第1話 無銘伝~終わりから始まりへ~
断ち切れない記憶。
燃えるように熱いからだ、誰かの悲鳴、雁の群れのように空を飛ぶ矢の嵐、血と炎と黄昏の境界が消えて、たぶん、そこは、地獄だった。
動かない体をどうにかひきずって、手をのばす。
手をのばす。
届かない。
もう一度、渾身の力で前へ進み、手をのばす。
つかまえた。
抱きしめた体、その温もりは消えつつあった。
涙が流れる。
あふれる涙で視界がぼやけ、あたりの地獄絵図はただただ真っ赤な塊にかわる。
「君は、君は……誰なんだ?」
手にした剣で、体を貫く。
そこで記憶は途切れる。
――
これは夢だ。
でなければ、俺は……
「なんなんだよ、毎日毎日っ!」
ため息をついて、俺は布団をはね除けた。
傍らの時計を見ると、まだ午前二時で、眠りについてから三時間も経っていなかった。
「はぁ……」
ここ最近、同じ夢ばかり見る。
「やれやれ……この部屋の下に昔墓場があったとかじゃないよな?」
冷たい汗を拭うためにシャツを脱いで放る。
タオルで汗を拭い、失った水分を補給するために冷蔵庫を開けてミネラルウォーターをがぶ飲みする。
「ぷはーっ……ぁああ」
一息ついたところで、改めて夢の内容について考える。
いままで見てきた夢の中でも、リアルで、ひどい夢だった。フランチェスカに入学してすぐ、ちょっと自信のあった剣道で不動先輩にボコボコにされた後の夜でも、これよりマシな夢が見られた。
「しかも連続だもんな、まったく、呪われてるとしか思えないな」
汗を拭き終えたタオルと、シャツをまとめて洗濯カゴに入れ、少し考えて、運動着に着替えることにした。
「どうせしばらく寝られないだろうし、体動かすかぁ……」
木刀を取り上げ、外に出る。
寝苦しいほど暑い夜だけど、部屋を出れば風があり、なにより今日は星月夜、もやもやしていた頭の中が晴れていくようだ。
「よっし!」
あの夢を思い出すといつも心が痛み、焦燥感でじっとしていられなかった。だからここ最近、体育の時間や部活の練習の時が一番心が落ち着いた。
「頑張って不動先輩に勝つぞーっ!」
数日後、聖フランチェスカ学園の教室で、及川が話しかけてきた。
「かずピー、不動先輩に勝ったんやって?」
「藪から棒になんだよ……、別に勝ってねぇよ」
「えー? でも剣道部の子に聞いたで?」
「三本中一本取ったところで、先輩が先生に呼ばれて中断したんだよ……勝ったわけじゃない」
「はーん、なるほどなぁ。しかし、えらい進歩やん!」
前は一本とることもできなかった。
「まあな。不動先輩も強くなったって言ってくれたし、嬉しいのは確かだよ」
試合ではなく部活の練習中の事だから、手放しで喜べるわけじゃない。けれど不動先輩に認めてもらえた事、中断してしまってちょっと悔しそうに、しかし、俺をほめるように微笑んだ彼女の顔を思い浮かべると……
「鼻の下伸びてるで、自分」
及川のからかう声に、俺は自分の顔を軽く撫でた。
不動先輩から一本とって以降、気分の良い日が続いた。
体は健康、頭も冴え冴え、得意な歴史どころか苦手教科さえ、すっと頭に入ってくるほど上り調子だった。近年まれに見る絶好調といっていいだろう。
夜に見る、あの夢を除いては。
「なんなんだろうなぁ……」
フロイト先生に聞いてみたいもんだ。いや、現代なら夢判断できる人はたくさんいるか。
夢は毎日、薄れることなく、それどころかより濃くなって俺に迫ってくる。何かを俺に求めるように。
「なんであんな地獄みたいな所にいたのか……何より、俺が……、……したあれは誰なのか」
顔は見えなかった。体はずっしりとした手応えがあって、確かにそれは人間だった。しかし、それ以外男かも女かも分からなかった。
「顔、どうにかわかればいいんだけど……いや、わかったからってどうなる」
たとえば、その人の妄念が俺に取り憑き悪夢を見せている……なんて。んなバカな。
「服の感じからして女のようにも見えたけど、確定できるほどじゃないし。あー」
頭を掻いた。どうにもならない数学の問題を解いている気分だ。
「気分転換に何か本でも読むか。歴史関係……っと」
俺は今、学校の図書室にいた。テスト前と言うことで一応自習していたのだが、勉強が煮詰まった辺りで息抜きがてらつらつらと夢の内容を思い返していたのだ。幸いうちの図書室は広いため、少々の独り言は誰の気にもとまらない。
「えーっと、これは三国志関係の書棚か」
歴史好きの男の御多分に洩れず、俺も三国志は嫌いじゃない。といっても昔マンガを読んだことがあるぐらいでそんなに詳しくはないが。
「ちょっと読んでみるかな」
二、三冊抜き出し、イスに座り、本を開いてパラパラめくる。
「……ふぅん、曹操って詩とか残してたのか。なんか冷徹な悪役のイメージがあるから、意外だな」
三国志演義における主人公劉備、あるいは孔明のライバル、曹操。三国の中でも最大の国力を誇る魏の王。その影響は軍略のみならず文芸にまで及ぶ。自身もいくつかの詩を残し、代表的な詩に――
「ええっと、なになに、『歩出夏門行』」
『歩出夏門行』
東臨碣石 登れやこの山
以観滄海 見ようぜ海を
水何澹澹 水面ひろびろ
山島竦峙 にょっきり島だ
樹木叢生 木々はびっしり
百草豊茂 草々繁る
秋風蕭瑟 秋風つめたく
洪波湧起 大波おこる
日月之行 月も太陽も
若出其中 ここから昇る
星漢粲爛 きらきら銀河も
若出其裏 ここから出るぞ
辛甚至哉 素敵じゃないかよ
歌以詠志 歌おうぜ、さあ
(高島俊男訳)
「……ぷ、ぷははははっ!!」
思わず吹き出した。
さすがに周囲に奇異な目で見られたので、なんとか抑える。
「くっく、華琳のやつ、まじめな顔してこんな詩書いてたんだな、くっ、くくっ……って」
笑いの発作が治まって、一呼吸おいたところで――
「華琳って誰だよっ!?」
自分自身にツッコミをいれた。
「流れからして曹操の事だけど……曹操の字は孟徳だし、華琳? まるで女の名前じゃないか……」
自分が言ったことなのに、わけがわからない。
でも。
しっくりくる。
曹操、いや、華琳という名前が、どこか心に残っている。
そして同時に、一つの面影が脳裏をよぎる。
小さな、しかし偉大なる英雄としての彼女。
偉大な、しかし可愛らしい一面もある彼女。
そうだ。曹操は華琳で、小さな女の子だった。
「気でも狂ったのか俺は……」
心臓の鼓動が速くなったことを感じながら、何かの答えを探して本にもう一度視線を落とした。
「志在千里……志は千里にあり、か……」
中国まで千里もあるだろうか。いや、中国と日本で距離の単位は違うかも知れない。
けれど、千里、遙か遠く、俺は日本にあって、この地上のどこにもないどこかの、誰かの事を思っていた。
それから十数日、俺は、例の夢のこと、そして三国志の本についてのことを、極力考えないようにした。
考えても仕方がないということもあるし、なにより、テスト期間だったからだ。
「ふぅ……はぁ!」
俺は大きく呼吸しながら両手を伸ばし、数日分の凝りをほぐした。
「よっ! お疲れ、かずピー」
「おう、お疲れ」
及川と挨拶をかわし、並んで歩く。
「しかし、テスト、めちゃくちゃ良い点数やったな自分」
「ああ、俺も驚いたよ」
返ってきたテストの点数は、全て自己ベスト更新だった。
「勉強も部活も絶好調! ……で、この休みに彼女とまでいかなくても、女友達と一緒に遊びに行ければ最高だったんだけどなぁ」
「そうそう。同じクラスの女子連中の誘い、断ったんやって?」
「ああ。ちょっと爺ちゃんから呼ばれてな。鹿児島までいかないと」
「えー? そんなん自分、なんとか断れんかったんかい? なんか、女子連中の中で、自分のこと気になってるのがいるらしいで?」
「え、マジか!?」
「お前が誘いを断った後、俺の所に、北郷君ってもしかして彼女いるの? とか聞いてきてな。そこで俺があれこれ探って、誰かは分からんけど、そういうやつがいるらしいってことはわかったんや」
「うわあああ、ちょ、どうしよう」
頭がフットーしそうだよぉっっ!
「あれかな、不動先輩から一本とったからかな?」
「んー、なんかそれよりも前かららしいで。密かにあこがれてたとかなんとか」
「くぅ……! 何でこのタイミングでっ……!」
「キャンセル無理なんか?」
「爺ちゃんがどうしても話したいことがあるとか……距離離れてて頻繁に会えないから、こういう休みじゃないとなぁ……」
「そうかぁ……ま、残念やったな、かずピー! 青春は落第点で!」
「くっそー!」
その夜、俺はいつもどおり悪夢を見た。
そして……目をさましてからしばらくして、重大なチャンスを逃した事を思い出し……泣いた。
「こんにちはー!」
長い休みに入って俺は、九州は鹿児島、北郷の祖父の家を訪ねていた。
「おう、一刀か! よう来た。まぁ、あがれ」
爺ちゃんは相変わらず壮健で、歳を感じさせない挙措で俺を招き入れた。
通された和室で俺は正座し、子供の頃から変わっていない、懐かしい風景を眺めた。開け放たれた襖、その向こうは客間や居間があり、縁側を隔てて外につながっている。縁側の窓も開けてあり、風が通って、夏の匂いや畳の匂いを届けてくる。
中の光景に視線を移せば、一番に目につくのは、大きな十文字の旗。北郷の家紋だ。
この旗印の下、仲間達は……
「ん……」
またデジャヴュか。今変なことを口走ったら爺ちゃんにどう思われるかわからん。自重だ自重。
「一刀、お前の父さんから連絡があってな。部活の先輩から一本とったそうだな?」
「ああ。一年と半年でようやくって感じだったけど」
「ははっ、女とはいえ、不動の名はよう聞いとる。ようやった」
と、爺ちゃんは呵々と笑い膝を叩いた。
「後で久々にわしが稽古をつけよう。なあに、軽くだ。どれだけお前の腕があがったか見てみたいからな」
腕を組み、俺をじっと見る。
「まぁ、目を見ただけでも成長の具合は見て取れる。励んでおるようじゃの」
「うん……自分じゃよく分からないけど」
実際、なぜここまではっきりと成長したのかは自分でもよくわからない。素振りや基礎トレーニングの時間は増えたが、一朝一夕の修練で強くなれるほど甘いものではないし……。
強くなったのも、勉強の調子がよくなったのも、あの夢を見始めてからだけど……
と、俺は自問する。
さすがに関係ないよな。あの夢自体は。ただ、夢を見始めて以来、剣道の時はどう動くべきか、相手が何を考えてどう動くかがより深くわかるようになったし、勉強の時は、色々な問題のつながりとか解き方の足がかりがすぐつかめるようになったし……。
首をひねり、自答する。
あの悪夢を思い起こすたびに、なにか焦りみたいなものを感じて、じっとしていられなかった。
前へ進みたくて。誰かの手を、掴みたくて。
そうだ。俺は、あの悪夢を打ち消したかったんだ。自分自身の力で。
救いたかったんだ。
あの、自分の手で、殺めた、あの娘を。
不意に、目の前の霧が晴れた気がした。
「で、だ。お前を呼んだのは、ちょっと確認したいことがあってだな。蔵の方に来てくれるか……一刀?」
「ん? ああ。わかった」
自問自答の檻から抜け出て、俺は爺ちゃんの背中についていった。
蔵は家のすぐ隣にある古いものだった。子供の頃、悪いことをするとここに閉じ込められ、一夜恐ろしい思いをしてすごした記憶がある。
「足下、気をつけろよ」
明かりがついているとはいえ、床に沢山の物品が置いてある。価値の高い物は厳重に保管してあるだろうが、安いものでも蹴飛ばすわけにはいかない。
「そろそろここも一回掃除しなきゃあなぁ」
と爺ちゃんは笑う。
掃除、というのは埃を払ったりすることじゃなく、捨てるべきものを捨て売るべきものを売り残すべきものを残す、その選択のことを言っているのだろう。
「と、ここだ。ほれ、隣に並べ」
「うん」
貨物を脇にどかしてスペースを作り、体を滑り込ませる。
爺ちゃんの目線の先を追うと、そこには日本刀が一振り、掛台に載って鎮座していた。
「これ、本物の刀?」
何度か蔵に入ったことがあるが見覚えのないものだった。
「……お前は、見えるのか」
「へ?」
「この日本刀、わし以外には見えんらしい。弟子に見せようとしたら、掛台しか無いとぬかしおる」
「え、えええ!? そんなバカな」
「うむ。てっきりわしがボケたのかと思ったんじゃが」
「縁起でもないこと言わないでくれよっ」
と、爺ちゃんはおもむろに刀を取り、
「家に戻るか。ここで抜いては色々傷つけそうだ」
先ほどいた和室に戻り、テーブルを寄せて、正座する。
「よっと」
爺ちゃんは事も無げに刀を鞘から抜き、外気にさらす。
「おおーっ」
俺はお目見えした刀身の姿に、思わず声を上げた。軽く反った刀身は細くありながらも力強く伸び、鋭い切っ先は室内灯を受けて輝きながらも、ともすればその光さえ切断してしまいそうな気を発していた。
唾を飲み込み、爺ちゃんが手首を返して刃先がこちらを向くたび身じろぎする。
「別に斬りゃせんよ」
「そりゃそうだけどさ」
銃口を向けられているようなものだ。銃と違い、例え殺意が無くても、重力に従って下ろすだけでその範囲にいる人間をざっくり……
想像するだけで背筋が寒くなる。
「でも、爺ちゃんしか見えないって、じゃあ、どこから持ってきたんだ、それ。昔はなかったよな」
「ああ。実はわしもよくわからん。最近の事じゃ。雷が蔵に落ちての。様子を見に行ったら、これが増えとった」
「……ええ?」
なんだその不思議話。
「わしだってわけがわからん。刀はわしとお前にしか見えんから、これがいつの物かもわからんしな」
「銘も無いのか?」
「無いな。不気味だから、お前にも見えんかったら処分するつもりだったんだが……うん、これはお前にやろう」
「へ!?」
「手入れの仕方を教えてやる」
と、爺ちゃんは紙やら油やらなんか見たことある刀をポンポンたたくやつとかを持ち出して、俺に一通りの事を学ばせた。
「うーん」
手入れを終えて改めて刀を眺める。
「由来はともかくつくりはいい。財産にならなくても、持っているだけで十分だろう」
確かに売り払ったり見せたりできないから金にも箔にもならないが、手にしているだけで、こう、なんというか、背筋が伸びる気がした。
「ありがとう、爺ちゃん」
俺が頭を下げると、爺ちゃんは頷いて満足げに笑った。
「あいててて、やっぱ、爺ちゃんつえええっ、いてて」
容赦なく打ち据えられた体をさすり、ほぐし、俺は寝間着に着替えた。
あのあと、食事をし、墓参りをし、道場に移って稽古、家に戻って食事の後風呂に入って、客間に案内された。学校の宿題もあるのだが、今日は早めに寝ることにした。
「はーあっ、と」
ごろんと布団に寝そべり、大の字になる。
「久しぶりに、ボロボロにやられた気がするな。不動先輩とは何度も戦えないし……あー、そうだ、愛紗に剣の稽古をつけてもらった時以来か……愛紗?」
愛紗。
脳裏に浮かぶのは凛々しい女の子の姿。青龍偃月刀を手に、戦場を疾駆する黒髪の少女の姿。
その美しさと、2人きりの時に見せる、あどけない微笑み。
それを思い出すと、心臓が跳ねる。
「うん、だから、誰だよ!?」
じたばた身悶えする。
「彼女欲しすぎて、脳内彼女ができちゃった、とかじゃねぇよなぁ……」
だとしたら恥ずかしすぎる。
「華琳は曹操だろう? じゃあ、愛紗は……青龍偃月刀を持ってたって事は、多分、関羽か?」
張遼という可能性もあるが、しっくりくるのは関羽だった。
「でも、関羽っていったら、ヒゲだよな。なのに」
普通はそういうイメージだ。
「何で俺は関羽に萌えてんだ……」
そのケはないぞ。本気で。
「あの夢と、三国志、何か関係があるのか?」
試しに、三国志の内容を少し思い返してみる。
「えっと、後漢末期の話で、乱世っていわれるほど滅茶苦茶な時代だったんだよな。黄巾党の乱とか董卓包囲網を経て、諸勢力が争い、結局三国にまとまって……うーん、最終的には魏を滅ぼして打ち立てられた晋が三国を統一するんだったかな」
大筋としてはそんな感じだ。
「有名な英雄としては、やっぱり曹操、劉備、孫権、ん」
やはり頭に違う名前、そして顔が浮かぶ。
「華琳、桃香、蓮華……おいおい」
まさか三国志の英雄全部、女ってわけじゃないだろうな?
「関羽は愛紗、張飛は鈴々、夏侯惇は春蘭、夏侯淵は秋蘭、周瑜は冥琳、甘寧は思春……」
顔も名前もすらすらでてくる。
しかし、出てこないのもあった。
「んー、劉禅とか曹仁とか孫堅とかは出てこないな」
わりと有名どころだが。
「なんか規則性でもあるのか……」
俺は目を閉じて、羅列した名前をもう一度思い浮かべる。そして、現実にはいない、少女達の姿を。
「君たちは、誰なんだ……?」
少女達の笑顔を想いながら、そのまま俺は眠りについた。
――
断ち切れない記憶。
地獄のような光景。
手に持った剣で肉を貫く感触。
感触。
俺が人を斬ったなんて信じられないまま、引き抜く。
呆然として、それを天に翳す。
黄昏の朱よりなお赤い紅のそれは、血をまとった日本刀だ。
「あ、ああ」
喉から声が漏れる。
「ああああああああっ!!!!」
叫びが天を裂く。
俺は、俺は――!
「ああああああああっ!!!!」
夢から覚めて俺は跳ね起きた。
「はーっ、はーっ!?」
肩で息をして、自分で自分を抱きしめる。
覚醒した今でも信じられない。
震える体をどうにか動かし、掛台に載ったそれを取る。
鞘を一気に払おうとして、躊躇する。
もし、もしそれが血にまみれていたら――
「そんなわけ無いっ……そうだ。ただの、夢なんだから」
でも、それならなんであの夢に出てきた日本刀が、今手にしている、これとそっくりそのままなのか。
「ただの、思い違いだっ! そうだ、デジャヴュだよ……ただの」
覚悟を決めて、鞘から刀を引き抜く。
あらわになった刀身は、まっさらで、白く輝いていた。
「ほら、血なんかついてないじゃないか」
ほっと息を吐く。
「こんな、白く、輝いて――輝いて?」
ちょっと待て。
今、真夜中だぞ?
月明かりがあるとはいえ障子を隔てていて、そんなに光があるわけじゃない。
「刀が、光ってる?」
鏡のように磨かれた刀身が、自ら光り輝き、辺りを照らしていた。
「そんな、バカな事って――うおっ、まぶしっ!?」
光が目を直撃する。
目の前が真っ白になり、思わず目を閉じる。それでも強い光を感じる。
俺は、白い光の先に、血のような赤い染みを見た気がした。
けれど、それがなんなのかを考える暇もなく、強い衝撃が頭を揺らし、俺はあっさりと気絶した。
――
――――
――――――
「……ん、んんん、痛っ」
背中に痛みが走って、むっくりと俺は起き上がった。
変な体勢で寝ていたせいだろうか、体全体が軋む。
「ああ、そうか、昨日爺ちゃんに稽古つけて貰ったんだっけ。それじゃあ、仕方な……へ?」
寝惚け眼を擦って辺りを見渡すと、そこは、
「どこだ? ここ」
少なくとも田舎の家ではない。
てか。
「日本じゃない可能性すらあるぞおい!」
俺は広大な大平原のど真ん中に寝転んでいたらしい。前後左右四方八方なにもない大平原だ。平原の先には、中国の水墨画でみたような山が連なっている。
こんな光景をどうやって日本で再現する?
少なくとも、現代日本では不可能ではないか。
「……中国」
そうだ。ここは、中国だ。しかも。
「そうか、はは、ようやく思い出した。俺は、ここにいたんだ」
そう考えれば得心できる。
「愛紗、そうだ、愛紗にここで助けてもらって、沢山の人と知り合ってそして……」
そして、なんだ?
もしも夢の通りなら、俺は、最後の最後で人を殺めている。しかも、大事な人を。
でも、あの夢の最後に続く過程はまったく覚えていない。
夢の最後から、どうなったかも。
「ともかく、みんなを探しに行こう。まずは、そこからだ」
服についた砂を払い、もう一度周囲を見渡す。
「ん?」
誰かが近づいてくる。
まだ大分遠くだが、5分もあれば顔のよく見える距離になるだろう。
「…………なーんか、見覚えがある気がするな」
愛紗たちほど頻繁ではないが、どこかで会ったような。そう、場所もまさにここで。
「……賊か?」
確か、三人組の盗賊に襲われたところを愛紗に助けられたのだった。その例に寄れば、今回もまたそうだろう。
「何か、武器は――あ」
あたりの風景の衝撃で気づかなかったが、すぐ近くに刀が突き刺さっていた。
「……やっぱり、あの刀だな」
手にもつとはっきりわかる。
鞘もそのすぐ近くに転がっていたので、拾い上げて、刀を鞘に収める。
「さて」
振り返ると、賊はすぐ近くまで来ていた。
「久しぶりだな、兄ちゃん」
「あのときはよくもやってくれたな! だが、今回はあの怪力女はいないぜ!」
デブとノッポとチビの三人組。
リーダーらしいノッポの男と、威勢だけは良いチビががなり立てる。
「へ、この前着ていた服とは違うようだが、それも珍しいな。それにその持ってる武器も」
言われて気づいたが、今回は寝間着代わりに着ていたジャージだった。前回着ていたのはフランチェスカの制服で、それが天の御使いの象徴みたいに見られてたっけ。
「悪いことはいわねぇ、その武器と服、全部おいてきな」
「おらぁ! とっととその武器捨てんかい!」
俺は無言で刀を抜き、青眼に構えた。
「へ、そんな細っこい刃物で勝てると思ってんのか? おい、デブ、捕まえな」
「あ、ああ」
巨漢が身じろぎしてこちらに向かってくる。
遅い。
刀を振り下ろして相手の剣を弾き、手首を返して相手の喉元に切っ先を突きつける。
「あ、うあああ!」
デブはいきなり自分の首元に飛んできた刃先になんの反応もできず、尻餅をついた。
「死にたくなかったら、動くな」
デブに言い捨てて、残りの2人の内、与し易いチビの方へ向かう。
「お、おい! デブ! なにやってんだ……っうわ!」
尻餅をついたデブに怒鳴り声をあげている隙に、俺は一足一刀の距離にまで踏み込み、刀の峰で手首を打つ。
「ぐわっ!」
手に持った剣を落とし、やられた腕を押さえようと軽く前屈みになったところを、思いっきり蹴り飛ばした。
「残りはあんただけだけど」
刀を構え直し、リーダー格のノッポと正対する。
「ちっ……!」
ノッポは悔しそうに歯がみし、
「今回は、勘弁してやるっ! おい、お前ら、さっさと起きやがれ!」
リーダーは2人が起きたのを確認すると、一目散に逃げ始めた。
「ま、待ってくれよー!」
慌てて2人がそれを追いかける。
その背中を見送って、納刀し、ため息をつく。
「はは、ちょっと、危なかったかな」
もし、ノッポが斬りかかってきたら、そして俺が上手く仕留められずに、仲間の2人が起き上がってきたら……
「でも、まだ、斬ることはできそうにないな……」
刀を抜いたにもかかわらず、やったことは竹刀や木剣と同じだ。闘ってはいても、斬ってはいない。
「できるのか? 俺に」
あの夢のように。
「……いま考える事じゃないか」
気を取り直して、俺は足を踏み出す。
「ともかく、どこかの村までいかなくちゃ。腹も減ったしな!」
みんなの待つ場所へ、歩を進める。
三国志の世界へ。
彼女たちの住む世界へ。
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この外史は、北郷一刀が全力でとある少女を救う物語。
*PC版の無印恋姫、真・恋姫を元にした二次創作です。