No.207819

『孫呉の龍 第一章 Start Me Up!! 龍虎編』

堕落論さん

遅ればせながら……

東北地方太平洋沖地震により尊い命を失われた方に心からの御悔みを申し上げますと共に
多大な被害をうけられた方、今なお避難所などで大変なご苦労をされている皆様にも心よりお見舞い申し上げます
被災された方々のご健康と1日も早い復興をお祈り申し上げます。

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2011-03-23 21:03:31 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:1729   閲覧ユーザー数:1585

「まあ、分かり易く言えば『外史』が安定すればご主人様は華琳ちゃん達の元に帰れるってことかしらねん」

 

貂蝉から発せられた言葉に一刀も龍虎も暫し固まってしまっていた。それもその筈であって今迄場を支配していた重苦しい空気の原因は、この人外が話した内容の所為であったのだが、当の人外が先程迄の設定も何のそのと言う色々ぶち壊し的な発言をサラリとしてしまっているのだから始末が悪い。

 

「あ、あのなあ~………貂蝉」

 

貂蝉と一刀との会話には意識して極力加わらない様にしていた龍虎だが、流石にこの展開には口を挿まざるを得なかった。

 

「あら何よん龍虎ちゃん♪」

 

「お前、あれだけ否定的な見解並べた後での、さも簡単に一刀が戻れるかの様な口ぶりはいただけんぞ」

 

「あらあら、私は一度もご主人様が、あの世界に戻る事が出来るのが否定的な説明はしてないわよん。それに勘違いされたら困るんだけれど、ご主人様だけでは簡単にはあちらの世界には戻れないのよん」

 

あいもかわらず、無意味にクネクネと腰をくねらせながら貂蝉は話す。

 

「一刀の力だけでは簡単には戻れないか………どうせその為のお前達や俺なんだろうが」

 

「うっふぅ~ん、龍虎ちゃんってば本当に理解が早くて助かるわん。そうは思わないご主人様、あらんご主人様どうしたのん?」

 

貂蝉と龍虎が返事の無い一刀の方を向いてみれば、未だ固まってしまっているままの一刀がいた。

 

「おいっ、一刀! 全くさっきから一体何回驚いたり、現実逃避したり、固まったりしてるんだか……しっかりしろ!」

 

龍虎はいきなり一刀の両頬を張った。

 

「痛ってぇぇぇぇぇぇっ。何するんだよ子義!」

 

両頬を張られた痛みで、ギャアギャアと騒ぐ一刀を尻目に龍虎は貂蝉に更なる説明を求めて話し掛ける。

 

「ところで貂蝉。一刀がその世界に帰還するには『外史』が安定する事が必要らしいが、話の内容があまりにも抽象的過ぎてイマイチ考えが纏まらないんだが………」

 

「別段難しく考える事は無いわよ、時が経てば『外史』自体は安定するわ。唯ね……」

 

「何か問題事でもあるのか?」

 

珍しくも口を濁す貂蝉を訝しむ様に龍虎が聞き返す。

 

「『外史』が取り敢えずの安定状態を迎えるのは、突端から四季を一巡り……つまりその世界で一年経ったらほぼ安定してしまうわけなのよん。でもね、それは飽くまでシステム上に大きな破綻が無い……と、言う上辺だけの安定なの」

 

「上辺だけの安定?」

 

「そうよん、大きな破綻が無い……つまりいきなり終端を迎えたりはしないと、言う事かしらねん。まあ貴方達に解り易く言えば、現状では其処此処にバグは見受けられるけれどもプログラム自体がフリーズしてシステムダウンに至る様な問題では無いって事ね」

 

「それの何処が問題なんだ? 不安定でもシステム上のプログラムが動いていれば、後は騙し騙しでもいけるんじゃあないのか?」

 

「小さなバグでも、それが連鎖すると大きな障害に変わって来るのよん」

 

「なるほど塵も積もれば……ってやつか。大きな障害ってのは具体的にはどうなるんだ?」

 

「そうねえ例えば他の『外史』……勿論始めのご主人様が創った『外史』に限定されるのだけれど、小さなバグと言うのは『正史』上に起きた出来事として現れるの、そしてその対応を上手くして行かないと、やがて大きなバグ、天変地異や外敵の来襲となって終端が発動するのよん」

 

「終端の発動………か、そいつは厄介だな」

 

「だからん、取り敢えずの処置として『外史』が上辺だけでも安定する迄は、『外史』の外側から私達で何とか干渉出来るのだけれどねえ、安定した後の『外史』は外から干渉されない様に防壁をはるのよ。そうなってしまっては外からでは何にも出来なくなるわ」

 

「だから、安定する直前に一刀を送り込み、安定した後は一刀に魏の曹操と共に小さいバグ取りをやりながら己が創った世界を護れと言う事か」

 

「えっ? 俺がっ?」

 

今迄全く龍虎と貂蝉の会話について行けずに石像と化していた一刀が、急に話を振られた為に驚いた様な声を出した。

「えっ? 俺がっ?」

 

「当たり前だろう、一刀。お前が存続させたいと強く欲して出来た『外史』であって、お前自身で護らなきゃならない世界なんだから」

 

「そうよねえ、華琳ちゃんや他の魏の恋姫達の為にも、ご主人様自らの手で護らなきゃいけないモノだわねえ」

 

「いや、そりゃあ俺だって華琳達の元に戻りたいし、あの世界が消滅の危機を迎えるのを防げるのならば防ぎたいとは思うけれど…………一体どうすれば良いんだよ」

 

良い手立てなど全くと言って良いほど浮かばずに途方に暮れた様に項垂れる一刀に向かい、貂蝉は満面の笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よん。ご主人様には物凄ぉ~く頼りになる仲間がいるんだからん♪ そうよねん龍虎ちゃん♡」

 

そう言って貂蝉は龍虎を熱い視線で見つめる。

 

「子義……さっきの話でお前がこの世界の住人じゃあ無いってのは何となく解ったけど……」

 

貂蝉の言葉を聞いて、今迄この世の不幸を一身に背負ったかのような顔をしていた一刀までもが、何かに縋る様な眼差しで龍虎を見る。

 

「おいおい、二人ともちょっと待ってくれよ。確かに俺自身はどうやらこの世界の住人じゃあ無いのかもしれんが、だからと言って特別な事が出来る訳じゃあ無いんだぜ」

 

龍虎も一刀の為なら何とかしてやりたいとは思うのだが、如何せん龍虎自身は、未だ自分がどの様な力を有しているのかさえも掴めていないのである。

 

「それならば大丈夫なのよん龍虎ちゃん。お忘れかしら、この貂蝉ちゃんは貴方の力を解放する第二の切欠なのよん」

 

そう言いながら舌なめずりをしつつにじり寄って来る貂蝉に、龍虎は若干恐怖しつつ距離を取って会話を続ける。

 

「ああ、そう言えば卑弥呼もアンタの事を信頼できる弟子とか言ってたな……」

 

「子義……卑弥呼って……誰?」

 

一刀が胡散臭いものでも見る様な目で龍虎に問いかける。

 

「あれっ? さっき言わなかったっけ。此処に来る前に御丁寧にも俺の素性を教えてくれた奴さ」

 

「子義……あんまり聞きたくは無いんだけれども……この貂蝉の師匠って事は………」

 

「ああ、純度120パーセントの変態さんだったぜ。そのうち一刀、お前も会う事になるんじゃあないか」

 

「げっ………」

 

龍虎から、出来ればあまり聞きたくなかった台詞を聞いた一刀は、変態の人外に両側から挿まれる自分の姿を想像して思わず言葉に詰まる。

 

「酷いっ! 酷いわっ! この貂蝉ちゃんを前にして言うに事欠いて、あ~んな事やこ~んな事をして可愛がってみたいだなんてぇ~」

 

「「誰もそんな事は言ってねぇぇぇぇぇぇぇっ!」」

 

一刀と龍虎の声がシンクロしながら貂蝉の戯言を強烈に否定する。

 

「ったく……んな馬鹿な事ほざいてる暇があるんなら、とっとと切欠としての役割を果たしやがれっ!」

 

妙にシナを作りにじり寄って来る貂蝉に身の危険を感じた龍虎が、声を多少荒げながら本来の貂蝉の役割である、龍虎自身の覚醒を促す事を実行するように急かす。

 

「あっらぁ~ん、龍虎ちゃんってばせっかちさんなんだからぁ。でもそうねぇ、そろそろ良い頃愛かしらん」

 

そう言いながら貂蝉は龍虎の前に立ってじっと龍虎の目を見つめる。

 

「龍虎ちゃんの力を覚醒する前にもう一度だけ龍虎ちゃんに聞いておきたいんだけれども……一度覚醒したら決して後戻りは出来ないわよん。本当にそれでも良いのかしらん、龍虎ちゃん」

 

「その事ならさっき卑弥呼にも答えたが、俺自身がそう望んだ事だ。たとえどの様な困難が待ち受けていたとしても決して後悔はしない」

 

龍虎の瞳の中に有る堅い決意を読み取った貂蝉が、ふいに視線を一刀の方に向けた。

 

「龍虎ちゃんの決意は良く解ったわ。ではご主人様はどうなのかしら? 二人ともあちらの世界に行ったなら二度とは此方には戻れないわよ。あちらの世界で生きて、そして死ぬ事になるのよ。それでも貴方達は悔いは無いのかしら」

 

今迄のどこかふざけている様な喋り方ではなく、『外史』の管理者としての毅然とした態度と声で貂蝉は二人に問いかけた。

「龍虎ちゃんの決意は良く解ったわ。ではご主人様はどうなのかしら? 二人ともあちらの世界に行ったなら二度とは此方には戻れないわよ。あちらの世界で生きて、そして死ぬ事になるのよ。その覚悟が貴方達にはあるのかしら」

 

「えっ………」

 

貂蝉の放った言葉に一刀が虚を突かれた様に言葉を失う。

 

「ご主人様。ひょっとしたら『外史』同士を簡単に行き来できるって思ってなかったかしら」

 

「そ、それは……」

 

「ご主人様。よく聞いてちょうだい。さっきも言ったけれど『外史』が安定した段階でその次元に防護壁を張れば、例えご主人様が無意識に想像した『外史』の創造主であったとしても、そこから抜け出す事なんて出来はしないわよ」

 

「でも前回、俺は華琳の処からこの場所に戻って来たじゃないかっ!」

 

一縷の望みを託すように一刀は悲痛な声をあげる。

 

「確かにあの時は戻って来れた。でもね、ご主人様があの時にこちらに戻って来られたのは本当に偶々なのよ。本来ならば『外史』に拒絶された時点で、ご主人様の肉体そのものが消滅してしまうか、何処か別の『外史』の狭間にでも飛んで行ってしまうかしかない筈なのよ」

 

「くっ…………」

 

一刀は貂蝉に返す言葉も無く唇を噛み締め俯いてしまう。その姿を隣で見ていた龍虎はやがて徐に口を開いた。

 

「貂蝉!」

 

「なあに? 龍虎ちゃん」

 

「俺達が仮にこの『外史』から別の『外史』に行った場合、この『外史』での俺達の存在はどうなるんだ??家出人とか行方不明という扱いになるのか?」

 

「決してそんな風にはならないわ。仮にもしも貴方達があちらの『外史』に行った場合はこちらの『外史』では北郷一刀も、子義龍虎もこの『外史』には元々存在しないものとして、家族、友人、恋人、そういう関係にあった人々はもとより貴方達に関わった全ての人々の記憶から抹消されるわ」

 

「抹消、と言うと?」

 

「言葉通りの意味よん。そうね記憶が抹消されるというよりは、今の世界が始めから貴方達がいない事が前提の世界に上書きされるって言ったほうが解り易いかしらねえ」

 

龍虎は貂蝉の言葉を聞いて暫し瞑目し思考していた。だがやがて目を開けて貂蝉に向かって問うた。

 

「そうか、そう言う事ならば俺がその『外史』に行って帰って来れずとも、俺の養父母が悲しむ事は無い訳だな」

 

「おっ、おいっ! 子義っ!」

 

龍虎の言葉を聞いた一刀が慌てた様に龍虎の顔を覗き込む。龍虎はそんな一刀に心配するなと言う様に微笑みかける。

 

「孤児だった俺を引き取ってくれた養父母は、俺を自分達の本当の子の様に此処まで愛情を持って育ててくれた。その人達を泣かして迄も己の我を貫き通さねばいけないのかと思ったが………良かった。あの人達が悲しまないのなら俺はそれだけで良い」

 

そう言った龍虎を見た一刀は、何か憑きものが落ちたかの様な表情になり、彼自身の目にも強い意志の力が戻って来ている。そして一刀は気合を入れる様に両手で自分の両頬を叩いて龍虎と相対する。

 

「子義……お前本当に良いのか? 華琳達の世界を護りたいって言うのは俺自身の問題なんだぞ。それに今日迄子義とはそんなに親しくしていた訳でもない。そんな俺自身の厄介な問題に子義を巻き込んじまっても………」

 

「馬鹿な事言うんじゃあねえよ、一刀。お前を助ける事が俺自身に課せられた大事な使命ってんなら、付き合いの長さなんて微々たる問題だぜっ! それよりも一刀、俺なんかの事よりもお前はどうなんだ?」

 

「うん……正直言って迷っていた事は確かだよ。でも今の子義を見て思ったんだ。俺も決断しなきゃあいけないってね。俺も家族と二度と逢えなくなるってのは辛いけれど、子義が言った様に父さんや母さん達が悲しまないってんなら……ね」

 

明らかに無理をしているようにしか見えない一刀の肩を龍虎は両手で掴み、一刀の目を見つめながら力強く一語一語自分自身にも言い聞かす様に言葉を紡ぐ。

 

「一刀。俺自身にどんな力があるのかは解らない。でもこれだけは約束する。例えこの後どの様な事態が俺とお前に振りかかろうとも俺はお前と共にあると」

 

「子義………」

 

「龍虎って呼んでくれよ。子義だと何か他人行儀な感じだろう」

 

「ああ、じゃあ改めて……龍虎。これからどんな事が起こるか全然解らないけれど俺と龍虎で力を併せて頑張って行こうぜ。何か龍虎と二人なら力が湧いて来る気がするんだ。だから頼りにさせてもらうよ龍虎」

 

どちらからともなく右手を差し出し固い握手をする二人を見つめながら、今迄口を挟まなかった貂蝉が確認する様に二人に話す。

 

「ご主人様、龍虎ちゃん、二人とも覚悟は出来たようね。ならばこの貂蝉ちゃんもしっかりと此処での役割を果たさなければならないわね。じゃあ準備をするからちょっと待ってねえん♪」

 

そう言って貂蝉は、自分が先程出現した次元の裂け目の様な物をもう一度展開させ、そこから二振りの棍の様な物を取り出して龍虎の前に置いたのだった。

「これは?」

 

目の前の二振りの棍の様なものを訝しげな表情で見つめる龍虎。

 

「うっふぅ~ん、それはね龍虎ちゃんが存在していた『外史』で使用していた武器なのよん。名前は【太極】って言うのよん」

 

「これって………確か双鞭ってやつじゃあないか!」

 

以外にも一刀が武器を見て声を上げる。

 

「あっらぁん、やっぱりご主人様は知ってたのねえ、魏の誰かが使ってたのかしらん?」

 

「いや、魏の将は誰もこの双鞭は使ってなかったけど、城内の武器庫で見た事があるんだ。でも俺が見たのはもっとこう何て言うか重量感があって、一撃必殺って感じの武器だった様な気がするんだけれどなあ」

 

「おそらくそれは重量で相手にダメージを与える類の鞭だろう………この【太極】は全く使い方が違うからな………」

 

一刀の疑問に龍虎が応える………が、龍虎の様子が今迄とは多少違う事に一刀は若干の違和感を覚えた。

 

「龍虎? どうしたんだ?」

 

「えっ……ああ一刀……俺、今何か言ったか?」

 

まるで心此処に有らずと言った様な表情で龍虎は一刀の問いに答える。

 

「何か言ったかって………お前今この【太極】の使い方の事を話してたじゃないか」

 

「俺が?」

 

「あっらぁ~ん、徐々に龍虎ちゃんの記憶の封印が解け始めている様ねえ」

 

一刀と龍虎の噛み合わない会話を見ていた貂蝉が横合いから口を挿む。

 

「貂蝉、それはどう言う事だ?」

 

未だ【太極】を見たままで貂蝉の話も聞いていない様な素振りの龍虎を見かねて、一刀が貂蝉に向かって問う。

 

「龍虎ちゃんはね、ご主人様がいた『外史』とは全く異なる『外史』にいたって事、ご主人様は薄々解っているんでしょう」

 

「ああ、それは龍虎が自分は違う世界から来たみたいな事を言ってたから、何となくはね……」

 

「そうよん、龍虎ちゃんもね三国志を元にした『外史』、けれどもご主人様がいた『外史』とは全然別の『外史』にかなり有名な呉の武将として存在していたの」

 

「ああ、それで龍虎が時折見る夢が呉の連中と一緒にいる夢なんだ」

 

今日の昼休みに悪友の及川が確かその様な事を言っていたのを思い出して一人納得をしてしまう一刀であった。

 

「そうねえ、龍虎ちゃんのいた『外史』は英雄や英傑が凄まじい迄の武力や知力を持っている『外史』なの。でも、その『外史』も…………」

 

此処まで話してから貂蝉は、この人外からは大凡考えられぬ沈痛な表情で目を伏せて言葉に詰まる。

 

「終端を迎えちまったって訳か………」

 

貂蝉が呑みこんだ言葉の後を一刀が引き継ぐように話すが、その一刀も龍虎の事を慮ると言葉が続かない。

 

「でもねご主人様、龍虎ちゃんはね、その『外史』が終端を迎えて、皆光の中に包まれ消滅して行く時に、たった一人だけ何故かしらその存在自体が消滅に巻き込まれなかったのよ」

 

「ええっ、じゃあ、龍虎は………俺が無意識に『外史』を創ったみたいな力が………」

 

「そうねえ、そういう風にも考えられるかもしれないけれど……実際は解らないのよ、我々管理者と呼ばれる者達にはね」

 

「解らないって………」

 

「でも、そういう風に言うしかないのよ本当に……」

 

ここでもまた沈痛な表情を見せる貂蝉だったが、一刀はふと気になった事を貂蝉に尋ねてみた。

 

「でも貂蝉、龍虎の封印を解くってのは良しとして、封印が解けた龍虎や、無意識に変な力が使える俺なんかは貂蝉達から見たらさ、かなり要注意人物って事なんじゃあないのか? 自分で言うのもなんだけれどそんな二人を一緒に行動させて大丈夫なのか?」

 

「一緒に行動させるって事に意味があるんだよ」

 

急に聞こえてきた全く別人の声に一刀が驚いて声の方に目を向けると、そこには双鞭【太極】を前に静かに瞑目する龍虎の姿があった。

「一緒に行動させるって事に意味があるんだよ」

 

瞑目したままの龍虎だが先程とは全くと言って良いほど声が違う、表現の仕方は悪いがまるで龍虎に誰かが憑依した様な感じである。

 

「ど、どうしたんだよ龍虎……」

 

龍虎の急激な変化に戸惑った一刀が狼狽した声を出し龍虎に近寄ろうとするが、龍虎が醸し出す異様な雰囲気に呑まれて一歩も動けない。貂蝉が、そんな一刀を庇う様に一刀の前面に立つ。瞑目している龍虎はそんな二人の事など構わずに喋り続ける。

 

「俺と一刀、未知なる力を秘めていると思われる二人を一緒に行動させれば監視も管理もしやすいって事だ。それに一刀がが創ったっていう『外史』に二人纏めて放り込んで、上手く行けば良し、仮に俺と一刀の対応が悪くても二人揃って終端を迎えてくれれば良しって事さ」

 

そう言って龍虎は瞑目したまま嘲笑とも苦笑とも取れる笑みを浮かべたが、一刀にはその笑みがいつもの龍虎には似合わないひどく酷薄なものに見えた。

 

「でも龍虎、さっき貂蝉が言ったのは俺達に華琳達の『外史』を救って欲しいって事だったじゃないかっ」

 

一刀は龍虎の言葉に多少非難の意を込め強い口調で龍虎に向かい自分の意見を言う。

 

「物事を成すにあたり、そこに当事者以外の第三者の思惑が重なれば、例え提示された条件が公明正大であったとしても裏がある……邪な思惑もあると言う事だ。もっとも卑弥呼や貂蝉からはその様な思惑は感じられんがな」

 

未だ瞑目したまま一刀の反論に対して応える様に龍虎が話す。

 

「それなら良いじゃないか。貂蝉や、その卑弥呼って人は敵じゃあないんだろう?」

 

「ああ、確かに卑弥呼や貂蝉は敵じゃあ無いのかもしれん。だが、俺達の前に卑弥呼や貂蝉を遣わせて自分達は姿を見せずに、我々を駒の様に使おうとする者達の事はどう思うんだ、北郷一刀」

 

「それは………」

 

「はいはい、龍虎ちゃんもご主人様もそれまでよん」

 

パンパンと手を鳴らしながら貂蝉が二人の会話を強制的に終了させる様に割り込んでくる。そして貂蝉は龍虎に向かってキッパリと言う。

 

「そうねえ、龍虎ちゃんの言う通り、我々はご主人様と龍虎ちゃんを便利に利用しているだけかもしれないわねえ。でもこれだけは覚えておいて、少なくとも卑弥呼とこの貂蝉ちゃん、それに今は名前を明かせないけれど後もう一人。この三人だけは何が有っても貴方達の味方よん」

 

「その言を信じろと………」

 

「信じる信じないは龍虎ちゃんにお任せするわ。どのみち私には信ずるに足る証拠なんて持ち合わせてなんかいないんだからん」

 

口調は先程迄と変わる事は無かったが今迄とは違った真摯な貂蝉の表情を間近に見た一刀は、意を決した様に龍虎に言う。

 

「龍虎、俺はこの貂蝉の言ってる事を信じるよ。それに俺さあ、何となく思うんだ。龍虎と一緒だったら絶対に上手く行くってさ」

 

「一刀…………全くお前のお人好し体質と楽観主義には呆れるしかないな………」

 

龍虎は溜息を吐きつつ瞑目していた目を開き、やれやれと言った表情で一刀に正対した後、凛とした表情で貂蝉に向けて言い放つ。

 

「と、言う事だそうだ。貂蝉。一刀がこう言うのだったら、俺はこれ以上どうこう言うつもりは無い。さあ俺の封印とやらの解除を頼む」

 

「そう、(ありがとうね、ご主人様…………) それじゃあ龍虎ちゃんの覚悟も決まった様なので貂蝉ちゃんも頑張るわよ! むっふぅぅぅぅぅぅぅん!」

 

その異常な気合の入れ方にも龍虎は微動だにしなかったが、一刀はかなり及び腰になって戦々恐々として貂蝉に質問する。

 

「あ、あのお、貂蝉さん……これから何を始められるつもりなんでしょうか………」

 

「やだわん。ご主人様。やる事と言ったら一つしかないじゃない。ヒ・ト・ツしか❤」

 

「だぁ――っ! 一体お前は龍虎に何をするつもりなんだよっ!」

 

「うふふっ、心配しなくても良いわん。実際龍虎ちゃんの封印は、卑弥呼と遭遇した時点で半ばまで解除されてる状態なにょよん。その証拠にご主人様は気付いていたかしら? 私が此処に現れる前と後とでは著しく龍虎ちゃんの話し方が変化してた事を……」

 

「あっ、そう言えば………」

 

普段学校等で会話をする龍虎は滅多に荒々しい言葉などは使用しない、どんな人と対峙する場合でも終始物腰の柔らかな対応をするのが龍虎であった筈だった。しかし今迄の龍虎は明らかにいつもの龍虎では無かったのだった。

 

「そう言う事なのよん。後は龍虎ちゃんが過去の記憶を取り戻すだけで、龍虎ちゃん自身に施された様々なプロテクトが自発的に解除される筈なの。そしてその記憶を取り戻す為のアイテムがあの【太極】なのよん」

 

一刀にそう言うと貂蝉は龍虎の方に振り向いて力強く言った。

 

「龍虎ちゃん、よく聞いてね。今からは貴方自身の強い想いが必要なの。貴方がその【太極】を握れば膨大な記憶が貴方の脳内に流れ込んでくるわ。流れ込んできた膨大な記憶に押し潰されない様に意識をしっかりと保って、貴方の内にいるもう一人の貴方と向き合いなさい」

 

「了解した…………一刀」

 

【太極】を見つめていた龍虎が急に一刀の名前を呼ぶ。

 

「何だ? どうかしたのか龍虎」

 

「これから言う事をよく聞いて欲しい……全ての事が終り俺が覚醒したとしても、その時の俺が一刀が知っている俺自身とは限らない……それでも俺はお前との約束は必ず……」

 

「おいっ、龍虎!」

 

龍虎が一刀に話し終わるか終わらぬうちに龍虎が握りしめた【太極】が眩いばかりの光を放つ。そして一刀の部屋は一瞬にして白い光に包み込まれるのであった。

「これから言う事をよく聞いて欲しい……全ての事が終り俺が覚醒したとしても、その時の俺が一刀が知っている俺自身とは限らない……それでも俺はお前との約束は必ず……」

 

一刀にそう言いながら龍虎は【太極】を握りしめた。途端に【太極】から眩いばかりの光が放たれて龍虎自身を包み込む。それと同時に龍虎の脳裏には断片化された幾つもの映像が、まるで詰め込まれるかの様に延々と展開していく。

 

神亭山での孫策との一騎打ち、自ら兵を率いて呉の面々と戦い敗れた後、孫策に投降を勧められる場面や孫策に降った後呉軍の猛将として戦っている場面等。この様な様々な出来事が数限りない記憶の断片として次々と展開して行く内に、龍虎は自分の意識の変化を感じ取っていた。最早脳裏に浮かぶ映像を客観的にではなく、主観的に自分に起こった出来事としてしか捉えていない自分に気付く。

 

龍虎が記憶の渦に巻かれてどれぐらいの時が経ったのだろうか、気が付けば真っ白な部屋に龍虎は佇んでいた。床も壁も天井すらも真っ白な、それでいて窓一つ無いのに薄ぼんやりとした明るさのある部屋の片隅に重厚な造りのドアが有る。

 

「何処だ、此処は……俺は一刀の部屋にいた筈……それに先程迄の記憶の断片は……」

 

「此処は時の狭間の部屋」

 

「なっ…………」

 

誰もいない一人だけの部屋だった筈なのに突然龍虎以外の声が、それも龍虎のすぐ後ろから聞こえて来た為に、龍虎は驚いて声の方に素早く振り向くと其処にはもう一人の龍虎が、古代の鎧に身を包み自分と同じ様に【太極】を両手に持って立っていた。

 

「お前は……」

 

「我が名は太史慈。フフ、今更紹介は要らぬか。子義 龍虎殿よ」

 

「ああ、確かに紹介は要らないな……でも、いきなり声をかけんのは心臓に悪いんで止めてくれると助かるんだがな」

 

「ほう、意外と動じん性格なのだな……未だ冗談が吐けるとは、その意気や良し。では時間も惜しい、さっさと俺に付いて来い」

 

ニヤリと笑った太史慈が踵を返して部屋に一つしかない扉に向かいスタスタと歩いて行く。

 

「おいっ、ちょっと待てよ! 一体何処に行くんだっ!」

 

「付いて来れば分かるっ!」

 

太史慈は一つしかない扉の前迄来ると、先に行けと言う仕種を見せた。幾分ムッとした表情で太史慈に付いてきた龍虎がドアを開けて外に出ようとした瞬間に、背中を太史慈に突き飛ばされる形になった。

 

「テメエ何しやがるっ!」

 

思わず振り向きざまに太史慈に向かって怒鳴ると同時に、一歩踏み出た室外に足場…すなわち地面が無い事に龍虎は気付く。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

かなりな速度で真っ暗な闇の空間に向かって龍虎は落下して行く。

 

「今より汝が瞳に映りしものは、在りし日の汝と我にとって掛け替えの無い大事な記憶。そして忘れようとしても忘れられぬ忌まわしき記憶。全ての記憶が蘇りしその時にまた相見えん。願わくば汝が汝のままで、この太史慈 子義と成らん事を祈る……」

 

龍虎が落下して行くその姿を扉の内側から覗き込むように見ていた太史慈は真剣な表情でそう呟いて扉を閉めた後、部屋の中央に座して静かに瞑想を始めた。

 

 

 

龍虎は落ちて行く深い深い闇の中へ、どれぐらいの時間が経ったのだろうか、いつしか落ちると言う感覚すらも曖昧になって行こうとした時、不意に龍虎の視界には大河に浮かぶ軍船、それも大半が炎に巻かれている船団が映った。それと同時に龍虎は一瞬の内に自分がこの地獄絵図の様な戦場で戦っているのだと言う事を自覚した。

 

燃える、燃える。長江に浮かぶ魏の大船団が全て紅蓮の炎に包まれる。双方に向かって矢が飛び交い、赤壁のあちこちに阿鼻叫喚の地獄絵図が拡がる。大船団を焦がす炎が其処彼処に散らばる死体を焼き上げそれが血の匂いと混じり凄まじい迄の悪臭となる。その中を龍虎は唯一人の敵を探して戦い続けていた。

 

(見つけたっ! あの旗印の下で中央の者を庇う様に奮闘する隻眼の武将は夏侯元譲! そしてあの中央に立つ者こそが曹孟徳!)

 

乱戦と化した魏軍の楼船で龍虎は目指す相手に向かい叫ぶように名乗りを上げて飛び掛かる。

 

「そちらにおわすは曹丞相とお見受けいたす。呉軍建昌都尉 太史 子義 僭越ながら丞相の御命頂戴に参った。曹丞相! いざっ潔い御覚悟をっ!」

 

身体中から殺気を放ちながら、曹操と夏侯惇の虚を突いて飛び出した龍虎には、護衛の夏侯惇の驚愕する様や曹操の死を目前にした恐怖に引き攣る顔も全て視界の中に入った。

 

(これで、これで全てが終わる! 曹孟徳さえ消えれば他に誰が起とうが孫呉の敵では無いっ! 伯符っ! お前との約束を今果すぞっ!)

 

龍虎が必殺の一撃を曹操に放ったと思った直後にこの世界が強烈な光に包まれた。その光は四方の景色を浸食し全てを覆い尽くし消滅させて行く。今迄あれ程聞こえてきた戦場の音も今は全く聞こえず。龍虎以外の人間はまるで生きている彫像の様に固まって動かない。

 

「なっ、なっ、何だ……何が起こったんだっ……」

 

突然の事に訳が解らずに一種の虚脱状態に陥ってしまう龍虎だったが、目も開けていられない程の眩い光の中から、何とも凄まじい威圧感を感じて思わず身構える。すると光の中から導師服を着た老人が、まるで滑る様に龍虎の前に移動してくるのであった。

「ほほう、既にこの『外史』は終端が始まっておる筈じゃがのぉ……生きとし生けるものは須らくその活動を止める筈じゃのに何故、お主は動けるのかえ?」

 

導師服を着た老人は身構えた龍虎の目前まで来た所で歩みを止めて龍虎に不思議そうに尋ねる。その姿に先程までの威圧感は全くこの老人からは消えている。

 

「それに何やらお主の魂には、お主以外の者の魂迄感じる事が出来るのう………ホッホッそう言う事かえ。お主はこの『外史』の者の身体を借りた違う『外史』の者かえ。ならば終端の場でも動けるのは道理かのう」

 

「爺さん。俺の事がわかるのかっ? それに『外史』の事迄も……」

 

眼前の老人から自分の正体を言い当てられた上に、今迄散々聞かされた『外史』と言う単語迄もがこの老人の口から出て来た事に驚いた龍虎が、老人に尋ねる。

 

「爺さんとは失礼なっ! 儂の名は盤古。数多存在する様々な『外史』の管理をする者達を統括する者也! 以後心して応対せよっ! 太史慈……いや、子義 龍虎よっ!」

 

先程迄消えていた威圧感が急に膨れ上がった様になり思わず龍虎は後退りしてしまう。それよりもなによりも自分の名前をこの老人が呼んだ事に龍虎は驚きを隠せない。

 

「なっ、何で俺の名前迄知っている………」

 

「愚か者っ! 儂は『外史』の統括者と言ったではないかっ! お主が誰であるか何故此処にいるかなどは承知の上じゃっ! 此方に付いて来るのじゃっ!」

 

盤古は龍虎に怒声を浴びせると踵を返し歩き出す。一瞬置いて行かれた格好の龍虎も我に帰り盤古の後を付いて行く。その間も赤壁の景色はどんどん白い光に呑みこまれて行く。そして盤古と龍虎が一頻り歩いた後に辿り着いた場所には、戦場と言う場には不釣り合いな程に優雅な造りの円卓と椅子が置いてあり、卓上には茶の用意迄してある。

 

「ここいら辺りでええじゃろう。ほれっ、子義龍虎よ、お主もそこに座れ」

 

「何故に此処に椅子が……ってか、終端はどうなってるんだよっ!」

 

「落ち着かんかっ! もう終端は止められぬ。じゃが此処は儂の結界の中じゃからのぉ。あの光も此処までは浸食出来ぬわい。で、お主が此処に来たと言う事はお主自身の封印を解く気になったと言う事かのぉ」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。封印を解く気になったって……そもそも俺の力を封印したのはアンタ達管理者じゃないのかよっ」

 

状況が呑みこめない龍虎は多少戸惑った様な声で盤古に向かって聞き返す。逆に問い返された盤古は少々困った様な顔つきになり、溜息を一つ吐いた後に訥々と話し出す。

 

「お主の記憶と本来持っている力を封印しようと考えたのはのぉ、他ならぬお主自身じゃ……いや、お主と言っても太史慈の方じゃがの……」

 

「何で太史慈がそんな事を……?」

 

「お主は『正史』の三国志での太史慈の最後の言葉を知っておるかのぉ?」

 

「最後の言葉………ってぇと「大丈夫たるもの、生を受けたからには……」ってヤツの事か? しかしコイツに何の意味が………まさかこの『外史』は………」

 

盤古の問いに龍虎は太史慈が今際の際に言ったとされる有名な言葉を諳んじてみる。その瞬間、龍虎に一つの仮説が浮かび思わずそれを口に出しそうになる。

 

「ふむ、聡い奴じゃのぉ、その通りじゃっ、この『外史』はその言葉を元にした『外史』だったのじゃっ。しかし『外史』として完結するだけの力が続かなかったのじゃな……途中で終端を迎えてしまったんじゃよ」

 

盤古の語る内容を龍虎は息を呑んで聞くしか無かった。

 

「そう、今お主が体験したのは、自分自身の最後の場面じゃよ。そして太史慈も、今のお主と同じ様に此処での儂との話で、この『外史』の真実を知って、その時点で己が許されざる大罪を犯してしまったと考えてしまったのじゃ」

 

「馬鹿なっ、『外史』は人の想念が創る物なんだろうっ! いくら自分が起点になっている『外史』でも、終焉を迎えたのは太史慈の責任なんかじゃ無えだろうがっ!」

 

あまりにも辛すぎる思いに、ついつい龍虎は大声を出してしまう。それを見た盤古は、また溜息を一つ吐いた後に話し出した。

 

「儂も奴にはそう諭した、そしてまた新たな『外史』でやり直せば良いとも言ったんじゃがな………それでも奴は自分を許せなかったのじゃな」

 

「許せなかった………」

 

「そうじゃ、太史慈は己の言が元で大切な仲間、それに一つの大陸そのものを消滅させてしまう様な夢物語が繰り広げられた事に耐えられなかったのじゃよ。罪の呵責に耐えかねた太史慈は全てを封印し時の狭間の部屋で、無限とも言える時を唯々贖罪の為だけに過ごす事を己に課したのじゃ」

 

語り終えた盤古は卓上の茶を一口飲んだ後に龍虎に向かって視線を向ける。かなり今迄の話が衝撃的だったのか龍虎は、虚空を睨みながらピクリとも動かない。

 

「さてと……子義龍虎よ、薄々感じているとは思うがお主の記憶の封印を解こうとしているのは、他ならぬ太史慈自身じゃ。今迄時の狭間の部屋で動かなかったアヤツが、何故己自身の戒めを解こうと思ったかはお主がアヤツ自身の口から聞くが良い」

 

其処まで一気に喋った後、盤古は自身の結界を解き其処に門扉を創りだす。そして今なお動けずに固まっている龍虎に向かって言った。

 

「行け、子義龍虎よ。お主になら安心して全てを任せそうじゃ。多少面倒であろうがあの強情者の事を頼むぞよ。お主ならアヤツの事を誰よりも理解出来るだろうしアヤツもお主になら心を開くであろうてのぉ」

 

盤古の言葉に我に帰った龍虎は目の前に出来たゲートに向かい足を進めるがニ、三歩歩いて足を止めて盤古の方に振り返り、先刻から脳裏の片隅に引っ掛っていた疑問を盤古に問うてみる。

 

「なあ、爺さん……何でアンタは俺達の事をそこまで気にかけてくれるんだ? 数多有る『外史』の中では俺達みたいな例は幾らでもあるだろうに……」

 

龍虎の問いに盤古は暫し考える様に少し首を捻る。やがて盤古は顔を上げて龍虎を見ながらゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「そうじゃのぉ………一言で言えばお主達は異質なんじゃよ。お主と太史慈、それにあの北郷一刀と言う少年もの……誰もが自分の為に何かを成そうとする『外史』でお主達は自分以外の者の為に実力以上の力を発揮する。その者達が築く世界を見てみたいのじゃよ」

 

盤古の答えに満足したのであろうか、盤古に対して深々と一礼をして龍虎は踵を返しゲートに向かう。そして二度と盤古には振り向きはしなかったがゲートに入る瞬間に高々と拳を握った右手を上げてグッと親指を立てて見せるのであった。

盤古が造ったゲートを潜り抜けると、そこには先程の『時の狭間の部屋』に有った物と全く同じ重厚な扉が有った。

 

「全く……この世界はどういう造りになってるのやら……」

 

やれやれと言った面持ちで龍虎はその扉を開ける。龍虎の思っていた通り扉を開けた先は先程初めて太史慈と遭遇した真っ白な『時の狭間の部屋』であった。唯一先程と違うのは部屋の中心に瞑想する太史慈がいる事である。龍虎は努めて軽い調子で彼に語りかけた。

 

「無限に近い時間の中で悟りは開けたかい、太史慈の旦那よぉ」

 

「………別に悟りを開く為に此処に居るのでは無い………貴殿の方こそ覚悟は出来たのか……」

 

太史慈は龍虎を一瞥しながらその言葉だけを伝えると又瞑想に入った。それを横目で見た龍虎は自分の両手に有る【太極】に一度視線を落とし、先刻迄の砕けた口調を多少改めて太史慈の問いに答える。

 

「覚悟……か。そんなものは一刀の部屋でこの【太極】を再びこの手にした時から出来ているさ。何よりも自分自身の記憶を取り戻した今ならば、お前が北郷 一刀を見て何を考えたかも全て理解出来る」

 

龍虎の答えを聞き終えた太史慈は瞑想を止めて立ち上がり、龍虎の前まで歩を進める。そして龍虎の正面に立った太史慈は龍虎に向かって伸ばした右手で【太極】を突き立てる様に構え、凄味さえ感じさせる笑みを浮かべながら龍虎に言った。

 

「ほう、貴殿はこの太史慈の胸中まで看破出来ると……フハハハ……座興としては面白い。ならば見事この太史慈 子義の心根を当ててみよ」

 

「そんな事は別に小難しい事じゃあ無えだろうが……お前、俺の目を通して見た一刀に、亡き伯符の面影を見たんだろう」

 

龍虎の言葉を聞き終えると同時に、太史慈が構えた【太極】の切先が僅かに揺れた。それはあたかも太史慈の心の内の動揺を指し示すかのように徐々に揺れ幅が大きくなる。

 

「世迷言をっ! 言うに事欠いて、あの様な軟弱者と我が盟友 孫 伯符を同列に語るでないわっ!」

 

恫喝の様な怒声が太史慈から放たれたが、龍虎は委細構わぬと言った体で、太史慈を見据えながら更に言葉を続ける。

 

「確かに容姿や物の考え方等は全くと言って良い程違う。ましてや覇気や武力共に伯符とは雲泥の差だ。だがお前が魅入られ心惹かれた伯符の本質は、その器の大きさと優しさ……正に俺が感じた北郷一刀そのものだろう」

 

「くっ………」

 

「お前だって頭では理解出来ている筈だろう、俺が一刀を見て感じる事はお前も同じ様に感じるって事、逆を言えば俺が見て感じる事は元を糺せばお前の考えだって事を………」

 

龍虎の畳み掛ける様な言葉に、最早太史慈は返せる言葉は無く、余りに力を入れて【太極】を握り締めた右手は小刻みに震えている。それを見た龍虎は今迄の張り詰めた様な緊張感を解いて太史慈に向かって歩み寄り、太史慈の両肩に正面から自らの両手を添えて語りかける。

 

「お前が自分自身に課した贖罪ってのも理解は出来るけどな……あの『外史』の終端は決してお前の所為なんかじゃ無えよ。それでもまだ自分自身が許せ無えんだったら………」

 

そこで龍虎は一旦間をおく様にし、太史慈の瞳を見つめて穏やかだが力強い声でこう言った。

 

「俺もお前の重荷を背負ってやる。そして俺とお前二人の力で一刀が守ろうとしている『外史』に終端を迎えさせない為に、この命懸けてやろうぜ」

 

龍虎の言葉を聞いた太史慈から全身の余計な力が抜けて行く。龍虎に突き付ける様にしていた【太極】も今は両の手に握られたままダラリと下げられている。どれほどの時間が経ったのだろうか不意に太史慈が顔を上げ呟いた。

 

「フッ……全く、あの北郷とか言う男も甘いと感じていたが……貴殿も同じぐらい甘いのだな……」

 

精一杯の強がりとも取れる様な太史慈の発言に龍虎は苦笑いを顔に浮かべて答える。

 

「まあな……元の誰かさんの性格が色濃く出ちまってるもんでな……」

 

「ああ、その様だな………でも貴殿が私の考えた通りの者で良かった……」

 

そう言った太史慈は憑き物でも落ちたかのようにサッパリとした表情で微かに笑みを浮かべて龍虎を見つめた。そして改めて龍虎に対して抱拳礼の構えを取って言葉を述べる。

 

「改めて子義 龍虎殿に問おう。汝は我、太史慈 子義の戒めを解きて我が力を纏いて何を望む」

 

太史慈の問いに、姿勢を正した龍虎も同じ様に抱拳礼をして応える。

 

「我が望むのは、我が護りし事を決めた者達を護る力也、如何なる時にも折れず、屈せず、信義に劣らず、唯ひたすらに彼の地、彼の人々の為に使いし力をこの身に纏いし事を望むもの也」

 

龍虎の返答に満足した様に、太史慈は一度大きく頷いて更に言葉を続ける。

 

「委細承知仕った。我太史慈 子義、これよりは汝と共に、この命尽きるまで在る事を誓おう。願わくば汝と我の大願成就が成る事を………」

 

そう太史慈が言った途端に、二人が持つ【太極】から眩い光が発せられ二人の姿を包み込む。それと同時に龍虎自身には途轍もなく大きな力が流れ込んでくる。龍虎は流れ込んでくる力の奔流に耐えきれず徐々に意識が薄れて行くのを感じた。

あとがき……のようなもの

 

はい、龍虎発動編(笑)楽しんで頂けたでしょうか……駄目小説家の堕落論でございます。

取り敢えず三話連続投稿の二話目をお送りさせて頂きました。自分の文章力の無さで話が進まずに本当に申し訳ございません。

誠に心苦しくはありますが今少しのご辛抱と御付き合いをお願い致します。

 

 

 

閑話休題

 

 

やっと、次回であちらの『外史』へ一刀と龍虎を旅立たす事が出来ますが、自分の文才の無さを書けば書くほど痛感しています。(泣)

それでも今出来る範囲で精一杯頑張って書いていきますので、どうかよろしくお願いいたします。

 

では三話目続けて行ってみよう!!   堕落論でした。

 

 


 
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