「……うむ……」
どれぐらい寝たのかしら。
目を覚ましてみると、何かに縛られてる感覚が私を襲った。
疲れてるのかしら……と思ったら、どうやらその感覚は現実だったようだ。
「……すー…ぅー<<ぎゅー>>」
「!?」
一刀だった。
居なくなったと思った一刀は、いつの間にか私の側で私を今までにもなかった力で抱きついていた。
といっても、息苦しかったとかそういうわけではない。
寧ろその圧迫感が心地良くてもっと安らかに眠ることができたのでしょうね。
だけど、この子は本当に身勝手よね。
居なくなったと思ったらまた帰ってきては散々心配していた私を抱えて寝ているだなんて……
……だけど、きっとそれは一刀の方も同じ気持ちのはず。
だから今は、このまま抱かれてもうちょっとこの幸せの感覚を満喫しているとしましょう。
「……」
「……すぅー<<きゅーん>>」
髪をなぞると、一刀は何か苦しそうな顔をしながら小動物のように抱きついてくる。
まるでそうしていないと私がどこかに消えてしまうとでも言っているよう……
「一刀…?」
「……<<ふるふる>><<ぎゅー>>」
私が一刀を揺らして起こそうとすると、一刀は頭を横に振りながらもっと腰を引っ張ってくる。
あなた、実は起きてるんでしょ?
「そんなに抱きつかなくても大丈夫よ。もうあなたに言わずに消えないから…だからあなたももう目を開けて私を見なさい」
「………<<ふるふる>>」
まだ意地を張る気?
いいわ。それならこっちも考えがあるわよ。
「えいっ」
「…!っ…!っ!」
ちょっと強く頬を引っ張ってみる。
一刀はちょっと喘ぎ声をだしながら痛がるけど、まだ目を開けないし、腰を抱えた手も離さず。
それならもう片方のほっぺも
ぐいっ
「……うぅー!」
「さぁ、早く離してくれないとほっぺがおもちみたいに伸びちゃうわよ?」
「……ぅぅ……」
一刀もそれにもう我慢できなかったのか、私の腰を抱えた手を離してほっぺをつねっている私の手を振り切った。
「……<<ぐすん>>」
「はぁ……うん?」
そして、ちょっと涙を汲んだ目を開けたら、驚くことにその目は赤く充血していた。
泣いていたのかしら。
「一刀、どうしちゃったの?」
「………」
そう聞かれた一刀は赤くなった目で私の目をみつめては、
「<<がしっ>>」
「え、ちょっと……」
また抱きついてくる。
今回の一刀は甘えるばかりね。
でも、少し様子がおかしかった。
いつもの一刀もよくこうして甘えてきたりはするけど、今の一刀はまるで何かに怯えているようだった。
………
そうね、
それじゃあ私に出来ることは、
がしっ
「大丈夫よ。……大丈夫だよ、一刀…」
ただ、一刀が安心できるように彼を抱き返すだけ。
そして、言葉で安心させて、慰めてあげるのが私にできることの全て……
「……<<ぎゅー>>」
「……大丈夫よ。私はここにいるから……」
しばらく、一刀が落ち着くまで、私はそうやって一刀を抱えて、慰めていた。
「もう大丈夫?」
「…………………<<コクッ>>」
もうどれぐらいそうやっていたかしら。
優しい顔でそう聞いてみると、一刀は軽く頭を縦に振ってくれた。
「…それじゃ…いいわね」
「………ぁ」
一刀は私が言いたいのかわかったのか、目をじっと閉じた。
コン!
デコを軽く拳で叩いて、頭からコンと音がする。
「………<<パチッ>><<ぐすん>>」
「多めに見てあげたわよ。病気なのだからこれぐらいで済んだと思いなさい」
「………」
一刀は痛そうに頭をなでながら涙を汲んだ。
「私がそうするからって、あなたまで勝手に消えたりしないでちょうだい。私をどこまで不安にさせる気なの?」
「……」
一刀は答えの代わりに唇をちょこっと出して見せる。
まぁ、どっちもどっちなのだけどね。
だけど、こうしている一刀を見ていると、前よりはちょっと良くなったのかと少しほっとする感もある。
「しばらくは大人しくしていなさい。あなたのために蜀まで行って医者を連れてきたわ」
「……?」
「そうね、今頃街に居るかしら。沙和たちに護衛兼環視を任せておいたけれど……」
「………<<パクッパクッ>>」
「?」
一刀の様子がちょっとおかしい。
何か隠していることがあるように顔をそらす。
「……一刀?」
「………!…?」
私が呼んだらハッとしてまたなんともない顔でこっちを見るけれど、
うん、やっぱりなんか隠してるわね。
「まぁ、いいわ。取り敢えず華佗にあなたを観てもらわないといけないから先ず……」
「!」
「?」
寝台から出て部屋の外へ向かおうとする私を、一刀が止める。
「一刀?」
「………<<ふるふる>><<がしっ>>」
「往生際が悪いわよ、一刀。いい加減放しなさい」
「……!<<ふるふる>>」
今回こそ絶対離さないかのように一刀は抱きついて離れない。
この子がこうすると、絶対外に何か起きているに違いない。
何事が分からないけど、取り敢えず状況を確認しないと…
「………あら、紗江、居たの」
「!?」
今よ。
「…ぁ!」
一刀の防衛が緩んでいる隙に外に向かう。
がらっ!
引き戸を開けると、外は静かだった。
特に変な様子はない。
「………」
それでも、一刀は何か焦っている様子。
……
静かね。
静か過ぎるわ。
「も、孟徳さま……!」
「?」
あそこから侍女の一人がこっちに来た。
「お目覚めになられましたか」
「あなたは?」
「…郭嘉さまから、孟徳さまがお目覚めなるとこれを……」
そう言いながら、侍女は竹簡一つをを私に渡す。
「……そう、ご苦労だったわ」
「……<<ぺこり>>」
侍女はそのまま一度頭をさげて来た廊下を戻って行った。
「……稟が…?」
何故書簡などで……嫌な予感がするわね。
ちゃら
………
「!」
何よ、これは……
『華琳さま、今西涼に五胡の大軍勢が攻めてきているとの報告が入りました。
私と春蘭たちが防衛に向かいますので、華琳さまは一刀殿がお戻りになるまで陳留に留まっていてください』
「あの子たちが…私をほったらかしにして戦場に向かったですって…!」
しかも五胡……
確か孟節、いえ結以の話では……
<<歴史の歯車は既に元の姿には戻れないほどに違う形になってしまいました。残ったものはこの新しい形が己の姿を守ることができるのか、否か…この三国同盟の早期可決は、この大陸の命運を賭けた必要不可欠な事項となっています>>
そして、馬騰の言葉……
この五胡が攻めてきたということは、ただのことじゃなかった。
こうしては居られなかった。
「一刀、あなたはここに居なさい。私はこれから軍を組んで西涼に向かうわ」
「……<<ふるふる>>」
一刀が頭を横に振る。
言っては駄目と、そう言っているの?
「私にここに居なさいというの?私の家臣たちが大陸に散らばって私のために全力を尽くしているわ。私だけ安全なところでそれを見ているわけには行かない」
「…………」
私を見る一刀の目には涙が一杯だった。
「……民のためよ、一刀。この戦いが終われば……あなたがそれほどの望んでいた平和が…皆を幸せが戻って来るわ」
「……<<ふるふる>>」
一刀は頭を横に振るのをやめない。
それが何を否定しているのか、私には伝わらなかった。
「<<ふるふる>>」
「一刀」
「……<<がしっ>>」
一刀がまた抱きついてくる。
ああ、そうなのね。
あなたは私にここに居なさいと言っているのね。
行かないで、ここに自分と一緒に居なさいって……
「私がここにいたら……皆の思いが無駄になるわ」
「………ボクの思いは?」
……へ?
「ボクは……華琳お姉ちゃんにはもう必要ないの?」
「一刀……あなた喋って」
「ここに居て……」
一刀が話していた。
鳴き声じゃなくて、行動でじゃなくて自分の声で私に訴えてくる。
そう、こんなことが何度もあった。
孫呉を攻めるために準備していた時、孫呉の地にて撤退する寸前にも……
言葉が出来る時には、この子はいつも私に会ったらそんなことを言っていた。
だけど、それはきっと一刀が私を初めて出会った以来、いつも思っていたはずだわ。
そして、一刀は私に、自分が私がにとって一番大切な存在になってあげると言っていた。
自分が私の覇道の夢よりも大事なものになってあげれれば、私は戦わなくても良いと、人を殺さなくてもいいと思ったのよ。
その考えに間違いはなかったわ。
実際、私は戦うことを、覇道をやめた。
だけど、戦いを求めるのは私だけではなかった。
挑まれたこの戦いを、向かい打たなければまた多くの民たちの血を流すことになる。
せっかく手に入れそうになった平和がこの手から離れていく。
「あなたは、それで良いの?」
「………」
「多くの人たちが悲しむことになるわ。誰かはしなければいかないこと……王として私はその役目を勤めなければいけない」
「………」
「一刀」
「何故拾ったの?」
「っ」
見えない。
一刀の顔が良く見えない。
怒ってる?
笑ってる?
悲しんでる?
泣いてる?
「あの時ボクをあの砂漠の上に置いていくことが……今こうしてボクを使い捨てていくことより理に適ってると思ったの?」
「違う」
「それとも…最初からボクの気持ちなんてどうでもよかったの?」
「違う!」
「自分の心を保つための道具にしたかっただけなのでしょう?」
「……!」
あ、そうなんだ。
見えないんじゃない。
何もないんだ。
「ウソつき」
無表情。
!
「……はぁ……はぁ…」
気がつくと、私は寝台の上にいた。
夢……だったの?
ぎゅー
「!」
何かに圧迫されてるような感覚に気付いて下を見ると、
「すぅ……すぅ……」
「かず……と…」
一刀がいた。
夢の時のように、私の抱きついて眠っていた。
「…………」
今の夢は……まさか…
ガラッ
静かに寝ている一刀の腕から離れて、部屋の外に向かった。
誰も見えない外。静かな庭……
静か過ぎた。
そう。警備の兵士一人も見当たらないというのは、いくらなんでもおかしい。
「誰かある!」
私の声に、少し間を空いて侍女一人が近くの部屋から私の所まで来た。
「お呼びでしたか、曹操さま」
「今城に残ってる将たちを全て集めて頂戴」
「……恐れながら、少女がご存知の限り、陳留に残っていらっしゃった将たちは昨日の昼頃、皆西涼に向かわれたと聞いております」
「なんですって…!何故!」
「……詳しいことは存じておりませんが、西涼に異民族が侵入してきて…」
「…!」
五胡が……あの夢は正夢だったというの?
しかも昨日の昼ですって…!
私が眠った後直ぐに報告が入ったとしても、私は丸一日眠っていたということになる。
その間、稟と春蘭たちが兵を集めて西涼に向かった……。
何故私に知らせないでこんななことを……
いえ、聞くまでもないでしょう。
私はここ最近あまりにも自分を追い詰めていた。
実際丸一日寝ていたほど、私は疲れを重ねていた。
あの子たちからしては、これ以上私に負担をかけたくなかったのでしょうね。
私は……
ぐいぐい
「!」
「……」
「かず…と」
「………」
振り向くと、そこには親指と人差し指だけで私の服の裾を引っ張っている一刀が悶々と立っていた。
「………」
現実の一刀は何も言ってくれない。
ただ私を見上げているだけだった。
だけど、その目が逆に私の心に刺さる。
行かないでって、自分と一緒に居てってその心の中で叫んでるに違いない。
そう思うと、益々心が苦しくなってきた。
だけど、
すっ
「……え?」
一刀は私の服を摘まんでいた手を放してくれた。
「………」
「…行っても……いいの?」
「……<<コクッ>>」
頷いてくれる。
現実の一刀は、私の在り方を認めてくれた。
今の私に居るために、私はこの子を利用してきた。
どんな過程であったとしても、それは変わることにない事実。
それでも、あなたはまた自分を犠牲にするというの?
「一刀、あなたは……」
それでいいの?
「………<<ふるふる>>」
いいはずがない。
大人のための犠牲にされたい子供なんてありはしない。
子供ならもっと大人に…親たちに甘えて、我儘を言って…逆に大人たちから犠牲を求めても罰が当たらないはずよ。
なのに私は……あなたにこれ以上も諦めなさいと言わなければならない。
最低の大人よ。
「一刀…」
スッ
「…!」
一刀に伸ばしたその手は、いつかあの子が初めて私に向かって怒りを示した時のように私を拒まれてしまう。
「……」
行ってもいい。
行ってもいいから、これ以上自分を傷つけないでと……
これ以上自分を痛くしないでと……
「嫌よ」
そんなのは嫌。
「こんな風になりたくてあなたを拾ってきたわけじゃないわ」
あの日から私たちは変わったことがあったのかしら。
私はあなたの保護者で、あなたは私に守られる幼い天の御使い。
初めて会った時から、私たちの関係というものは何一つ変わっていない。
それはつまり後退を意味しているのかもしれない。
「お願いだから…そんな顔しないで…」
悔しかったら泣いて。
私と一緒に居たいって喚きながら抱きついて。
怒りたかったら怒って。
どうして私のことをいつも傷つけるのかと怒って。
切なかったら悲しんで
私が人を殺すことが嫌だって、傷つくのが嫌だって言って。
なんでもいい。
だから、そんな顔をしないで……
そんな何の感情もない顔で私を見ないで。
「なんとか……言って……お願いだから………」
不安なのよ。
どうして何も言ってくれないの?
私は……私はもうあなたがないと駄目なのよ。
あなたのことがこの世界で何よりも大切なの。
あれも、これも、全てあなたの為だったのに……一体何が間違えてこうなってしまったというの。
泣いてる。
華琳お姉ちゃんが…泣いてる。
泣かないで……
泣かないで。
そんなつもりじゃなかったの。
華琳お姉ちゃんを泣かせたくてこんなことをしたわけじゃないの。
あの夢は本当にそうなるのかな。
また戦が起きて、ボクと皆が死んでしまって…華琳お姉ちゃんが一人になってしまったあの夢…
皆が死んでいるその地で涙を流している華琳お姉ちゃんを慰めてあげれる人は誰も居なかった。
ボクも……
華琳お姉ちゃんは一人になってしまうかも知れない。
ボクはその気持ちを知っていた。
深く傷ついて、二度と立ち直れなさそうなその感覚は、人を泣かせてしまう。
泣いても誰も慰めてくれないことが分かって、もっとたくさんの涙を流す。
華琳お姉ちゃんにそんな思いをさせたくなかった。
戦いは始まってしまった。
相手は大陸の人たちでもない。
話し合いで解決できる暇もないことが分かる。
だから、戦わなければいけない。
でなければ、よりたくさんの人たちが死んでしまう。
もしかしたら、ボクは今華琳お姉ちゃんを止めることこそが、ボクが見ていたあの夢のような結末を呼ぶことになるかもしれない。
華琳お姉ちゃんがなければ皆ちゃんと戦えないし、華琳お姉ちゃんが居るから、他のお姉ちゃんたちも今まで頑張ってきてくれたんだ。
それを知っているからボクは、今華琳お姉ちゃんが戦うことをやめるわけにはいかない。
だけど……
本当は違う。
華琳お姉ちゃんが戦うことが嫌い。
その手に身体の血を浴びらせることが嫌い。
華琳お姉ちゃんが傷つくことが嫌い。
それなら止めるべきだった。
でもそうするわけにはいかない。
だから、変な顔になってしまう。
ボクが泣いたらきっと、華琳お姉ちゃんが迷う。
だから泣かない。
なのに、華琳お姉ちゃんの方が泣いてしまった。
ボクのせいで華琳お姉ちゃんが泣いてしまった。
ボクは………
ボクはどうしたらいいの?
ねえ、さっちゃん。
華琳お姉ちゃんが泣いてるとボクも悲しい。
だけど泣いちゃうと……
華琳お姉ちゃんは……
ボクはきっと……
我慢できなくなっちゃうの……
ぼとっ
「…ひっく、ふぐぅっ……」
無表情だった一刀の顔が歪む。
どんどん、人が辛い時、悲しい時にする顔になっていって、
やがては涙が目一杯になってもその涙を拭くこともなく、ただボトボトと涙を流す。
そう、本当は辛かったはずよ。
私のために全部犠牲にしていた一刀。
自分の幸せなんて気にせずに人の幸せのために生きてきた一刀。
だけど、本当はもっと我儘いいたい、意地悪したい一刀。
ありがとう、一刀。
私には隠さないで。
私にならどんなことでも、こんな気持ちでも隠さすさらけ出してもいいから。
だから……泣いて。
「ふぅうぅぅ……うぅぅ……」
泣いているあの子にもう一度手を伸ばしてみる。
手は揺れているけど、それはまたあの子が私を拒むことが怖いかれではない。
きっと……
スッ
「良い子よ……一刀」
「ふぅぅぐ……えっぐ……」
「本当に……ありがとう」
「………ぅぅ……」
私はできる限り優しく一刀を抱えて慰めてあげる。
一刀の鳴き声が静まって行く。
私はまた、あなたを泣かせなければならない。
だけど、本当にこれで最後になるわ。
この戦いさえ終われば、あなたと、私があれだけ望んでいた幸せの時のための大きな第一歩を踏み入れることができる。
だから……
「一刀」
「………」
「行ってくるわ」
「………」
「皆と一緒に、必ず帰ってくるから…一刀は心配しないで」
「………」【悲しい】
「……そうね」
悲しいわ。
あなたのことをもっと大切にしてあげられなくて……
もっと、違う形で出会っていれば……
私が王者ではなくて、
あなたが凄く我儘な子で、
私が高飛車じゃなくて、
あなたが意地張な子で、
私が………
「……もっと嬉しい出会い方もできるものだったかしら」
「………<<ふるふる>>」
「そうね…ごめんなさい。それだと、まるで今の私たちの出会いは嬉しいものではないようね。
だけど、本当にそうなのかも知れない。
この出会いは、
この世でもっとも悲しい出会いではないとしても、
振り向いてみると、やり直したい出会い……道……そして終点……
終点?
馬鹿なことを……
まだ遠い話しよ。
私たちはまだまだ一緒に行く道がたくさん残ってるわ。
だから、今はちょっとだけ……
「行ってくるね」
「………<<コクッ>>」
ほんの少しの間の、
お別れ。
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…………二段構えです。
………………………二段構え、です……か?