No.207816

『孫呉の龍 第一章 Start Me Up !! 一刀編』

堕落論さん

遅ればせながら……

東北地方太平洋沖地震により尊い命を失われた方に心からの御悔みを申し上げますと共に
多大な被害をうけられた方、今なお避難所などで大変なご苦労をされている皆様にも心よりお見舞い申し上げます
被災された方々のご健康と1日も早い復興をお祈り申し上げます。

2011-03-23 20:34:44 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:2239   閲覧ユーザー数:2043

夜も更けた頃、ここ聖フランチェスカ学園の屋上に一人佇む少年がいる。少年は気だるそうな雰囲気で男子学生寮の方向を見下ろしていたが、やがて何かに満足したかの様な表情になり屋上に寝転んだ。

 

「まあ、これで何にせよ動き出したっちゅう訳やな」

 

少年は夜空に静かに輝く満月を見ながら一人呟いた。

 

どれぐらい夜空を見上げていただろうか、非常に長い時間であったのかもしれないし極々短時間であったのかもしれない、何故ならこの少年にとっての時間はあまりにも曖昧模糊なものに他ならないからである。

 

「ご苦労さん、どうやら無事に接触できたようやな」

 

少年は誰もいない筈の屋上に新たな気配を感じ、その気配に向かって声をかける。

 

「ここにおったのか神農よ、気配を完全に断つものだから探してしまったぞ」

 

「スマンなぁ卑弥呼。ちぃっと考え事しとったからな。それと今は神農ちゃうでえ、ここでは及川 佑やで」

 

「おおっ、そうであったな。つい呼び慣れていたので以前の呼び名を呼んでしもうた」

 

「まあ、今は二人だけやからどっちゃでもええねんけどな。ところでどうやった? たっちんは?」

 

「うむ、中々の傑物であるな。殆ど力が覚醒していない筈であるのに、あそこまでの判断が出来るのだ。あれで完全に覚醒すれば我等管理者よりも力を持ってしまうのではないのか?」

 

「せやな、でもそれだけの力が必要やっちゅう事なんやろなあ、あの世界は……」

 

「確かに終端を迎える筈であった所を、あのもう一人の鍵である北郷が、無意識であったにせよ己の存在と引き換えにして『外史』を存続させてしまったのだからな。それ故、世界の揺り返しも又強力であるという所かのう」

 

「ワイ等『外史』の管理者では新たに出来てしもて管理者のおらへん『外史』には直接介入出来へんし、さりとて放置して他の『外史』に浸食する様な事があっても困るしっちゅう所やな。全く難義なこっちゃなあ」

 

やれやれと言った表情で及川が首を振るのを横目に見ながら、卑弥呼が疑問に思っていた事を及川に問う。

 

「しかし、神農、いや及川よ。子義の力は納得出来たが、もう一人の北郷とか言ったかのう、アヤツの事をお前も貂蝉もエラク買っておるが……」

 

それを聞いて暫し考えた後に及川は卑弥呼を諭す様に答える。

 

「なあ卑弥呼、『外史』の管理者たるアンタに聞きたいんやけれど、唯の人間が、迷い込んだ『外史』から元々自分が存在した『外史』に帰還出来る可能性ってどんくらいやと思う?」

 

「むうっ、それは……」

 

答えが分かっているのか卑弥呼は口を濁してしまう。

 

「そう、答えは0や、確かに同じ様に巻き込まれた人間は今迄も何人かはおった筈やけど、みんな終端を迎えると共に消滅してるか、運良く終端を迎えた『外史』から弾き飛ばされたとしても、何処か別の『外史』に飛ばされてしもて誰一人として元の場所に帰って来たんはおらへんがな。」

 

「それはその通りだが及川よ、その事がどうだと言うのだ?」

 

「だからやな、この世界のかずピーはそれが出来た唯一の人間っちゅう訳やがな、オリジナルのかずピーでさえあの銅鏡を持った後には自分が思い描いた『外史』を作る事で精一杯やったんやで。まあそれはそれで凄い事なんやけどもな。でもこの世界のかずピーは元居た場所に戻って来たんや。それだけでも興味を惹くには充分やろ」

 

「ふむ、そう改めて言われてみれば北郷とやらも、中々興味を惹くオノコではあるな」

 

「まあ、ワイと貂蝉はオリジナルのかずピーからの付き合いでもある訳やから、必要以上に肩入れする所もあるんかもしれんけどな……」

 

「何にせよ後は貂蝉のヤツが上手くやってくれるであろう事を期待しようではないか。儂もお前も、あの二人を無事に送り出す為には、まだまだしておかなければいけない事は多々有るのだからな」

 

「せやな、取り敢えず幕は開いたんや。黒子は黒子らしく裏でこそこそ動くんが本筋やな。後は貂蝉に任しとって間違いはないやろ」

 

及川が辺りの気配を探りながら立ち上がり、卑弥呼もそれに倣い辺りを見回す。

 

「「ではっ!!」」

 

二人が声を掛け合うと同時に今迄そこにあった二人の姿が屋上から忽然と消えてしまい、あとには唯、闇が残るだけであった。

一方、此方は学生寮内の一刀の部屋。卑弥呼と別れた龍虎は朝の約束通り一刀の部屋を訪れたのだが、先程から重苦しい沈黙が流れている。お互いが意識しあっての沈黙なのだが、このままでは埒が明かないと感じた龍虎は、自分から話を切り出す。

 

「なあ、一刀。このまま二人でお見合い状態を続けても意味が無いと思うんだけど……」

 

「あ、ああ、そうだな……だけど子義……」

 

何かを話しだそうとする一刀なのだが、逡巡し黙ってしまう。その様子をみて龍虎は、ある過程を思い付く。

 

「なあ一刀、もしかしたら俺が来る前に、誰かから俺の過去について何か聞いたんじゃあないの?」

 

「ええっ!何でその事を………って、あっ、ヤバッ……」

 

「ふうん、どうせそんな事だろうとは思っていたけれどね。で、どういった昔話を聞かされたんだい?」

 

多少おどけながら一刀の緊張を解す様に龍虎は話し掛けるのだが、肝心の一刀の態度が煮え切らない。業を煮やした龍虎は多少語気を荒げながら、先程卑弥呼から聞いた話を一刀に振ってみる。

 

「しっかりしろよ、北郷一刀! お前も『外史』とかいうものから帰ってきたんだろう! 一刀が俺について何を聞いたのかは知らないけれど、恐らく一刀が聞いた事は本当の事だと思う。残念ながら俺の過去については俺自身も未だ分からないんだけれどね」

 

「『外史』? 過去が分からない? 何の事を言ってるんだよ子義?」

 

「ねえ、一刀はあの華琳とか言う少女の世界からこちらの世界に戻って来たんだろう。どうやらその華琳って娘がいる世界の事を『外史』って呼ぶらしいよ」

 

「な、何で、子義がそんな事を……それとも誰かから聞いたってのか?」

 

「ああ、誰かから聞いた……というよりは無理矢理聞かされたって方が当たってる様な気もするけれどね。どうやらそいつの話によると俺自身もその『外史』の人間って奴らしいよ」

 

一刀にとっては驚くべき事実をサラリと龍虎は言ってのける。

 

「子義! お前も、あの世界の人間なのかっ!」

 

「一刀の言うあの世界ってのが、俺のいたであろう世界と一緒かどうかは疑問だけれど、少なくとも俺はこの世界の住人じゃあなさそうだよ」

 

龍虎は、やれやれと言った表情で話し終えた後に一刀の顔を覗き込むが、当の一刀は信じられないといった顔つきで声も出ない。

 

「と、まあ今迄一刀に話した事は今さっき俺も知らされた事なんでね、正直言って半信半疑なんだけれど。唯、これが本当の事だとすれば、現在俺自身に起こっている全ての事について説明がついてしまうんで信じざるを得ないんだよね」

 

「子義が………今日俺に話したいって言ってた事って、今話した事なのか?」

 

蒼ざめた顔をした一刀がやっとの事で龍虎に対して声を出す。

 

「いや、本当だったら俺自身が今迄よく見る様になった夢の事や、自分の中にある違和感や、今朝見た一刀が消えて行く場面等の話をしようと思っていたんだけれどね」

 

「だけど……?」

 

「ここに来る前に、御丁寧にも俺の過去を語ってくれる奴がいてね、そいつから俺や一刀が置かれている状況を多少聞いたら、ある程度自分に起きている事は把握出来たんだよね」

 

「じゃあ何で子義は俺の所に……?」

 

「俺に接触して来た奴が言うには俺自身がこの世界にいるのは、どうやら一刀、お前に関係があるらしいんだよ」

 

「俺にぃ?」

 

「そうだよ、一刀。一刀はあの華琳って娘がいた世界に戻りたいんだろう」

 

「そ、それは戻りたいとは思っているけど………」

 

「だろうね。俺は一刀がその華琳って娘がいる世界に戻る為には、一刀と俺が何らかの形で関わらなければいけないんじゃないかって思うんだよ」

 

「俺と子義が?」

 

「うん、だから、俺も自分に起きている事を今から一刀にキチンと話すから、一刀も自分が体験した『外史』での話を俺に話してくれないかなあ」

 

真剣な表情の龍虎を見て一刀は先程の及川の言葉を思い出す。

 

(せやから、かずピーにはたっちんと、お互いの痛みが誰よりも理解出来る者同士で腹割ってキチンと話をして欲しいんや。お互いが今迄体験してきた事を包み隠さずに曝け出して、この世界の誰よりも強い絆を二人に築いて欲しいんや)

 

「そうだよな…………」

 

「えっ? どうした一刀?」

 

「いや、なんでもないよ子義。それよりも俺も子義には俺に起こった事をキチンと聞いて欲しいんだ。今迄他の誰にも話した事はないけれど、子義だったら本当の事を話しても……いや、本当の事を話さなきゃいけない気がするんだ」

 

そう言って龍虎に向かい合った一刀の顔には今迄の思い詰めたような表情は無く、何かを決心した強い意志を感じさせるものであった。

「俺はあの日、知らない内にあの世界に迷い込んでいたんだ……」

 

意を決した一刀が話し出した内容に龍虎は声を失っていた。一刀が迷い込んだ『外史』が三国志の世界と言う事にも驚いたが、主だった武将達が軒並み女性である事や、一刀が魏でいた事も、そこで華琳という名を持つ曹操の側近であった事など龍虎の理解の範疇を超えている事ばかりであった。

 

「そして黄巾党征伐に出て、反董卓連合を経て群雄割拠の時代が……」

 

概ね【三国志】と【三国志演義】に沿って進んで行く一刀の話を聞きながら所々重要な戦や内紛が抜けている事を疑問には思ったが、魏にいた一刀目線での話なのであろうと言う事で納得をした。唯、劉備の所に反董卓連合時に孔明が存在している等の細かい差異が気にはなったのだが

 

「官渡の戦いで袁紹を破って、その後に劉備との戦いそして定軍山での戦いで、夏侯淵の命を救って……」

 

一刀の話がその辺りになってくると、流石の龍虎も話の腰を折るのを承知で一刀に尋ねざるを得なかった。

 

「一刀、定軍山って赤壁の大分後なんじゃあなかったっけ?」

 

「ああ、定軍山の件は後でまた話すよ」

 

「ふうん、大筋的には演戯をなぞりながら細部はかなり違うって訳だね。一刀がいた世界は」

 

「そう言う事になるかなあ。その事については俺も大分戸惑ったりしたからな」

 

「話の腰を折っちゃって悪かったね、じゃあ話を続けてくれるかい」

 

「ああ、えぇとぉ~何処まで話したっけ?」

 

「定軍山で夏侯淵を助けたぐらい迄だよ」

 

「そうか……それから俺達は呉との戦いに入ったんだ……」

 

「呉……か……」

 

「ん? どうしたんだ? 子義」

 

「いや、何でもないよ。続けてよ、一刀」

 

「ああ、じゃあ続けるけど……」

 

今迄とは違う龍虎の雰囲気を察して一刀は怪訝な顔をするが、龍虎に目で促されて話を続ける。そして一刀は呉との赤壁での戦いの事、その後に続く蜀との戦いの後に三国同盟が結ばれて、その宴の席で自分が曹操の元から去らねばならなかった事迄を一気に話し終えた。

 

「…………って訳で、気がついたら俺はこの部屋に戻って来てたんだ………」

 

静かに語り終えた一刀の目からは涙が止め処も無く流れていた。

 

「定軍山で夏侯淵を助けた事や、赤壁の戦いで魏が勝利する様に動いた事で俺は大局の流れに逆らって、歴史を歪めていたらしいんだ。それで最終的には自分の消滅を………でも後悔はしていないさ。華琳にも言われたけど自分の役目を果たし終えると言う事は、人として誇るべき事だと思えるようになったからな」

 

未だ涙目ではあるのだが一刀の目には、意を決した者独特の力強さが宿っている様に龍虎は思えた。

 

「悪いなあ。俺ばかり喋っちゃって。でもどう言ったら良いんだろう…………子義に聞いてもらって、何か肩の荷が下りたって言うのか、ホッとしたって言うのか、少し俺自身楽になった様な気がする」

 

「そうかい、でもよくそこまで俺に打ち明けてくれる気になったね。今俺に話してくれた事って今迄誰にも話さなかったんだろう?てっきり及川ぐらいには打ち明けてたと思ってたんだけれども……」

 

「ハハハ……それはさっき及川からの電話で怒られたばかりだよ。アイツどうやらここ半年ぐらい俺の様子がおかしいのを気にしててくれたみたいで、別に隠してた訳じゃあ無いんだけど、やっぱりなあ」

 

「んっ?及川からの電話?じゃあ俺がこの部屋に来た時に一刀の様子がおかしかった事も、その及川からの電話に関係あるのかい?」

 

「あっ……うん、及川が子義も俺と同じで、大切な人達と無理矢理別れなきゃならなかったし、二度と大切な場所には戻れないって…………」

 

「俺が……大切な人や大切な場所に戻れないって………それを及川が………」

 

一刀の話を聞いた龍虎は、及川が自分の過去の事を知っているかのような口ぶりに違和感を感じた。すると先程卑弥呼と対峙していた時と同じ様な奇妙な感覚が湧き上がって来て、瞬時のうちに龍虎の思考を加速させつつ一つの解答に辿り着く。

 

「ハハッ……ハハハハッ……そうか及川も……ハハハハハッ……そっかぁそういう事か……ハハハッハハハハハハッ」

 

急に壊れた様に笑い出す龍虎に、驚いた一刀が龍虎の両肩を掴み呼びかける。

 

「おいっ、どうしたんだよ子義っ! 大丈夫かよっ、子義っ!」

 

「ハハハハッ……一刀、俺も一刀もずっと奴等の掌の上だったって事だよ」

 

「奴等って? 何言ってんだよ子義!」

 

一刀に両肩を掴まれたままの状態で龍虎は、一刀の背後の空間に視線を移動させ、今迄の龍虎とは全く違った口調でその空間に向かって喋り出す。

 

「おいっ、何時までそこで見ている気だ。そろそろ姿を現せよ。恐らくアンタが卑弥呼が言ってた次の切欠なんだろう。俺と一刀との邂逅は今アンタ達が望む形になった筈だぜっ。そうだろう貂蝉!」

 

その言葉に驚いて一刀が後ろを振り返って見れば、今まさに空間が歪みその歪んだ空間から何かが出現する瞬間であった。

一刀は今現在、眼の前で起きている出来事が信じられなかった。龍虎が自分の後方に鋭い語調で何事かを言ったのに驚いて振り返ってみれば、自分の後方の空間が妙に歪んで見え、その空間から影の様なものが浮かび上がって来ているのだ。

 

「し、し、子義ぃ~っ何だよぉあれって……」

 

腰を抜かさんばかりに呆けた状態で情けない声を出す一刀の側で、影の様なものは次第に形を成し、やがてそれは人の形を取り始める。そして完全に歪んだ空間から抜け出て二人の前に姿を現す。

 

「あっらぁ~ん、わたしとした事が気配を悟られてしまうなんてぇ………」

 

空間から出現したのは先程の卑弥呼同様の『人』と呼ぶには些か難がある様な物体であった。

 

「あらあらまあまあ、そこにいるのは愛しのご主人様じゃあないにょぉグフフフ……」

 

龍虎が貂蝉と呼んだ物体が一刀の方を見て、腰をくねらせながら舌なめずりをする。

 

「ひぃぃっ………」

 

身の危険を感じた一刀は、掴んでいた龍虎の肩を離して、貂蝉から距離を取るように後ずさり、龍虎に向かって問い質す。

 

「な、な、何なんだよ、コイツはっ! 名前呼んでたみたいだけれど子義の知り合いなのかよっ!」

 

「一刀……」

 

驚愕で頭が混乱している一刀に向かって、落ち着いた声で龍虎が声を掛ける。

 

「何だよ? 子義」

 

「俺はお前の色恋沙汰の趣味嗜好について口を出す気は毛頭無いがな、残念だが俺はノーマルだぞっ。すまんなお前の期待に応えられなくて……」

 

一刀を慰める様な生暖かい目で見ながら龍虎が一刀に言う。

 

「いやいや、俺だってノーマルだしっ! って言うか、なんだって今そんな事を………」

 

「だってアイツ今、一刀の事を愛しのご主人様とかなんとか言ってたぞ」

 

「だぁ―――っ、知らねえよっ。こんな夢に出てきそうなキモイ奴なんかっ!」

 

「だぁぁれがビックリ仰天が一周回って、元に戻って二度ビックリですってぇぇ!」

 

「んなぁ事ぁ言ってねえぇぇぇぇぇっ!」

 

「おいっ、ちょっと落ち着け一刀! 別に危害を加えるつもりは無いみたいだぞ、この生物は」

 

「ぬふぅっ! あらん、こちらもなかなか可愛い子ねぇん。あなたがぁ~ん龍虎ちゃんかしらぁん」

 

一刀に、にじり寄っていた貂蝉が龍虎の方に向き直る。

 

「おいおい何を今更………俺の事など始めから知っている筈だろうに……アンタ、卑弥呼の仲間なんだろうが」

 

その言葉に極めて冷静に応える龍虎。

 

「あっらぁ~ん冷たい反応なのねぇ……そうね、卑弥呼と貴方が遭遇し覚醒の第一段階を終えて、ご主人様との邂逅をも済ませた今、これ以上貴方を偽り続ける事は出来ないわね」

 

「そう願いたいな、それにアンタがご主人様って呼ぶ一刀にも、そろそろアンタ達が言う『外史』とやらの真実を聞かせてやったらどうなんだ」

 

貂蝉と龍虎の言意味不明な会話を聞いていた一刀が恐る恐る、二人の会話に口を挿む。

 

「何の事を言ってんだよ、子義。『外史』とか真実とか……俺には全然分かんないよ」

 

「一刀、お前が迷い込んだ世界ってのはな、過去の世界でも無く、勿論現実の世界でも無い『外史』と呼ばれる世界であり、それは現実の世界で発生した想念によって観念的に創られた世界の事なんだってよ」

 

「ちょ、ちょっと待って……俺には何を言ってるかさっぱり…………」

 

「ご主人様には今からこの貂蝉ちゃんが優しく詳しぃ~く、個人教授でぇ~しっぽりとぉ教えてあげるわよん。グフフフ……」

 

「………だ、そうだ」

 

「うううっ………ちょっと聞きたいんだけれど俺に拒否権は?」

 

半分涙目になりながら恨めしそうに二人に聞いてみる一刀だったが

 

「ないっ!!」

「ないわね!!」

 

間髪いれずに二人に即答され思わず床に突っ伏してしまう一刀なのであった。

「…………と、まあ、こういう訳なのよぉ。どう?ご主人様は理解出来たかしらん」

 

龍虎が先程卑弥呼から聞いた話よりは遥かに理解し易い内容で、貂蝉が一刀に『外史』についての話を終えた。随所で一刀の理解深度を確認しながらの応答形式だったので、かなり時間はかかってしまったが概ね一刀は理解が出来た様だった。

 

「……………………正直言って、何と言って良いのやら…………」

 

そう言ったまま絶句してしまう一刀に向かって貂蝉が言葉を掛ける。

 

「あっらぁ~ん、ご主人様ぁ~ん。『外史』の成り立ちの話だけでお腹一杯になっちゃぁ、それはダメダメダメよダメなのよん♪」

 

「えっ……まだ何かあるの?」

 

「あったりまえよぉ~ん、今迄のお話はご主人様に『外史』と言うものがどういうものであるかの説明にすぎないわ」

 

「え、えぇ~とぉ~…………」

 

「じゃあ、一つだけ真実を簡単に言うわね。『外史』と言うものは人の想念が創り出した物だって事は説明したわねぇん。で、この『外史』ってモノには理があってね、その理とは、いずれ必ず『外史』は消えるものなのよん」

 

「消えるって?」

 

「そう、言葉の意味通りに何もかも残さずに消えてしまう…………」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ。じゃあ、華琳や魏の皆が今居る世界も消えるってのかよ!」

 

「ええ、本来ならねぇ………」

 

「ふざけんなよ!」

 

貂蝉の言葉に憤った一刀が険しい表情で立ち上がって貂蝉に詰め寄る。

 

「何であの世界が消えなきゃならないんだよっ! 華琳や魏の皆が色んな事を乗り越えてやっと纏まった世界が何で………」

 

「一刀っ!」

 

貂蝉が話し出してから長く沈思黙考していた龍虎が瞑目したまま鋭い語句を発する。

 

「少し落ち着け一刀。貂蝉は今、本来なら……と言った筈だぞ」

 

「えっ?」

 

「本来なら……と言う事は今現在の状況は本来の状況では無いと言う事だ。激高するのは勝手だが、今少し貂蝉の話を聞いてみたらどうなんだ一刀」

 

「子義………分かったよ。おい、アンタ! 子義が今言った事は本当なのか?」

 

「ええ、龍虎ちゃんの言った通りよ。どう?少しは落ち着いて私の話を聞いてくれるかしらん?」

 

「あ、ああ、すまなかった…………」

 

落ち着きを取り戻した一刀が力無く元居た場所に座り直すと同時に貂蝉が語り出す。

 

「先程説明した通り、『外史』とは『正史』の人間の想念によって創り出されし物なの。それ故基盤となる物語が人々から忘れ去られると『外史』自体の存在が成立しなくなるの。その辺りは理解してくれたかしらん」

 

「ああ、何となくだけれど理解は出来た様な気がするよ」

 

「そう、ならばその一つ一つの『外史』を消そうとする、もしくは定型としての形を与えて観念的に『正史』とリンクさせて、その概念を固定し存続させようとする。これ等を行う役割を与えられているのが『外史』では私達、神仙とか英傑とか呼ばれている者達なのよん」

 

「消そうとしたり、存続させようとしたりだって…………じゃあアンタ達が華琳達のいる世界を!」

 

「それはちょっと違うわご主人様。ご主人様が曹操……いや華琳ちゃん達と過ごした『外史』を創ったのは『正史』の人々の想念ではないのよん」

 

「はあ? アンタ、さっき言った事と全然違うじゃないか。じゃあ一体俺が居たあの『外史』ってヤツはどうやって出来た世界なんだよ?」

 

「いい、よぉ~く聞いてね、ご主人様が居た世界を創ったのはねえ、誰でも無いご主人様、貴方自身なのよん」

 

貂蝉のあまりに唐突な一言で一刀はおろか龍虎迄も声を失うのであった。

「いい、よぉ~く聞いてね、ご主人様が居た世界を創ったのはねえ、誰でも無いご主人様、貴方自身なのよん」

 

「「なっ……」」

 

一刀と龍虎が揃って絶句するのを見て貂蝉は今迄よりも詳しく説明を始めるのであった。

 

「まず、始めに一つ訂正しておかなきゃならないのだけれど、今ご主人様が創った……とは言ったものの、今此処に存在しているご主人様が創ったのでは無くて、始まりの『外史』を経験した云わばオリジナルのご主人様とも言える彼が、自分が経験した始まりの『外史』が終端を迎える際に強く心に念じて出来た新しい『外史』があの『外史』なわけよん」

 

「はっ? はいぃぃぃっ?」

 

思わず一刀は素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「始まりの『外史』にオリジナルの一刀だと?」

 

対して龍虎は貂蝉の言葉の中の看過できない部分に疑問を持つ。

 

「そう、あの『始りの世界』でのご主人様は関羽ちゃんや張飛ちゃん達と共に魏、呉と戦って三国を統一したのよん、でもね、その『始まりの世界』も様々な要因で終端を迎えるにあたって、ご主人様が最後に描いたご主人様自身の想念、その想念によって枝分かれしながら出来た無数の新しい『外史』、その内の一つが今此処に存在するご主人様がいた世界なのよん」

 

一刀は呆然自失となり、ただ口をあんぐりと開けたまま固まっている。

 

「ならば、今ここに存在する一刀、それにこの今の世界すらも、そのオリジナルの一刀によって創られた『外史』の内の一つと言う事なのか?」

 

腕を組んだままの龍虎が貂蝉を鋭い視線で見据えて先程からの疑問を口にする。

 

「半分は正解で、後半分は間違いって所ねえ。確かにぃこの世界自体はオリジナルのご主人様が創ったものだと言えるかもしれないわねえ。でも、先程は便宜上『始めの世界』のご主人様をオリジナルと名付けてしまったけれどね、実際は枝分かれした『外史』に存在するご主人様はコピーでもクローンでもなく全て同一のご主人様なのよん。まあ『外史』によって多少の誤差は出てるかしらねん」

 

「なるほど……全て同一に近いと言う事は、並行世界での北郷一刀であるって言う訳なんだな」

 

「うっふぅ~ん、理解が早くて助かるわん♪概ね龍虎ちゃんの言った通りと思ってくれていいわ。それともう一つ言わせてもらうと龍虎ちゃん自身も、ご主人様の創られた世界の住人じゃあないわよ」

 

「ああ、その事はさっき卑弥呼から粗方聞いたよ」

 

「龍虎ちゃんは、あんまり驚かないのねえ」

 

「まあ、立て続けにこんな奇天烈な事が起きれば流石に感覚も麻痺してくるさ。まあ、急展開に全く付いて行けてない奴が若干一名程、其処に居るがな」

 

そう言いつつ龍虎は未だ固まったままの一刀を見る。

 

「もうそろそろ、こっちの世界に帰って来いよ、一刀!」

 

龍虎は一刀の両肩を掴んで強く揺さぶる。

 

「ひあぁぁっ、うわわっ。なにするんだよ子義っ!」

 

突然の事にまたもや悲鳴のような声をあげる一刀。

 

「お前が余りにも呆けているからだ。で、今迄の話は理解出来たのか?」

 

「あっ、ああ……一番初めの俺が思い描いた沢山の物語の中それぞれに俺が居て、その中の俺の内の一人が俺であって……ああ、もう何が何だか……」

 

「まあ、普通はこうなるわねえ」

 

「………だな」

 

「まあいいわ、ここまでぐらいなら想定内なのよん。いいかしらんご主人様。『始まりの世界』が終端を迎えた時にその世界のご主人様は新しい『外史』を創る事が出来た…まではさっき話したわよねえ」

 

「それは何とか理解出来たんだけれど……」

 

「その時にご主人様は新しい『外史』の萌芽を心に強く強く描いたの………自分を信じて支えてくれた女性達、そして自分が愛し愛された女性達の事をねん。」

 

「愛し愛された女性達………の事を……」

 

「そうよ、その強く描いた想念の中にはご主人様が『始めの世界』の女性達全員と現代で学生生活するモノ。魏、呉、蜀それぞれの国に在ってその国の王達と共に闘って行くモノ。とか数多くの想念があって、その強い想念が数多くの枝分かれした『外史』を生み出したってのも、さっき説明したわねえ」

 

「ああ、確かに聞いた…………じゃあ、ひょっとすると……」

 

何かに気付いた様に一刀が顔を上げて声を出そうとするより早く貂蝉が一刀の思った様な答えを出す。

 

「そうよん、貴方の居た世界は、始めのご主人様の想念の中の一つで、魏の曹操、いや華琳ちゃんと共に歩むと言う想念が形になった世界………と、言う事ね」

 

「でも……じゃあ何で俺自身が思い描いた世界であるならば俺は、俺は何で華琳かの元から消えなくちゃあいけなかったんだよっ!」

 

「そんなに興奮しないでご主人様、その理由ををご主人様に知ってもらう事こそが、この貂蝉ちゃんがご主人様の為に此処にいる最大の使命なのよん、そしてそれは龍虎ちゃんに関しても同じ事が言えるのよ」

 

暑苦しい笑顔の上に、ぐっと親指を立てながらそう言い放った貂蝉の言葉に一刀と龍虎は多少の脱力感を覚えつつも、貂蝉の話を聞く為に居住いを正すのであった。

「『外史』は『正史』の人間の想念によって創られるモノ、だからその想念が弱ってくる……つまり元の物語等が人々の記憶から忘れられていくと、その『外史』は消えていってしまうの。でもねそれともう一つ終端を迎える大事な要素があるのよん」

 

「「大事な要素………?」」

 

一刀、龍虎は声を揃えて貂蝉に問い返す。

 

「そうよん、それはねえ余りにも元々の物語から『外史』が逸脱してくるとね、『外史』には強制力が働くの………何故かって? それは勿論『外史』とは観念的に『正史』とリンクさせ、その概念を固定させた上で存続するものである訳だから、余りにも『正史』を歪める事は『正史』自体が許さないのよん」

 

「そうかあ、だからあの時、許子将が俺に………」

 

華琳と共に陳留の街で聞いた占い師の言葉を一刀は思い出す。

 

「あらん、ご主人様には思い当たる事があったのかしらん。まあそれは良いとしてん、つまりあの世界でのご主人様は華琳ちゃんの大陸統一を願ったのよねん」

 

「ああ、確かに華琳が大陸を統べる事を俺は願ったし、華琳の三国統一を微力ながら手助けもしたと思っているよ。そしてその結果が歴史を歪める形になると理解してはいたけれど………」

 

「そう、本来ならばご主人様も華琳ちゃんも、あの赤壁で死なないまでも相当手酷い負け戦になる筈だったわ、でもご主人様は行動してしまった……魏が、いえ華琳ちゃんが勝利を掴める様に、自分の未来を犠牲にしてでもね」

 

「そんな大袈裟なもんじゃあないよ、唯、華琳に負けて欲しく無かっただけだよ………」

 

「それでも、そのご主人様の行動を『外史』は危険行為と見做してしまったの……何故ならご主人様の取った行動は『外史』自体の消滅の引鉄に成りかねないから。そして『外史』のシステムは純粋な自己防衛本能の一環として、ご主人様の排除を行った。と、まあ簡単に言えばそういう訳なのよねえ」

 

「『外史』自体が俺を排除した………俺じゃない俺自身が創った筈の『外史』に否定されたのか……じゃあ俺はあの世界、華琳達の元にはもう戻れないって事か…………」

 

考えられうる最悪の結末を思い描いて一刀はガックリと肩を落とす。

 

「あっらぁ~ん、ご主人様の華琳ちゃん達への想いは、そんなにも簡単に諦められるものだったのかしらん」

 

貂蝉はそんな一刀に落胆したかの様な表情を見せる。

 

「そんな訳ないだろうっ! ずっとずっと思い続けてたんだぞっ、そんな簡単に諦められるもんじゃあ無いんだ! でも、でも……自分が居た世界に俺は拒絶されたんだろう……じゃあ俺の帰る場所なんて………うっ……うっ……」

 

激高した一刀は貂蝉に詰め寄って感情を爆発させる。そして貂蝉の胸の辺りを拳で何度も殴りながら知らず知らずの内に泣いていた。その様子をじっと見ていた貂蝉の表情が、次第に慈愛の表情に変わって行くのを傍観している龍虎は見逃さなかった。

 

「ご主人様、よぉ~く聞いてちょうだい。確かに『外史』のシステムの都合上、ご主人様は一時的に排除されてはしまったけれど、『外史』に完全に拒絶された訳じゃあないのよん」

 

「へっ………?」

 

「むしろご主人様は、終端を迎える寸前だったあの『外史』の行く末を自身の消滅と引き換えに全て書き変えてしまったと言っても過言ではないわ」

 

「えっ、ええっ!」

 

「あの『外史』の終端を朧げながらご主人様は感じていたのね、それで無意識の内に自分の存在を消滅させる代わりに、ご主人様と華琳ちゃんを起点に始まる全く別の『外史』を構築したのよん」

 

「お、俺が……全く別の『外史』を……」

 

「そうよん、流石は始めのご主人様と同一の力を持つだけの事はあるわねえ、本来なら『外史』を紡ぐのには始まりと終わりの象徴である銅鏡が不可欠な筈なのに、ご主人様は無意識の内にそんな触媒を必要とせずに『外史』を創り上げてしまうんだものねん」

 

「じゃ、じゃあ……現在の華琳達の世界は……俺が創ったって事……」

 

「ええ、そうなるわねえ、最も飽くまでご主人様が無意識の内にやった事だから次に同じ事が出来るかどうかなんてのは、私達にも全く想像がつかないんだけれどねえ。そういう訳で今あっちの世界は、書き換えられたシステムを安定させる為の『外史』自体の自己修復が行われている最中なのよん」

 

「『外史』の自己修復?」

 

「その名前の通り不確定なシステムを『外史』がその強制力や因果律を使用して最適な状態に整え直していると言った所かしら、ご主人様は望むと望まざるに関わらず現在の『外史』では、非常に性質の悪いウィルスであると同時に非常に有効なワクチンでもあると言う二律背反した存在であるのよ」

 

「ちょ、ちょっと待って…話が全然分かんなくなってきた……」

 

「まあ、分かり易く言えば『外史』が安定すればご主人様は華琳ちゃん達の元に帰れるってことかしらねん」

 

「「はあぁっ?」」

 

何気なく、本当にサラリと冗談でも話すかの様な口ぶりで重大な事を言う貂蝉に、またしても二人揃って固まってしまう一刀と龍虎であった。

あとがき……のようなもの

 

TINAMIユーザーの皆様ご無沙汰いたしております。毎度毎度の駄目小説家の堕落論でございます。

またもやニ月以上の更新間隔を開けてしまいました。いや、決してサボってた訳じゃあないんですよ。仕事がかなり忙しかったんですよ。

唯、年末から積みっぱなしになってる小説類や雑誌類、それに18禁ゲー等々も一緒に消化してたら……あっ、冷たい目は止めて、冷たい目は……

 

 

 

閑話休題

 

まあ、なんだかんだで遅れに遅れているうえに全く進まない話しですが今回はそれでも目を通してくれる皆様にお詫びの意味を込めた、三話連続投稿になっています。

前半が一刀君主体のお話で中半は龍虎君主体のお話となっています。お目汚しかとは思いますが読んでいただければ幸いです。

では中半行ってみよう!!   堕落論でした。

 


 
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