No.210563

戯言シリーズ二次創作―帰途―

浅月蒼志さん

西尾維新の戯言シリーズ最終巻「ネコソギラジカル下-青色サヴァンと戯言遣い-」第23幕~終幕の間のお話を想像して書いてみました。こんな感じだったらいいなぁ、とかそんなかんじの。いーちゃんかっこいいよいーちゃん。

2011-04-08 03:37:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4520   閲覧ユーザー数:4425

 

「どこへ行くんだ――戯言遣い」

「ぼくはもう、どこにも行かない――」

 

 

「家に帰るんだ」

 

 

 己の意思で引いた引鉄。肩がもって行かれそうな衝撃。人を殺すために作られた兵器。

「それが、お前の答えか。戯言遣い」

 だけど放たれた弾丸は、目の前の男のどこにも穴をあけることはなかった。

「ええ、これが、ぼくの答えです」

 殺せるはずがない。

「世界を救うんじゃ、なかったのか」

 ゴトン、と銃を足元に落とす。

「世界は救います。だけど、貴方も殺さない」

 手に持った鉄の塊は、ぼくのような戯言遣いには重すぎた。

 

 

「だって、世界のなかには、貴方だっているじゃないか」

 

 

 数え切れないほど世の中を壊してきたぼくたちだけど、それでもきっと生きていかなきゃいけないんだから。

 

 

「そうか……」

 西東天は、ぼくの手を見ていた。もう何もない、ぼくの手を見て、彼は何を思うのだろう。

「ならば俺は、次の方法で世界の終わりを目指すだけだ」

 やはり、やめられない。走り始めた彼は、回遊魚のように止まれない。本当にちっぽけなプライド。

「いいですよ」

 

 

「一生、つきあってあげます」

 

 

 それが始まり。ぼくと西東天の、世界を賭けた長い長い戦いの始まり。

 興味をなくしたのか、彼は視線を外して、背中を向けた。

「なあ、戯言遣い」

「なんですか」

「何で引鉄をひかなかった?」

「ぼくが救いたい世界の中に、あなたもいるから」

 ああ、わかってる。そんな答えを、彼は求めてるんじゃない。

「ちげぇよ。そんな理由じゃねぇ。もっとだ、もっと単純な理由。戯言遣いとしてじゃねぇ。×××××。てめぇが何を思って、どうしてそうしたのかを聞いてるんだ」

 わかりきってること言わせるんじゃねぇ、とため息をついた。

 

 

「家に帰りたいからですよ」

 

 

 どこの話だったろうか。ぼく自身の話かもしれない。玖渚の話かもしれない。人間失格の話だったかもしれない。どこで聞いたかは覚えてないけど、こんな話があった。

 妖精に連れられた少年は、どことも知れぬ場所に迷い込んだ。妖精は帰れないという。だけど少年は帰りたいという。

 どうしても帰りたかった少年はずっとずっと走った。止まることなく走り続けた。服が汚れるのも、手が汚れるのも、足が汚れるのもかまわずに走り続けた。

 やっとのことで家についた彼を待っていたのは、驚いた少年の両親。全身を汚した少年を怒るわけではなく、ただ愕然としていた。

 その顔を見て、妖精の言うことを思い出した。

 当たり前だ。全身を妖精の返り血で汚した少年には、帰る家なんてあるはずもない。

 帰りたかったはずの家は、もう帰るべき家ではなくなった。少年はずっと、今でも迷い続けている。

 

 

「だって、汚れた格好じゃ、家に帰れないじゃないですか――」

 

 

 箴言とは縁なく、戯言にすらならないツギハギの言葉。だけど嘘偽りのない言葉は、少しでも西東天に響くことはあったのだろうか。

 

 

「――さて」

 それはどちらの口から出た言葉だろうか。

 ぼくも西東天も、背中合わせになって、歩き始めた。

 

「俺は人類最悪。今後とも末永く、よろしくお願いします」

「ぼくは戯言遣い。これからも変わらぬお付き合いをよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 西東天と別れて、ぼくは家に帰ろうとした。

 だけど向かった先は壊れたアパートなんかじゃなかった。

 もちろん西東診療所でもない。

 玖渚のマンションでもない。

 なら、ぼくはどこに行くのだろう。

 わかりきっているはずなのに、そんな自問をしていた。

「戯言だな」

 いつものフレーズなのに、ひどく懐かしく感じた。

 これはやり直しだ。

 一番最初に掛け間違えたボタンが全部外れて、もう一度掛け直すんだ。

 ぼくと玖渚の、はじまりのやり直し。

 場所は、決まってる。

 

 

 

 

 少女はそこに座っていた。一人で砂の山を作っていた。

 少年はそこに辿り着いた。たった一人で、ぼろぼろになって。

「ねぇ、何してるの?」

 少年は尋ねた。

 少女は答えない。

 名前も呼ばない。わかっている。誰よりも心に刻んだ名前だから。でも、そういうことじゃない。

 少年は、山を崩した。

 少女は、山を作り直した。砂の一粒一粒全部、間違えることなく。同じ山を作り直した。でも、そんなことじゃない。

 全部間違えることなく直したんじゃ、いつまでたってもボタンは掛け違えたままだから。

 

 

「ねぇ、友――」

 だから、ぼくから始めよう。ここから始めよう。

「前に、ぼくに一緒に死んでくれ。て言ったよね」

 終わりが始まる前、ぼくを解放する前に。

「ぼくは死ねない。守りたいものがいっぱいあるから」

 その中の、一番大事なトコロに玖渚がいるから。

「だから、今度はぼくから言うよ」

 手を差し出して。

「ぼくと一緒に生きてくれ。ぼくにはお前が必要なんだ」

 生まれて持ってきたモノ。今まで培ってきたモノ。お前を支えてきたモノ全部捨て去って、ぼくと一緒に生きて欲しい。

「……怖いよ、そんなの」

 やっと喋った。

 ああ、そうだろう。自分を全部捨てろというのは、今までの自分に死ねといってるようなものだ。

 変わりたいと思う心は、自殺。

 変わってほしいと思う心は、殺人。

 だから、

 

 

 

「玖渚、死んでくれ。玖渚を殺して、ぼくは友と一緒に生きる」

 

 

 

 どれくらいの時間がたったかはわからない。けど、きっとすごく長い時間だろう。

 夕焼けはいつの間にか、真っ暗になっていたんだから。

「ぼく様ちゃん、きっと何もできないよ?」

「今まで何かできたこと、あったのか」

「今まで見たいに機械に強くなくなっちゃうんだよ?」

「原始人にパソコンは似合わないよ」

「この蒼い髪だって、なくなっちゃうんだよ?」

「ぼくは黒髪にだって萌えられる」

「……記憶力だって、いーちゃんと同じぐらいにまで落ちこぼれちゃうんだよ?」

 それを最後にもってくるのか……それも落ち込むじゃなくて落ちこぼれるとは。

「いいよ。全部まとめて面倒見てやる」

 

 

「お前一人の人生ぐらい請け負ってやるよ」

「それ、潤ちゃんみたいだね」

「違うよ」

 人類最強なら、世界人類の人生を請け負ってしまうだろうから。

「人類最弱のぼくには、人生は一人分しか請け負えないよ」

 世界を救うことは可能でも、全員の生き方はぼくには背負えない。

 崩子ちゃんは愛するものを大事にした。萌太くんは大事なものしか愛さなかった。

 ぼくは、玖渚を愛して、玖渚を大事にしよう。

 

 

 

「そっかぁ」

 玖渚は、立ち上がって、ぼくに向かい合った。

「それじゃ、人類最弱の請負人さん。ぼく様ちゃんを――殺してください」

 蒼色サヴァンを殺して、玖渚友を返して。 

 泣きそうな笑顔で、ぼくに依頼をした。

「――玖渚友からの依頼、確かに請け負った」

 これも戯言と、彼らは言うだろうか。

 別に言われたって構わない。これがぼくの、ぼくにだけできる冒険なんだから。

 箴言遣いにもなれず、戯言遣いとしても半端だったぼくだけの、誰にも譲れない最初で、末永い物語だから。

 

 

 

「玖渚、お前を殺して解して並べて揃えて――晒してやる。」

 ずっとずっと、背負い続けよう。

 

 

 

「いーちゃん……いーちゃん…いーちゃん。いーちゃん、いーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃん」

 玖渚はぼくにしがみついていーちゃんと繰り返した。

 ぼくも抱いた。小さな身体が折れるんじゃないかと心配するぐらいに強く、強く。

 一人で走るのはやめた。

 これからは二人で並んで歩こう。

 ぼくの腕には玖渚がいる。

 ぼくはこの手を離さず歩き続けよう。

 

 

追伸:四年後のぼくへ。

 きみ達は、幸せになりましたか。

 

 
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