※注意※
この作品には以下の点が含まれる可能性があります。
・作者の力量不足によるキャラ崩壊(性格・口調など)の可能性
・原作本編からの世界観・世界設定乖離の可能性
・本編に登場しないオリジナルキャラ登場の可能性
・本編登場キャラの強化or弱体化の可能性
・他作品からのパロディ的なネタの引用の可能性
・ストーリー中におけるリアリティ追求放棄の可能性(御都合主義の可能性)
・ストーリーより派生のバッドエンド掲載(確定、掲載時は注意書きあり)
これらの点が許せない、と言う方は引き返す事をお勧め致します。
もし許せると言う方は……どうぞこの外史を見届けて下さいませ。
※流血表現あり、苦手な方はお気を付けて。
第4話 彼が抱いた恐怖
許昌の街を後にした一刀と陳宮は再び天水を目指し歩を進めていた。
進む予定の道程としては宛、上庸と西進して漢中へと入り陳宮の母と一度会い、そこから北西へ向かい
天水入りを目指そうという物である。漢中から北上した方が距離は近いが陽平関と呼ばれる関所があり、
賊が出没している昨今の状態では容易く通過できなさそうな為に陽平関を通らず回り道をする事になったのである。
そして現在は宛の街を過ぎしばらく進んだ森の中。上庸付近で最近賊が現れたという情報を仕入れた二人は人目に付きにくい、
森や山中を警戒しながら進む事にしていた。街道を行く方が安全だろうと一度は考えたのだが賊の方は少なくとも十数名、
更にこれまで姿を現した場所は全て街道であり道行く行商人を襲い、荷を奪っていったという理由だからである。
「しかし、北郷殿の案だけであれほど人気が出るとは思わなかったのです……天の知識とは凄いのですね」
「そうだな、俺も正直驚いてるよ。こっちのアイドルグループの事をちょっと参考にしただけなのになあ」
「あいどるぐるうぷ?何ですかそれは」
「ああ、アイドルって言うのが天和達みたいに、歌ったり踊ったりする人の事でグループって言うのは組とか集団、かな?
三、四人のグループが多いけど、場合によっては十人以上だったりしたな。後はグループを更に小分けしてたけど、全員合わせたら
五十人以上の大人数だったグループもあったんだぜ?」
「ごじゅ……!?むむむ、全然想像が付かないのです。そんな人数で歌ったり踊ったりするのですか……」
「それだけじゃないよ、アイドルも多ければファンも多いんだ。何千何万ってファンが集まって一緒に騒ぐんだからさ。
信じられるか?まだそれで一つのグループだけの話なんだぜ……?」
「何ですと!?なら全てのぐるーぷのふぁんを集めたら、一体どれだけの人数が居るのですか!?」
二人は山道を歩きながら雑談に興じていた。眉を寄せううむと唸りながらも一刀が話したアイドルの事を考えている陳宮、
その手をぎゅっと握ってうっかり躓いたりしない様にと気を配りながらも話を続ける一刀。
「むぅぅ。……と、わわっ!?」
「おっと……大丈夫か?ちゃんと足下に気をつけないと危ないぞ?さ、もうちょっと進んだら日も暮れそうだし野営の準備かな」
地面から飛び出した木の根に引っかかり転びかけた陳宮を、手をぐいと引っ張って自分の方へと引き寄せ受け止める一刀。
大声を出してしまったからかそれとも引っ張られた手のせいか頬を赤らめありがとうです、と礼を述べる陳宮に笑いかけつつ、
休むのに適した場所を探しながら森を行く。それから2時間程経っただろうか、開けた場所があった為そこで休息する事にした。
「この調子なら割と早く、漢中まで辿り着けるかな?」
「そうですな、予想通り賊もこの辺りまでは入り込んでいないようですし。とはいえ……」
「ああ。気を抜いてちゃダメ、だよな?」
「その通りです。油断している時に限って悪い事は起きる物なのです」
木にもたれかかる様な姿勢で焚き火に薪をくべつつ呟く一刀、その呟きを耳聡く聞き取って言葉を返すのは、
冷え込むからこうしているのだと一刀の膝の上に陣取り上から毛布を被っている陳宮である。
確かに雨が降っていない分マシとは言え森の中は日光が届きにくく気温も低い上に毛布は一枚しか無いので、
陳宮の言っている事も一応筋は通っているのだが……。
「わざわざ脚の上に乗る必要は無いよな……?」
「良いではないですか、隣り合って座るよりこちらの方が断然暖かいのです」
首を傾げる一刀へ首だけで振り返り、降りる気はないと目で主張する陳宮に、一刀は殆ど毎晩発生している
この状況にそろそろ慣れきってしまっている自分が居る事を思い知らされ苦笑した。
特に何事もなく十日程が経過した頃、上庸まであと数日ほどの距離だろうという辺りで森が途切れた為、二人は街道へと出た。
幸い街道へ出たのが午前中であり、二、三時間ほど歩いた所でやや大きめの邑が見えたので急ぎ足で歩を進め、
日暮れ前には宿を取る事が出来た二人は久々の屋根の下と言う事もありごろりと室内に転がっている。
「……疲れたなあ……流石にずっと森の中って言うのは厳しかったな……」
「……そうですね……次からは出来るだけ楽な道程でも良いかもしれませんです……」
食事も宿を取る前に買い込んできていた為外出する必要も無く、その日は動かずに夜を明かした二人であった。
翌朝、一晩休んだら出発しようという予定だったので宿を引き払うと、食糧や水などを買い求めに市場へと向かった二人。
そうして必要な買い物を終えた所で出発前に食事を取ろうと適当な店を探す二人の耳に、道を行く行商人の声が飛び込んできた。
「参ったねぇ……上庸までの街道でまたやられたとよ。これでもう五回目だ」
「二人旅の夫婦が身ぐるみを剥がれて、命からがら逃げ出してきたって奴だろう?全く恐ろしいねえ」
「あっちでは中央から官軍を呼んで討伐してくれる様頼んだそうだが、全然効果がないみたいじゃないか」
「賊の動きも活発になるばかり。まったく、これではおちおち商売も出来やしない」
「数が五百とも千とも聞くが、一体どれだけ居るのだか……早くいなくなって欲しいわい」
「なあ、聞こえたか?陳宮。少し不味いかも知れないぞ」
「そうですね……今出発すると賊に遭遇するかも知れませぬ。しかしもう宿は引き払ってしまいましたし、
このまま留まっていても恐らく宿を取り直す事は不可能だと思うのです。ほら」
陳宮が指さす方向に目をやれば邑の入り口の方から大勢の人が雪崩れ込む様に街の中心へ向かっていくのが見えた。
賊の活動を聞いて引き返してきたのか、護衛でも雇うつもりか……少なくともあの様子ではすぐ出立とは行かないだろう。
「どうする……俺達も護衛を雇おうにも、あの人数に先を越されたんじゃ多分無理っぽいだろうしな」
「それでも念の為です、一応当たってみましょうか……それでダメならまた二人で行くしかないのです」
二人は頷きあうと、こちらも酒場などを中心に護衛を出来るという者を探し始めた。しかし結果は芳しくなく、
腕に覚えのある者は既に雇われており、それどころかまともな武の心得が無い様な者さえ居ない。
予想通りではあるがやはり厳しい旅路になりそうだと嘆息する二人であったが、気を取り直して出発する事にする。
「少し時間を食ったな……なあ陳宮、ここからはずっと街道が続くんだったっけ?」
「なのです。ですから上手くいけば上庸へ何事もなく辿り着けるかも知れませんが……。
逆に言えば、街道しか道がない以上、賊に見つけられやすいのに加えて逃げ切り、隠れるのも難しいのです」
そうか、と呟き一刀はリュックサックに吊した打ち刀の柄を一度握りしめる。この世界に来てからまだ一度も抜いてはおらず、
ましてや振るうなど以ての外……そう思い模造刀を使ってはいるのだが……。
(これからは、そうも行かないかも知れない……くそ、どうすれば良いんだ?)
これからの事を思うと、どうしても気が重くなってしまうのであった。
邑を出てから凡そ一週間が経過した頃。街道を行く二人の旅は幸い何事もなく無事であった。
念の為にと一刀は聖フランチェスカ学園の制服を脱ぎ庶民が着る様な服に着替えており、リュックにも藁を掛け偽装している。
陳宮も敢えて古びた衣服を着る様にしており、僅かでも効果があればと賊に対して襲っても旨味がないぞとアピールに勤めている。
街道脇の景色が草原から土が露出した土地となり、荒れ地となってきている。街で得た情報によれば周囲の景色が
荒れ地になれば上庸までの道程の半分を踏破したと思えば良い、との事であった。
上庸まで三週間は掛かるかと想定していた為に安堵する気持ちも生じてきている。後は何事もなく残りの半分の
道程も消化できれば……。
だがそんな考えを一笑に付すかの様に、その事件は起こった。
それは中間地点を過ぎてから更に三日過ぎた日の道中の事である。荒れ地を抜け、辺りの景色も草原に戻り上庸まであと僅か、
そう確信して先を急ぐ二人を追跡するかの様に一刀達の後方に付かず離れずの距離を保つ複数の人影が存在していた。
初めは自分たちと同じく旅人かとも思ったが歩を緩めてもこちらに追い付く事無くあちらも歩む速度を緩め、わざと立ち止まればあちらも止まる。
歩く速度を速めればあちらも早足で付いてくるなど、実に不気味であった。
「……さて、どうした物かな。陳宮、どう思う?」
「間違いなく賊だとは思うのです……しかしすぐ襲ってこない所を見ると何か目的があるのかも知れませぬ。
例えば……」
「こっちが焦って疲れるのを待つとか?」
「それもありますがもっと怖いのは挟撃です。合流地点を決めておいてそこまで追い詰めようとしているなら……」
「成る程、このまま進むと危ないって事か……」
小声で話し合いつつ後方を確認するも、そこにあるのは相変わらず距離を保ってこちらの様子を伺う複数の人影。
どうした物か、と再度一刀が考え始めた時陳宮が口を開いた。
「こうなれば、いっそあちらに向かってみるのも手だと思うのです。賊で無ければそれで良し、そうであったとしても少人数。
北郷殿であれば何とか対処できるのではないでしょうか?」
じ、っと期待を込めた上目遣いの視線を送ってくる陳宮に苦笑しながらも、彼女の案を検討する。
(俺の腕前は置いておいて、このまま進んでしまえば危険な可能性が高いか。後ろの人影が万が一賊でないなら、
上庸までは一本道だし同行を申し出ても良いかもしれない。それとも、ひょっとしたらこちらを賊と思って居るかも……)
歩調を緩めて歩きながら考える事数分、一刀が出した結論は後ろの人影へ近づいてみる事。
一端休息を兼ねて街道の脇に生えた樹木に寄りかかって座り、あちらの様子を伺ってみるがやはりこれまでと同じく、
距離を保った所で座り込み休憩している……様に見える。
「それじゃ、少し休んだら一気に近づくよ。大丈夫?」
「了解ですぞ……くれぐれも、気を付けて下さいです」
心配そうに袖をぎゅっと握る陳宮に微笑みかけると、休憩が終わったとばかりに立ち上がり……一気に走り出す二人。
目的は後方の人影、だがこちらが駆け寄った為か慌てているらしく何度か転びながら立ち上がっている。
やがてはっきりとその姿が見えてきた時……相手の姿に見覚えがある事に気付いた。そう、相手は三人。
初めて一刀が陳宮に出会った時、彼女を追いかけていたあの三人組であった。あちらも一刀の事を覚えていたのか、明らかに狼狽している。
「お前等……まだ、懲りてなかったみたいだな?それともこの前の恨みを晴らしにでも来たか?」
模造刀を鞘から抜き慌てる三人組に突きつけると、ぎゃあ、やひい、だの声を上げ怯え出す。
三人組は口々にお前だとは思わなかった、や別に遅う機会を狙ってた訳じゃ、等と言い訳を始めており、これなら襲ってくる事もなさそうだと判断し立ち去れという言葉を口に出しかけた、その時。
「北郷殿、伏せるですっ!」
陳宮の絶叫を聞いた瞬間反射的にその場にしゃがみ込む一刀、その頭上を数本の矢が掠め……矢が三人組に突き刺さる。
「ぎゃ、ギャアアアア!!」「ぐがああっ!?」「い、痛え!俺の腕が、痛えよぉ!!」
地面を転げ回り、或いは必死に刺さった矢を抜こうとしている三人組に一瞬唖然とするも、すぐに状況を呑み込む振り返る一刀。
その目に、上庸の方向からこちらへ駆け寄ってくる男達が見えた。その数凡そ十人、大半は剣と革鎧で武装し弓を持っている者も居る。
恐らくこの辺りで暴れ回っているという賊の一部だろう、弓手が再び矢を番えたのを見て取った一刀はすかさず横へ転がり、
数拍遅れて先程までいた場所に風切り音と共に数本の矢が撃ち込まれた。
「陳宮、このままじゃ不味い!一度下がるぞっ!」
「くぅ……あと少しで上庸と言う時にっ!!」
多少腕に自信があろうとも一刀は自信が英傑ではない事を知っている。囲まれればそれで終わりだ、故に二人は上庸から離れる様に街道を走る。
まっすぐ逃げたのでは矢の餌食になる為敢えて草むらに飛び込むと、陳宮の手を取り進路をジグザグに取りながらも必死に走った。
一度振り返った時に、矢に射られた三人組へと剣を振り上げて迫る賊の姿が見えたが、最早どうしようも無い。
この場を切り抜けるのが先だと必死に脚を動かす二人だが、三人組の持ち物を奪う為に半数を残し五名が追跡してきている。
矢を撃っても無駄と思ったかそれとも単に矢が尽きたのか、射撃は収まったが背後から罵声と怒号が迫ってきていた。
「くそっ、振り切れないか……もう少しだけ頑張ってくれ、陳宮」
「はぁ、はぁ……っ、大丈夫、ですよ……まだ、なんとか……」
殆ど全力疾走に近い速度の為体格や体力でどうしても一刀に劣る陳宮は限界が近いらしい、目に見えて息が荒くなっている。
しかし賊もまだ追跡を止める気配がない……だが相手をよく見れば個人の足の速さの差だろうか、一人一人の距離が離れてきている。
(このまま走ってもジリ貧だ……なら、消耗仕切る前に戦うしかない。一人ずつ仕留めきれれば囲まれずに、切り抜けられるかも知れない。
だが模造刀じゃ限界がある、一時的に足止めできても起き上がられれば終わりだ。体術でも一撃で仕留められる腕なんか無い)
ならば取り得る選択肢は一つ。ゴクリと一つ唾を飲み込み、走りながら打ち刀に手を伸ばす。
(使うしか、無い……のか)
呼吸が荒い、口の中がからからと乾く。それでも思考は止まらない。
(俺が此処で躊躇えば、死ぬのは俺だけじゃない……陳宮もだ。それだけは、させない)
隣を走る小柄な体躯の少女、この世界に落ちた自分を初めての友と呼び世話してくれた恩人。
恩を受けたと言っているがこれまでの道程を思い返せば救われたのは自分の方だ、ならば……守らねばならない。
「陳宮、ごめん」
小さく謝ると繋いでいた手を離し、一刀は足を止めて賊へ向き直る。振り返り様にリュックを落とし打ち刀を拾い上げ、抜く。
後方から陳宮の声が聞こえるが振り返らずただ一言離れてろと言い放ち、刀を構え腰を深く落とす。馴染んだ蜻蛉の構え。
「まだ、死ぬ訳にはいかなくてさ……ごめん」
誰に対しての謝罪なのか言葉を発した一刀自身にもよく分かっていないまま、迫り来る賊へ踏み込み、刀を打ち下ろす。
賊が斬撃に何とか反応し、攻撃を防ごうと剣を横に倒すが……一刀の斬撃はその剣での防御ごと賊を切り裂き絶命させた。
「……次ぃ!」
仲間が切り捨てられた事に激昂し剣を振り回しながら駆け寄る賊へ、体制を整えて自身も駆け寄る一刀。
相手の剣速は余裕で見切れる程度に遅い、隙だらけだなと思いながらもすれ違い様、真横に刀を振るう。
生温い液体が頬を伝い、首筋を刎ね斬られた賊が倒れ伏すのを横目に見ながら思わず動きを止めた次の賊へ飛びかかり、切り下ろし。
(人を斬る感触は上手くいけば殆ど無いが、太刀筋が乱れていれば濡れた手ぬぐいを叩くが如し、なんて前に読んだ本に書いてたっけ)
右腕を深く切り裂かれのたうち回る賊を踏みつけ、左胸を一突き。刀を抜きつつ振り返り様に横切りを放つと切っ先には別の賊の姿があり、
腹部を真一文字に切り裂かれた。思わずといった感じに腹を押さえる賊の眉間に突きを叩き込み、残り一人に目をやった。
「……な、何なんだ、お前……!?巫山戯るな、巫山戯るんじゃねえよっ!!」
何故だろう、怯える様な目でこちらを見ている。恐慌状態に陥ったのか勢いよく刀を振り回し突撃してきた。
めちゃくちゃな攻撃が故に剣の軌道が読めず左腕を掠めた刃が服ごと一刀の二の腕を浅く切り裂く、だがその程度で
ひるむ事は無い。これまでの修行で祖父に幾度も叩き込まれた一撃の方がもっと痛いのだ。
肩口から賊へぶつかり相手が思わず仰け反り胴ががら空きになった瞬間、剣道の面の要領で真っ向から刀を切り下ろした。
必死に走る陳宮に一刀が何故か詫びて、ぎゅっと繋いでいたその手を離すのが分かった。
慌てて陳宮が振り返れば、足を止めこれまで一度も使わなかった刀を抜き払い賊に向き合う一刀の姿。
……やがて追跡してきた賊が一人残らず屍に成り果てた後に立っていたのは全身を赤く染めた青年一人。
「終わったか……?よし、陳宮。残りの連中が来る前に此処を離れよう」
血に濡れ自身も傷を負いながらもこれまでと変わらぬ笑顔を向けてきた一刀に一瞬恐怖を覚える。
しかしそんな自分を恥じ、恐怖も何も顔に出さず陳宮は頷くとすぐに荷物を拾い集めた。
「そのままだと、血の臭いで自分の居場所を教えている様な物です。一度南の方向に向かいますぞ、
確か大きな川があった筈なのです。そこで血を落として服も換えるのです」
「わかった、南だな……急ごう」
頷いた一刀を先導し、草に身を隠す様に姿勢を低くと助言しながら急ぎ足で川へ向かう陳宮。
表情には出していなかったが彼女は川に辿り着くまでずっと自分を責めていた。
(北郷殿が怪我をしたのも賊を斬ったのも、ねねを守ったせいなのです……一人なら逃げ切れた筈なのに、
ねねが居たから……なのにねねはそんな北郷殿を怖がるなど、恩人に対する態度ではないのです……!)
自分を責める陳宮の様子に普段なら気付いたであろう一刀も、何も言わず考え込んでいる。
彼もまた賊を切り捨てた事に付いて考えて居たのであり……ある意味陳宮よりも自分を責めていたのであった。
(……俺は人を斬った。この手で殺した。自分の、陳宮の命を守る為に殺した……だけど、何だよこれ。怖い。
どうして俺は、『人を殺したのに何も感じていない』んだ……!?俺は、どうかしてるのか!?)
良く物語などで初めて人を殺した人間はショックを受けたり、恐怖に襲われたり、或いは発狂しそうになる。
だが自分はどうだ、血の臭いにもただ不快だなと思うだけ、人を斬った感触もこう言う物かと思っただけ。
罪悪感も、恐怖感も、何もなかった。ただ相手を斬って捨てて命を奪ったんだな、ただそれだけであった。
それは紛れもない恐怖であったが、その恐怖の矛先は自分自身に向けられていたのである。
やがて川に辿り着くと大きな岩の影で一刀は服を脱ぎ捨て、川へと飛び込み全身の返り血を丹念に洗い流した。
岸辺では陳宮が変わりの服を用意している、今着ている服は捨てていこうと言う事で意見が一致した為、
川に埋めておいた。後はこの場に居た痕跡を消せばある程度は安心だろう。
川から上がり衣服を換えて、刀に付いた血や脂も丹念に拭い取る。不思議な事に刃毀れもなければ目釘も正常、
使う前と何ら変わらない様な状態ではあったが、使えるのであれば有難いと気にする事無く刀を鞘に収める。
模造刀をリュックにくくりつけて代わりに刀を腰に差し、いつもと変わらぬ状態に戻った一刀に陳宮が問いかける。
「北郷殿……どうします、このまま街道へ戻れば賊達がまだ居るかも知れませぬ。上庸まではもうすぐですが、
しばらく此処に留まって賊をやり過ごすか、それとも……」
「……進もう。あいつ等の死体が見つかれば追っ手を掛けてくる可能性が高いし、此処は岩場で水場だろ。
こういう場所は大抵賊の拠点になりやすいって前に本で読んだ事がある。出来るだけ早めに離れた方が良いと思う」
「な……!?わ、わかったのです。準備が出来たらすぐに出発するのです」
一刀の言葉にこくりと頷き、陳宮が立ち上がった。岩陰から少しだけ顔を出しきょろきょろと辺りを伺う。
どうやら賊は居ないと判断したらしい、手招きする陳宮へ近づき少しでも早くこの場を離れようとして……。
「おっと、動くんじゃねえぜガキ共。仲間が世話になったみたいじゃねえか、ああ?」
足下に打ち込まれた矢と、投げかけられた声に動きを封じられた。現れたのは髭面の男であり……その背後は凡そ百の賊。
否、岩陰などにも居ると考えた方が良いだろう、ならば実際はこの数倍は居る筈だ。
「へへ、随分手間取らせてくれたが俺達の拠点の方へ逃げ込んだのが運の尽きよ。川上から血が流れてくるなんざ、
血塗れになった奴でも居ないと起こる訳がねえからなあ!」
言葉を続けたのは髭面の男の脇に立っている禿頭の男。先程三人組から略奪を行っていた連中の一人なのだろう。
にやにやと下卑た笑みを浮かべて一刀達に視線を向けていた。
「そっちはガキとは言え女だ、精々稼がせて貰うとするぜ?だが男はいらねえな、此処で死んで貰おうか。
てめえら、このガキをぶち殺……」
「大変です、お頭!官軍の奴らがっ!」
賊の頭らしい髭面の男が一刀の殺害を命じ掛けた瞬間、泡を食って掛けてきたのは別の賊。
と、遠くから馬蹄の響きが近づいてくるのが分かる。音が岩場に反響して正確な距離は掴めないのだが、
確実にこちらに近づいてきているのだけははっきりと理解できた。
「何だと!?くそ、てめえら!何処見張っていやがった!打って出るぞ!そこのお前とお前、このガキをぶち殺しておけ!」
近くにいた部下に命じると髭面の男は走ってその場を離れ殆どの部下もそれに続いてこの場から姿を消した。
だがその場に残っている賊は二名、一人は剣を構え一人は弓でこちらを狙っている。
「そう言うこった、ちゃっちゃと死んで貰うぜえ?ああ、一歩でも動いたらそっちのガキに矢が突き刺さるかもなあ?
じゃあまずはその腰のもんを捨てな、早くしろ」
「く……っ!」
未だ警戒しているのだろう、陳宮を人質に取る様な形で一刀の動きを封じた賊は武器を捨てる様に要求してきた。
断れば陳宮に害が及ぶと判断し、一刀は打ち刀を地面に落とす。それを見て賊はにやにやと笑い近寄ってきた。
なぶり殺しにしてやる、と伝わってきそうな下卑た笑みに歯がみしていた一刀だったが……。
「残りは何処や、此処かぁ!」
突如飛び込んできた一騎の騎兵が突き出した偃月刀、その切っ先が賊の胸板を貫き一撃で絶命させた。
呆気に取られる一刀と陳宮の前に、馬から下りて近づいてきたのは偃月刀を手にサラシと羽織袴で身を包んだ、
一人の女性であった。
「おぅ、あんたらは賊じゃ無いみたいやな。この状況見るとこいつらに襲われとったんかいな?よう無事やったなぁ」
偃月刀を拭いながら気さくに笑いかけてくる女性に礼を言おうとして、名が分からず困惑する一刀と陳宮。
それに気付いた女性は愉快そうに眼を細め、こう言った。
「ああ、まだ名乗っとらんかったっけ。ウチは張遼、字は文遠。よろしくな、お二人さん」
今回は此処まで、この外史での二人の距離感は凡そ前半の様な感じです。
ラストに登場した彼女との邂逅が今後何をもたらすかは……次回をお待ち下さい。
それから一刀の戦闘能力については文中にもある通り、英傑には程遠いレベルです。
一対一ならそこそこ強いですが数に押されればどうにもなりません。
普通の兵士では言うに及ばず、禄な装備の無い賊相手でも一対五なら死亡確定です。
回避率とクリティカル率は高くても火力が微妙で装甲が薄い、そんなイメージです。
それでは、またいずれ。
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こんばんは、第4話が完成しましたので投下します。
今回は二人の道中、そして彼にとっては初めての……。
それではどうぞ暖かく、時に厳しく見守って下さい。