ごきげんよう、とともにお久しぶりです。
今回のお話は、あまり少しテイストを変えてみました。
個人的にはこういう話も好みなのですが、恋姫っぽくはないかもしれませんね。
また次の話も出来るだけ更新いたしますので、よろしくお願いいたします
しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん
濡れていた。
ひどい雨だった。
三人の男女を除いて誰もいない郊外の林。
その林道で彼女は信じられない光景に出くわしていた。
「どう、……してだ」
黒髪隻眼の魏武の大剣がそう呟く。自らの獲物を手に信じられないといったように。
だが、それに答えを出すことは誰にも出来なかった。
時は静かに流れ、やがて収束するように雨音が春蘭の耳から消えていった。
泡沫の静寂。永遠の帳。
最後に彼女が見たものはなんだったのだろう。少なくとも彼女が最後に聞いていたのは、大地を震わす姉の咆哮だった。
しとしと、びっ、ちゃん、しと、びっ、ちゃん
弱き心
あの定軍山の戦いからしばらくの時が経った。これにより蜀の戦略も一時足止めをくらい、我等魏は蜀呉攻略への道を踏み出していた。
だが、そうしてせわしなく駆けていく時間の中で、私は一人ふと、立ち止まることが多くなっていた。
その視線の先にはある人物が目に入る。天の御遣い、北郷一刀である。
最初は頭の螺子がどこか飛んでしまった冴えない男かとも思ったが、これが存外、いや今では魏に欠かせない重要な人間になっている。
政治的な意味でも、人間関係の意味でも。
そう北郷一刀は私の恋人なのだ。
北郷の恋人は一人ではない。しかし何故か私だけがおそらくそのことに気づいていた。
北郷の様子がおかしい。
大したことではない。もともと女心には愚鈍なところがある。だが、ここのところ見ていてどこか危なっかしさを覚える身体の使い方をしているのだ。
事務仕事でもつまらない間違いをしていたりするし、時々酷く疲れたように木陰で休んでいるのを見かけたりする。
華琳様も心配なさっているようだが、北郷ばかりに構っているわけにもいかないし、事実二人とも忙しい。
もちろんそれは私も同じなのだが、どうもあの戦以来、北郷のことが以前よりも気になって仕方がない。
いや、以前から好意を持っていたことは認めるが、姉者や華琳様以上にのめりこむほどではなかったと自覚していた。
北郷は恋人であっても、姉者があり、華琳様がいて、という前提が当然のようにあったからだ。
だが、今は……
「うふふ、私の可愛い春蘭」
「か、りん、さま、あ、ああ、ぁぁあぁ」
「秋蘭、いくよ」
「ふわっ、ほん、ご、う……」
閨で戯れる四者。私と姉者は主と想い人にいいように操られ、またそれを快楽へと変え、互いにその身体を貪っていた。
唇と唇が、肌と肌が触れ合うたびにその快楽は上昇の一途をたどり、私は既に自我の境を失いかけていた。
北郷が私の名を呼び、身体を掻き抱き、唇を奪い貫く。果てしない虚脱感を覚えながら、私は幸福に満たされた。
私との繋がりを解いた北郷は今度は姉者へと向かっていった。
「ふふ、春蘭。ほら、秋蘭がものほしそうに見ているわ、もっと貴女の姿を晒してあげなさい」
「しゅう、ら、ん、はっ、あああ、あああああああ」
目前では北郷に貫かれた姉者が華琳様に唇を奪われていた。とても綺麗に堕ちている。流石は姉者だ。
が、瞬間心が騒いだ。
ナゼ、ワタシジャナイ
幸せが凪ぐ。
私は何故ここにいる?
華琳様が嬌声を上げながら、そして姉者が涙を流しながら彼の名を呼ぶ。だが、私は……彼の名を呼べずにいた。
夜の宴に狂いきれずに、自らに問いかける。
ワタシハナニヲシテイル?
主を、そして姉を喜ばせるかために、私はあるのだろうか?
意識を取り戻した時の北郷の顔が閉じた瞼裏に思い浮かんだ。
「……よかった、秋蘭が、無事で……」
柔らかい笑み。気を失いながらも私を心配してくれていたこの男を私はあの時どう思ったのか?
夜の饗宴、今までならばこれでよかった。
数ある恋人たち、それは、変わることがない。
やがて夜が明ける。
朝、臭気を感じながら目覚める。差す陽光に輝くように、三者が横たわる。
主、恋人、姉。どれもが大切な存在だ。
……しかし、何故私がこんなにも遠いのだ。こんなにも彼を想っているのに。
思えば魏も大きくなったものだ。北郷が警備隊を組織していなければ、私どころか我等魏の武将たちは皆街の警備に借り出されていただろう。
こうして市に出てきた折にその警備隊の姿を見ると、私はそんなことを思った。
しかし乱世にありながら、この都は賑わっている。結構なことだ。
親子、兄弟姉妹、恋人たち、様々な幸せがあふれている。
だがこうも想う。
我等はその幸せを守るために、他国のその幸せを奪っているのもまた事実。
仲睦まじく歩く若い男女を見かける。庶人にすれば当然の光景。番の男女は複数に絡み合う関係になったりはしない。
我等はそういう意味ではとても歪だ。
華琳様、姉者、桂花、季衣、流琉、稟、風、凪、真桜、沙和、天和、地和、人和、霞……、そして私か。
人という有限の時間。そして私達は皆、いつ死すともわからない世に生きている。
そう想った時、心が震えた。
自らの死にではない。改めて気づいたのだ。
北郷は天の御遣いだ。……だが、人だ。心の臓を射抜かれればあっという間に命を落とす。
「っ」
路地に入った。人の目をやり過ごすように。
そんな私の頬には涙が懇々と泉のように湧き出でてはとめどなく流れた。
以前ならこのようなことはなかった。だがそろそろ認めなければならないのだ。
私は、夏侯妙才は、北郷一刀を愛してしまった。そして嫉妬したのだ。彼を取り巻く人間にではない。彼を繋ぐ世界、天というものに。
華琳さまならば言うのだろう。その天すらも手に入れて見せる、と。しかし、私はそこまで強く願うことなど出来ない。
現在も身体を休め床に眠っている北郷。最近は一日中動けないままの時も出てきていた。
そんな北郷を戦地に立たせることなど私にはできない。といっても、あやつは聞かないだろう。華琳様の横に並び立つ男なのだから。
涙をぬぐい路地から出ると出てきた路地の片隅に一人の占い師がいた。
見覚えがある。いつぞや華琳様のことを乱世の奸雄と称した者だ。
「彼の者はまだ元気でおられますか?」
「なんのことだ?」
「天の御遣い北郷一刀のことですよ」
なぜ、知っている。と思った瞬間表情に出してしまった自分の迂闊さを呪った。
「だから、言いましたのに。大局を歪めるようなことあれば、それは身を滅ぼすことになると」
「なっ! それはどういう……」
掴みかかろうとした瞬間、先ほどまで視界に捕らえていた人物が姿を消した。
まるで霞となって消えてしまったかのように。
……私は化かされたのだろうか?
『大局を歪めるようなことがあれば~』
そうだ、何故彼は私の危機を察することが出来たのか?
智も武も特に秀でているわけでもない。
なのに彼は蜀の軍師たちの罠すらも見抜いて見せた。
しばし思考を逡巡させた後、私は一つの可能性を見出した。最悪の可能性を。
あの定軍山の戦いの折に華琳様が仰っていたのは、北郷は私を失ってもいいのかと、鬼気迫る様相で必死に訴えたらしい。
だが、いくらあの戦いが蜀軍の奇襲であったと気付いたとしても、どうして私を失うと限定して言ったのだろうか?
あの場には流琉もいたというのに……。
だが、彼は知識を持っている。
天の国、そこがどのようなところかまではわからないが、似たような歴史が流れているということをかつて北郷が言っていた。
もし、それが本当で、私の身があの場で失われるはずであったのだとすれば、この身は彼によって繋ぎ止められたということだ。
床に伏せる彼を思った。安らかな寝顔だった。
しかし、それはほんの仮初めのものかもしれない
……確かめなければならない。本当に、北郷が、いや……一刀の身が破滅に向かっているのかどうかを。
「どうしたんだ、秋蘭? 二人っきりで話がしたいって、城内じゃ駄目なのか? 俺の部屋とか」
「ああ、他のものには聞かれたくなかったからな、万が一の可能性もないことにしたかったんだ」
「めずらしいな、なにか相談ごとか?」
「まぁ、そのようなところだ」
私と北郷は城のはずれの森に来ていた。少し行くと演習場になっていたり、張三姉妹の会場になっていたりするのだが、言ってしまえばこの森はそういった場所へいくためには迂回せざるを得ない場所なのだ。だから邪魔が入ることは滅多にないといっていいだろう。
歯切れの悪い私の心を表すように空はぐずついて曇天。今にも雨が降り出しそうだった。いや、……今まさに振り出していた。
森の木々が一時的に凌いではくれている。だがそれも少しの間だった。やがて葉から葉へと伝わるように、雨は木々を伝い私たちの元へ降り注いだ。
北郷を見る。
同じように空を見上げていた北郷だったが、その姿に私は見惚れていた。
と、同時に私は確信してしまった。
……本当に私は北郷が好きなのだと。
「秋蘭……、ここじゃ、風邪を引いちまう。どこか別の場所へって、ん、むっ」
私を気遣うその唇をたまらなくなって引き寄せて塞ぐ。しばらく感じていなかった彼の感触が香りが、悦楽の波となって押し寄せる。
私は彼を貪るように口付けた。そのまま身体を求めることがなかったのは、どこかぎりぎりのところで理性が保たれていたからかもしれない。
「しゅう、らん……」
蕩けた瞳で一刀はこちらを見つめていた。それは私も同じであったかもしれない。ああ、愛を確かめ合う口付けというものは、余韻すらも甘美なものか。
「初めてだ」
「え?」
「初めてだよ、こうして二人きりになって唇を交わすのは」
北郷はしばらく思案するような顔をしてから得心が行ったというように、にっこりと笑った。
「そうだな、いつも、華琳や春蘭が一緒だからな」
イヤダ。
思わず否定していた。自らの過去を。
今、一刀には私だけを感じていてほしかった。どれだけ大事な二人であっても今ここで彼女たちの名前を聞きたくなかった。
しかしその気持ちを口にすることは出来ない。私は腕をきつくきつく彼の背に絡め、抱きしめた。
「秋蘭? どうかしたのか?」
「……たのは、……ではないのか?」
私の声は聞こえただろうか? いや、聞こえていないだろう。それくらいの音量で口にした。
「ごめん、よく聞こえなかった」
口にするのをはばかって、自然と音を小さくしていたのだろうか? 自分でもそのことはわからない。ただこの言葉を発したら私はもう後戻りは出来なかった。
「……どうかしたのは、お前のほうではないのか?」
私は一線を越えた。
「いや、俺は別に……、まぁちょっと立ちくらみがあったりはするけど」
「そうではない北郷、私はあの時、あの定軍山の戦いで……死ぬはずだったのだろう?」
つむがれる言葉はまるで死刑宣告のように。
私の心を突き刺し、彼の心も傷つけていた。
彼は嘘をつけない。そして、またそんな人間であるからこそ私は北郷を好きにもなったのだ。
「あれは、あの時お前は華琳様に進言した。それは大局を歪めたことにならないのか?」
大局という言葉に北郷が反応を見せる。しかし、無言。
「これまでも、そうして我等を守ってきてくれていたのではないか?」
無言。
「答えてくれ北郷、……お前は我等、いや私たちの前から……いなくなってしまうのか」
雨音がいやに響いた。
しとしとぴっちゃんしとびっちゃん
どれほど時が経っただろうか? 互いの服は既にずぶ濡れになり、抱き合ったからだの境界線はもうわからない。二人の熱は既に一つのものとなり、まるで繋がっているような感覚がそこにはあった。
唯一お互いを個として認めるものがあるとするならば、それは見つめ合っている瞳であった。
一刀が、口を開いた。
「秋蘭、これからどうなるのか、俺にもそれはわからない。このところの不調だって、単なる疲れかもしれない」
そんなことを聞きたいのではないのだ、一刀。私はお前と……
「でも、そんなことよりも、今は蜀呉への対応のほうが大切だ。秋蘭……俺は、俺は天の国の人間だけど、俺が今生きているのはこの魏だよ」
一刀の腕に抱きしめられる。強く強く刻み付けられるように。
でも、
ソレデハタリナイ。
なぜなら、
コノウデハワタシダケノモノジャナイ。
私は衝動的に一刀を突き飛ばしていた。そして叫ぶ。
「違うんだ、一刀。私はもう、私の心はもうお前だけのものになってしまった。お前はこの国を愛するだろう。その中に私も含まれている。だが、私は」
突き飛ばしておきながら再び私は北郷を固く抱きしめていた。
「お前とともに生きていたいだけなんだ」
「しゅう、らん……。どう、して……」
しとしとぴっちゃん、しとぴっちゃん
「たとえ、そこが死後の世界であったとしても、一緒にいたいだけ、なんだ」
彼の背からは鈍い光沢を放つ剣が刺さっていた。
「もう私はお前なしでは生きてはいけない。この戦が終わっても平和がやってきても、その隣にお前がいなければ、何も意味がない」
「私は弱いんだ、一刀」
「愛している、一刀」
「……だから、天に消されるくらいなら、私の愛で死んでくれ」
「しゅ、う、らん……。ぐぷっ」
一刀の口からこぼれる赤い液体。私はそれを舐め取りながら、倒れていく恋人の身体を抱きとめた。
唇を重ねていった。
冗談、だろ、と彼は笑った。
しとしとぴっちゃん、しと、びっちゃん
「私もすぐ傍に参ります……」
私の背からは彼の背に生えた光沢と同じ輝きを放つ剣先が姿を覗かせているはずだった。
「姉者、華琳様、……魏を裏切り一人の女として生きることを選んだ私を決して許さないでください……」
大地がすするは恋慕の命。それを流すは、天の涙か?
しとしとぴっちゃん、しと、ぴっちゃん
あとがき?
いかがでしたでしょうか?
いやぁ、後味悪いっすね。まぁ、いわゆるところのバッドエンドを作ってみたお話でした。
筆者はメモリーズオフという、恋愛シミュレーションに最初に手を出したので、この手の話は割りと毒されやすいのです。
よければ皆さんもプレイしてみてください。
一応、セカンドがお勧めです。
思い出にかわる君なんかも結構……。
とりあえず、またお会いいたしましょう。
おそらく次は呉陣営の話を書きたいところですよ
ごきげんよう!
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秋蘭SS第二弾!
というか、リハビリSSとなりました。長いこと筆を断っておりましたが、思い切って再び掻いていこうと思っています。
宜しければ応援のほどお願いいたします。
コメントも待ってまーす