No.211857

境界のIS~幕間 雲外駆ける、蒼き雷~

夢追人さん

彼方VSセシリア。ここでもやっぱり噛ませ犬扱い……

これでも非チート。ちゃんと訳あり。

2011-04-16 00:09:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1833   閲覧ユーザー数:1753

 ラウラ・ボーデヴィッヒは不機嫌だった。

 とにかく機嫌が悪かった。

 本来ならあの場で織斑一夏に決闘を申し込み、正々堂々正面から粉砕する手はずだった。だと言うのに、自分はあのとき冷静さを失ったばかりか――

 

 ――あの男の機動に、私はついていけなかった

 

 向井彼方。織斑一夏の取り巻きの一人で、有象無象の一つでしかないと思っていた男。しかし、その実は大きく異なっていた。

 

 ――あそこで助かったのは、私の方か

 

 熱くなりすぎていたということを差し引いても、あのまま戦っていたら負けていたとラウラは思う。技量は自分の方が上回っているかもしれないが、それを超える何かが彼の動きにはあった。

 

 ――最大の障害は、あの男かもしれん

 

 完全に見誤っていた。それに気づけなかった自分も、簡単に我を忘れて跳び出してしまった自分も、全てが悔しい。

 思わず廊下の壁を殴りそうになったときだった。

 

 「どうした?そんなにシケた顔をして」

 

 後ろから声をかけられた。

 

 「教官……」

 

 「想像はつくがな。一応聞いておいてやる」

 

 振り返った先の彼女――織斑千冬は静かに腕を組んだ。

 

 「いえ、何でもありません」

 

 「ウソだな」

 

 「……」

 

 「ドイツ(むこう)でイジケていたときのお前と、同じ顔をしていたからな」

 

 ラウラは顔をしかめた。今の自分はそんなに酷い顔をしていたのか。

 

 「大方さっきのことだろう?まあいい。まずは知ることだな」

 

 「知る、ですか?」

 

 「そうだ。向井にしろ織斑にしろ、お前はやつらについて何も知らないだろう?」

 

 ラウラは考えた。織斑一夏は別にしても、自分は向井彼方について全くの無知だ。戦いの基本は情報戦。これを制しない限り、勝利はない。

 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。その通りだ。

 彼が最大の敵であることは最早間違いない。しかし彼を知り、関わっていく中でどうにかして味方に引きこむことができるならば、これほど心強いものはない。

 ならば自分は知りたい。彼のことを。

 

 「……教官」

 

 「ん?」

 

 「お訊きしたいことが、あります」

 

 

 

 

 

 「それにしても、カナタってすごいんだね。あのボーデヴィッヒさん相手に完全にリードとってたもん」

 

 「……うん。かっこよかった」

 

 「おう!カナタは強いんだぜ!なんたってセシリアを圧倒したことがあるんだからな!」

 

 「……一夏、なぜお前が自慢する。それとその話をホイホイするな」

 

 

 

 

 

 IS学園映像資料室。 通常なら生徒は許可なく入れないその場所に、二つの影があった。千冬と、ラウラだ。

 

 「お前が来る前に織斑とオルコット、それから向井がクラス代表を巡ってもめた時があってな。もめたと言ってもオルコットが一方的に騒いでいただけだが」

 

 薄暗い室内で、千冬は閲覧用のモニターを操作する。

 

 「そのときに行われた模擬戦の映像だ。出すぞ」

 

 千冬が隣を見ると、ラウラの視線はモニターの一点に釘付けになっていた。

 

 「どうした?」

 

 「いえ、記録時間ですが……四十五秒、ですか?」

 

 「ああ。IS戦闘が『ハイスピード・バトル』と呼ばれているのは知っているだろう?それほどアレの動きは速いのだから。コレはそのいい例だ」

 

 「しかし、相手は代表候補生ですよ?」

 

 「そのことも含めてよく見ておけ」

 

 再生開始。録画時間を表すマーカーが、ゆっくりと左端から右へ向かって流れていく。

 

 「四十五秒と言ったが、十五秒は試合前の舌戦(おしゃべり)だ。実際の戦闘時間はいいとこ三十秒」

 

 ディスプレイの逆光を受けたラウラの表情は、真剣そのものだった。

 場所はアリーナ。画面の中では二つの青が空中で対峙している。

 

 『もう、先程のようにはいきませんわ!』

 

 片方の青、遠距離戦闘用IS『ブルー・ティアーズ』を装備したセシリアが叫んだ。

 

 『言ってろ。一夏に負けそうになったお前は、所詮その程度だ。マッハでスクラップにしてやるよ』

 

 対する青、『蒼雷』を纏った彼方が答える。

 

 バックスクリーンのシグナルが点灯し、試合が始まった。

 先に動いたのはセシリアだった。手にした大型レーザー狙撃銃『スターライトmk-Ⅲ』による先制射撃。続いて四機の移動砲台『BTビット』を射出した。

 彼方はあの肩スラスターを短く吹かし、レーザー射撃を紙一重で避ける。右、左。本当に軽く、必要最低限の無駄がない動きだ。姿勢も全くブレていない。

 

 「アイツのIS『蒼雷』の特徴の一つは、あのクイック・ブースターだろうな。今のような回避行動だけでなく、通常では機体と搭乗者に大きな負荷を掛ける瞬時加速中の変則機動も無理なく行えるようになっている。超高速接近戦用のISだ」

 

 四機のビットが彼方の周りを取り囲んだ。

 

 「そんなISに懐に潜り込まれたらどうなるか……む、終わるぞ」

 

 彼方はソードバレルを展開。片手に二本ずつ、両手で計四本の光剣を抜き放った。ビットの銃口に桜色のエネルギーが充填される。光剣を構え、蒼雷がステップするようにふわりと浮きあがる。

 一斉射撃。その瞬間、蒼雷のウイング・スラスターが強く光ったかと思うと――

 

 「え!?」

 

 蒼雷が消えた。そして次に現れた場所は――

 

 『な!?』

 

 画面の中のセシリアが息を飲んだ。巻き上がる風でカメラが揺れたようだ。映像に小さくノイズが入った。

 セシリアの目の前。風を撒き散らし、そこに蒼雷は現れた。それはもう、抱きしめられるほど近くに。

 そこから先は、一方的な蹂躙だった。爪のような二本の光剣で斬りつけ、瞬時に死角に回り込み、再び斬撃を加える。狼が獲物をいたぶるように、淡々とその作業を繰り返した。

 蒼雷の攻撃は、絶大な圧力となってセシリアに襲いかかった。接近を許したセシリアは吹き荒れる剣の嵐に対応できず、されるがままにシールドエネルギーを削られていった。ものすごいスピードで、ゲージが減っていくのが見てとれる。彼女にとってはさぞかし長い時間だっただろう。

 やがてブルー・ティアーズの絶対防御が発動、そのまま試合終了のブザーが鳴り響いた。同時に画面がブラックアウトする。

 

 映像資料室は再び静寂に包まれた。

 

 「どうだ?これがハイスピード・バトルの世界だ」

 

 そんな千冬の言葉を、ラウラは半分も聞いていなかった。

 久しぶりに見た本物の闘いに心が躍る。まるで新しいおもちゃを目の前にした子供だな、とラウラは思った。

 獲物を見つめた一瞬の、狩人のような冷たい眼光。ためらいなく振り下ろされた、必殺の斬撃。機械のような正確さと、野生の荒々しさが同居したような攻撃だった。

 思い返す度に胸が高鳴る。軍人としての闘争本能が激しく疼いた。

 

 ――一度は誤ったが、お前に目を付けた私は間違っていなかった!

 

 たった一度でも彼と相対できたのだから、自分のあの行動は間違いどころかとんだ僥倖と言えよう。

 興奮で顔が火照った。自然と口元に笑みが浮かぶ。

 

 ――ああ、認めよう。向井彼方、お前は強い。焦がれるほどな

 

 できることなら、彼と共に戦いたい。

 これまでにないくらい、今のラウラは上機嫌だった。

 


 
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