日の出がようやく顔を覗かせた早朝。
何の装飾もされていない衣服などが散らかっている部屋で荀諶は目覚めた。
いつもは吊り目な目蓋もトロンとして普段の彼女からは想像できないくらい愛らしく保護欲を駆り立てる愛玩動物並みの可愛さを露わにしていた。
寝巻きもふかふかで温かそうな動物寝巻き(犬)を着て、より一層可愛さを際立たせている。
まだ寝惚けた頭のまま寝台から降りてふらふらと歩こうとして、散らかっている衣服に躓いて盛大に転んだ。
「うぅ……いたい」
痛みでようやく覚醒してきた頭で次に何をしなければならないかを考える。
まず着替える。それから後が思いつかないが、とりあえず寝巻きを脱ぎ始めた。
もぞもぞと寝巻きを脱ぎ捨てて下着姿のまま部屋を右に左に見渡して自分の服を探し、それを手にして、ポンポンと埃を落としてから袖を通した。
部屋を見る限り荀諶は綺麗好きという訳ではないようだ。
荀諶は他人からの評価をそれほど気にしない女の子である。
特に男性、例を挙げるとすれば北郷一刀にどう思われようと構わないし、たとえ嫌われようともそれは彼女も望むところで、だらしなさを改める気などないのだ。
花も恥らう乙女がそのような事でいいのか、と言いたくなるが、女の子だという自覚が薄い荀諶にそれを望むのは高望みなのだろう。
しかし、最近になって大きな進歩があった。
「どこも変じゃない……わよね」
体全体が見える姿身の前でくるくる回りながら言った。
納得出来た様子で小さく頷いて部屋を後にする。
扉を開けるとひんやりとした空気が入ってきて思わず身震いをしてしまった。
朝日が出て間もない早朝は気温が低く、この寒さはいくら体験しても慣れるようなものではない。
「ったく、寒いわね……さっさと叩き起こそう」
身をすくめながら足早に歩き出し、隣の部屋の前で足を止める。
「北郷、起きてるでしょうね? 寝てたら承知しないわよ?」
いきなり部屋に乱入するのではなくまずは外から声をかけた。
以前は部屋に何も言わずに侵入して叩き起こしていたのだが、一刀も朝起きるのがだいぶ慣れてきて、荀諶が来る前に着替えておこうという時に部屋に入ってしまった事があった。
それ以来、まずは外から確認して、それから部屋に入るようにしているのだ。
「返事がないわね。寝てるわね、あの疫病神」
ちっ、と舌打ちをして扉を押して部屋の中へと入った。
無用心な事に鍵をかけておらず、まんまと侵入者を許した部屋はシーンと静まり返っていた。
荀諶は一刀が寝ている筈の寝台に近付くが、そこに一刀の姿はない。
「居ないなら居ないって言いなさいよ」
なんとも無茶な事を言う。そこに居ない人間が返事が出来るはずがないのに。
「そういえば、起こしに来るのずいぶん久しぶりだわ。忙しかったし、仕方ないわね」
うんうん、と荀諶は頷いた。
反董卓連合が解散してからすぐに荀諶は戦後処理に追われることになった。
許昌に皇帝を迎え入れるだけで大仕事だというのに、更に司馬懿は大将軍に封じられて新たに洛陽、長安を手中に収める事となった。
文官筆頭の荀諶は司馬懿や徐庶が処理しきれない案件を片付け、許昌で使えそうな文官たちを洛陽や長安へ送り出し、更に情報収集に長けた者たちを選抜して司馬懿の領地に放って人材の発掘に勤しみ、新たに加わった賈詡と李儒の能力を見極めて仕事を割り当てなければならなかった。
賈詡の能力は荀諶を軽く超えるものだったので地位や名誉に特に興味のない荀諶は文官筆頭の座を譲ろうとしたのだが、信用を得るまでは無理だ、と断られてしまった。
その為、今の今まで一刀の部屋に訪れるような機会がなかったので、自己鍛錬をしている事を信じるしかなかった。
「サボってたら容赦なく罵声と蹴りを浴びせてやるわ。日頃の鬱憤も全部ぶつけてやる」
一刀への罵声は何がいいか、と考えている荀諶の視界の隅にあるものが映った。
そちらへ目を向けると積み重なった書物と広げられた竹簡だった。
「勉強は頑張ってたみたいね。……って、何これ?」
広げられた竹簡に目を通すと異変に気がついた。
文字の羅列が続いているのにその文字を一字も読むことが出来ない。
なんとなく読めるものもあるが、それでも意味がまったく分からない。
「もしかして、あいつの世界の文字?」
荀諶が読んでいるのは“日本語”だった。
一刀たちの世界では日常的に当たり前のように使われる日本語も、中国の、しかも三国志の時代にもなれば読めなくて当然と言えるだろう。
漢字ですら難しいのに、、ひらがなを読むのは不可能に近い。
「全く読めないわ……これは暗号に使えそうね」
興味津々に竹簡を眺めていると、部屋の扉が開く音がした。
帰ってきたのか、と荀諶はそちらに目を向けて文句を言ってやろうと口を開く。
「アンタ、一体どれだけ待たせれば……」
と、そこで荀諶の言葉が終わった。
引きつっていく顔は見る見る赤くなり、最終的にはゆでだこの様に真っ赤になった。
「ん? 荀諶か。久しぶり」
挨拶してきた一刀に荀諶はプルプルと震える人差し指を立てた手をビシッと前に突き出し、一刀を指差した。
「何でアンタは裸なのよ!?」
一刀は裸だった。と言っても全裸という訳ではなく、上半身を脱いだ半裸である。
「何でって、走ってきたからに決まってるだろ? いつも通り」
素っ気なく答えた一刀は荀諶に近付いていく。
「やっ、なんでこっち来るのよ!? 来るな! あっち行け!」
「俺の服、そっちにあるんだよ。嫌なら退いて」
慌てふためいて避難した荀諶を見ようともせず、一刀は用意していた布で体の汗を拭って服を着始めた。
その様子を横目で見ていた荀諶はある変化に気がついた。
「アンタ、ちゃんと鍛錬してたのね。その……体付きがたくましくなったって言うか……」
「そう? 自分じゃ分からないけど。よく気付いたね」
「ばっ!? 違うわよ! 男の体なんて見てるわけないじゃない!」
「はいはい、そうですね。悪かったよ」
「……何よ、その冷めた言い方。ムカつくわね」
「心境の変化って言うのかな? ちょっと、いろいろ考え方を変えたんだ」
「それとムカつく発言とどういう関係があるのよ」
「荀諶は俺が嫌いなんだろ? 男だし、その教育係なんてさせられて」
「その通りよ。男の世話なんてしたくもないわ」
そう言って荀諶は一刀の表情に目を見開いた。
何かが違う。その何かまでは分からないが、違うという事だけは言える。
「俺は天の御遣いとしてじゃなくて、北郷一刀として勝里さんを助けるって決めたんだ。だから、俺のせいで荀諶がここに居るのが苦痛に思えるなら俺は君と極力離れているようにする。俺と荀諶を比べたら勝里さんには荀諶の方が必要だから」
「……だから、あんなムカつく言い方をしたって言うの?」
「気に障ったなら謝るよ。ごめん。もう俺に関わらなくていいよ。俺はこの戦乱を俺自身の力で生き延びてみせる。勝里さんには俺から言っておくから」
「……そう、分かったわ」
「それじゃ、辰さんに稽古つけてもらう約束なんだ。俺は行くよ」
木刀を手に出て行こうとする一刀は扉に手をかけたところで荀諶の方へと振り向いて、
「今までありがとう。あと、今までごめんね」
感謝と謝罪の言葉を述べて部屋から出て行った。
「北郷……」
取り残された荀諶はポツリと彼の名を呟いた。
一刀の様子がおかしい。
その知らせを荀諶から受けた司馬懿は何も言わず黙々と書類に判を押し続けた。
「聞いてるんですか!? あいつに何か変わった事があったら報告しろって言ったの勝里さまではありませんか!」
「聞いてますよ。確かに、それは驚きの変化ですね。しかし……」
ニッコリと微笑む司馬懿は荀諶を見て、
「藍花さんからすれば喜ぶところではないのですか? わたしが無理を言って一刀くんの教育係に命じましたが、一刀くんが一人でも大丈夫だというなら自立させるのもいいでしょう。つまり、藍花さんは男から解放されるということです」
「そ、それは……いきなり言われても一様教育してたから最後までやり遂げないと気が済まないというか、鬱憤の捌け口がなくなるのは困るというか……」
「そうですか。ならば一刀くんの面倒は引き続き藍花さんにお願いします。一刀くんにはわたしから言っておくので安心してください」
「ハッ!? 違う! これでいいのよ! 北郷の教育係は他の人……董卓辺りに任せればいいんです!」
「それでは先ほどの藍花さんの言葉を否定……」
「それでいいんです! 絶対に、北郷に変な事吹き込んでわたしに戻さないでください。いいですね?」
「……承知しました。あなたがそれでいいのなら。月さんを呼んできていただけますか?」
「わかりました。くれぐれも、わたしに戻さないください。それでは、失礼します」
ちょっと不機嫌そうな足音を響かせて荀諶が執務室を出て行き、司馬懿はふふ、と楽しそうに笑った。
「これは面白い事になりそうですよ。彗里」
「いきなり話を振らないでください。まあ、予想はしていましたが」
司馬懿の隣で案件処理に追われていた徐庶は司馬懿に目も向けずに言った。
「藍花さんには悪いと思っていましたが、一刀くんの急激な変化は辰や天から聞き及んでいました。急にやる気になった事や態度に変化があった事も。しかし、これは一刀くんにとって避けては通れない道。良いにしろ悪いにしろ、必ず一刀くんは成長する」
「どうしてそこまで一刀さんに執着するんですか? 別に天の御遣いというだけなら何もそこまでせずともただ居るだけで民心は味方にできますよ」
「彗里は一刀くんを天の御遣いとして見ているのですか?」
「いえ、最初から何も出来そうにない普通の人だと思っていました。けど、勝里さまがそこまで執着するなら何かあるのかと思ってしまいます」
「何もありませんよ。ただ、彼は見ていて飽きない。彼の動き一つ一つがわたしの好奇心を刺激してくれるのです。苛めたくなる、というのでしょうか」
「勝里さまからすれば全員に当てはまるのではないですか?」
「そうですね。しかし、彗里の反応が最近悪い気がします。前はちょっとした事でも顔を真っ赤にして可愛らしかったのに、今ではため息混じりに無視されます」
「別に無視は……いえ、そうですね。勝里さまは反応を示すと喜ぶので反応しないようにしています」
「そうですか。彗里がその気なら、こちらにも考えがあります」
おもむろに立ち上がった司馬懿は椅子に座る徐庶の後ろに立って黙々と仕事をこなす彼女の両脇を抱えて持ち上げた。
「な、何をするんですか!?」
さすがに無反応を決め込んでいた徐庶も動揺を隠せなかった。
持ち上げたまま司馬懿は自分の椅子に座りなおし、徐庶を自分の膝の上にちょこんと乗せた。
「んぅ~彗里は本当に小さいですね。わたしの腕の中にすっぽり納まりました」
「……そりゃわたしは胸も背もお尻も小さいですけど、何もその事で苛めなくても」
「大丈夫ですよ、彗里。世の中には彗里のような小さい女の子が好きな男がたくさんいますから。大くんも小さい子が好きなのですよ」
「彼自身も小さいから釣り合ってる様に見えるんです。勝里さまは……その、小さい方が好きだったりしますか?」
見上げる徐庶は目を潤ませ、不安げに見つめてくる。
普通の男ならイチコロ出来そうな可愛らしい表情にさすがの司馬懿もピクッと頬を動かした。
そっと徐庶の頬に手をやって、
「卑怯ですよ、彗里。そんな潤んだ瞳で、不安げな表情をされては答えなど決まってしまうじゃありませんか」
「あ、そ、そんなつもりじゃなかったんです。ただ、勝里さまの事が知りたくて……」
「そんなに顔を真っ赤にして可愛いですね。そうですね、わたしは……」
次に出てくる言葉を聞き逃さないように真っ直ぐに司馬懿を見つめる。
そこでふと、徐庶は視線を感じた。
司馬懿の好みも気になるが、視線の方へ自然と目をやると、
「へぅ……」
両手を赤く染めた頬に当てて恥ずかしそうにしている董卓が立っていた。
「おや、月さん、ようこそいらっしゃいました」
「あ、あの……ごめんなさい……邪魔しちゃいました。また、後ほど来ます」
「ゆ、月さん!? 誤解です! そんな気を使わせる話じゃありませんから!」
「で、でも、彗里ちゃんが勝里さまと、その……口付けを……」
「なっ……!? そんなことしてませんし、しようともしていません!」
董卓は扉の近くに立っている。
その位置から司馬懿とその膝の上に乗っている徐庶を見ると徐庶が司馬懿の顔を見上げて、下向きの司馬懿が徐庶の顔に覆いかぶさろうとしているように見えていた。
更に机で上半身しか見えないのが董卓の想像を膨らませてしまったようだ。
「いいんだよ、彗里ちゃん。人に見られるのは恥ずかしいもん。わたしだって、人に見られたら……へぅ」
「な、なんで先程より顔を赤らめるんですか? ち、違いますよ? 月さんが考えているような事はしてません!」
「いったい月さんが何を考えていたというのですか? 教えてください」
「うわわ……な、何でもないです! もう知りません!」
司馬懿の腕から逃れて膝から降りた徐庶は両手で顔を押さえて部屋を飛び出していった。
「おや、少々意地悪しすぎてしまいましたか」
「え、えぇっと……」
「月さん、お騒がせしました。お願いしたいことがあるのでこちらに来ていただけますか?」
「はぁ……」
全く動じない司馬懿に若干引いた董卓は司馬懿に近寄った。
司馬懿は一刀の現状とその監視と教育係をしてほしい事をお願いし、董卓は快く承知して部屋を後にした。
「さて、彗里の分の仕事を片付けますか」
書簡に目を通し、判を押す作業を再開した。
洛陽より北には袁紹が本拠地を置く南皮がある。
名門袁家の出である袁紹が収める南皮はそれなりに豊かなところで、名声と財力に物を言わせて兵士の増強から新兵器の開発まで、来る戦乱の世に向けて着々と準備を進めていた。
北方は袁紹と公孫瓚以外に目立った勢力はおらず、袁紹と公孫瓚どちらかが物にするだろうと予測されていた。
袁紹は北方を手に入れ、覇を唱えるためにどこよりも早く宣戦布告を宣言した。
狙うのはもちろん、白馬長史と異民族に恐れられる白馬で構成された精鋭騎馬隊を有する公孫瓚だ。
しかし、その宣戦布告は発令される前に待ったの声がかかった。
それを唱えたのは田豊。袁紹軍随一の頭脳を持つ軍師である。
「司馬懿がいます。あれを放っておくのはちょっと……」
「ちょっと、何ですの?」
「ちょっと、危険……かなぁって」
言葉を濁して田豊が言った。
その遠まわしな言い方に袁紹はイライラしながら聞き返す。
「何故この袁本初がわたくしが反董卓連合で総大将なんて損な役回りをして、大将軍の地位を掠め取っていった男のご機嫌を伺う必要があるんですの?」
「まだ引きずってるんですか? いいじゃないですか。官職は今はあんまり関係ない……」
「田豊さん? 名門たる袁家の出身であるこのわたくしが司隷校尉だなんて中途半端な地位にいることがどうでもいいことだと仰いまして?」
「司隷校尉はかなり上の地位だと思いますけど」
「だまらっしゃい! わかりましたわ。白蓮さんは後回しにして司馬懿さんを先に潰して差し上げますわ」
「だぁー! 勝ち目なんてありませんって! そうじゃなくて、公孫瓚を攻めるなら司馬懿と同盟を結ぶか何かしらの暗黙の了解を取り付けるとかして後顧の憂いを絶ち……」
「田豊さん? 袁家が誇る精兵たちがそこいらの雑兵に負けると考えているのかしら」
「現状を確認すべきですって。上手く機能できそうな部隊は少な……」
「その通りですね、麗羽さま。袁家の兵がそこいらの者たちに負けるはずありません」
いきなり話に割り込んできたのは肩と太ももを大胆に露出させた服を着た郭図だった。
凛とした姿勢で袁紹と対峙する田豊の横にやってきて、腰に手を当てて、
「袁家の兵は大陸一。日々増える兵士たちは精鋭揃い。公孫瓚だろうと司馬懿だろうと曹操だろうと、負けはしません」
「よく仰いましたわ、才華さん。なら早速司馬懿に宣戦布告を……」
「それもいいですけど、こういうのはどうですか?」
郭図はニンマリといやらしい艶やかな笑みを浮かべた。
隣にいる田豊が背筋がゾクっとして身震いするほど嫌な笑みだ。
「司馬懿を攻めるのは最後。まずは精鋭をもって公孫瓚を速やかに撃破。次に曹操を攻めるんです。将の数では負けてますけど、能力で負けてません。麗羽さまの天下がグッと近づきますよ」
「天下がわたくしの手に……」
「天下統一する姿、目に浮かびます」
ぱぁっと脳内にお花畑が広がっていく。
それは表情にも表れ、ウットリと妄想に浸っていた。
「才華、馬鹿な事言うな。袁紹軍の現状じゃ公孫瓚相手でも手間取る」
「馬鹿なのは貴方よ。兵の数は力。数の暴力の前には屈するしかないのよ」
「それを補うのが軍師だが、司馬懿にも曹操にも戦況を覆す秘策を持つ輩が必ずいる。公孫瓚軍にはいないが、一筋縄じゃいかないのは事実だ」
「公孫瓚程度の小物にどうしてそこまで警戒するのよ。馬鹿じゃない?」
「本当に精鋭揃いなら何も言わない。だが、現状は違う。兵士の質の悪さは目に見えて酷い。これじゃ勝ちに乗じて略奪が起こる」
「それを考えるのはウチらじゃなくて将軍たちじゃない。ウチらは案を出すだけよ」
田豊はまったく取り付く島のない郭図に見切りをつけてまだ妄想に浸っている袁紹に向き直った。
「袁紹さま、戦をするには時期尚早。諸侯の動きを見てからでも遅くは……」
「だまらっしゃい! わたくしは戦乱に苦しむ下々の者たちの為に戦うと決めましたわ。これ以上わたくしの決心を揺るがすことを言うなら牢に放り込みますわよ!」
「例えそうなったとしてもここは止めねばならないんです! お考え直しください。訓練の行き届いていない兵士を戦場に出す事になります!」
「袁家の兵ならば戦場で成長するのが当たり前ですわ。田豊さん、これが最後ですわよ?」
「考え直してください! 俺が言っているのは戦うなということではなく、もう少し様子見をすべきだと……」
「もうあなたのような根暗で頑固者の意見を聞くのもうんざりですわ。誰か、牢に連れて行きなさい!」
「お考え直しください、麗羽さま!」
「えぇい耳障りですわ! 高覧さん、あの男を拘束して牢に繋いでおきなさい!」
成り行きを見守っていた将軍たちの中から指名された少女はスッと前に出てきて田豊の後ろに立った。
「兎杜(うと)」
高覧が田豊の真名を呼び、彼はがっくりと諦めて肩を落とし、両手を前に出して一礼した。
「獄中にて、袁紹さまの天下を望んでおります」
「じめじめした暗いところで待っていなさい。すぐにわたくしが収める天下を見せて差し上げますわ」
おーっほっほっほ、と高らかに笑う袁紹を悔しげな表情で見つめ、ため息を漏らして田豊は高覧に促されて牢屋へと向けて歩き出した。
「まずは白蓮さんを攻めますわよ。斗詩、猪々子、やーっておしまいなさい!」
公孫瓚への宣戦布告の使者と共に袁紹軍は動き出した。
ガシャン、と鈍い音が響く。
使われた様子のない真新しい牢屋で田豊が備え付けの寝台にゴロンと横になってため息を漏らした。
「馬鹿だぁ~俺。何であそこで反論しちゃったかなぁ。グッと堪えて戦況を動かしたほうが効率よかったのになぁ~」
田豊にしては珍しい事だった。
いつもの彼なら袁紹が怒り出した時点で話を切り替えてご機嫌取りに移るはずなのに今回はそれをしなかった。
それをする事がどれだけ危険かを誰よりも理解しているからだ。
「司馬懿は危険なんだよな、ホント。袁紹配下全員に声をかけたとしたら誰が裏切ってもおかしくないし。側近二人や身近な人たちは大丈夫だろうけど、公孫瓚攻めている間に城奪われた、なんて洒落にならんぞ、ホント」
袁紹はどうしようもないくらい馬鹿な人間である。
やる事なす事すべてが突拍子もなくどうでもいい事で、それに付き合わされる臣下の心情はたまったものじゃない。
しかし、不思議と袁紹を憎めないのだ。
だからたくさんの人材が集まっている。
「兎杜」
自分を呼ぶ声に田豊はそちらを向く。
牢屋の外に暖かそうな毛布を持った高覧が立っていた。
「寒いと思ったから部屋から持ってきたよ。はい」
「おぉ、助かる。ありがとう、祢夢(ねむ)」
彼女の真名を呼んだ田豊は毛布を受け取る為に近づいていく。
鉄格子の間から手を伸ばして毛布を受け取ろうとすると、毛布がスッと遠ざかった。
「ありゃ?」
「んふふ♪」
毛布を胸に抱えて楽しそうに笑う高覧。
田豊はちょっと泣きそうな顔で手を伸ばす。
「届きそうで……届かない!」
思いっきり手を伸ばしても絶妙な位置づけで届きそうで届かない。
「渡す気なかったり……する?」
「うん♪」
可愛い顔して悪魔のようなことを言い放った。
がっくり肩を落としてトボトボと寝台に歩いていき、横になって不貞寝を始まる。
「そんなに俺をいじめて楽しいか? はぁ……」
「楽しいかと言われれば楽しい。どうしてかはわからない」
「酷い……」
よよよ、と涙を流す田豊。
それも楽しいのか、高覧はクスクスと笑っていた。
「でも、今日のアレは驚いた。兎杜らしくなかったね」
「まぁ、その……確かに」
「そんなに司馬懿が危険? 才華が言ってたけど、洛陽と長安を安定させてからじゃないと動けないって」
「それは人材が少ないと思ってるからだ。覚えてるか? 諸侯に反董卓連合参加の将の名前を記した本。あの中にあった将軍の名前が鄧艾と姜維の二人だけ。だけど、それはもう当てにできない。司馬懿の下に続々と人が集まってると考えたほうが正しい」
「才華はそれを見落としてるんだ」
「それだけじゃない。祢夢、部隊の訓練をする時、言うことを聞かない兵士はどれくらい居る?」
高覧はあごに手を当てて考える。
「そんなに居ない。けど、ちょっと不安に思う時はある」
「急な軍備増大で訓練が追いついてない。まともに動くのは少ないはずだ。それを説明しようとしたのに才華に邪魔された。ちくしょう、アイツ絶対分かってない」
「私から言おうか? たぶん、聞くだけは聞いてくれると思う」
「いや、それは危ない。何もせず、公孫瓚との戦いを早く終わらせることを考えるんだ。それさえ終われば司馬懿や曹操への前準備はできる」
「わかった。それじゃ、戦の準備するから行くね。毛布、ここに置いておくから」
毛布を牢屋の中に投げて高覧は立ち去ろうとする。
と、何かを思い出したかのようにくるっと振り返って、
「今日のアレ、カッコよかった。いつもアレくらいだったら好きになっちゃうかも」
それだけ言い残し、走り去っていった。
残された田豊は高覧の言葉を脳内で何度も再生させる。
「好きになっちゃうかも……それじゃあ、今は好かれてもいないって事?」
ずーん、と沈み込む田豊は毛布に包まって寝台で横になる。
ぐず、と鼻をすする音が響いた。
お久しぶりの傀儡人形です。
長らく更新できなくて待って下さっている皆様には大変申し訳ないと思っております。
最近本当に忙しくてTINAMIへの投稿、このままなくなるんじゃないかって
ヒヤヒヤしちゃうくらい忙しかったです。
けど、止めません。止めたくありません。
この手の仕事を目指す作者としては投稿を止める=人生の終わりです。
これからもがんばって行きたいと思いますので、できれば応援してください。
さて、前置きが長かったのですが、北方の戦い1を書き終えることができました。
反董卓連合後の一刀の心境の変化、荀諶の複雑な思いを絡め合わせていくのが楽しくて
仕方がないです。
袁紹軍でも根暗田豊と小悪魔高覧の絡みが自分なりには最高でした。
次回は司馬懿軍に新しい武将を入れたいと思います。
ではこの辺で。
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どうも傀儡人形です。
かなりの駄文。キャラ崩壊などありますのでご注意ください
オリキャラが多数出る予定なので苦手な方はお戻りください
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