No.208019

虚界の叙事詩 Ep#.18「戒厳令」-2

クーデターに揺れるユリウス帝国の首都。主人公達は港から帝国首都に上陸し、まずはレッド部隊と決着をつけます。

2011-03-25 09:50:41 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:419   閲覧ユーザー数:379

 

帝国首都13区

 

7:06 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 夜になった。

 

 《帝国首都》では、高層ビル街を闇が包み込み、街の灯りが輝く時間になるはずだった。だ

が、今日のネオンやビルの夜景はいつもよりも格段と少ないし、異様に暗い。代わりに燃え盛

る炎が、夜景を映し出す代わりとなっていた。

 

 《セントラルタワービル》では、ほとんどの照明が消され、突如として誰も建物内にいなくなっ

てしまったかのよう。周辺のビルのほとんどがそうだった。

 

 これは《帝国首都》では異常事態である。

 

 人口が1000万人を超える世界経済の中心部で、こんな事があるはずがあろうか。まるで全

ての人間が忽然と消えてしまったかのように、首都の建物は闇の中だった。

 

 しかしその代わりに、所々で火の手が上がっていた。煙の高さまで加えると、その火の手は

高層ビル群よりも高い所まで登っている。暗くなった首都で、火だけが、不自然な灯りで街を照

らしていた。

 

 首都は、いつもと比べれば幾分か静かだったかもしれない。しかし雑踏の代わりに聞えて来

るのが、爆発音や銃撃音では、市民達も気が気ではない。

 

 だから彼らの中の一部の者達は、政府の発令した戒厳令を無視し、ある行動に出ていた。

 

 クーデター発動のせいで沈静していたはずの、首都での大規模デモ行動である。夜の闇に

紛れ、彼らは行動を開始していた。

 

 クーデター発動以前から、行っていたデモ行動と同じものだ。再び、戦争反対や軍事作戦撤

退を訴える文字を掲げ、彼らは首都を練り歩き始めた。しかも、行動を始めたのは一つの集

団だけではない。

 

 夜になっても決着の着かないクーデター。それに痺れを切らした数箇所の反政府集団もが動

き出し、彼らは首都の新たな音となった。

 

 衝突する『ユリウス帝国軍』同士。それに加え、別の方向から反政府集団が動き出し始め

た。

 

 外出禁止令が発動されている。それは彼らも分かっている事だ。しかし、命令だけで彼らを

縛る事はできなかった。

 

「軍事作戦反対、今こそ立ち上がる時だ」

 

 そのように皆で一斉に声を上げ、13区の繁華街を練り歩く者達。規模は約30名ほど。彼ら

が手に掲げたプレートには、思い思いの言葉が刻まれている。

 

 戒厳令下では、一般市民が外出している事自体が犯罪。だが彼らはそんな事はお構いなし

に街の中のねり歩く。

 

 首都が、国が、世界が混乱しているこの時だからこそ、自分達のメッセージに皆が耳を傾け

る。そう信じる者がいたのだ。

 

 ある集団。その最も先頭を行き、集団の士気を高めているのは、ブロンドの長い髪をした一

人の女だった。

 

 彼女は拡声器を手に持っていた。様々な服装、人種を集団として率い、混乱する首都を練り

歩いている。

 

「さあ、今こそ立ち上がる時です!世界が混乱し、この国の責任が問われている今、民衆が立

ち上がり、その力を示すのです!」

 

 先頭を行くブロンドの女はそう言い、市民に呼びかけていた。

 

 元々はこの13区を練り歩いている者達も、一つの集団ではなかった。だが、ある組織が皆

に呼びかけ、だんだんと意志を持った者達が集結して行ったのだ。

 

 その組織は、『フューネラル』と名乗っていた。そして、ブロンドの女はシェリーと言っていた。

 

 拡声器で、呼びかけても、自宅に閉じ込められた市民達はなかなか外へ出て来ようとはしな

い。

 

 軍事作戦が首都内で繰り広げられている、自分の国の軍に恐れて外へと出て来ないのだ。

 

 今、この都市や国、政府が混乱している時だからこそ、民衆が立ち上がる時だというのに。

大勢の民衆が立ち上がり、政府に訴える事で、この国を変える事ができるはず。それは、この

混乱している時だからこそ、皆の心に響かせる事ができる。

 

 シェリーはそう思っていた。

 

 『フューネラル』を名乗る組織の者以外にも十数名、デモ隊として集結していたが、彼らはどう

思っているのだろうか?

 

 政府に訴えるだけにしては、人相の悪いような者も混じっている。この首都の混乱で、普段か

ら欲求不満のストレスを発散しようと、破壊活動を行っている者達もいるという。そんな噂が流

れていた。

 

 そんな人間も混じっているのではないのだろうか?

 

 だが、シェリー達はそうではない。暴力に訴えても、それは暴力に過ぎない。軍事作戦と同じ

だ。

 

 13区を練り歩いていた彼女達は、やがて、軍のバリケードに遭遇した。

 

「外出禁止令発動中だ!ただちに引き返しなさい!繰り返す!外出禁止令発動中だ!ただち

に引き返しなさい!」

 

 軍の一個小隊がバリケードを通りに張り、拡声器で命令して来る。

 

「軍事作戦は反対です!皆がそう思っています!これ以上、暴力に訴えても、この国は崩れて

いくばかりです!あなた達もそう思いませんか?」

 

 シェリーは拡声器を通して訴えた。

 

 彼女は常日頃から思っている、心を割って話し合えば、理解できない人間はいない。皆、正

義の心を持っているはずだと。

 

「聞えなかったか!?さっさと引き返せ!さもないと撃つ!」

 

 だが、バリケードを張っている兵士達は、銃をこちらへと向けて来る。

 

 シェリー達は脚を止めた。しかし、人相の悪い、大柄な男がゆっくりと、先頭のシェリーよりも

前に歩み出た。

 

「野郎!調子に乗りやがって!政府の犬が!」

 

 そう言った男の手には、瓶が握られている。シェリーはすぐに何であるか理解した。火炎瓶

だ。

 

 それに気付いた瞬間、男は、バリケードの方に向かって火炎瓶を投げ込んでいた。

 

 バリケードの方から悲鳴が上がった。すると次の瞬間、全身火だるまになった兵士が飛び出

してくる。

 

 その光景に、シェリーは立ちすくんだ。

 

 だが、彼女の背後にいた者達は、一斉に歓声を上げる。

 

「やったぞ!ははは!ざまーみろ!調子に乗っていやがるからだッ!」

 

「政府の犬が!くそったれ!とっとと死にやがれ!」

 

 その声が上がると同時に、更にもう一つの火炎瓶が投げ込まれた。今度は悲鳴が上がらな

かったが、デモ隊の歓声は更に上がった。

 

「うおおお!もっとやれ!もっとやれ!」

 

「クソ政府を始末しろ!」

 

 シェリーには何が起こっているのか、理解しがたかった。自分が訴えているのはこんな事で

はなかったはず。皆、訴えたいのはこんな事では無いはずなのに。

 

 一体、これは何だ?

 

 目の前で、人が火だるまになって死んだ。それを見て、周りにいる人々は、歓声を上げてい

る。

 

 何が、起こっているんだ?

 

 彼らは、首都で展開される軍事作戦に反対する為にここに集まっただけのはず。殺し合いの

戦争をする為に来たのではないのに。

 

 歓声を上げつつ、デモ隊はバリケードに突進して行った。およそ数十名。シェリーはその場に

立ち尽くし、その光景を背後から見つめていた。

 

「おいッ!貸しやがれッ!」

 

 そう一人の男が言い、シェリーの手から拡声器をもぎ取った。

 

 その男は興奮したように、拡声器を使い、音の割れた大声を出し、それをバリケードの方へ

と向けた。

 

「いいか、よく聴きやがれ!クソ政府の子飼いのしみったれた犬どもが!てめえらのケツに火

を点けて地獄まで追いまわしてやるぜ!くたばれ!」

 

 拡声器の声に鼓舞されたかのように、その男や、火炎瓶を投げ込む者達は、一斉にバリケ

ードへと突撃して行った。

 

 だが次の瞬間、彼らの声は悲鳴へと成り代わる。

 

 銃声が通りに響き渡った。何発も何発も、軍の兵士が、狂ったように押しかけて来る者達に

銃を発砲している。

 

 暴徒と化していたデモ隊は、先陣を行く仲間達が次々と銃弾に倒れた事で混乱し、通りの上

で散り散りになった。

 

 すぐさま、バリケードを乗り越えてきた軍の兵士が、銃を構えながらこちらへとやって来た。

 

 逃げる者は銃で威嚇し、まだ抵抗しようとする者は即座に銃で撃ち抜いている。

 

 自国の人間にも容赦無い行為、それが戒厳令なのだと、シェリーは生まれて初めてそれを知

った。

 

 シェリーはその場の光景に唖然として立ち尽くす。もはや抵抗できないと知ったからではな

い。

 

 通りの路上に立ち尽くしているシェリーに、一人の兵士が銃を構えて近付いてくる。

 

「両手を挙げて、腹ばいになれ!」

 

 シェリーは、ここに意識が無いかのような表情をしていたが、すぐさま両手を挙げ、指示に従

った。

 

 兵士は、彼女へと頑丈な手錠をはめてくる。周囲では、未だに暴徒と化した者達が逃げ惑っ

ていた。

 

 誰かの奇声のようなものが聞こえて来た。瞬間、激しい銃声音。シェリーは何かに打たれた

かのように体を震わせる。

 

 すぐ頭上で銃声が響いていたのだ。彼女に手錠をかけた兵士が、暴徒に向かって銃を放っ

ていた。

 

「こちら、α-24。現在13区8番通り付近。暴徒と交戦中。直ちに応援を要請する」

 

 すぐに頭上から聞えて来る無線機の音。しかしそれは、シェリーには言葉の意味としてではな

く、この混乱の中での一つの音として聞えていた。

 

 これが現実の光景であるとは信じられない気持ちで、シェリーは混乱の真っ只中にいた。

 

 

 レッド、と名乗った、『ユリウス帝国軍』の工作員は、拳を鳴らしながら構えに移った。特に武

器は持っていない。広げられた手に黒いグローブをはめているだけだ。

 

「お、おいおい、待ってくれよォ!この街には、『ゼロ』が近付いて来ている。そりゃあ、あんたら

だって分かってんだろ!オレ達は、こんな所でこんな事をしている場合じゃあねえんだぜ?そり

ゃあ、お互い様だろう?」

 

 慌てた様子で浩が遮った。しかし、他の者達は既に戦いの構えにある。太一も隆文も絵倫

も、レッドの部隊を前にして交戦の構えだ。

 

「国防長官は、お前達や『タレス公国』などに頼る必要は無いと言っている。ご自分と、我が軍

だけで、『ゼロ』を止めて見せると!それに貴様らは何だ?国際指名手配中ではないか!」

 

 そう言いつつ、レッドは浩の方へと距離を詰めた。彼の体よりも、更に巨大な肉体を持つ者

が迫る。それだけでも大きな迫力。

 

 拳が繰り出される。『SVO』の4人はそれぞれ飛び退いた。

 

 浩にだけ繰り出された拳だが、4人全員が飛び退いたのは、その拳がまるで鉄球のような迫

力を持っていたからだ。拳が繰り出されただけで、港のアスファルトが抉れる。

 

 ほとんど沈みかけた夕日、港では自動的に照明が点灯し、『SVO』の四人と、レッド達はその

中にいた。

 

「ま、待てよォ!オレ達は、『タレス公国』の大統領に恩赦を!」

 

「その恩赦ってのは、普通、国外追放が条件だぜ! てめえらが今、足を付けているのは一体

どこの国だと思ってやがる」

 

 そう後ろから声を飛ばしてきたのはブルーだった。

 

「そういう訳だ!貴様らは、ここで足止めし、同時に確保する!抵抗するなら始末するまで

だ!」

 

 再び拳を繰り出すレッド。今度は浩の背後にあった、港の木箱が粉々に破壊された。

 

「ちィ!有無を言わさずって、訳かよォ!だが『ゼロ』さんが近付いてくるまで、あと2時間もねえ

からな!とっとと、決着付けさせてもらうぜ!」

 

 と、浩も気を取り直し、拳を鳴らして構えた。

 

「そう、来なくてはな」

 

「だけど、こちらは4人よ。あなた達は、5人いるのに、戦う素振りを見せているのはあなただけ

ね?」

 

 絵倫は強気に尋ねる。返って来た答えは、レッドからではなく、背後にいるブルーの方からだ

った。

 

「てめえらは、オレ達全員で手を下すまでもねえ。レッド隊長だけで十分だって事さ」

 

「そう言う事だ!」

 

 ブルーの言葉に後押しされるかのように、レッドは浩との距離を詰めた。

 

 その時、上空を一機のジェット機が通過して行く。その音が、港のみならず、首都の方にまで

広がった。

 

 クーデター中のせいか、『ゼロ』を迎え撃とうとしているのか。空気を切り裂くかのような、迫力

のある音。

 

 レッドの繰り出してきた拳には、拳とは思えないような迫力があった。まるで、直径1メートル

はあろうかという鉄球を繰り出されているかのような衝撃。

 

 浩も、その衝撃を得意の『力』で受け止めようとするが、衝撃だけで大きく背後に飛ばされて

しまった。

 

 間髪入れず、絵倫の鎖の鞭が、操られたかのようにレッドの腕へと巻きつく。丸太ほどの太

さはあろうかという腕。二の腕に巻きついた鎖で、絵倫はレッドの右腕の動きを封じる。

 

 レッドは右腕を引っ張り、鞭を引き離そうとした。所詮、鞭を持っているのは、女の力に過ぎ

ない。鞭を引っ張れば、簡単にその体を持ち上げてしまえる。

 

 しかしレッドは、自分の右腕の周りを、何かが拘束している事を知る。

 

 それは、絵倫が創り出した空気の流れだ。丸太のようなレッドの腕の動きを封じるべく、彼女

が放った鞭から伝わり、湧き出し、そして流れるようにレッドの腕の周りを取り巻いている。

 

 腕を拘束したレッドに、隆文が向かう。機関銃を構えた彼は、レッドへの距離を詰め、引き金

を引いた。

 

 かなりの至近距離。レッドが『能力者』であろうとなかろうと、銃弾は彼を撃ち抜くはず。

 

 だが、隆文が撃てたのはほんの数発。それはあらぬ方向へと飛んで行く。レッドは足蹴りを

使い、隆文の機関銃を蹴り飛ばしていた。

 

 隆文の機関銃が軽い音を立てて港のアスファルトの上を滑る。レッドの足蹴りは、そのまま

同時に彼自身の体をも薙ぎ、突風にでも煽られたかのように、港の木箱の中へと彼の体は突

入して行った。

 

 更に隆文のいた場所の背後から、太一が襲いかかる。警棒を手に、レッドの正面から襲い

掛かった。

 

 レッドは反対側の腕で、太一の警棒による攻撃を防ぐ。彼の体から、レッドの体へと、青白い

光が火花を飛ばしながら流れて行く。それは電流だ。

 

 腕を伝い、電流を流され、レッドはうめく。しかし彼は防御の腕を使い、太一の体を空中で押

しのける。

 

 丸太に薙ぎ倒されたかのように、太一の体は地面を転がった。

 

「ふうぅ。なかなかのチームプレイと言った所か。さすが、我が軍が手を焼くだけのものはある。

しかし、この私に傷を負わせる事はできんさ」

 

 レッドは強気に、堂々と言い放つ。

 

「ああそう?でもあなた、わたしの鞭で腕を固定されている事をお忘れ?」

 

 と、絵倫。彼女が放った鞭は、レッドの腕をしっかりと空中で固定している。彼女が、空気中

を流れる空気を操作する『力』を使っているせいだ。

 

「もちろん、忘れてはいない!」

 

 まるで気合を入れるかのような迫力。レッドが言い放った瞬間。彼のその迫力は体全体から

放出された。

 

 同時に、爆発のような衝撃が絵倫の方へと撒き散らされる。それは正真正銘の爆発だった。

爆風を放ち、炎を振り撒く。

 

 最も側にいた絵倫は吹き飛ばされ、港の建物の壁へと激突した。

 

「な、絵倫!」

 

 隆文は叫ぶ。レッドは、腕を空気の固定から解放されている。彼の体から放出された爆風の

ようなものが、空気もろとも吹き飛ばしてしまっていた。

 

「お前達のできる事はこんな事かな?」

 

 レッドは、傷一つ負っていない様子だ。

 

「そうでもねえぜ」

 

 浩が遠くの方から言った。

 

「強がりはいい!来るならば、さっさと来い!」

 

「いや、すでに行った」

 

 と、隆文。

 

「何を言っている!?」

 

「俺があんたに機関銃を撃った場所を見てみな。アスファルトの溝にはまっているのは、手榴

弾だ。かろうじて、今の爆風にも耐えたようだな?ピンは抜いておいたし、爆発までの時間は、

俺の仲間なら皆知っている。知らなくてその手榴弾の側にいるのはあんただけだ」

 

 レッドははっとして自分の足元を見た。そこには手榴弾が転がっている。すでにピンが抜か

れ、いつでも爆発できる様子だ。

 

「味な真似をしやがって!」

 

 そう叫んだのはレッドではない。背後にいたブルーだった。彼は、手榴弾の存在に気付き、

隊長の元へと駆けて行く。手に握られているのは、青白い冷気を放っている冷却棒。

 

 彼はそれを地面へと叩き付けていた。

 

 瞬間、棒の先端から、冷気が地面へと伝わっていく。港のアスファルトの上へと、さながらス

ケートリンクのような表面が広がっていく。

 

 それはレッドの足元を通過し、同時に地面を転がっていた手榴弾をも冷却した。一瞬で冷却

された手榴弾は完全に凍り、爆発寸前で不発弾と化す。

 

 冷却の範囲は、レッドを中心として半径5メートルほどで停止した。

 

「隊長だけで、十分じゃあなかったのかよ?」

 

 凍りついた手榴弾を見やり、隆文は言った。

 

「そりゃあ、順調に押している時だけの話だぜ。隊長がヤバくなれば、オレ達も参加せざるを得

ないだろうが」

 

 そう言ったブルーは、息を切らせている。彼自身にとっても、慌てた行動だったのか。

 

「そう言うことだ。我々は任務を優先する、それだけだ」

 

 威圧的な口調を絶やさないレッド。しかし、彼の足、彼の靴には、ブルーの放った冷気が纏

わりつき、凍り出している。

 

 レッドは脚を凍らせ、動きを封じられている。

 

「あんたらがまだ続けるってんなら、俺達も戦わざるを得ないぜ! だが、あんた、その脚で、

俺達とまともに戦えるのか? それに、そんなに冷たそうな氷が全部溶けるのを待っているほ

ど、俺達は暇でもない」

 

「そう思うなら、もっとかかって来い!」

 

 手榴弾を凍り付かせたのはいいが、その影響で脚を凍らせているレッド。彼は『SVO』の四

人に身構える。

 

「当たり前だ!」

 

 レッドは、爆風のような衝撃を身体から発した。すると、彼の脚を拘束していた氷はばらばら

になって周囲に吐き散らかされる。彼の脚に纏わり付いていた氷も、全て剥がれ落ちた。

 

「この程度、脚が凍った程度では何と言うことは無い」

 

 身体全体から薄っすらと煙を昇らせ、レッドは言う。

 

「ああ、そうかよ!」

 

 真っ先に飛び掛って行ったのは、隆文よりも背後にいた浩。彼は、凍っている領域を飛び越

え、レッドに向かって殴りかかる。

 

 彼の拳は、レッドの腕によって阻まれた。拳を弾き、その衝撃を受け流し、更にそこへのレッ

ドの攻撃。右頬を殴りつけられた彼は、そのまま地面へと叩き付けられた。

 

 続いて、隆文が拾い上げた機関銃から銃弾を撃ち込む。だが、次の瞬間、その銃弾は青い

軌跡によって阻まれた。

 

 ブルーが、隊長レッドを守るようにして、隆文の銃弾を叩き落したのだ。

 

 立て続けに発射される隆文の銃弾。しかしそれはブルーによって阻まれる。

 

 だが、直後、路面を滑るようにしてレッドの背後から浩が接近する。彼は、素早くレッドへと襲

い掛かった。

 

 脚を取られているレッドに、浩の首絞めが入った。背後からせまっていた彼に、完全に首を

取られるレッド。

 

 かきむしるかのように、浩の腕をほどこうとする彼だが、首を完全に取られてしまっている。

ふりほどこうにもほどけない。

 

 レッドは顔を赤くし、息を不自然な程早く喘がせていた。

 

 彼の視線の先には、絵倫が一定の距離を取って立っている。

 

「息が上がるのが早くなった?」

 

 彼女はレッドに吹き飛ばされた後、港の建物に頭をぶつけ、額から血が滴っている。だがそ

れでも構わずに起き上がると、堂々と彼を見据え、母国語のように会話できる『タレス語』で言

葉を放っていた。

 

「わたしはご覧のように空気を操る『力』を持っているわ。つまり、部分的に空気の濃度を減ら

す事だってできるの。あなたの顔の周りにある空気は、今、非常に濃度が低くなっている。

 

 高山病ってあるわよね。標高の高い山で体調を崩す。あれよ。

 

 あなたの顔の周りは今、部分的に上空3万メートルにも匹敵する程に空気濃度が低くなって

いるわ。それはあなたの顔の周りだけの出来事であって、わたし達や、そんなに側で首を絞め

ている浩には何の影響も無いわよ。

 

 最も、今のように、あなたが数秒間、じっとさせられているような状況で無いと、効果を発揮で

きない『力』だけれどもね」

 

「てめえ!隊長を」

 

 ブルーが絵倫の顔を睨むように見て言って来る。背後で、レッドはどんどんその顔を青白くさ

せて行き、目つきも虚ろになっていた。

 

 浩が彼の首から手を離しても、レッドはほとんど何も抵抗できないまま、地面へと突っ伏し

た。

 

「なるほど。こんなガタイのいい奴でも、簡単に首を落とせるってわけか」

 

 地面に倒れた大柄な身体を見据え、浩は呟く。

 

「てめえら!やってやるぜ!」

 

 途端にブルーはそう言い放ち、絵倫への距離を詰めようとする。だが、そこに立ち塞がった

のは太一。警棒を手に、ブルーの攻撃を阻止する。

 

 更に、今までの戦いを見守っていた『レッド部隊』の者達も、次々と彼らの元へと集まって来

た。

 

「来るなら、来てもいい!だが、これ以上の戦いは無益だ!そのぐらい、お前達にも分かるだ

ろう!」

 

 隆文は機関銃の銃口をブルーの方に向け、言い放った。

 

「分かってねえのはてめえらの方だ!オレ達には命令ってもんがある」

 

「命令というのは、状況により変わるものだ。それにお前達、軍の最大の命令は、国を守る事

だろう? 俺達が国を脅かすテロリストに見えるならばそう言え。だが、お前達も、俺達なんか

より、『ゼロ』の方が遥かに脅威だと、良く知っているはずだ」

 

 言い放ち、銃口を向け、隆文達はじりじりと移動して行く。だが、ブルー達は彼らの前に立ち

塞がり、行く手を阻む。

 

「この都市が滅びれば、そんな事も言っていられなくなるわ!現に、わたし達は、自分達の住

んでいた街を、あいつに滅ぼされた!」

 

 更に絵倫も隆文に続けて言い放った。

 

「じゃあ、オレ達に、命令違反してでもてめえらを見逃せって、そう言いてえのか?なるほどよ

ォ!てめえらはド素人だな?命令とは状況により、変わるものだ?だとォ?何寝ぼけた事を抜

かしていやがる?」

 

 ブルーは吐き捨てるように言った。

 

「ああ、そうだぜ。お前らが寝ぼけた事をすれば、この都市を救えるんだぜ」

 

 と、浩。太一も警棒を彼らへと向け、油断を見せない。

 

「命令違反ではない。ただの失敗だ。それとも何だ?お前達は、国防長官が一人で、あの『ゼ

ロ』を止められるとでも思っているのか?」

 

 再び隆文が言った。

 

「さあな?オレが知った事じゃあねえ!てめえらには何件も貸しがあるんでなあ!オレだってと

っとと返してもらうぜ」

 

 そう言い放ち、ブルーは冷却棒を手に四人に迫る。

 

 そんな彼を太一が再度阻む。彼の持った警棒が、ブルーの冷却棒に打ち当てられる。

 

 だが、次の瞬間、太一の棒は凍り出し、その動きを封じられる。その動きを封じられた太一

へと、ブルーの蹴りが飛び込もうとする。

 

 太一は体を素早く動かし、ブルーの蹴りを避けた。そんな彼の脚を掴みこんだのは浩だっ

た。

 

 浩はブルーの足首をねじ上げ、脚を骨折させる。彼はうめき声を上げて地面に倒れた。

 

「て、てめえ!」

 

 呻くブルー。だが、間髪入れず、その背後から襲い掛かったのはイエロー。黄色い軍服の

影、大柄な肉体を持つ女が、浩の方へと襲い掛かる。

 

 二人は低い姿勢のまま取っ組み合った。

 

「何でえ!あんた女か?」

 

 組み合ったままの浩がそう言った。

 

「だったら、どうだってのさ!」

 

 両者とも全力で力を込めながら激突する。二人の体はほのかに輝いているようにさえ見え

た。

 

「いや、オレはもっと痩せていて、いかつい顔をしていない女の方が好きだなって思っただけさ」

 

「全身の筋力を爆発的に増大させる『力』を持った者の宿命だね?だが、あんたが大柄な男だ

からって、負けはしないよ!」

 

 一方、背後では、黒ずくめのフードを被った女が、絵倫に向かってスタンガンのような火花を

飛ばしていた。その火花は、どす黒く、青白い火花を伴い、港に置かれた木箱に当たればそれ

を破壊してしまっていた。

 

 絵倫は火花をアクロバティックな動きでかわして行く。彼女を追いかけるように、黒ずくめの

女が放つ電流のようなものは、港の建物を砕き、窓ガラスを粉々に割っていた。

 

 そんな絵倫を狙う別方向からの姿。それは銀髪をオールバックにした白い軍服の男。彼は銃

を取り出し、それを絵倫の方へと向けている。

 

 双方からの攻撃を絵倫が避けきれるか。そう思い、シルバーというその男に、更に別の方向

から銃口を向ける隆文。

 

 マシンガンから一気に銃弾が吐き出されると、その男は、建物の影へと飛び込んだ。

 

 何発かの銃声が響く。空を切り裂くような銃弾の衝撃が、隆文のすぐ側を通り過ぎていく。

 

 だが、隆文は構わずマシンガンを発砲し続けた。建物の窓ガラスは割れ、壁には次々とひび

が入る。

 

 シルバーは、全く建物の陰から出て行けなくなっている。隆文の銃弾は尽きる事無く壁へと攻

撃を続けている。

 

 そんなシルバーは、自分の頭上から気配が迫って来るのを感じた。港の照明の影、真っ黒に

塗りつぶしたかのような影。

 

 シルバーは銃を頭上へと向け、引き金を引こうとした。だが、瞬間、太一の姿は頭上でかき

消える。

 

 次に彼が気付いた時、太一は、彼の目の前にまで迫っていた。

 

 うめき声を上げるような間も無く、シルバーは地面に崩れる。後には警棒を構えた太一だけ

が立っていた。

 

 絵倫は、青白い電流のようなものを飛ばして来る女の攻撃を避けつつ、その距離を縮めてい

った。

 

 そして、彼女が、手にした鞭の間合いが届く程の間合いまで近付いたとき、絵倫は初めてそ

の鞭を振るった。

 

 鞭自体はただの鎖に過ぎない。だが、鞭の周りにはわずかばかりだが、空気の流れが生み

出されている。それは絵倫が創り出した空気の流れ。

 

 その空気の流れが、ブラックという名の女の体に触れた刹那。激しい突風となって彼女へと

襲い掛かった。

 

 局所的に、爆発的に襲い掛かる空気の流れ、女の体は一気に吹き飛ばされ、港の岸壁を通

り越し、海の中へと飛び込んでいった。

 

 浩は、大柄な女と取っ組み合ったまま動かない。浩自身も相当の体格だが、相手の女も負け

ていない。

 

 二人の周りには、近寄りがたい程の迫力が渦巻いている。それが衝撃波となって、辺りのも

のを吹き飛ばしても不思議ではないかのような迫力。浩はうなり声を上げつつ、そのまま相手

の女を押しやろうとした。

 

 だがそこを付き、イエローという女は、浩の動きを受け流す。体は横方向へと避け、浩の動き

だけを直線方向に押しやった。結果、彼の体はバランスを崩し、前方へと倒れこむ。

 

 イエローは倒れた浩の体に、背後から襲い掛かる。背後から馬乗りになり、彼の動きを完全

に封じた。

 

 そして隙だらけの彼の首に、たくましい腕を通し、一気に絞めにかかる。

 

 浩は、完全に入った首絞めを無理に解こうとするが、相手の腕は完全に首に入っている。

 

 浩の顔は赤くなり、首が絞まるにつれ、どんどん意識が失われようとしている。

 

 だが次の瞬間、浩の首を絞めていた女の背後から、太一が警棒を振り下ろしていた。彼の

体は、さながら流星のように、シルバーを倒した建物の影から移動、更にその移動速度の加

速を利用して警棒を、イエローの首筋へと叩き付けていた。

 

 大柄な女は一瞬うめくと同時に、浩への首絞めの力も緩んだ。

 

 とっさに浩は腕を振り解く。そして、後頭部への衝撃に意識を失いかけている女の体を押し

倒し、腕を首に押し当てた。

 

 イエローが意識を失うまでは、さして時間がかからなかった。既に太一の一撃が効いており、

意識は飛び掛っていたようだ。

 

 全ての『レッド部隊』の隊員が崩れ去った。港には、4人の『SVO』メンバーだけが立ってい

る。

 

「急ごう。時間が無い」

 

 隆文は真剣と緊張の表情のまま言った。

 

「『ゼロ』さんとやらは、この街のどこに来るのか分からないぜ」

 

 と、浩。

 

「さあな、だが俺達は、話がある。あの『ゼロ』に逃がしたっていう近藤 広政だ。奴に会えば、

何か分かるかもしれない。今夜、『ゼロ』がどこにやって来るのかも、どうやったらあいつを止め

られるのかも、な」

 

 そう言う『SVO』の足は、すでに市内へと向けられている。日はとうに暮れ、既に時刻は7時

を回っていた。今にも、紫色の光が遠くからやって来はしないかと、上空を伺う隆文。

 

「なるほどな。奴が、元凶、見てえなものだからよォ。近藤がいるってのは?」

 

「《セントラルタワービル》よ、『皇帝』が、彼を匿っているって、原長官が言ったでしょう?『皇

帝』がいるのは、《セントラルタワービル》らしいわ」

 

「あそこか。1時間以内に何とか辿り着くしかないな、街の中は、クーデターで戦争状態だが、

行くしかない」

 

 首都の中心部に堂々と聳え立つ、巨大な建造物を目標に、4人は《帝国首都》へと潜入して

いった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、港に取り残された『レッド部隊』の面々。その内、ブルーは、折れた脚を引きずりなが

ら、

 

「ち、畜生めが!」

 

 毒づき、そして、まだ意識のある彼は、無線機を取り出していた。

 

「こちら、『レッド部隊』のブルーだ。『SVO』の野郎共が首都に潜入しやがったッ!現在位置

は、チルトン港の18番埠頭!繰り返す!」

 

ユリウス帝国首都4区

 

7:18 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

「先輩よ!どうやって、《セントラルタワービル》に潜入するんだ?首都ん中は厳戒態勢なんだ

ぜ!」

 

 道を急ぎながら、前方を行く隆文と絵倫に、浩は呼びかけていた。

 

 首都内はさながら戦争状態だと言われていたが、まだ4区の港付近は安全な方だった。人気

は無いが、物々しい様子で軍の兵士が練り歩いていたりはしない。

 

「ルートは既に調べてある」

 

 と言い、隆文は携帯端末を取り出す。そこには、既に《ユリウス帝国首都》の地図が広がって

いた。更にそこには、道を縫うように走っている赤と緑のラインも表れている。

 

「ち、地下鉄を行くのかよ?」

 

 二つのラインは、首都を網羅している磁気軌道地下鉄道の、二つの路線だった。それは首

都の中心部から伸び、4区の沿岸地帯まで延びている。

 

「この二つの路線の内、赤い方、15号線は《セントラルタワービル》の真下にまで延びている。

『タレス公国』の情報分析官からこっちに送ってもらった図面では、この路線のメンテナンス通

路は、排水溝を通してタワービルの地下室に繋がっている」

 

「だが、地下鉄にも警備網が張られていても不思議じゃあねえ。その路線が《セントラルタワー

ビル》に繋がっているとなりゃあ、なおさらだ」

 

「地上よりはましだわ」

 

 と、絵倫。後には太一も続いている。

 

「それで?どうやって、その地下鉄ん中に入るんだ?」

 

 隆文の背後から言葉を投げつける浩。

 

「15号線は、直接こっちまで延びていない。だから、8号線を使う。それが緑色の路線だ。この

二つは、路線的には繋がっていないが、乗り継ぎ駅の手前で、引込み線用の軌道で繋がって

いるんだ」

 

「それで、あと2時間以内にタワービルに着けるのかよ?」

 

「さあな?やるしかない。ここからタワービルまでは、およそ4km程だ。走れば何とかなる」

 

 と、隆文が言った時、彼らは走って行った道の前方から、『ユリウス帝国軍』の装甲車が一

台、彼らの方へと近づいて来た。

 

 思わず隆文は足を止め、そのまま路地の中、そして建物の物陰へと逃げ込む。彼に続き、

絵倫、太一、浩も同じようにした。

 

 何事も無かったかのように、装甲車は道路を走って行く。その向かっている先は、先程『レッ

ド部隊』と戦った、《チルトン港》だろう。

 

 装甲車が行ってしまったのを確認し、物陰からそっと、様子を伺うように顔を出す隆文。

 

「行っちまったぜ。もしかしたら、さっきの『レッド部隊』の奴らが応援を呼んだのかもな?これじ

ゃあ、地上を車で行くよりも、地下を行った方がやはりましかもしれない」

 

 隆文は、装甲車の向かった先を見つめながら言った。だが、すぐさまその方向を変え、目的

の方向へと向かう。

 

 何とか軍の包囲網をかわしながら、隆文達は、通りを移動し、ある入り口の前までやって来

ていた。

 

 そこはマンホールのような場所。だが、鉄の蓋にはユリウス帝国首都メトロのマークが記され

ている。

 

「非常の出入口?」

 

 絵倫が尋ねた。

 

「そう言う事だ。駅は封鎖されているからな。非常口の方が警備は緩い。一気に軌道まで降り

られる」

 

 と、隆文が答えている間に、浩はその鉄の蓋をこじ開けていた。何年も使われていないらしい

扉は、開けられるとサビと埃を振り撒く。

 

 そして扉の先には、ぽっかりと開いた空間が広がる。地下へと延びる梯子が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

タレス公国 プロタゴラス

 

 

 

 

 

 

 

『タレス公国』では、24時間体制のまま、『ユリウス帝国』での動向が見守られた。対策本部で

は、大画面に刻一刻と『ゼロ』の移動の軌跡が現され、それは真っ直ぐと《ユリウス帝国首都》

を目指している。

 

 分析官の判断では、『ゼロ』の現在の速度からして残り1時間程度しかないとの事だ。

 

「それで、『ユリウス帝国』側は、こちらの協力を受け入れると?」

 

 忙しない様子でドレイク大統領は原長官と話しながら本部に現れる。

 

「ええ、しかし、あくまでそれは公海内での事です。『ユリウス帝国』領海内での協力は領海侵

犯になるとの事で」

 

「『ユリウス帝国』の軍事力に比べれば、諸外国の軍事力などそれを合わせても大したものは

無いかもしれん。しかし、彼らの目前に迫っているのは『ゼロ』だ。クーデターの混乱の中で、奴

を止められるとは到底思えん」

 

 ドレイク大統領がそう言うと、原長官は、

 

「おそらく、それは向こうも分かっておられるでしょう。アサカ国防長官は、それを分かった上で

首都を包囲し、戒厳令を敷いたと」

 

「だがアサカ国防長官も、『ゼロ』がこんなにも早く『ユリウス帝国』をターゲットにするとは想定

していなかっただろう。それもやって来るのは、クーデターの真っ最中、混乱の渦中だ。そこま

で彼女やフォード皇帝が察知していたと思うかね?」

 

「いえ、そうは思いません。ですから私も、非常に深刻な事態かと思います。ですから、せめて

『SVO』の捜査も認めてくれれば、少しは望みがあるかと」

 

「いいや、無駄な期待はするな。『ユリウス帝国』側でも同じ捜査をやっている。いくら君の部下

が『ゼロ』に最も近づける存在であっても、『ユリウス帝国』は彼らを認めない」

 

「はい、それは分かっています。大統領」

 

 と、原長官は答え、彼とドレイク大統領は、対策本部吹き抜けの中の、ある分析官のいるブ

ースの前までやって来ていた。

 

「『SVO』は? 今、彼らはどこにいるのだね?」

 

 原長官が、ブースの中に置かれたモニターを食い入るように見つめ、分析官に尋ねた。

 

「先程、地下鉄8号線の軌道内に侵入しました。およそ30分で、《セントラルタワービル》に到

着する予定です」

 

「そうか、分かった」

 

「コンドウが、『ゼロ』に関する、あらゆる事の鍵を握っていると?君はそう考えているのか

ね?」

 

 原長官の後ろにいたドレイク大統領は尋ねる。

 

「ええ、全ての元凶は彼と、彼の祖父です。『SVO』がコンドウに会い、何らかの情報を聞き出

せれば、『ゼロ』を阻止できるかもしれない。少なくとも、彼らにとってできる事はそういう事です

から」

 

 原長官はそう言ったものの、ドレイク大統領の顔色は深刻なままだった。

 

「それが、解決の糸口になれば良いのだがな」

 

 と、彼は呟いていた。

 

「『SVO』を呼び出せるか?」

 

 原長官は分析官に尋ねる。すると、彼はマイクを手渡された。

 

「どうぞ」

 

「私だ。『SVO』。現状を報告してくれ」

 

 原長官が見つめるモニターには、《ユリウス帝国首都》の地図と、赤と緑に塗られた二つの地

下鉄路線、そしてGPSが示す、『SVO』四人の現在位置が赤いポイントで示されている。

 

 

 

 

 

 

 

 隆文は、原長官からの無線連絡にすぐ応じた。地下とはいえその衛星経由の連絡は確実に

彼の元へと繋がってくる。

 

「はい、こちら『SVO』」

 

(隆文、隆文か?現状を報告してくれ)

 

 原長官の声が、彼が手にした小型無線機から漏れてくる。今では隆文達は、暗いトンネルの

中にいた。等間隔で光るぼうっとした光だけが頼りの、地下鉄のトンネル内部。

 

(今は8号線の軌道内にいるのだな?)

 

「はい。10分ほど前に8号線の軌道に侵入しました。現在、15号線への乗り換え点へと向か

っております」

 

 『SVO』の一行は、暗いトンネル内の磁気軌道上。そのメンテナンス用通路の上を走ってい

た。軌道の上を列車が走って行くような事は無い。戒厳令中では地下鉄も停止しているよう

だ。

 

(『ゼロ』は、残り1時間で首都上空に達する。急いでくれ。《セントラルタワービル》には近藤が

いる事だろう)

 

「はい、分かっています」

 

 と、隆文は答え、軌道の先を見やりながら駆けて行く。暗いトンネルは、深い深遠に飲み込ま

れていくように続いている。足元に光るライトと、手にした懐中電灯が頼りだった。

 

 数分後、彼らは、8号線にあるメンテナンス通路から、横穴のようなトンネルへと入り込み、

別のトンネルへと移った。それこそ、《セントラルタワービル》地下まで延びている、15号線のト

ンネルだった。

 

「急ごう」

 

 隆文はそう呟き、一行は再び軌道の上を走って行く。彼が手にした携帯端末上に示されてい

る首都の地図と重ね合わせた、地下鉄路線の地図。現在位置を示すポイントが、だんだんと、

《セントラルタワービル》へと迫っていく。

 

 だが、ある地点で隆文達は立ち止まった。

 

 メンテナンス通路上で先頭の隆文が立ち止まると、背後のメンバーも素早く体勢を低くした。

 

 通路の先に見える人影。たった一人だけ、通路に立っている。

 

 ぼうっと光るライトに照らされているその姿は、遠目からでも判断できる。『ユリウス兵』だ。ク

ーデター軍であるか、クーデター反対派であるかは、『SVO』にとってはどうでも良い事だ。どち

らにしろ、敵、である事に違いは無い。

 

 隆文を先頭に、彼らはゆっくりと、その兵士の方へと近付いて行った。

 

 だが不思議だ。メンテナンス通路にいるその兵士は、身長が低いかのように見える。隆文の

腰ほどの高さしかない。

 

 近付いていくとなぜかも分かる。兵士は通路に座り込んでいる。ライトを背に、通路の上に座

り込んでいたのだ。

 

 『SVO』の4人は、警戒しながら兵士の元へと近付いた。

 

 よく見れば、兵士は一人だけではない。マシンガン、防弾スーツとヘルムで武装した兵士がも

う一人、メンテナンス通路にはいる。その兵士は倒れていた。

 

 ライトに照らされている方も、座ったような姿勢で気絶しているのだ。

 

「こりゃあ?」

 

 と、隆文は呟く。見たところ外傷が無い。何らかの方法、例えば急所を突かれる、殴られると

いった方法で気絶させられているのだ。

 

「地上で起こっている戦闘とは、違うようね? 銃の撃ち合いじゃあなくって、当身で気絶させら

れているのよ」

 

 絵倫が倒れている兵士を探る。

 

「この地下鉄の軌道にも、兵士はいて、警戒に当たっていたんだろう。だが、俺達が来るよりも

少し前に、ここを通っていった奴がいる。誰かは知らないが、《セントラルタワービル》に向かう

っていう目的は同じだったようだ」

 

 隆文はそう言いながら、気絶している兵士の上を跨ぎ、他の3人も同じようにした。

 

 彼らが更に進んでいくと、地下鉄駅が見えて来る。上りと下り、両方面にそれぞれ列車が停

車していた。戒厳令中で地下鉄は停止しており、乗客もホームにはいない。

 

 そして、ホーム上にはこれまた、倒れている兵士が数名いた。

 

「おいおい、ますます、ここを通って行った奴ってのは、オレ達と目的が同じなようだぜ」

 

 ホームの上を見やりながら浩が行った。『SVO』の4人は駆けて行く。《セントラルタワービ

ル》はまだ先にあった。

 

セントラルタワービル 地下

 

7:40 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 隆文達が《セントラルタワービル》に辿り着いたのは、地下鉄構内に潜入してから25分後の

事だった。

 

 地下鉄のトンネル内で、『ユリウス兵』達に行く手を阻まれるような事は無かった。彼らは皆、

気絶させられている。その点に関しては好都合だった。だがそれは、何者かが、先に全く同じ

ルートを通り、彼らよりも先にこの建物へと向かっていた事を意味していた。

 

 地下鉄軌道からは、下水道へと降りる排水路を通り、一時、地上の夜空を見上げる《セント

ラル河》へと流れ込むビルの排水路を通る。そして彼らが登って来たのは、人気の無いメンテ

ナンス室だった。

 

「それで、近藤とかはどこにいるんだ?」

 

「手に入れた情報によれば、クーデター軍は、近藤が上層階にある『皇帝』の執務室で匿われ

ていると見ているそうだ」

 

 下水路を通ってきた『SVO』の面々は、既に薄汚れた格好になっている。更に、彼らが歩い

た場所にはくっきりと足跡が残っていた。

 

 そして、倒れている『ユリウス兵』の姿。それは、彼らが移動してくる道筋に必ず倒れていた。

兵士達は《セントラルタワービル》周辺のそこら中に配置されていたが、彼らを倒した者は、ま

るで『SVO』と全く同じルートを通って来ているかのようだ。

 

「こいつも、オレ達と目的は全く同じ、近藤とかいう奴の捜索なんじゃあねえのか?」

 

 と、また新たに一人、倒されている兵士を目の当たりにした浩は言った。

 

「ああ、可能性は有り得る。『ユリウス帝国』でクーデターを起こした側の人間も、目的は近藤の

捜索だろうからな。近藤は、『皇帝』の行って来た事を暴く為の証人さ」

 

 隆文は、携帯端末に《セントラルタワービル》の図面を表示し、上の階へと向かう道筋を探っ

ている。

 

「そして、『ゼロ』を止める為の鍵も、彼が握っているのよ」

 

 更に絵倫が付け加えた。

 

 そこで彼らは、エレベーターを前にする。狭い通路の先のエレベーターだった。さほどの人数

は乗れない。作業用のエレベーターなのだろう。

 

 大型換気扇がうねりを上げて回転している中、一行はエレベーターの方へと向かう。

 

「おい、誰かこっちに来たようだぞッ!」

 

 男の声が聞こえ、4人はそれに反応した。

 

 歩いて来た事で、大分彼らの足跡は消えて来ているが、まだ薄っすらと床には残っていたの

だ。

 

「エレベーターの方に向かっているようだわ」

 

 次に聞えて来たのは、高い女の声。

 

 『SVO』の4人は急いでその場から身を隠す。目立つエレベーターの入り口から、ボイラー室

の大型装置の影へと入り込んだ。

 

 足音がこちらに近付いてくる。その数3人。

 

 曲がり角を曲がり、エレベーターの前へとその人物達は姿を現す。物陰にそれぞれ隠れこん

だ4人は、その姿を見つめていた。

 

「気のせい何かじゃあないな、足音がくっきりと残っている。しかもまだ新しい」

 

 そう言う男の声が、大型換気扇の音と混ざって聞えて来る。

 

 隆文は、ちらりと物陰から彼の姿を見ようとした。彼の視界に飛び込んできたのは、長身で、

つばのある帽子を被った男。

 

 あの、『ユリウス軍』工作員だという、ジョン・ポールという男だった。

 

 しかも、彼と一緒にいるのは、緑色のフードを被った軍服姿の女、そして、赤い髪の小柄な女

だ。

 

 それぞれ、マーキュリー・グリーン将軍とミッシェル・ロックハート将軍。彼女達も今、この場に

来ている。

 

 『ユリウス軍』の高官達と、工作員が一人、クーデター中にこんな所で揃いも揃って何をしてい

るのか。驚きながらも4人は彼らの動きを探った。

 

 すると、ジョンは何かを思い出したように笑みを浮かべ、苦笑した。

 

「やれやれ、出て来いよ『SVO』。こんな時に、こんな所まで来れるのはお前達しかいないぜ」

 

 ジョンの発し、地下室に響き渡ったその声に、隆文達はどきりとした。

 

「『SVO』?本当?」

 

 そうジョンに尋ねたのは、赤毛のロックハート将軍だ。

 

「ああ。確か、チルトン港で、あんたの所の『レッド部隊』が、奴らを阻止しようとして、失敗した

んだってな?グリーン将軍?」

 

「ええ、そうですわよ」

 

 ジョンの質問に、緑色のフードのグリーン将軍は、何のためらいも見せずに答えていた。

 

 『レッド部隊』を『SVO』が倒した事を、彼らも知っている。そして、彼らがここまで来ている事

の察しも付いている。だが隆文達は物陰に潜み、彼らが行ってしまうのを待った。

 

「ジョン、良いの?わたし達もすぐに上へと向かわなきゃあ」

 

 ミッシェルがジョンの顔を見上げて尋ねている。

 

「いや待て。上の事はマイに任せておきゃあ平気だ。その仕事をやり易くし、邪魔を入れさせな

い為にも、『SVO』の奴らはここで阻止する。それがオレ達の仕事さ」

 

 と、彼女を制止し、ジョンは背中から巨大な刃を抜き放っていた。

 

 どうやら本気のようだ、と隆文は思う。こんなに彼らと接近していて、巻く事ができるだろうか。

しかも彼らは、ここで『SVO』の4人を捜そうとしている。

 

 ジョンはゆっくりと、エレベーターに向かう通路にある金網の方へと歩いて行く。すると、突然

手にした刃を、その金網へと叩き付けた。金網は破壊され、先の通路が露になった。薄っすら

と残っている足跡。

 

「ここに隠れていやがったな。エレベーターはすぐ目の前にあるって言うのに出てこない所を見

ると、奴らはまだこのフロアのどこかにいる」

 

 と、ジョンは言い、金網に差し込んだ剣を引き抜いた。すると瞬間、その金網はぼろぼろにな

って床に音を立てて崩れていった。

 

「奴らは、すでに移動したようだ。だが、どうせ目的はオレ達と同じなんだろうよ。オレ達も手分

けして奴らを捜すとするぜ」

 

 その声で、マーキュリーとミッシェルも、それぞれ分かれて地下室の捜索を開始した。

 

「おいおい、どうするんだ先輩。あいつら、捜しているぞ。本気だ」

 

「ああ、まともに戦いたくはない連中だ」

 

 地下室の装置の影に隠れながら、隆文は呟く。隆文は彼らの事を知っている。以前、『チャオ

公国』の山岳部や、『NK』の《クリフト島》で戦っている。

 

 特にジョンという男。彼は、『SVO』のメンバー一人一人よりも明らかに強い。まともに戦って

勝ち目があるだろうか。

 

「浩、この通路の奥の方に非常階段があって、上の階に行ける、そこへ逃げるぜ」

 

 隆文はそう言って、彼を促した。だが、最も早く行動したのは太一で、彼は足音を立てず、素

早い動きで、地下室の大型装置が作り出している通路を走り出した。

 

 その通路の先には、隆文が言ったように、非常扉のサインが見える。

 

 彼が、その扉へ、もう、あと数メートルという所だった。突然、大型の機械の周りを覆っている

フェンスを突き破り、太一の目の前を黒い物体が掠めていった。そしてそれはそのまま、彼の

反対側にある、大型の換気扇へと命中する。

 

 大型の換気扇はその黒い物体に破壊され、その動きを止めた。

 

 黒い物体は、剣だった。禍々しい形状の刃を持つ、どす黒い色をした剣。

 

 太一にその剣が当たる事は無かったが、彼は前方を横切った物体に、思わず脚を止め、背

後へよろめく。

 

「これは、これは、ここから逃げる事はできねぇぜ」

 

 と言い、非常扉の脇、大型のボイラー装置から姿を現したのはジョンだった。

 

 彼の目の前では、彼が放ったのであろう、黒い剣が貫通したボイラー装置が、白い煙を勢い

良く通路に噴出している。熱い空気が充満し出していた。

 

「『SVO』、まさか、こんな時に、こんな所まで来るなんてね?さすがじゃあない」

 

 『SVO』の4人の背後から聞えて来る女の声、彼らが振り向けば、そこには、マーキュリー・グ

リーン将軍がいた。更に彼女の隣には、ミッシェル・ロックハート将軍もいる。

 

 隆文達は、彼らに前後を塞がれていた。

 

「俺達の目的はあんたらと同じさ。何だったら協力もする」

 

 と、無理とは分かりつつも、隆文は事を穏便に進めようとする。

 

「悪いが、そいつあ、無理だな」

 

 しかし、遮るように言われたジョンの言葉で、彼の発言は遮られる。同時にジョンは、太一の

目の前で、大型換気扇に突き刺さった自分の剣を引き抜いていた。

 

「あなた達は、『レッド部隊』という、わたし達の軍隊のメンバー達に大怪我をさせた上に、勝手

に領土に侵入している。立派な犯罪だわ」

 

 マーキュリーの方は距離を詰めようともせず、腕を組んでただそう言った。

 

「わたし達は、『ゼロ』を止めに来たの。彼を倒すなり、止めるなりした後なら、幾らでも罪を認

めてあげるわ」

 

 絵倫はマーキュリーの方を向き、堂々と言い放つ。

 

「あなた達なんかに、『ゼロ』を止められるはずがないわ!」

 

 そう言って来たのは、ミッシェルだった。ずっと不敵な顔をしているジョンやマーキュリーに比

べると、彼女の顔は幾分も真剣だ。

 

「だが、近藤はどうだ?奴は、俺達の国の人間だ。ここのいるんだろ?」

 

 隆文は、相手の出方を伺うかのようにそう言って来た。

 

「ほう?コンドウの事まで知っているのか?さすが、我らが『ユリウス帝国』ほどじゃあねえが、

『タレス公国』の情報捜査力も馬鹿にはできんらしい」

 

 ジョンはどこか余裕を見せながら言って来る。

 

 自分達『SVO』が、『タレス公国』に保護されている事を、当然のように『ユリウス帝国』側は

知っている。それに戸惑いつつも、

 

「だから、あなた達もこんな所にいないで、さっさと近藤を捜しにいったらどうなの?わたし達な

んて、構っている場合じゃないんでしょう?」

 

 と、絵倫が言った。

 

「いやいや、そんな必要はねえなあ。何しろ、たった今、我らが国防長官が、コンドウに会いに

行っているんだからな」

 

 まだ余裕を保ったまま、ジョンは言って来る。

 

「じゃあ、これは知っているか?俺達と『ゼロ』との繋がりについて、だ。あんたらの国防長官は

それを知っているのか?」

 

「さあな?その事についちゃあ、オレ達は聞かされてはいねえ。だが、そうだな。これだけは言

っておいても、いいかもな?」

 

「何の事よ?」

 

 絵倫は警戒したまま尋ねる。

 

「『ゼロ』を止められる事ができるのは、お前達なんかじゃあねえ。あの国防長官にしかできな

い仕事なのさ」

 

 ジョンの声が地下室に響く。それは、ボイラー装置の音や、大型換気扇の回る音よりも強く響

き渡っていた。

 

「はあ?何を言っていやがる?」

 

 と、浩。だが、隆文は彼よりも一歩前へと歩み出る。

 

「確か、前にもお前は同じ事を言っていたよな?それは一体どういう意味だ?なぜ、俺達には

『ゼロ』を止められず、あの国防長官にはそれができるんだ?」

 

「さあな?言葉通りだぜ。そろそろ時間も押してきたな。オレ達はてめえらを足止めしに来たん

じゃあねえ。大切な仕事を邪魔されないようにひっ捕らえに来たんだからな。もちろん、お前達

がオレ達に抵抗しようってんなら、やる事は一つだ」

 

 ジョンは言い放つ。そして、手にした黒い刃を、彼の鼻先に向けて構えた。彼の眼は話し合い

で通じるような眼をしていない。すでに戦いの構え、全く油断する事の出来ない構えになってい

た。

 

「どうしても、こうするしかないのか?目的は同じ。それに、お互い抱えている脅威も同じだって

言うのに」

 

 苦虫を噛んだかのような顔と声の隆文。だが、ジョンは、

 

「オレ達は、お互い混ざりあっちゃあいけない、水と油みてえなものさ。協力なんてものは、ハ

ナっからできねえんだよ。それがプロってもんだ。オレ達にしちゃあ、てめえらは、『ゼロ』対策

のお節介焼きなんだからよ」

 

 と、一歩も譲る様子はなかった。刃を隆文に向けたまま、戦いの構えを見せる。

 

「それならば、仕方が無い。お前達を倒してでもここを突破するしかないようだな」

 

「そうこなくっちゃあなあ。だが、お前達にとっちゃあ、時間は押して来ている。さっさと決着を着

けなくちゃあ、ならねえんだろ?」

 

 破壊されたボイラー装置から白い煙が噴出し、一定のリズムで機械音が鳴り響く。大型換気

装置がうねりを上げている地下室の中で、ジョン達と『SVO』の4人は対峙する。

 

 一定の間合いを保ち、ジョンは刃を向け、『SVO』の4人は彼へと身構えていた。

 

 だが、刃を向けるのは彼だけではない。

 

 『SVO』の4人でジョンと向かう形になっていたのは、彼へと近い、太一と隆文だったが。背後

を取られている、ミッシェルとマーキュリーには、絵倫と浩が立ち向かう形になっていた。

 

「絵倫、浩は、後ろの二人をやってくれ。俺達で、ジョンとか言う奴を何とかする」

 

 隆文は、『NK』の言葉で二人に指示する。

 

「おう。さっさとカタ付けないとな!」

 

「何、ノロノロやってんだ!てめえらが来ないんだったら、こっちから行くぜ!」

 

 ジョンは言い放ち、即座に間合いを詰めて来た。

 

 即座、と言っても、ほんの0.1秒、それ以下だろうか。ジョンの動きは空間に残像を残すほど

で、同時に彼は刃を振るって来た。

 

「気をつけろ太一。そいつの『能力』が物の劣化だ!お前の武器で刃を受ければ、一気に錆び

させられ、破壊されてしまうぞ」

 

 隆文は言ったが、太一は既にその事を了解ずみのようで、彼の武器である警棒で、ジョンの

刃を受けようとはしなかった。

 

 代わりに身体を仰け反らせ、刃を避ける。同時に仰け反らせた身体の姿勢のまま床に手を

付き、体をばねのように使い、脚蹴りを突き上げた。

 

「おおとォ!」

 

 ジョンは声を上げつつその脚蹴りをかわす。

 

 そこへ飛び込んで行くのは、隆文の発砲するマシンガンからの銃弾。ジョンは太一からの脚

蹴りをかわすと同時に、隆文から飛んできた銃弾を、剣を使って弾き落とした。

 

 銃の発砲音。そして、金属と金属がぶつかり合う鈍い音が地下室に響き渡る。

 

 ジョンは隆文の方に向け、彼が発砲して来た銃弾を一気に跳ね返す。隆文は自分が撃った

銃弾が、更にそれ以上のスピードで弾き返されるのを知り、銃弾を転がりながら避けた。彼が

避けた銃弾はボイラー装置の中へと突入して行く。

 

 白い蒸気が装置からは噴出された。

 

 一発が、隆文の肩を撃ち抜いている。彼は、傷跡を見て呻いた。

 

 その隙にジョンは太一の方へと接近する。禍々しい形状の刃を振りかざすジョンは、太一に

向かってその刃を振り下ろす。

 

 太一の動きは隆文よりも機敏で、ジョンの攻撃をかする事も無くかわす。彼の刃は、空気を

切り裂き、床をかする。

 

 ジョンの持つ刃が掠った床は、一瞬にして黒ずみ、その性質が変わったようだ。

 

「逃げてばっかりじゃあよォ。何もできねえぜ!」

 

 ジョンは、自信を持った口調でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 すぐ側で展開された、ジョンと太一、隆文の戦い。絵倫と浩はその戦いを彼らに任せ、背後を

取られている、マーキュリーとミッシェルの相手をしなければならなかった。

 

「あなた達は、何もしなくていいの?」

 

 そう尋ねてきたのはマーキュリーだ。眼深く被っている緑色のフードの中から、真っ白な肌と

赤い唇。そして、冷たく光る青い瞳が見えている。

 

「いいえ、あなた達はわたし達が相手をするってだけよ」

 

 と、絵倫は言い、腰に吊るしてある鎖状の鞭を抜き放った。

 

「そ、そう来なくっちゃあな」

 

 絵倫と同じように、浩も身構える。だが、彼は少々ためらっていた。

 

 

Next Episode

 

―Ep#.19 『メタモルフォーゼ』―


 
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