一緖に戦うぐらいは…させてくれても良いではありませんか!」
「……雪蓮」
姉に訴える孫権に、周瑜が声を出した。
「こっちの状況は分かっているのか?敵は30万の大軍だ」
「こっちもそれぐらいはあるわ。ここがどこだと思っているのよ。孫呉の英霊なんてありったけあるわよ。あの後を見なさい」
孫策の後に広がれているのは、孫呉の散った英霊たちの姿たちだった。
彼らこそ孫呉の名高さを築き上げた勇者たち。
孫呉の地にて、彼らに逆らえる者なんて居ない。
「だから、こっちは私たちに任せて、冥琳たちは西涼に行って頂戴。あっちで一刀君と曹操たちが苦戦しているから」
「………ほんとに、一人で大丈夫なのか」
「ええ、ていうか、あなたたちが行ってくれないと私もうここに居られないわよ。その条件でここに居るのだからね」
「………そうか。分かった」
「冥琳!」
あっさりと頷く周瑜を見て孫権は怒鳴ってみるも、
「彼女が良しといっているのです。なら、私としては一番効率がある方法で動かなければなりません」
「なら、ここで姉さまと一緖に戦って一刻も早く奴らを蹴散らした方が……」
「それじゃ間に合わないわ。その前に曹操の軍が負けてしまう」
孫策はきっぱり言い切る。
「だから、私があいつらと戦っているうちに、あなたたちは一刻も早く西涼を目指しなさい。あなたたちと、蜀の劉備が行ってくれなければ、曹操はあっという間に崩されて、五胡の軍がこの大陸を占めるでしょう」
「………本当に、ここでお別れしなければならないのですか?」
「……ごめんなさい。死んだくせに、またあなたの前に来て心を煩わせてしまって」
「そんなことはありません!!」
孫策の言葉に孫権は激しく否定するも、その声には悔しさが滲み出てしまう。
「……蓮華、あの子を見たの?」
「……一刀ですか?はい」
「どう思う?あの子のことを……」
「…無邪気な子です。とても…戦いとは似合わない優しい子でした」
「そう……あの子が今戦おうとしているわ」
「!」
「人を殺すなんてしたこともない無邪気な子よ。なのに曹操を守るためと、この大陸の人たちの平和のためと今自分を殺すことを決めてしまった。あの子を知ってるなら誰もがあの子を止めようとするわ」
「………それは…」
「だから、あなたもあの子を守ってあげなさい。大陸で生まれた人たちよりもこの大陸の人たちの平和と幸せを求めたあの子が壊れるはめになっては、私たちに幸せになる資格なんてないわ」
「………」
「………姉さま…」
せっかく会えた姉上の姿を、見たのは本の数時間。
その後一日を準備をした後、そのまま西涼へと出陣して今に至る。
今頃、孫策は一人で五胡の軍勢と戦いを広げていることだろう。
「蓮華さま、大丈夫ですか」
「うん?…あ」
冥琳に言われて、蓮華は握り締めていた拳から血が出てくるのを気づいた。
「…雪蓮をあのまま置いてきたことを後悔しますか?」
「……しないと言ったら嘘になるな…でも、もう取り消すことはできない」
「西涼で戦っている将の中で司馬懿という将から伝令が来ました。蜀からも今日の夜頃には本隊が着くそうです」
「そう……うん?司馬懿だと?」
「ええ、荀彧たちが居ていた、彼女です。恐らく、雪蓮と同じようなことでしょう」
「…死んだ者たちが蘇るなんて……この世ももう終わるのかしらね」
「それでは困ります。私たちの世界はここからもっと良くならなければなりませんから」
「……そうね」
もっといい世を。
民たちがもっともっと幸せになれる孫呉、この大陸のために…
今は戦う。
「全軍に告げろ。このまま休まず進軍を続ける。蜀軍よりも早く長安に着くぞ」
「御意」
そして、桂花たちは長安城に到着した孫呉軍が出発する前に何か残っているものがないかと探していた。
「……ないわね」
「桂花ちゃん、何かおかしいところでもありましたか?」
「ないわ。西涼に付いての資料が何ひとつ残っていない」
「うむ…まぁ、先に持っていったのかも知れませんね。別に気にすることはないかと思いますけど……」
陳留にて、置いてきた宝譿をまた頭に付けて完全体になった風が飴をなめながら言った。
「だからって、全て持っていくなんておかしいわ。普段は必要な重要な資料いくつか持っていくだけだし、長安城の資料はかなりの量だからそうバカバカしくもって行けないわよ」
「ふむ……何かあって必要になったのでしょうかね。細かい資料たちが…」
「何のために……稟ならその辺りの地形なんて知っているからそんなの要らないわ…となると、この資料を持っていったのは紗江、あのこよ」
「………紗江ちゃんのことになると、またまた奥深い理由がありそうですね」
「彼女なら尚更よ。前に見た時なんか、あいつの頭の中には大陸の地形なんて細かいところまで全て頭に入れていたわ。どうしてそんな資料が必要だったのかしら」
「…資料が必要な理由はひとつだけですよ」
「何?」
紗江の考えが読めなかった桂花の前にあっさりした顔で風は言った。
「わからないものがあったから見るものではありませんか。資料とは」
「分からないものがあったから……それは当たり前だけど……一体何が知らなくて……」
「その地域の資料というものは地形だけではありません。日頃の細かい気候や水並み。天文についての資料…それに、ここに五胡の地の資料が残っているのは西涼が持って行かれた今ここしかありませんし、ありったけ掻いて行ったとしてもそうおかしくはないでしょう」
「五胡……の資料?」
桂花の目が光る。
「何で五胡の資料が要るの?押し返すだけなら五胡の地まで入らなくても構わないはずよ。ということは…」
「紗江さんはどうやら敵を押し返すだけでなく、五胡を完全に潰すことを考えているようですね」
「そこまでする理由があるの?こっちの被害も既に相当なもののはず……」
二人は沈黙する。
情報が少ない。これ以上論理を進めることができなかった。
「駄目、これだけじゃ情報が足りないわ。早く紗江に会わなければ話がまとまらない」
「そうですね。そろそろ戻りましょう。孫権さんたちもすぐに出立する様子でしたし」
「ええ……」
二人はまだ知らない。
二人が着く頃には、紗江はもうそこには居ないということを。
そして、ここで二人が彼女の意図をキャッチし切れなかったことが、華琳や一刀を窮地を追いつくということを……。
進軍中の蜀軍
「朱里、西涼から伝令が来てお前にこれを……」
「あ、愛紗さん、何の内容ですか?」
「分からん」
「……みていないんですか?」
「見ても分からないのだ」
「……はい?」
取り敢えず見てみろ、と関羽は孔明に書簡を渡した。
孔明はそれをもらって書簡を開いてみる。
「……あ、これは……」
「文章がまったく咬み合わない。一体何のつもりなのだ?」
「………」
「朱里?」
書簡を見た孔明の顔が歪むのを見て、関羽はおかしいということに気づいた。
「どうしたのだ?」
「……これは、昔、私と雛里ちゃんが水鏡女学院に居た時に教えてもらった暗号文です」
「暗号文?」
「はい、他の人たちには分からないよう、互いに約束しておいた規則じゃないと読めないようした文章。そしてこれは、水鏡学院では結構有名でよく使われていたものです」
「で、なんと書いてあるのだ?」
「………『後は任せました、朱里』」
「は?」
「……………嘘」
孔明の顔が真っ青になる。
「朱里?」
「愛紗さん、あの、私、今すぐ長安に行きたいです。軍と一緖に動いている暇がありません!」
「は?」
「急用なんです!早く行かないと間に合わないかも知れません!」
「いや、雛里も居ないのに朱里まで行ってしまったら…」
「そんなの詠さんに任せればいいです!それより、早く…!」
「わ、わかった。わかったからそんなに焦るな!」
「………夜風って、こんなに寒いのですね」
ガガガーっ
「……っ…左慈さん、少女にまた何かさせたいことがあったのですか?それでしたら御免なさい。少女はもうここまでのようです。最後まで見届けられなくて申し訳ありません」
ガガッ
「朱里、後は任せましたわよ。雛里と一緖に頑張ってください。あなたたちは、少女が誇りにするかわいい後輩たちですから」
………
ズササーー
・・・
・・
・
五胡との戦い七日目の朝、
五胡の軍の本拠地。
その真ん中には、誰もが気づかない、五胡族の自分たちも気づかない、自分たちの総司令部があった。
「昨夜の撤退を装った奇襲は如何でしたの?」
「魏の郭嘉と蜀の鳳統が居て致命傷は防いだようだが……この調子だと、やはり司馬懿が居ない限りは戦線を保つことは難しかったのでしょうね」
于吉が座っている椅子の前のテーブルには、象棋盤ほどの小さな木版に大陸の地図が細かく描かれていて、そこにまた小さな駒たちが散らばっていた。
その数は、黒い駒が西涼に集中していて、西涼で大勢の黒い駒を相手している蒼い駒と、灰色の駒と、緑の駒とが少し、後、長安から赤い駒たちと、緑色の駒たちが一つになって、西涼に向かって少しずつ動いている。
「あちらの被害はどれぐらいで?」
バサーっ
管路の問いに、于吉が西涼の地で黒い駒とぶつかっていた蒼い駒をひとつ指で触ると、一つ、二つ、駒が崩れて粉になっていった。
「魏の軍が約二割ぐらいの被害。左慈が蘇らせた西涼の騎馬隊と蜀から来た馬騰の部隊は馬騰の素早い判断によって大きな被害は避けたというところですね。こっちの被害もかなりのものですが……問題はないでしょう。」
「はぁ……魏の方々には失望するばかりですわね。少しした遊びにもなりませんわ」
「指揮をとっているのは私ですけどね」
「あら、敵の頭脳を撃ったのが誰かお忘れで?」
「彼女たちをあまり侮っては困りますよ、管路。今はまだ魏の将たちがバラバラになっていて、筆頭軍師の二人が不在、彼女らの被害が大きかったのは人手が不足していたせいです」
「ですが、その状況ももうすぐ終わり。その時には、彼女たちの本領を見せてもらわなければ、この賭け、わたくしめの勝ちか左慈の勝ちとは関係せず、大陸は滅亡するでしょう」
「…………」
「何か言いたいことでもあるのですか?」
「……あなたの策に口を挟めるほどえらいものではないつもりですが……」
自分のメガネの真ん中の部分を押してメガネをかけ直しながら于吉は言う。
「あなたらしくない賭けですね」
「賭け?何を勘違いしていらっしゃるのやら…」
管路は于吉の前のテーブルをタンと大きい音がするようにたたきながら言った。
「わたくしめがやることは常に計算し尽くされていることですわ。わたくしめの計算から外れることなんて、この世に存在しませんの」
「それはどうでしょうかね」
「……あなたの分際で、わたくしめの言葉に異議を唱えるつもりです?」
「まさか……ただ、これだけは聞いておきたいですね」
「彼を殺すつもりですか?」
「くっ!」
沈黙を破って、
「くふふふふふ……ははははははーっ!」
管路は笑い出す。
「ははーっ!さーて、どうしましょうか。『本人』に直接聞いてみましょうかね」
と言ったところで、管路が天幕のあるある方を見ると、
そこには一刀ちゃんが両手を縛られたまま床に座り込んで、焦点のない目で彼女をみつめていた。
「ねぇ、あなたはどう思いますか、御使いの坊ちゃん」
「………」
「死にたいですか?それとも、ずっとこの生地獄を見つづけたいですか?……ふふふっ」
「………」
「安心してください。殺したりはしませんわ。あの人との賭けはそういうものではありませんの。もっと苦しんで、悲しんで、絶望してから……それからでも遅くありませんわ……うふふふっ…」
・・・
・・
・
夢を見る。
ただ見続けている。
――……
――……と…
――かず……と…
華琳お姉ちゃん?
――……一刀……
匂い。
血の匂い。
悲鳴。
死にゆく人たちの喚き声。
光景
人だったものがあっちこっちに散らばっている。
みなければならなかったこと。
みたくないけど、見るしかできなかったその姿
だけど、これだけは……みたくなかった。
――……秋蘭お姉ちゃん?
そこに秋蘭お姉ちゃんが居た。
地面に倒れている秋蘭お姉ちゃん『だった』ものがそこに『あった』
秋蘭お姉ちゃんだけじゃない。
桂花お姉ちゃん、春蘭お姉ちゃん、
凪、沙和、真桜お姉ちゃん、
季衣、流琉お姉ちゃん、
霞お姉ちゃん、
風と稟お姉ちゃん……
そして、紗江お姉ちゃんも
皆……どうしちゃったの?
どうして皆…そんなところに倒れているの?
止めたはずなのに、
戦はなくなったはずだったのに。
どうして皆また……
戦場に来て……こんな姿に……
こんなことがどうしてまた………
――一刀……
!
華琳お姉ちゃん……
華琳お姉ちゃんが、生きていた。
誰もがなくなってしまったそこに、華琳お姉ちゃんだけが居た。
――一刀……
いつか見た夢。
避けようとしたその夢。
現実にしたくなかったその夢。
これはまたも夢。
それなら早く覚めたい。
夢なら、ここで終わるはず。
なのに、
ーー一刀……
終わらない
ーー目を覚まして……一刀!
夢は終わることを知らない。
ーー私を一人にしないで!
駄目、華琳お姉ちゃん……
ーー私を守って…
誰か、守ってあげて……
華琳お姉ちゃんを……
華琳お姉ちゃんは凄く強い人だけど、
実は凄く弱い人なの。
凄く寂しがり屋さんなの。
誰か守ってあげないと壊れてしまう。
本当は弱い人なの。
だから誰か……守ってあげて……
誰か……
……
――ふふふっ…
!
――もうお終いですわ。
あなたは……
――一刀……
駄目!華琳お姉ちゃん。
逃げて。
早く…!
ブスッ!
――……」
――うふふふっ…
華琳おねえちゃーーーん!!
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希望が与えられる時は気をつけなければなりません。