No.207593

真・恋姫†無双~恋と共に~ 外伝:そんな出会い 

一郎太さん

外伝

2011-03-22 12:43:23 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:15228   閲覧ユーザー数:9941

 

そんな出会い

 

 

 

さて、俺はいま、冥琳と暇を持て余していた。いや、持て余してはいないのだが、暇な事は暇だった。雪蓮は先日の約束通りに恋をケーキの食べ放題に連れて行ったが、どうやらそのまま夕食も食べに行くとのことだ。何やら新しい契約をしていないかが心配だが、気にしても仕方があるまい。恋も出かけ、この休日をどうやって過ごそうか考えていた所に、同じく相方が不在の冥琳から連絡が来たわけだ。

 

とは言え、冥琳と遊ぶにしても、彼女は基本的にはインドアタイプであり、遊ぶ時もそのほとんどが雪蓮に連れ回されていると言った方がいいだろう。冥琳曰く、自分が雪蓮の相手をしているだけだ、との事だが、どう見ても振り回されている感が拭えない。

 

それはともかくとして、俺は冥琳に呼ばれるままに街へと繰り出し、彼女と合流する。メールが来たのは昼過ぎ、彼女と落ち合ったのがその30分後。ちょうど午後のお茶の時間とでも言えばよいだろうか。天気もいいことだしと、俺と冥琳はオープンカフェへと入っていった。

 

「さて、一刀よ。これからどうする?」

「どうする、って言われてもなぁ………」

 

ほどなくして運ばれたアイスティーを口に運びながら、冥琳は問いかけてくる。そう言いつつも、テーブルの上には、地味な色だが小奇麗なブックカバーを被せた文庫本。相変わらず、俺がどう答えるか分かって聞いているようだ。これも時間つぶしかと、俺もその話題に乗る。

 

「まぁ、特にしたい事もないし、本でも読むかな」

「見たところ手ぶらのようだが?」

「冥琳の事だから、どうせもう1、2冊持ってきてるんだろう?それ、読ませてくれ」

「あぁ。1ページ10円な」

「暴利だなぁ。ここの代金で勘弁してくれ」

「冗談だ。だが、言い出したからには甘えさせてもらおうか」

 

冥琳は軽く笑いながらバッグから別の本を取り出して、俺に渡してくる。タイトルから察するに、どうやらミステリーらしい。俺は、はいはいと返事をしながら受け取ると、椅子の背に寄り掛かって表紙を捲る。冥琳もそれを見て、脚を組み替えると、手元へと視線を落とした。

 

 

 

 

 

 

「―――それでさぁ、ケーキの食べ放題を奢るって条件で雪蓮に合鍵貸してんだぜ?俺の価値はケーキ以下か、ってーの」

「ふふっ、それも恋のいいところではないか。他の女がそれをすれば、一刀の本命であるという余裕からだと頭にくるが、恋がやれば、そうも思わない。純粋に友達である雪蓮への好意だろうさ」

「彼氏としては複雑な気持ちな訳ですよ」

 

ぱらり、ぱらりとページを捲る音。俺と冥琳は視線はそれぞれの手に持つ本の文字へと向けられてはいるが、会話を続ける。通常ならばどちらかに集中しがちだが、冥琳が言うには、相手をしないと拗ねる雪蓮への対策に、自然と身についたらしい。一方俺も、読書が得意という訳ではないが、ストーリーを追うだけの作業なのでそれほど苦ではない。

 

「だが、いい事を聞いた」

「え?」

「なに、今度私も一刀を貸して貰おうというだけの事だ。さて、対価は何にしよう………」

「借りるも何も、今こうして一緒にいるじゃないか」

 

俺が軽く返すと、冥琳が動く気配。俺も顔を上げると、冥琳がこちらをじっと凝視している。

 

「どうした?」

「………いや、なんでもない」

 

少し照れたように本に視線を戻す冥琳の頬が、少し赤らんでいた気がした。

 

 

 

 

 

 

カフェで2時間ほど過ごした俺と冥琳は、店を出た。冥琳が読んでいた本は元々彼女のものだし、俺が借りた本も200ページの短編だった為、読み終わってくれていた。

 

「ところで、恋は今日は戻ってくるのか?」

「いや、昼に連絡が来たよ。夕食も御馳走になる、って」

「という事は、また一刀を借りる訳か、雪蓮は」

「………そうなるな」

「では、お前はこの後も空いているという訳だな?」

「まぁね」

 

俺が返事をすると、冥琳は少し考え込んだ後、口を開く。

 

「折角だ。私達も何か食べに行かないか?」

「あぁ、構わないよ。どこにする?」

「先日祭さんとバッタリあってな。最近は私も雪蓮も来ないから寂しいと嘆いていたよ。聞けばお前達も最近は顔を出してないようじゃないか」

「あー……テストで忙しかったからなぁ。じゃぁ、今日は?」

「あぁ、祭さんの店に行くとしよう。ここからもそう遠くはないしな」

 

そう言って、冥琳は歩き出す。雪蓮がいれば彼女が勝手に楽しくしてくれるし、恋がいれば、その食事の準備で忙しくしているな。気づけば、落ち着いて一緒に食事をとれる相手、って今のところ冥琳くらいじゃないか?そんな事に今さら気づいた俺は、心の中で苦笑すると、彼女の後を追い、その隣に並んだ。

祭さんの店までは、ここから歩いて20分くらい。俺は歩くのは嫌いじゃないし、冥琳も特に何も言わない。夕陽が沈む空を見ながら、俺と冥琳はゆっくりと歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「今日もそれなりに繁盛しているみたいだな」

「それなりとはまた酷いなぁ」

 

そんな軽口を叩きながら適度に盛り上がった声がする店の引き戸を開くと、祭さんの声がかかる。

 

「いらっしゃい……って一刀と冥琳か。久しぶりじゃな」

「あぁ、久しぶり。今日は2人なんだけど、空いてるかなぁ」

「カウンターでよければな。ホレ、さっさと座れ」

 

いつものように、カラカラと笑いながら店の店主は俺達を席へと案内する。それぞれの席におしぼりとお通しを置くと、注文も聞かずに飲み物の準備を始める。

 

「注文も聞かずに準備する癖、やめてくださいよ、祭さん………」

「なんじゃ、今日はサワーでも頼むのか?」

「いえ、いつもので」

 

からかうような口調の祭さんに、冥琳はそっぽを向きながら応える。合ってるなら言わなくてもいいだろうに。祭さんは慣れた手つきで冥琳のボトルとグラス、俺にビールを出すと、他の客に出す料理に取り掛かった。

 

「それでは、落ち着いて飲めるこの日に」

「なんだよ、それ。乾杯」

 

俺と冥琳はグラスどうしをぶつけ合う。ふと思った。この光景は、あまりに大学生らしくない、と。冥琳はキープしている日本酒を飲んでいるし、俺にいたっては、ジョッキではなく瓶が目の前に置かれている。

 

「どうした?」

「いや、なんかサラリーマンみたいな飲み方してるよな、俺達って」

「………気にするな。好きな酒を飲んで何が悪い」

「ま、そうだわな」

 

俺のちょっとした言葉を軽く笑い飛ばすと、彼女はグラスを傾ける。これがどこかの高級そうなバーなら絵になるくらいの光景だが、この店だと、シュールな図に見えてくるから不思議だ。そんな事を想いながら、俺達は言葉少なに、ちびちびとグラスを空けていく。夜はまだ長い。

 

 

 

 

 

 

「あれっ!?一刀やないか!!」

 

俺と冥琳が雑談をしていると、後ろから聞きなれた関西弁が投げかけられた。振り返れば、そこには女子大生と思しき3人組。うち2人は知らないが残りの関西弁の女性はよくも悪くも知っている。

 

「………知り合いか、一刀?」

「あぁ。霞じゃないか。霞も飲んでたんだな。気づかなかったよ」

「まぁ、ウチらは奥の座敷におったからな。それでどうしたんや、今日は?恋からこっちのクールビューティに鞍替えしたんか?」

「馬鹿言うな。友達だよ」

 

どうも酔っぱらっているらしい。ゴツイ形のバレッタで髪を留めたその顔は、ほんのりと紅く染まっている。

 

「霞ちゃん、残るならあたし達先に帰るけど」

「せやなぁ…一刀、ウチも相席してえぇか?」

「………どうする、冥琳?」

「私は構わないぞ」

「ホンマか?いやー、ありがとな、クールな姉ちゃん」

 

バイバイと霞の連れの2人は別れの言葉をすると、店を出て行った。

 

「でもいいのか、一緒に行かなくて?」

「えぇって、えぇって。どうせ電車は逆方向やからな。それで、こっちの姉さんは一刀の新しい彼女と違うん?」

 

俺の隣に腰掛けながら霞は答える。同じボケをかますその頭をスパンと叩くと、俺は彼女に冥琳を紹介した。

 

「せやったら、ウチも冥琳、って呼ばせてもらうで?ウチのことも霞でえぇから」

「………わかったよ、霞」

「あれ、やけに大人しく引き下がるね」

「だって、見ろ。雪蓮と同じタイプの人間だ。あぁいったタイプには何を言っても無駄だからな」

 

諦めたように、冥琳は溜息を吐くと、グラスを傾ける。………確かにな。

 

「それで、一刀は霞とはどういう繋がりなんだ?」

「あぁ、それなんだが―――」

「聞いてくれるんか?いやぁ、一刀も酷いやっちゃで。初対面の時からウチを虐めてばっかでな?」

 

グラスをカウンターに置くと、冥琳が問いかけるが、俺が答える間もなく霞が身を乗り出し、俺たちの出会いを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

四月―――。

 

 

新入生へのオリエンテーションもひと段落つき、部活やサークルの勧誘が一層激しくなっていたある日、俺は大学の中庭をとある人物と歩いていた。いつもなら恋が一緒にいるのだが、この日は新しくできた喫茶店でケーキのフェアをやるとかで、授業が終わった途端に走って教室を出て行ったからだ。一緒に行ってもよかったが、俺も別の授業があったので、今回は遠慮をしていた。そして、すべての授業も終わって帰ろうとしていた時に、声をかけてきた存在がいたのだ。

 

「ったく、なんで大学でまで剣道をしなくちゃいけないんですか」

「何を言う。どうせ何かしらのサークルには入るつもりだったのだろう?だったら剣道部に来てくれてもいいじゃないか」

「バイトサークルに入ろうと思ってたのに………」

「残念ながら、そんなサークルはうちの大学にはないよ、北郷」

「一人で立ち上げる予定だったんですよ………不動先輩」

 

その人物とは、高校の時の一つ上の先輩であり、俺が2年生の時の剣道部の部長でもあった不動如耶その人であった。堅苦しい喋り方をしてはいるが、歴とした女性であり、さらには十人に問えば全員が認めるほどの美人でもある。………閑話休題。同じ大学に進学していた事は知っていたが、こうも素早く見つかるとは思ってもみなかった。

 

「というか、何ちゃっかり俺なんて見つけてるんですか。絶対偶然じゃないでしょ」

「わかるか?」

「ったく、どうやって俺の行動パターンを調べているのやら………」

 

愚痴を零しながらも進む先は、サークル棟の剣道場だ。この先輩は高校に引き続き、大学でも剣道部に入り、去年の全国大会では高校に続けて優勝を勝ち獲っている。そんな人物がいる部であれば、男子も当然粒ぞろいかと思いきや、結果は惨憺たるものだったらしい。という訳で、こうして俺にも白羽の矢が立ったらしい。

 

「なに、大会には出なくても、部員の指導だけでもいいんだ。一度北郷の実力を目の当たりにすれば、こぞって稽古を申し込んでくるような、やる気だけはある奴らだからな」

「………まぁ、考えておきますよ」

 

話しながらサークル棟の階段を上がる。そして3階に到着し、木製の引き戸を不動先輩が開くと――――――

 

「だから、今日は俺達が使う、って言っていただろう!?」

「申請してなかいのはそっちでしょう!ちゃんと申請したあたし達が使えるに決まってるじゃない!!」

 

――――――いきなり口論の声。俺は溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

口論をしていたのは剣道部の男子部長と、薙刀部の女子部長だった。不動先輩は2年生でありながら剣道部だけではなく薙刀部でも一目置かれているらしく、彼女のとりなしで、一旦その口論は治まった。聞けば、道場をどちらの部が使うかで揉めていたらしい。人数と広さを鑑みれば、同時に両部が使うのも難しそうだ。

 

「という訳で、申請をしていた私達が使う権利があると思うんだけど」

「そうは言っても、こちらの不手際とはいえ、もともとは剣道部が使う予定だった筈だ。出来れば今日は諦めて欲しいのだけれど」

 

会話は続くが、話し合いは平行線を辿る。と、そこで一人輪を離れて傍観していた俺は先輩がこちらを見ているのに気がついた。そして、その口元が僅かに上がる様も。

 

「(………あんな顔の時はたいていメンドクサイ事考えてるんだよなぁ)」

 

果たして、俺の予想通りに事は運ぶ。不動先輩は一つ手を置くと、少し大きめの声で全体に告げた。

 

「だったらこうしよう!剣道部と薙刀部で一試合して、勝った方の部が今日は使えると」

 

その言葉に反応したのはリーチの差で不利と思われる剣道部員ではなく、薙刀部員の方だった。

 

「えぇっ!流石に不動さんには勝てないわよ!」

「その点は大丈夫だ。双方新入部員どうしの試合という事にしないか?見ない顔もあるしな」

「………え、ウチ?」

 

不動が顔を向けた先には、何やらごてごてしたバレッタで髪を留めた女性がいる。彼女の言葉通りなら、その娘も俺と同じ新入生らしい。上級生全員の視線が向けられる中、彼女は少しも動じることなく口を開く。

 

「ウチはえぇで。そっちは誰が出るん?」

「あぁ、今日からウチの部に入る彼だ」

「………………はぁ」

 

俺は諦観の溜息を吐く。彼女は一度言った事は何としてでも実行する人間だ。逃げられない事を悟った俺は、もう一度溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

薙刀は剣道とは違った形の防具があるが、今回はそれを着けないらしい。俺もまた防具も道着も持ってきていなかったので、上着を脱いでジーパンとシャツというラフな格好になる。先輩から木刀を借りるが、対戦相手の娘はとっくに入部する気だったらしく、愛用の得物を軽々と振るって準備運動をしていた。

 

「いいの、不動さん?」

「………何がかい?」

「あの子、高校の全国大会でも優勝してる子よ?彼ってそんなに強いの?」

「………さて、どうだろうね」

「どうだろうね、って………」

 

そんな会話が聞こえてくる。と、目の前の女の子もそれを聞いていたらしく、俺に問いかけてきた。

 

「なぁ、兄さん。アンタ剣道経験者か?」

「一応」

「ちなみに高校での成績は?」

「………大会に出た事はないよ」

「なんや、つまらんわ」

 

俺の短い返事に、言葉通り、心底残念だというように彼女は首を振る。俺も心底メンドクサイと溜息を吐く。そんな俺達の様子をよそに、不動先輩が前へ出ると口を開いた。

 

「さて、これより剣道対薙刀という異種武道戦を始める訳だが、なに、新入生への歓迎の余興とでも思ってくれればいいさ」

「なぁ、不動さん、言うたか?聞けば、この兄さん大会にも出たことないらしいやん。ホンマに大丈夫なんか?」

「言っただろう、余興だって。まぁ、君の実力を先輩に見せる意味でも頑張ってくれ」

「へーい」

 

短い会話の後、不動先輩は一歩下がって右手を挙げると、一気に振り下ろした。

 

「はじめっ!!」

 

 

 

 

 

 

相手は薙刀を水平より少し下方に構え、こちらの隙を窺っている。対する俺は両腕をだらりと下げた自然体で彼女の動きを見ていた。

 

「(………というか、薙刀にだって道着はあるのに、なんで二人とも普段着なんだろう?)」

 

そんな事を考えていると、目の前の女性が床を蹴った。下からの振り上げを一歩下がって躱したかと思うと、その勢いを利用して薙刀を回転させ、今度は上方から振り下ろす。なるほど、確かに速い。というか、おそらく彼女の実家か何かが薙刀の道場なのだろう。その動きは、高校を出たばかりの女性のそれではなかった。

 

「(これなら全国大会だって軽く獲ってしまうんだろうな)」

「ほらほらぁ!避けてばっかやと勝てる訳ないでぇ!」

「(わかってるよ。けどなぁ………)」

 

言われなくても分かっている。だが、仮に稽古だとしても道着もつけない女性を攻撃したくはないんだよ。ちらと横を見る。審判をしている筈の不動先輩と目が合った。あの眼は、負けは許さないと言っている眼だ。背筋に悪寒が走る。薙刀の攻撃にではない。先輩のあの眼に対してだ。

 

「せぃっ!なに余所見してんのや!集中せな怪我するでぇ!?」

「………仕方がないか」

 

彼女の言うことももっともだ。俺は一度距離をとって両手に木刀を構え直すと、正眼に構えた。やっとやる気になったかと言わんばかりの相手を見据え、一歩踏み出す。

 

「………やっぱやめた」

 

しかし、俺は立ち止まった。考えたら、部員でもないのに頑張るのもどうかという気がしてくる。負ける訳にはいかないが、剣道の成績は持っていないと言ったし、剣道以外で勝てばいいのだ。そう判断した俺は――――――

 

「………………はぃ?」

 

――――――手に持った木刀を、ひょいと畳に落とした。

 

「………アンタ、どういうつもりや?」

「なに、剣道はあまりした事がないけど、君に勝つならこれでも十分だと思ってね」

「なんやてぇ!?」

 

挑発により、彼女の思考力を鈍らせる。予想通りにプライドを傷つけられた彼女は上段に振りかぶった薙刀を、俺に向かって叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

道場内に沈黙が満ちる。皆が視線を中央の俺たちに向けていた。対戦相手は得物を振り下ろしたままの姿勢で固まっている。

 

 

 

「………………はい、終了」

 

 

 

俺は手に持った長柄の武具―――薙刀を対戦相手だった少女に返して、彼女の頭をぽんと軽く叩く。周囲の観戦者は、不動先輩も含めて茫然としていた。これ幸いと俺はジャケットと勉強道具の入った鞄を拾い上げて道場を出て戸を閉める。

 

「え、今何が起きたんだ!?」

「どういう事?なんで彼が薙刀持ってたの?」

 

引き戸が閉まった瞬間、そんな騒ぎ声が聞こえてくる。俺はその声を背に駆け出し、階段を走り降りるのだった。

 

 

 

 

 

数分後、俺は講義棟に挟まれた空間にポツンと置いてあるベンチに座っていた。隣には缶コーヒーが鎮座している。ホットで買ったはずのそれは、夕方の冷気に晒されて既にだいぶぬるくなっていた。

 

「はぁ…疲れた………」

 

体力的にではない。精神的にだ。一人ごちて缶コーヒーを手に取ると、人の気配を感じた。見れば、数メートル先に、ついさっき試合をした相手が立っている。眼が合った。

 

「………………」

「………………」

 

数秒の沈黙の後、俺は口を開き――――――

 

 

 

「―――何も言わんのか!ってか、飲むんかっ!!」

 

 

 

――――――冷めたコーヒーを流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

「――――――と、これがウチと一刀の馴れ初めやな」

「馴れ初めちゃうし」

 

俺はビールを舐めながら適当にツッコミを入れる。あれからしばらく付き合いを続けていくうちに分かったことだが、関西人よろしくボケたらツッコミを入れないと気分を悪くするらしい。いや、気分を悪くする訳ではないが、その後のツッコミが無い事に対するツッコミがメンドクサイので、何かしらを返す事にしてはいた。

 

「なかなか面白い話だな。そう言えば、時々恋とも別行動をする事があるが、それは部活だったのか」

「まぁな。とは言っても、何故か俺が指導する立場だけど」

「せやで。一刀は顧問の爺さんよりも強いからな。それにこっちも時々やけど、薙刀部の方でも稽古つけてくれるんやで。一刀はお人好しやから断れんもんなー?」

「いや、何度断っても強引に引っ張っていくのは霞だろ」

「まぁ、そう怖い顔せんといてぇな」

 

そう言って笑いながら俺の背中をバンバンと叩く。痛い。

 

「それにしても、一刀の周りには美女が集まってくるのぅ」

 

ふと顔を上げれば、祭さんが暖簾を片づけて入り口から戻って来るところだった。

 

「まぁ、皆が美人なのは認めるけど………ぶっちゃけキャラ濃いよ?」

「なに、それもまたよいではないか。お主らは見ていて楽しいからの」

「俺はふつうだと思うんだけどなぁ。それより、今日は店じまい?」

「あぁ。あとはお主ら3人じゃからな」

 

祭さんがそう告げると、霞が慌てたように口を開く。

 

「ホンマか?ほな、そろそろ帰らなあかんな………ってまだ10時やで?」

「忙しいなぁ、霞は。大丈夫だよ、祭さんはこういう人だから」

「どゆ意味?」

 

俺も冥琳も立ち上がる様子がなく、疑問を呈した霞に応えるのは祭さんの笑い声。

 

「そのままの意味じゃ。こやつ等は儂のお得意様じゃからな!こいつらだけが残った時は、その時点でもう店を閉めて貸切にするだけの事よ」

「へぇ、どんだけこの店通うてん?」

「なに、儂が気に入っておるだけじゃよ」

 

祭さんはそう言って軽く洗い物を済ませると、棚から日本酒の瓶とグラスを取り出してカウンターへとやってくる。

 

「それに、お主もな」

「へ、ウチも?」

「そうじゃ。お主が連れとおった時から眼をつけておったぞ?お主の飲みっぷりはなかなかに、見ていて爽快じゃったからの」

「なんやぁ、姉さん人を見る眼あるやんか。ウチの事は霞、って呼んでくれな」

「あぁ、儂の事も祭と呼ぶがいい。こやつらみたいにな」

 

祭さんは顎で俺と冥琳を指すと、霞の前にグラスを一つ置いて、そこに日本酒を注いだ。

 

「ウチ、今日はもう持ち合わせないで?」

「言ったじゃろう、気に入ったとな。これは儂の奢りじゃ」

「ホンマか!?いやー、姉さん流石やなぁ!ウチも祭姉さんの事、余計に気に入ったで!これからもちょくちょく飲みに来たるわ」

「かっかっか、楽しみにしておるぞ」

 

豪快に笑いながら酒を酌み交わす二人。さて、ここに恋と雪蓮も入ったらまた騒がしい事になりそうだ。おそらくだが、俺と冥琳の思考は同じ方向を向いていたのかもしれない。2人顔を見合わせると、困ったように、互いに苦笑するのだった。

 

 

 

 


 
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