土見稟という少年の優しさを知る唯一の存在である私は、その優しさに凍えている。
校内で知らない者などいない彼を、本当に知っている人もいない。
上辺の噂だけが、まるで行き交う電波のように飛来しては、ありもしない彼の影を大きくしていく。
なによりも彼自身が、長く伸びた影を切り払おうとしないのだ。
そうして笑いながら、全てを受け入れている。
冷たい炎の中で貴方は、独りきりで踊っている。
左頬に痣、右手の甲と首筋に擦り傷。あと右足を少し引きずっている。
すべて昨日にはなかったはずのそれらに、気づいてしまう。
その違いは、昨日の貴方と今日の貴方を良く知っていなければわからなくて、きっとそんな奇特な人間はこの学園では私くらいしか居ない。
間違い探しは、出題者が矛盾点を隠すことで難度を上げている。
「病院にいったの?」
原因に触れずに本質的な質問をぶつけるのが習慣になった。
見ていたわけではないけど予想するのは簡単で、簡単な予想に裏づけを取らないのは、それを否定されることがわかりきっているから。
転んだとか、ドジったとか、そんなわけないのに誤魔化すように笑顔を振りまく。
苦しい言い訳をするその意志は固くて、決して真実を口にしようとはしない。
「いったよ。軽い打撲だってさ」
嘘。音を出さずに口先だけを動かす。
『軽い』とつければ大丈夫だと、誰も心配しないと彼は思っている。
きっと病院自体に行っていない。
そもそもが学園内で怪我をしたなら保健室を使えばいいのだ。
けれど彼は保健室を使わない。それは普段の学園生活でできるはずのない怪我を抱えているから。
被害者でありながら問題の表面化を恐れている。
それは加害者の報復が怖いとかそんなありきたりなものじゃない。
「そっか。けどちゃんと安静にしてなきゃダメだよ」
それを知っているから、私は嘘に見てみぬ振りをする。
私が見てみぬ振りをしていることも、彼は見抜いている。
嘘で塗り固めたまま、何事もないように彼は振舞って、私は核心には触れずに、彼の隣にいる。
なんだか凄く不毛なことをしている気分になって、それ以上は考えないことにした。
いつまで続くのだろう。
かつて屈託もなく笑いあっていた幼馴染の、変わり果てた関係の中で思わずにいられなかった。
親友が親友を殺したいほど憎み、また憎まれている親友は甘んじてそれを受け入れている。
捻れながら、お互いを拠り所としているその歪さを近い場所でみているのは耐えられない。
拙い茶番を見せられているような痛ましさと居た堪れなさ。
しかし目を背ければ、隣に居たはずの貴方が手の届かない遠くのところへ行ってしまうような気がした。
絶対零度の業火の中で、彼は誰も傷つけないように周りの温度を振り払う。
何があったの?
どうしてこうなってしまったの?
誰がいけなかったの?
どこで間違えたの?
いつまで続けるの?
決定的な質問ができないのも、その答えを恐れているから。
正しい答えを飲み込んで、貴方はひたすらに自分を燃やしていく。
なんでもないよ、と口元に笑みを浮かべながら。
貴方が影に食べられる夢を見た。
優しさは貴方から全てを遠ざける。
私はそれがたまらなく辛くて、悲しくて。
貴方の歪んだ優しさがとても恐ろしい。
どうか泣き叫んで。誰かに助けを求めて。できればそのときは私を呼んで。
そうすることで貴方の隣で凍て付く私を救ってください。
あぁ、なんて酷く身勝手な言い分。それはきっと叶わない願い。
泣きそうになっている私を見て、大げさだなぁと困ったように貴方が笑う。
口端に染まった青が歪んだ。
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リアリアDSクリア記念。
記念といっておきながら暗黒中学時代のssです。
酷く捻れた2人を傍から見守っていた桜もまた苦しかったのだと思う。
中学前半時代の稟周辺の誰も救われない感は半端ない。
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