No.211584

漆黒の守護者~親愛なる妹へ12

ソウルさん

翡翠と曹嵩の邂逅

2011-04-14 00:26:56 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2287   閲覧ユーザー数:1984

「お久しぶりです、母上」

 

部屋に招かれた俺は再会の挨拶をする。

 

「久しぶりね。ひとまずは夢が一つ叶ったわね」

 

満面の笑みを浮かべた曹嵩にはかつての覇気を失っていた。王の座を娘に預けて隠居すれば誰もがたどる道か。

 

「困難な道のりでした。……俺を恨んでいますか? 正直なところあれは大きな賭けでした。貴方が認めてくれなければ俺はもうこの世にはいませんでしたから」

 

「むしろ私は嬉しかった。母親として失格の行動をしてきた私をすがってくれたのだから」

 

「感謝しています。感謝し尽せないほどに」

 

曹嵩の瞳は潤みだす。そして俺に抱き着き嗚咽しながら泣き始めた。ただ黙って曹嵩の頭を撫で続けた。

 

 どれぐらい泣いていたかはわからないが、誰かが異常に気付くぐらいの時間は泣いていたらしい。いきなり部屋の扉が開かれ、武装した兵士と夏候淵が立っていた。

 

「……久しぶりだな、淵」

 

まだ許昌に身を寄せていた時に知り合った華琳の家臣にして友人。

 

「曹臨様……どうしてここ……に?」

 

「母に会いに来るのに許可はいらないだろう」

 

「そうよ秋蘭。親子に国境なんてないの!」

 

復帰した曹嵩は宣言するかのようにびしっと言葉を口にした。しかし、そう簡単に飲める状況であるはずもなく、夏候淵は警戒は解けない。

 

「そう警戒するな。そろそろ俺も官渡に戻らないといけないからな」

 

俺は立ち上がり淵に言った。大丈夫だとは思うが官渡での戦況が気にならないわけではない。

 

「翡翠、今日は逢えてよかった」

 

「安心してください。貴方が逝くときは一緒です」

 

「逝くときは一緒………!」

 

曹嵩は顔をあげたときには俺は既にその場から消えていた。

 

「翡翠、まさか…………」

 

 官渡の戦況は膠着していた。袁紹軍の崩壊寸前ではあるが、劉備を筆頭に戦線を維持していた。彼女を支える勇将たちに魏軍も明軍も攻めあぐねていた。

 

「このままでは士気が下がるだけだぜ。どうするよ、軍師殿たち」

 

壬は二大軍師である琥珀と聖に訊いた。

 

「それは向こう側にも言えることでもあるのじゃ」

 

聖の言葉に琥珀は頷く。二大軍師の名声は明国の中では絶対で疑うものはいない。ゆえに壬も納得した。そこに、

 

「動きがありそうだな」

 

俺は姿を出した。

 

「ようやく戻られたか主」

 

「お前いてこその明軍。士気をあげるのに苦労したんだからな。聖は泣くし、忍冬は暴れだすし、椛は姿を消すし、枢は失神するしよ」

 

「だ、誰が泣いたのじゃ!」

 

「お前だよお前」

 

とっ掴み合いしながら喧嘩を始めた二人を引きはがし、

 

「劉備の元へ行く。ついてこい」

 

「御意」

 

命令を出して劉備の元へ行く。

「桃香様、さすがにこれ以上は……」

 

魏・明の両軍の猛攻をここまで防げたのは奇跡に近い。それを実現したのは劉備の仁徳とそれに従える勇将たちは言うまでもない。

 

「でも袁紹さんはここで敵の足止めを――」

 

「いつまで袁紹の犬をしているつもりだ劉備」

 

劉備の言葉を遮って俺は冷淡に言葉を発した。

 

「貴様は曹臨!」

 

関羽が犬歯を剥きだしながら刃を向けてきた。

 

「将も将だ。主の命をただ遂行するだけが家臣の役目ではない。時には進言することをしなければ暗愚となりはてるのみ。何故、俺が建国してすぐに戦に挑めるのか。曹操は何故兵力で勝る袁紹軍に優勢でいられるのか、孫呉が何故荒れた江東を支配できるのか、考えてみろ」

 

劉備軍の将兵たちはぐ、の言葉も出せない。

 

「劉備、お前の目指す世とは?」

 

「皆が手を取って笑える仁の世です」

 

「なら飛翔しろ。いつまでも誰かにすがるのではなく自ら歩み築き上げろ。仁の基盤を信頼できる家臣たちと共に。その先にどんな困難があろうとも、これまでに死していった者たちのために歩み続けてみろ」

 

俺は劉備にそう言い残してその場を突き抜けた。自分たちの不甲斐なさ、落ち度に気づいた劉備を含めた将兵たちに戦う気力も気概もそこにはなかった。

 

「語るね、翡翠」

 

「劉備にはもっと成長して華琳や雪蓮たちのような立派な王になってもらわなければならないからな」

 

馬を走らせながら琥珀と言葉を交わす。

 

「翡翠の目指す世の集大成――」

 

「天下三分の計には劉備が必要なのさ」

 

俺たちは思いを馳せて凡愚を追い詰めるためにただ行軍した。

 


 
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