高校2年の春、俺は新しいクラス割が貼られている掲示板を見ていた。
自分の名前はすぐに見つけたがどうしても見つけたい名前が見つからずにいた。
「よぅ、マル!お前、何組?」
後ろから俺の肩を叩き顔を前に出して掲示板を覗き込む男が2人中学の頃からの腐れ縁の笹峰夏樹(ささみねなつき)と花京院蒼(かきょういんそう)だった。
「なんだよ、また俺達3人同じクラスか」
「変わり映えしないよな。つってもマルがいれば俺達的には面白いけどな」
俺はいつもこの2人におもちゃにされている。
っと言ってもいじめられてるわけではなかった。
腕力だけなら2人を相手にしても余裕だったし。
でも口だけはどうしても勝てずにいた。
「それでそれで?例の女の子はどこのクラスだったんだ?」
「そんなの探すわけないだろ」
「ほぅ、言うねぇ~。さっきからきょろきょろしてたのはどこの丸山君なのかな?うん?」
「あっちこっち見てがっくり肩を落としてたのはどこの丸山君だろうね?」
俺が探している間こいつらは俺を観察していたのか。
「どれどれ俺達も探してあげようか?蒼、そっち探して」
「了解!んっ?そういや名前なんだったっけ?」
「何だったけ?ほれマル!大きな声で叫んでみようか?せ~の!」
「言わねぇよ。それに探してないって言ってるだろ?」
「照れるなよ。全然思い出せないんだから早く言えよ。減るもんじゃないし」
「だから探してないって」
これ以上こいつらに関わるとしつこさが増してしまう
気づかれないようにその場を離れようとしたが
「紗南、今年は同じクラスだよ」
「あっ本当だ。愛李(あいり)は?」
「ちょっと見つけられなよ」
「どれどれ、私寧々様が見つけて進ぜよう。んっ、ちょっと3バカ!一緒に探して」
俺達を指す言葉が飛んできた。
「やっぱり見つからないから教室に行こうぜ」
「そうだな、その内わかることだしな。なっ、マル?そろそろ行こうぜ」
「だから気にしてないって。先行ってるからな」
俺達は誰かが呼んでいるのを無視しながら教室へと足を進めた。
すると後ろからテンポのいい足音がリズムを上げながらこっちに近づいてくる。
タッっと地を跳ねる音が聞こえた瞬間背中に衝撃が走る。
「おわっ!」
強い衝撃に体が浮き地面を転がった。
「いって。誰だ?こんなことしたのは…」
起き上がり相手の顔を確認しようと顔をあげると
「私だけど何か文句あるのかな?ねぇ、マル?」
そこには見慣れた怒り顔があった。
「ひゅ~、久しぶりに見たぜ、寧々のドロップキック」
「あの打点の高さは並じゃないな。でもマルは頑丈だね~。俺なんかもっと吹っ飛んだし気づいたら保健室だったぜ」
俺がドロップキックを食らって吹っ飛んだ様を夏樹と蒼は懐かしむようにゲラゲラと笑っていた。
「そこの2人も久々にやってあげましょうか?きっついのをね」
怒りの矛先が2人に向けられるとそれに気づいた2人は手と顔を振りながら後退りしていった。
「そんなにびびるなら最初から無視しなければいいじゃない。だからあんた達は3バカなのよ!」
意味のわからない理由で俺達は怒られ始めた。
「もういいだろ、寧々?お前の説教は聞き飽きてんだからさ」
「そうそう。高校まで一緒で最悪だ~って思ってたけど1年はクラス違ったから天国はあるんだなって思えたぐらいなんだからさ」
「あんた達が私の癪に障ることをしなければすむ話でしょ?もしかして私の事好きでそうしてるの?」
「あり得ないでしょ」
2人同時に否定した瞬間、寧々は地上から離れ宙を舞っていた。
次に見た光景は吹っ飛んでいく夏樹と蒼の姿だった。
「ほう、飛んどる飛んどる」
逆光に照らされた宙に浮く2人は美しく見えた。
「だから癪に障ることを言うなって言ってるのに」
ふんっと鼻から息を吐きスカートを払い落ちてくる2人を見下していた
「1年しか経ってないけどあの吹っ飛ぶ光景は懐かしいな」
何を隠そうこの中鉢寧々(ちゅうばちねね)も中学からの腐れ縁でよくあいつらは怒られていた
俺もしばしばあったが完全に巻き込まれた状態だった。
「そんなことより私の友達のクラス探すの手伝ってよ」
ついさっきドロップキックをしたばかりだというのになかったかの様に頼みごとをしてくる。
「はぁ~やだよ、面倒くさい。自分の名前ぐらいすぐ見つけられるだろ、普通」
あんなことされた後でもあるし気になるとこもあるが最もな意見だ。
「そうだよな。誰かさんみたいに他の人の名前探してるわけじゃないのに」
この流れは非常にまずい・・・
「誰が誰の名前探してるの?」
蒼のことだ、すぐに喋ってしまうだろう、よりよって世話を焼くのが好きな寧々に…
後々面倒なことになりそうだ。
「それは…」
案の定か!
「んっんっんっ、しょうがない。一緒に探してやるよ。誰の探せばいいんだ?ほら寧々行こうぜ」
寧々の腕を引っ張りその場を離れて凌ぐしかない、そう思い腕を掴み再び掲示板に向かった。
掲示板の前に着き誰を探せばいいか聞くために寧々の方を振り向いたが
「もうマルったら強引なんだから。でもそういうとこ好きかも」
頬を紅く染めた蒼がいた。
「なんでお前がここにいるんだよ!」
「なんでってマルが勝手にひっぱたんだろ!俺のせいじゃないよ!」
あの場を凌ごうとして慌てて掴む腕を間違えてしまっていた。
「はははっ、マルらしくていいな。話を切りたかったの丸わかりだぞ」
「私と蒼を間違うなんて余程聞かれたくない話なんでしょうね。いつか聞かせてもらうわよ」
後から笑いながら2人が合流し始める。
何故かあれだけ文句を言いあいつつも昔話にはながさいた。
お前は昔からああだったこうだったと盛り上がっていると
「寧々、私の名前あったよ」
眠たげな目をした背の小さな女の子が俺達の輪に入ってきた。
俺達はその子に視線を向けた。
きっと誰もが誰だろうと思っただろう。
確かなのは寧々の知り合いだということぐらいだ。
その視線に気づいたのかその子は俺達を首をかしげながら見渡し始めた。
最後には笑って会釈をしてきた。
それにつられて俺達も会釈を返した。
誰も何も話さなくなりその場に不思議な空気が流れ始めた。
実際にはほんの少しの時間だったかも知れないが
長い沈黙の中誰もが空気を壊すきっかけを待っていた。
アイコンタクトで話だせと夏樹や蒼に送るが
俺にはできないっとアイコンタクトで返ってくる。
しょうがないと思い話そうとするが声が出ない。
たまらず寧々の顔を見る。
よく考えれば寧々の知り合いなのだからあいつが固まる意味がわからない。
俺の視線に気づきそうだよねっという表情になった。
とその時
「寧々、この人達…誰?」
「「「お前こそ誰だ!」」」
沈黙はかき消された。
「ごめんごめん。私がさっさと紹介すれば良かったね。この子は1年の時同じクラスだった如月愛李(きさらぎあいり)。ちょっととろいのが持ち味ってとこかな」
愛李の頭を撫でながら寧々が紹介する。
愛李はまだ首をかしげながら俺達を見ている。
「愛李っていうのか。いきなり入ってくるからビックリしたぜ。ちっちゃくて可愛いな」
「ずっと固まってるけどどうしたのかな?もしかして寝てるのか?」
夏樹と蒼はしゃがみこんで愛李の顔をまじまじと見始めた。
普通なら夏樹と蒼に視線が動くものだが愛李の視線は動かなかった。
「寧々、この子大丈夫か?まったく動かないけど」
「んっ?大丈夫よ。そろそろ動き出すころだと思うよ。ほら、今ピクッて動いたでしょ?」
愛李を見ているとたまにピクッと動いている。
その周期がどんどん早まってくる。
そしてそれが終わった時に愛李は動き出し
「寧々、私変な人達にすごい突っ込まれた」
っと話し始めた。
寧々の言うとおりとろいのだと確信した。
「何?この子寧々の友達?面白そうな奴じゃん」
「1年生の時同じクラスだったんだ。このとろさが可愛くて可愛くて」
「俺はとろいって言われて蹴られた覚えがあるけど」
「蒼の場合は見てていらつくからよ。それにあれは掃除が遅かったからでしょ」
「この子と蒼なら俺でもお前を蹴るな。なっ、マル?」
「いや俺なら投げ飛ばすけどな。思いっきり」
「中学の頃よくやられてたよ。君達の記憶の中にはないのか?」
ふぅと息を吐きおどけてみせる。
「いじめっこはいじめてる感覚がなからね。覚えてるわけないか」
蒼は皮肉たっぷりに反発してきたが
「あんたがさっさとやらないからでしょ!」
文字通り寧々に蹴りを入れられ一蹴された。
「ねぇ、紗南ずっとあっちで待ってるよ」
騒動の中愛李は掲示板を指差している。
「あちゃ~すっかり忘れてたよ。ちょっとここで待ってて。すぐに戻ってくるから」
寧々は愛李が指差した方へと走って行った。
「紗南って聞いたことある名前だよな」
「そうだな。誰だったっけ?絶対に聞いたことある名前なんだけどな」
2人は絶対にわかっている、俺を見る顔がニタニタと笑っている。
「火野紗南っていうんだよ。私の幼馴染なんだ」
「おっ、随分とすらっと答えられるんじゃん。実はとろくないんじゃないか?」
夏樹が愛李に尋ねると少し沈黙が続いた。
俺達は固唾を飲みながら愛李に注目する。
すると愛李はまたピクッと動きだしそれが終わると
「私全然とろくないよ。寧々と紗南にはとろいって言われる。なんでだろう?」
愛李は不思議そうで不満そうな顔をしていた。
俺達はさらに納得してしまった。
とろいと言うよりは頭の回転が人より遅いだけのだろう。
それが周りから見ればとろいと捉えられているんだ。
さっきすぐに答えられたのはそんなに頭を使わなくても答えられることだからだ。
「はあい!お待たせしました。こちらが私の友達の紗南ちゃんで~す」
寧々が掲示板から戻ってきて俺達に1人の女の子を紹介してきた。
それが俺が探していた名前の女の子だった。
「初めまして、火野紗南(ひのさな)です」
今にも消え入りそうな声だったが俺にはしっかりと聞こえてきた。
「愛李ちゃんの友達なんだってね、寧々とはどんな繋がりなの?」
「そうだよな。大人しそうな2人と凶暴な寧々とじゃ違和感だっぷりだよな」
「蒼、もう1回くらいたいの?覚悟の上での発言なら今までで1番きっついのおみまいしてあげるわよ」
「いや~おしとやかで可憐な3人組みとはいい組み合わせだね」
「わかればいいのよ。私と紗南は同じ部活なの」
「寧々って何部だったっけ?」
「中学の頃から吹奏楽だったじゃない。部長もやってたじゃん!」
そういえば文化祭で演奏しているとこを見たことがあるような気がする。
「私達同じクラスだからたまには遊びに来なよ。こうやって話すのも久し振りし、みんなで仲良くしたら楽しそうじゃん」
「わかったよ。たまには顔だすよ」
「寧々がいない時に行くからね。紗南ちゃん、愛李ちゃん」
今日1番のドロップキックが蒼を遥か遠くへ飛ばしていった。
寧々達は先に学校の中へと入っていく。
「よかったなマル。これで紗南ちゃんに自然に会いに行けるようになったじゃねぇか」
吹き飛んだ蒼を心配することなく夏樹は俺の肩を叩いた。
「そう簡単に言うなよ。俺は恥ずかしくて前を見ることするらできなかったんだし」
正直この先紗南に会っても話せる、いや顔を見る自信がない。
「俺達もそろそろ行こうぜ。新しいクラスの奴どんなのがいるかさっぱり知らないしさ」
「そうだな。お前等と同じクラスだってしか知らないしな。誰か知ってる奴いればいいな」
「よっしゃ、いっちょかましに行きますか!」
「変なことするなよ。お前等がしでかしたとばっちりがいつも俺に来てんだからな」
「感謝してるぜ、マル」
窓ガラスを割ったり、掃除をさぼったり、授業をさぼったりと夏樹と蒼がしているのだが
何故か俺が怒られていた。
また今年も同じめにあうのかと思うと少し憂鬱になる。
蒼を置いて新しい教室へと向かう。
新しいクラスメイトには何人か知った顔がいる。
1年の時のクラスメイトだ。
もしも知らない奴ばっかりだったらそれはそれで楽しかったのだが担任がくるのを見知った顔と話ながら待っていると、
女子の集団の方で聞いたことがある声が聞こえてくる。
まさかと思いそっちの方を見てみる。
「マル、俺の眼は信じられないものを見ている気がする」
「夏樹もか?俺も見えている気がするんだけど」
見てはいけないものに視線が釘つけになっていると教室のドアが空き土埃にまみれた蒼が入ってくる。
「あ~!なんで寧々がこのクラスにいるんだよ!」
「私はこのクラスだからでしょ!なんで蒼がこのクラスにくるのよ!」
「俺もこのクラスだからに決まってるだろ!なっ夏樹、マル」
蒼が話しかけた方に寧々の視線が動き始める。
「まさかあんた達もこのクラスなの?はぁ、先が思いやられるわ」
俺と夏樹は苦笑いを返すことしかできなかった。
ちょっと待て、寧々がこのクラスってことは…
女子の集団の中を覗いてみるとやっぱり紗南がいた。
頭の中が歓喜と不安が渦巻いてくる。
担任の話が教室中に響く中俺の視線は自分の意思に反して右斜め前の紗南の方へと動いていく。
何度も視線を外そうとしてもいつの間にか見てしまう。
幸いなことに紗南がこっちを見ることはなかった。
これで目が合ってしまったら俺は石化してしまう。
っと油断をしていた瞬間
プリントを後ろに回すために紗南が振り向いた。
慌てて視線を外す。
すると二か所から押し殺した笑い声が聞こえてきた。
夏樹と蒼が必死に堪えている。
あいつらは俺がずっと紗南を見ていたのを見ていたようだ。
恥ずかしさを隠すのに机につっぷした。
よりによってあいつらに観察されていたなんてこの先さらにネタにされてしまう、この先1年間が不安に思ってきた。
プスッ
「ぬあ~~~!!」
なにか細いものが背中にささり激痛が走った。
「どうした、丸山?質問か?」
「いや、何でもないです」
何かが刺さった部分をさすりながら後ろを見るとシャーペンを持った愛李が驚いた顔をしていた。
「愛李、お前か?痛かったぞ」
「………………」
「愛李?」
愛李の顔の前で手を振ってみるがまったく反応がない。
こんなとこでもこの状態に入ってしまうのか?
こっちの世界に帰ってくるまで無視して前をみるとプリントが回ってきていた。
固まっている愛李の席に1枚置き更に後ろの席の奴にも渡しておいた。
暫く愛李を放置し再び後ろをみると復活の兆しが見えてきた。
「やっと帰ってきたか。さっき俺の事刺しただろ?なんで刺したんだ?」
愛李は持っているシャーペンを見ながら
「ビックリした。マル君、急に大きい声だすんだもん」
「俺の方がビックリしたっての。なんで刺したんだ」
「だってマル君プリント回してって言ってもずっとどっか見てるんだもん」
「だからって刺す事は無いだろ」
「どこ見てたの?」
「うっ、まあそれはいいとして何も細い方で刺す事はないだろ?消しゴムの方とか指でやるとかあるだろ。」
「考え付いたので1番早かったから」
「でも細い方は痛そうとか思うだろ。実際痛かったし」
「考え付いたので1番早かったから」
「でもな…」
「考え付いたので1番早かったから」
これ以上言っても埒があかないような気がした。
きっと愛李は直感で行動する子なんだろう。
チャイムが鳴り響くと愛李はそそくさと寧々や紗南の所にいってしまい代わりに夏樹と蒼がやってきた。
「どうしたんだよ?紗南ちゃん見過ぎて鼻血でも出たか?」
「随分長い時間見てたじゃん?もしかしてアレがやばくなったの?」
来た早々失礼な事を言う奴らだ。
それにアレってなんだ?
「愛李に刺されたんだよ。お前らも気をつけた方がいいぞ。プリント回さなかっただけで後ろから刺されるからな」
「なんだそれ?まあ思春期は色々と複雑だからな」
「俺は俺で違う意味で刺したいけどね」
とりあえず蒼の発言は無視しておこう。
「あいつ考えると動き止まるだろ?答えが出たら即行動に出るらしいぞ。考え付いたので1番早かったから刺したって言ってくらいだからな」
2人はほうっと呟きながら寧々達がいる方を見渡していた。
「まあ、寧々の友達になるぐらいだからな。もしかしたら紗南ちゃんも結構危なかったりするかもよ」
「あっちの方に危なかったらたまらんですな」
「蒼、その辺にしないと寧々よりきついのお見舞いしてやるぞ」
「すみません。以後気をつけます」
相変わらずまともに話になるのは夏樹だけだな。
「まあなんにしても今年1年は同じクラスなんだ、良かったじゃねぇか」
「毎日同じ教室にいるってなると胃が痛くなりそうだ。これで隣の席にでもなったら大変な事になりそうだよ」
本当に想像を絶する。
平常心を保つだけ頭の中シナプスはフル活用だろう。
「それでマルは告っちゃったりしちゃうのか?」
蒼はニタニタしながら聞いてきたが何故か夏樹に蹴りを入れられていた。
不思議には思ったが気にしないことにした。
「そんな事決めてないけどチャンスがあればな。って言っても話したこともないからチャンスが回ってくるかもわからないけどな」
「俺も蒼も協力しないけど頑張れよ。まっ、マルが自分から話かけるとは思ってないけどな」
「協力してくれないのかよ。お前の言うとおり話しかけれる自信ないんだよ。頼むから協力してくれないかな」
「マル、男らしくないな。いつも俺らに言ってるみたいに己の力だけでやってみろよ」
蒼にそんなことを言われると思わなかった。
納得はしたけど蒼に言われるとなんとなくむかついてくる。
「そういう訳だからな。さてさて俺達は席に戻るか」
チャイムが鳴りそれぞれが席に戻っていく。
次の時間のホームルーム
委員会決めが始まる。
最後まで大人しく目立たないようにしていれば委員会には入らなくてすむ。
そう思い気配を消していたつもりが
「まずはクラス委員を決めるか。この中でやりたい奴いるか?推薦でもいいぞ!」
「丸山君がいいと思いま~す!」
「そうだな。お前らの面倒もあるし丸山でいいか。じゃあ丸山!今から司会やってくれ!」
蒼と担任の会話にて1番面倒臭そうな委員になってしまった。
今からどう足掻こうがこの決定は覆ることはないだろう。
渋々受け入れ教壇に向かう。
向かう前に思いっきり蒼の足を踏みながら。
教壇のに立つとクラス全員の視線が向けられる。
例外なく紗南の視線もこっちに向けられている。
なるべくそっちを見ないように委員決めを進める。
「んじゃ、女子のクラス委員を決めます。立候補、推薦などありますか?」
いつも思うが何故こういう時は回りが同じ歳の奴ばかりなのに敬語になるんだろう。
それはさておき誰か手を挙げる奴はいない。
そりゃそうだろう。
こんな委員を自ら引き受ける奴の気が知れない。
誰も反応しないまま時間だけが進んでいく。
この膠着状態に入ってしまうと俺にはどうにもできない。
それを察した担任が誰かいないかと声をかけてくれたがやはり誰も動かない。
「寧々!お前やればいいんじゃないか?中学の時もやってただろ」
静寂を切り裂くように夏樹は寧々に声をかけた。
う~んと考える仕草をしている。
寧々がやってくれるのであれば俺もやりやすくて助かるのだが…
「私より紗南の方がいいよ。私についてくるのは大変だと思うし」
「そりゃ寧々についてくのは誰も無理だよね。その狂暴さと言ったら…」
ドカッ!
「蒼、後で体育館裏に来なさい!二度と逆らえないようにしてあげるから」
寧々の投げた辞典が顔面にめり込んでいる蒼がブルブルと震えている
「大丈夫か?蒼」
蒼は無言で首を横に振った。
確かにその状態で大丈夫な訳がないな。
「火野、やってくれるか?」
担任が紗南に聞いてくれたが、このままやるなんて言った日には俺のテンパリメータは一瞬でレッドゾーンを振り切ってしまう。
頼むからやるなんて言わないでくれ。
紗南は少し考えた後小さな声で
「わかりました。やります」
そう答えてしまった。
俺のテンパリメータはレッドゾーンを振り切ってしまった。
この後は散々なもので噛むはチョークを折りまくるはで夏樹と蒼の笑いを誘うだけだった。
しかも紗南と話したことはどっちが始業の挨拶をするかぐらいしか話せなかった。
先が思いやられる。
仲良くもなれないのに告白なんて遠いな。
授業が終わり放課後になると寧々がすっ飛んできた。
「ねえねえ、マル。なんであの時あんなにテンパってたの?」
「俺は人の前に立つのが苦手なんだよ」
「もっと上手い嘘ついたら。中学の頃余裕で人の前で歌ったりとかしてたじゃん」
寧々の言う通り嘘だ
逆に人前に立って目立っていたい。
「ねえ、何で何で?」
延々と何で何でと聞かれもう白状するしかないと思ったが
「寧々、そろそろ部活いこ」
紗南が割って入ってきた。
危なく本人を目の前にして言ってしまう所だった。
寧々に白状しなくてすんでほっとしたのも束の間
「これで終わりじゃないからね。今度じっくりと聞かせてもらうからね」
そう言い残し紗南と一緒に部活へと向かっていった。
ああなると寧々はしつこい、確実にまた聞きにくるだろな。
どうにかはぐらかす手立てがないかと考えていた。
次の日
「ねえねえ、何で何で?」
朝一で聞きにきやがった、まだ夏樹や蒼に相談もできていないのに。
「ねえねえ、何で何で?」
「火野紗南ってどういう奴だ?彼氏とかいるのか?」
「紗南?いないわよ。フリーだけど何で?もしかして紗南が好きだとか?」
「馬鹿野郎!声がでかいんだよ。聞こえたらどうするんだよ。そうだ、だから聞いてんだ」
「ふ~ん、あんたが紗南をね…身の程知らずもいいとこね」
「うるせぇよ。好きになっちまったもんはしょうがねぇだろうがよ」
それを聞いた寧々は渋い顔をした。
「確かにそれはしょうがないわね。どういう状況だとしてもね。わかったわ、私が協力して進ぜよう。色々考えとくから楽しみにしておきなさい」
手を振りながら自信満々に自分の席に戻っていった。
寧々が協力してくれるのは助かるが…不安が広がってくる。
昼休みになり俺の席に夏樹と蒼が弁当を持ってやってくる。
「って学校に来た早々弁当なのか?」
「そう固いこと言うなよ。これでも早めに来たんだぜ。朝方までサッカーゲームで盛り上がってたんだから、なっ蒼」
「俺は1回も勝てなかったけどね。最終戦なんてシュートすら打てないし」
こいつらの性格を考えると多分こうだろう。
初めは楽しくやっていたけど負けが続いた蒼がもう1回、もう1回とねだり続け気づけば朝になっていた。
まあそんなとこだろう。
「さてさて、今日のおかずはなんだろなっと…はっ…」
蒼が弁当箱を開けた瞬間、真っ白になっているように見えた。
「どうしたんだ?蒼?はっ…」
覗き込んだ夏樹も真っ白になっているように見えた。
「どうしたんだよ、2人共。はっ…」
俺も覗き込んだ瞬間真っ白になったように感じた。
その弁当箱の中身はこれでパンでも買って下さいという手紙と
底にセロハンテープで貼られていた100円玉が入っていた。
驚きすぎて現実が受け入れられない。
「どうしたの?真っ白になって。お弁当箱が実は玉手箱だったとか?」
そう言いながら弁当箱を覗いた寧々も真っ白になっていた。
「こんなんで腹がいっぱいになるまで買える訳ないだろ!そもそも弁当箱に入れる必要がないじゃん!」
やっと現実を受け入れられた蒼が弁当箱に思いっきり突っ込んだ。
その声にやっと俺達の意識は元に戻った。
「そういや、蒼の母さんってたまにファンキーな事する人だったな」
「サンドイッチかと思ったら材料がそのまま入ってた事もあったしな」
「あの時は全部別々に食べたっけな」
「卵は生だったわよね」
「家帰って文句言ったら1週間飯出てこなかったよ。それ以来何も言えなくなっちゃった…って何で寧々がここにいるんだよ?」
「何でって同じクラスにいるんだから別にいいじゃない。それより一緒にお弁当食べない?親睦を深めるためにも」
「これ以上お前と親睦深めてどうすんだよ。深すぎてドロップキックくらうぐらいだぜ」
「私とじゃなくて2人とのよ」
寧々が振り返り俺もそっちを見ると愛李と紗南が立っていた。
愛李はまだ何が起きているかわからない顔をしていて
紗南はというと
紗南はというと
あれだけ見ていたはずなのに全くと言って顔を見る事ができない。
恥ずかしさのあまり自分の足しか見ることができない。
逃げちゃだめだ。
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ。
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ。
「うし!」
覚悟を決め思い切って顔を上げると
「じゃあ、マルはそっちに座ってね」
満面の笑みを浮かべた寧々に代わっていた。
とりあえず寧々に指示された席に座る。
机が足りないと気づくとすぐに夏樹と蒼に持ってくるように指示を出す。
持ってくる間に愛李、紗南の席を勝手に決め始める。
「はいはい、紗南は奥に詰めて。愛李、そろそろ状況把握して…よいっしょ。ここに座っててね。夏樹、蒼!きびきび動きなさい!」
ぶつぶつ言いながらもちゃんとやるところがあの2人らしい。
やっと全員が座ったところで気づいたことがある。
目の前が紗南だった。
回りは楽しそうに飯を食っている。
流石夏樹と蒼は溶け込むのが早い。
だけど俺はみんなが話している言葉が耳に入らないし飯も喉を通らない。
顔を上げればすぐそこに紗南の顔がある。
楽しくしていることはできない。
でもこのままだと告白なんて程遠い。
顔を上げようとするが全く上がらない。
俯いていると隣から腕に肘打ちが入る。
「ちょっとマル、これじゃ私がセッティングした意味ないでしょ?」
小声で寧々が文句を垂れている。
どうやらこれが寧々が考えた作戦のようだ。
単純で簡単な作戦だけど俺にとってはかなり難しいミッションである。
よりによって紗南が目の前だっていうのが厳しい。
席が離れていればまだ平然を保てただろうに。
「うるせえな、これでも何とかしようとしてんだよ」
「その割には全然話してないし顔を上げてないじゃない。このままじゃ先は長いわよ」
「わかってるって。今に見てろ。俺から話しかけてやるからな」
寧々はそれを聞くと再び会話の輪の中に入っていった。
俺も早く輪に入ろうとと頭は動くが体が動かない。
やることはまず顔を上げる。
そんな簡単なことからなのに全く動かない。
金縛りにでもあったように…
頭から体に命令を出す。
動け、動くんだ丸山悟
抵抗する体は観念したのか少しずついうことを聞き始めた。
もう少し、もう少しで完全に前を向ける。
上がり始めた顔は目が紗南の唇をとらえると動かなくなった。
完全に顔を上げることを拒否しているのか、それとも唇を見ていたいのかわからないが
顔を上げることを拒んでいる。
だけどここで止まってしまったら何も始まらない。
頭の命令を拒む体を全力で強制的に動かすと顔は真正面を向き目が紗南をとらえた。
第一段階をクリアした瞬間だった。
達成感が満ち溢れ感動すら覚えた。
やったぞ、やったぞ丸山悟!
初めて自分で自分を褒めたが
「寧々、私部室に用事あるから行くね」
紗南は席からいなくなってしまった。
信じられない現象に驚く俺と未だに何が起きているか呑み込めてない食事中の愛李。
それ以外の寧々達は教室から出ていく紗南を手を振りながら見送っていた。
紗南も小さく手を振りながら教室を出て行きドアを閉めた。
と同時に3人は俺の方を哀れんだ目で向いた。
きっと寧々は
「何やってんのあのヘタレ。っていうかあそこまで何もできないなんて逆に可哀想」
なんて思ってて夏樹に関しては
「なんだよ、話しもできないってまじで引くわ!」
って思ってるだろうし蒼に関しては
あれ?
俺じゃなく弁当を見てる。
もしかして食べられなくて可哀想とか思ってて、食わなければくれって思ってるようだな。
寧々と夏樹の気持はわかるけど蒼が思ってることが何故かむかついて
一気に胃袋にかっこんでやったら案の定蒼は残念な顔をしやがった。
そのまま話しかけられることもなく昼休みが終わる。
「おっ、おい…」
3人は冷たい目のまま自分の席に戻っていってしまった。
俺は一体何やってんだと落ち込んでいるとまた背中に何かが刺さる。
振り返ると愛李が箸で突っついている。
「はぁ、どうしたんだ?俺はお前の弁当じゃないぞ」
「マル君…私のお弁当なくなってるんだけど知らない?」
どうやら食べた事を覚えていないようだ。
授業の内容が頭に入らないまま今日の行動を反省する。
確かにあれは他から見ていれば俺も同じような事を思うだろう。
名誉を挽回するためには次は速攻で話しかけないと。
次こそは…
次?次はあるのか?
「今日もみんなで楽しく、そう、た・の・し・く食べましょ」
次の日も紗南達を連れて寧々は来てくれた、しかも念入りに楽しくと強調して。
相変わらずみんなは楽しそうに話しながら食事がすすんでいる。
かと言う俺は昨日に引き続き床と会話をしていた。
駄目だ、このままじゃ汚名を着せられたままだ。
意を決して顔を上げると
「丸山君のお弁当って大きね。全体的に茶色いけど」
紗南が俺の弁当を見て笑いながら話しかけてきた。
俺から話しかけて汚名返上するはずだったのに
「えっ、あっ、そうだな」
よりによってこんな返事をしてしまった。
本当の一瞬の出来事だったがちゃんと会話が成立した。
俺にとっては大事件だ。
その喜びに浸ってると教科書で頭を叩かれた。
何事かと思えば昼休みは終わっていて俺の机の上には全体的に茶色い手のついていない弁当が広げられている。
どうやら喜びに浸っている間に昼休みが終わっていたようだ。
急いで弁当をしまい授業に戻り何事もなかったように教室内も授業に戻る。
気恥かしさを残しながら黒板に書かれていく文字を追っていくがどうも気になる。
なんで授業が始まるまで喜びに浸ったままになっていたのだろう。
「愛李、昼休みが終わる時ぐらい教えてくれてもいいんじゃないか?おかげで恥かいただろ」
愛李はキョトンとした。
「俺何か変な事言ったか?」
「お弁当食べてる間みんな話しかけてたよ。お昼休みが終わる時も。マル君笑ったままよだれ垂らして固まったままだったんだよ」
つまり俺は変な顔をしたまま昼休みを過ごしてその顔をみんな、いや紗南に見られていたのか…
さっきまでの喜びは自己嫌悪に塗りつぶされてしまった。
それから毎日6人で弁当を食べる日々が続いた。
俺は醜態を晒さない様にと必死になりあまり会話を楽しめなかった。
たまにみんなで歩く帰り道でも変なところを見られないように常に注意した。
1日1日が神経を擦り減らす作業が続いていく。
でも嫌われるよりはましだ。
それに前よりも自然に話しかけれるようにもなったし仲良くもなれた。
このままいけば悪い印象は与えることはないだろう。
そう思えたある日
「マル、今日の放課後ちょっと付き合ってよ」
「はんへ?ぼぼへぎぐんは?」
「飲み込んでから話しなさいよ。何言ってるかわからないじゃない」
素早くおかずを噛み砕き喉の奥へと押し込んだ。
「なんで?どこに行くんだ?」
「どこでもいいでしょ?話があるからみんなが帰った後校門に来て」
それだけを言い残すとまた会話の中に戻っていった。
どうしたのだろうか?
寧々がこんなに真面目な顔をで話しかけてくるなんて。
確か昔に弁当を忘れておかずをわけろと命令してきた時と点数の悪い答案を覗き込んで口止めしてきた時と
あとは…
「マル、変なこと思い出してない?」
「滅相もございません。放課後が楽しみだなって思ってただけだよ」
「ならいいけど」
なんで俺が考えていることがわかるんだ。
夕日が教室の色を変える頃、校舎内の人気は少なくなり始めた。
窓から校門を見ると寧々はまだ来ていない。
いつまで待てばいいのだろうか。
校舎に響くフルートの音が余計にそう思わせた。
にしても綺麗な音色だ。
待つのには調度いいかもしれない。
机に突っ伏しウトウトしながら聞いていると夢と現実の間を彷徨い始めた。
フルートの音が消え入りそうになる頃には夢の中に入りかけていた。
が
パ~~~~~!!
けたたましくトランペットが鳴り響き知っているメロディーが爆音で流れ始める。
ってこれ中学の校歌がじゃねぇか!
みんながいなくなったら来てってあいつの部活の終わりを待っててことだったのか。
「ごめんごめん、ちょっと遅くなったね」
やっとの事で寧々が校門にきた。
「ちょっとじゃないだろ。部活があるならそう言えよ」
「だって部活だって行ったら帰るでしょ?まあ気づいても帰らなかったのはありがとね」
「ったく、そういや部活だったんだよな。1人か?」
まわりを見渡しても紗南の姿は見えなかった。
「残念でした。私1人よ。紗南もいて欲しかったよね」
「べっ、べっ、別にそういう訳じゃねぇよ。んでどこ行くんだよ」
「別に決めてなかったわ。ん~よし!ついてきなさい!」
寧々は地元へ帰る道を指さしながら歩き始めた。
どこまで歩いても知っている道、真新しいものも見つからない。
というよりは毎日通ってる道。
「寧々、ただ下校してるだけじゃないか!帰っていいか?」
「何言ってるの?今から行くんじゃない。懐かしい場所に。ほら、黙ってついてくる!」
どこに向かうのかも告げずままズカズカ進んでいく。
「お待たせ致しました。本日の目的地、第1弾神楽屋で~す!」
どこかと思えば中学時代に通った駄菓子屋だった。
「高校に行ってから1回も来てなかったし懐かしいな」
「私も実は高校行ってから来てないんだよね。あっ、おばちゃん久し振り!」
奥の方に座ってるおばちゃんがにっこりと笑っていた。
「寧々ちゃん、久しぶりね~。あらあらいい女になって~」
「何言ってるのおばちゃん。昔からいい女だったじゃない」
「へっ、よく言うぜ。ほがっ!」
「あら?丸山くんもいい男になって。どうしたの?変な声出して?」
「こいつ昔から奇声上げてたでしょ?気にしない気にしない」
勝手に俺の過去を変えやがって。
「これなんか懐かしくない?みんなでよく食べたよね」
店の手前にあった駄菓子を手に取り俺に手渡してきた。
そういえばよくここで夏樹や蒼、寧々達と学校帰りに駄菓子を食べながら喋っていたな。
「やっぱりこれ美味しい。この店で1番好きなんだよね」
寧々は新たに手に取った駄菓子をほうばって笑っている。
「そうだな、実は俺もこれ好きなんだよな」
口の中に放り込み噛み締めると前に食べたよりも旨く感じた。
懐かしい味と共に懐かしい記憶が甦ってくる。
確か最初に寧々に駄菓子を俺達は渡されて…
それを食べ始めると寧々が食べ始めて…
でよそ見をしてると…
「おばちゃん、お金はあいつらが払うからね」
そうそう、そんな風に俺達に支払押しつけて…
「これも美味しいんだよね。あっこれもだ」
っとどんどん食べていく。
「懐かしい記憶だなって寧々!また俺に払わせる気か?って答えない間にも食べるな!」
「んぐんぐ…まあ、今回は協力してるんだからいいじゃない」
「つまりはこれが報酬ってことでいいんだな」
「そそそ」
「信用できない返事だな」
これでうまく言ったとしたら更に奢らされそうな気がする。
何でだと思いつつも協力してもらって助かってるのは事実、こいつの協力なしじゃ紗南と話すこともなかっただろう。
「おばちゃん、今のところいくら?」
「んっ?気にしないほうがいいわよ。帰りにまとめて知った方が幸せよ」
「そうよ、あっ、おばちゃん、これ」
「はいはい」
寧々は色々と食べながら何かを渡している。
「さっきから毎回毎回渡してんだ?」
「後でのお楽しみってとこかな?」
「はいはいわかりました。でもそろそろ行こうぜ暗くなってきたしよ」
「そうね。おばちゃん、こんなんあったっけ?」
「昔からあったわよ。誰も見向きもしてかっただけよ」
「俺も初めて見たな。こんなんあったんだな」
「ねっ、今度夏樹とかにも教えてあげなきゃ。みんなで持って手を重ねてバルス!!って叫んでみましょ」
「それだと誰が目が、目が…って言うんだ?」
「それは蒼に任せるわよ。もちろん迫真の演技でやらせるわよ」
「あいつなら全力でやってくれるだろうな」
お互いが想像したのだろう、顔見合わせると自然と笑いが出た。
「さてさて、一笑いしたとこでいこうぜ」
「そうね、次行きたい場所もあったしね」
「お前まだどっか行くのかよ」
「言ったでしょ。ここは第1弾だって。じゃあさくさく行きましょ」
そう言い残すと本当に寧々はさくさく歩き始めてしまった。
「ちょっと待てよ。おばちゃん、いくら?」
「えっと、全部で20円よ」
「あんだけ食べて20円はないでしょ?本当はいくら?」
「本当に20円よ。相変わらずくじ運強いね」
「ってことはまさか…」
「最初に2人が食べた分だけよ」
くじ引き関係をやらせるとあいつに勝てる奴はだれ1人いなかったな。
おかげでいつも安くあがってたからいいけどおばちゃんにしてはいい迷惑じゃないのかと疑問が残る。
しかし、おばちゃんに20円を渡して寧々を追いかけた。
「ったくあいつどこに行ったんだ?」
寧々を追いかけてきたつもりがすっかりと見失ってしまっていた。
こっちにいっただろうなんて安易に歩きまわったら
地元から離れていることに気付いた。
「しょうがない。今日は帰るか。明日謝れば許してもらえるだろう」
来た道を戻りながら歩いていると公園のブランコに座っている寧々を見つけた。
来た方向からだと丁度死角になっていたから見失っていただけだったようだ。
にしてもあいつからは見えるんだから声をかけてくれればいいのに…
公園に近づいていくと寧々が小さくブランコを漕いでいるのがわかった。
そういえばあいつ悩んでいたりするとブランコをよく漕いでいたな。
「よう、悪いな。見失っちまってな。何やってんだ?こんなとこで」
「あぁ、マルか。ちょっと遅いんじゃない?もう暗くなってきちゃったじゃない」
「お前がサクサクっと歩いて行くから悪いんだろ。んで、どうしたんだ?ブランコ漕いで、悩んでるのか?」
「そそそ。世界情勢とかこれからのこの国の事とか…」
「あぁもういいもういい。そういう難しい話はやめてくれ」
「将来の事とか…」
「はいはい、難しい話はやめてくれ」
「あんたの事」
「はいはい、難しい話はやめてくれ、って俺?」
「そそそ。あんたの事よ」
「それってまさか…お前が俺の事を…」
「それ以上言うと顔面にこの拳がめり込むわよ」
固く固く拳を握っている寧々の顔はマジだ。
「おっ、おい!いつもながらの冗談だよ、いいからその拳納めてくれよ」
くらっても痛くないのだが妙な殺気が恐ろしい。
「そうね。あんたなんか殴ってもどうしようもないし大事な話もあるから。ちょっとそこに座って」
久しぶりに座ったブランコはこれでもかっていうぐらい小さかった。
年月がたつのは歳をとるたびに早くなっていくような気がした。
「最近調子はどうなの?紗南と仲良くなれた?」
「あぁ、俺としては合格点を上げたくなるような頑張りようだぜ。これで仲良くなってないなんて嘘だよ」
「ふ~ん」
そういうと寧々はまた小さくブランコを漕ぎ始めた。
「でもさ、マルらしいけどマルらしくないよ。らしくないところがらしいんだけどらしさが出てないんだよね」
「まったく何を言ってるかわからないんだけど」
「言った言葉の意味、そのままよ。ちょっと考えればわかると思うけど」
「わかんないから聞いてんだよ。難しい話は理解できない頭でごめんなさい」
「はぁ、わかったわよ。ちゃんとわかりやすい言い方で言ってあげる」
寧々は大きくブランコを漕ぎ始め最後には飛び降り、体操選手のように着地しこっちに体を向けた。
「マルは紗南と仲良くなろうと頑張っている。それはいいことだと思う。じゃないと仲良くなんてなれないもの。でもいつの間にか自分を見失いながら事が進んでるの」
「恋愛なんてそんなもんだろ」
「そうかも知れないけどあんたはいつまでも武装したままで接しようとしてるのよ。まっ、それがマルらしいところでもあるけど」
「ならいいじゃないか。らしさが出てるんだろ?」
「私が言いたいのはそういうことじゃないの!武装している本人のらしさは伝えられてないって言ってるの。見栄ばっか張ってる社長みたいなものね」
「悪いけど俺にはわからない。少しわかってきたけど完全には理解できないな」
「はぁ」
やったらめったらでかい溜息が聞こえてきた。
「だからあんたが紗南に見せてるのは別の自分。本当のあんたじゃないの」
「そりゃ、仲良くなったら見せてけばいいじゃないか。だから俺は頑張ってんだよ」
「気を使ってるんのがバレバレでも?」
「ああ、頑張ってるよってばれてんの?好きだってことも?」
「そっちはばれてないけど。マルは気づいてないと思うけど気を使われることで紗南も気を使ってるんですけど」
「嘘!?マジで!?」
「マジで。あえて言うなら嫌われてるのかって気にしてたわよ」
「おぉ…俺の今までの頑張りは一体何だったんだ」
深い悲しみが俺を包み込んだ。
「辛いと思うこともしばしばあったこの日々は無駄だったのか」
寧々の発言は胸に突き刺さりなかなか抜けない。
地面が滲んで見えるぜ。
「そんなに辛いなら私と付き合えばいいじゃん。苦しんでるマル見てるの私も辛いよ」
「お前、何言ってんだ?」
「私と付き合えば辛い思いもしない。着飾る必要もない、マルらしくいられるよ。だから…」
「寧々…気持は嬉しいけど俺は…俺は…紗南が…」
今紗南にどう思われていようが俺はあいつが好きなんだ。
「だから寧々…あれ?寧々?うがっ!」
目の前にいたはずの寧々に後ろから蹴られブランコから落ちた。
「なんて私が言うと思った?なんで私がマルなんかと」
「お前頬まで紅く染めて迫真の演技かい!」
「騙されたあんたが悪いのよ。私の言いたいことわかったでしょ。今のままでは駄目なの。逆効果だからしないといけないことは…」
「自然体でいろってことだろ?わかったよ」
「でも気を使うとこは使わないと駄目だからね」
「女心ってのは難しいな」
「私に言わせれば男心もわかわないわよ。んじゃ、私、薄暗くなってきたから先帰るわ」
「それなら俺も帰るよ。同じ方向だし危ないだろ?」
「いいよ、寄りたい場所もあるし今まで連れまわして1人になりたいから」
「随分な言い草だな。わかりましたよ、1人で帰りま~す。寧々、ありがとな」
「はいは~い、健闘を祈りま~す」
公園から出ていく寧々を見送った後俺もゆっくりと家に帰った。
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