No.210828

『夢のマウンド』第一章 第五話

鳴海 匡さん

春のセンバツは、東海大相模の優勝で幕を閉じました。
今大会は、先月に起こった震災の影響が色濃く残る中、選手たちが派手なガッツポーズを自粛してのプレイ。
この辺り、逆に「元気ハツラツ」なプレイを見せることが、勇気を与えるんじゃないかと思ったんですがね、私は。

それはさておき、岡山・創志学園高の野山慎介主将の選手宣誓は素晴しかったですね。

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2011-04-09 16:01:00 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:947   閲覧ユーザー数:902

入学してから三日の土曜日、深夜。

翌日行われるチーム内の紅白戦に備え床に着こうとした勇斗の元へ、一本の電話が届いた。

「もしもし、杉村ですが」

『あ、勇斗? 私』

「母さん? 何、なんか用?」

『用が無くちゃ息子に電話しちゃいけないの?』

「ンなこた無いけど、便りのないのは元気な証拠って言うしさ」

『まぁ、確かに用はあるんだけど』

「はぁ……それで、何?」

『ごめん、勇斗。私たち、帰れなくなっちゃった』

「は?」

 

数分後……

「なんじゃそりゃあああああ!!?」

『何って、今言った通りよ。それじゃあ、向こうにはもうこちらから連絡してあるから。ああ、ちなみに今アンタが住んでる部屋も、居られるのはあと2週間しかないから』

「オイオイオイオイ、オイ!!」

『おっと、そろそろこっちも休憩時間が終わっちゃうわ。じゃあ勇斗。くれぐれも間違いなんて犯さないようにね』

「間違いって…ちょっと、母さん!?」

『大丈夫。母さんは勇斗を信じてるから♪』

「『♪』じゃねぇぇ!! ちっとはオレの話を――」

『それじゃあね~。いい子でいるのよ~』

 

ガチャン! ツー、ツー、ツー

 

言いたいことを一気に捲くし立て、こちらの反論を受ける前に早期撤退。

我が母ながら……いや、我が母だからこそのこの手際の良さに、勇斗は怒りを飛び越え、呆然自失と化していた。

重い溜息を吐きながら恨めしそうに受話器を睨み、その無意味さに改めて頭を垂れると、改めて受話器を置いた。

「ったく……舞に何て言えばいいんだよ」

時を遡る事、一時間前。栗原宅。

 

リリリリリリリ♪

「はい、栗原です」

『あ、舞ちゃん? 元気だった?』

「え? あの、申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」

『あ~、舞ちゃんったら、おばさんのこと忘れちゃったの~。寂しいわ~』

「えっ、えっ、えっ? あ、あの、すみません。ごめんなさい」

『ふふっ、私よ。勇斗の母の美春です』

「美春おば様? ご、ごめんなさい。声を聞くの久し振りだったから、つい……」

『ああ、いいのいいの。こっちこそごめんなさいね。それより、唯、いる?』

「お母さんですか? はい、すぐに替わります」

 

丁寧に受話器を置き、流しで洗い物をしている母親を呼びに行く舞。

 

「もしもし?」

『あ、唯? 久し振り~』

「本当に久し振りね。あなたったら、アメリカに行ってから、ただの一度も連絡をよこさなかったものね」

『あ、怒ってる?』

「少しね。まぁ、あなたがズボラなのは今に始まった事じゃないけど、せめて連絡先くらいは教えて欲しかったものだわ」

唯がそこまで言った時、微妙に嫌な空気が流れた。

『え、え~っと、私、連絡先教えて無かったっけ?』

「ええ、教えてもらってないわよ。全く、何て友だち甲斐の無い人なのだろうと思ったわよ」

『ご、ごめ~ん。今度日本に帰ったら、きっと埋め合わせするから』

「ま、期待しないで待ってるわ。でもね、実際連絡が取れなくて、あの子ったら一時期大変だったんだから」

『舞ちゃんが? どうして?』

「あなたね……それまで一番近くにいた友だちが居なくなって、しかも連絡すらつかなくなったとあっては、普通は寂しくて落ちこんだりもするわよ」

『え~、私だって一時期晋作と離れたことがあったけど、むしろ羽を伸ばしたわよ』

「あなたはいいのよ。何事に置いても規格外なんだから」

『あ~、酷いわぁ。それが親友に言う言葉?』

「だからその分も含めて、今は勇君の世話をするのが嬉しくて仕方ないみたい」

『そうなの? なら都合がいいわ。ねぇ、唯。悪いけど暫く勇斗を預かってくれない?』

「はぁ? 何言ってるのあなた」

『実はね、予定外のトラブルがあったと言うか何と言うか……晋作が、新しく市場を広げるヨーロッパ支部への転属が決まっちゃって』

「ええ!? そ、そんな事考えられるの?」

『普通だったらありえない話らしいんだけど、まぁ、決まっちゃったんなら仕方ないかなぁって』

「いや、仕方ないって……で、それはいつから?」

『それがさ、今もうフランスにいるのよね~。ボン・ジュール♪ なぁんて』

「あなたねぇ。で、当然その話は勇君にも伝わっているんでしょうね?」

『全然』

「普通は息子に連絡をするのが先でしょ!! それも引越しの前に!!」

『まぁまぁ、そんなに怒鳴らないでよ。小じわが増えるわよ~』

「誰のせいだと思ってるのよ……」

『気にしない気にしない。それで、どうかな、勇斗の件』

「まぁ、私の方は問題無い……というか、むしろバッチコイだけど、勇君の方が何て言うかしらね」

『ふっふ~ん、当然、文句なんて言わせないわ。今あいつが住んでる部屋の契約を切っちゃえばいいんだし。そうすれば問題無く全て解決よ』

「鬼ね、あなた」

『未来の娘への、オネーさんからのプレゼントよ~♪』

「ま、私にとっても、義理の息子との同居には、それなりに興味もあるしね」

『じゃ、そゆことで』

「はいはい。せいぜい晋君を困らせないようにね」

 

そんな、どこから見ても漫才としか思えない会話の内に決まった勇斗の「栗原家居候話」。

お蔭でこの日。勇斗と舞は一日中気まずい思いをして過ごした。

そして四月も終わり、ゴールデンウィーク突入初日目。勇斗の栗原家への引越しが行われた。


 
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