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少女の航跡 短編集01「伝説の前に… Parte1」-1

少女の航跡の短編的物語になります。まずは第1章で活躍したヒロイン、カテリーナのお母さん達の物語が描かれる事になります。

2011-03-27 08:35:43 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:384   閲覧ユーザー数:349

 

 第四紀3376年。初夏の季節。

 

 『フェティーネ騎士団』は、歴史に名を残す戦役へと旅立っていた。それは文字通り、歴史に

残る戦いとなった。年表にはっきりと載る事は無いが、『フェティーネ騎士団』の未来を左右した

戦いだった。

 

 《スカディ平原》の北部、『リキテインブルグ』にあるその平原は、夏には、日差しの強い、暑い

日が続く。しかし突如として雷雲が現れ、前が見えないほどの強い雨にさらされる事がある。

 

 その日も雷雲が空を覆い隠し、さながら夜とも言えるような暗さに包まれていた。そして猛烈

な雨が降り注いでいた。それは当たっているだけでも痛いほどの、激しく、大粒な雨であった。

 

 『フェティーネ騎士団』の騎士達は、夏の暑い空気に、重く、熱い甲冑に篭る熱気で、息をあ

えがせるほどだったが、突然の大雨で、少しは緩和されていた。雨に打たれるという事も、甲

冑に身を包んでいては平気な事。

 

 大雨は過ぎ、その後には獣も鳥も、その場から姿を消していた。いや、今にも始まらんとして

いる戦の気配を感じ取ったのだろうか。

 

 西域世界一の精鋭部隊である、『リキテインブルグ』の親衛隊、『フェティーネ騎士団》。セイ

レーンの女騎士が描かれたシンボルが目印であるその騎士団。大勢の騎馬隊がそこには姿

を現していた。

 

 馬の乗り方からでさえ、その騎士団が精鋭であるという事が伝わってくる。屈強な姿をした者

が多いわけではない、しかしそれでも、その騎士達が精鋭であるという事は、騎士や馬の乗り

手であらずとも、誰しもが分かっただろう。雰囲気から出で立ちまで、他の騎士団とは全てが違

っていた。歴戦の騎士達、無類の強さを持つ騎士達であるという事が分かる。

 

 そして、『フェティーネ騎士団》を取り仕切り、部隊を動かす、その騎士団長の名は、シェルリ

ーナ・フォルトゥーナ。

 

 たった今、平原にいる騎士の中で、最も先頭に立った馬に堂々と乗っているその女。

 

 人の娘である彼女は、騎士の家系に生まれ、幼い頃から騎士になる為に育てられた。

 

 『フェティーネ騎士団』の団長を務めるのは世襲制ではなく、あくまで実力で選び抜かれる。シ

ェルリーナは騎士団長の家系に生まれたのではなく、実力で騎士団長になる事ができていた

のだ。

 

 特別大きな肉体を持っているわけではない。人間の女として、身の丈こそ少しは高かった

が、体つきは男の騎士に比べれば大分小さい。更に、歳も若く、まだ30にも達していないほど

若い。

 

 それでも彼女は、歴戦の騎士にも勝るような雰囲気を醸し出していた。それは離れた所から

でも見て取れるほどの匂いとして存在している。

 

 兜を着けていなかったが、それにより、シェルリーナここにありという存在感があった。そのせ

いであるかと言ったら違うのだが、彼女は騎士であっても、そこらの女にも遥かに勝る美貌の

持ち主だった。

 

 整った顔立ち、白い肌。そして刃のような銀髪が、うなじの辺りで切り揃えられている。更にそ

の髪は左眼を隠すようにされていた。彼女の左眼には深々と傷が入り、左眼の光は失われて

いる。だから彼女は片目を髪で覆い、あまりに目立つ眼の傷を隠していた。

 

 高い鼻と、全てを貫き通すかというくらいの鋭い視線。そこにある右眼の青い瞳は、冷たく濡

れていて、まるでガラスのようだった。雨に打たれていても、その表情と視線に変化は無い。

 

 それだけで、只者ではない。明らかにただの女とは違う。

 

 身に着けた鎧は、他の騎士のものとは違っていて、かなり目立つ。あくまで彼女の体格に合

わせて作られたプレートアーマーで、傷一つないような銀の甲冑だった。それが、雨しずくに濡

れて光っている。

 

 簡素な鉄板で作られた、一般兵のような鎧ではない。しっかりと磨き上げられた、厚い鉄でで

きている、見事な甲冑だ。重さだって相当あるのだが、シェルリーナはそれをしっかりと身に着

けている。彼女の普段の表情からして、重いだとか言う事はどうでも良さそうな事。

 

 シェルリーナは、他の騎士達の中でも最も先頭にいる。彼女は愛馬に跨り、今は突然の大雨

の中、平原で群集は止まっている。

 

 突然、雨が一気に晴れ上がった。

 

 しかし、雲行きは怪しいままだ。いや、それだけではない。まだ昼だというのに、まるで夜であ

るかのような暗さになっていた。

 

 むしろ、雨が降っていた時の方が明るいくらいだった。

 

 シェルリーナは、ただならぬ予感を感じていた。騎士達の馬もそれを感じたようで、声を上げ

たり、隊列を乱す馬が出てくる。シェルリーナ自身も、自分の馬が緊張しているのを、呼吸から

感じ取った。

 

 彼女の馬は、緊張したとしても行動に出すわけでも、何かしぐさに出すような事もしないほど

精錬されている。しかし、この馬が緊張し、自分と同じように何かを予感をしているのは、直感

的に分かった。

 

 雨が一気に上がり、先ほどよりも暗くなる。こんな事はシェルリーナにとって初めてだった。

 

 草原の草から雨粒が零れ落ちる。シェルリーナの濡れた髪から雨滴が流れ、頬を伝ってい

く。不気味な気配が流れた。

 

 シェルリーナは集中していた。周りの雑音が全く聞えなくなるほどに。全てが静まり返った中

で、彼女は何かを聞き取ろうとしていた。

 

 ふと、彼女の周りの空間が、静かに歪んだのをシェルリーナは気がついた。

 

 空間に、すっと歪みのようなものが縦に走り、地面で掻き消えた。奇妙な現象だった。彼女自

身も、このようなものなど見たことがない。

 

 肌で感じる、危険の匂い。それが漂っていた。シェルリーナの周りの騎士達も、それを身を持

って感じた事だろう。

 

 キナ臭い匂いが漂う。鉄が錆びたかのような匂い。歪みは幻覚ではない。

 

 シェルリーナは、静かに、ゆっくりと、自分の腰に吊るしてある長剣へと手を伸ばそうとした。

 

 足元の雑草の上に乗っていた、大粒の雨滴が、ゆっくりと静かに地面へと落ちようとしてい

た。

 

 まるで迫って来るかのような上空の黒い雲、夜のごとく暗くなっていこうとしている風景。

 

 雑草から零れ落ちた雨滴が、地面へと落下する音を、シェルリーナははっきりと聞き取った。

 

 空間の歪みが、また走った。素早い。閃光ほども輝かないが、確かにそれは空間を切り裂

く。

 

 一つではない。幾つも、幾つも。

 

 そして、暗くなって行く平原の中で、青白い光が幾つも幾つも、空間の歪みから溢れ出した。

 

 落雷のごとく鳴り響く轟音。

 

 シェルリーナは剣を抜き放った。彼女の髪の色と同じ、冷たく濡れているかのような長剣が、

彼女の前の空間を切り裂いていく…。

「お母さん。お母さん。どうしたの?」

 

 聞えてきた声に、はっとしてシェルリーナは目を開いた。

 

 開けて来る視界。するとその彼女の目の前に、一人の少女が立っていた。小脇に本を抱えて

いる、まだ、小さく幼い少女だった。

 

 きょとんとしたような表情で、少女はシェルリーナを見つめていた。大きな青い瞳が、彼女の

方へと向けられている。

 

「何でもないの。気にしないで。母さんには良くある事でしょ、カテリーナ?」

 

 そう言って、シェルリーナは座っていた椅子から立ち上がった。突然立ち上がると、多少の眩

暈がする。

 

 目の前にいる小さな娘は、7歳になる自分の娘だった。

 

 自分には娘がいる。

 

 以前までは想像もできなかったような事だが、それが今では現実になっていた。

 

 何のめぐり合わせでこうなったのか、シェルリーナは家庭を持つ母となっていた。それに対

し、何の不服も無い。それに生きている以上、いずれはそうなるものだと思ってはいたのだが。

 

 娘の名前はカテリーナ。母親の名前を受け継いでいる。冷たく濡れているかのような、そして

刃のような銀髪と、鋭い目付きがシェルリーナに良く似ていた。彼女は両方の眼が見えている

けれども。

 

 まだ幼いというのに、表情が少なく、いつもその鋭い目付きの割りには大きな瞳を人へと向け

ている。他の子供に比べれば変わった子だと、シェルリーナは思っていた。

 

「皆、外で遊んでいるのに、どうして家の中にいるの?」

 

 立ち上がったシェルリーナを見つめる娘に、彼女は言った。娘の方はというと、別に何と言う

わけでもない表情で、自分を見上げている。その身の丈は、シェルリーナの腰よりも低い。

 

 シェルリーナはこの地方の女としては、背が高いほうだ。だが、カテリーナはどうだろうか。

 

「だって、本を読んでいるほうが楽しいんだもん。それに姉さん達、男の子と遊んでいるほうが

好きだって言っていたんだもん」

 

 相変わらずこの子は、内気な性格だな。とシェルリーナは思った。その割には、何かに怯え

るといった様子も見せない。話し方も臆病ではないし、怖がったような素振りを見せたこともな

い。

 

 それに、カテリーナが女の子らしい所と言えば、まだ愛らしい女の子の服装と、銀髪を頭の後

ろでリボンで2つに留めている事だろうか。だから表情が少なくても女の子には見える。

 

 かと言って、男の子のように振舞ったり、男の服を着たりもしたがらない。そんな所からして、

カテリーナの態度が誰の影響を強く受けているか、シェルリーナには痛いほど良く分かってい

た。

 

 他の誰でも無い、自分自身だ。

 

 だが、似ていない所も多い。一体、どこでそんな事を覚えたのだろうと思ってしまうことが多々

ある。第一周囲に振りまいている雰囲気が違う。幼い頃はおてんばで暴れまわっていたシェル

リーナと違い、この娘は落ち着きすぎだ。どう見ても大人しい子にしか見えない。

 

 家の中から外へ向かって歩き出すシェルリーナ。それに付いて来るカテリーナ。

 

 この子は、いつも私にくっついて来るかのようだ。でも、甘えたがりというわけでもない。

 

 正直、シェルリーナにとって自分の娘には、不思議なところばかりがあった。そう、自分の娘

であるのにも関わらず、だ。

 

 カテリーナは普通の人の子として産まれたが、人の子としてはどこか変わった所がある。歳

のわりには落ち着いているし、母親を困らせるような事もしない。そして、他の子供達と一緒に

遊ぶという事をほとんどしない。ほとんどが部屋に篭って本ばかり読んでいたりするのだ。

 

 そして、シェルリーナはいつも、自分の後ろにくっ付いてきている娘に、何もかも見透かされて

いるような気がしてならなかった。

 

 あの青い大きな瞳の少女は、その眼で一体何を見ているというのか。

 

 シェルリーナはカテリーナを連れ、家の外へ出た。そこは庭になっている。広い庭で、柵のよ

うなもので仕切っているわけでもない。広い野原の中に、点々としている家々の一つが、シェル

リーナ達の住む家だった。

 

 小さ過ぎるわけでもなければ、大き過ぎるわけでもない。ここは、『リキテインブルグ』の王都

からそう離れていない場所にあった。

 

 庭では、数人の子供達が、戯れて遊んでいる。

 

「ほーら、ルージェラ。手加減してあげなさい」

 

 少し離れた所で、緑色の長い髪の娘がその様子を見て、時々声をかけている。彼女は、そ

の子供達の中でも、見るからに一番年上だった。

 

 緑色の長い髪をしているその少女は、明らかに人ではなかった。真っ白なシルクのドレスを

纏い、他の子供達よりも背が高い。そして、顔と腕には赤い模様が浮き出ていて、何よりも長く

尖った耳が特徴的である。

 

 人とは違う、異質な姿、その少女はエルフだった。歳の頃、12から13歳くらいの、まだ子供

だ。

 

 彼女や、何人かの子供達が見ている先では、人間の男の子と、もう一人、女の子が、何やら

取っ組み合いをしていた。

 

 それは喧嘩というよりも、むしろ子供同士の力比べだ。

 

 銀髪の中に混じった黒髪が目立つ女の子。彼女は、自分よりも一回り体格の大きい男の子

を、いとも簡単にその場から投げ飛ばした。

 

「あーら? やり過ぎた?」

 

 その女の子は、言葉とは裏腹に、まるで勝ち誇ったかのような表情でそのように言うのだっ

た。

 

 彼女の顔つきは、地方の民族とは違うし、瞳も茶色、しかも耳が上へと尖っている。人ではな

かった。

 

 だが、この地方では、人以外の種族が、このように人の子供達と遊んでいるのは不思議な事

ではなかった。

 

「手加減してあげないと駄目でしょう?」

 

 シェルリーナはその女の子の方へと駆け寄ってそう言った。

 

「だって、おばさん。加減が難しいよ。人の子って、どのくらい力があるのか、あたしには分かん

ない」

 

「なんだってー!?」

 

 今投げ飛ばされた少し頑丈そうな体の男の子が、その場で立ち上がりながら言った。

 

「力なら、お前に負けるけど、脚の速さなら負けない!」

 

 そう、女の子に投げ飛ばされた男の子は言い放った。

 

「そーう思う? じゃあ、あんた。あたしを捕まえられるかな?」

 

「当たり前だろ?」

 

 男の子がそう言うのが合図だった。女の子は、その場から男の子とは反対方向に向かって

駆け出していく。

 

 女の子を追って、その場にいた子供達は走り出した。

 

「わたしも追いついてみせよう、と」

 

 エルフの女の子も、後からそれを追い始めた。だが、先頭を走る女の子は、あまりに脚が速

く、あっという間に消え去ってしまう。

 

 シェルリーナは、草原を駆けていく子供達の姿を、背後から見つめていた。だが、自分のすぐ

後ろにいる小さな影に気付く。

 

「あなたは、行かないの?」

 

 カテリーナだけは、シェルリーナの後ろにいるままで、他の子供達と一緒に走り回ろうとして

いない。

 

「どうせ、追いつけないよ」

 

 ただ、走って行く子供達の方を、シェルリーナと一緒に、片眼だけの光で見つめたまま、カテ

リーナは答えた。

 

「あら、皆、追いつこうなんていう風には、思ってないと思う」

 

 その言葉に、カテリーナは母の方を見上げた。

 

「じゃあなんで走って行くの?」

 

 青い大きな瞳で彼女は尋ねてくる。

 

「さあ、ただ走りたいだけなんじゃあない?」

 

「ふーん。じゃあ、わたしは別に走りたくないからいい」

 

 そう言って、カテリーナは家の方に戻り出した。

 

 そんな彼女の様子を、シェルリーナは背後から見つめていた。そっと小さなため息をつくしか

ない。

 

 カテリーナは、シェルリーナの一人娘である。カテリーナが、姉さんと呼んでいる子は今、走り

回っているけれども、カテリーナは正真正銘の一人っ子であり、シェルリーナには他に実の子

供はいない。

 

 自分の唯一の娘だから、ついつい心配してしまう。カテリーナはほとんど、全くといっていいほ

ど外で遊んだりはしない。

 

 ただ、だからと言って彼女は体が弱いという事もない。病気だってした事も無い子だし、食べ

物は何でも食べる。

 

 むしろ、カテリーナは他の同世代の子供に比べ、かなり落ち着いているというべきなのだろう

か。

 

 シェルリーナはそんな自分の娘を、ただ不思議に思っていた。誰に似たのかも分からない。

 

 自分が幼い頃はどうだったか。そう、ちょうど、今走り回っているあの女の子のように、男の

子を投げ飛ばしたりして、威張り散らしていた。カテリーナみたいなだなんて、とても想像できな

い。

 

 ただ、シェルリーナにとっては、今は平穏な日々だった。

 

 いや、平穏でなければ、とてもやっていられない。

 

 彼女には、時々、胸が苦しくなるときがある。病気なのかと思ってしまうほどに、胸が苦しくな

ってしまう。

 

 重い病気にかかっているというわけではない。それは自分でも良く分かるし、体におかしな所

が現れるはずだ。だが、それが無い。

 

 それは無いけれども、夜は上手く寝られない時もある。寝られたとしても、悪夢にうなされてし

まうような事もある。

 

 昼間にうとうとしてしまう時も、良くない事を思い出し、心の傷が開き出す。

 

 だがシェルリーナは、なぜ自分がそうなってしまったのか、良く知っていた。何が原因で今の

自分がこうなってしまったのか、理解している。

 

 しかしそれは、拭っても拭いきれない。忘れようとしても忘れられない事が原因だったのだ。

 

 周りからも、変わったと言われる。昔とは全然違う。元気が無くなってしまったと。騎士をして

いた時は、あんなに勇敢な姿を見せていたのに、今では、病弱なような姿を周りに見せてい

る。

 

 そう、自分は変わってしまったのだ。まるで、咲き誇っていた花が、一気に散っていくかのよう

に。

 

 今でもよく思い出す事がある。

 

 頭の中にはっきりと焼き付いた、あの日の出来事が。

 

 それは、自分が騎士として、最後の任に就いた、あの日の事なのだ。

「『フェティーネ騎士団』団長、シェルリーナ・フォルトゥーナ殿に、ピュリアーナ女王から言伝で

す!」

 

 突然の大声に、シェルリーナとその場にいた者達は唖然とした。

 

 シェルリーナは、『リキテインブルグ』の王都に程近い、関の城塞にいた。そこで、警戒態勢

の任についていた所だったのだ。

 

 近年、戦国の世と言われた時代は終わり、勢力同士の争いは減った。この城塞はその名残

に過ぎないが、諸国間に勢力の均衡と、同盟関係が結ばれるようになったのだ。

 

 しかしその反面、この国では、盗賊による略奪行為が横行している。特にシェルリーナ達が

いる地帯は危険で、外部の者は近寄れないというくらいだった。

 

 だが、『フェティーネ騎士団』が近くにいる。それだけで盗人は恐れを抱いた。彼女達が近くに

いるだけでも、犯罪は大幅に減るのだった。

 

 特に、海よりの大規模な海賊の侵略行為や、遠く離れた異国からの侵入などが無い時など

は、シェルリーナ達は、そのような顔としての任務をしている事が多かった。

 

 『フェティーネ騎士団』は精鋭部隊であり、近衛騎士団ではない。どちらかと言うと小回りの利

く部隊とされている。

 

 今回もいつもと変わらず、彼女達はわざと目立つように、関所へと詰めていた。

 

 そこに突然やって来た、王都からの伝令。彼は女王からの手紙を持ってきたと言っている。

 

 広間に詰めていたシェルリーナ達、『フェティーネ騎士団』、シェルリーナだけが立ち上がり、

その伝令からの手紙を直接受け取るのだった。現在の任務解除の命令かもしれない。

 

 彼女は手紙の中身を取り出すと、代筆された女王からの手紙を読む。その手紙の中身は、

文書だけではなく、地図も同封されていた。これは任務解除の命令ではないな、とシェルリーナ

は思った。

 

 彼女はその手紙を素早く読みと、地図にも目を通した。

 

「なぜこの場所の調査などを…?」

 

 目の前にいる伝令を隻眼の鋭い眼で見て、シェルリーナは尋ねた。

 

「私はただの伝令ですので」

 

「とても『フェティーネ騎士団』がやるような任務とは思えない」

 

「ええ、何? 何? 一体、何の手紙なんですか?」

 

 とても興味深々と言った様子で、小柄な女がシェルリーナを見上げている。

 

「読んでみる?」

 

 そう言って、シェルリーナはその女に手紙を渡した。女と言っても、身の丈もシェルリーナの

腰より少し高いほどしかなく、はたから見れば、そのとても大きな瞳と、体と比べた頭の大きさ

から、幼い娘にしか見えない。だが彼女は、他の騎士達と同じような格好をしていた。

 

 そして何より、人の姿をしていない。耳が尖り、顔つきもこの地方の人間とはどことなく違う。

彼女はドワーフという名で知られている種族の姿をしていた。

 

「えーと。

 

 『フェティーネ騎士団』団長。シェルリーナ・フォルトゥーナ以下、『フェティーネ騎士団』に告ぐ

…。

 

 『フェティーネ騎士団』のこの度、新たな任務を与える事になった。

 

 任務の内容は以下の通り、

 

 地図に示した場所に付いて、調査をして詳細事項を報告する事。

 

 この場所は、誰も名も付けていない洞窟であるが、『リキテインブルグ』領土内にある。ただ、

その地方は、昔よりいわく付きの場所であり、人が寄り付かないのである。

 

 本来ならば、『フェティーネ騎士団』に与えるような任務で無い事は、私も承知している。しか

しその場所を調査させた者が、ずっと連絡を絶ったまま、行方知らずとなっている…。

 

 それ故、最も近くにいる『フェティーネ騎士団』に調査を命じる。

 

              ピュリアーナ・デ・ラ・フォルテッシモ 18世」

 

 その人でない娘、ドワーフの姿をした女は、手紙を皆に向かって読み上げた。

 

「確かに、わたし達、『フェティーネ騎士団』が行うような任務とは思えないわね…」

 

 真っ先に手紙の感想を口に出したのは、さっきまでシェルリーナのすぐ側にいた女だった。

 

 彼女は、白い絹のようなドレスを身に纏い、地味な騎士の普段着とは一線を画す姿をしてい

た。長い髪は緑色で、瞳も緑。透き通るような白い肌をしている上、そこには赤い模様が浮き

出ている。騎士だらけの場所にいるにしては、あまりに不釣合いな姿だった。

 

 更に耳が長く尖っていた。彼女はエルフだった。

 

 『フェティーネ騎士団』には、人以外の種族もいる。それも、何の例外も無く。それが、『リキテ

インブルグ』の女王のやり方だった。

 

「でも、女王陛下からの命令だ…。嫌とは言えない」

 

 シェルリーナは当然の事のように答えていた。

 

「最近、ほとんど派手な任務も無いですしねえ…」

 

 ドワーフの女が言った。

 

「確かに、『リキテインブルグ』では勢力同士の争いもなくなってしまったし、戦もまるで無い」

 

 シェルリーナが呟く。

 

「どっちにしろ、女王陛下の命令なのよ。従うしかないわ」

 

「よし…!」

 

 エルフの女に言われ、シェルリーナは、ばっと騎士達の方を振り向いた。

 

「『フェティーネ騎士団』。ピュリアーナ女王から、我らに新しい任務が与えられた。

 

我々は直ちに現場へ向かう! 場所は、『リキテインブルグ』北西にある洞窟。そこの調査を行

う!」

 

「もしかして、すぐ行くんですか?」

 

 ドワーフの女が驚いたように叫んだ。

 

「当たり前じゃあないの。だって、しばらくぶりなんだから、シェルリーナ様、張り切っているの

よ」

 

 エルフの女は、意気込んでいるシェルリーナの様子を見てそう言うのだった。

 

 この時のシェルリーナは、まだ知る由も無かった。いや、知りようが無かったから、夢にも思

わなかっただろう。

 

 これが、自分の人生を変えてしまう任務になろうとは。

 シェルリーナは、任務の為の支度を済ませ、城塞の外で一人、他の騎士達を待ち構えてい

た。

 

 本来ならば騎士団長たるもの、準備は部下に任せ、最も遅く参上するものなのだが、シェル

リーナは、とにかく行動の早い女だった。

 

 自分の事ならば、何もかも自分から率先してやり、誰かに任せるような事をしない。お陰で、

そんな騎士団長の姿を見ている『フェティーネ騎士団』の団員は、自立心がとても高かった。

 

 シェルリーナは、すでに鎧を身につけて、誰よりも早く、初夏の昼間の日差しを浴びていた。

支度をさせた自分の馬もすでに待ち構えている。

 

 彼女は、戦の為の騎士の姿になると、非常に強い凛々しさ、勇ましさを見せる。隻眼を覆う刃

のような銀髪は、事実、彼女の扱う長剣や鎧とほとんど違わぬ色をしているし、高い身の丈と、

鋭い青い瞳は、騎士としての血筋をしっかりと受け継いでいた。

 

 腰に吊るされた長剣はかなり使い込んでいる。シェルリーナが立派な騎士となったのは、5年

前で、それ以来ずっと使ってきているのだ。

 

 彼女が騎士団長になったのは2年前。今、シェルリーナは25歳という若さで、騎士団を引っ

張って来ている。

 

 世間の女ならば、とっくに結婚し、子供もいるという年の頃だ。だが、シェルリーナは結婚をし

ていなかったし、子供もいなかった。

 

 騎士だから結婚できないというのは、この国にはない。母親になれば辞めてしまう騎士も多

いが、辞めなければならないという決まりもない。

 

 ただ、当初、シェルリーナはあまり考えていなかった。

 

 まだ若い時から騎士としてやって来たのであり、愛する人と結婚し、子供を作るなど、考えも

しなかったのである。

 

 しかし、最近は少しずつ、自分に子供がいたらなどという事を考え出していた。

 

 自分が女だという事は、子供の頃から意識していた。いくら男勝りな娘と言われようと、それ

も自分が女だからこそ言われるというもの。

 

 自分に子供ができたら、などという事は考えていなかった。

 

 今まで、母親としての自分を想像などしていなかったのだ。

 

 だが今では変わってきている。不思議なくらいに。大人となって、母性本能が強まってきたせ

いだろうか。

 

 そんな考え事をしている自分が、時に自分でも不思議なくらいだった。

 

「シェルリーナ様。準備ができましたか?」

 

 先程のエルフの女騎士が、シェルリーナにそう言って来た。

 

 彼女も『フェティーネ騎士団』の構成員の一人であり、今はしっかりと鎧を着ている。だがそれ

は、人間の作り出す金属とは異なる、ミスリル銀で作られた鎧であり、銀の中に青い色が流れ

るように見える金属。金色に装飾されたその美しいまでの鎧は、彼女しか着ていない。『フェテ

ィーネ騎士団』では、特に指定された甲冑というのは存在していなかった。

 

 だから、甲冑には各自の体型も現れている。特に、ミスリル銀というのは加工が利き、そのエ

ルフの騎士が身につけている鎧は、完全に女性用だった。更には丈の長い真っ白なスカートを

はいているところなど、豪華な造りのコルセットを剥き出しに付けた令嬢のようにも見える。

 

 シェルリーナは、自分と同じくらいの背のそのエルフと目線を合わせた。

 

「イアリス…。最近、あんたの所の娘はどう? 何歳だっけ?」

 

 シェルリーナは、準備ができたかという呼びかけを聞いてはいなかった。

 

 しかし、イアリスと呼ばれたエルフは、騎士団長の言って来た話を、ただの世間話と思って答

えだした。

 

「…おかげさまで、今年で6歳になりましたわ。最近、あまり帰る事はできませんけれども、それ

はもう、日に日に成長していて…。全く、おてんばに磨きがかかって、手に負えなくなってきてい

ますわね」

 

「そう…。じゃあ子供がいるってどんな感じ?」

 

 シェルリーナのその問いに、イアリスは少し困ったかのような表情をしてみせた。

 

「でも、よく分からないんなら、答えなくてもいい」

 

 シェルリーナがそう言うと、イアリスは彼女の方を向いて話始めた。

 

「わたしとしましては、子供を持つのは当然の事と昔から教えられてきましたわ。それは種の存

続として当然の事ではありますが、それ以前に私は、子供を作る事は、しなくてはならない事の

一つと考えておりました。

 

 いざ、子供ができて見ると、色々とある事はありますが、自分の娘が何よりも可愛くてたまり

ませんわ。確かに、もっと長く過ごせたらいいと思う事もあります。しかしながら、子供が出来た

からと言って、騎士を辞めるつもりもありませんの…。わたしは、ずっとピュリアーナ様にお仕

えしますわ」

 

「ふーん…」

 

 シェルリーナにとっては、イアリスの答えは、あまり自分を納得のさせるものではなかった。

 

「そのエルフの言ったことが、月並みな意見だと思われるのでしたら、この、アンジェラに聞い

たらどうですか? あたくしめの意見もお聞きになったらどうでしょう?」

 

 そこに割り込んできたのは、さっきもいたドワーフの女だった。彼女は今では、鎧を着込み、

騎士の姿をしていた。ただ彼女の場合、体格が子供ほどしかないので、彼女の為に伸張され

た甲冑だった。

 

 こちらの女の着ているものは、普通の騎士の甲冑をそのまま小さくしただけと言った感じで、

目立つのは身の丈と頭身の低さのみだった。

 

「じゃあ、子供がいるって、どんな感じなんだ?」

 

 シェルリーナは、まだ年端もいかないような風貌の、目の前の女に向かって尋ねている。は

たから見れば、シェルリーナの方が遥かに年齢が上のようにも見えた。

 

 だが、アンジェラと呼ばれたそのドワーフの女騎士には、子供がいたのだ。このドワーフの女

は、すでに十分子供をつくる事ができるほどの年齢なのだ。

 

「別に…。そんなに激しく思い悩む事なんてありませんよ。それは、うちの娘はとってもおてんば

で手を焼く事もありますけれども、それが返って可愛いですし」

 

「おてんばですって…? ちゃんと躾をしているの?」

 

 エルフのイアリスが、挑発的に言った。

 

「あーら? おべっかを使うエルフなんかよりは、全然ましじゃあないの? 肌真っ白でひょろひ

ょろしてて、すぐ倒れたりしない?」

 

 ドワーフのアンジェラも負けてはいない。

 

「アンジェラ、それは言い過ぎだ…」

 

 シェルリーナは思わず制止しようとしたが、

 

「…、またしても私達の種族をけなすとは…! 容赦しないわ」

 

 イアリスの目は本気だった。アンジェラに対して、本気で憎悪を剥き出しにしている。2人とも

完全に武装している状態だったから、何が起こるか分からない。

 

「ほら! その位にしておきな。私はあんた達を喧嘩させたくて話をしたんじゃあないよ!」

 

 シェルリーナが一喝した。

 

 一瞬の間があった。その後で、緊張がほどけたような空気が流れる。

 

「…、申し訳ありません。ですけれども、私達種族の誇りがありますので…」

 

 イアリスは弁明する。

 

「結局は、売り言葉に買い言葉じゃあないか…。あんた達の子供が知ったら嘆くよ」

 

 シェルリーナはため息をつきながら、2人の女に言う。

 

 今に始まった事ではないが、イアリスとアンジェラはかなり仲が悪い。種族の違いが原因だ。

2人とも、それさえ無ければ、とても信頼できる騎士なのだが。

 

「エルフは、木を大切にしますが、ドワーフはそれを切り出し、火を点けます」

 

 イアリスがシェルリーナに言った。

 

「そんな事…! 所詮、昔からの言い伝えじゃない! それに人間だって同じ事…!」

 

 アンジェラにとっては聞き捨てならない言葉だったようだ。

 

「もういい! 喧嘩は止めだッ! そんな事、聞きたかったんじゃあない!」

 

 この2人の喧嘩には、シェルリーナはいい加減うんざりしている所だった。彼女は2人とも信

頼しているのに、イアリスとアンジェラ同士は憎みあっている。何かと言えば衝突する事が多か

った。

 

 それが、余計に嫌だった。

 

 今度は、イアリスもアンジェラもシェルリーナに対して謝ろうともしなかった。彼女達は、自分

の言っている事が何の間違いも無い事、正しい事だと信じている。だから謝ろうともしないの

だ。

 

 例えこの喧嘩が原因で、騎士の任を外されたとしても、彼女達は少しも悔やんだりはしない

だろう。

 

 それが、エルフとドワーフという種族だった。

 

「シェルリーナ様、準備が整いました。いつでも出発できます」

 

「分かった。今すぐ行くよ、ディオクレアヌ…」

 

 ディオクレアヌという若い騎士がシェルリーナに呼びかけ、彼女は彼の方を向いてうなずい

た。シェルリーナはあえて、何も起こっていないかのように振舞った。

 

 イアリスとアンジェラは、今度はそっぽを向いてしまっていたが、もうシェルリーナは彼女達に

構ってはいられなかった。

 

 庭には、シェルリーナの馬が用意されていた。『フェティーネ騎士団』の他の騎士達も武装を

し、シェルリーナを待ち受けている。

 

 彼女は、自分の馬の所まで来ると、軽々とその上へとまたがった。

 

 堂々たる女騎士の姿がそこには現れる。腰には剣を吊るし、銀髪とほとんど違わぬ色の鎧と

いう姿。

 

 そのシェルリーナを先頭として、『フェティーネ騎士団』は、一つの節目となる任務へと向かう

のだった。

 

 この時には、そんな事を一体誰が知る事ができただろうか。

 

 彼女達の知らない間に、大いなる運命の歯車は、着実に動き始めていたのだ。

 


 
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